2008/09/20

GOLDEN☆BEST[Disc 1]/太田裕美

世界で多分数人しかいない、このブログの継続的読者の一人から、「昔の歌謡曲についてもっと書け」との希望をいただきました。

私にとって歌謡曲というのは、生まれた頃からそこにあった空気のような物で、その1曲1曲もまた、いじり様のない完成した製品として見えてしまい、今更分析したりする対象とは思えませんでした。だから、これまでほとんど触れずに来ました。

私が生まれた1960年代前半に流行っていたのは、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家、あるいは中尾ミエ、園まりか。私はオムツをしながら電車の中で唄う子どもだったそうで、最初のレパートリーは「お座敷小唄」だったと我が家では言い伝えられています。自らの意思で唄った覚えがあるのは「星のフラメンコ」です。

また、当時はまだ美空ひばりが第一線のバリバリで、歌謡曲のど真ん中だったと思います。古賀政男とその門下生である遠藤実などが保守本流、かたや洋風の服部良一がおり、その中間あたりに吉田正など。戦前から洋風志向だった服部良一の後継として、ジャズのテイストを前面に出していた中村八大。ジャズ以外にも洋楽ポップスに明るい宮川泰。渡辺プロの全盛期であり、歌謡曲かくあるべしという形式が確立していました。

最近の分類では、古賀政男などの作品を「演歌」と呼ぶことが多いのですが、美空ひばりが自分を「演歌歌手」と称していた記憶はありません。自分が歌謡曲の真ん中なのに、あえてサブジャンルを名乗る必要を感じていたとは思えず、実際、彼女の歌の中にはマンボとかGS風のナンバーも存在しました。「演歌」という呼び方は絶滅危惧種として識別する必要が生じてから声高に叫ばれるようになったと記憶しています。

さて、そんな歌謡曲の世界にいきなり入って行くと体調を崩すかもしれませんので、体を慣らすために改めて太田裕美を聴きましょう。

太田裕美については、このブログや"はてなダイアリー「決して悪口というわけではなく」"で何度か書いていますが、ここでもう一度きちんと書いてみたいと思います。

太田裕美は、スクールメイツにも所属していましたし、事務所は当時の保守本流・渡辺プロ。「キャンディーズ」のメンバー候補でもあったそうです。最終的にスーちゃん(田中好子)と差し替えられたとか、そんな話だったと思います。アイドルグループの真ん中に置くにはルックスがちょっと弱いという(あるいは声質の問題かも?)判断があったのでしょう。
一方、彼女は音楽の学校に行っていたこともあって、ピアノが弾けたこととその声に特徴があった(実力派とは違う)ことや、デビュー年齢の問題などから、普通のアイドルとはちょっと違ったデビューの仕方をします。

それが伝説のロックバンド「はっぴいえんど」出身、新進気鋭の作詞家・松本隆の作品を弾き語りで唄うという、アーティスト志向の路線でした。前年に小坂明子が「あなた」でデビューして、TVで若い女の子がピアノを弾きながら唄うというのが新鮮なスタイルとして受けとめられていたころでした。ただ、小坂明子はルックス的にとんでもなかった(失礼!)ので、「弾き語りで唄う"カワイイ"女の子」としての太田裕美は存在意義がありました。太田裕美は早くから「作詞作曲もできる」という情報が流されていましたが、自作曲はアルバムにこっそり入っていて、TVで唄うシングルは必ず「作詞・松本隆/作曲・筒美京平」でした。自作曲のシングルはDisc1 16曲目の「ガラスの世代」が初めてです(その前に渡辺プロの後輩であるリリーズに提供した「春風の中でつかまえて」が発売されています。ヒットはしなかった、と思う)。


さて、買ってきたのは"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"という2002年に発売されたもの。Amazonで扱っている太田裕美個人名義の商品では一番売れている商品のようです。
Disc1は、デビューから休養宣言直前に発表した「恋のハーフムーン」まで。Disc2が休養宣言後のモラトリアム期に発売した「君と歩いた青春」から2001年まで。

歌謡曲へ戻って行く通り道としてはDisc1を聴くのが適当でしょう。

歌謡曲とニューミュージックには、実はほとんど音楽性の違いは無いのですが、強いて言えば歌謡曲の方が楽器の数が多い。太田裕美のカラオケも豪勢なものが多いです。つまり当時の、ビッグバンドを抱えた歌番組で再現しやすいサウンドになっているってことなんだと思います。
最近はあまり流行りませんが、ちょっと前までオッサンが5〜6人出てきて、真ん中の一人が唄い、あとの人は後ろでたまに「ワワワワー」とか「シュービルビッ」とか言ってるグループがいくつかあったでしょう?「あの人たち何やってるの?」と思いますが、あの人たちは売れてTVに出る前、キャバレーやクラブで唄っている時にはそれぞれ楽器を担当していたのです。TVに組み込まれたとたんに自分たちでは演奏できなくなったんで、あんな変なことになっちゃっていたんです。それが歌謡曲時代の歌番組のシステムだったのです。

そういう意味では太田裕美も基本的には歌謡曲のシステムから独立していたわけではありません。ただ、ビッグバンドに頼りつつもピアノに座り、自分で弾きながら唄うという姿勢は、そのピアノの音がTVから出てくる音に反映していたかどうかはさておき、小さな抵抗のひとつでありました。それは、後に歌番組でも自前のバンドで唄う(テープを回してのエアギター、エアドラムかもしれないけど)「ニューミュージックのアーティスト」たちに繋がる、蟻の一穴だったかもしれませんよ。

では、聴いていきましょう。

M1.雨だれ
全体を覆うヒスノイズに時代を感じます。
ピアノとアコースティックギターが中心ですが、イントロとサビのところで渦を巻くようなストリングスがかぶってきます。そのストリングスの渦の中で、必死なファルセットで唄う太田裕美の声を一生懸命拾って聴くうちに、「俺が守ってやらなきゃ!」とマインドコントロールされる魔性の1曲。

M2.たんぽぽ
タイトルだけ見てフォーキーな曲なのかと思うと、やはりストリングスが頑張る曲。私、この曲はちゃんと聴いたこと無かったんですが、サウンドとしては野口五郎的ですね。

M3.夕焼け
イントロの楽器はなんでしょうか?リリースのところでオクターブ下の音が加わる金属製の楽器のように聴こえるのですが、シンセサイザーはまだ使っていないと思うのです。ローズピアノの高音部をオクターブで弾いてるのかな?

M4.木綿のハンカチーフ
記録に残らず記憶に残るのが太田裕美。この曲は大ヒットでありながら、その期間はずっと「およげ!たいやきくん」が1位に居座っていたため、オリコンのベスト1になったことがないのだそうです。この曲ではもう、TVではピアノは弾いていませんでした。各コーラスの前半が都会に出て行った男の子の気持ち。後半が田舎で待っている女の子の気持ち。1975年頃は、一度東京に出て行くと、帰省もままならなかったんですね。男のセリフと女のセリフを順番に唄う、という松本隆お得意のパターンはここから始まったようです。斉藤由貴の「卒業」はこれとほぼ同じ話を、女の子の視点だけに絞って書いたものですね。

M5.赤いハイヒール
木綿のハンカチーフで田舎に残された女の子が一大決心をして東京に出てきた、というM4の続編(と思う)。今度は前半が女の子で、後半が男の子。都会に疲れた女の子に、男の子が「僕と帰ろう」と言ったことで、はっぴいえんどになりました。大ヒットを受けて、レベルを少し上げていて、私はこっちの方が曲として優れていると思う。サビの間、ずっと「とてとてとてぽよよん」と延々と引き続けるギターの人、大変そう。

M6.最後の一葉
O.ヘンリーの短編を元ネタにした難病もののストーリー。この曲はTVでもピアノを弾いて唄っていたような気がしますが、うろ覚え。2番の後のアンコ部分の後、たっぷりためて一気にフィナーレに向かうアレンジはとっても豪華。本人もだいぶ声が出るようになっていて、M1の頼りなさがかなり克服されています。この曲、録音の時はオケと同時録音したんでしょうか?カラオケだと合わせるの難しそうですね。

M7.しあわせ未満
これ大好き!ストリングスも入っているけれど、サウンドがバンドっぽくなってます。途中で転調するんだけど、無理矢理な感じが無くて、必然性があってやってる感じで趣味が良い。「もっと利口な男探せよ」っていうところでなんかじーんとする。これは全編男言葉なんだけど、太田裕美は男にならずに、登場する女の子の方になっているでしょう?後でまとめますが、これはとても不思議な表現なんですよ。

M8.恋愛遊戯
この辺から、太田裕美を年齢に即した大人にしよう、という考えが楽曲に滲んできます。アイドル歌手としてはデビューが遅かったので、比較的この大人化問題が早く出てきてしまいました。今考えると実年齢に拘りすぎたんじゃないかなあ。

M9.九月の雨
「太田裕美白書」などの文献をあさると、筒美京平は「ABBAを意識したんだけどなんか違っちゃった」ということなんですが、ABBAというより、イタリア映画の音楽みたいです。太田裕美のナンバーの中ではもっとも歌謡曲色が強い曲だと思います。オケの人数が多すぎた?スケールが大きく、3コーラスの構成ですが、3番の前半で転調&メロディも変えて一気に盛り上がります。この曲も僕の何かに引っかかっていて、毎年9月1日に車の中でラジオを聴いていると必ず耳にするのですが、その度に運転中にじわーっと来ています。「きーせつーにー」のファルセットがツボなんですよ。

M10.恋人たちの100の偽り
「九月の雨」は今となってはあまり権威が無くなった「年末の賞レース」に太田裕美なりに挑戦した曲でした。当時はTBSの(今もやってる)レコード大賞、その他の民放各社で持ち回りの「歌謡大賞」があった他、各放送局がそれぞれに音楽賞をやっていました。太田裕美はそれらに沢田研二や山口百恵らに交じって、ほぼ皆勤賞で出ていました。結局ノミネートはされても主要な賞は受賞できず、その後はその手の番組とは縁がなくなるのですが、その前後から喉の故障をおこしてファルセット部分が極端に苦しい唄い方になっていました。
この曲のサビのファルセットが自分の声でダブルにしてあるのは、その辺もあるのかな?と思います。地声部分もかなりハスキーになっていて、結局この声がその後の太田裕美の声になります。サウンド的にはまた小編成バンドよりになっていて、私はこの方が好き。

M11.失恋魔術師
あれえ?僕の知っているのとアレンジが違う?僕が知っているのは「背中あわせのランデブー」に入っている方で、イントロが「ちゃーららら、ちゃーららら、ちゃーちゃちゃっちゃちゃー、ぽわぽわぽわぽわぽわお〜ん」の方なのですが、シングルはこうだったのかしら?まだまだ知らないことがたくさんあるなあ…。この曲は例外的に作曲が吉田拓郎です。この頃、A面が吉田拓郎作曲、B面が太田裕美作曲という企画アルバムを出していて、それが前述の「背中あわせのランデブー」で、シンガー・ソングライター路線への布石を打っています。この曲もよく聴くと、メインは女の子の言葉ですが、途中で「失恋魔術師」のセリフになっています。松本隆もかなりしつこいですね。

M12.ドール
と思ったら、また歌謡曲路線のシングルになりました。このへんレコード会社がどういうつもりだったのか、知りたいですね。基本的にコアなファンが手にするアルバムはアーティスティックにして、シングルは一般大衆が手に取りやすいもの、という使い分けをしていたようです。「新譜ジャーナル」なんかも太田裕美のアルバムはちゃんとレビューを載せていましたからね。松本隆の歌詞はどんどん深くなって行くのですが、この曲でいうと、太田裕美に横浜は似合わないと思う。彼女はやはり武蔵野に置くべきでしょう。

M13.振り向けばイエスタディ
ドールまではラジオのベストテンくらいには引っかかっていたのですが、この曲あたりからは同世代でも「知らない」と言われる可能性が出てきます。アメリカで録音したアルバムからのシングルカットです。バックのコーラスとかすごい本格的ですし、ストリングスなんかも臨場感が上がっていますよね。あと、ファン的には新鮮というかショックというか、この曲ではトレードマークのファルセットを使っていません。

M14.青空の翳り
年末賞レースの代わりに(?)東京音楽祭にこの曲で参加していました。つまりアーティスト路線で行くぞ、という宣言をしたわけですね。この曲もファルセットはごくわずかで、地声を中心に歌唱力をアピールしようとしています。ニューミュージック的にいい歌なんですが、特徴が無いんだよなあ。

M15.シングルガール
そして揺り戻しの歌謡曲路線です。CBSソニーどうしということなのか、阿木燿子/宇崎竜童という百恵ちゃん用の布陣を借りて作られています。曲としては仕掛けもいっぱいあるし、良い出来だと思いますが、ちょっと本人のイメージと違う感じ。中原理恵が唄った方が似合いますね。

M16.ガラスの世代
いかにも松本隆みたいな歌詞ですが、実は作詞はちあき哲也。「木綿のハンカチーフ」の後日談的なものを…という趣向なんだと思うのですが、かなり隘路に迷い込んでいる感じがします。とはいえ、記念すべき初の本人作曲によるシングルです。

M17.南風
鳴かず飛ばずだった歌手がCMのタイアップひとつでブレイクして行く中、なぜか太田裕美はCMタイアップに縁がありませんでしたが、ようやく「キリン・オレンジ」のCMに採用されました。これで一息ついて、無事に紅白歌合戦への連続出場を5回に伸ばしました。よかったねえよかったねえ。アダルト路線もアーティスト路線もひとまず保留して、C&Wをエレキギターでやってるだけのような感じがしますが、太田裕美「中興の祖」として網倉一也の名前は一応、記憶されています。

M18.黄昏海岸
これも網倉一也作品です。こちらの方が曲としては出来が良いと思いますが…。

M19.さらばシベリア鉄道
大滝詠一が「ロング・バケイション」で大復活する直前、習作のつもりなのか太田裕美に提供したのがこの曲。ロンバケのラストにも入っていますが、「アンコール!」の後なので、おそらく太田裕美用の曲をセルフカバーしたボーナストラック、という位置づけなのだと思います。作曲が大滝詠一なので、作詞も久しぶりに松本隆で、実はこのコンビが久々に復活したのもこの曲からです。このふたりが再び手を組むときに太田裕美が接点だった、というのはちょっと誇らしい感じです。この後、1年の間で、アルバム"A LONG VACATION"の大ヒットがあって、さらに松田聖子の「風立ちぬ」が発売されているんですよ。

M20.恋のハーフムーン
「ロンバケ」ヒット御礼なのか分かりませんが、編曲も大滝詠一がやった完全なナイアガラ・サウンドでできているのがこの曲(M19の編曲は萩田光雄)です。ベースが同じ音をずーっと弾いて行くサビがカッコイイ!「いえるのぅっ」の泣き節はそれまでの太田裕美では聴いたことが無い声の使い方です。この曲、もっと評価されても良いと思うんですが、みんな忘れてるんだよなあ…。

というわけで、Disc1全曲を聴いてみました。

こないだもちょっと書いたんですが、太田裕美は、M4、M5、M7のように男言葉をしょっちゅう唄っているのですが、そのとき決して「男役」をやらないのです。坂本冬美が男の歌を歌う時は男になっているでしょう?太田裕美はあくまでもその男の子の独白の中に出てくる相手の女の子なのです。「アランドロンが好きな面食いの女の子」が太田裕美なのであって、金もないのに家事も手伝わずにうじうじしている男の子の役なんてやってないのです。この構造が嵌まるのはたぶん彼女だけで、とても不思議です。

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