今日も元ネタはApple Musicになります。
シーナ・イーストンのことを思い出しました。
ちょっと前にシティ・ポップなんちゃら、という話を書きましたが、当時私の考えでは、日本のシティ・ポップというのは「モダンガール」みたいなカラオケで声のきれいな人が歌うもの、という認識だったんですが、さてシーナ・イーストンてどんなだったかなあ?という振り返りです。
で、「9時から5時まで」や「モダンガール」が入ってるやつで検索すると一番古い1980年のアルバムが出てきました。まあ、そのくらいの知識量。私はレコードは買わず、「夜のヒットスタジオ」などに出てきて歌っていたのをテレビで見ていました。
ほぼ初めての感覚で聴いていると、まあとにかく我々の世代にとって聴きやすいことこの上ないです。ちょっとフォーキーなアコースティックギターの入る曲から、ぶっといエレキギターの音が入るロックっぽい曲もあり、ちょうどこの少しあとで日本のアイドル歌手 (とそのプロデューサーたちが)ベンチマークしたと思われる当時のオシャレ系ポップスの定石集という感じです。70年代はちょっと歌えるアイドルはやたらとドナ・サマーの真似をされられましたが、こっちでもいいじゃん!て感じです。
そういうわりにはシーナ・イーストン風のアイドル歌謡はあまり心当たりがないんですが、ちょっと上の世代のニューミュージック系の女性歌手はかなり取り入れていたと思います。ビビアン・スーあたりも台湾で似たような曲を出していたに違いない(妄想)。なんなら、2000年代ですが、宇多田ヒカルの「SAKURAドロップス」だって、M8の”So Much In Love”に似ています。
あと、シーナ・イーストンは声が恐ろしいほどきれい。声がきれいな歌手というと、オリビア・ニュートン・ジョンとかケイト・ブッシュとかの大御所がいますが、シーナ・イーストンもすごい声してます。しかし、その後の活躍はその声のわりに地味な気がします。あまりにものっぺりときれいなのでBGM的に消費されてしまったのでしょうか?
2019/08/04
2019/06/17
Apple Musicで聞く太田裕美の第3期(ニューウェイブ期)
当ブログ開設以来、基本的には購入した音楽ソフトの感想文を書いてきたのですが、いまやストリーミング配信での音楽消費がかなり定着してきました。
ストリーミングが始まったころはオジさんが聴くような音楽が配信対象にならず、あえて深掘りしてきませんでしたが、ここにきてユーミンをはじめ私が若い頃に聴いてきた音楽がかなり配信されるようになっているようです。何回か前から「Apple Musicで聴く」シリーズを何本か上げてみましたが、飽きるまでもうしばらく続けてみようかと思います。
私は少年時代から今まで、ちゃんとしたオーディオセットとは無縁の生活をしていたので、若い頃はミュージックテープ(LPレコードと同じものをカセットテープのフォーマットで販売するもの。基本は円盤と同価格)を購入していました。今聴くとカセットテープの音なんて本当にショボいんですが、当時はそれより良い音に触れることがなかったので、それはそれで満足していました。しかし、音楽の媒体がCD、MDと変化し、ついにはネット経由のデータで配信されるようになった今、当時買いそろえたカセットテープ資産は、何度かの引越しを経てすべて失ってしまいました。CDで買いなおした音源もかなりありますが、全部をフォローしきれませんので、忘れるともなく忘れているアーティストや作品があるものです。
ところが、Apple Musicで思いついた名前をダメ元で検索してみると意外なほどヒットするんですねえ。ちょっと前は有料ダウンロードだった作品も改めて検索してみると配信されるようになっていて、iPhoneにダウンロードすることもできる!いい時代になったものです。月極めの家賃は取られますが、ただより怖いものはないですからね。
さて、今日は、発表当時は(一部で)賛否両論だった太田裕美のニューウェイブ路線作品3作をまとめてみます。
太田裕美自身は音楽学校出身でそれなりの素養はあったのでしょうが、スクールメイツでキャンディーズといっしょにアイドル修行?をしていたし、渡辺プロにも入っていますから、普通のアイドル路線でのデビューもあり得たはずですが、ピアノの弾き語りスタイルで登場しました。おそらくちょっと前に小坂明子がピアノの弾き語りで大ヒットを飛ばした(今思えばヤマハ世界歌謡祭のグランプリ曲であることを前面に押し出して売り出された最初が小坂明子だったと思う)後だったからではないかと思われます。小坂明子より可愛い子がピアノ弾いて歌ったらもっと売れるんじゃないか?大手の商品開発ってのはえてしてそういうものです。
さて、太田裕美の音楽は4つか5つの時代に分けられると思います。デビューしてから数年間のアイドル的消費をされ、シングルヒットを続けていた時代(アルバムでいうと「ELEGANCE」、シングルだと「ドール」くらいまで)。アルバムでは自作曲を披露したりしていましたが、シングルに関しては判で押したように作詞・松本隆/作曲・筒美京平(/編曲・ 萩田光雄)でした。これが第1期になるのではないかと思います。
その後、二十代半ばを迎えて少しアダルトな感じにモデルチェンジしようとしてやや迷走気味になりました。この頃の目立ったヒット曲となると、清涼飲料水のCMソングだった「南風」くらいでしょうか。「木綿のハンカチーフ」以来連続出演していた紅白歌合戦にも選出されなくなり、本人も思うところがあったのか、休養&渡米を発表するところまでが第2期。
半年くらいと言って出て行ったアメリカ留学ですが、休養期間は1年を越え、ようやく活動を再開したのが今回紹介する第3期で、その後、結婚を機に活動は縮小します。
しばらくして母親の立場から童謡を歌ったアルバム「どんじゃらほい」を発表した一方、自作曲や、久しぶりに松本隆/筒美京平コンビの作品を発表しました。また、近年は同時期に活動していたガロのメンバーや伊勢正三とのコンサート活動を継続しているようです。
で、やっと本題。
太田裕美(勝手な区分けで)第3期・ニューウェイブ編の3枚のアルバムもApple Musicで聴くことができます。
時代順に聴くのが良いと思いますが、タイトルは「Far East」(1983年)、「I do,You do」(1983年)「TAMATEBAKO」(1984年)となります。
「Far East」はニューヨーク帰りでちょっと大人になった太田裕美をフィーチャーしたアルバムで、当時はLPレコードの時代でしたからA面とB面でコンセプトが違い、A面が「ニューヨーク・サイド」、B面は「トーキョー・サイド」と言っていました。A面は当時主流になりつつあったシティ・ポップの音で、なぜか日野皓正のラッパまで入っている豪華版です。B面もまったく違うわけではないのですが、「窓から春の風」のようなシンセの音が前面に出たテクノポップ風味のサウンドが強くなります。私は太田裕美はコンサバティブな人だと思っていたので、A面の路線で行くのだろうなと思っていたら豈図らんや、次作の「I do,You do」はデビュー当時もやっていなかったミルキーボイス全開のテクノポップでした。第2期の迷走は、つまりはどうやったら大人の歌手になれるかと足掻いた上でのことだと思うのですが、声質と舌足らずな滑舌のために本格派になりきれなかったのを完全に開き直った感じがして、「よくやった!」と思う出来でした。私はこのアルバムの「こ・こ・に・い・る・よ」という曲で初めて「5拍子」を理解したものでした。
しかし、デビュー当時の「可愛い女子大生風弾き語り」のイメージでついてきていた人はこの辺りでいわゆる「オタ切り」されてしまったようです。私の学生時代の友達も一緒に行ったコンサートの後で「こんなの太田裕美じゃない!」と怒って帰って行きましたから、そういうファンは多かったんだと思います。
そんなデジタル穏健派の私でもちょっと行き過ぎでは?と思ったのが3枚目の「TAMATEBAKO」。
「ランドリー」とか「チラチラ傘しょって」とか奇天烈なタイトルが並び、前作よりもさらにぶっとんだ曲が並びます。
でも、今聴くと「TAMATEBAKO」がいちばん完成度が高いですね。太田裕美の時代は、ちょうど音楽向けの機材が現代化していった過渡期なので、「ELEGANCE 」あたりまでは(曲はすごく好きなのが多いですが)音が古いです。次の「海が泣いている」は海外録音で音は良くなったんですが、曲が小難しくなって愛聴するにはいたりませんでした。大瀧詠一復活の時期にシングルで出した「恋のハーフムーン」はさすがのナイアガラ・サウンドですがこれはちょっと例外とすると、やはり「Far East」以降のサウンドは今の商品と比べても音の面で遜色がなく、改めてちょっとおススメしたいと思います。
2019/06/13
A FILM ABOUT THE BLUES/TRICERATOPS
聞き逃し大物アーティストシリーズ、本日はTRICERATOPSです。Apple Musicよありがとう!
さて、和田誠の息子がミュージシャンになったらしいと言う話をどこからか聞きつけてはいましたが、実際にはテレビで何回か見ただけで、そのときなんという曲をやっていたのかも覚えていない。その後かなり経ってから、毎年クリスマスになると小田和正と歌っているよなー、て感じで見ていた和田唱(とTRICERATOPS)です。
和田誠の「倫敦巴里」は中学生の頃の愛読書で、私があまり喜んで読んでいるものだから、父が「その本、貸してくれ」ということになってこころよく貸してあげたところ「通勤電車で読むと笑ってしまって読めない」と変なクレームをもらった名作パロディ集。数年前に復刻?しているようなのでリンク貼っておきます。
さて、和田誠の息子がミュージシャンになったらしいと言う話をどこからか聞きつけてはいましたが、実際にはテレビで何回か見ただけで、そのときなんという曲をやっていたのかも覚えていない。その後かなり経ってから、毎年クリスマスになると小田和正と歌っているよなー、て感じで見ていた和田唱(とTRICERATOPS)です。
昔々、ニューミュージックの売れっ子たちがテレビに出ない理由として「3曲くらいはやらせてもらわないと音楽性が伝わらない」とか言う例があり、「いやいや、本当に見るべきものがあれば1曲でも伝わるんじゃないの?」と思っていた方だったんですが、確かにTRICERATOPSみたいな音楽は、1曲だと分からないかもしれないですね。
スリーピースのシンプルな音はテレビで見てるとちょっとさみしいし、小難しそうに見えるということもあるような気がします。
それよりも、以前ここに書いた土岐麻子のアルバム「乱反射ガール」の中でデュエットしていた「HUMAN NATURE」のハモり具合いとか、それこそ「クリスマスの約束」で小田和正の「相方」としての達者な歌とギターを見ていると、なんだこの子すごく上手いんじゃないか!と急に分かるようになります。
さて、TRICERATOPSの音楽はギターとベースとドラムの音で出来ていて、私が普段好きで聴いているピアノとシンセサイザーがいる5人以上のバンドの音とは全然違うわけです。しかし、上手なスリーピースのバンドというのは本来そういうものなのかもしれませんが、ベースとギターのアンサンブルが巧みですし、キーボードはいないけれど、ハーモニーについてはコーラスできっちり表現されています。とてもよく練られている曲ということは、素人にもよく分かる。
蛙の子は蛙、だと悪口になっちゃうか。なんていうんだか、親から授かる才能ってあるもんだなあと思いました。
蛙の子は蛙、だと悪口になっちゃうか。なんていうんだか、親から授かる才能ってあるもんだなあと思いました。
2019/06/09
Apple Musicで聴く平成の天才たち
90年代の音楽は、私にとってちょっと空白になっています。
当時は、学生時代から一緒に音楽作りをやる友人がいたので、もっぱらアウトプットの時期で、今さら新しい日本の音楽をチェックしようとか思っていなかったのです。下手に聴き込んで影響受けるのも癪だったしね。
98年、実際には99年に宇多田ヒカルに後ろからドカンと頭を叩かれて目が醒めるまで、7〜8年くらいちゃんと贔屓にして聴いていた音楽はなかったかもしれません。
なので、テレビでさんざん出てくるような超メジャーな人以外、多少は音楽に興味があれば聴いててしかるべきビッグネームも聞き逃しているものが多いです。
そんなわけで、一般教養レベルで欠けているアーティストに触れるにもApple Musicはちょうど良いような気がします。
浜田麻里のところでも書きましたが、私がApple Musicで聴くことでアーティストにはいくらお金が入るのでしょうか?月間使用料が980円で1週間平均で30曲聴いたとすると4週間で120再生か。そんなに聴かないか?まあ1再生あたり10円くらいの売上でしょうか。そのうちショップであるアップルの取り分とメーカーでどのくらい取りますかねえ。物理的にプラスティックの円盤を箱に入れて売っているわけではないから、レコード会社というよりも音楽出版社の手数料なのかな。再生数はなんとでもカウントできると思うので、最後は按分でやるんでしょうが、アーティストにはいくら入るのかなあ。せめて1再生1円くらい入ってるといいですね。
まずは岡村靖幸です。
テレビに出ていた川本真琴はちょっと知ってましたが、そのプロデューサーである岡村靖幸はちゃんと聴いたことがない。
最近になって年に2回くらいテレビで見ているような気がします。スーツを着て踊っているので、須藤元気と同じ箱に入れちゃってるんですが、たぶん全然違う人。
もっと若い世代なんだと思っていたら、ウィキペディアで見ると1965年生まれと書いていあります。なんだ私と似たようなもんじゃないですか。
当時の紙媒体でタイトルだけ見ていた「家庭教師」をライブラリに追加してみました。発売は1990年11月。今聴いてもぜんぜん古い感じはしません。これなら踊れるよね(私はやらないけど)。電子楽器の音もいっぱい入っていますが、生楽器が色っぽく、なんか肉感的な音で、好きな人はハマるでしょう。私もこのアルバムはこれから何度も聞き直すと思う。30年近く前の曲の歌詞が、風俗として今とほとんど変わらず通じるのには「Nippon大丈夫か?」と考えさせられます。私だけでなく国全体が平成ジャンプだなあ。
つづきましては、中村一義です。
岡村靖幸以上になにも知りませんが、たしか「天才」と言われていたはずです。なにがどう天才なのかは知らないんですけど。天才なら最初の作品を聴くべきだろうと思ったので「金字塔」というのをダウンロードしてみました。
中村さんは1975年生まれ、このアルバムは1997年の発売です。岡村くんより一時代若い感じですね。
えー正直、どこが天才かはわかりませんでした。若いのに70年代の古い音をよく知っててセルフプロデュースでまとめられるほど達者なのはわかった。でも我々は原田真二も知ってるしなあ…。最後の曲からどんなメッセージを受け止めれば良いのかもわからず?
でも、聴き終わった後で私には珍しく「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」を(これもApple Musicで)聞き直してしまいました。そういうパワーをいただきました。
でも、聴き終わった後で私には珍しく「Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band」を(これもApple Musicで)聞き直してしまいました。そういうパワーをいただきました。
2019/05/28
Apple Musicで聴く森高千里
週末に出張で特急電車に乗っていて、暇だったのでApple Musicを開いてみたら、今度は森高千里がトップ画面に出ていました。あー懐かしいねえ。「非実力派宣言」のジャケットが見えたのでそのまま聴いてみました。CD買ったわ、あの頃。
南沙織の「17才」をカバーしたことをきっかけに一気に知名度を増した森高千里がその勢いを加速させたアルバムです。この頃は「アルバムで聴く」というのが一般の人にも根付いていました。多分、カーステレオで流しっぱなしにしてたからなんでしょうけど。あの頃はみんな自動車に乗ってましたから。
「非実力派宣言」は森高千里をブレイクさせた記念碑的作品ですが、そうなってくると「俺はその前から知ってた」症候群の人がたくさん出てきたわけですが、そういう人たちが聴いていたのはアルバム「ミーハー」です。森高千里が自分で作詞するようになった最初の作品ですが、今聴くとやはり眠たい。杉山清貴と同じカラオケにちょっとおぼつかない感じで森高千里の声が乗っているミスマッチな感じ。森高千里は歌は下手じゃないけど声が小学生みたいなので、面白いっちゃ面白いんだけど、ちょっとどっちに行けばいいかわからない感じがします。
それが「非実力派宣言」になるとかなりガラッと音が変わります。
印象的なのは 「ぎゅっぎゅっぎゅっ♪」と入ってくるうるさいシンセのフレーズ。その一方で妙にネイキッド?なギターの音の多用。この2つの要素がいかにも「森高千里」の音、という感じがしますし、ここで森高千里はロックになったと思う。ちなみにZARDが出てくるのはこの後なんですね。当時はこの2組の音が似ていることに気がつきませんでしたが。
森高千里は当初はアイドル的に売り出すつもりだったが、そこそこ年齢がいってからのデビューだったので、作詞をさせることでアーティストっぽく売ることにしたようなのですが、その作る歌詞が挑戦的で面白かったので見事にハマったんですね。下に紹介する3枚を遡って聴くと、中途半端なシティ・ポップ風から森高千里自身の詩の力で風穴を開け、それがサウンドプロデュース側に影響を与えてだんだん個性が固まってきたんだということがよくわかります。
彼女が成功したおかげで、若いうちにブレイクし損ねたままトウが立っちゃったアイドルに作詞をさせれば、ちょっとルックスの良いアーティストとしてリサイクルできることがわかり、そこから巨万の富を稼ぎ出すビジネスモデルが確立したようです。
南沙織の「17才」をカバーしたことをきっかけに一気に知名度を増した森高千里がその勢いを加速させたアルバムです。この頃は「アルバムで聴く」というのが一般の人にも根付いていました。多分、カーステレオで流しっぱなしにしてたからなんでしょうけど。あの頃はみんな自動車に乗ってましたから。
「非実力派宣言」は森高千里をブレイクさせた記念碑的作品ですが、そうなってくると「俺はその前から知ってた」症候群の人がたくさん出てきたわけですが、そういう人たちが聴いていたのはアルバム「ミーハー」です。森高千里が自分で作詞するようになった最初の作品ですが、今聴くとやはり眠たい。杉山清貴と同じカラオケにちょっとおぼつかない感じで森高千里の声が乗っているミスマッチな感じ。森高千里は歌は下手じゃないけど声が小学生みたいなので、面白いっちゃ面白いんだけど、ちょっとどっちに行けばいいかわからない感じがします。
それが「非実力派宣言」になるとかなりガラッと音が変わります。
印象的なのは 「ぎゅっぎゅっぎゅっ♪」と入ってくるうるさいシンセのフレーズ。その一方で妙にネイキッド?なギターの音の多用。この2つの要素がいかにも「森高千里」の音、という感じがしますし、ここで森高千里はロックになったと思う。ちなみにZARDが出てくるのはこの後なんですね。当時はこの2組の音が似ていることに気がつきませんでしたが。
森高千里は当初はアイドル的に売り出すつもりだったが、そこそこ年齢がいってからのデビューだったので、作詞をさせることでアーティストっぽく売ることにしたようなのですが、その作る歌詞が挑戦的で面白かったので見事にハマったんですね。下に紹介する3枚を遡って聴くと、中途半端なシティ・ポップ風から森高千里自身の詩の力で風穴を開け、それがサウンドプロデュース側に影響を与えてだんだん個性が固まってきたんだということがよくわかります。
彼女が成功したおかげで、若いうちにブレイクし損ねたままトウが立っちゃったアイドルに作詞をさせれば、ちょっとルックスの良いアーティストとしてリサイクルできることがわかり、そこから巨万の富を稼ぎ出すビジネスモデルが確立したようです。
2019/05/21
Long Slow Distance/鈴木康博
80年代に聴いていた音楽の話は記憶でどんどん書けます(要注意w)。
オフコース脱退後のYassさんこと鈴木康博のアルバムもいくつかApple MusicからiPhoneに落として聴くことができます。ただし、私がフォーカスを当てたいソロ活動最初の10年くらいについては、アルバム単位で落とせるのがこれだけなんですね。ちょっと寂しい。
「Long Slow Distance」は鈴木康博のソロ・アルバム3枚目。1985年の作品です。タイトルは長距離走トレーニングの用語ですね。
おそらくこの頃のYassさんは、活動再開した4人のオフコースを横目で見ながら作品を作っていたと思います。もともと脱退の理由は音楽性の違いではなかったと言われていますので、あっちこっちと合わせてその後のオフコース、といった曲作りになっていても不思議はありません。
当時、私が音楽関係の雑誌記事などから断片的に読み取った情報としては、Yassさんは独立にあたって当時の最新鋭シンセサイザーであるところのフェアライト(たしか1600万円とか言ってた。小田さん愛用のPROFET5の10倍ですね)を購入していたはずです。これはデジタルシンセの走りであり、電子ペンで波形を書くとそのとおりの音を再生できるというものだったはずです。生身のギタープレイヤーである自身とコンピューターサウンドの融合をテーマにしていたようです。
さて、このような前振りがあって、Yassさんは、かたや活動再開メドも発表されないままの古巣を尻目に、1作目のアルバム「Sincerely」を1983年に発表します。私も発売早々に入手して聴きましたが、フェアライトのピコピコではなく、いきなりアコースティックギターとブラス音をメインにしたオーソドックスな曲が流れてきて、ちょっと拍子抜けした記憶があります。「素敵にシンデレラコンプレックス」もいっしょに収録しちゃえばよかったのに(すみません、ミーハーで)。なるほど、Yassさんは一人で完成度の高い音楽を作るためのツールとしてフェアライトを導入したのであって、別にテクノをやりたかったわけではなかったようです。ミディアムテンポの、オフコース時代の湘南海岸シリーズ(?)に近い曲が多かったかな。「潮の香り」の続編のような「入り江」という美しいバラードが収録されています。
翌年の1984年はオフコースが活動再開し、4月にシングル「君が、嘘を、ついた」を、6月には先日ここで書いた「The Best Year of Life」が発表されます。
Yassさんは同年の9月に2作目の「Hello Again」を発表しています。制作過程でオフコース新作の影響があったのかなかったのか、興味深いところです。私は2曲めの「雨がノックしてる」を「君が、嘘を、ついた」のアンサーソングと見ました。
で、やっと今日の本題「Long Slow Distance」の話にたどりつきます。
1985年、年1作のペースを守って3作目のアルバムとして発売されたのがこのアルバムです。私の見立てではYassさんのキャリアの中でももっともヒットを意識して作られた作品だと思います。アルバムの最後に「City Woman」が入っていますが、この曲はWikipediaによると「黄桜マイルドのCMタイアップ」となっていますし、当時なにかのインタビューでYassさんは「『City Woman』は自分の中では演歌」と語っていました。ハッタリの効いたシンセサウンドと覚えやすいメロディはかなり売れセンを意識したものになっています。「Long Slow Distance」は8曲入り36分のわりとコンパクトなアルバムですが、奇しくも小田さんの「K.ODA」がそうだったように「鈴木康博はこういうことができます」というプレゼン資料としてよくできていると思うのです。
そして、久しぶりに通してこのアルバムを聴いてみると、実はYassさんの音楽は意外なほど山下達郎に近いことに気がつきます。メロディとかじゃなくて作り出す全体の音が。オフコース時代、ハ長調カノン進行担当の小田さん、R&Bとハードロック方面担当がYassさんというイメージでしたが、オフコース結成時での音楽的素養はYassさんの方が高かったようですし、音の嗜好が山下達郎とカブるのは不思議ではありません。
要するに、とまとめるのも変ですが、オフコースのふたりでいうとYassさんの方が小田さんよりミュージシャン的というのか職人的な人なんだろうな、と思います。大学でもロボット工学を学んでいたエンジニア志望の人だったんですよね。小田さんは建築家の勉強をして、後に(総合芸術である)映画の監督をやるような人だったわけで、その辺の個性の違う二人の緊張感でオフコースができていたんだなあと思いました。
オフコース脱退後のYassさんこと鈴木康博のアルバムもいくつかApple MusicからiPhoneに落として聴くことができます。ただし、私がフォーカスを当てたいソロ活動最初の10年くらいについては、アルバム単位で落とせるのがこれだけなんですね。ちょっと寂しい。
「Long Slow Distance」は鈴木康博のソロ・アルバム3枚目。1985年の作品です。タイトルは長距離走トレーニングの用語ですね。
おそらくこの頃のYassさんは、活動再開した4人のオフコースを横目で見ながら作品を作っていたと思います。もともと脱退の理由は音楽性の違いではなかったと言われていますので、あっちこっちと合わせてその後のオフコース、といった曲作りになっていても不思議はありません。
当時、私が音楽関係の雑誌記事などから断片的に読み取った情報としては、Yassさんは独立にあたって当時の最新鋭シンセサイザーであるところのフェアライト(たしか1600万円とか言ってた。小田さん愛用のPROFET5の10倍ですね)を購入していたはずです。これはデジタルシンセの走りであり、電子ペンで波形を書くとそのとおりの音を再生できるというものだったはずです。生身のギタープレイヤーである自身とコンピューターサウンドの融合をテーマにしていたようです。
さて、このような前振りがあって、Yassさんは、かたや活動再開メドも発表されないままの古巣を尻目に、1作目のアルバム「Sincerely」を1983年に発表します。私も発売早々に入手して聴きましたが、フェアライトのピコピコではなく、いきなりアコースティックギターとブラス音をメインにしたオーソドックスな曲が流れてきて、ちょっと拍子抜けした記憶があります。「素敵にシンデレラコンプレックス」もいっしょに収録しちゃえばよかったのに(すみません、ミーハーで)。なるほど、Yassさんは一人で完成度の高い音楽を作るためのツールとしてフェアライトを導入したのであって、別にテクノをやりたかったわけではなかったようです。ミディアムテンポの、オフコース時代の湘南海岸シリーズ(?)に近い曲が多かったかな。「潮の香り」の続編のような「入り江」という美しいバラードが収録されています。
翌年の1984年はオフコースが活動再開し、4月にシングル「君が、嘘を、ついた」を、6月には先日ここで書いた「The Best Year of Life」が発表されます。
Yassさんは同年の9月に2作目の「Hello Again」を発表しています。制作過程でオフコース新作の影響があったのかなかったのか、興味深いところです。私は2曲めの「雨がノックしてる」を「君が、嘘を、ついた」のアンサーソングと見ました。
で、やっと今日の本題「Long Slow Distance」の話にたどりつきます。
1985年、年1作のペースを守って3作目のアルバムとして発売されたのがこのアルバムです。私の見立てではYassさんのキャリアの中でももっともヒットを意識して作られた作品だと思います。アルバムの最後に「City Woman」が入っていますが、この曲はWikipediaによると「黄桜マイルドのCMタイアップ」となっていますし、当時なにかのインタビューでYassさんは「『City Woman』は自分の中では演歌」と語っていました。ハッタリの効いたシンセサウンドと覚えやすいメロディはかなり売れセンを意識したものになっています。「Long Slow Distance」は8曲入り36分のわりとコンパクトなアルバムですが、奇しくも小田さんの「K.ODA」がそうだったように「鈴木康博はこういうことができます」というプレゼン資料としてよくできていると思うのです。
そして、久しぶりに通してこのアルバムを聴いてみると、実はYassさんの音楽は意外なほど山下達郎に近いことに気がつきます。メロディとかじゃなくて作り出す全体の音が。オフコース時代、ハ長調カノン進行担当の小田さん、R&Bとハードロック方面担当がYassさんというイメージでしたが、オフコース結成時での音楽的素養はYassさんの方が高かったようですし、音の嗜好が山下達郎とカブるのは不思議ではありません。
要するに、とまとめるのも変ですが、オフコースのふたりでいうとYassさんの方が小田さんよりミュージシャン的というのか職人的な人なんだろうな、と思います。大学でもロボット工学を学んでいたエンジニア志望の人だったんですよね。小田さんは建築家の勉強をして、後に(総合芸術である)映画の監督をやるような人だったわけで、その辺の個性の違う二人の緊張感でオフコースができていたんだなあと思いました。
2019/05/19
Apple Musicで聴く昭和のテクノ
先日、出張中に新幹線の車内でふと「ヒカシュー」という単語を思い出して、「そういえば、Apple Musicで昔のテクノポップとか聴けるんだったかな?」と検索してみたら、なんだたくさんあるじゃないか!というわけでそのまま何枚か聴いてみました。
アルバムタイトルとしては「うわさの人類」の方が記憶に残ってたような気がするけど、「20世紀の終りに」を聴きたかったので1980年作のこちら。リズムマシン、モノシンセによるベース音というテクノポップらしい音と、今思うと劇団ひとりに似た感じのボーカルが、独特の歌い方で押し切るバンド。楽器の音が数えられるようなシンプルなトラック。後年のヤマハのキーボードでそのまま出せるようなコーラス音も使われています。
関連するアーティストのところに今度はPLASTICSを発見!
プラスチックス(プラス「ティ」ックスじゃないんやで)も1980年の作品。知ってる曲は「COPY」。YMOを別格とすると当時のテクノポップではこれがど真ん中だったのではないかな?
どうせ機械が演奏するんだからと、プロっぽいテクニックとかニュアンスとか関係ないところで作られた音楽は当時聴いても単純でしたが、それは当時のテクノロジーの限界に規定されていました。
なんせ、当時の電子楽器はやっと和音が出る(それも4音とか6音とか上限があった)ようになったところで、素人がギターを買うように買える値段のシンセサイザーは、たいてい単音か、せいぜいユニゾンで二つ目のオシレーターを鳴らせる程度。作曲ソフトとかもなくて、物理的に機械で次に鳴らす音(音程、音量、長さ)を指定して並べ、16音符ぶんを自動演奏させる程度のものしかなかったわけです。1曲を再生するにはテープレコーダーに多重録音するしかない。今はタブレットひとつで数段高いレベルの曲を作ることができます。でも、当時はそれがカッコよかったし、演奏能力に関係なくセンスだけを武器に音楽で勝負ができたいい時代だったとも言えます。YMOは別格として。
同じく、ヒカシューのページに関連で出てくるのが戸川純とそのユニット。時代を合わせてゲルニカでいいか、と「改造への躍動」を聴いてみます。これはテクノというよりニューウェイブて感じでしょうか。上の2枚の頃はは高校生でしたが、ゲルニカが出たときは大学生になっていました。
私の大学だけではないと思うのですが、当時はキャンパスに薄ぼんやりと学生運動のにおいが残っていて、そういう残り火的左翼系サークルやら、もっと怪しい宗教系サークルなどが夕方になるとじわじわと湧いてきて活動しているという雰囲気。メディアも今よりずっと為政者に対して批判的だったし、なによりまだ戦争体験をリアルに語れる人がそれぞれの親類縁者にたくさんいて、不用意な勇ましい発言に対するチェックも今より敏感で、それに対する批判ももっと論理的だった気がします。
そんな「偏向報道」が横行する世の中をなんとか変えて、自民党がやりやすいメディア環境を作るため、フジテレビなどが日本人がもう、みんな馬鹿になるような「楽しい番組」を積極的につくり始めたころです。その後、ソ連の崩壊や謎のバブル景気などもあって、この活動は大成功するのですが、そのちょっと前の時代ですね。
私もそういう「もっと資本主義と仲良くしようよ」的なサークルの部室から漏れてくるYENレーベルのレコードの音を、隣の部室でぼんやり聴いていたものです。
ゲルニカのアルバムには、そんな時代の気分を先取りしたような、あるいは茶化したような、戦前の日本あるいは近代化をめざすアジアの独裁国家の唱歌のような曲が並んでいます。YMOの人民服とはつながっているようないないような…。そしてプロデューサーが細野晴臣。当然、音楽性は当時の「雨後の筍」的テクノポップとは全然レベルが違います。
この3作はいずれも80年代の文化の代表として捉えていただいて良いのですが、残念ながらどれを知っていても若い女性にモテるためのツールにはならないところが残念です。
それにしても今思うと80年代というのは何をやってもOKな空気があって、玉石混交ではありますが、思いつく限りのあらゆるおふざけ、不謹慎、楽屋落ちの実験がされた時代でもあります。だから最近のメディアに出てくる挑戦的と評価される文化についても、大概は「あー、はいはいその感じね」で消化できてしまう可愛くない年寄りになりつつあります。
- ヒカシュー/ヒカシュー
アルバムタイトルとしては「うわさの人類」の方が記憶に残ってたような気がするけど、「20世紀の終りに」を聴きたかったので1980年作のこちら。リズムマシン、モノシンセによるベース音というテクノポップらしい音と、今思うと劇団ひとりに似た感じのボーカルが、独特の歌い方で押し切るバンド。楽器の音が数えられるようなシンプルなトラック。後年のヤマハのキーボードでそのまま出せるようなコーラス音も使われています。
- WELCOME PLASTICS/PLASTICS
関連するアーティストのところに今度はPLASTICSを発見!
プラスチックス(プラス「ティ」ックスじゃないんやで)も1980年の作品。知ってる曲は「COPY」。YMOを別格とすると当時のテクノポップではこれがど真ん中だったのではないかな?
どうせ機械が演奏するんだからと、プロっぽいテクニックとかニュアンスとか関係ないところで作られた音楽は当時聴いても単純でしたが、それは当時のテクノロジーの限界に規定されていました。
なんせ、当時の電子楽器はやっと和音が出る(それも4音とか6音とか上限があった)ようになったところで、素人がギターを買うように買える値段のシンセサイザーは、たいてい単音か、せいぜいユニゾンで二つ目のオシレーターを鳴らせる程度。作曲ソフトとかもなくて、物理的に機械で次に鳴らす音(音程、音量、長さ)を指定して並べ、16音符ぶんを自動演奏させる程度のものしかなかったわけです。1曲を再生するにはテープレコーダーに多重録音するしかない。今はタブレットひとつで数段高いレベルの曲を作ることができます。でも、当時はそれがカッコよかったし、演奏能力に関係なくセンスだけを武器に音楽で勝負ができたいい時代だったとも言えます。YMOは別格として。
- 改造への躍動/ゲルニカ
同じく、ヒカシューのページに関連で出てくるのが戸川純とそのユニット。時代を合わせてゲルニカでいいか、と「改造への躍動」を聴いてみます。これはテクノというよりニューウェイブて感じでしょうか。上の2枚の頃はは高校生でしたが、ゲルニカが出たときは大学生になっていました。
私の大学だけではないと思うのですが、当時はキャンパスに薄ぼんやりと学生運動のにおいが残っていて、そういう残り火的左翼系サークルやら、もっと怪しい宗教系サークルなどが夕方になるとじわじわと湧いてきて活動しているという雰囲気。メディアも今よりずっと為政者に対して批判的だったし、なによりまだ戦争体験をリアルに語れる人がそれぞれの親類縁者にたくさんいて、不用意な勇ましい発言に対するチェックも今より敏感で、それに対する批判ももっと論理的だった気がします。
そんな「偏向報道」が横行する世の中をなんとか変えて、自民党がやりやすいメディア環境を作るため、フジテレビなどが日本人がもう、みんな馬鹿になるような「楽しい番組」を積極的につくり始めたころです。その後、ソ連の崩壊や謎のバブル景気などもあって、この活動は大成功するのですが、そのちょっと前の時代ですね。
私もそういう「もっと資本主義と仲良くしようよ」的なサークルの部室から漏れてくるYENレーベルのレコードの音を、隣の部室でぼんやり聴いていたものです。
ゲルニカのアルバムには、そんな時代の気分を先取りしたような、あるいは茶化したような、戦前の日本あるいは近代化をめざすアジアの独裁国家の唱歌のような曲が並んでいます。YMOの人民服とはつながっているようないないような…。そしてプロデューサーが細野晴臣。当然、音楽性は当時の「雨後の筍」的テクノポップとは全然レベルが違います。
この3作はいずれも80年代の文化の代表として捉えていただいて良いのですが、残念ながらどれを知っていても若い女性にモテるためのツールにはならないところが残念です。
それにしても今思うと80年代というのは何をやってもOKな空気があって、玉石混交ではありますが、思いつく限りのあらゆるおふざけ、不謹慎、楽屋落ちの実験がされた時代でもあります。だから最近のメディアに出てくる挑戦的と評価される文化についても、大概は「あー、はいはいその感じね」で消化できてしまう可愛くない年寄りになりつつあります。
2019/05/05
日本の恋と、ユーミンと。/松任谷由実
さて、とうとうユーミンがストリーミング配信されるようになりました。随分と掘りがいのある鉱脈に出会ってしまったものです。
私は兄弟もおらず、基本的に昭和一桁の両親と見るテレビだけで幼少期の音楽体験をしてきましたので、ユーミンのことを知ったのは、随分と年長になってからのことでした。
おそらく最初に聴いたのは母が午後に多分再放送で見ていた連続ドラマの主題歌として使われていた「あの日にかえりたい」だったと思います(なんのドラマだったんだろう。あまり重要なことではないので調べずに素通りしますが)。
私にとっては検証をしないうちにとんでもない大きな存在であることだけが結論として伝えられたのがユーミンです。そりゃ私もバブル時代を生きてきましたし、「私をスキーに連れてって」もレンタルビデオで見ましたから、大人になった頃にはなんとか追いついたんですけどね。
Wikipediaなどで確認してみると、1983年の「VOYAGER」から1995年の「KATHMANDU」までの干支一回りの間、判で押したように11月下旬から12月上旬にアルバムが発売されています。この間、日本人が毎年の暮れになるとユーミンのアルバムを買ってクリスマスを迎えることが国民的行事になっていたということがわかります。恐ろしや。
で、荒井由実時代のことについては実はほとんどよく知らないということで、何年か前に慌てて「ひこうき雲」など買って聴いたりしたんですが、改めて表題のアルバムに収められた曲の中から荒井由実時代の作品に注意しながら聴いていると、そりゃまあ、我々の上の世代が崇め奉るのもよくわかります。私も今後は改めてユーミンの旧作をアルバム1枚ずつ、ゆっくり味わってみようと思っています。
大衆音楽家の先進性というのは、当然、その時代と込みで考察されるべきであり、当時の荒井由実が出てきたときに他にどんな音楽が流行していたかを考えるとその突出ぶりはすごいです。例えばアルバム「ひこうき雲」が発売された1973年のヒット曲をWikipediaでひろってみると、「おんなの道」「喝采」「危険なふたり」とか梶芽衣子「怨み節」とか出てくるわけですよお立ち会い!
若者(大学生あたり)に対象を絞り込んだとしても「神田川」「心の旅」「ひなげしの花」「てんとう虫のサンバ」とか…。おそらく多少なりとも音楽に関心がある人にとっては、1999年当時の宇多田ヒカル「Automatic」がそうだったように、「これは買って聴かなければいけない」とつき動かされるような新しさがあったことは間違いないと思います。
初期のユーミンを聴くことは、はっぴいえんどの流れを汲むキャラメル・ママまたはティン・パン・アレーの演奏を楽しむことでもあります。今の高度に処理されたカラオケを聞き慣れた耳には、多少もたつきを感じさせる箇所もあるような気がしますが、当時最新の演奏法を取り入れ解釈し再現することの初々しさを感じさせ、逆にすーっと聞き流すことを許さない演奏になっていますね。
私は兄弟もおらず、基本的に昭和一桁の両親と見るテレビだけで幼少期の音楽体験をしてきましたので、ユーミンのことを知ったのは、随分と年長になってからのことでした。
おそらく最初に聴いたのは母が午後に多分再放送で見ていた連続ドラマの主題歌として使われていた「あの日にかえりたい」だったと思います(なんのドラマだったんだろう。あまり重要なことではないので調べずに素通りしますが)。
私にとっては検証をしないうちにとんでもない大きな存在であることだけが結論として伝えられたのがユーミンです。そりゃ私もバブル時代を生きてきましたし、「私をスキーに連れてって」もレンタルビデオで見ましたから、大人になった頃にはなんとか追いついたんですけどね。
Wikipediaなどで確認してみると、1983年の「VOYAGER」から1995年の「KATHMANDU」までの干支一回りの間、判で押したように11月下旬から12月上旬にアルバムが発売されています。この間、日本人が毎年の暮れになるとユーミンのアルバムを買ってクリスマスを迎えることが国民的行事になっていたということがわかります。恐ろしや。
で、荒井由実時代のことについては実はほとんどよく知らないということで、何年か前に慌てて「ひこうき雲」など買って聴いたりしたんですが、改めて表題のアルバムに収められた曲の中から荒井由実時代の作品に注意しながら聴いていると、そりゃまあ、我々の上の世代が崇め奉るのもよくわかります。私も今後は改めてユーミンの旧作をアルバム1枚ずつ、ゆっくり味わってみようと思っています。
大衆音楽家の先進性というのは、当然、その時代と込みで考察されるべきであり、当時の荒井由実が出てきたときに他にどんな音楽が流行していたかを考えるとその突出ぶりはすごいです。例えばアルバム「ひこうき雲」が発売された1973年のヒット曲をWikipediaでひろってみると、「おんなの道」「喝采」「危険なふたり」とか梶芽衣子「怨み節」とか出てくるわけですよお立ち会い!
若者(大学生あたり)に対象を絞り込んだとしても「神田川」「心の旅」「ひなげしの花」「てんとう虫のサンバ」とか…。おそらく多少なりとも音楽に関心がある人にとっては、1999年当時の宇多田ヒカル「Automatic」がそうだったように、「これは買って聴かなければいけない」とつき動かされるような新しさがあったことは間違いないと思います。
初期のユーミンを聴くことは、はっぴいえんどの流れを汲むキャラメル・ママまたはティン・パン・アレーの演奏を楽しむことでもあります。今の高度に処理されたカラオケを聞き慣れた耳には、多少もたつきを感じさせる箇所もあるような気がしますが、当時最新の演奏法を取り入れ解釈し再現することの初々しさを感じさせ、逆にすーっと聞き流すことを許さない演奏になっていますね。
2019/03/31
realtime to Paradaise/杉山清貴
一時期完全に更新をサボっていたこともあり、おそらく数少ない定期購読者も去っていかれたことと思います。
一方、ブログの性格上、有名アーティストの名前が散りばめられているので、おそらく検索によって間違って訪問してくださる人も少しはいらっしゃるようです。そういう皆さんにはお気の毒に、としか言いようがないのですが、まあ犬にでも噛まれたと思って勘弁していただきたいと思います。
で、その検索ワードなんですが、最近「杉山清貴」で来てくださる人の割合が意外なほど高い。多少なりとも更新している昨年末以降に気がついたんですが、なんで今「杉山清貴」を検索している方がいらっしゃるのでしょうか?
ずっと謎でした。
ずっと謎でした。
日本の80年代の「シティ・ポップ」が海外(記事によると韓国や東南アジア)で話題になっている。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」がYoutubeで大人気だ、と。
話題そのものは昨年末か今年のはじめにも聞いた気がする内容ですが、天下の日経(MJだけど)が記事にしたとなればこれはもう大人の常識(笑)、本当だろう、と。
ということは、「シティ・ポップ」とはなんぞやと思った若い方が研究のためにネットを彷徨っているうちに「杉山清貴」を検索しているのではないか?と考えてみたわけですが、いかがでしょう?
本当にそんな意図で訪れた方には大変申し訳ありませんが、当ブログでは杉山清貴について過去に手抜きの投稿を一度だけしたことがありますが、彼を含めた「80年代シティ・ポップ」についてちゃんと考えたことはありませんでした。
というのも彼らの全盛期はちょうと鈴木康博脱退後、4人体制になったオフコースの活動時期と重なっていて、私はそちらに気を取られていたということが大きいです。
というのも彼らの全盛期はちょうと鈴木康博脱退後、4人体制になったオフコースの活動時期と重なっていて、私はそちらに気を取られていたということが大きいです。
オフコースも当時はお洒落なサウンドという評価をされていましたが、今聞くとかなりゴツゴツした不器用な音楽をやっていて、当時の私はそのゴツゴツ&不器用さこそがロックだと思って好きでした。
一方その頃、山下達郎を頂点とするもっとシャレたポップスを作る達人たちがいたわけですが、私はシティ・ポップというのはそういう「達者な人」が作る音楽という印象をもっていました。
歌のうまいボーカルがいて、バックはジャズもロックもできるいわゆるフュージョン・バンドの音です。編成はキーボードのいるロックバンドと同じような感じですが、ギターやシンセサイザーの音の選び方、リズムは16ビートが基本なので楽器演奏の手数や力の入れどころなどが違ってより流麗に。チョッパーベースもこれみよがしという感じでなく「やれて当然」の技法としてさり気なく、しかもたくさん使われます。
フォークやニューミュージックがその拙さゆえに素人に音楽を開放し、そこにシンパシーを感じて、素人丸出しのままオリジナル楽曲など作っていた私にとって、シティ・ポップ系アーティストは大衆音楽を超絶テクニックと音楽理論をもつプロフェッショナルの世界に奪い返そうとする、仮想敵でもありました。
そうしてまああれから20年だか30年だか経って、今ではすっかり消費するだけの人間になってしまった気楽な立場で改めて杉山清貴を聞いてみました。
表題のアルバム「realtime to Paradise」はiTunesのストリーミングで提供されています。シングル曲で有名なところでいうと「最後のHolly Night」が収録されています。
表題のアルバム「realtime to Paradise」はiTunesのストリーミングで提供されています。シングル曲で有名なところでいうと「最後のHolly Night」が収録されています。
買い物ついでにちょっと長く歩くことがあったので、ヘッドホンで聞きましたが、「あれ、こんなにシンプルだったっけ?」というのが最初の印象です。もっと楽器の音が多いと思い込んでいましたが、ギターやシンセが倍音たっぷりな音色を使っているのに騙されていたのかも。キーボードがやたらとコードそのままの音階をアルペジオで弾いていて、あ、これならできるわ、とか思ったり。まあでも当時の仲間とお前でやれたか?と言われたらゴメンナサイです。
さて、シティ・ポップがロックと袂を分かっているのは歌詞の世界にも感じられます。オフコースは1960年代の終わりという特殊な時代に生まれ、その中ではあえてメッセージ色を排除した歌を歌っていましたが、そこにも「あえてメッセージを抜く」という思想があったと思います。しかし、80年代のシティ・ポップには最初からそんな葛藤はなく、当時の物質文明を肯定も否定もせずにあたりまえの風景として歌います。それは我々80年代に成人を迎えた世代にとっては自然なことでもあります。まさに一億総中流だったわけですから。
リゾートホテルのラウンジで知り合ったカノジョは長く黒い髪、白い肌、細い肩。しかし翌日ビーチに誘うとまるで別人のプロポーション!
東京に戻って都心で待ち合わせるとパンプスとスーツの彼女が背伸びしながらのベーゼでお出迎え。
帰り道に青山通りを走る白いセダンのヘッドライトはハロゲンライト。黄色くないフォグランプとガラスのサンルーフが装備されています。オートエアコンの操作パネルと重なって配置されるカーステレオは残念ながらまだカセットですが。
私はその頃の若者でしたがこんなに楽しい生活ではありませんでした。
4曲目に「タイをはずして」というタイトルの曲があります。アルバムの曲名の中にこんなタイトルが並んでいる感じ、当時の創作センスを表しているようで、脳みそを内側からくすぐられているような感じになるんですが、他の世代の人にわかるかな?わかんねえだろうなぁ。
4曲目に「タイをはずして」というタイトルの曲があります。アルバムの曲名の中にこんなタイトルが並んでいる感じ、当時の創作センスを表しているようで、脳みそを内側からくすぐられているような感じになるんですが、他の世代の人にわかるかな?わかんねえだろうなぁ。
2019/02/24
Sympa/King Gnu
録画で見たんですが、2月22日のミュージックステーションはなかなか気合の入った出演陣で、久しぶりに早送りをほとんど使わず見せてもらいました。
その中で、知らないロックバンドが出てきたのですが、これがよかった!
King Gnuというバンドで`"Gnu"ってのは昔よくドキュメンタリー番組で出てきた牛みたいな生き物だったかしら、と思って辞書を引いたらやっぱりそうでした。渋い選択。
で、出てきた絵面がワルそう。
しかも演奏している曲がなにやらプログレ入ってる感じのロックで、最近あまり見なかったスタイルです。ストリングス系の音を使ってぎゅんぎゅん転調するし、ちゃんとリズムとってないけどたぶん2拍子、4拍子を切り替えながら、せっかちに次へ次へ進んでいくところも楽しい。
最近テレビに出てくるロックバンドって、前髪垂らした細っこい男の子がブツブツいってるのばっかりだったから、こういうワイルドな感じを待ってた!芝居っ気たっぷりにトラメガで歌うアンチャンの後ろにはマッドキーボーディストまでいるじゃないですか。こういうの大好きだ~。
そんなわけで「2曲続けて」で後攻めをやらされたセカイノオワリがGSに見える(やってる曲が悪かったんでしょうが)という、1980年頃「夜のヒットスタジオ」にRCサクセションが出てきたあと、みたいな場の乱れかた。
その影響はその後もしばらく続き、ケミストリーもJUJUもこの流れでは歌謡曲に聞こえてしまいました。
こりゃアルバム1枚くらい聴いてみないと、とiTunesで検索かけたところ、テレビでやっていた曲「Slumberland」が入っているアルバムがストリーミングで落とせました 。
早速、翌日の休日出勤のときにiPhoneで聴きながらでかけてみました。
まあとにかく、1曲めの短いインストからテレビでやってた2曲め、さらにそこから4曲めまで、次のインストナンバーが挟まるまでの最初のブロックがハッタリが効いてて圧倒的に良い。「Slamberland」の感想は上に書いたとおり、そのまま畳み掛ける感じで3分くらいの尺にアイデアが詰まったテンポの速い曲が続きます。
その様子は、1983年にアルフィーが勝負をかけたアルバム「ALFEE'S LAW」のA面と同じ気合を感じます。
さて、アルバム「Sympa」の後半は、今風の普通さに寄っちゃって少し眠いんで、この次は前半の勢いのまま最後まで走り切るアルバムを作って欲しいな。
その中で、知らないロックバンドが出てきたのですが、これがよかった!
King Gnuというバンドで`"Gnu"ってのは昔よくドキュメンタリー番組で出てきた牛みたいな生き物だったかしら、と思って辞書を引いたらやっぱりそうでした。渋い選択。
で、出てきた絵面がワルそう。
しかも演奏している曲がなにやらプログレ入ってる感じのロックで、最近あまり見なかったスタイルです。ストリングス系の音を使ってぎゅんぎゅん転調するし、ちゃんとリズムとってないけどたぶん2拍子、4拍子を切り替えながら、せっかちに次へ次へ進んでいくところも楽しい。
最近テレビに出てくるロックバンドって、前髪垂らした細っこい男の子がブツブツいってるのばっかりだったから、こういうワイルドな感じを待ってた!芝居っ気たっぷりにトラメガで歌うアンチャンの後ろにはマッドキーボーディストまでいるじゃないですか。こういうの大好きだ~。
そんなわけで「2曲続けて」で後攻めをやらされたセカイノオワリがGSに見える(やってる曲が悪かったんでしょうが)という、1980年頃「夜のヒットスタジオ」にRCサクセションが出てきたあと、みたいな場の乱れかた。
その影響はその後もしばらく続き、ケミストリーもJUJUもこの流れでは歌謡曲に聞こえてしまいました。
こりゃアルバム1枚くらい聴いてみないと、とiTunesで検索かけたところ、テレビでやっていた曲「Slumberland」が入っているアルバムがストリーミングで落とせました 。
早速、翌日の休日出勤のときにiPhoneで聴きながらでかけてみました。
まあとにかく、1曲めの短いインストからテレビでやってた2曲め、さらにそこから4曲めまで、次のインストナンバーが挟まるまでの最初のブロックがハッタリが効いてて圧倒的に良い。「Slamberland」の感想は上に書いたとおり、そのまま畳み掛ける感じで3分くらいの尺にアイデアが詰まったテンポの速い曲が続きます。
その様子は、1983年にアルフィーが勝負をかけたアルバム「ALFEE'S LAW」のA面と同じ気合を感じます。
さて、アルバム「Sympa」の後半は、今風の普通さに寄っちゃって少し眠いんで、この次は前半の勢いのまま最後まで走り切るアルバムを作って欲しいな。
2019/01/02
マリーゴールド/あいみょん
2019年あけましておめでとうございます。
慢性的ネタ不足により更新が停滞しています。英語が聞き取れないのでどうしても日本語で歌われているものを中心に追いかけてしまうことも原因です。そういえば年末に買い物ついでにタワーレコードに行ってみましたが、私が`"Working Girl"を引っこ抜いたあとのLittle Bootsの棚は空っぽのままでした。メーカー欠品(生産終了)か。
さて、年末の大型歌謡番組も見させていただきました。主にレコード大賞と紅白歌合戦。
結論から言うと、「歌謡ショー」としては両方ともなかなかレベルが高くなっていたと思います。全編すばらしいクォリティというわけではないけど、番組制作側で「ここは自信あるからじっくり見て(聴いて)」というメッセージは感じました。例えば「レコード大賞」でいえば、DA PUMPの"USA"のフルサイズ歌唱や、MISIAの2曲とか。紅白もユーミンが出てきてから一気に番組の格が上がり、最後のサザンオールスターズの2曲フル歌唱もいっそ清々しいほどの特別扱いで、しかもそれにちゃんと応えられるところまで成熟した桑田佳祐のエンターテイナーぶりも素晴らしかったです。で、この2つの番組の足を引っ張っていたのが、レコード大賞であれば「大賞の発表」であり、紅白歌合戦でいえば「紅、白、勝ったのはどっち?」という番組の根幹部分だということが面白いといえば面白い。もはやどちらも蛇足です。
レコード大賞受賞曲については、今更ここでどうこう言うものではないのだけれど、念の為、オフィシャルホームページで過去の受賞作リストを確認してみました。
https://www.tbs.co.jp/recordaward/winner.html#winner
毎年じわじわ更新されるリストにどんな曲が並んでいるか。
もしも数百年先に、20世紀後半から21世紀にかけての日本の大衆音楽を研究する人が、当時の第一級資料であるとしてレコード大賞の受賞者リストを参考文献として使用したとします。そこには悲しいことに新御三家も、山口百恵も、松田聖子もB'zも宇多田ヒカルも(ついでに藤圭子も)出てこない。運営側にそんな「歴史を刻んでいる」んだという意識があるのか、もう一度よく考えていただければ幸いだと思います。
さて、この話はとりとめもないので、なにかタイトルになる曲を見つけてこの投稿を締めていきたいと考えているので、今日はあいみょんの「マリーゴールド」を使わせていただきます。
新しい音楽はどこにある?と思って、若い人が作るものは新しいんだろうと思って聴いてみる。あるいは自分で近い将来(ずっと先延ばししているんだけど)、また曲とか作ろうとか思ったときに自分ができることがどこに残っているのかと「お勉強」のつもりで聴いたことのない人の曲を聴いてたりします。
でも、自分を含めた一般人が理解でき、伴奏があれば歌えるメロディというのはきっともう新しいものは出てこないのだろうと思います。今新しいものを作ろうと思うと、それはもうすでにある曲の断片の貼り合わせであり、腕の見せ所はその編集作業ということなんだろう、と。小林亜星が同業者を「盗作だ」と訴えて、驚くことに確かその裁判に勝ったと記憶していますが、あんな5音階の単純なメロディについて著作権を主張することについて、当時は心底驚きました。そんなこと言ったらあのメロディはフォスターあたりがすでに作っていたんじゃないか?「もう私は新しいものは作らない」と決めた人だけが、過去の作品を盾にそういう裁判を起こせるのではないかな?現役のうちは多少の貸し借りはお互い様だろう(しかも裁判になった2曲はたいして似てないし)と思うんですけど。
しかしそれでも、今日も新しいミュージシャンはデビューし、新作を発表し続けています。
あいみょんは1回なにかのテレビで「君はロックを聴かない」という曲を歌っているのを見たんだけど、とりあえず「あいみょん」という1分で考えたTwitterのアカウントみたいなアーティスト名にずっこけて、あまりちゃんと歌が入ってきませんでした。
その後、この年末の一連の大型音楽番組で何回か見ました。
試しにiTunesで検索したらストリーミングでいっぱい聞けるので流しっぱなしにしてみました。「新しい」というよりも、洋楽だったら「カントリー」ってラベルが付きそうな音楽です。自分たちが若い頃に聴いていた日本の音楽ともかなり直につながっているような、世代も年代も限定しない曲に思えます。これが若い人に受けているんだとすると、やっぱりいつの世にも保守本流ってのが必要なんだよな、ということです。平成30年の新しい商品として出す方もいろいろ考えたと思うんですが、あいみょんの場合はテイラー・スウィフトが流行っているのも良い呼び水になったのかもしれないですね。
で、気になる名前については来年の今頃あたりに改名するか名前の表記を変えてくると思いますよ、という予想をして今日はここまで。今年もヨロシク。
慢性的ネタ不足により更新が停滞しています。英語が聞き取れないのでどうしても日本語で歌われているものを中心に追いかけてしまうことも原因です。そういえば年末に買い物ついでにタワーレコードに行ってみましたが、私が`"Working Girl"を引っこ抜いたあとのLittle Bootsの棚は空っぽのままでした。メーカー欠品(生産終了)か。
さて、年末の大型歌謡番組も見させていただきました。主にレコード大賞と紅白歌合戦。
結論から言うと、「歌謡ショー」としては両方ともなかなかレベルが高くなっていたと思います。全編すばらしいクォリティというわけではないけど、番組制作側で「ここは自信あるからじっくり見て(聴いて)」というメッセージは感じました。例えば「レコード大賞」でいえば、DA PUMPの"USA"のフルサイズ歌唱や、MISIAの2曲とか。紅白もユーミンが出てきてから一気に番組の格が上がり、最後のサザンオールスターズの2曲フル歌唱もいっそ清々しいほどの特別扱いで、しかもそれにちゃんと応えられるところまで成熟した桑田佳祐のエンターテイナーぶりも素晴らしかったです。で、この2つの番組の足を引っ張っていたのが、レコード大賞であれば「大賞の発表」であり、紅白歌合戦でいえば「紅、白、勝ったのはどっち?」という番組の根幹部分だということが面白いといえば面白い。もはやどちらも蛇足です。
レコード大賞受賞曲については、今更ここでどうこう言うものではないのだけれど、念の為、オフィシャルホームページで過去の受賞作リストを確認してみました。
https://www.tbs.co.jp/recordaward/winner.html#winner
毎年じわじわ更新されるリストにどんな曲が並んでいるか。
もしも数百年先に、20世紀後半から21世紀にかけての日本の大衆音楽を研究する人が、当時の第一級資料であるとしてレコード大賞の受賞者リストを参考文献として使用したとします。そこには悲しいことに新御三家も、山口百恵も、松田聖子もB'zも宇多田ヒカルも(ついでに藤圭子も)出てこない。運営側にそんな「歴史を刻んでいる」んだという意識があるのか、もう一度よく考えていただければ幸いだと思います。
さて、この話はとりとめもないので、なにかタイトルになる曲を見つけてこの投稿を締めていきたいと考えているので、今日はあいみょんの「マリーゴールド」を使わせていただきます。
新しい音楽はどこにある?と思って、若い人が作るものは新しいんだろうと思って聴いてみる。あるいは自分で近い将来(ずっと先延ばししているんだけど)、また曲とか作ろうとか思ったときに自分ができることがどこに残っているのかと「お勉強」のつもりで聴いたことのない人の曲を聴いてたりします。
でも、自分を含めた一般人が理解でき、伴奏があれば歌えるメロディというのはきっともう新しいものは出てこないのだろうと思います。今新しいものを作ろうと思うと、それはもうすでにある曲の断片の貼り合わせであり、腕の見せ所はその編集作業ということなんだろう、と。小林亜星が同業者を「盗作だ」と訴えて、驚くことに確かその裁判に勝ったと記憶していますが、あんな5音階の単純なメロディについて著作権を主張することについて、当時は心底驚きました。そんなこと言ったらあのメロディはフォスターあたりがすでに作っていたんじゃないか?「もう私は新しいものは作らない」と決めた人だけが、過去の作品を盾にそういう裁判を起こせるのではないかな?現役のうちは多少の貸し借りはお互い様だろう(しかも裁判になった2曲はたいして似てないし)と思うんですけど。
しかしそれでも、今日も新しいミュージシャンはデビューし、新作を発表し続けています。
あいみょんは1回なにかのテレビで「君はロックを聴かない」という曲を歌っているのを見たんだけど、とりあえず「あいみょん」という1分で考えたTwitterのアカウントみたいなアーティスト名にずっこけて、あまりちゃんと歌が入ってきませんでした。
その後、この年末の一連の大型音楽番組で何回か見ました。
試しにiTunesで検索したらストリーミングでいっぱい聞けるので流しっぱなしにしてみました。「新しい」というよりも、洋楽だったら「カントリー」ってラベルが付きそうな音楽です。自分たちが若い頃に聴いていた日本の音楽ともかなり直につながっているような、世代も年代も限定しない曲に思えます。これが若い人に受けているんだとすると、やっぱりいつの世にも保守本流ってのが必要なんだよな、ということです。平成30年の新しい商品として出す方もいろいろ考えたと思うんですが、あいみょんの場合はテイラー・スウィフトが流行っているのも良い呼び水になったのかもしれないですね。
で、気になる名前については来年の今頃あたりに改名するか名前の表記を変えてくると思いますよ、という予想をして今日はここまで。今年もヨロシク。
2018/09/02
Gracia/浜田麻里
久しぶりにブログを更新しながら紹介用の商品リンクを貼ろうと、Amazonのミュージックストアをうろうろしていたら、意外なものを発見しました。
浜田麻里のアルバム。しかも発売は今年の8月。ホヤホヤの新作じゃないですか!
浜田麻里は好きな歌手でしたが、こっちが勝手に懐メロの箱に仕分けしてしまって、すっかり目を離していました。ところが、Amazonのストアを見ていると、この間もずっと数年おきにアルバムを発表していたのですね。申し訳ないことです。
さて"Gracia"はもちろんCDで買うこともできますし、iTunesでも買うことができますが、私はiCloudのアカウントに年間なんぼかお金を払っているので、AppleMusicのコンテンツとしてダウンロードできるようになっています。この利用料はちゃんと彼女のところに分配されるのか仕組みがわかりませんが、とにかく契約者の権利を行使させていただいて、アルバムまるごと入手させていただきました。
さて、聴いてみますと1曲めからすごいスピード感のヘビメタです。ちょっとここまでのサウンドは最近のJ-POP界隈では耳にしないのではないかな?ツーバスドコドコ、ギターは16分音符を休みなく刻み、間奏ではライトハンド奏法も。まあとにかく音符が多いこと!
そして、聴いて驚け、浜田麻里の声が昔のまんま。
30年前、4オクターブとか言われていたころと変わらぬ声域。現代の録音技術もあってか、さらによく聞こえるようになった多重録音のコーラスは人間と思えないほどで恐れ入ります。確か彼女は私と同年輩だったと思いますが、どんな生活をしていればこんなに声が保てるのでしょうか?相変わらず、言葉が鋭く切れ込む、いかにも喉を使いそうな発声なんですが、この人と稲葉浩志の声の出し方はちょっとどういうテクニックを使っているのか想像ができません。小田和正の「とにかく頑張って出す」高音とはまた違うノウハウがあるんだと思うのですが。
無粋なことを言えば、30年前にはすでにハーモナイザーとかありましたから、昔も今も、CDの中だけでなら音声をいじってどんな声も表現することが可能です。でも、彼女に限ってはきっと全パート本当に歌っているに違いない。あえてチャチャを入れるなら、清水ミチコふうに「やっぱりサイボーグだったのか!」とつぶやくくらいで。
若い人にもぜひ聴いていただきたい。きっと刺激を受けます。
浜田麻里のアルバム。しかも発売は今年の8月。ホヤホヤの新作じゃないですか!
浜田麻里は好きな歌手でしたが、こっちが勝手に懐メロの箱に仕分けしてしまって、すっかり目を離していました。ところが、Amazonのストアを見ていると、この間もずっと数年おきにアルバムを発表していたのですね。申し訳ないことです。
さて"Gracia"はもちろんCDで買うこともできますし、iTunesでも買うことができますが、私はiCloudのアカウントに年間なんぼかお金を払っているので、AppleMusicのコンテンツとしてダウンロードできるようになっています。この利用料はちゃんと彼女のところに分配されるのか仕組みがわかりませんが、とにかく契約者の権利を行使させていただいて、アルバムまるごと入手させていただきました。
さて、聴いてみますと1曲めからすごいスピード感のヘビメタです。ちょっとここまでのサウンドは最近のJ-POP界隈では耳にしないのではないかな?ツーバスドコドコ、ギターは16分音符を休みなく刻み、間奏ではライトハンド奏法も。まあとにかく音符が多いこと!
そして、聴いて驚け、浜田麻里の声が昔のまんま。
30年前、4オクターブとか言われていたころと変わらぬ声域。現代の録音技術もあってか、さらによく聞こえるようになった多重録音のコーラスは人間と思えないほどで恐れ入ります。確か彼女は私と同年輩だったと思いますが、どんな生活をしていればこんなに声が保てるのでしょうか?相変わらず、言葉が鋭く切れ込む、いかにも喉を使いそうな発声なんですが、この人と稲葉浩志の声の出し方はちょっとどういうテクニックを使っているのか想像ができません。小田和正の「とにかく頑張って出す」高音とはまた違うノウハウがあるんだと思うのですが。
無粋なことを言えば、30年前にはすでにハーモナイザーとかありましたから、昔も今も、CDの中だけでなら音声をいじってどんな声も表現することが可能です。でも、彼女に限ってはきっと全パート本当に歌っているに違いない。あえてチャチャを入れるなら、清水ミチコふうに「やっぱりサイボーグだったのか!」とつぶやくくらいで。
若い人にもぜひ聴いていただきたい。きっと刺激を受けます。
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この1ヶ月、結果として筒美京平作品をたくさん聴いてきました。Wikipediaによると1967年から専業作曲家として活動しているということですから、40年に渡って流行歌を作り続けているといることになります。作曲家別シングル売上枚数日本一、だそうで、恐ろしいことです。 そして、まっ...
