2008/10/12

ROYAL STRAIGHT FLUSH/沢田研二

ディープな歌謡曲の世界から、浅瀬に向かって浮上を開始しています。浮上のついでに、なぜか「青春歌年鑑」に入っていなかった大物、沢田研二を聴きながら行きましょう。
iTunesでも買うことができる、彼の全盛期のベストアルバムである"ROYAL STRAIGHT FLUSH"をダウンロードしてみました。
沢田研二 - ROYAL STRAIGHT FLUSH


沢田研二のことを今更私なんかが紹介することもないと思いますが、ポイントはGS出身で、しかもそのトップにいた存在だったということ。
その後、ちょっとした空白期間の後でソロ歌手として大ヒットを飛ばす一方で、ザ・ピーナッツの片っぽうと結婚したりとか、一般人とのトラブルがあったりして、一瞬もたつきもしたのですが、1977年に「勝手にしやがれ」でレコード大賞を取りました。
その後、当時の子どもがみんな見ていた「ザ・ベストテン」の常連、「一等賞男」として一時代を築きます。
この時期、もうヒットチャートの何割かは「ニューミュージック」に浸食され、歌謡曲の歌い手も時代に乗り遅れまいとニューミュージックのアーティストに楽曲を発注するようになっていました。GSという、日本独自仕様のロックを唄っていた沢田研二が、ニューミュージック勢に対してどんな感情を持っていたかは分かりません。ただ、すでにピンクレディーが消えつつあったこともあり、本人の意識はどうであれ、結果として「歌謡曲側」の最後の牙城のような立場にいました。

この、"ROYAL STRAIGHT FLUSH"は、ソロになった1972年から1979年までに出した多くのシングル曲の中から、大ヒットと言われる曲だけを並べたもの。タイトルは当然、ポーカーでAと絵札を同じマークで全部揃えた最強の手のこと、でしょう。これさえ買っておけば、あとはiTunesで"TOKIO"と「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を200円ずつ出して補えば、だいたい満足なんじゃないでしょうか?私の好みでは「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」も加えたいところです。

前回、山本リンダのところで書きましたが、「勝手にしやがれ」以降しばらくの間、沢田研二も曲ごとに衣装を決めて、それを常に着て唄っていました。西城秀樹もその少し前に似たようなことをやっていましたが、沢田研二の方が長い期間徹底してやっていたように記憶しています。前回これを「コスプレ歌謡」と便宜上呼ぶことにしたのですが、その裏方に常に阿久悠がいたのはなにか意味があるのだと思います。

これも前回、1973年の歌謡曲を聴く中で、そろそろこの時期から芝居っ気たっぷりの歌謡曲は、聴く側に取って過剰なものと感じられるようになったと思う、という話をしました。
それから5年経って、ソロ・シンガー沢田研二が活躍した70年代の後半以降になると、かたや音程もおぼつかないアイドル歌手が、こなた自作の曲に生の思いをぶつけるように唄うフォーク(ニューミュージック)がすっかりその陣地を広げていました。そんな中でプロの作詞家である阿久悠は、歌手に架空のキャラクターを割り当て、シリーズ化するというやり方で対抗していました。
その最初の成功例が山本リンダ(=セクシーな女王様というキャラ)であり、さらに大成功を収めたのがピンクレディーです。
ピンクレディーは、最初はパンチラお色気路線だったのを、子どもたちがすぐに飛びついたので「お色気」は捨て、SF、オカルト、おとぎ話の方向に展開していきました。

一方その頃、沢田研二は「当代一のいい男」でした。今で言うと木村拓哉みたいなものです。系統も同じ「雨に濡れた子犬系」。そんな彼に阿久悠はどんなキャラクターを設定したでしょうか?そんな興味を持ちつつ、中身を聴いてみたいと思います。
ベスト盤というと、年代順に並んでいることが多いのですが、このアルバムでは制作側の意図で曲順が変えられています。

M1.カサブランカ・ダンディ
イントロで、ジーンズに挟んだ携帯用ボトルのバーボン(たぶん)を口に含み、霧を吹きながら歌った曲。ドラムス、パーカッション、ギター、ピアノ、ベースというシンプルなバンドサウンド。そういえば、沢田研二は70年代の前半から、歌謡番組でも自分専用のバンド(井上堯之バンド)をバックに唄っていました。そのスタイルは一部で「(いい意味も悪い意味も無く)歌謡ロック」といわれました。それを参考にして「今の一般的な日本人が受け入れられる限界はこれだ」と戦略を練った上で派手な楽曲を唄い始めたのがアン・ルイスです。沢田研二のサウンドの基本はこのバンド形態にあり、あとは曲の要請によってブラスやストリングスが重ねられています。

M2.ダーリング
セーラー服(本来の、水兵さんの格好)で唄った曲。
M1のバンドにサックスが加わって、後のチェッカーズの音(「ジュリアに傷心」あたりの)になっています。沢田研二の歌唱法の特徴がいろいろと確認できる曲です。「むけてくれえ〜」の低音部の喉を絞めたような発声、キメの「ダーリーン」のロングトーンでの音程が狂いそうで踏みとどまるところの危うさ。細かいことは分かりませんが、特にこの曲ではピッチのアジャストがいい加減です。しかし、それがちゃんと味になっているし、下手とは言えない、絶妙な粗さになっています。

M3.サムライ
青緑っぽいぴたぴたしたシースルーの、後のビジュアル系の人が着ていたような衣装にちっちゃい刀を持って唄っていました。死んだ父は「見るのも嫌だ」と言って、本気で怒っていました(西城秀樹が「ジャガー」を唄っていた時も大変だった)。それだけインパクトがあったんですな。演奏時間が5分を越える、当時の歌謡曲としては例外的に尺が長い曲。

M4.憎みきれないろくでなし
洋ピン(外国人モデルのセクシーなピンナップ写真)のモデルが警官のコスプレをしているような格好で唄っていました。アメリカ警察の制帽にノースリーブの白いシャツと黒いレザーパンツだったんじゃないかな?化粧もちょっと女装風だったと思う。こちらはM1のバンドにブラスセクションが加わっていますね。

M5.勝手にしやがれ
曲の基本はいつものバンドサウンドですが、いつになく厚めのストリングスとブラスが重なっています。
私は元ネタを知らないのですが、伝聞&Wikipediaの記事等で勉強したことを総合すると、直接のタイトルはフランス映画からの拝借。その映画の内容も合わせ、全体がハンフリー・ボガードへのオマージュになっているようです。「いったきりなら」のところで客席に投げる帽子もボギー風。
実は、阿久悠が沢田研二に設定したキャラクターは「ハンフリー・ボガードを気取る二枚目」なのです。後でまとめます。

M6.ヤマトより愛をこめて
僕は見ていませんが、同級生が夏休みに見に行って、みんな泣いて帰って来た「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」のエンディングテーマ。
記憶が曖昧ですが、この曲にもデスラー総統風のマント付き専用衣装があったような気がします。タイトルはボギーから離れて、より大衆的な「007シリーズ」になりましたが、深追いはしません。
バンドサウンドにストリングスが厚く被っています。イントロのピアノとエレキギターのユニゾンのあたりに、「僕の基本はロックサウンド」という拘りを感じます。

M7.時の過ぎゆくままに
これはコスプレシリーズになる前、1975年の作品です。たしか沢田研二が三億円事件の犯人で、時効まであとわずかという、現実とリンクした設定の連続ドラマの主題歌でした。このドラマは(子どもだったので)見ませんでしたが、この曲は本当に流行ってたなあという記憶があります。
タイトルは「カサブランカ」のテーマ曲"As Time Goes By"からか。実は、この「カサブランカ」がその後大きな意味を持って行きました。

M8.危険なふたり
ソロになって最初の大ヒットです。これも年上の女性が相手ですが、不倫ではないかも。いずれにせよ若い頃の沢田研二はこういう、年上の女性に愛されるタイプの色気で勝負していたということです。イントロのブラス、伴奏でのオルガンがかっきり裏拍でコードを弾いているのを拾って聴いていると面白いですよ。
「わかーれーるつもーりー じゃじゃっじゃーん」で片足を上げるところを、後に石野真子が「ジュリーがライバル」でパロディにしていました。この頃の大ヒット曲っていうのは本当に浸透力があって、そういうネタに誰でも反応できたから素晴らしい。娯楽が少ない時代でしたからね。

M9.追憶
M8とM7の間の時期に発売された曲です。いつになくオーケストラが分厚く、このアルバムの中でもサウンド的にはちょっと異質です。
この曲については、とくに雰囲気重視な唄い方で、ピッチとかかなり怪しいです。
沢田研二にはなぜかフランスのイメージがあって、相手の名前がカタカナでもあまり滑稽な感じにならないのが強みです。ニーナってのはなに人でしょうか?彼女も人妻でしょうか?

M10.許されない愛
このアルバムの中では、もっとも古い曲になります(1972年)。
印象的なブラスが入っているのはシカゴの影響?オルガンもアタックが強めで、当時思いつくロックサウンドを追究したんでしょうか?
沢田研二は声をあまり作らずに唄うタイプの歌手で、この唄い方でよく声が保つなあと感心します。喉が強いんでしょうね。最後に出てくる最高音のGはかなりしんどく、ショーケンみたいになっていますが、ギリギリ踏みとどまって味にしています。この曲も人妻との恋愛を唄っています。

M11.あなたに今夜はワインをふりかけ
M3「サムライ」のB面の曲。おそらくコンサート等で人気が高い曲だったのでしょうね。あと、CMにも使われていたような気がします。出だしがキャッチーで、CMでもここが使われましたが、アイデアがそこにしかなくて全体を聴くとちょっと平凡。この曲が入っている代わりに「コバルトの季節の中で」という佳曲が入ってないのがちょっと不思議です。

M12.LOVE(抱きしめたい)
前年のレコード大賞に続き、狙いを最優秀歌唱賞と紅白のトリに絞って出して、それを実現した曲。
沢田研二が最優秀歌唱賞的歌手であるかというと、疑問なところもあります。もともとレコード大賞などが成立した頃の歌謡曲で推奨される唄い方(大先生の指導のもと修行を積み、作曲家の指定に忠実に歌い続けること)とは違います。沢田研二の場合、まずは自分の外見や声によるセックスアピールがあってこその歌手であり、それを曲げてまで楽曲に殉ずることはしません。また、ファンもそれを望んでいます。やっぱり大衆音楽とは、歌い手のキャラクターが重要ということが改めて認識され、その認識の中での歌唱賞ってことなのでしょうか?
さて、この「LOVE(抱きしめたい)」の歌詞の内容は、M10やM7と同様、年上の人妻との恋愛ですが、ジュリーも大人になって、ただ「辛抱たまらん!」と破滅型の恋愛をするだけでなく、相手の立場とか収拾のつけかたにも思いを馳せるようになっています。

さて、こうして全曲を聴いてみました。
この中で沢田研二が演じている男は何人いたでしょうか?
1.年上の人妻と恋に落ち、思い悩みつつ関係を続けてしまう若いイケメン=本来のキャラクターに近い
(M7,M8,M10,M12)
2.ハードボイルドを気取り、去って行く女に背を向ける男(後に落ちぶれる?)=阿久悠が仕掛けたキャラ
(M1,M3,M5,M12は1と2の統合でしょう)
3.外国人女性と恋愛する、グローバルな(?)二枚目=虚像としてのジュリーのイメージ
(M9,ひょっとしてM3も。相手がジェニーだから。全部源氏名だったらちょっとイヤだが)
4.無邪気なスケベ
(M2,M11,M4は女性の視点だが相手の男はこれ)
※M6は映画主題歌なので、別モノと考えます。

そのうち、M8、M9、M10は阿久悠の作詞ではありません。つまり阿久悠が担当する以前の作詞家は、若くてセクシーな沢田研二本人のキャラクターをそのまま膨らましていったのに対して、阿久悠には「ジュリーを大人の男、沢田研二にしよう」という意思があったものと思います。そのつもりで俺に発注したんだろ、と。
そこでまず、M7でそれ以前の作品でつき合ってきた女性との退廃的な恋愛を総括します。相手も不倫で疲れ果てているし、もうこの若いジュリーは心中でもして死んでもらおう、ということでしょう(ま、ドラマの内容に沿ってるだけなんでしょうが)。ただ、そのタイトルをハンフリー・ボガードに由来する"As Time Goes By"から拝借したことが、その後の展開に効いてきます。

そして、いよいよ本格的にジュリー大人化計画を進めるに当たって、"As Time Goes By"がヒントになり、「よし、ここからのジュリーはハンフリー・ボガードの路線で行くぞ」ということになったのだと思います。
そして「勝手にしやがれ」「サムライ」とハードボイルドな二枚目路線を演じさせ、「LOVE(抱きしめたい)」では、人妻と恋愛しつつも、相手の幸せを優先して別れを告げる、分別ある一人前の男として描きます。

ところが、最後にどんでん返しがありました。

「カサブランカ・ダンディ」では、それまでの度重なるやせ我慢に疲れた主人公が、その役目を果たせなくなってしまいます。
上のボタンをはずしたジーンズの、胴のところにポケット瓶の酒を持ち歩くだらしない男。帽子もシャツもくたびれています。そして、飲んだくれては「ボギー、アンタの時代はよかったよ」とぼやく中年(たぶん絡み酒で泣き上戸)になりました、というオチです。
だからM1の霧吹きは、M5で彼が恋人を見送った窓辺で抱いていたボトルと同様、バーボンなのだと思います。

阿久悠と沢田研二のコラボレーションによるフィクショナルな作品群はこれにて事実上終了し、この後、沢田研二は他の作詞家の曲を唄うようになります。

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