2008/09/21

しんぐるこれくしょん/ちあきなおみ

さて、太田裕美で免疫力を回復したところで、いよいよディープな歌謡曲の世界に入りましょう。
テキストはちあきなおみです。

ダンナさんが亡くなって以来、芸能活動を止めてしまったので、今はもうNHKの懐メロ番組にも出てきてくれません。
キャリアの後半では「紅とんぼ」など船村徹作品での印象が強いので、「演歌歌手」と思っている人がいるかもしれませんが、本人はそんなつもりは無いと思います。余談ですが、この「しんぐるこれくしょん(何で平仮名なんだ?)」は、コロムビアレコード在籍時のものなので、「紅とんぼ」は入っていません。テイチク版も探してこないといけませんね。
ちあきなおみは昭和40年代の歌謡曲の良心と言ってよく、今の若い人が彼女やザ・ピーナッツを聴く機会がないことを残念に思います。

ちあきなおみは歌謡曲時代の歌手に要求されるほとんど全てを持っています。
歌謡曲における歌手の役割は、「作曲家の先生」が作った歌を、いかに丁寧に録音し、ステージやTVで再現するかです。
当時の歌手は、まず、これはと思う作曲家に「弟子入り」し、子どものお守や雑巾掛けから始め、レッスンを受けてデビュー。新曲ができたらその作家の家に通って、どう歌えば良いか、という綿密な打ち合わせとレッスンをしてレコーディングしていたようです。

最近はあまり見かけませんが、ちょっと前までは素人に歌を唄わせて、プロの作曲家がそれにダメだしするTV番組が結構ありました。そこで作曲家の大先生はこんなことを言います。
「こんやもきてきが、きてきが、きてきが」と3回ありますが、その3回には違った意味合いがあるのでそれを表現しないといけません」とか、
「なみだ、なみだ、なみだ、なみだ、なみだかれても、の5回のなみだは全部違うんですよ。歌は3分間のドラマです」
まるで禅問答です。今だったら、「じゃあ、3回目のなみだの時にアホになります」とか言い返しちゃいそうです。

ちあきなおみは「3分間のドラマ」を忠実に、しかもとても上手にやっています。彼女は後にちょっとコメディエンヌ風な女優の仕事をたくさんやりますが、彼女に取ってはドラマの台本も曲の譜面も同じようなものだったのではないかと思います。

歌手としてのちあきなおみは声質、声量、音域とも非常にすぐれた楽器であり、それは当時のポピュラーミュージックの範疇にある曲であれば、自在に唄いこなせるレンジの広さがありました。そしてハスキーまでいかないが、ちょっとホワイトノイズが乗っかったような深い声を持っています。
また、その演奏能力もすこぶる高度です。広瀬香美のときにしつこく書きましたが、ビブラートをどうかけるか?音程をどこできっちり合わせて、どこに破調を作るか?ということをきっちり計算しています。

ルックスは美人とはいえませんが、デビューが遅かったこともあって、出てきた時にはもうお色気系での勝負もいける、というキャラクターでした。

では、聴いてみましょう。

Disc1

M1.雨にぬれた慕情
デビュー曲です。作曲は彼女の師匠である鈴木淳。バックはジャズコンボ風で、特にピアノがジャズっぽいですね。この半年前にいしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットしています(作曲は筒美京平)。多分意識していると思うのですが、徹底してノン・ビブラートで唄っていて、気持ち鼻にかけていますが、これはいしだあゆみの唄い方(いしだあゆみはこの唄い方しかできない)です。

M2.朝がくるまえに
これもM1とほぼ同じものです。前年に大ヒットしたピンキラの「恋の季節」に似せてあります(もう、断定しちゃう!)。

M4.四つのお願い
彼女の最初のヒット曲です。いしだあゆみより色気があるんだから、それを使おうということか、ビブラートを使うようになりました(できるのに封印していた)。サビの「ひみつにしてねー」のロングトーンはビブラートはかけず、抜きのところでわざとダウングリッサンド(1オクターブ下に向かって声を下げる)しています。

M5.X+Y=Love
前作のヒットをどうつなげて行くかを、作家側が一所懸命考えて作られたと思われ、タイトルからして凝りに凝っています。細かいことですが、英語部分の譜割りが日本語的なのを、彼女なりにせいいっぱい抵抗して、"I love you"を英語風に3音節で唄おうと頑張っています。

M7.無駄な抵抗やめましょう
後に演歌も唄うようになる萌芽が見られます。このころはまだ「お座敷ソング」といって、芸者の格好をした年齢不詳のおばちゃん(実は戦前から唄ってたりする)が、ちょっと色っぽい歌を舞い踊るという歌謡曲のジャンルがありました。ちあきなおみの水商売っぽい雰囲気を使ってみたのでしょう。

M8.私という女
五木ひろしの「待っている女」によく似てるなあ、と思いましたが。こっちが1年先でした。こういうフォービートっぽいのがこのころ流行っていたんでしょうね。元ネタはなんだろう?この曲で年季が明けたのか、鈴木淳作曲作品としては最後のシングル曲です。

M9.しのび逢う恋
これはヨーロピアンな雰囲気でカッコいいですね。ちょっと変えれば竹内まりやが唄ってもおかしくないです。作曲は「バラが咲いた」で有名な浜口庫之助。

M10.今日で終って
これも70年代後半にニューミュージック系で似たようなことをやっている人がいました。具体的には「水鏡」とかに近いですね。

M13.喝采
レコード大賞受賞の名曲。作曲は中村泰士。エレキギターのトレモロは最近流行らないけれど、アコースティックギターのカッティングとかは今聴いてもカッコいいと思います。「ほそいかゲなガくおとして」の鼻濁音、ロングトーンでの声量のコントロールなど、他の曲もそうなんですが、もの凄く丁寧に唄っています。

Disc2

M1.夜間飛行
途中でフランス語の機内アナウンスが入るのは初めて気がつきました。バックの楽器の音を差し替えたら、今でも通用すると思います。このスケールの曲が実は3分29秒しかない。昔は良かったなあ!

M3.円舞曲
「円舞曲」と書いて平仮名で「わるつ」とルビが振ってあります。作詞は阿久悠。曲は川口真です。前半は演歌調でサビはやや洋楽風になります。ちあきなおみのナンバーを、マトリクスを作って説明する時には、この曲が真ん中あたりに来るのかなあ。

M4.かなしみ模様
打って変わってこちらは外国の有名曲によく似ています。思い出せませんが、絶対こんな曲がありました。川口真って人のことはあまり良く知りませんが、面白いことするなあ。

M5.花吹雪
都倉俊一が作曲しています。「里の秋」に似た文部省唱歌っぽい爽やかなメロディを堂々と唄っています。ところが歌詞をみるとストーリーが「?」。十歳くらい年下の大学生に入れあげて、物心ともに支えていた地方都市の飲み屋のママが、その大学生の卒業を期に店じまいする、という解釈で良いんでしょうか?大人の歌の世界は難しいなあ、四十過ぎても読み取れない。

M6.恋慕夜曲
一転して作曲家に浜圭介を起用しています。これはもう完全に演歌です。もちろん、ちあきなおみは完璧に唄いこなしています。それまでの曲で使っていない、裏声になってから細く消えて行くようなビブラート。森昌子なんかが得意にしている唄い方ですが、そういうのも自由自在にやります。

M7.さだめ川
出た。ついに船村徹作品です。
ちあきなおみは演歌歌手に収まりきる人ではないのですが、船村徹の曲を歌わせると本当にうまいです。ここで、「さーだめがーわー」の唄い回しをじっくり聴いてください。「さーだめーがぁぁぁわーぁぁあーあ」と、ビブラートを細かくして抜いて行くのかと思わせておいて、もう一度力を入れ直してビブラートをやめてから、また抜く、という複雑なことをやっています。1番から3番まで全部やっているので、これはわざとです。そのことによって何を表そうとしているのか?音符の指定まできっちり伸ばしたい、とかいうことなのか?美空ひばりあたりになにか似た例があるのかもしれませんが、ちょっと私の知識では分かりません。でも、なにかを表現しようとしているのです。

M8.恋挽歌
こちらは浜圭介作品。浜圭介は演歌を得意にする作曲家の中では、チャレンジ精神というか実験精神みたいなものが旺盛で、佳い曲をたくさん書いている人ですが、ことちあきなおみ用の作品については、彼女の能力を使い切るほどの曲は提供できてないように思います。

M10.酒場川
これはもう、船村徹による古賀メロディでしょうね。「悲しい酒」をちあきなおみでやってみた、ということだと思います。

M11.ルージュ
ここで中島みゆき作品が出てきます。ちあきなおみはコロムビアから移籍した後、シャンソンやファド、ニューミュージック系のカバーなどをやっていますが、そのとっかかりに中島みゆきがいるというのは分かりやすいです。中島みゆきの歌を唄うと、どの歌手も中島みゆきに唄い方が影響されます(研ナオコ、桜田淳子、TOKIO)が、この曲でのちあきなおみの脱力した唄い方(特にAメロ部分)もそのひとつかと思います。これほど完成された歌手に影響を与える中島みゆき恐るべし、なのか?または、ポプコン出身のシンガー・ソングライターからも歌唱法を取り入れる、ちあきなおみの芸への執着を読み取るべきなのか?

M12.夜へ急ぐ人
出たァ!有名な「おいでおいで」の歌です。大ヒットはしなかったと思うのですが、唄っているところをTVで見た人はその晩から3日連続で悪夢を見、一生その映像が忘れられなくなる、という恐ろしい曲。CDだと割と平気ですが、ヘッドホンで聴くのは止めた方がいいかも。この頃、ちあきなおみはこんな感じの恐ろしげなナンバーばかりが並ぶ物騒なアルバムを出していたと思います。彼女はこの辺で、レコードセールスに関する競争から卒業し、アーティストとしての高みを目指す方向に踏み出したのだと思います。

M14.矢切の渡し
細川たかしが唄ってレコード大賞を取った曲ですが、元はM10のB面に入っていた曲。これも船村徹の作曲です。「つれてにげてよ」が女のセリフで「ついておいでよ」が男のセリフ。ちあきなおみはちゃんと女役と男役で声の出し方を変え、「歌を演じて」います。昨日の太田裕美「木綿のハンカチーフ」との違いが分かりますか?男のセリフはちょっと歌舞伎か新劇風のセリフ回し「ついて…おいで…よ」とためています。「これは、長谷川一夫先生のセリフ回しを参考にしたんですよ」なんて芸談が残っていそうです(ウソですよー)。

曲はこの後も続きますが、ちあきなおみのエッセンスはある程度書けたと思うので、以下省略して総論です。

結局、歌謡曲の神髄は「歌は3分間のドラマ」という、手垢の付いた言葉をどれだけ本気で表現しようか、ということだったのだと思います。「歌を演ずるから演歌」というのは多分誰かが言っていると思いますが、ちあきなおみがデビューした頃は、どんなジャンルに影響されていても、そいういう意味で歌謡曲=演歌だったのだと思います。
そして、ちあきなおみは歌を演ずる技術において、ちょっと突出した才能だと思います。当時、その流儀の頂点には美空ひばりという歌の怪獣がいましたが、彼女もそれに匹敵する芸の幅があります。

ちあきなおみが40年遅く生まれて、今二十歳くらいの歌手だったら、彼女はどんな歌を唄っているでしょうかね?

0 件のコメント: