新年おめでとうございます。
秋以降、Twitterにかぶれてしまい、「はてなダイアリー」の方は思いっきりペースが落ちていますが、さすがに140字でこちらのようなくどい話は展開できないので、当ブログについてはそれほどの影響はありません。とはいえ音源を購入するという出費が伴なう記事を書いているので、あまりしょっちゅう更新できないのはこれからも一緒です。
年末には紅白歌合戦やレコード大賞なんていう行事もあって、私も見るようにしてたんですが、レコード大賞は途中で寝てしまいました。
こちらのリンク→http://www.tbs.co.jp/recordaward/で受賞者(作品)は確認できますが、なんか全然わからなくて…。しかもオリコンスタイルとかで見られる年間売上ともリンクしてないし。紅白歌合戦も、あれはあれで何をやっても毎年悪口を言われていますが、レコード大賞の歪み具合はそれを遥かに凌駕しているように思います。
もう、「なんとか協会」でやる表彰は数字のみで確認できるゴールドディスク大賞と有線大賞に任せて、うまいとか芸術性とかを表彰したいなら、それなりの見識をもったと思われている人がそれぞれに発表して、個人的に時計なり指輪なり買って贈ってあげた方が良いんじゃないでしょうか?
もう亡くなってしまいましたが、「宮川泰音楽大賞」なんてのがあったら、私は録画してでも見ます。
で、こっそり私も考えてみたんだけど、2009年にアップした弊ブログの記事は39本しかなくて、しかも新譜が少ないorz
だから私が選ぶとこんなふうになってしまう。
最優秀シングル ゆず/虹
最優秀アルバム 相対性理論/ハイファイ新書
最優秀歌唱賞 Utada/Come Back To Me(アルバム"This Is The One"より)
最優秀新人賞 Superfly/やさしい気持ちで(だって一昨年まで知らなかったんだもん!)
最優秀ミュージックビデオ 桑田佳祐/昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦
企画賞 和幸/ひっぴいえんど、倖田來未×misono/It's all Love
相変わらず歪んでおりますが、今年もよろしくお願いします。
2010/01/03
2009/01/03
決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その4〜(パープルタウン/八神純子)
新年おめでとうございます。
今年もいたってマイペースに書き進めて参りますが、よろしくお願いします。
年末は毎度のことですが、結構熱心に紅白歌合戦を見て、今の日本の音楽の裾野の広がりとその真ん中はどこにあるのかと観察しておりました。演歌勢の相変わらずの現場での強さと、若手J-POP勢の保守化が目立ちました。景気が悪くて冒険ができないのか、抽き出しがないのか、もう私には読み取れないのですが、「そんなに『イイ歌だ』と言われることが大事なんですか?」と作り手に訊いてみたい気分になりました。聴き手を信用してないんでしょうなあ、というか今の若い購入層たちは、相当バカにされていると思いますよ。
一方、昨日は母のマンションで、自宅では見られないBSで「大集合!青春フォークソング」というのを見ていました。はっきり言って現代で鑑賞に堪える音楽性があるのは一握りで、山崎ハコなんてこんなもんだったのかなあと変な感慨に耽る一方で、岡林信康の神様ぶりに圧倒されたりして、全体ではとても面白かったです。バブル前夜の80年代に青春を送った私にはほとんどリアリティが感じられなかった「チューリップのアップリケ」なんて歌が、今の時代のひどさに再びマッチし始めた恐ろしさ。
かつて日本語の問題シリーズをやったときは、言葉ののせ方とかのテクニックの問題に終始しましたけど、聴き取れたところですっかり角が取れてつるつるになった抽象的な歌詞から何かを読み取ることは、どのみち難しいということに気がついてしまいました。
これだけ若者が虐げられている世の中で、それを具体的な場面を描写しながら怒りや悲しみを唄う若者が出てこないのは不思議な気がしますが、それもこれも社会的メッセージを「カッコワルい」で否定した「ニューミュージック」の後遺症なのかもしれないなあ。
そんなわけで「決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト」からの4曲目は
M6.パープルタウン/八神純子
です。
私はこの頃、今までの人生で一番熱心に歌番組を見ていましたが、この曲は出てくる度に「作詞・作曲」のクレジットが変わるという、コドモ心にも不思議な現象が起きていたことを覚えています。今となってはWikipediaにも記述があるほど有名な話ですが、この曲は最終的に邦題「ロンリー・ガイ」とされるRay Kennedyの曲に八神純子のオリジナルなメロディを付け足したものである、ということになっています。
以前、広瀬香美の話の途中や「ポーラー・スター」のお題でこの人について書きました。好き嫌いで言うと私はこの人の声が好きだし、作品もフォーク・ロックの世界に歌謡曲的「歌心」を持ち込んで「ニューミュージック」という分野を拡大した人であると思っています。宮川泰のザ・ピーナッツ用の曲を思い出させる、洒落た中にも歌謡曲的に唄って楽しい要素が入っているのが良い。
ただ曲作りにおいてちょっと元ネタがはっきり分かりすぎるという欠点があったかな、と。彼女の最初の大ヒットである「水色の雨」にもそっくりの外国曲があるという指摘は当時からされておりました(私は後から自分で気がつきましたがデビュー曲の「思い出は美しすぎて」もユーミンの「あの日に帰りたい」そのまんま)。
「パープルタウン」では、A-B-Cと展開する曲のうち、歌メロは違うのだけれどもA-Bとさらにイントロまでもがあまりにも「そのまんま」だったので、言い訳ができなかった、ということでしょう。歌メロは大幅に書き換えられており、アレンジャーに罪をかぶせることはできなかったのかな?と思いましたが、"I love you more and more"のメロディがまんまなので、やっぱり確信犯ですね。
今なら「サンプリング」しました、と言ってはじめから「ご挨拶」しておけば、問題なかったのだと思うのですが、まあしょうがないか!
さて、実際にこの曲を聴いてみると、突然健康的になる後付けのサビも含めて、上手に唄っています。
歌詞を読むと、事情は良く分かりませんが、彼氏と喧嘩かなんかがあって、「一人でニューヨークに来てみたらすっかり機嫌が直ったので、仲直りのエアメールを日本に送りました。ニューヨークに来ると元気になっていいですよ」みたいな感じ。当時のJALのキャンペーンソングだったとのこと(Wikipediaによる)。さもありなん。
なんぼ軽薄な80年代とはいえ、こんな生活をリアルに受けとめられる人は少なかったと思いますが、この背伸び感が後のバブルに繋がったんでしょう、多分。
今年もいたってマイペースに書き進めて参りますが、よろしくお願いします。
年末は毎度のことですが、結構熱心に紅白歌合戦を見て、今の日本の音楽の裾野の広がりとその真ん中はどこにあるのかと観察しておりました。演歌勢の相変わらずの現場での強さと、若手J-POP勢の保守化が目立ちました。景気が悪くて冒険ができないのか、抽き出しがないのか、もう私には読み取れないのですが、「そんなに『イイ歌だ』と言われることが大事なんですか?」と作り手に訊いてみたい気分になりました。聴き手を信用してないんでしょうなあ、というか今の若い購入層たちは、相当バカにされていると思いますよ。
一方、昨日は母のマンションで、自宅では見られないBSで「大集合!青春フォークソング」というのを見ていました。はっきり言って現代で鑑賞に堪える音楽性があるのは一握りで、山崎ハコなんてこんなもんだったのかなあと変な感慨に耽る一方で、岡林信康の神様ぶりに圧倒されたりして、全体ではとても面白かったです。バブル前夜の80年代に青春を送った私にはほとんどリアリティが感じられなかった「チューリップのアップリケ」なんて歌が、今の時代のひどさに再びマッチし始めた恐ろしさ。
かつて日本語の問題シリーズをやったときは、言葉ののせ方とかのテクニックの問題に終始しましたけど、聴き取れたところですっかり角が取れてつるつるになった抽象的な歌詞から何かを読み取ることは、どのみち難しいということに気がついてしまいました。
これだけ若者が虐げられている世の中で、それを具体的な場面を描写しながら怒りや悲しみを唄う若者が出てこないのは不思議な気がしますが、それもこれも社会的メッセージを「カッコワルい」で否定した「ニューミュージック」の後遺症なのかもしれないなあ。
そんなわけで「決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト」からの4曲目は
M6.パープルタウン/八神純子
です。
私はこの頃、今までの人生で一番熱心に歌番組を見ていましたが、この曲は出てくる度に「作詞・作曲」のクレジットが変わるという、コドモ心にも不思議な現象が起きていたことを覚えています。今となってはWikipediaにも記述があるほど有名な話ですが、この曲は最終的に邦題「ロンリー・ガイ」とされるRay Kennedyの曲に八神純子のオリジナルなメロディを付け足したものである、ということになっています。
以前、広瀬香美の話の途中や「ポーラー・スター」のお題でこの人について書きました。好き嫌いで言うと私はこの人の声が好きだし、作品もフォーク・ロックの世界に歌謡曲的「歌心」を持ち込んで「ニューミュージック」という分野を拡大した人であると思っています。宮川泰のザ・ピーナッツ用の曲を思い出させる、洒落た中にも歌謡曲的に唄って楽しい要素が入っているのが良い。
ただ曲作りにおいてちょっと元ネタがはっきり分かりすぎるという欠点があったかな、と。彼女の最初の大ヒットである「水色の雨」にもそっくりの外国曲があるという指摘は当時からされておりました(私は後から自分で気がつきましたがデビュー曲の「思い出は美しすぎて」もユーミンの「あの日に帰りたい」そのまんま)。
「パープルタウン」では、A-B-Cと展開する曲のうち、歌メロは違うのだけれどもA-Bとさらにイントロまでもがあまりにも「そのまんま」だったので、言い訳ができなかった、ということでしょう。歌メロは大幅に書き換えられており、アレンジャーに罪をかぶせることはできなかったのかな?と思いましたが、"I love you more and more"のメロディがまんまなので、やっぱり確信犯ですね。
今なら「サンプリング」しました、と言ってはじめから「ご挨拶」しておけば、問題なかったのだと思うのですが、まあしょうがないか!
さて、実際にこの曲を聴いてみると、突然健康的になる後付けのサビも含めて、上手に唄っています。
歌詞を読むと、事情は良く分かりませんが、彼氏と喧嘩かなんかがあって、「一人でニューヨークに来てみたらすっかり機嫌が直ったので、仲直りのエアメールを日本に送りました。ニューヨークに来ると元気になっていいですよ」みたいな感じ。当時のJALのキャンペーンソングだったとのこと(Wikipediaによる)。さもありなん。
なんぼ軽薄な80年代とはいえ、こんな生活をリアルに受けとめられる人は少なかったと思いますが、この背伸び感が後のバブルに繋がったんでしょう、多分。
2008/12/21
決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その1〜(青空、ひとりきり/井上陽水)
ちょっと前にスペシャル的に昔の歌謡曲の事を書いていました。その頃に副読本(?)として買ってきたのが、表題のアルバムです。
2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水
井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。
さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。
2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水
井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。
さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。
2008/05/31
1978~2007年のマイベスト30 ~その5・拾遺集~
というわけで、マイベスト30のトップ3はYMO、遊佐未森、原田真二になってしまいました。
どうしても外せないものはバリバリにえこひいきして上位にしましたが、それ以外は一応評価軸を7~8個作って、ポイント制でやってみました。当然、候補の中にはポイントがつけにくいものがあって、好きなんだけどリストから落とした作品がたくさんあります。
今日は、ポイント制に向いてない好きな曲をいくつか並べてみます。
はいからさんが通る/南野陽子(1987年)
これも80年代アイドルポップスの佳曲です。今となっては阿部寛の俳優デビュー作として語られることが多い映画の主題歌。昔からあったといえばあったんですが、映画のタイトルがそのまま曲名になっていて、これは角川映画の「セーラー服と機関銃」を薬師丸ひろ子が歌って以来、テーマソングだったらどんなに物騒だろうと無機質だろうとそのまま曲のタイトルにして良い、という約束が出来たからです。
安直そうなシンセサイザーのイントロ、途中のチャイムっぽいピアノ(?)音などで彩りつつ、南野陽子の狭い音域でいかに上手に聞こえ、楽しく聞かせるかをよく考えてあります。
セーラー服と機関銃/薬師丸ひろ子(1981年)
今では色黒の小柄なオバチャンになってしまった薬師丸ひろ子ですが、昔はかわいかったんですよ。アイドル女優としての頂点を極めていた頃の主演映画の主題歌であり、歌手デビューの曲です。それにしてもこのタイトルはないだろうと思うんですが、その違和感も角川メディア戦略の一環。
当時は、顔はかわいいが歌うとがっかり、というアイドルが多かったが、この声は奇跡的。長澤まさみも最近カバーしていましたが、やっぱりこの曲はこの声でないと…。
後に彼女に曲(「メイン・テーマ)」)を提供した南佳孝が「使える音域が狭くて苦労した」と言っていますが、この声をどう生かすかというのは作り手にも楽しいテーマだと思うけどな。
彼女はアルバムもたくさん出していますが、「花図鑑」がお薦め。
ハピネス/タケカワユキヒデ(1979年)
ゴダイゴのベストなどでも聴けますが、発表時はタケカワユキヒデ名義だったはずです。コード進行が洋楽っぽくてカッコイイ。曲の内容は学生時代からの恋愛を実らせて結婚したカップルのほのぼのした日常、という感じ。まだ二十代の頃、会社の後輩同士の結婚式で「歌う直属の上司(<大馬鹿)」として、弾き語りをしました。本隊であるゴダイゴも当然ベスト30に入れたかったんですが、他との調整が付きませんでした<(_ _)>。
砂の城/斉藤由貴(1987年)
崎谷健次郎がプロデュースした彼女のアルバムは聴き応えがあり、他のアイドル歌謡よりもレベルが高かったです。声質のせいで全体にフラット気味に聞こえますが、基本的にとても歌のうまい人です。そういえば、彼女の弟、という人も芸能人になったような気がしますが、どうしているのだろう?早稲田のピッチャーは関係なさそうですしね。
アルバムなら、ぶっとんだダンスミュージック風が楽しい「age(アージュ)」がお薦め。
じれったい/安全地帯(1987年)
玉置浩二はおよそこの20年間、歌のうまい男性の頂点にいました。平井堅が出てくるまで、でしょうか?最近はマイペースで幸せそうにやっていたのに、突然後ろから撃たれて不幸な目に遭っています。かわいそうですね。
「ワインレッドの心」でデビューした頃、「この声でハードロックを歌わないのはもったいない」という評を新譜ジャーナルで読みましたが、まあとにかく歌うために生まれてきた人です。
ひとつ残念なのは、歌手としての力量と作曲家としての力量がちょっと合ってないところでしょうか?玉置浩二の作る曲はシンプルすぎて、歌い手としての自分を納得させられてないような気がしません?もちろん、歌ってしまえばすごい説得力で聴かされてしまうんですが…。特にこの頃の曲は「好きさ」もそうですけど、すごい短かかったり童謡みたいだったりで、悪くはないけど、もっとがんばって!と思ってました。
ああ、そうだ。歌がうまい、へたという問題を次回からやってみようかな!
2008/05/29
1978~2007年のマイベスト30 ~その4~
ずいぶん同じテーマで引っ張りましたが今日はベスト3の発表です。
第3位 タイムトラベル/原田真二(1978年) 早熟の天才・原田真二の絶頂期の1曲。例の3作連続リリース、ベスト20に3曲ノミネートなどの話題で最高のデビューを飾った後、いよいよアレンジも自分で手がけたという4曲目のシングルがこれ。 2番の途中、「チャールストン」のところでおんぼろピアノ風のフレーズが入るところに1発でやられました(中学生の子どもだった僕は、まじめな中にこういう遊びが入ったものに初めて気づかされたのです)。 この頃の勢いなら、原田真二は今頃すごい大御所になっているはずだったんですが、彼は大物芸能人として成功するには繊細すぎたようです。人生、頭がよいこととか、感性が鋭いことが大成功への近道ではないんですね。 | |
第2位 暮れてゆく空は/遊佐美森(1989年) 「月刊Keyboard Magazine」で特集されていて、大田裕美が楽曲を提供する女性歌手とはどんな人なんだろうという興味で聞き始め、はまりました。アコースティックな楽器を集めたバックなのに、聴いているときの快感はハードロックを聴いているときとほぼ同じなんです。 この曲のアコースティック・ギターの細かいストロークが大好きで、当時は私も友人と一緒に作曲とかをしていましたから、結構それ風のギターを入れようとしたりしました。 遊佐未森本人のルックスは大変地味だが、とても不思議な声をしています。セクシーというのとは違うような気がするんですが、腰骨の辺りをぞくぞくさせるなにかがあって、ずっと聴いていたくなります。大変個人的なことですが、学生の時に好きだった女の子の声に似ていることを思い出しました。彼女の声の魅力はもっと普遍的なものだと思いますが…。 遊佐未森を聴いたとき、太田裕美も無理に大人ぶった歌など唄おうとせずに、こっちの方向で年齢や性別を超越してしまえば良かったのに、と思ったものですが、やはり10年という時代の違いは大きく、当時はその選択肢は見えなかったかもしれません。 | |
第1位 テクノポリス/YMO(1979年) じゃじゃん!第1位はテクノの首領、YMOです。いろいろと文章で書こうとしたんですけど、すごく長くなることが分かったので、なんで1位なのかを箇条書きにします。
歴史的な1曲であり、歴史的なユニットです。そうそう、だいたい「ユニット」っていう言い方もYMO関連商品以降に広まった言い方ですよね。少なくとも日本では。 |
2008/05/24
1978~2007年のマイベスト30 ~その3~
毎度確認していますが、このランキングはあくまでも私個人の思い入れでできていますから、結構ゆがんでいます。あらかじめご了承くださいね。
では、一段とゆがみの激しいベストテンを発表します!
コメントが長くなってきたので、ベスト3は次回に回します(引っ張る引っ張る!)。
では、一段とゆがみの激しいベストテンを発表します!
第10位 Self Control(方舟に曳かれて)/TM NETWORK(1987年) 渡辺美里に提供した"My Revolution"と違い、こちらは小室哲哉のホームグランドであるTM NETWORKの曲です。 "My Revolution"との対比で云うと、歌って爽快感があるのはBメロくらいでしょう。 逆にこの、歌い手を束縛するようなメロディをどう歌うかという課題も、腕に覚えのある歌い手にはある種の楽しみがあります。ボーカルの宇都宮隆は、おそらく束縛を楽しむ才能がある(どM体質か?)のだと思われ、その意味では小室メロディを歌わせれば日本で一番うまいです。 曲の後半、サビが何度か繰り返されますが、「ほんとうのかなーしみー」の一カ所だけ、バックの展開に沿ってメロディがギクシャクと変化します。そのギクシャクした部分に作り手の意志が見え、これはこれで美味しいのです。 | |
第9位 タイムマシンにおねがい/Sadistic Mica Band Revisited(2006年) オリジナルが発売されたのは相当昔なので、私もリアルタイムで聴いていたわけではありません。気づいたときにはすでに伝説的名曲になっていました。 リードボーカルを代えながら、何度も再録されたり、他のバンドがカバーしたりを繰り返しています。 もともとこの曲には'70年代特有の反体制的でかつ不健康なものが含まれていたのではないかと思います。それが2006年に木村カエラのあっけらかんとした歌声によってとてもピュアな形で再生されました。 その分純粋に聴いて楽しい、一緒に歌いたい曲になって、このお色直しは大成功だったのではないでしょうか? | |
第8位 君が、嘘を、ついた/オフコース(1984年) 1983年にバンド成立時からの主要メンバーだった鈴木康博が正式に脱退し、オフコースが名実ともに小田バンドになって活動再開した時の、最初のシングルです。小田さんの歌い方は、この頃からはっきりとシャウトとか唸りを使うようになり、現在につながる「小田節」が完成したのがこの頃。 「よるがなあがれーてゆーくう」などの日本語の乗せ方は小田和正独特のものでしたが、その後一般化しました。 たとえばプリンセス・プリンセス「世界でいちばん熱い夏」の「(半拍休み)かけぬ・けるぜぶ・らあのす・とらいぷ」などは明らかに小田流乗せ方。小田さん以前の乗せ方だと同じメロディでも「(1拍休み)かけ・ぬけるぜ・ぶらのす・とらいぷ」になっていたと思います。前者の方が日本語の歌として感情が込めやすいでしょう? 80年代前半にオフコースが大化けした理由ってのは、最新洋楽風サウンドの導入とか、イメージ戦略の上手さとか、いろいろあるんでしょうが、最大のポイントはこの日本人の感情にマッチした、演歌に近いような日本語の乗せ方なんじゃないでしょうか。 | |
第7位 ドール/大田裕美(1978年) 大田裕美は'76~'77年あたりに名曲が多いのですが、'78年発売の名盤"ELEGANCE"に収録されたシングル曲、「ドール」で代表してもらいます。 この頃松本隆が大田裕美向けに書いていた歌詞の世界は深く、上記のアルバムには「煉瓦荘」のように、若さ故に成就できなかった恋愛を、男言葉で私小説風に歌わせている曲があります。そういう場合、普通なら歌っている大田裕美は男役のはずなのに、男役とかけ離れた舌足らずの甘い声のため、その歌詞の中に出てくる可憐なヒロインもまた太田裕美であるという、ちょっと不思議な構造になっていました。 「ドール」では、そんな不器用でお金のない男の子の相手だった女の子が、ちょっと成長したところからその恋を振り返っている歌になっています。アイドル的女性歌手がすべて通る道ではありますが、この子をどうやって大人の女性歌手にしようか、という作り手の試行錯誤が見えます。 その後の展開を振り返ると、大田裕美についてはあまりうまくいかず(というか、成功した人は松田聖子と安室奈美恵しかいないと思いますが、いずれも出産と離婚が必要だった)、本人が休業してアメリカに行ってしまい、1年強の空白の後にニューウェイヴの楽曲を携えて復帰する、という予想外の展開になりました。 | |
第6位 C-Girl/浅香唯(1988年) なぜかこんな上位にがこれが。 アイドル歌謡史上最高にカッコイイ曲、と私は思います。 浅香唯は名前が覚えやすい割にブレイクまでに時間がかかり、この曲のちょっと前に「スケバン刑事」絡みの「ビリーヴ・アゲイン」という曲でようやくベストテン番組に顔を出すようになりました。 この頃の浅香唯は松田聖子風の、ちょっとロックの香りのする大きなビブラートで歌うようになっていて、「結構歌えるじゃん」と思わされたところにたたみかけてきたのがこの"C-Girl"でした。 タイアップしたCMに水着姿で登場し、一気にお茶の間の認知度を上げることに成功した、という記憶があります。初期の吉川晃二の作品でおなじみ、職人的にカッコイイ曲作りをするNobodyの作曲で、アレンジが井上鑑という豪華な布陣です。 この曲と「ビリーヴ・アゲイン」が入ったアルバム"Candid Girl"も全体にカッコよく、当時の私はもう25歳くらいになっていて、レジに持って行くのがとても恥ずかしかったのですが、蛮勇を振り絞って買いました! | |
第5位 Automatic/宇多田ヒカル(1998年) この曲についてはもう何遍も書いているので、多くは語りません。単に流暢に英語をしゃべれる人が英語混じりの歌を歌っているのではなく、日本語、和製英語、日本語英語、ネイティヴ・イングリッシュを自由自在かつ的確に使い分けるセンスに脱帽。歌うまい。声が魅力的。顔はお母さんの方がキレイ。 | |
第4位 君は天然色/大滝詠一(1981年) 私の年代ではフィル・スペクター・サウンドなんて知らないわけですから、この音はなに?と圧倒されました。楽器がどれだけ鳴っているのか?なんでこんなエコーがかかっているのか?まさに音の壁。 また、70年代までのフォーク~ニューミュージックの世界は、王道歌謡曲に比べてメロディのスケールが小さい、こぢんまりした作品が多かったんですが、この人や山下達郎のメロディは動きが大きくのびやかで、高級感がありました。 80年代前半にマイカーを持っていた学生で、"A LONG VACATION"をコピーしたカセットテープを車に積んでいなかった人はいないはず。 |
コメントが長くなってきたので、ベスト3は次回に回します(引っ張る引っ張る!)。
2008/05/20
1978~2007年のマイベスト30 ~その2~
サザンオールスターズが無期限活動休止だそうですね。"KAMAKURA"発売以降、いつ活動していつ休んでいるのかよく分からないので、今更言われてもねえ、と思うのは私があまり熱心なファンではないからでしょう。「一人一人がサザンの看板に頼らずに云々」という理由も20年遅いような気がします。なんかここの話題とシンクロしているような展開ですが、私が勝手に選ぶ1978~2007年のベスト30曲を続けます。
前回に続いて20位から11位の発表です。
あー、慣れないHTML編集は疲れるわ!
前回に続いて20位から11位の発表です。
20位 20世紀の終りに/ヒカシュー(1979年) 劇団ひとりに似たボーカルの人(巻上公一)が能・狂言風の発声で歌うテクノポップです。年代的にもYMOとどっちが早いか、という歴史的存在。今、着うた(着ヴォイス?)で「ややこしや~」というのが流行っているそうですが、聴いて驚け若者よ、実はほぼ30年前にここまでやっちゃった人がいるのだよ。 | |
19位 Come Again/m-flo(2001年) この曲については以前書きましたね。いわゆるヒップホップ系では飛び抜けて好きな曲です。LISAとVERBALの声がどちらもすばらしく、ジャンルを越えて虜にされてしまう曲だと思います。 | |
18位 決戦は金曜日/Dreams Come True(1992年) 「なんだっけ、あの、ドリーム・カム・ツルー?」 「三単現のsが付くから、ドリーム・カムズ・トゥルーだろ?」 「ドリームが複数だからドリームズ・カム・トゥルーだよ!」 と、私大出身者が集まって知ったかぶり合戦をしていた頃が懐かしい。 ど派手なファンキー・サウンドと吉田美和の、自分のノドを信じ切ったような歌唱が心底楽しい1曲。聴き所は間奏や後奏でかぶってくる吉田美和のアドリブというかフェイクというかスキャットというか…です。 | |
17位 今夜はブギー・バック featuring 小沢健二/スチャダラパー(1994年) これは好き嫌いよりも歴史的評価のポイントが高く、上位にしました。日本語のラップというものの黎明期に、フリッパーズ・ギターの小沢健二の歌をフィーチャーし、両脇をラップで囲んだ作りになっています。フジテレビ「ボキャブラ天国」のテーマソングとして、不特定多数の日本人に幅広くラップを聴かせた功績は非常に大きいと思います。また、スチャダラパーのラップが良い意味でとてもドメスティックなものだったことも幸いだったと思います。 | |
16位 My Revolution/渡辺美里(1986年) 小室哲哉の曲は歌いづらい、というか、歌ったときの喜びが少ない。歌心みたいなものが欠けていると思うのです。それは多分、本人が歌が苦手で、歌うより楽器を弾く方が楽な人だからだと私は思っています。 "My Revolution"は、そんな小室哲哉作品の中では例外的に歌って楽しいメロディを持っています。ほぼ無名だった頃なので、自分のエゴよりも世間に認められることを念頭に、相当気を遣って作ったのかもしれません。また、原曲は中学生くらいの時に作ったという話もあるので、その分素直なメロディなのかもしれませんね。 | |
15位 You Were Mine/久保田利伸(1988年) 今、日本のヒットチャートの中にはいわゆるR&Bにジャンル分けされる曲がたくさんあるわけですが、20年前にJ-POPとR&Bの橋渡しをするための孤独な戦いをしていたのが久保田利伸です。当時は「(和製)ブラコン(=Black Contemporary)」という言い方の方が一般的だったように記憶しています。それからほぼ20年、ブラック・ミュージックを下敷きにしたアーティストは数多出現してきた訳ですが、久保田利伸のブラック・ミュージックに対する熱意は今でも突出していると思います。 | |
14位 まほろば/さだまさし(1979年) さだまさしも一番好きな曲がシングルじゃありません。アルバム「夢供養」に収録されている曲です。「あせびの森の馬酔木に」、「黒髪に霜のふる迄」、「懸想文」など古典的表現をたっぷり使った歌詞は、当時でも珍しいセンスで、さだまさしの独壇場と言って良い世界です。ちょうどこのころ、世良公則を典型に、少ないボキャブラリーでシャウトするような音楽が流行していました。さだまさしのことですから、そういう歌作りへの批判としての意味もこめていたのではないでしょうか? | |
13位 キラキラ/小田和正(2002年) テレビ番組「クリスマスの約束」で若い歌手の歌を歌う中で、それに刺激を受けて作った曲だというような話がありました。ソロになってからの小田和正の曲は、ドラマ主題歌の「ラブ・ストーリーは突然に」が例外的に派手だった他は基本的に端正というか地味な曲が多いです。この「キラキラ」は良い意味でヤマっ気があるし、タイトルからしてカワイイですね。 | |
12位 トランジスタ・ラジオ/RCサクセション(1980年) 高校時代、同級生がRCサクセションのコピーバンドをやっていました。当時の高校生のバンドというと楽器はなんとか格好をつけてもボーカルはぼろぼろという例が多かったんですが、我が同級生のバンドにはすばらしいショーマンシップを持ったボーカルがいて、サマになっていました(彼は今何をしているのだろう?)。 だから最初にこの曲を聴いたのも、そのコピーバンドの演奏でした。 当時の私はRCサクセションも「キヨシロー」のことも知りませんでしたが、これは良いと思って"PLEASE"のミュージック・テープ(!だって家にラジカセしかなかったんだもん!)を買いに行きました。忌野清志郎、中井戸麗市などの恐ろしげな字面が並ぶ歌詞カードには腰が引けましたが、強くて表現の豊かな歌詞がすごく伝わるアルバムでした。私は授業をさぼって屋上にいる度胸のない生徒でしたが、「トランジスタ・ラジオ」の気分はとっても良く分かりました。 | |
11位 Rock'n Rouge/松田聖子(1984年) 松田聖子の全盛期というとこの辺りじゃないでしょうか?代表曲としては尾崎亜美の「天使のウインク」でも、細野晴臣の「天国のキッス」でも、佐野元春の「ハートのイアリング」でも、財津和夫の「野ばらのエチュード」でもなんでもオッケーです。それにしてもこの、当時のニューミュージックの大物(この他にも大滝詠一、土橋安騎夫などの曲も唄っていて、松田聖子にオファーをもらえないとソングライターとして1人前じゃないみたい)を網羅した豪華作家陣は圧倒的です。この歌は作曲:呉田軽穂となっていますが、言うまでもなくユーミンです。 特にこの曲についてコメントすると、なんと云っても松本隆の歌詞。先メロで作っていると思うのですが、2番の歌詞で「きーみがー、す・す・すきだと~もつれないで」と嵌めたアイデアが最高。コロンブスの卵ってやつです。 |
あー、慣れないHTML編集は疲れるわ!
2008/05/18
1978~2007年のマイベスト30 ~その1~
それでは本番に参りましょう。この30年間からよりすぐった30位から21位までのカウントダウンです。
というわけで、次回20位~11位に続きます。
| 30位 真夏の果実/サザンオールスターズ(1990年) おお、この名曲にしてボーダーラインギリギリでした。これは確か「稲村ジェーン」の主題歌でしたよね。映画の評判はもにゃもにゃでしたが、この曲はすごいです。 桑田佳祐は長いこと過去に自分で作った「いとしのエリー」と戦ってきたのだと思いますが、この曲で乗り越えたんじゃないでしょうか? 後に、より営業面を考えて「いとしのエリー」寄りに後退して作ったのが"TSUNAMI"ですよね。 | |
| 29位 闘牛士/Char(1978年) 個人的には「闘牛士」の方が好きなんですが、本来は「気絶するほど悩ましい」を入れるべきでしょう。ただ「気絶するほど-」は1977年の作品なので、今回の対象から外れてしまいます。で、一周回って「闘牛士」になりました。 彼がロック歌手として積極的にテレビに出たことで、その後の原田真二、世良公則との「ロック御三家」が成立したのです。 「気絶するほど-」ではメロディも「そこまでしなくても…」の歌謡曲調だったので、やってる自分に腹が立ってギターをぶん投げる、というパフォーマンスに繋がったんだろうなあ…と邪推しています。「闘牛士」はそれに比べるとロック色が強いです。 | |
| 28位 すばらしい日々/ユニコーン(1993年) イカ天の影響などによる「バンドブーム」があった頃、ユニコーンもそれらの一つのようにして世間に知られるようになりました。私は適当に聞き流しつつも、「残るとしたらユニコーン」と友人に話していました。ユニコーンというか、奥田民生が残ったんですが。 さて、バンド解散間際になってから何故か積極的にテレビに出るようになり、この曲を何回か歌ってるのを聴きました。そこではっきり私の趣味に合う音楽だということを認識しました。 前にも書きましたが、この頃の奥田民生の声はタケカワユキヒデに似ています。 | |
| 27位 Shangri-la/電気グルーヴ(1997年) YMOが「君は、胸キュン。」を出したときと同様に、「電気グルーヴが風呂場の鼻歌で歌える曲を出した」という驚きがありました。 「ラブ・ストーリーは突然に」をおちょくったような"Spring Rain"のサンプリングの上に、電気グルーヴなりのキャッチーな歌メロが乗っていて、いつもよりもうんと敷居が低くなっています。 | |
| 26位 Funk Fujiyama/米米CLUB(1989年) 日本人が自ら作った国辱ソング。こういうことやらせると石井竜也はすばらしい才能がありますね。フィクションが二重構造になっているというか…。 細野晴臣も「外国人の目で日本を見る」というテーマを持っていて、「フジヤマ・ママ」という曲も唄っていましたが、あれは外国曲のカヴァーみたいですしね。米米CLUBはそれをもっと意識としては浅いところで、でももっとめちゃくちゃにやってみせてくれました。 | |
| 25位 大都会/クリスタルキング(1979年) 日本の大衆音楽史上、空前絶後のハイトーンボイス。上のCくらいまで使っていて、その音を出すだけなら、もんたよしのりも高見沢俊彦も小田和正もw-indsの人も出してるかもしれませんが、こんなに悠々と出す人は他に知りません。 本人はもうこの声は出せないと言っているそうなので、手に入るうちにデジタルデータで取っておきましょう。ロック嫌いのうちの父親ですら「この声は金になる」と褒めていました。まったく同感です。 小野正利が跡を継ごうとしていますが、少しスケールが小粒です。 | |
| 24位 Holiday in Acapulco/松任谷由実(1986年) 本当はシングル曲しか入れないつもりだったんですが、ユーミンを入れないわけに行かないような気がして、一番好きな曲を入れました。アルバム"ALARM a la mode"のオープニング曲。 日本人だってもうお金を持っているんだから、こういうバカンスの曲があってしかるべき、というバブル前夜の曲です。ほどなくその予言は当たりましたが、その続きもありました。 | |
| 23位 LOVE SONG/Chage & Aska(1989年) 演歌調フォークだと思われていたチャゲアスが、俺たちはもっと洋風の音楽だって作れるぞ、と気合いを入れていた頃の曲です。 発売された89年頃は知る人ぞ知る名曲でしたが、91年に"Say Yes"が売れてから、改めてヒットし直した記憶があります。カラオケ映えする曲としては"YAH YAH YAH"と双璧か。 大サビ部分の「きみからの~アイラヴユーコール」の和音を無視したようなメロディの乗せ方(次の転調への呼び水効果を狙っているのでしょうが)が強引で好きです。 チャゲアスでは「なぜに君は帰らない」のクラシックの歌曲みたいなアレンジも私は好きです。 | |
| 22位 はじまりはいつも雨/Aska(1991年) 1組1曲の原則で並べていますが、ソロとバンドで入っている人がAskaともう一人、後で出てきます。 発売当時、本人が「最近、雨の歌が流行ってないので作ろうと思った」」というような話をあちこちでしていました。そういうこと言わない方が素直に感動できるのに、つい得意げに言ってしまうところにポプコン育ちのアマチュアリズムが顔を出します。 AメロとBメロの美しさはすごいです。ちょっと服部良一を意識しているかもしれませんね。それに比べてサビはちょっと平凡な気がします。もっとひねって!と思いながら聴いていました。 | |
| 21位 Loveland,Island/山下達郎(1982年) 南国の女の子が路上で踊るCMで人気になった曲です。「クリスマス・イヴ」が有名になる前の、まだ「山下達郎」が夏の季語だった頃の作品です。もはや死語になりましたが、「ゴキゲンなサウンド」ってえのはこの曲のためにある言葉じゃないかな。 ちなみに、奥方の竹内まりやも「駅」で入れたかったんですが、他にえこひいきしたい人が多くて30位までに入れられませんでした。 |
というわけで、次回20位~11位に続きます。
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