2016/10/10

LOVE TRIP/AKB48

3年前に例の「フォーチューンクッキー」に引っかかって少しお勉強したAKB48。
その後もBSプレミアムの「AKB48 SHOW」だけは見続けていて、おかげで主な登場人物と主な楽曲は理解できるようになりました。この公共放送の電波を使って垂れ流される(笑)番組の良いところは、歌がほぼ生歌ということです。そのため、メンバー構成によっては目も当てられない時もあるのですが、ライブ感だけはあって、他の音楽番組ではわからない実力度合いなど確認できて楽しいです。

彼女らの歌唱力は、我々の若い頃の世代で例えると、上が柏原芳恵、下は果てしないが能瀬慶子もいるな、平均で中山美穂のちょっと下かな、と。岩崎姉妹はもちろん、松田聖子、荻野目洋子クラスは見当たりません。

それがなんとか商品になっているのは、曲の完成度が高いから、ということなのかな。しかも、あまりとんがったことはやらない。20年~30年前のアイドル歌謡を今のクオリティで再現しているので、客の年齢層が高めになるのは仕方がないでしょう。

さて、「LOVE TRIP」は毎年恒例の「総選挙選抜曲」で人気投票上位メンバーを集めて、真ん中から順位の通りに並んで歌う、というもの(なんだよね)。
このシリーズだけで数えると、私が転んだ「恋するフォーチュンクッキー」から数えて4作目です。
「恋するフォーチュンクッキー」で驚いたのは、先行した「モーニング娘。」が全盛期にやっていた80年代ディスコ調楽曲群よりも更に遡った時代の曲調を引っ張り出してきて2013年にやってみせたことでした。
それがウケたので(だよね?)翌年の「心のプラカード」は古すぎて中年でもわからないところまで行ってしまい、ノリ方がわかりませんでした。昨年の「ハロウィン・ナイト」は逆にすごくよく分かるんだけど、完成度を上げすぎて古さの方が目立っちゃった、という感じでしょうか?

さて、「LOVE TRIP」もちょっと気になってしまいました。この曲は上で上げた3曲ほど、時代を背負ってる感はないんですが、明らかに80年代のいわゆる「商業ロック」のヒット曲がフォーマットになっています。ケニー・ロギンスの「トップ・ガン」の曲とか。なかでも一番似てるのは、オフコースの1984年のアルバムに入ってる「愛を切り裂いて」なんですけど。その曲自体、当時共通のフォーマットから作られていると思うので、パクリとかそういう話ではないんですが。

で、それが2016年のアイドル歌謡となったときになにが変わっているかというと、印象的なリズムギターがアコースティックギターの音になっている!こんな派手な音の中でアコギの音がくっきり聴こえる技術の進歩に感心します。弱々しいAKBボーカルとの兼ね合いがちゃんと考えられているんですね。「ロックじゃないロックサウンド音楽」の良い例か。

↓「多売特典なし」って何?

2016/10/09

Fantôme/宇多田ヒカル

おめでとうございます。
ついに宇多田ヒカルの新作が発表されました。
ありがとう、これでブログが更新できます!

"Goodbye Happiness"が収録されていたベスト盤を除外すると、オリジナルアルバムとしては2008年の"Heart Station"以来なんだとか。いや、自分で全部買ってますけど、確かにそのようです。
巷では複数バージョンや握手券やらに頼らないで売上1位はさすが、という話になっていますね。
最近は、山下達郎でさえCDの容量いっぱい15曲入りになっていますが、このアルバムは11曲入り、演奏時間49分。
古き良き時代を懐かしむような物言いになりますが、やっぱり昔のLPレコードくらいのフォーマットでまとめてもらった方が、聴きやすいです。昔のロックのアルバムなんて裏表で30分くらいだったじゃないですか。

これなら通勤の片道で通して聴けます。

さて、このアルバムを待たずとも、「花束を君に」と「真夏の通り雨」はダウンロード配信されていたので、そのタイミングで書くことも考えていたのですが、「花束を君に」の70年代風味というか、ちょっと思っていたのと違った(嫌いではないんですが)し、「真夏の通り雨」はやっぱり暗く感じてしまってブログのネタになりませんでした。
今回、アルバムとして通して聴いて、やっと体に入ってきました。

さあ、通して聴いてみると先行発売された2曲、さらに「桜流し」も含めてそれぞれの曲がきちんと配置されて、ようやく宇多田ヒカルの今回のテーマというものが見渡せるようになりました。発売前後に集中的に出演したテレビ番組では、やはり母である藤圭子の死と自身の出産の2つがあって生まれた作品(「桜流し」は時期が違うけど)であり、その影響を彼女自身が当然のこととして語っていました。個人的にはそういうことなんでしょう。
その他に、J-POPではなかなかテーマにならない同性愛のことを歌った「ともだち」なんて曲もありますが、この歌詞は別に同性愛にかぎらず思春期の思い詰めた恋の歌としても通じる普遍性がちゃんとキープされているのはさすがです。

さて、聴く側の感想としては、まずサウンドと部材(フレーズ)は"Heart Station"の延長と感じられる部分が多い。特に「道」「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」などの比較的ポップなナンバーはそう思います。そういう意味では、他の大御所の皆さんと同様、「いつも同じ」の世界にそろそろ入りつつあるようにも聞こえますが、なにせ年齢がまだ若いし、本人もまだまだ貪欲であると思うので、マンネリ化の心配はまだしなくて良いと思います(急に難しいことやられても着いていけないと思うし)。

ネットで断片的に見かけた(多分中年の)ファンのコメントを読むと、「邦楽のアルバムなんてずっと買ってなかったけど、宇多田ヒカルは買う」という人がかなりいました。まあ、宇多田ヒカルだけに限ったことでは無いんでしょうが、そういう人が他のアーティストよりもおおぜいいることの意味はなんでしょう?また、私ごとで恐縮ですが、こうして宇多田ヒカルの作品についてはなにか書きたくなるオジサンもいるわけです。

それが何故なのか?理由は何なのか?
他のJ-POPアーティストの曲は言葉が聞き取れないのに、宇多田ヒカルの歌は聴いているだけで歌詞がわかるし、その内容について考えたくなります。
おそらくそれは発声、発音、言葉の載せ方などの技術の問題だけではなくて、伝える中身がちゃんと歌詞の中にあるのか?枝葉末節ではなく、曲自体を大きく捉えたときに、そこにメッセージがあるのか?のほうが大きいんじゃないでしょうか。

亡くなった加藤和彦が生前(そして今思えば、結果として晩年)、テリー伊藤のラジオに出たときに「今の日本にはロックサウンドの音楽はあるけど、ロックは無い」とすっぱり言っていたことが忘れられません。ジャンルとしてのロックのことは私はよく分かっていませんが、加藤和彦が言っていた「ロック」って、どんなジャンルの音楽でも無くしちゃいけないものなんだと思います。