2008/07/26

Search-Light/広瀬香美

以前、"Alpen Best"なるアルバムを聴いたときにも2回連続で書いていますが、もう一度出てきてもらいます。広瀬香美です。

このところ同じような話をしつこく繰り返していますが、日本で活躍している歌手全員を「歌のうまさ」を構成する要素である、「声質」「技術」「解釈」などの点数を付けて総合得点順にソートしたら、彼女が最上位グループに入ることは間違いありません。唯一、声についてはあまり特徴がないというかアニメの主題歌でも歌いそうな匿名性の高い声だと思います。しかし音域の広さと声を届かせる性能にはすばらしいものがあって、たとえば先日書いたMISIAと比べて何か劣っているものがあるかと考えたとき、なにも思いつきません。なによりこのテーマについて書くときに、説明がしやすいのです。
広瀬香美 - Alpen Best - Kohmi Hirose - Search-Light - 07' Remastering

"Alpen Best"のときにも書きましたが、この人の歌でつくづく感心するのは、ビブラートのかけ方とか、リズムにどのくらい正確にのるか、ちょっと外れるか、あるいはピッチを厳密に合わせるのか、ちょっとラフに歌って表情を出すのか、など(凡人には、せいいっぱい正確に歌うこと以外、意識できないようなところ)を聴く側にはっきり意図が伝わるように歌い分けられるところです。モタっているのではなくレガートなんだ、外れたんじゃなくて外したんだ、と分かるんです。いやいや、素人にそんなことを読み取らせてはいかん、理屈抜きに感動させてこそ本物じゃよ、という境地もあるかもしれませんが、私には読み取れる方が面白いです。
男性歌手でこれに匹敵する歌い手がいるのか、私の知っている範囲ではちょっと名前が挙げられません。

もちろん、こうした表現をするにあたって彼女がシンガー・ソングライターであることは大きなアドバンテージだと思います。自分で作った歌だからこそ、「ここは音をたっぷり伸ばして」、とか「ここは音程は気にしなくて良いからパンチをきかせて」という表現のツボが押さえられるんだ、と云ってしまえば簡単です。でも、同じシンガー・ソングライターだからといって、たとえば吉田拓郎がそういう表現をしているかというと、このレベルとは全然違うと思います。
また、自作曲をあまりに芝居っ気たっぷりに歌われるとげっぷがでそうになるものですが、彼女はその辺の客観性もちゃんと持っていて、臭くなるようなこともありません。

広瀬香美は曲作りもプロであるし、ボーカリストとしてもプロです。こんなに高いレベルでバランスしている人はなかなかいません。
この"Search-Light"は2001年1月発売(Wikipediaによる)ということです。この人は曲作りと歌唱法に関して非常にプロ意識が高いと思われ、「次に出るR&B路線の女の子に曲を提供できますよ」と世間(業界?)に伝えたかったんだと思います。だから、バックのゴスペル風コーラスとか、大サビあたりで使っている無限音階かけ上がり(久保田利伸が得意にしてますね)からの超ハイトーン・ボイス(さらにその声をサンプリングして間奏のメロディを歌わせています)など、ベタと云われかねない要素もすべて品揃えとして並べて見せているんです。「商用音楽でご用のある方は、どうぞこちらまでご連絡ください」というメッセージが聴き取れます。

翌日の追記
上のぐるぐる回るリストの中に"Thousands Of Covers Disc.1"というアルバムがあります。これは広瀬香美が他人の曲をカバーしているアルバムで、シンガーとしての力試し的な1枚になっており、やはりとても巧いです。

2008/07/16

INTERLUDE 2

歌がうまいとはどういうことかと考え続けております。
1.肉声という楽器の音色が美しいこと
2.同じくその楽器の音域が広いこと
3.同じくダイナミックレンジが広いこと
4.その楽器を自由自在にコントロールできること(音程、強弱など)
5.楽曲を理解し、きちんと表現できること
とりあえずこの5つくらいが問題なんじゃないか、と考えが固まってきました。

例えば、もう亡くなりましたが、村田英雄という歌手がいました。
彼の声は浪曲出身ということもあって、クラシック歌手のような美しさとは違いますが、邦楽用楽器として優れた音色であったと思います。ただ、ピッチの調整が難しく、力むと音程が上に外れる楽器でした。ライバルといわれた三波春夫の方が西洋音楽的知識が豊かで、音楽性が高いように思えます。
村田英雄

森進一という歌手がいます。彼の声は美しい音色とは違いますが、魅力ある音色の楽器です。また、歌手にとってきれいな声が絶対の条件ではないということを日本人にきちんと教えてくれた歴史的な存在です。またその声のコントロールも巧みでありますが、「伴奏とのハーモニー」という感覚がない(または重要だと思っていない)ので、バックの和音がどう動いても関係なく、エンディングで延々と一つの音を伸ばし続けるという、暴力的な演奏をします。
森進一

あべ静江というとてもきれいな声で唄う女性がいます(最近は唄っているところを見ませんが)。鈴を転がすようなきれいな声だけれども、一つの唄い方しかできないように見えます。
あべ静江
薬師丸ひろ子もちょっとそんな感じがあります。声がきれいと歌がうまいはすぐ近くにあるのですが、このふたりのことを考えると、どうも同じではないようです。
薬師丸ひろ子
次回は私が本当にうまいと思う人の話を書きたいと思います。ああ、とても大変そうだなあ…。

2008/07/13

LOVIN' YOU/MISIA

要は我々素人が歌の「うまい・へた」に言及するとき、「楽器としての声が優れているかどうか」、「楽器である自分の声をいかに思い通りにコントロールするかという技術論」、さらに「楽曲を解釈できるかどうかという知識とセンス」という3つの要素がごちゃごちゃになっていると思います。その際、どうしても声がきれいということに善くも悪くも騙される場合が多い、と思うんです。

また、「楽器として優れている」の中にも「音色が美しい」と「音域とダイナミックレンジが広い」という二通りがあると思います。
前項の杉山清貴は「音色が美しい」楽器であり、その演奏能力にも「問題が無い」、という人です。こういう人はうまいと言いやすいですね。

今日はMISIAを聴いています。
この人は「音色が美しい」上に「音域が広い」楽器であり、その演奏能力も「優れている」人です。
あえて、有名曲のカヴァーである、"LOVIN' YOU"をダウンロードしてみました。
MISIA - LOVE IS THE MESSAGE - LOVIN' YOU(MISIA 1999 LIVE VERSION)
この三十数年前の名曲は、いろんな人がカヴァーしたりTVで唄ったりしますが、たいていは今井美樹ヴァージョンのように、最後の「ああああああー」をオクターブ落とした常識的な範囲で唄うのですが、さすがMISIAはオリジナルのミニー・リパートンと同じキーで、例の箇所も歌メロの1オクターブ上を使って鳥のような声を出しています。

彼女の音色と音域については全く不満がなく、あとは年齢を重ねつつ楽典の勉強を進めて高みをきわめていただくしかないかと思います。"Everything"が代表曲、じゃもったいない。もっと斬新な曲で天下を取ってみせて欲しいですね。

2008/07/06

さよならのオーシャン/杉山清貴

例えば杉山清貴という人がいます。全盛期は80年代の中盤で、最近はほとんど見る機会もないのですが、この人なんかは喋る声の延長と思える声がきれいで、いかにもハイトーン・ボイスという印象です。いつ声変わりしたのか分からない、ボーイソプラノのまま大人になった声で、似ている人ではもっと昔にあいざき進也っていうアイドル歌手がいたんですが、分かる人が少ないですね。

ところが意外なことに、実際に楽器を持って音をとってみると、杉山清貴の音域は下がEくらいで上はオクターブ上のFまたはG。J-POPがロック色を強める中で、男性歌手のキーはどんどん高くなっていて、今はAあたりが常用されていますから、実際には特筆するほどのものではないように思えます。

でも、今も昔も普通の日本男児がFから上を出そうと思うと、高音専用にギアチェンジをしないと辛いです。シャウトってやつですね。杉山清貴や玉置浩二はだいたいGを上限にしていますが、シャウトすればもっと上まで出るでしょう。
しかし、杉山清貴はシャウトせずにこの音域で十分ハイトーン・ボイスの印象を与えることに成功していますし、特に声を作ることもしていないので、歌詞を伝えることもできています。何を歌っても同じ、という悪口も云えるのですが、ちょっとこの人をきちんと褒めておこうかな、と思いました。
iTMSでもアルバム何枚分か買うことができます。
杉山清貴 - beyond... - さよならのオーシャン

2008/07/05

INTERLUDE

6月中旬に父が亡くなったりして、ちょっと更新が滞ってしまいました。
今日から再開です。

さて、はてなダイアリーの方にも書いたんですけど、先月放送された「BSマンガ夜話」を会社の同僚に頼んで、録画してDVDに焼いてもらって(家にBSチューナーがないから)、一昨日見ました。
今回は第2夜が「男組」だったんで、それが楽しみで。

「男組」の作画担当・池上遼一の画は実に華麗であり、アジア人をこんなに格好良く描ける人はいない、といしかわじゅんも云っています。日本でいちばん上手いマンガ家と思っている人もたくさんいると思います。一方で、そのいしかわじゅんは著書の中で、「動きが描けないマンガ家」の典型としても池上遼一を挙げています。下手だと云ってるんですね。


私がこの、「うまい・へた」ラベルのエントリで書いていきたいのは、それの歌版です。画風の華麗さと動きの拙さが同居する池上遼一のマンガは、俳優に例えれば絶世の美男・美女なのに大根役者、という存在です。天使の歌声かと思うような声を持ちながら歌の解釈ができない歌手、というのがいたらやはり池上遼一になるでしょう。

僕が思う理想の歌唱法というのは、話し声が美しくてその延長にメロディが乗って、すべての音域をカバーする、というものです。おそらく、そうすれば歌詞が聞き取れないこともないと思われるのですが、プロの歌い手がそれで成り立つかというと、そういう喉の使い方をするとすぐに声帯ポリープになっちゃうのかもしれない。その辺の矛盾も抱えつつ、次の話に参りましょう。