2009/03/29

昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦/桑田佳祐(Disc-1)

この1ヶ月はホントに中年狙いのコンテンツがたくさん出るので、ディスク貧乏になってしまいました。和幸、ユニコーン、布袋寅泰、Utadaと続いて、DVDが「容疑者x-」とこの「ひとり紅白歌合戦!」です。当分物理ディスクは自粛しないとカードの支払いが怖いです。幸い、買って後悔した物件はありませんが!

さて、桑田佳佑"Act Against AIDS 2008"のコンサートである「ひとり紅白歌合戦」はやじうまプラスの芸能情報で見て以来、DVDになったら買おう、と心に決めていたので早くからアマゾンで予約していました(だから今月に出費が集中したorz)。

昭和二十年代から現代までの、歴史に輝く歌謡曲とJ-POPの数々を桑田佳佑がひとりで(中略)唄い継ぐ!!(中略)壮大なミュージック・エンターテインメント・ショー!

とDVDのカバーにも書いてある通り、桑田佳佑が全61曲(TVサイズだったり一部メドレーも含むが)を唄うので、2枚組で3時間を越えるプログラムになっています。とてもいっぺんに全部見られないので、とりあえずDisc-1を見てみました。

Disc1は前半の39曲が入っています。曲目を全部書くとぐったりしますので、アマゾンなどのデータを参照してください。戦後間もない「青い山脈」ありGSあり、フォークVSニュー・ミュージックでは「学生街の喫茶店」「あの日に帰りたい」「ルビーの指環」。あるいはビッグバンド歌謡曲コーナーでは「経験」や「長崎は今日も雨だった」などエッジの立った選曲で徹底したエンターテイナーぶりを発揮しています。そしてDisc-1のクライマックスはクレイジーキャッツとザ・ピーナッツのメドレーです。

桑田佳佑は自作曲でも歌謡曲の影響を隠そうとしない人ですから、当然、昔の歌謡曲に関する知識と愛情は相当なものであることは想像できました。そして、これらの作品を予想以上に原曲に忠実なアレンジで、歌唱法もモノマネまでいかないけど「当時の俺にはこう聴こえたよ」というニュアンスを混ぜて唄っています。「スーダラ節」ではちゃんと「きたもんだ」と植木等風笑い声も加えています。うんうん、そうじゃないと!「きたもんだ」は大事だよね!と納得の前半でした。後半(Disc-2)に続く…。

2009/03/21

This Is The One/Utada

そんなわけで今週はずっと"This Is The One"を聴いておりました。
iTSでもダウンロードで買えるのですが、先方の技術的問題でリンクが貼れません。またアマゾンのリンクを貼っておきます。

前回も書きましたが、今回のアルバムは宇多田ヒカルとして日本で展開している音楽との乖離が小さく、アメちゃんがどう反応するかは知りませんが、私たち国内のファンには違和感が無い、英語であること以外は聴きやすいアルバムです。
一曲ずつ聴いていても、過去の作品のフレーズがいい具合に再利用されているのに気がつきます(再利用、というよりも好きで使う持ちネタですね)。

M2.Merry Chrismas Mr.Lawrence-FYI
コーラスのフレーズが"traveling"に似ている。歌メロでは"passion"の一部と共通したフレーズが聴けます。
M3.Apple And Cinnamon
サビは「はやとちり(シングル"Wait & See〜リスク〜"のカップリング曲)」の変形ですね。
M6.Automatic Part2
これはまあ、タイトルが。ゲンかつぎ?こういう自己紹介の歌って日本のアイドル歌手のアルバムにありがちだけれど、アメリカでもあるんですね。つまりまだこういうアピールが必要な段階なんですね、新人として。
M9.Come Back To Me
前回も書きましたが、どこがどう、ではなく"First Love"的作品。ベタベタのバラードかと思いきや、バックトラックを差し替えると表情が変わります。彼女の音楽はスローなナンバーでも「ロック」なノリがあるところが良いです。余談ですが以前ここで書いたスコット・マーフィーの"First Love"のパンク風カバーはすごくよくハマっていて、曲の再評価に貢献してますね。

こちらのサイトにはインタビューアーの聞き書きの形式をとって本人の弁が書かれていますが、"EXODUS"は「一所懸命やったがちょっと違った」と思っており、「今回は自然な表現ができた」というようなことを語っているようです(全部英語なんで)。

宇多田ヒカルは"EXODUS"の後、日本で活動しながら次の展開に向けて、修行に入ったのだと思います。これは野球のピッチャーに喩えるのがいちばん的確だと思いますが、松坂大輔がMLBに行くにあたってカットボールやツーシームを覚えたように、「新球の開発」をしていたと思われます。


今、アルバム"ULTRA BLUE"を聴き直すと曲作りで新しいことを試しつつ("passion"とか特に)、歌詞のテーマは重たく暗いのが多くて、私生活も含めていろいろ総括しようとしていることがうかがわれます。やっぱりタイトルのココロは「超憂鬱」だったのか。
それが次のアルバムである"HEART STATION"を聴くと、1曲目の"Fight The Blue"の歌詞でその種明かしをしてくれています。"BLUE"と戦うぞ、と。期待されてプレッシャーすごいけどやるしかない、憂鬱にまけそうになったがタフになるぞ、と。アルバム自体の音が明るいです。「ヱヴァンゲリヲン」のテーマだった"Beautiful World"では"passion"でやりかけたことに再度挑戦し、聴き手には普通の曲だと思わせることに成功しています。つまり新球が完成したのです。

"HEART STATION"にも収録されていますが、やはり先行したシングル"Flavor Of Life"が好評だったことが改めて自信回復させたのだと思います。しかも"Flavor Of Life"のジャケットを見ると、ボクサー風にパーカーの帽子をかぶった彼女は横を向いています。今になって分かるのは、彼女が向いている先にはアメリカがあったんです。"This Is The One"では同じようにパーカーを着た"Utada"が正面を向いています。そっちを見てやっていたんだぞ、と。
どこまでが最初から決まっていたのかは分かりませんが、当然その裏読みの余地があることを分かって作られたことはまず間違いありません。おにぎりの謎だけがまだ残っていますが。

2009/03/15

Come Back To Me/Utada(2)

ちょっと前に「どうも発売されるらしいよ」という話だけ書いた"Utada"名義の海外向けアルバム"This Is The One"が国内で先行発売(アメリカでは5月に発売されるらしい)され、私はアマゾンで買いました。

アルバム全体ではまだあまり聴き込んでいませんが、日本での活動を知っている私たちにとっては前作の"EXODUS"よりも親しみやすいように思いました。

前作"EXODUS"では日本で親しまれた宇多田ヒカル色をほとんど捨て、「米国風」あるいは「アメリカ人が考える日本人」を演じすぎ、ビジュアルにしろ(YMO風の?)電子音を多用したサウンドにしろ、なんか無理をしている感じがしました。「まあ、アメリカに合わせるというのはこういうことなのかねえ…」と田舎で孫の心配をするお爺さんのような気持ちになりました。

今作では、国内仕様の宇多田ファンにそんな居心地の悪さを感じさせる部分が小さく(無くはない。特に本人のキャラクターと合っているのか分からない大人ぶった歌詞等に違和感があるけど、英語で書いた歌詞の方が素の自分である可能性もあるしね)て、聴きやすい。サイトのトップやジャケットに使用されている写真も、黒髪+ナチュラルメイクの我々に見慣れた顔を使ってくれているのが良いです(あっちの人には中学生に見られそうだけど)。

マーティ・フリードマンの評論でも、「海外でももっと自分の良さを出せば…」と書かれていましたし、先日ネット上で公開されていたラジオ局でのプロモーションの動画でも「(単純計算では)日本人の二人に一人がCDを持っているビッグ・アーティスト」という紹介をさせていましたから、アメリカ人に通じるかどうかは別にして、日本ではそういう存在で、こういう音楽性なんだよ、というのを素直に展開するようにしたのかもしれません。

さて、このアルバムを象徴するナンバーである"Come Back To Me"を聴きましょう。
最初に"MySpace"のストリーミングで聴いた時は、タイトルにしろ大げさなピアノのイントロにしろ「ちょっとベタ過ぎるのでは…」と心配になりましたが、CDからきちんと聴いたら印象が変わりました。とても良い曲です。
どこが良いかというと、最近の国内作品で成功した部分("Flavor Of Life"あたり)のエッセンスをうまく取り入れて、我々日本のリスナーにとって違和感の無い曲だというところです。日本で好まれている彼女の声質や楽曲のもつ「切なさ」みたいな部分がかなり生かされているし、過去の彼女の(国内向け)作品の断片を思い出させるメロディが入っています。"First Love"が時を経て熟成したような曲と云えるかもしれない。ま、アメリカ人が喜んでくれるかどうかは(私はアメリカ人になったことがないので)知りませんけど。

それと、契約の関係で実現できるのか知りませんが、是非本人の訳詞による「Come Back To Me(日本語版)」を発売して欲しいです。日本語も載せやすそうなメロディだし。


<追記>
記事をアップしてから気がつきました。"This Is The One"のジャケット写真は、"Flavor Of Life"の正面版ですね。おにぎりの海苔部分が拡散してあのガラになっているんでしょう。やはり「宇多田ヒカル」を売るつもりなんだ、今回は。

2009/03/08

ギタリズムV/布袋寅泰

こちらはiTSでもダウンロード可能なアルバム、布袋寅泰の「ギタリズムV」です。
布袋寅泰 - GUITARHYTHM V
何度もスペルを目にしているはずなのに、最初に勘違いしていて、私はずっとこのタイトルを"Guitar+ism"、つまり「ギター(至上)主義」という意味だと思って納得していましたが、実際は"Guitar+Rhythm"なんですね。"Rythm Guitar"でもない。

私はBoφwyは聴いていませんでした。だから布袋寅泰に気がついたのはCOMPLEX以降です。ギターのうまい、体のでかいロック・ギタリストという認識。ただ志向する音楽が意外なほど王道路線で、これまでの作品も聴けばかならず良かったという信頼感があります。

さて、今回もさすがほぼ同年輩ということもあってか、私たちが少年時代から現在にかけて好んできたサウンドが上手く発展させた上で盛り込まれていて、iPhoneに取り込んで繰り返し聴いても飽きないし、ちょっとニヤリとさせられる引用もあったりして、ある年代にとっての山下達郎のような効果があります。
ちょっとプログレっぽい(というか"Queen"のような)音色が出てきたり、三三七拍子や「かごめかごめ」が聴こえてきたりして、その辺の元ネタの持ってきかた、選択のセンスがちょうど私のツボにハマります。

また、現代のテクノロジーで磨き上げられたギターサウンドは美しく、どうということもないスケール練習のようなフレーズやコードカッティングでも素人には及びもつかないような音で出てくるのが羨ましいです。しかもその至高のギターサウンドを(もったいなくも?)サンプリングして遊んでいたりもします(M.15 APPLESとか)。

一方、ボーカリストとしてはこんなに飾り気の無い声で歌を入れる人をあまり知りません。最近のJ-POPの、よく練った「歌用の発声」をする歌手の多い中で、無防備と云って良いような声です。杉山清貴のようにそのままで美しい声ならともかく、近所のアンちゃんみたいな声(音程等には問題ない)がそのまんま聴こえてきます。

珠玉のギターとこの無防備な声がほぼ対等なものとして扱われ、その二つが合わさって布袋寅泰の作品であり、「ギタリズム」と名付けながらインストのアルバムではなく、歌ものの体裁をとって発表されているところになにかがあるんでしょうね。

と、ここまで書いてから気がつけば、最初の"GUITARYTHM"が出てから、もう20年以上経っているし、"IV"から数えても15年も間があったんですね(その間に違うタイトルのアルバムは発表されていますが)。全然、そんな気がしなかった!
玉手箱を開けてしまった浦島太郎の気分です。

2009/03/01

CHAMBRE/UNICORN

この春は我々中年音楽ファンのサイフを狙いうちするような商品が次々と出てきます。
この2月18日には前回書いた和幸、はっぴいえんどの復刻版以外にもユニコーンの新作、布袋寅泰の"GUITARITHM V"、はてはムッシュかまやつの古希記念アルバムなんていうのまで発売されています。
3月11日にはUTADAのセカンドアルバム(これは中年関係ないか。でも彼女のファンは年齢層高いだろう)、さらに25日には桑田佳祐のひとり紅白歌合戦のDVDなど、買っておきたいアイテムが目白押しで、ただでさえ年末以来懐が淋しいのに、困ったものです。

やっぱりCDを買う年齢層自体が高くなっていて、30代後半〜団塊世代あたりが一番魚影が濃いと思われているのでしょうか、業界的に。

そしてまんまとユニコーンを買ってきてしまった私。

"SPRINGMAN"を買って以来のユニコーンのアルバム。

私の世代はユニコーンなんて聴かないと思っている若い連中がいるのですが、世代的には奥田民生とは2歳しか違わないし、ドラムスの人なんてもう50歳じゃないですか?まったく問題ないと思います。
実際、「イカ天」ブームの頃に雨後の筍のように出てきたバンド群の中で、一番理解しやすかったのがユニコーンでしたから。

さて、15年だか16年だかぶりの新作"CHAMBRE"は玉置浩二の恋愛のように時を超え、「SPRINGMANの次のアルバム」として違和感の無いアルバムになっています。ギター、ドラム、ベース、オルガンを柱にしたオーソドックスなロックサウンドでガンガン押してきます。オーソドックス故に古びることもありません。

また、「はっぴいえんど」がそうだったように、複数のメンバーが作詞・作曲し、作った曲は自分で唄うという、ある意味アマチュア的なバンドの有り様が楽しい。ファインアートであるクラシックにはそんな余地は無いかもしれないけれど、ポピュラー音楽には「お前も曲作れよ、詩かけよ。作ったんならお前唄えよ」という適当さがあった方が絶対楽しい。

最近のユニットってやつは、「僕作る人。私唄う人。俺らその他応勢の楽器隊」というのが固定化していてそれが閉塞感を生んでいると思います。多分その方が生産管理がしやすいんだと思いますが、もう一度この辺のテキトーさから生まれるクリエイティヴィティを見直して欲しいなあ。