2008/10/28

綺麗ア・ラ・モード/中川翔子

この1ヶ月、結果として筒美京平作品をたくさん聴いてきました。Wikipediaによると1967年から専業作曲家として活動しているということですから、40年に渡って流行歌を作り続けているといることになります。作曲家別シングル売上枚数日本一、だそうで、恐ろしいことです。

そして、まったくの偶然だったのですが、数週間前に"HEY! HEY! HEY!"を見ていたら中川翔子が出てきて、新曲は松本隆/筒美京平コンビだと言って唄っていました。また、松田聖子を「神」とあがめているということも語っていました。ちょっと待て、プロフィールによると彼女は松田聖子が結婚した1985年生まれで、松田聖子が神がかっている頃(結婚直前の2年間くらい)のことは生では見ていないはず。若い彼女がどうしてそこまで影響されたのかは良く分かりません。亡くなった父親の影響、ということらしいのですが…。

なんにせよ、この曲は中川翔子がする「松田聖子ごっこ」のために松本隆と筒美京平が一肌脱いだ、ということなのでしょう。
実際には、松田聖子の代表的シングル曲は筒美京平よりも80年代ニューミュージックのアーティストが関わっているわけで、忠実にやるならユーミンか財津和夫を起用するのがスジですが、ちょっとそこまでのキャスティング(?)は無理だったか。ただし、筒美京平もアルバムには曲を提供しており、無縁ではありません。そしてこのコンビは前回までしつこく書いていた南沙織、太田裕美の曲を作っていた二人ですから、話はちゃんと繋がっています。

では聴いてみましょう。ソニー系のためiTSでは落とすことができませんので(とっとと白旗上げてiTSの軍門に下って欲しい。ソニー系にはよい邦楽のコンテンツが揃っていますからね)、アマゾンで注文してしまいました。



いきなりピアノのお稽古風イントロから、分かりやすいベースラインで進行していきます。この辺は80年代のニューミュージック系作家が好んだ(というか、それしかできなかったりもする)コード進行で、ストリングスが美しいアレンジと相まって、「野ばらのエチュード」から「ガラスの林檎」の頃の松田聖子のイメージを忠実に再現しています。筒美京平はフォークソング系アーティストの曲作りのマネも上手で、私はずっと「赤い風船」は吉田拓郎の曲だと勘違いしていましたし、「しあわせ未満」の転調する前にもそんな雰囲気があります。おそらく松田聖子ファンなら、アルバムの中の「xx」に似ている、と指摘できると思うのですが、残念ながら私はそれほど熱心な聖子ファンではなく、細かい元ネタの照合ができないのが残念です。ちゃんと勉強しておけば良かった!

TVで聴いていた時は「ずいぶんキーが高いなあ」と思っていましたが、これは私が絶対音感を持っていないせいで、楽器で拾ってみたらC#5くらいまででした。中川翔子の声質と、半音刻みで上がっていくメロディに騙されました。実際には1オクターブそこそこの範囲で歌メロができています。さすがアイドル歌謡を作り続けて数十年のテクニックは素晴らしいです。
大雑把にいうとA-B-Cと展開するメロディもAよりB、BよりCと尺が長くなっていくので、サビに行くまでが早い早い。この辺、今のJ-POPに望まれる構成というのをしっかり意識していて、前半の状況説明的メロディは極端に短く作ってあります。

一方、作詞の松本隆も松田聖子的単語(「矢」とか「次元」とか「硝子」とか)を散りばめながら、あいかわらず女の子の視点(今風に言うと目線か)からの描写がうまい。「薬指の長い手が好き」は、実際私の乏しい経験に照らしても、女の子ってのは男の「手」の形状を良く観察してますからね。竹内久美子的にも合ってる。ここの描写は「タバコの匂いのシャツ」に対応している部分だと思います。

中川翔子の歌唱は80年代当時のアイドル(松田聖子じゃないよ)のような破綻はなく、うまいと言えばうまい。
ただし、声がアニメソング的で匿名性が高く、名前を言われないと誰が唄っているのか分からない感じがします。松田聖子よりも森口博子に近い感じ。
やはり数週間前のことですが、週刊朝日で連載されている林真理子の突っ込みの甘い対談(あれは何故ホステスが林真理子なんだろう?そのレベルは文春の阿川佐和子と比べるまでも無い)に松本隆が出ていて、その中で(うろ覚えですが)「中川翔子はまだアイドルのコスプレをやっている状態だから、もっと自分をしっかり出せば大成できる」というような発言をしていました。多分、その辺のことを言っているのだと思います。今のままではカラオケボックスのスターで終ってしまう。声は出るので、そこに自分の肉体をのせるような表現をすれば、匿名性は克服されるんじゃないでしょうか?
しかし、彼女の実年齢は23歳。化ける時間が残っているのか?かなり微妙です。渡辺プロ(今はワタナベエンターテインメントだっけ)は昔からアイドルのデビューが遅くて、売れる頃には実年齢が大人になっていることが多いのです。今、彼女が16歳だったらすごい事になると思うけど。


ちなみにC/Wの2曲も良かったです。「カミツレ」は松田聖子でいうと"Rock'n Rouge"の頃のイメージ。こっちが「A面」でも良い。
3曲目の「約束」は斉藤由貴の「卒業」をなぞったような、ギターの3フィンガー奏法がハマるフォーク調。歌詞の道具立ても「レコード」とか「ウイスキー・ソーダ」とか昔のアイテムを並べて、何がしたかったのかというと、携帯電話が無い頃の若者の恋はロマンティックだろう?とお父さん(お爺さん?)世代から今を生きる中川翔子へのメッセージになっています。

2008/10/19

GOLDEN☆BEST[Disc 2]/太田裕美

いよいよ息が続かなくなったので、太田裕美の後半を通って現代に戻りましょう。
"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"のDisc2を聴いていきます。

ここ何回分かやってきたように、楽器を持って太田裕美の声域を拾ってみると、デビュー後しばらくはG#3〜B4あたりを地声で出し、C5〜E5あたりをファルセットで出す、というのが一定の範囲になっているようです。その後、低音方面にレンジが拡大してE3くらいまでが使われるようになります。印象よりもキーが低いんですね。
さて、こちらDisc2は、アメリカ留学(?)による休業宣言時に発売された、1981年の「君と歩いた青春」から始まって、帰国後の(どっちかというとファンの方が)ぶっ飛んだニューウェイヴ路線の曲、さらに結婚後の開店休業時代を通り抜けて(2002年)現在に繋がっています。ちなみに太田裕美は今も、伊勢正三や大野真澄(ガロの人)と組んで精力的にコンサートをし、ぽつりぽつりと新作を発表し続けています。

太田裕美は、ヒット曲を連発しているときでもミュージックシーンの真ん中にいる感じではなかったので、彼女の流れを追ってもこの25年間の日本のポップスを振り返れるわけではありませんが、これもまた歴史の側面であるということで、ひとつおつきあい願います。


M1.君と歩いた青春
渡米前の、ファンへのけじめのような形で発売された曲。実は1976年発売のアルバム「12ページの詩集」の中に入っている、ファンにはお馴染みの曲です(たぶん録音はしなおしている)。タイトルがあまりにそのままだったのが、熱心なファンの涙を誘いました。
作詞・作曲は元・かぐや姫で元・風の伊勢正三。この人は「地方出身の大学生が卒業間際に恋人と別れる場面」というネタで詩を書かせると日本一で、他にも「なごり雪」「海岸通り」などがほぼ同じテーマです。「君と歩いた青春」の二人は同郷の幼なじみで、子どもの頃は近所の仲間と男も女も無く自然の中を駆け回っていたが、二人だけが(進学か就職で)上京したようです。同郷の二人が都会で暮らす内に異性としての関係に発展したものの、上手くいかなくなって女の子は故郷に帰る、という話です。
これは、個々のシチュエーションの違いはあれ、二十歳前後の若者にとっては恋愛の黄金パターンです。
「グループ交際」内での(精神的なものも含め)ぬけがけ、三角関係、乗り換え、などを経験するうちに、お互いに深く傷ついたり、「最初に声をかけたのは僕だったよねー」とヤクタイの無い自問自答を繰り返す。そうして若者は大人になったり、なりきらなかったりして生きていくわけです。
同名のアルバムジャケットの、内巻きカールで微妙な表情をしたポートレートには、これまでは皆様の夢(幻想)におつき合いしましたが、この先は分かりませんよ、というメッセージが込められていたように思います。


M2.ロンリー・ピーポーⅡ
太田裕美は半年の予定を延長し、結局渡米による空白期は1年を越えました。アルバム「君と歩いた青春」からおよそ1年半経って、アルバム"Far East"で復帰を果たします。
このアルバムは(買ったので良く覚えていますが)、A面はアメリカ人作家による「ニューヨーク・サイド」、B面はその後展開するニューウェイヴ風「トーキョー・サイド」という成り立ち。A面ではAORな風味満載で、なぜか日野皓正のラッパまで入っています。これもなかなか良いものでしたが、彼女はそちらの路線にはいかずにB面のニューウェイヴ路線を過激に発展させていきます。その勢いは、なにかの反動か、とも思えるものでした。
太田裕美は(私の記憶が確かならば)たった一度「ザ・ベストテン」に出演したときにこの曲を歌いましたが、それはランクインしたのではなく、ニューヨーク生活を小説風に書いた「八番街51丁目より」が一部で注目されたことによる「スポットライト」コーナーでの出演でした。


M3.満月の夜 君んちへ行ったよ
いよいよニューウェイヴ路線が本格化し、作詞には山元みき子(=銀色夏生)の起用が増え、アレンジャーには大村雅朗や板倉文(小川美潮とチャクラをやってた人)、バナナ(=川島裕二?)といった名前が出てくるようになります。
この曲は、まるで「新・怪物くん」のテーマみたいですが、子どもっぽいフォーマットの中に辛辣な男女関係も読み取れる、不思議な世界が展開されます。ここまで過去のイメージを捨てて、やっと太田裕美は年齢を超越するとともに、舌足らずの発音のまま成人としてやることやってる男女の歌を唄うようになれた、とも言えます。
私は、同じく太田裕美好きの友人とこの頃の太田裕美のコンサートに行きましたが、「木綿のハンカチーフ」までもぐじゃぐじゃのニューウェイヴ調で唄う太田裕美をみて、「こんなの太田裕美じゃない」と怒って帰っていきました。"Far East"で予習が済んでいた私には想定内のことでしたが、そういう反応はこのころ全国いたるところで見られたんだと思います。

M4.青い実の瞳
太田裕美流ニューウェイヴ路線の頂点がこの辺り。この頃はジャケット写真もつんつんの刈り上げです(アルバム「君と歩いた青春」とのギャップを見よ)。すでに戸川純がメジャーになりつつある80年代の気分を積極的に吸い込んでいった結果がこれ。



M5.雨の音が聞こえる
1984年に結婚による休業が発表され、ニューウェイヴ路線での活動は2年弱で中断することになります。この曲は太田裕美にとっての「微笑がえし」であり「さよならの向う側」です。作詞は当時のお気に入り山元みき子、作曲は筒美京平。編曲は板倉文とバナナの連名になっていて、当時の路線のサウンドに筒美京平メロディが乗っかっているという作り。確か唯一の12インチシングルとして発売されたと思いますが、私は買ってません。なぜ松本隆が絡んでこなかったのかは良く分かりませんでした。

M6.はじめてのラブレター
1992年に童謡を唄ったアルバム「どんじゃらほい」を発売し、1993年になってオリジナルを発表するようになります。もっとも88年の遊佐未森のアルバムには曲を提供しているので、空白期間中も「内職」はやっていたようですが。「ママドル」を目指していたのかは(その時代にそういう言い方があったのかも)分かりません。

M8.ファーストレディーになろう
これは確か、化粧品販売会社のCMに使われていたと思います(○○レディになろう、ということで)。作曲と演奏にゴンチチが加わっています。太田裕美っていう人は、この辺のカルチャーっぽい人を呼び寄せる力が強い人ですね。
聴いていると、ゴンチチの演奏はカッコいいですし、喉を酷使していないせいか、音域も広がっているようです。
とはいえ、実生活に(たぶん)即した主婦・母親ものは、本人にとってはいちばん素直な表現なのだと思いますが、私ら昔の男の子たちはどこで絡んでいいか良く分からないです。

M9.魂のピリオド
その点、松本隆はツボを心得ていて、久しぶりの松本隆/筒美京平コンビの作品は、ちゃんと恋愛ものになっています。淡い不倫ものと思われる歌詞の内容ですが、おそらく松本隆と太田裕美の、この25年にわたる関係の隠喩であろうと思われます。女性の方が飛行機の切符を隠し持っているからね。

M10.僕は君の涙
太田裕美はソングライターとしてはそれほど鋭さを持った作家ではない、と私は思っています。彼女が書いた曲で印象に残っているのは3曲くらいしかないんですが、これはその1つ。女性がこぼした涙が循環してワインになって彼女の元にもどってきましたよ、という童話っぽい話。たしか「みんなのうた」かなんかで放送されていたと思います。「きーみーの、ひーとみから」の跳躍は筒美京平から払い下げてもらったようなメロディですが、強いて言えばこれが太田裕美節なんでしょう。

M16.風信子(ルビは「ヒヤシンス」)
M13、M14と原田真二、はっぴいえんどのカバーが続きます(そういうミニアルバムを1999年頃出していた)。この曲は私は知らなかったけれど、鈴木茂のカバーだと思います。明るい曲ではないけれど、単純なマイナーコードの曲ではなく、かなり凝った作り。初出がなんなのか分からず、オフィシャルサイトで探したら、2000年に出たベスト盤の特典として入っていたようです。

M17.First Quarter〜上弦の月〜
こちらは1999年に出た11,000円する「25周年メモリアルBOX」に収録された曲。25年間皆勤賞でつき合ってくれたファン向けとして、分かりやすい曲です。アコースティックな中にポップさがあって、たしかにファンは気に入るだろうな、という良くまとまった曲になっています。きちんと照合した上での感想では無いけれど、たぶんポリスの「みつめていたい」を参考にしていると思われます。「みつめていたい」を下敷きにした曲は、いったい日本に何曲あるのだろう?

2008/10/18

南沙織ベストコレクション/南沙織

沢田研二に続いて、もう1枚聴いてから現代に向かおうと思います。先日来拘っていた南沙織です。

本当はiTunesでダウンロードできればいいんですけど、ソニー系は相変わらずiTMSに対してかたくなな態度を続けています。消費者は不便しているので、寛大な心でiTMSに結集していただけないですかね(どうせ負けてんだし!)。


さて本題です。
南沙織は私が小学校の低学年の頃から唄っていたので、ものすごく昔の歌謡曲の人という印象なんですが、年齢で言うと太田裕美や竹内まりやと同学年なので、活躍時期がもう少し遅ければ、私が中学生くらいで夢中になっていてもおかしくなかった人です。デビューが早すぎたんですね。

そして、この「ベストコレクション」のラインナップ(後で紹介します)を見ると、15曲のうち12曲の作曲/編曲が筒美京平(作詞は有馬三恵子)です。そうか、南沙織を聴くことは初期の筒美京平を(アレンジ込みで)聴くことでもあったのか!なんかいろいろと繋がってきます。


先日の「青春歌年鑑('73年)」を聴いている時も突出して聴こえたのですが、この人は絶対歌うまいです、今風の意味で。最終的には彼女はレコード大賞の歌唱賞(最優秀ではない)を受賞していますが、現役時代を通じて、アイドルとしての評価はあっても「うまい」という言われ方はあまりされていなかったように思います。

その理由を考えてみると、一つには、彼女は本土復帰前の沖縄から「来日」してきたということ。これは当時の日本人の感覚では、「舶来品=プレミアム」である一方、「違和感」でもありました。いずれにせよ、「外国人枠」のアイドルだったので、そういう(うまいとかへたとかの)問題をきちんと考察する機会がなかったんだと思います。

もう一つ本質的なところでは、彼女の声がそれまでの歌謡曲にあまりいなかったタイプだからだと思います。
当時の日本の一般大衆が「いい声」と思うのは、小柳ルミ子のような声を頂点とする「音楽学校で発声を習ったソプラノ系」でした。南沙織の声はそれとは対称的な、低音成分の豊かな声で、エレキギターでいうとオーバードライブを繋いだような太さがあります。しかも低音から高音までその発声法が変わらない(すばらしい!)ので、どのくらいの音域があるのかもちょっと分かりにくい。
実際にこの15曲を聴く間、EZ-EGで音を取っていたのですが、確認できただけで下はF3、上はD5と2オクターブ近く使っています。これはポピュラー音楽としては必要十分なレンジです。一人アカペラの達人・山下達郎だって、ラジオで「どのくらい音域がありますか?」と質問されると「下はA(2)、2オクターブ上のA(4)。その上はファルセット」と答えていましたから。

そういうことを考えると、南沙織というのは、この間ずっと活動していた結果、「実力派アーティスト」として扱われている竹内まりやなどと同じグループに入れた方が良いと思います。ただし、非常に若い時にデビューして、評価が固まる前に引退したため、「実力派」としての実績が残ってないことは、傍目にはもったいないですね。
しかし、彼女は人気絶頂の時から「引退」を口にして騒ぎを起こしていましたから、あまり芸能人であり続けることに興味が無かった人なのかもしれませんね(あるいは南国娘の情熱で、恋をするとほかのことはどうでもよくなっちゃう性格だ、という妄想の余地もある)。


それでは、聴いていきましょう。忘れている曲も多かったんですが、聴けば「ああ、これだったのか」と思うものばかり。
M1.17才
「たしかめたくってえー」の2個目の「た」の音が森高千里版より2音階高い。昔NHKのドラマで昭和40年代の風景として子どもがこの歌を唄っている場面がありましたが、ここのメロディが森高版だったので「チェック甘いぞ」と画面につっこんだことがありました。この曲、エレキギターの音が入っていないんですね。

M2.潮風のメロディー
これもエレキギター無し。ビートはエレキベースで支えられています。ストリングスがカッコイイ。近田春夫がよく褒めているのはこの辺なのかしら。

M4.純潔
イントロからエレキギター全開で始まります。ブラスの音も派手で、南沙織にしてはうるさめの曲です。当時の歌謡曲の歌手としてはめずらしく、自分の声をダビングしてコーラスをつけています。後に太田裕美も多用しますし、今では常識ですが、この当時にやっていたということは、南沙織は楽譜が読める人だったのかもしれません。

M5.哀愁のページ
冒頭、英語のセリフが入っています。内容は日本人が考えたような文章ですけど。バイリンガルと声質のせいで、どうしても竹内まりやとキャラクターがかぶります。南沙織も上智大学卒業直前くらいでデビューしていたら、全然違うアーティストになっていたかもしれませんが、そうするとどっちかがいらなくなっちゃうか!

M6.早春の港
アコースティック・ギターのスリーフィンガー奏法がずっと続くこの曲は、当時のフォーク青年の心にも響いたようで、Wikipediaによると吉田拓郎の「シンシア」はこの曲へのアンサーソングなのだそうです。

M7.傷つく世代
子どもの頃はこの曲が一番好きだったなあ。アイドル歌手としての可憐さが爆発している曲。曲もそうだが、南沙織が従来の歌謡曲的テクニックを駆使して、若い女の子としての色気を思い切り使ってみた感じ。

M8.色づく街
彼女の代表曲として有名な曲。「すこしおとなすぎる」のポリリズムっぽいのせ方がアクセントになっています。これだけアイデアが入って演奏時間は2分51秒しかありません。贅沢だなあ。ときどきリズムが走り気味に聴こえるのが味になっています。
このM6〜M8の3曲は甲乙付け難く、1973年は南沙織と筒美京平コンビの絶頂期、という感じがします。

M10.バラのかげり
この辺りの曲は、このまま太田裕美が唄っても全く違和感がなさそう。この曲は「ドール」なんかに似ているので、特にそんな気がします。

M12.思い出通り
M9〜M11が重苦しかったので、ここで一息つけます。この辺までくると声の使い方がかなり多彩になっていて、それまでよりかなり軽く唄えるようになっています。彼女なりに芸の完成に近づいている感じがします。

M13.人恋しくて
筒美京平作品から「春うらら」で有名な田山雅充に作曲家が変わっています。ベースが頑張っていますね。この曲でレコード大賞の歌唱賞だったそうです。上手いだけならM7やM12の方が上手く唄っていると思いますが、こういうものは「欲しい」と言わないともらえないものですから、いろいろ事情があったんでしょうね。

M14.哀しい妖精
作曲がジャニス・イアンという、南沙織の記念碑的作品。作詞はすでに太田裕美作品等でも活躍していた松本隆です。南沙織自身はこういう方向の音楽が好きだったんでしょうね。そういえば、「夜のヒットスタジオ」でアリスと共演してとても喜んでいました。彼女が育った頃の沖縄ではどんな音楽が流行っていたのかしりませんが、もともと日本の歌謡曲よりも外国曲やシンガー・ソングライター的なものへの嗜好が強い人だったのでしょう。


M15.春の予感~I've been mellow~
作詞・作曲・編曲が尾崎亜美。
尾崎亜美の曲としても一番好きな曲です。「タイトルが現在完了形だ」と思ったのは憂鬱な中学生だった頃の僕。事実上、彼女の結婚前の最後のヒット曲でしょう。尾崎亜美はこのブログではまだ触れていませんが、山下達郎と並ぶ、自分でアレンジが出来るシンガー・ソングライターの走りで、まあ一言で言えば天才です。南沙織も唄い方がかなり影響されています。このままニューミュージック方面に突っ走るのも大いにありだったと思うんですが、彼女は主婦(篠山紀信夫人)になることを選択しました。

2008/10/12

ROYAL STRAIGHT FLUSH/沢田研二

ディープな歌謡曲の世界から、浅瀬に向かって浮上を開始しています。浮上のついでに、なぜか「青春歌年鑑」に入っていなかった大物、沢田研二を聴きながら行きましょう。
iTunesでも買うことができる、彼の全盛期のベストアルバムである"ROYAL STRAIGHT FLUSH"をダウンロードしてみました。
沢田研二 - ROYAL STRAIGHT FLUSH


沢田研二のことを今更私なんかが紹介することもないと思いますが、ポイントはGS出身で、しかもそのトップにいた存在だったということ。
その後、ちょっとした空白期間の後でソロ歌手として大ヒットを飛ばす一方で、ザ・ピーナッツの片っぽうと結婚したりとか、一般人とのトラブルがあったりして、一瞬もたつきもしたのですが、1977年に「勝手にしやがれ」でレコード大賞を取りました。
その後、当時の子どもがみんな見ていた「ザ・ベストテン」の常連、「一等賞男」として一時代を築きます。
この時期、もうヒットチャートの何割かは「ニューミュージック」に浸食され、歌謡曲の歌い手も時代に乗り遅れまいとニューミュージックのアーティストに楽曲を発注するようになっていました。GSという、日本独自仕様のロックを唄っていた沢田研二が、ニューミュージック勢に対してどんな感情を持っていたかは分かりません。ただ、すでにピンクレディーが消えつつあったこともあり、本人の意識はどうであれ、結果として「歌謡曲側」の最後の牙城のような立場にいました。

この、"ROYAL STRAIGHT FLUSH"は、ソロになった1972年から1979年までに出した多くのシングル曲の中から、大ヒットと言われる曲だけを並べたもの。タイトルは当然、ポーカーでAと絵札を同じマークで全部揃えた最強の手のこと、でしょう。これさえ買っておけば、あとはiTunesで"TOKIO"と「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を200円ずつ出して補えば、だいたい満足なんじゃないでしょうか?私の好みでは「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」も加えたいところです。

前回、山本リンダのところで書きましたが、「勝手にしやがれ」以降しばらくの間、沢田研二も曲ごとに衣装を決めて、それを常に着て唄っていました。西城秀樹もその少し前に似たようなことをやっていましたが、沢田研二の方が長い期間徹底してやっていたように記憶しています。前回これを「コスプレ歌謡」と便宜上呼ぶことにしたのですが、その裏方に常に阿久悠がいたのはなにか意味があるのだと思います。

これも前回、1973年の歌謡曲を聴く中で、そろそろこの時期から芝居っ気たっぷりの歌謡曲は、聴く側に取って過剰なものと感じられるようになったと思う、という話をしました。
それから5年経って、ソロ・シンガー沢田研二が活躍した70年代の後半以降になると、かたや音程もおぼつかないアイドル歌手が、こなた自作の曲に生の思いをぶつけるように唄うフォーク(ニューミュージック)がすっかりその陣地を広げていました。そんな中でプロの作詞家である阿久悠は、歌手に架空のキャラクターを割り当て、シリーズ化するというやり方で対抗していました。
その最初の成功例が山本リンダ(=セクシーな女王様というキャラ)であり、さらに大成功を収めたのがピンクレディーです。
ピンクレディーは、最初はパンチラお色気路線だったのを、子どもたちがすぐに飛びついたので「お色気」は捨て、SF、オカルト、おとぎ話の方向に展開していきました。

一方その頃、沢田研二は「当代一のいい男」でした。今で言うと木村拓哉みたいなものです。系統も同じ「雨に濡れた子犬系」。そんな彼に阿久悠はどんなキャラクターを設定したでしょうか?そんな興味を持ちつつ、中身を聴いてみたいと思います。
ベスト盤というと、年代順に並んでいることが多いのですが、このアルバムでは制作側の意図で曲順が変えられています。

M1.カサブランカ・ダンディ
イントロで、ジーンズに挟んだ携帯用ボトルのバーボン(たぶん)を口に含み、霧を吹きながら歌った曲。ドラムス、パーカッション、ギター、ピアノ、ベースというシンプルなバンドサウンド。そういえば、沢田研二は70年代の前半から、歌謡番組でも自分専用のバンド(井上堯之バンド)をバックに唄っていました。そのスタイルは一部で「(いい意味も悪い意味も無く)歌謡ロック」といわれました。それを参考にして「今の一般的な日本人が受け入れられる限界はこれだ」と戦略を練った上で派手な楽曲を唄い始めたのがアン・ルイスです。沢田研二のサウンドの基本はこのバンド形態にあり、あとは曲の要請によってブラスやストリングスが重ねられています。

M2.ダーリング
セーラー服(本来の、水兵さんの格好)で唄った曲。
M1のバンドにサックスが加わって、後のチェッカーズの音(「ジュリアに傷心」あたりの)になっています。沢田研二の歌唱法の特徴がいろいろと確認できる曲です。「むけてくれえ〜」の低音部の喉を絞めたような発声、キメの「ダーリーン」のロングトーンでの音程が狂いそうで踏みとどまるところの危うさ。細かいことは分かりませんが、特にこの曲ではピッチのアジャストがいい加減です。しかし、それがちゃんと味になっているし、下手とは言えない、絶妙な粗さになっています。

M3.サムライ
青緑っぽいぴたぴたしたシースルーの、後のビジュアル系の人が着ていたような衣装にちっちゃい刀を持って唄っていました。死んだ父は「見るのも嫌だ」と言って、本気で怒っていました(西城秀樹が「ジャガー」を唄っていた時も大変だった)。それだけインパクトがあったんですな。演奏時間が5分を越える、当時の歌謡曲としては例外的に尺が長い曲。

M4.憎みきれないろくでなし
洋ピン(外国人モデルのセクシーなピンナップ写真)のモデルが警官のコスプレをしているような格好で唄っていました。アメリカ警察の制帽にノースリーブの白いシャツと黒いレザーパンツだったんじゃないかな?化粧もちょっと女装風だったと思う。こちらはM1のバンドにブラスセクションが加わっていますね。

M5.勝手にしやがれ
曲の基本はいつものバンドサウンドですが、いつになく厚めのストリングスとブラスが重なっています。
私は元ネタを知らないのですが、伝聞&Wikipediaの記事等で勉強したことを総合すると、直接のタイトルはフランス映画からの拝借。その映画の内容も合わせ、全体がハンフリー・ボガードへのオマージュになっているようです。「いったきりなら」のところで客席に投げる帽子もボギー風。
実は、阿久悠が沢田研二に設定したキャラクターは「ハンフリー・ボガードを気取る二枚目」なのです。後でまとめます。

M6.ヤマトより愛をこめて
僕は見ていませんが、同級生が夏休みに見に行って、みんな泣いて帰って来た「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」のエンディングテーマ。
記憶が曖昧ですが、この曲にもデスラー総統風のマント付き専用衣装があったような気がします。タイトルはボギーから離れて、より大衆的な「007シリーズ」になりましたが、深追いはしません。
バンドサウンドにストリングスが厚く被っています。イントロのピアノとエレキギターのユニゾンのあたりに、「僕の基本はロックサウンド」という拘りを感じます。

M7.時の過ぎゆくままに
これはコスプレシリーズになる前、1975年の作品です。たしか沢田研二が三億円事件の犯人で、時効まであとわずかという、現実とリンクした設定の連続ドラマの主題歌でした。このドラマは(子どもだったので)見ませんでしたが、この曲は本当に流行ってたなあという記憶があります。
タイトルは「カサブランカ」のテーマ曲"As Time Goes By"からか。実は、この「カサブランカ」がその後大きな意味を持って行きました。

M8.危険なふたり
ソロになって最初の大ヒットです。これも年上の女性が相手ですが、不倫ではないかも。いずれにせよ若い頃の沢田研二はこういう、年上の女性に愛されるタイプの色気で勝負していたということです。イントロのブラス、伴奏でのオルガンがかっきり裏拍でコードを弾いているのを拾って聴いていると面白いですよ。
「わかーれーるつもーりー じゃじゃっじゃーん」で片足を上げるところを、後に石野真子が「ジュリーがライバル」でパロディにしていました。この頃の大ヒット曲っていうのは本当に浸透力があって、そういうネタに誰でも反応できたから素晴らしい。娯楽が少ない時代でしたからね。

M9.追憶
M8とM7の間の時期に発売された曲です。いつになくオーケストラが分厚く、このアルバムの中でもサウンド的にはちょっと異質です。
この曲については、とくに雰囲気重視な唄い方で、ピッチとかかなり怪しいです。
沢田研二にはなぜかフランスのイメージがあって、相手の名前がカタカナでもあまり滑稽な感じにならないのが強みです。ニーナってのはなに人でしょうか?彼女も人妻でしょうか?

M10.許されない愛
このアルバムの中では、もっとも古い曲になります(1972年)。
印象的なブラスが入っているのはシカゴの影響?オルガンもアタックが強めで、当時思いつくロックサウンドを追究したんでしょうか?
沢田研二は声をあまり作らずに唄うタイプの歌手で、この唄い方でよく声が保つなあと感心します。喉が強いんでしょうね。最後に出てくる最高音のGはかなりしんどく、ショーケンみたいになっていますが、ギリギリ踏みとどまって味にしています。この曲も人妻との恋愛を唄っています。

M11.あなたに今夜はワインをふりかけ
M3「サムライ」のB面の曲。おそらくコンサート等で人気が高い曲だったのでしょうね。あと、CMにも使われていたような気がします。出だしがキャッチーで、CMでもここが使われましたが、アイデアがそこにしかなくて全体を聴くとちょっと平凡。この曲が入っている代わりに「コバルトの季節の中で」という佳曲が入ってないのがちょっと不思議です。

M12.LOVE(抱きしめたい)
前年のレコード大賞に続き、狙いを最優秀歌唱賞と紅白のトリに絞って出して、それを実現した曲。
沢田研二が最優秀歌唱賞的歌手であるかというと、疑問なところもあります。もともとレコード大賞などが成立した頃の歌謡曲で推奨される唄い方(大先生の指導のもと修行を積み、作曲家の指定に忠実に歌い続けること)とは違います。沢田研二の場合、まずは自分の外見や声によるセックスアピールがあってこその歌手であり、それを曲げてまで楽曲に殉ずることはしません。また、ファンもそれを望んでいます。やっぱり大衆音楽とは、歌い手のキャラクターが重要ということが改めて認識され、その認識の中での歌唱賞ってことなのでしょうか?
さて、この「LOVE(抱きしめたい)」の歌詞の内容は、M10やM7と同様、年上の人妻との恋愛ですが、ジュリーも大人になって、ただ「辛抱たまらん!」と破滅型の恋愛をするだけでなく、相手の立場とか収拾のつけかたにも思いを馳せるようになっています。

さて、こうして全曲を聴いてみました。
この中で沢田研二が演じている男は何人いたでしょうか?
1.年上の人妻と恋に落ち、思い悩みつつ関係を続けてしまう若いイケメン=本来のキャラクターに近い
(M7,M8,M10,M12)
2.ハードボイルドを気取り、去って行く女に背を向ける男(後に落ちぶれる?)=阿久悠が仕掛けたキャラ
(M1,M3,M5,M12は1と2の統合でしょう)
3.外国人女性と恋愛する、グローバルな(?)二枚目=虚像としてのジュリーのイメージ
(M9,ひょっとしてM3も。相手がジェニーだから。全部源氏名だったらちょっとイヤだが)
4.無邪気なスケベ
(M2,M11,M4は女性の視点だが相手の男はこれ)
※M6は映画主題歌なので、別モノと考えます。

そのうち、M8、M9、M10は阿久悠の作詞ではありません。つまり阿久悠が担当する以前の作詞家は、若くてセクシーな沢田研二本人のキャラクターをそのまま膨らましていったのに対して、阿久悠には「ジュリーを大人の男、沢田研二にしよう」という意思があったものと思います。そのつもりで俺に発注したんだろ、と。
そこでまず、M7でそれ以前の作品でつき合ってきた女性との退廃的な恋愛を総括します。相手も不倫で疲れ果てているし、もうこの若いジュリーは心中でもして死んでもらおう、ということでしょう(ま、ドラマの内容に沿ってるだけなんでしょうが)。ただ、そのタイトルをハンフリー・ボガードに由来する"As Time Goes By"から拝借したことが、その後の展開に効いてきます。

そして、いよいよ本格的にジュリー大人化計画を進めるに当たって、"As Time Goes By"がヒントになり、「よし、ここからのジュリーはハンフリー・ボガードの路線で行くぞ」ということになったのだと思います。
そして「勝手にしやがれ」「サムライ」とハードボイルドな二枚目路線を演じさせ、「LOVE(抱きしめたい)」では、人妻と恋愛しつつも、相手の幸せを優先して別れを告げる、分別ある一人前の男として描きます。

ところが、最後にどんでん返しがありました。

「カサブランカ・ダンディ」では、それまでの度重なるやせ我慢に疲れた主人公が、その役目を果たせなくなってしまいます。
上のボタンをはずしたジーンズの、胴のところにポケット瓶の酒を持ち歩くだらしない男。帽子もシャツもくたびれています。そして、飲んだくれては「ボギー、アンタの時代はよかったよ」とぼやく中年(たぶん絡み酒で泣き上戸)になりました、というオチです。
だからM1の霧吹きは、M5で彼が恋人を見送った窓辺で抱いていたボトルと同様、バーボンなのだと思います。

阿久悠と沢田研二のコラボレーションによるフィクショナルな作品群はこれにて事実上終了し、この後、沢田研二は他の作詞家の曲を唄うようになります。

2008/10/11

青春歌年鑑 BEST30 '73(DISC 2)/コンピレーション

さて、前のエントリの続き。「青春歌年鑑」の1973年を聴いています。

そういえば、先週の週刊アスキーを見ていたら、こんなサイトが紹介してあって、過去の紅白出場歌手の動画をYouTubeで見るためのまとめサイト、なんていうのがあるのです。リンク先の著作権問題についてはモニャモニャなんですが、これを使えばちあきなおみの「おいでおいで」や、「宇多田ママの全盛期」なんてのも簡単に見ることができますので、「自己責任」でご覧ください。

さて、前にも書きましたが、この頃の歌謡曲の本来の唄い方は作曲家のセンセイやレコーディング・スタッフなどの指示や、自分の解釈によって歌の中で芝居をする、というのが基本です。芝居が言い過ぎだとしても、言葉のニュアンスを過剰に伝えようとするところがあります。ただ音程があってる、声が出るだけでなく、そういった演技力があって初めて「うまい歌手」と言われる。
それに対して、技術的にそれができないアイドル歌手が出てきており、またそのファンたちも、「いわゆる実力派歌手」の演技過剰のクサい唄い方は「NOWじゃない」と思いはじめていて、両者がせめぎあってる様子がこの30曲からも読み取れます。

M1.傷つく世代/南沙織(F#3-C#5)
南沙織は基本的に淡々と今風な唄い方をしていたと思うのですが、この曲では歌謡曲的技法を意識して使っています。「とてもなぞなの〜ん」の「ん」はJ-POPでは流行らない臭みですが、当時の高校生や真面目な大学生は、コロンコロン転がされていたでしょうねえ。リズムの乗り方がちょっとつんのめり気味なのが若々しく、その一方で低い方のレンジが広く、男が甘えたくなるようなところもある。私は香坂みゆき、竹内まりや、早見優などが出てくる度に「あ、南沙織みたい」と思っていました。現代まで繋がる売れ筋の声です。

M2.あべ静江(B3-C#5)
子どもの頃は、こういう唄い方がうまいと思っていましたが、改めて聴くと「こんなものだったのか?」とギャップを感じます。天地真理もちょっとそういうところがありますが、つまり幼稚園の先生の唄い方なんですね。

M3.情熱の嵐/西城秀樹( E3-F4)
まだ、無邪気に声を張り上げていた頃の西城秀樹の唄い方です。この後、喉を痛めやすいという理由で、今の唄い方に変えたんだと思います。「もええるよー」と小節が回っちゃうところに時代を感じます。歌詞の内容は濃密ですが、歌の中で芝居をしているというより、いかにカッコいいところを伝えるか、という点を重視して唄っていますね。それにしてもイントロの「うっ」「うっ」はいかがなものか?

M4.同棲時代/大信田礼子(F3-A#4)
どういう消費のしかたをされたのかしりませんがBEST30に入ってるんですから、売れたんでしょうね。
大信田礼子は、今で言うと井上和香みたいな感じの人だったという記憶があります。作曲は後にこの人と結婚して離婚した、都倉俊一です。ずーっとベタベタなマイナーで展開しておいて、各コーラスの最後だけメジャーコードを付ける、というのが隠し味。真面目な大学生がそのまま年を取ったみたいな容貌の彼ですが、女性の好みは意外とこってり系なんだ。
それにしてもこの、スネークマンショーの「ホテルニュー越谷」みたいなのを大真面目に作っていたんだから、すごいものです。ナレーションは誰なんだろう?井上瑤じゃないよな。西城秀樹にしても、この曲にしても、70年代って猥褻な時代だったんだなあ。

M5.君が美しすぎて/野口五郎(D3-A4)
12ビートで、更に倍に刻む部分がある凝ったリズムの曲です。「ぼくの|こころ|をー」ではなく、「ぼーっくの|こーっころ|をー」とリズムに忠実に唄っているところが生真面目な感じですが、これが流行っている頃に聴いてた人は、作家の考えよりもずっと単純にこの曲を受けとめていたと思います。
歌謡曲って、作る人が結構本格的に音楽の勉強した人たちなので、よーく聴くとすごく難しく作ってあって、スタジオミュージシャンも強者が多いから、結果としてすごく高度なことやってるんですけど、なんか重たくなっちゃうんですよね。逆に素人に毛の生えたようなバンドサウンドの方がかっこ良く聴こえるのは何故なんでしょう?
野口五郎は声域は広いんだと思うんだけど、ビブラートの種類が一個しか使えなくて、この時点ではすごく巧い歌手ではないと思います。

M6.恋の十字路/欧陽菲菲( F3-A#4)
後の「ラヴ・イズ・オーヴァー」にも通じるロッカバラードで、M5の野口五郎よりもカッコいいです。アレンジをもっとシンプルにして、黒人コーラスを入れると、今でも商品になると思います。

M7.おきざりにした悲しみは/よしだたくろう(C3-E4)
今回はジャンル違いということで、素通りします。

M8.紙風船/赤い鳥(D3-D4)
これもジャンル違いなんですが、ちょっと書きます。「赤い鳥」は後の「ハイ・ファイ・セット」と「紙ふうせん」が一緒にやっていたバンドで、コンテストでオフコースにも勝った実力派。この曲も最初は普通のフォークソングかと思って聴いているとどんどんスケールが大きくなって行きます。ギターコードも装飾音符がいっぱい入ったお洒落なものが使われています。音域は男性の主旋律を拾いましたが、まったく意味がありません。

M9.絹の靴下/夏木マリ(G#3-A4)
今ではちょっとお洒落なおばちゃんという感じになっている夏木マリですが、この時点での唄い方はとても古典的です。声質が変わっていて、それが魅力ですが、演出過剰で今聴くとちょっと恥ずかしい。「わたしをだめにする」のセリフっぽさとか、「ああん、だいてぇ〜ん」とか絶対やりすぎです。最後の「こころをゆさぶる」でも「ゆーっさぶる」とわざと付点を入れて「ゆさぶられ感」を表現しています。作曲家の指定なのか、ディレクターの指示かしりませんが、この辺が歌謡曲の真骨頂でもあり、また辟易とさせられる部分でもあります。

M10.甘い十字架/布施明(D3-F#4)
この曲のことを忘れていて、「西城秀樹ってこんなにいい声だったかな?」と思いながら途中まで聴いていました。サビまで行って布施明だということが分かりました。なんでそう思ったのか理由を考えてみたら、編曲が馬飼野康二。この人は西城秀樹作品の作曲や編曲をたくさんやっている人なので、私の頭の中では馬飼野サウンド=西城秀樹になってたんだと思います。
もっとも、布施明も若い頃は派手な衣装を着て、女の子にきゃーきゃー言われながら唄ってた人(その頃はまだ短足だということもバレていなかった)。思えば布施明のアップテンポな曲の部分を西城秀樹が、バラード系を野口五郎が引き継いでいるという見立てもできないことはありません。布施明自身はこの後、小椋佳や大塚博堂など、シンガー・ソングライターの作品を唄って結果を出しましたが、本来はど真ん中の歌謡ポップスや、外国曲のカバーがよく似合います。

M11.狙いうち/山本リンダ(G3-A4)
出たな妖怪!
昔から、歌手は覚えてもらうまでは同じ格好でTVに出続けるというやり方があって、舟木一夫の学生服とかもそうだったと思うんですが、山本リンダはまず「どうにもとまらない」でものすごいイメージチェンジ(車で言うとプリウスがアルファードになったみたいな)が成功した後、新曲の度にそれにリンクした衣装を用意して、ずっとその衣装で唄う、というやり方を戦略的に続けました。
そのやり方でおよそ2年間突っ走ってフェードアウトしていきましたが、その後のピンクレディーや沢田研二もほぼ同じ戦略で一時代を築いたわけですから、先駆者と呼ばれて良いと思います。
このブログでは、便宜的にコスプレ歌謡(そんな言葉は無いと思いますが)と呼んでおきます。
それにしても、この曲、歌詞と曲はどちらが先なんでしょう?「ソレレ、ソレレ、ソファソファレ〜」と都倉俊一が書いたのか、阿久悠が「ウララウララウラウラで」と書いたのか?どっちが先でもバカみたいなんですけど、ピンクレディー作品では阿久悠が歌詞を上げてから都倉俊一が作曲するという手順で作っているのを、昔TVで見ましたから、たぶん阿久悠の歌詞が先なんでしょうけど…。
おそらく正解は、まず阿久悠が、結果として今の2ブロック目から始まる歌詞を作り、都倉俊一に渡したら、
「あっさりし過ぎだから、この前にパンチのある歌詞を8小節付けてくれませんか?」みたいなことを言われたんでしょうね。
「そんなこと言ったって、これでまとまるように書いちゃったから、言葉なんか付け足せないよ。なんか適当に唄わせたら?ヤッホー、ヤッホー、ヤッホッホー、とか」
「ヤッホーはどうも…」
「じゃ、ラララ、ラララ、ラララララ、だな。(サラサラ)はいよっと」
「あ、これ全部"ラ"なんですか?阿久先生、乱暴に書くからウララに読めましたよ」
「そう読めるなら、ウララでもいいよ。あー、っていうか、そっちの方がいいわ」
「わはは。じゃあそういうことで」みたいなことなんでしょうね。

M12.青い果実/山口百恵(A4-A#5)
出た!山口百恵です。
いきなりデビュー曲が当たって新人賞総なめの桜田淳子に比べて、山口百恵のデビュー曲「としごろ」は地味でした。桜田淳子と同じ「スター誕生」の出身であり、制服姿で横に並ぶとショートカットの外見も紛らわしくて、そのままでは裏桜田淳子で終りそうになっていた山口百恵は、2作目で急ハンドルを切ります。
「わたしなにをされてもいいわ」と中学生に唄わせる、掟破りの「青い性」路線は翌年の「ひと夏の経験」で完成しますが、その最初の曲です。
もし山口百恵が従来の歌謡曲のように、例えば夏木マリが「だいてぇ〜ん」と唄ったようにこの曲を歌ったら、きっと放送禁止です。山口百恵は技術的にも性格的にも、この曲に感情を込めずにセリフ棒読み風に唄ったから、この曲は放送禁止にもならなかったし、山口百恵本人のイノセンスが保たれたわけです。
この頃からポップスに過剰な演技は不要、ということが徐々に国民的合意になっていきます。「分かって唄ってるのか?」から「分かんないまま唄ったって、可愛けりゃいいじゃないか」あるいは「分かんない子が唄ってるからかわいいんじゃないか」という世論の変化が起きるわけですね。

M13.街の灯り/堺正章(C3-F4)
浜圭介は演歌を作っても、どこかに洋風なお洒落さを込めるセンスの良い作曲家。堺正章はGS出身ですが、もともと2世芸能人でなんでも達者に出来る人。この時点でも歌にドラマにバラエティに活躍する人気者でした。最近もスマッシュヒットを飛ばしていましたが、歌手としても息の長い人です。今よりも声に艶があり、ロングトーンの終わりでは意外なほど泣き節を多用しています。ロックを通り過ぎてきているせいもあってか、歌詞に合わせて芝居をする、というよりも楽器として音程や音量をどうコントロールするかの方に意識が高い唄い方だと思います。曲全体が「君といつまでも」に似すぎているような気もしますが、まあいいか。

M14.たどりついたらいつも雨ふり/モップス(E3-F#4-A4)
先日亡くなった鈴木ヒロミツがリードボーカルを務めるGSバンド。後に小椋佳などニューミュージック系の編曲をする星勝がギターを弾いています。サディスティック・ミカ・バンドなんかを思い出させるサウンドはカッコイイのですが、結構パートごとのレベルがバラバラで巧いバンドとは言い難い。でも、こういう音を聴くと楽器の演奏とはどうやるべきか、というのが分かって勉強になりますね。それと、どんなに頑張っても出てくる和風な部分(ボーカルの声質とか)が、この曲をしてもなお、歌謡曲の枠から逃れられていないことが面白いですね。

M15.小さな体験/郷ひろみ( D#3-F#4)
郷ひろみのデビュー2曲目です。作曲はやはり筒美京平。
1曲目の子どもっぽさからはゴロンと路線を変えています。A-B-A-B-C-C'という凝った構成で、特にA-Bの落差が大きい。つまりこの曲は、「変な声で唄うオトコオンナ」だった郷ひろみに、どれほどの可能性があるかを一気にディスプレイしてみせたんじゃないでしょうか?低音の男の魅力(古い表現だ)、アップテンポ部分での若々しい躍動感、意外と使える声域が広いことなど…。

さて、そんなわけで大急ぎで30曲を聴きました。

ディープな歌謡曲の世界に潜っているとCDショップのレシートが貯まるばかりなので、この辺で息継ぎのために浅瀬に戻ろうかと思います。どこを通って帰ろうかな?

青春歌年鑑 BEST30 '73(DISC 1)/コンピレーション

前回予告した通り、歌謡ポップス、アイドル歌謡を聴いてましょう。CDショップに行くと団塊世代をターゲットにしたようなこの手の商品がたくさん並んでいて、どれを選ぶか迷いますが、今回の話を進めるのに都合の良い1973年のベスト30を買ってきました。

この中には、ヒロミ・ヒデキ・ゴローの新御三家、3人娘と言われそうで言われなかった天地真理・小柳ルミ子・南沙織の曲、また、いよいよマーケットの中心に進出しつつあったフォーク、ロックに分類されるものも混ざっています。
ただし、フォーク、ロック系は話が広がり過ぎるので、今回は素通りして歌謡曲中心に書きます。またの機会をお楽しみに!

では、聴いていきましょうか。
M1.学生街の喫茶店/ガロ(D3-G4-A4)
微妙なところですが、一応フォーク・ロックとして素通りします。意外と歌、上手かったんですね。

M2.早春の港/南沙織(F#3-B4)
M3.色づく街/南沙織(A3-C5)
南沙織が2曲続きます。子ども心にも気になる存在でしたが、ちゃんと聴くとすごくイイ!南沙織だけで1本書きたくなりました。このまま現代のJ-POP界に連れて来ても違和感がないモダンさがあります。作曲は両方とも筒美京平。この湿り気のないカラッとした、でも色気がある声は貴重です。「早春の港」の歌詞を現代のリアルさで書き直すと「強く儚い者たち」にならないか?ならないか。
南沙織についてはDISC 2にも入ってますから、また書きます。

M4.心の旅/チューリップ(D3-F4)
これも今日は素通りします。他の曲と質感が全く違うところだけ覚えておきましょう。

M5.恋する夏の日/天地真理(C4-C5)
出た!80年代まで続いた、日本ならではのいわゆる「アイドル歌手」直接の元祖です。近所にいるような女の子を連れてきて、素人に毛が生えたレベルの歌を唄わせて、それが商品として成り立つということを皆に認識させた人。地声を使わない発声は、一応音楽学校で訓練された名残なのでしょうが、後で出てくる宝塚の優等生、小柳ルミ子とのレベルの違いはすごいものです。

M6.赤い風船/浅田美代子(A3-D5)
天地真理が切り開いた地平は、浅田美代子によって更に広がりをみせます。つまり、レコードとは音が出るブロマイドであり、歌がうまいとかへたとかは関係なく、とにかく浅田美代子の顔が付いている商品であればちゃんと流通することが分かったのです。
浅田美代子自身は素人時代はそこそこ歌がうまいと言われていたそうです。覚えた歌はある程度再現できる音感はありますが、声が弱いのですね。幸いなことに弱いけれども耳障りなところがないので、世間にも許容されました。この後、風吹ジュンや能瀬慶子など、唄うと不協和音が発生するような人もレコードを出すようになり、アイドル歌謡はさらにアナーキーになっていきます。
「赤い風船」では、サビの前半は自分の声のダブルで録音していますが、自分の声どうしなのに結構ばらつきがあるのが愛嬌。サビ後半は歌のうまいコーラスの女性にハモってもらい保たせています。あ、これも筒美京平作品です。

M7.若葉のささやき/天地真理(A#3-C#5)
天地真理のこの頃の作品は森田公一作曲が多かったのですね。M5が1オクターブかっきり、この曲は下に1音、上に半音広げていますが、この辺が天地真理の使えるギリギリなんでしょうか?申し遅れましたが、今回、歌手名の横に入っている(A#4-C#5)というのは、手元のEZ-EGで音をとった各曲の音域です。たまに3段階になっているのは上を地声の上限とファルセットの上限に分けました。ま、なにかの参考になるかと思って…。

M8.裸のビーナス/郷ひろみ(D3-F4)
初期の郷ひろみの中では抜群にいいと思います。半音階を多用したメロディ自体が楽しい。しかも無伴奏でも唄える親しみやすさをきちんと残しています。郷ひろみの声は、それまでの男性歌手にはあまり例のない中性的なものでした。だからデビュー曲が「男の子(?)女の子(?)」だったわけですが、声は不思議ですが音感は悪くない。大人が描くアイドル歌手の、悪い見本みたいに思われていましたが、それは本人の記号性(っていうのかな)が高かっただけで、レベルが低かったわけではないと思います。実際息の長い芸能人としてずっと残っていますからね。

M9.草原の輝き/アグネス・チャン(D#4-D#5)
いきさつはよく知りませんが香港からやってきたアイドルがアグネス・チャン。向こうではシンガー・ソングライターだった、というふれこみでしたが、日本では平尾昌晃の曲を歌っています。突然売れる外国人歌手というのがときどきいますが、おそらくアグネス・チャンが狙っていたのはベッツィ&クリス的なフォークソングのイメージだと思います。この人のすごいところは、来日してすぐのこの時点から現在まで、唄い方も日本語のたどたどしさも全く変わらないことです。ちりめんビブラートは歌謡曲的には気になるが、洋物のフォーク系シンガーにはあるように思いますし、癒し効果の高い声であることも否定しません。

M10.個人授業/フィンガー5(C4-F5)
沖縄出身の兄弟5人組。中心的スターは日本のマイケル・ジャクソンこと晃です。メジャーな歌謡曲の中で「イェーイェイェイェー」とフェイク部分をレコードに入れていた例は多分とても少ないと思います。フレーズは単純ですが、彼がそれなりに早熟の天才だったことは間違いないのだと思います。変声期前の子どもが、こまっしゃくれたサングラスをかけ、グラマーな学校の先生に恋をしたと唄う姿は、当時の中年以上の人たちには宇宙人のように見えたことでしょう。私の父なんかは、見ていたTVに彼らが出てくるとトイレに逃げたり、別の番組に変えようとしました。
作詞作曲は阿久悠と都倉俊一。彼らはフィンガー5と山本リンダでこの手のコスプレ歌謡(このブログでは便宜上この言葉を使います)のノウハウを蓄積してピンクレディーにつなげて行きました。

M11.君の誕生日/ガロ(B2-F4)
歌のうまいフォーリーブスという感じ。ハモリの難易度が高いなあ。詳細略。

M12.赤とんぼの唄/あのねのね(E3-E4)
これもジャンル違いで詳細略です。数年前のNHKTVで、本人たちが字幕付きで唄っているのを見ました。いい時代になったなあ。

M13.春のおとずれ/小柳ルミ子(A4-C#5)
音楽学校で鍛えた後で歌謡曲を唄うとこうなります、という見本。演歌のセンセイのところで育った人たちほど歌の中で芝居をしていませんが、とりあえず「あたしの声を聴けー」という唄い方。
歌詞とメロディが
「きこえて、きたのよ、とても、あかるく
しあわせなくせに、なぜなけてくるの」
と作られているところを
「きこえて、きたのよ、とても、あかるくーうしあわせな、」
とつなげて余裕を見せたりしています。
前年に「瀬戸の花嫁」という国民的大ヒット曲を生んでおり、それをもう一回やってみた、という曲でしょう。

M14.他人の関係/金井克子(A4-A#5)
金井克子は由美かおる等と同じ西野バレエ団出身。歌はうまくないですが、男性コーラスを従えて不思議な振り付けで唄うパフォーマンスが受け、人気になりました。歌謡曲というジャンルは突然変な曲が生まれて、そのまま大ヒットしてしまうことがあります。作曲はちあきなおみのところでも出てきた川口真。バックの伴奏が都会的なジャズっぽい演奏なのに、コーラスは単純なので、当時の忘年会等ではネタとして重宝されただろうと想像されます。
全編本人の声をダブらせて、エコーをかけていて、細かいニュアンスを伝えるような表現をする気は毛頭ないですよ、というプロデュース。その点についてはPerfumeの先輩と言っていいかも。

M15.そして、神戸/内山田洋とクールファイブ(B2-G4)
うまい・へた問題で蒸し返すと、前川清という人をどう評価したら良いのか、私は分かりません。声は間違いなく良い。音域も広い。しかもこの曲をしつこく聴くと、いろんな声の出し方をしています。出だしや「みじめになるだけえええー」での「いかにも前川清」な大きなビブラートはもちろん、「ないてどうなるのか」では杉良太郎風の鼻にかけた不良っぽい声、「あいてーさがすのーよー」では泣き節というかヨーデル寸前の声の変化を見せていて、つまり七色の声を使い分ける器用な歌手と言えないことは無い。でもトータルの印象は「なんでこの人はこんなに武骨に唄うんだろう?」と思わされるんです。
全てが計算なのか天然なのか?TV画面で見られるそのキャラクターも含め、正体が分からない人です。

DISC 2に続く。

2008/10/03

逢いたくて逢いたくて/園まり

ディープな歌謡曲のさらに最深部を目指して進んでいます。

Wikipediaによると、この曲は1966年発売。私が3歳の頃の歌です。私の記憶に残っている歌謡曲の中では最も古いもののうちの一つです。園まりは渡辺プロ所属の「三人娘」の一人。
アメリカン・ポップスが得意な中尾ミエや、竹内まりやに似た(ゆえにカレン・カーペンターにも似ている)モダンさを持つ伊東ゆかりに対して、「ムード歌謡」の真ん真ん中を行ったのが園まりです。

歌謡曲自体がジャンルとして特定し難いのに、サブジャンルの「ムード歌謡」と言われると、なにがなんだか分からなくなりますが、乱暴に要約すると、外国曲風のカラオケ(ジャズまたはラテン系)にのせて唄う演歌のようなものです。

園まりはiTMSでもダウンロードすることができます。代表曲の「逢いたくて逢いたくて」を聴いてみましょう。
園まり - 歌が唄いたい!! ベストヒット&カラオケ 園まり - 逢いたくて逢いたくて

なんとまあ、とため息が出るような声です。20歳そこそこの女の子が、こんな声で唄ったら、そりゃオジサンは堪りませんわ。クラシックに行きかけて途中でやめた感じの声です。男だと布施明に相当するのでしょうか?
この発声の後継者は、現代のJ-POPにはちょっと見当たりません。強いて似ている人を探すと、演歌の大月みやこ?
園まりは渡辺プロお得意の「丸顔女子大生風」アイドルの始祖でもあります(この後、あべ静江→田中好子→太田裕美→石川ひとみ→河合その子→中川翔子と続く)。

ちあきなおみの時にしつこくやりましたが、園まりももの凄く丁寧にこの曲を吹き込んで(レコーディングで唄うことの昭和的表現)いるのが分かります。
「ふたりはこいびと」の箇所では、
「ふーたりぃはこいびぃぃっとーぉぉぉ」と唄っています。
この「っとーぉぉぉ」の微妙なタメがこの曲における園まりの芸です。この曲ははねた4ビートで、1拍が3分割されていますが、普通の作曲法だと「こいびと」の「と」は小節の1拍目頭に置かれているはずですが、園まりは3連音符2つ分ためてから「と」と唄います。
(普通)
[ふーた|りーは|こーい|びーい][とーー|ーーー|ーーー|ーーv]
(園まり)
[ふーた|りぃは|こーい|びぃぃ][×っと|ーーー|ーーぉ|おおv]
この3連音符何個分かタメるというのは、この曲の中で何カ所か意識的に行われています。松尾和子などに先例があると思われますが、園まりは元々の声質がノーブルなので、下世話にならないという美点があります。

また、ぱっと聴くと、ちりめんビブラート(ロングトーンの最初から最後まで細かいビブラートが一面にかかる。悪口)かと思いますが、ビブラートをかける音符、まっすぐ伸ばす音符がしっかり区別されているのが分かります。1〜3番まで、キメ方にぶれが無いですから。

作曲は私も尊敬する宮川泰。もともとはザ・ピーナッツ用の曲だったとのこと。あの方の芸風(?)を思うと、「とにかく色っぽくやってよ、まりちゃん!」みたいな指導だったのではないかという気も半分はするのですが、音符はしっかり書き込んでいたんだろうなと思わせます。この、作者による細かい指定を忠実に何度も再現する、というのが演歌を含めた「歌謡曲」の芸です。この点ではクラシック音楽にも共通していますし、日本の伝統芸とも矛盾がありません。
「まずはセンセイのやった通りに再現することを目指す」
「少なくても形式上はセンセイの完全コピーができることが前提で、そこから熟成して自分の色を出す」
歌謡曲は、そんな日本の伝統芸能や、ファインアートとしてのクラシックに憬れつつも、産業として開発スピードが要求されますし、若年層への販売を考えると商品としての歌手も、若くてカワイイことが重要なフックになってきます。

そして、学生運動などの流れを通り過ぎ、「個性重視」とか「形式主義への軽蔑」などの気分が国民に共有されたところで、曲の解釈よりも歌い手のパーソナリティや声質などのアピールが優先された「歌謡ポップス」、「アイドル歌謡」が普及します。次回はその辺の話をしたいと思います。