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2012/02/05

Feel Happy 2007 ~Debut 30th Anniversary~/原田真二

最近のYouTubeのビデオを見るにつけ、一段と「Alex Yorkは布施明の息子なんじゃないか疑惑」が個人的に高まるこのごろ、次はAdeleの話でも書こうかと思ったんですが、今日はお茶を濁して懐かしのJ-POPです。

原田真二のファーストアルバム。2007年にデビュー30周年記念として再発売されたものが、iTunesでダウンロードできるようになっていたので、ちょっと前に落として聴いておりました。
たまたま高校時代の同級生(男)に彼の大ファンがいて、彼につきあってコンサートなどにも行ったことがあるので、僕は一般の人よりも原田真二には詳しいと思います。このアルバムが発売されたときには、実はシングル曲は「てぃーんず・ぶるーす」と「キャンディ」の2曲しか入っていなかったのですが、そこに3rdシングルの「シャドー・ボクサー」と「タイム・トラベル」が追加され、さらに30年後に新録音された「てぃーんず・ぶるーす」と「タイム・トラベル」がボーナス・トラックとして収録されています。
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つまりですね、当時テレビでしか彼の活動を追ってなかった人には、ほとんどこれ1枚あれば「原田真二の思い出」は十分完結してしまうのです。僕は上記の同級生のおかげでその後のちょっと説教臭くなって以降の活動も少し知っているから、もうちょっと買い足したいと思っていますけど。

2007年版も、ジャケット写真はデビュー当時の、生意気なベビーフェイスのイメージを定着させたものがそのまま使われています。チャン・グンソクそっくり。

さてさて、と久しぶりに聴いてみると、やっぱいいんですなあ、これが!
確かに恥ずかしくなるほど洋楽直輸入的な部分も見受けられるように思いますが(私はあまり洋楽に明るくないので、きちんと尻尾をつかむことができません。詳しい方はご自分で元ネタを類推されると良いでしょう)、それはパクリというよりも、「僕、外国のこういう音楽も聴いてるよ」というおしゃまな男の子の自慢話みたいな感じ。
当時はこっちがモノを知らなすぎて反応できなかった「引用」部分に、今回改めてニヤリとさせられてしまうところもあります。

人気絶頂の時も歌唱力ではあまり評価されるタイプではありませんでしたが、80年以前の男性歌手で、上の「ラ」さらに「シ、ド」まで使って歌う人はほとんどテレビに出ていなかった中、原田真二のキーは「ど高い」です。「シャドー・ボクサー」なんか、出だしから高いのに間奏の後で1音上がりますからね。
そんなキーの高さと声質のせいで、原田真二はマイケル・ジャクソンに似ています。音楽性もそのへん(当時のMJはまだソロ作品はそんなに出してなかったかも知れないからジャクソン5とかでしょうか)の影響が大きいと思います。

初期の原田真二の良いところは、当時の、まだバンカラで汚くゴツゴツしたイメージが強かったロック系アーティストの中では圧倒的に可愛くて品が良いこと。本人はその路線を1年くらいで蹴っ飛ばしてとんがっていきますが、もうちょっとこの路線で行けるところまで行ってみて欲しかったです。
最近、スピッツが「タイム・トラベル」をカバーしていましたが、やっぱり名曲です。芸歴のワリに年齢は若いんだから、もう一発どかんとブレイクして欲しいです。



2010/03/22

クリスマスの約束2009/TBS(小田和正ほか)

年末恒例、小田和正「クリスマスの約束」の2009版です。
毎年、放送日が微妙に変わるので(明石家サンタみたいに24日深夜、と決まってればいいのですが)、つい億劫になって私も本放送は見逃してしまいました。しかし私にはHDDレコーダーのような友人が名古屋にいて、「小田和正、ゴジラ、古畑任三郎」などのタグのついて番組を見つけると「録画したけどいる?」と聞いてきてくれるのです。「いる」というとDVDに焼いて送ってくれるんですが、それがまた自宅でつん読状態になっていたのを、先日再発見してようやく見た、ということです(まことに申し訳ない)。

さて、2009年版は小田和正が「(J-POPの)リードボーカリストを集めて全員で歌いたい」と言い出し、これはと思うアーティストにメールを入れて参加を要請するところから始まります。
まず最初に現れるのがスタレビ・根本要。いきものがかり、トータルテンボススキマスイッチら。彼らがまず「小委員会」を作って、全体の骨組みを作っていきます。
小田さんの考えを聴きながら「本当にそれで面白くなりますか?」という若いミュージシャン。「もう少しイメージを具体的にしてくれないと」と言います。
それは団塊の「やればなんとかなる」しか言わない口下手上司に不満たらたらの若いサラリーマン、という会社の図式と重なります。若い人達は過去の失敗例・成功例の結果だけはたくさん知っているから、道筋が全部見えてないと走り出せないんですね。でも上司・小田さんは「結果が見えることだけやっててなにができるか?」と思いながら走ってきた高度成長期の創業社長ですから、そのギャップがあるんです。また、(やらせかもしれないけど)番組制作側からも「それ面白いですか?」みたいなことを言われてキレかける小田さん。

そして、飛び道具系の広瀬香美や藤井フミヤ、夏川りみ、中村中、若い世代のJUJU、AI、一青窈、平原綾香、クリスタル・ケイ、キマグレン、Aqua Timez、清水翔太らを相手に苦戦する中、山本潤子、財津和夫、鈴木雅之、佐藤竹善、松たか子といった小田さん人脈の安全装置も参加して形ができていきます。

そして尺そのまま「22'50"」と名付けられたメドレーソングが本番で発表されるのですが、すごいことになっています。オフコースの「愛の中へ」の歌詞じゃありませんが「心がことばを越え」た瞬間がたしかにありました。4月1日に再放送されるそうなので、犬にでも噛まれたと思って騙されたと思ってぜひご覧ください。
ちゃんとした番組情報はこちら

2009/01/03

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その4〜(パープルタウン/八神純子)

新年おめでとうございます。
今年もいたってマイペースに書き進めて参りますが、よろしくお願いします。

年末は毎度のことですが、結構熱心に紅白歌合戦を見て、今の日本の音楽の裾野の広がりとその真ん中はどこにあるのかと観察しておりました。演歌勢の相変わらずの現場での強さと、若手J-POP勢の保守化が目立ちました。景気が悪くて冒険ができないのか、抽き出しがないのか、もう私には読み取れないのですが、「そんなに『イイ歌だ』と言われることが大事なんですか?」と作り手に訊いてみたい気分になりました。聴き手を信用してないんでしょうなあ、というか今の若い購入層たちは、相当バカにされていると思いますよ。

一方、昨日は母のマンションで、自宅では見られないBSで「大集合!青春フォークソング」というのを見ていました。はっきり言って現代で鑑賞に堪える音楽性があるのは一握りで、山崎ハコなんてこんなもんだったのかなあと変な感慨に耽る一方で、岡林信康の神様ぶりに圧倒されたりして、全体ではとても面白かったです。バブル前夜の80年代に青春を送った私にはほとんどリアリティが感じられなかった「チューリップのアップリケ」なんて歌が、今の時代のひどさに再びマッチし始めた恐ろしさ。

かつて日本語の問題シリーズをやったときは、言葉ののせ方とかのテクニックの問題に終始しましたけど、聴き取れたところですっかり角が取れてつるつるになった抽象的な歌詞から何かを読み取ることは、どのみち難しいということに気がついてしまいました。
これだけ若者が虐げられている世の中で、それを具体的な場面を描写しながら怒りや悲しみを唄う若者が出てこないのは不思議な気がしますが、それもこれも社会的メッセージを「カッコワルい」で否定した「ニューミュージック」の後遺症なのかもしれないなあ。

そんなわけで「決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト」からの4曲目は
M6.パープルタウン/八神純子
です。

私はこの頃、今までの人生で一番熱心に歌番組を見ていましたが、この曲は出てくる度に「作詞・作曲」のクレジットが変わるという、コドモ心にも不思議な現象が起きていたことを覚えています。今となってはWikipediaにも記述があるほど有名な話ですが、この曲は最終的に邦題「ロンリー・ガイ」とされるRay Kennedyの曲に八神純子のオリジナルなメロディを付け足したものである、ということになっています。


以前、広瀬香美の話の途中や「ポーラー・スター」のお題でこの人について書きました。好き嫌いで言うと私はこの人の声が好きだし、作品もフォーク・ロックの世界に歌謡曲的「歌心」を持ち込んで「ニューミュージック」という分野を拡大した人であると思っています。宮川泰のザ・ピーナッツ用の曲を思い出させる、洒落た中にも歌謡曲的に唄って楽しい要素が入っているのが良い。

ただ曲作りにおいてちょっと元ネタがはっきり分かりすぎるという欠点があったかな、と。彼女の最初の大ヒットである「水色の雨」にもそっくりの外国曲があるという指摘は当時からされておりました(私は後から自分で気がつきましたがデビュー曲の「思い出は美しすぎて」もユーミンの「あの日に帰りたい」そのまんま)。
「パープルタウン」では、A-B-Cと展開する曲のうち、歌メロは違うのだけれどもA-Bとさらにイントロまでもがあまりにも「そのまんま」だったので、言い訳ができなかった、ということでしょう。歌メロは大幅に書き換えられており、アレンジャーに罪をかぶせることはできなかったのかな?と思いましたが、"I love you more and more"のメロディがまんまなので、やっぱり確信犯ですね。
今なら「サンプリング」しました、と言ってはじめから「ご挨拶」しておけば、問題なかったのだと思うのですが、まあしょうがないか!

さて、実際にこの曲を聴いてみると、突然健康的になる後付けのサビも含めて、上手に唄っています。
歌詞を読むと、事情は良く分かりませんが、彼氏と喧嘩かなんかがあって、「一人でニューヨークに来てみたらすっかり機嫌が直ったので、仲直りのエアメールを日本に送りました。ニューヨークに来ると元気になっていいですよ」みたいな感じ。当時のJALのキャンペーンソングだったとのこと(Wikipediaによる)。さもありなん。

なんぼ軽薄な80年代とはいえ、こんな生活をリアルに受けとめられる人は少なかったと思いますが、この背伸び感が後のバブルに繋がったんでしょう、多分。

2008/12/29

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その3〜(ルビーの指環/寺尾聰)

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの中からピックアップして書いています。

M5.ルビーの指環/寺尾聰

さて、M1の井上陽水(氷の世界)が持っていた日本のアルバム売上記録を破ったのが1981年に寺尾聰が発表した"Reflections"です。

当時の寺尾聰は、年齢的にもアイドルではありませんでした。また、グループサウンズ時代の人気もそれほど突出していた記憶もありません。お父さんが宇野重吉というのも微妙な、石原プロ制作のドラマで脇役をやっている個性派俳優でしかなかった。
この人が何故売れたのか?その理由は当時も今もこれという解説がありません。

今、「ルビーの指環」をあらためて聴いてみても、歌がうまいわけでもなく、これと言って盛り上がりがあるメロディでもありません。
特徴はあります。
まずキーが低い。最低音の「うーしなってからー」の「ら」はG2です。オクターブ上げて女性が唄ってちょうど良いくらい。M1.井上陽水ともオクターブ違う感じ。
それから、この曲が売れている当時、宮川泰さんが「後ろに行くほど音が下がって行くメロディは珍しい」と評論を書いていました。サビに向かって高揚していくのが普通なのに、この曲は「もり下がって」行くのです。そしてこの、不景気なメロディを井上鑑がShakatak風フュージョン・サウンドに仕上げたところ、当時の日本人のツボにハマったということのようです。
それと、ボーカルの処理。噂では主旋律2本、コーラス2本で少なくとも4本は本人の声が重ねてあるだろうと云われました。この声の処理によって、地声の善し悪しやうまい・へたを越えた人工的な声が作られ、それがバックのサウンドに合わさった時の不思議な味わいは、当時とても新しく洒落たものに聴こえました。ジャンルは違うが、テクノポップを通り過ぎて、こうした加工度の高い音がカッコイイという風に、我々の耳が慣らされてきたのでしょうね。

この曲が流行った10年くらい後、私は名古屋・栄の夜の街角でフォークギター1本でこの曲を歌っている若者を見たことがあります。私はその選曲センスに驚くと同時に彼の行く末が本気で心配になりましたが、今頃どうしているでしょうか?

2008/12/27

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その2〜(真夜中のドア/松原みき)

前回に引き続き、決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの収録曲からお話を続けます。2曲目の"「いちご白書」をもう一度"は飛ばして、3曲目に移ります。

M3.真夜中のドア/松原みき
2008年末現在、巷では飯島愛の死が話題になっていますが、松原みきも44歳の若さで病死しています。イイ女だったのにもったない…と言ってみる。

彼女には「ニートな午後3時」という、化粧品会社のCMとタイアップした代表曲があります。「ニートな午後3時」といっても、仕事のない若者のやるせない午後を歌った歌ではなく、「かざらない、さっぱりした美人」という当時の化粧品会社のコンセプトです。
このCDでは、デビュー曲の「真夜中のドア」の方を収録しています。実際どちらが良い曲かと考えると、CMで使える部分に辿り着くまでにちょっともたつきを感じさせる「ニートな午後3時」よりも、コンパクトな中に変化を感じさせる「真夜中のドア」の方が出来が良く、選曲者の見識をそこはかとなく感じさせてくれます。

細かいことを言うと、フォーク・ロックにルーツを持つニューミュージック勢とは音楽の方向が少し違っており、どちらかというとジャズ畑の印象。まあ、当時は「歌謡曲」じゃなければなんでもニューミュージックだったんですけどね。
今になって松原みきを聴くと、いわゆるR&Bの歌姫路線の先祖であることが良く分かります。従来の日本的な歌謡曲とは一線を引いた洋楽風の歌唱を売りにする歌手は、それ以前に青江三奈がいました。私の父のような昭和一桁世代から、「進駐軍」とか「米軍キャンプ」なんていう単語とともに語られる本格派。さらにその後の、戦後生まれの世代では朱里エイコやしばたはつみなんていう人たちがいました。当時は「ジャズ」系と言われましたが、今ならR&Bとジャンル分けされるはずです。

「真夜中のドア」は発売が79年ということで、バックの演奏が当時流行していたフュージョン的なところが時代を感じさせます。しかし、松原みきの歌唱は、ほとんど良く似たサウンドで唄う杉山清貴よりもずっと洋楽風だと思います。例えば小柳ゆきや中島美嘉あたりの楽曲を唄わせたら、どんな風になっただろうと想像すると楽しくなってきます。つくづくもったいなかったなあ…。

2008/12/21

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その1〜(青空、ひとりきり/井上陽水)

ちょっと前にスペシャル的に昔の歌謡曲の事を書いていました。その頃に副読本(?)として買ってきたのが、表題のアルバムです。

2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水

井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。

さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...