2010/03/22

クリスマスの約束2009/TBS(小田和正ほか)

年末恒例、小田和正「クリスマスの約束」の2009版です。
毎年、放送日が微妙に変わるので(明石家サンタみたいに24日深夜、と決まってればいいのですが)、つい億劫になって私も本放送は見逃してしまいました。しかし私にはHDDレコーダーのような友人が名古屋にいて、「小田和正、ゴジラ、古畑任三郎」などのタグのついて番組を見つけると「録画したけどいる?」と聞いてきてくれるのです。「いる」というとDVDに焼いて送ってくれるんですが、それがまた自宅でつん読状態になっていたのを、先日再発見してようやく見た、ということです(まことに申し訳ない)。

さて、2009年版は小田和正が「(J-POPの)リードボーカリストを集めて全員で歌いたい」と言い出し、これはと思うアーティストにメールを入れて参加を要請するところから始まります。
まず最初に現れるのがスタレビ・根本要。いきものがかり、トータルテンボススキマスイッチら。彼らがまず「小委員会」を作って、全体の骨組みを作っていきます。
小田さんの考えを聴きながら「本当にそれで面白くなりますか?」という若いミュージシャン。「もう少しイメージを具体的にしてくれないと」と言います。
それは団塊の「やればなんとかなる」しか言わない口下手上司に不満たらたらの若いサラリーマン、という会社の図式と重なります。若い人達は過去の失敗例・成功例の結果だけはたくさん知っているから、道筋が全部見えてないと走り出せないんですね。でも上司・小田さんは「結果が見えることだけやっててなにができるか?」と思いながら走ってきた高度成長期の創業社長ですから、そのギャップがあるんです。また、(やらせかもしれないけど)番組制作側からも「それ面白いですか?」みたいなことを言われてキレかける小田さん。

そして、飛び道具系の広瀬香美や藤井フミヤ、夏川りみ、中村中、若い世代のJUJU、AI、一青窈、平原綾香、クリスタル・ケイ、キマグレン、Aqua Timez、清水翔太らを相手に苦戦する中、山本潤子、財津和夫、鈴木雅之、佐藤竹善、松たか子といった小田さん人脈の安全装置も参加して形ができていきます。

そして尺そのまま「22'50"」と名付けられたメドレーソングが本番で発表されるのですが、すごいことになっています。オフコースの「愛の中へ」の歌詞じゃありませんが「心がことばを越え」た瞬間がたしかにありました。4月1日に再放送されるそうなので、犬にでも噛まれたと思って騙されたと思ってぜひご覧ください。
ちゃんとした番組情報はこちら

2010/03/14

Beautiful Day/ビビアン・スー

突然日本での活動を再開させたビビアン・スーの復帰第一作です。

もともと彼女はウリナリ関連のバラエティで人気を取る前に、台湾の宮沢りえとか強引に形容詞を付けられてアイドル歌手として来日しました。しかし、ソロ歌手としては鳴かず飛ばずに近い状況で、その後のブラックビスケッツ等の活動でようやく日本でも認知された後、中国圏での活動に戻ってあちらでは大スターになっています。
私は以前にもこちらで書いたように、彼女の2000年以降の中国での曲を、通販で買った中国版で聴いておりました。
それが普通にCDショップやアマゾン・ジャパンで買える新作を出すということになったので、DVD(PVとメイキング映像)付きの方を取り寄せてみました。

本国版の輸入品でもそうでしたが、彼女のCDにはこれでもかというくらいのフォトブックがおまけに付いていて、正統派アイドルグッズになっています。しかもビジュアルでは(今やってるエステのCMでもそうだけど)肌の露出度が高い。このサービス精神は貴重です。

さて内容ですが、彼女はこの間、台湾でJ-POP的ななんでもありの音楽をやっていました。ラップが絡むヒップホップ調だったり、AORぽかったり、フォークロック風だったりダンスミュージック風だったり。また、恋人だったとされる元LUNA SEAのSUGIZOを始め、作曲が日本人という曲も多く、歌詞が北京語である他は日本のアイドル歌手と変わらないような音楽をやっていました。

そして今回の復帰作では選りに選った(んだと思う)結果として一番穏健な路線で出してきました。ピアノとアコースティックギターとエレキギターがいるバンドサウンドで、アコギのパートは8ビートストロークの教則本のようです。アコギの音が大きいので素人でもsus4とか分数コードの聴き取りが可能です。イントロのメロディはシンセかと思ったらフリューゲルホーンとフルートでした。プロデューサーは椎名林檎のアレンジや東京事変のメンバーとしてお馴染みの亀田誠治です。

つまり、ブラックビスケッツから連想されるアイドル・ポップではなく、エステのCMが似合う「大人の女性」として売りたい、ということなんだと思います。(ビデオこちら
ビビアン・スーは歌用に作った声を出さないので、圧倒的な歌唱力という感じはしませんが、上手すぎず下手でなくさらりさらりと歌っています。


ビビアン・スーの音楽は、中国版の方がヘンテコで面白い。YouTubeでいつまでも消されずに残っているので"Vivian Hsu"で検索して見てください。私は「面具」と「歐兜邁」がバカバカしくて好きです。

2010/03/07

ひこうき雲/荒井由実

先日、TwitterのTL上でちょっと盛り上がったのが、以前にNHK BS2で放映された荒井由実「ひこうき雲」のビデオ。
元々、私は受験が終わった1982年の春に教育テレビで再放送されたオフコースのアルバム、"over"のメイキングを見てから音楽趣味が高じた経験者なので、このテの番組は大好物ですが、BSを視聴できる環境になかったので見ることが出来ませんでした。
Twitter上で教えてもらったときは全編分が6分割されてYouTubeに上がっていた(今は全編は見られないようです)ので、しっかり見ました。おかげで普段はカーグラTVでしか知らない松任谷正隆が音楽をやっているところを初めて見ることができました。

オフコースのメイキングがどちらかというと制作手順の面白さだったのに対して、「MASTER TAPE -荒井由実“ひこうき雲”の秘密を探る-」はミュージシャンの芸そのものにスポットが当たっていて、見る順番が違ったら私ももうちょっと楽器演奏そのものにこだわって、少しはギターの腕前が上がっていたかもしれません。

そこではたと気づくのが、私は荒井由実をちゃんと聴いてないということ。私の年だと、音楽的に早熟な人は別にして、「松任谷由実」になってからの音楽しか聴いてないと思うんです。ドラマの主題歌になった「あの日にかえりたい」は母と一緒にテレビ見てれば聴こえてきましたが、基本的にテレビに出ない人だったので子どもの目にはとまりにくかったのです(いや、当時の子どもなりのたしなみとして名前ぐらいは知ってましたけど)。

せっかくの出会いなので、「ひこうき雲」を聴いてみようじゃないかととりあえずiTunesで「荒井由実」と入れてみたら一発検索。「ひこうき雲」も「ミスリム」もiTSから落とせるじゃないですか。
荒井由実 - ひこうき雲
「ひこうき雲」は1973年の発売で、バックを勤めている細野晴臣と鈴木茂がいるキャラメル・ママは、解散間もないはっぴいえんどの発展型でもあります。「ひこうき雲」は荒井由実のデビュー・アルバムであると同時にはっぴいえんどのその後を追うためのアルバムでもありました。件のNHKのビデオではユーミン自身は「イギリスのロックが好き」と言っていて、一方キャラメル・ママはアメリカンな方向。そのせめぎあいと融合が「ひこうき雲」だった、という発言が収められていました。

さて、中身を聴いてみましょう。
はっぴいえんどにはいなかったキーボーディストとして松任谷正隆がピアノとハモンドオルガンを弾いていて(ピアノはユーミンも弾いています)、1曲目の「ひこうき雲」を聴いていると「青い影」を思い出します。いわゆるシンセサイザーが普及する前、ハモンドオルガンは一種の波形加算型シンセ(波長の異なる正弦波を重ねることで音色を作る)として使われています。
「雨の街を」はユーミンには珍しいどっぷりマイナーな曲かと思うと、とちゅうでファラミーと跳躍して、「お、来た来た!」と思わせます。何処かで聴いたな、と思ってたら、TAK MATSUMOTOのカバーアルバム、"THE HIT PARADE"で松田明子という人が歌っていたのを聴いていました。
ユーミンの歌い方はずっと変わらず、人工的でクールと思い込んでいましたが、このアルバムではそれなりの青さ、若さのほとばしりを感じさせ、当時の若者の支持を集めた訳がなんとなく分かりました。

さて、当時のフォークソングが、歌詞の意味重視でサウンドやテクニックは二の次だったときに、ユーミンは詞、曲、アレンジの3つが高いレベルでバランスした、しかも若い世代の手による新しい音楽ジャンル(ニューミュージック)を開発しました。
ユーミン以前にも、自分で作詞作曲した手作りの音楽でありながらアレンジやサウンドを重視した音楽を志向していた人たちがいましたが、そういう音楽性の人たちは本人のキャラクターが薄く、大衆音楽として大きく成功した人がいなかった。ユーミンをきっかけに「ニューミュージック」というジャンル名ができたことによって、改めて飛躍のきっかけを掴んだ人は多かったと思います。

例えば赤い鳥が解散してハイ・ファイ・セットが結成されたのが1974年です。ハイ・ファイ・セットはユーミンのカバーを多く歌っています。

また、オフコースは1970年にレコードデビューしていますが、1973年というと、初の全曲オリジナルのアルバム「僕の贈りもの」を発売したところ。1975年にユーミンを意識したと思われるアルバム「ワインの匂い」とシングル「眠れぬ夜」を発表します。頭の中で「もしも小田和正が『ひこうき雲』を歌ったら」というネタをやってみてください。違和感ないでしょ?

さらに山下達郎がシュガー・ベイブでデビューしたのが1975年、尾崎亜美(デビュー時からポスト・ユーミンと言われた)のデビューが1976年です。この二人にはそれぞれ大滝詠一、松任谷正隆が関わっています。はっぴいえんどからつながる人脈の輪の中でユーミン、タツロー、尾崎亜美がその第一歩を踏み出しているということを思うと、その影響力に改めて愕然となりますね。