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2010/01/10

アワーミュージック/相対性理論+渋谷慶一郎

iTSで見つけてしまって、ダウンロードした相対性理論の新作、と言ってはいけないのか、渋谷慶一郎という人とのコラボレーション作品。3曲+バージョン違い4トラックの7曲入り。タイトル曲はM2の「アワーミュージック」ということになってます。

渋谷慶一郎がどういう人かとWikipediaで調べてみましたが、東京芸大卒の電子音楽家としか分からず。21世紀の坂本龍一みたいな人なんでしょうか?東大、東京芸大の非常勤講師というキャリアも書いてあるので本格派なんでしょう。

さて、相対性理論は「シフォン主義」から「ハイファイ新書」の流れの中で、ゴツゴツした手触りがソフィスティケートされて、聴きやすくなったという話を書きましたが、「アワーミュージック」ではそれがさらに洗練されています。
一応、M1の「スカイライダーズ」などには「シフォン主義」からお馴染みのギターの音色が出てきますが、それもすっかり角が取れて今までと違う印象です。
M1からM3を聴く範囲ではピチカート・ファイヴとかICEとかの90年代渋谷系の流れに乗っかってしまって、そういうのも嫌いじゃないけど、それだと面白くない。彼らにはもうちょっと訳の分からない存在でいて欲しいのです。

また、M4〜M6はおそらく渋谷慶一郎によるピアノ・トラックの上でやくしまるえつこがカヒミ・カリィみたいに歌っているもので、バンド・相対性理論としての音とは全く違っています。M7の、タイトル曲のリミックス・バージョンもそう。やくしまるえつこの声は(特にオッサン音楽家の)創作意欲をかきたてる声なんだろうけど、あまりに彼女が突出してしまうと、真ん中の女の子を売りたいだけの、テレビで見られる数多のユニットと同じ構造になってしまう。それではせっかく特徴ある相対性理論の、バンドとしての意味が薄れてしまうのでは?

今回は渋谷慶一郎とのコラボということで、相対性理論はこの方向で行きます、ということではないのかもしれないけれど、もうちょっとバンドとしての展開を見たいです(「やくしまるえつこの声が聴ければハッピー」という人はそれで良しとして、)。

彼らはこの先どうするんだろう?実はそんなに長くやるつもりはないのか?

2009/07/25

シフォン主義/相対性理論

聴き始めたら癖になってきたので、今度はiTSで落としてきました。相対性理論の「シフォン主義」です。こっちが例の「2009年 第1回 CDショップ大賞」受賞作です。
相対性理論 - シフォン主義 - EP

こいつら、やっぱり面白いです。
"Sing that iTune!"というMacのガジェットで歌詞を読みましたが、話の飛躍のしかたが80年代江口寿史的(あるいは「ビックリハウス」的なのかもしれない。僕は読んでなかったけど)で「あるある!」という感じがします。「脳卒中」と「由比ケ浜」という2つの言葉の絶対値が同じであるとする言語感覚については、おそらく説明不能ですが、分かる人には分かる。

予算的に使える機材の制限等もあったと思うから、どこまでがわざとでどこまでが制約によるものかは知りませんが、例のか弱い声のボーカルの、音が取りきれてないところもそのまま直さずに収録されていて、それがまた生々しさを助長する効果になっています。ギターの音も私たちが仲間内で宅録していたころの、「エフェクター繋いでライン録り」の音に良く似ていて、今からでもコーラスの録音を手伝いに行ってやりたくなります。

今の「メジャーなアーティスト」のCDであれば、この素材をトラックごとにデジタルでいじって、ボーカルはピッチ&タイミングばっちり、ギターはエフェクターが何種類使ってあるのか分からないようにパッケージされますが、相対性理論は、というか特にこの「シフォン主義」は生の素材がそのまま見えていて面白いです。「LOVEずっきゅん」の途中で「らぶ〜らぶ〜らぶ〜らぶ〜」というコーラスっぽいフレーズがありますが、普通は多重録音で4つ重ねる(そのくらいは僕らでもやってた)かコンピュータで最初のフレーズのピッチを変えて貼付けるんだと思うけど、ボーカルがはあはあいいながら4回続けて歌ってるのはいつの時代だい(だからこれはわざとやってるんですね)?
この作品をCDショップの店員が1位にした、ということは彼らも今の主流の、仕上げだけはきれいきれいな音楽に辟易としている証拠じゃないでしょうか。

例えば、引き合いに出して申し訳ないけど、相対性理論と良く似た編成でいまや超メジャーな「いきものがかり」という毒にも薬にもならないバンドがありますね?あれはコンビニのサンドイッチのように作られたものですが、「いきものがかり」という全国で大量販売する280円のサンドイッチを作る時に切り落とした耳の部分のようなもの、あるいは最初から三角形の袋に入れることを考えず、個人経営の喫茶店店主が作ったようなものが相対性理論の作品だと思います。彼らはこれから三角形の袋に入ることを目指すのでしょうか?

2009/07/21

ハイファイ新書/相対性理論

20日に銀座に行ってPerfumeの"Δ(文字の選択はこれで良いのか?)"と中川翔子の新作を買って来ようと思ったんですが、「今度こそ本物の松田聖子仕立て」の中川翔子を試聴したらちょっと期待と違ったのでパスしてしまいました。

代わりになにか若いもんの、知らないバンドでも聴いてみるかと店内を見渡すと「CDショップ大賞受賞(CD市場の落ち込みをなんとかしようと「本屋大賞」を真似たんでしょうね)」と書いてあるPOPを発見。相対性理論といういかにも一癖ありそうな名前のバンドの、「シフォン主義」というCDが置いてありました。ところが見たところシングルCDだと思ってしまったので「1曲じゃ分からないよなあ」とすぐ横に並んでいた、見た目にちゃんとアルバムに見えた「ハイファイ新書」の方を買ってきてしまいました。あとPerfumeもね。


帯から読み取れる曲名が「テレ東」「地獄先生」「ふしぎデカルト」「品川ナンバー」「学級崩壊」等で、「きっとキンモクセイみたいな男4〜5人の理屈っぽい連中に違いない」と思って家に帰って聴いたら、意外にもボーカルが女の子。それもカヒミ・カリィとか風吹ジュンのような弱々しい声の。そしてバックはかなり理屈重視かつロックな演奏で、そのミスマッチ振りが80年代にあったような、なかったような。ゲルニカとかの、細野晴臣が探してきてYENレーベルで売り出していたような、ちょっと既視感のある違和感がありました。

買って損だったか、というとある意味「さすがCDショップ大賞」http://www.cdshop-kumiai.jp/cdshop-taisho/だけあって、中身は悪くないです(投票した店員の数がまだ少ないのがちょっと寂しいが)。風吹ジュンのような、とは書きましたがこの弱い声のボーカルの人=やくしまるえつこ(芸名だったらひどいね!)はへたではなさそう。音域も狭そうで狭くない。それからほぼ一人でこの不思議ちゃんな詞と曲を書いている真部脩一という人は、やはりキンモクセイ的な邦楽マニアなんだろうと思われます。
私が一番気に入ったのは「品川ナンバー」という曲ですが、真部さんが筒美京平の流れを汲む作家であることが窺えます。

実は、家に帰ってからiTSで買えることが分かって、「シフォン主義」の各曲を試聴してみました。バックがもっと激しく、ロック好きは「こっちの方が良いのかな?」とも思いましたけど、「ハイファイ新書」の方がボーカルとバックの対比がより効果的になっているし、全体がソフィスティケイトされていて、私はこっちを買って正解でした。
まあ、初めて「はっぴいえんど」を聴くのに「ゆでめん」と「風街ろまん」のどっちが良いか、というようなことだと思います。
シフォン主義→相対性理論 - シフォン主義 - EP
ハイファイ新書→相対性理論 - ハイファイ新書

2009/06/20

ハルモニオデオン/遊佐未森

iTunesでいつのまにか遊佐未森がダウンロードできるようになっていました。
遊佐未森 - Travelogue - Sweet and Bitter Collection
昔のお馴染みのナンバーも入っていたのでアルバム1枚落としてみましたが、音が新しくなっていました。
↓地図をください
遊佐未森 - Travelogue - Sweet and Bitter Collection - 地図をください (Ruby Grapefruits Version)
新しい「地図をください」はウッドベースを使った上品なバージョンになっていますが、オリジナルのゴージャスな音が懐かしくなって、アマゾンで探して中古CDを改めて買い直しました。

超余談ですが、3年ほど前に営業車を運転中にAMラジオで聴いたジュディ・オングの「魅せられて」がすごく良くてアマゾンで落としたら別バージョンになっていて、その音がシンセサイザーで水増しした凡庸なものだったのでがっかりした経験があります。俺はあの、マンドリンの音が聴きたかったのにぃぃいっ!と歯がみしたものです。
遊佐未森のニューバージョンは悪くなっているとは言えないのですが、やっぱりオリジナルのアコースティックギターのカッティングとフレットレスベースが効いた、あの頃の音で「暮れてゆく空は」などを聴きたいのです。

「地図をください」が入っているアルバム「空耳の丘」が1988年、「暮れてゆく空は」が入っている「ハルモニオデオン」が89年。バブルっぽい豪華な副読本がついたこの2枚は初期・遊佐未森を楽しむのに絶好のアルバムです。私は特に「ハルモニオデオン」が好きです。
プロデューサーには外間隆史と太田裕美の夫である福岡知彦の名前がありますが、たしかに初期の遊佐未森は太田裕美のある部分を拡大したような世界が展開されています。そのうちにこの二人を含んだミルキーボイスの系譜なんていう研究もしてみたいものです。
遊佐未森の声は童女のようにも聞こえますが、その中にえも言われぬ色気を含んでおり、多重録音されたコーラス等を聴いているだけで幸せな気分になりますが、特にこの2作のアルバムにおける作り込んだ世界観と手弾きの楽器がたくさん入ったサウンドは、かけたお金がきちんと品質に反映されている良い商品だと思います。

2009/03/08

ギタリズムV/布袋寅泰

こちらはiTSでもダウンロード可能なアルバム、布袋寅泰の「ギタリズムV」です。
布袋寅泰 - GUITARHYTHM V
何度もスペルを目にしているはずなのに、最初に勘違いしていて、私はずっとこのタイトルを"Guitar+ism"、つまり「ギター(至上)主義」という意味だと思って納得していましたが、実際は"Guitar+Rhythm"なんですね。"Rythm Guitar"でもない。

私はBoφwyは聴いていませんでした。だから布袋寅泰に気がついたのはCOMPLEX以降です。ギターのうまい、体のでかいロック・ギタリストという認識。ただ志向する音楽が意外なほど王道路線で、これまでの作品も聴けばかならず良かったという信頼感があります。

さて、今回もさすがほぼ同年輩ということもあってか、私たちが少年時代から現在にかけて好んできたサウンドが上手く発展させた上で盛り込まれていて、iPhoneに取り込んで繰り返し聴いても飽きないし、ちょっとニヤリとさせられる引用もあったりして、ある年代にとっての山下達郎のような効果があります。
ちょっとプログレっぽい(というか"Queen"のような)音色が出てきたり、三三七拍子や「かごめかごめ」が聴こえてきたりして、その辺の元ネタの持ってきかた、選択のセンスがちょうど私のツボにハマります。

また、現代のテクノロジーで磨き上げられたギターサウンドは美しく、どうということもないスケール練習のようなフレーズやコードカッティングでも素人には及びもつかないような音で出てくるのが羨ましいです。しかもその至高のギターサウンドを(もったいなくも?)サンプリングして遊んでいたりもします(M.15 APPLESとか)。

一方、ボーカリストとしてはこんなに飾り気の無い声で歌を入れる人をあまり知りません。最近のJ-POPの、よく練った「歌用の発声」をする歌手の多い中で、無防備と云って良いような声です。杉山清貴のようにそのままで美しい声ならともかく、近所のアンちゃんみたいな声(音程等には問題ない)がそのまんま聴こえてきます。

珠玉のギターとこの無防備な声がほぼ対等なものとして扱われ、その二つが合わさって布袋寅泰の作品であり、「ギタリズム」と名付けながらインストのアルバムではなく、歌ものの体裁をとって発表されているところになにかがあるんでしょうね。

と、ここまで書いてから気がつけば、最初の"GUITARYTHM"が出てから、もう20年以上経っているし、"IV"から数えても15年も間があったんですね(その間に違うタイトルのアルバムは発表されていますが)。全然、そんな気がしなかった!
玉手箱を開けてしまった浦島太郎の気分です。

2008/10/19

GOLDEN☆BEST[Disc 2]/太田裕美

いよいよ息が続かなくなったので、太田裕美の後半を通って現代に戻りましょう。
"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"のDisc2を聴いていきます。

ここ何回分かやってきたように、楽器を持って太田裕美の声域を拾ってみると、デビュー後しばらくはG#3〜B4あたりを地声で出し、C5〜E5あたりをファルセットで出す、というのが一定の範囲になっているようです。その後、低音方面にレンジが拡大してE3くらいまでが使われるようになります。印象よりもキーが低いんですね。
さて、こちらDisc2は、アメリカ留学(?)による休業宣言時に発売された、1981年の「君と歩いた青春」から始まって、帰国後の(どっちかというとファンの方が)ぶっ飛んだニューウェイヴ路線の曲、さらに結婚後の開店休業時代を通り抜けて(2002年)現在に繋がっています。ちなみに太田裕美は今も、伊勢正三や大野真澄(ガロの人)と組んで精力的にコンサートをし、ぽつりぽつりと新作を発表し続けています。

太田裕美は、ヒット曲を連発しているときでもミュージックシーンの真ん中にいる感じではなかったので、彼女の流れを追ってもこの25年間の日本のポップスを振り返れるわけではありませんが、これもまた歴史の側面であるということで、ひとつおつきあい願います。


M1.君と歩いた青春
渡米前の、ファンへのけじめのような形で発売された曲。実は1976年発売のアルバム「12ページの詩集」の中に入っている、ファンにはお馴染みの曲です(たぶん録音はしなおしている)。タイトルがあまりにそのままだったのが、熱心なファンの涙を誘いました。
作詞・作曲は元・かぐや姫で元・風の伊勢正三。この人は「地方出身の大学生が卒業間際に恋人と別れる場面」というネタで詩を書かせると日本一で、他にも「なごり雪」「海岸通り」などがほぼ同じテーマです。「君と歩いた青春」の二人は同郷の幼なじみで、子どもの頃は近所の仲間と男も女も無く自然の中を駆け回っていたが、二人だけが(進学か就職で)上京したようです。同郷の二人が都会で暮らす内に異性としての関係に発展したものの、上手くいかなくなって女の子は故郷に帰る、という話です。
これは、個々のシチュエーションの違いはあれ、二十歳前後の若者にとっては恋愛の黄金パターンです。
「グループ交際」内での(精神的なものも含め)ぬけがけ、三角関係、乗り換え、などを経験するうちに、お互いに深く傷ついたり、「最初に声をかけたのは僕だったよねー」とヤクタイの無い自問自答を繰り返す。そうして若者は大人になったり、なりきらなかったりして生きていくわけです。
同名のアルバムジャケットの、内巻きカールで微妙な表情をしたポートレートには、これまでは皆様の夢(幻想)におつき合いしましたが、この先は分かりませんよ、というメッセージが込められていたように思います。


M2.ロンリー・ピーポーⅡ
太田裕美は半年の予定を延長し、結局渡米による空白期は1年を越えました。アルバム「君と歩いた青春」からおよそ1年半経って、アルバム"Far East"で復帰を果たします。
このアルバムは(買ったので良く覚えていますが)、A面はアメリカ人作家による「ニューヨーク・サイド」、B面はその後展開するニューウェイヴ風「トーキョー・サイド」という成り立ち。A面ではAORな風味満載で、なぜか日野皓正のラッパまで入っています。これもなかなか良いものでしたが、彼女はそちらの路線にはいかずにB面のニューウェイヴ路線を過激に発展させていきます。その勢いは、なにかの反動か、とも思えるものでした。
太田裕美は(私の記憶が確かならば)たった一度「ザ・ベストテン」に出演したときにこの曲を歌いましたが、それはランクインしたのではなく、ニューヨーク生活を小説風に書いた「八番街51丁目より」が一部で注目されたことによる「スポットライト」コーナーでの出演でした。


M3.満月の夜 君んちへ行ったよ
いよいよニューウェイヴ路線が本格化し、作詞には山元みき子(=銀色夏生)の起用が増え、アレンジャーには大村雅朗や板倉文(小川美潮とチャクラをやってた人)、バナナ(=川島裕二?)といった名前が出てくるようになります。
この曲は、まるで「新・怪物くん」のテーマみたいですが、子どもっぽいフォーマットの中に辛辣な男女関係も読み取れる、不思議な世界が展開されます。ここまで過去のイメージを捨てて、やっと太田裕美は年齢を超越するとともに、舌足らずの発音のまま成人としてやることやってる男女の歌を唄うようになれた、とも言えます。
私は、同じく太田裕美好きの友人とこの頃の太田裕美のコンサートに行きましたが、「木綿のハンカチーフ」までもぐじゃぐじゃのニューウェイヴ調で唄う太田裕美をみて、「こんなの太田裕美じゃない」と怒って帰っていきました。"Far East"で予習が済んでいた私には想定内のことでしたが、そういう反応はこのころ全国いたるところで見られたんだと思います。

M4.青い実の瞳
太田裕美流ニューウェイヴ路線の頂点がこの辺り。この頃はジャケット写真もつんつんの刈り上げです(アルバム「君と歩いた青春」とのギャップを見よ)。すでに戸川純がメジャーになりつつある80年代の気分を積極的に吸い込んでいった結果がこれ。



M5.雨の音が聞こえる
1984年に結婚による休業が発表され、ニューウェイヴ路線での活動は2年弱で中断することになります。この曲は太田裕美にとっての「微笑がえし」であり「さよならの向う側」です。作詞は当時のお気に入り山元みき子、作曲は筒美京平。編曲は板倉文とバナナの連名になっていて、当時の路線のサウンドに筒美京平メロディが乗っかっているという作り。確か唯一の12インチシングルとして発売されたと思いますが、私は買ってません。なぜ松本隆が絡んでこなかったのかは良く分かりませんでした。

M6.はじめてのラブレター
1992年に童謡を唄ったアルバム「どんじゃらほい」を発売し、1993年になってオリジナルを発表するようになります。もっとも88年の遊佐未森のアルバムには曲を提供しているので、空白期間中も「内職」はやっていたようですが。「ママドル」を目指していたのかは(その時代にそういう言い方があったのかも)分かりません。

M8.ファーストレディーになろう
これは確か、化粧品販売会社のCMに使われていたと思います(○○レディになろう、ということで)。作曲と演奏にゴンチチが加わっています。太田裕美っていう人は、この辺のカルチャーっぽい人を呼び寄せる力が強い人ですね。
聴いていると、ゴンチチの演奏はカッコいいですし、喉を酷使していないせいか、音域も広がっているようです。
とはいえ、実生活に(たぶん)即した主婦・母親ものは、本人にとってはいちばん素直な表現なのだと思いますが、私ら昔の男の子たちはどこで絡んでいいか良く分からないです。

M9.魂のピリオド
その点、松本隆はツボを心得ていて、久しぶりの松本隆/筒美京平コンビの作品は、ちゃんと恋愛ものになっています。淡い不倫ものと思われる歌詞の内容ですが、おそらく松本隆と太田裕美の、この25年にわたる関係の隠喩であろうと思われます。女性の方が飛行機の切符を隠し持っているからね。

M10.僕は君の涙
太田裕美はソングライターとしてはそれほど鋭さを持った作家ではない、と私は思っています。彼女が書いた曲で印象に残っているのは3曲くらいしかないんですが、これはその1つ。女性がこぼした涙が循環してワインになって彼女の元にもどってきましたよ、という童話っぽい話。たしか「みんなのうた」かなんかで放送されていたと思います。「きーみーの、ひーとみから」の跳躍は筒美京平から払い下げてもらったようなメロディですが、強いて言えばこれが太田裕美節なんでしょう。

M16.風信子(ルビは「ヒヤシンス」)
M13、M14と原田真二、はっぴいえんどのカバーが続きます(そういうミニアルバムを1999年頃出していた)。この曲は私は知らなかったけれど、鈴木茂のカバーだと思います。明るい曲ではないけれど、単純なマイナーコードの曲ではなく、かなり凝った作り。初出がなんなのか分からず、オフィシャルサイトで探したら、2000年に出たベスト盤の特典として入っていたようです。

M17.First Quarter〜上弦の月〜
こちらは1999年に出た11,000円する「25周年メモリアルBOX」に収録された曲。25年間皆勤賞でつき合ってくれたファン向けとして、分かりやすい曲です。アコースティックな中にポップさがあって、たしかにファンは気に入るだろうな、という良くまとまった曲になっています。きちんと照合した上での感想では無いけれど、たぶんポリスの「みつめていたい」を参考にしていると思われます。「みつめていたい」を下敷きにした曲は、いったい日本に何曲あるのだろう?

2008/10/18

南沙織ベストコレクション/南沙織

沢田研二に続いて、もう1枚聴いてから現代に向かおうと思います。先日来拘っていた南沙織です。

本当はiTunesでダウンロードできればいいんですけど、ソニー系は相変わらずiTMSに対してかたくなな態度を続けています。消費者は不便しているので、寛大な心でiTMSに結集していただけないですかね(どうせ負けてんだし!)。


さて本題です。
南沙織は私が小学校の低学年の頃から唄っていたので、ものすごく昔の歌謡曲の人という印象なんですが、年齢で言うと太田裕美や竹内まりやと同学年なので、活躍時期がもう少し遅ければ、私が中学生くらいで夢中になっていてもおかしくなかった人です。デビューが早すぎたんですね。

そして、この「ベストコレクション」のラインナップ(後で紹介します)を見ると、15曲のうち12曲の作曲/編曲が筒美京平(作詞は有馬三恵子)です。そうか、南沙織を聴くことは初期の筒美京平を(アレンジ込みで)聴くことでもあったのか!なんかいろいろと繋がってきます。


先日の「青春歌年鑑('73年)」を聴いている時も突出して聴こえたのですが、この人は絶対歌うまいです、今風の意味で。最終的には彼女はレコード大賞の歌唱賞(最優秀ではない)を受賞していますが、現役時代を通じて、アイドルとしての評価はあっても「うまい」という言われ方はあまりされていなかったように思います。

その理由を考えてみると、一つには、彼女は本土復帰前の沖縄から「来日」してきたということ。これは当時の日本人の感覚では、「舶来品=プレミアム」である一方、「違和感」でもありました。いずれにせよ、「外国人枠」のアイドルだったので、そういう(うまいとかへたとかの)問題をきちんと考察する機会がなかったんだと思います。

もう一つ本質的なところでは、彼女の声がそれまでの歌謡曲にあまりいなかったタイプだからだと思います。
当時の日本の一般大衆が「いい声」と思うのは、小柳ルミ子のような声を頂点とする「音楽学校で発声を習ったソプラノ系」でした。南沙織の声はそれとは対称的な、低音成分の豊かな声で、エレキギターでいうとオーバードライブを繋いだような太さがあります。しかも低音から高音までその発声法が変わらない(すばらしい!)ので、どのくらいの音域があるのかもちょっと分かりにくい。
実際にこの15曲を聴く間、EZ-EGで音を取っていたのですが、確認できただけで下はF3、上はD5と2オクターブ近く使っています。これはポピュラー音楽としては必要十分なレンジです。一人アカペラの達人・山下達郎だって、ラジオで「どのくらい音域がありますか?」と質問されると「下はA(2)、2オクターブ上のA(4)。その上はファルセット」と答えていましたから。

そういうことを考えると、南沙織というのは、この間ずっと活動していた結果、「実力派アーティスト」として扱われている竹内まりやなどと同じグループに入れた方が良いと思います。ただし、非常に若い時にデビューして、評価が固まる前に引退したため、「実力派」としての実績が残ってないことは、傍目にはもったいないですね。
しかし、彼女は人気絶頂の時から「引退」を口にして騒ぎを起こしていましたから、あまり芸能人であり続けることに興味が無かった人なのかもしれませんね(あるいは南国娘の情熱で、恋をするとほかのことはどうでもよくなっちゃう性格だ、という妄想の余地もある)。


それでは、聴いていきましょう。忘れている曲も多かったんですが、聴けば「ああ、これだったのか」と思うものばかり。
M1.17才
「たしかめたくってえー」の2個目の「た」の音が森高千里版より2音階高い。昔NHKのドラマで昭和40年代の風景として子どもがこの歌を唄っている場面がありましたが、ここのメロディが森高版だったので「チェック甘いぞ」と画面につっこんだことがありました。この曲、エレキギターの音が入っていないんですね。

M2.潮風のメロディー
これもエレキギター無し。ビートはエレキベースで支えられています。ストリングスがカッコイイ。近田春夫がよく褒めているのはこの辺なのかしら。

M4.純潔
イントロからエレキギター全開で始まります。ブラスの音も派手で、南沙織にしてはうるさめの曲です。当時の歌謡曲の歌手としてはめずらしく、自分の声をダビングしてコーラスをつけています。後に太田裕美も多用しますし、今では常識ですが、この当時にやっていたということは、南沙織は楽譜が読める人だったのかもしれません。

M5.哀愁のページ
冒頭、英語のセリフが入っています。内容は日本人が考えたような文章ですけど。バイリンガルと声質のせいで、どうしても竹内まりやとキャラクターがかぶります。南沙織も上智大学卒業直前くらいでデビューしていたら、全然違うアーティストになっていたかもしれませんが、そうするとどっちかがいらなくなっちゃうか!

M6.早春の港
アコースティック・ギターのスリーフィンガー奏法がずっと続くこの曲は、当時のフォーク青年の心にも響いたようで、Wikipediaによると吉田拓郎の「シンシア」はこの曲へのアンサーソングなのだそうです。

M7.傷つく世代
子どもの頃はこの曲が一番好きだったなあ。アイドル歌手としての可憐さが爆発している曲。曲もそうだが、南沙織が従来の歌謡曲的テクニックを駆使して、若い女の子としての色気を思い切り使ってみた感じ。

M8.色づく街
彼女の代表曲として有名な曲。「すこしおとなすぎる」のポリリズムっぽいのせ方がアクセントになっています。これだけアイデアが入って演奏時間は2分51秒しかありません。贅沢だなあ。ときどきリズムが走り気味に聴こえるのが味になっています。
このM6〜M8の3曲は甲乙付け難く、1973年は南沙織と筒美京平コンビの絶頂期、という感じがします。

M10.バラのかげり
この辺りの曲は、このまま太田裕美が唄っても全く違和感がなさそう。この曲は「ドール」なんかに似ているので、特にそんな気がします。

M12.思い出通り
M9〜M11が重苦しかったので、ここで一息つけます。この辺までくると声の使い方がかなり多彩になっていて、それまでよりかなり軽く唄えるようになっています。彼女なりに芸の完成に近づいている感じがします。

M13.人恋しくて
筒美京平作品から「春うらら」で有名な田山雅充に作曲家が変わっています。ベースが頑張っていますね。この曲でレコード大賞の歌唱賞だったそうです。上手いだけならM7やM12の方が上手く唄っていると思いますが、こういうものは「欲しい」と言わないともらえないものですから、いろいろ事情があったんでしょうね。

M14.哀しい妖精
作曲がジャニス・イアンという、南沙織の記念碑的作品。作詞はすでに太田裕美作品等でも活躍していた松本隆です。南沙織自身はこういう方向の音楽が好きだったんでしょうね。そういえば、「夜のヒットスタジオ」でアリスと共演してとても喜んでいました。彼女が育った頃の沖縄ではどんな音楽が流行っていたのかしりませんが、もともと日本の歌謡曲よりも外国曲やシンガー・ソングライター的なものへの嗜好が強い人だったのでしょう。


M15.春の予感~I've been mellow~
作詞・作曲・編曲が尾崎亜美。
尾崎亜美の曲としても一番好きな曲です。「タイトルが現在完了形だ」と思ったのは憂鬱な中学生だった頃の僕。事実上、彼女の結婚前の最後のヒット曲でしょう。尾崎亜美はこのブログではまだ触れていませんが、山下達郎と並ぶ、自分でアレンジが出来るシンガー・ソングライターの走りで、まあ一言で言えば天才です。南沙織も唄い方がかなり影響されています。このままニューミュージック方面に突っ走るのも大いにありだったと思うんですが、彼女は主婦(篠山紀信夫人)になることを選択しました。

2008/09/20

GOLDEN☆BEST[Disc 1]/太田裕美

世界で多分数人しかいない、このブログの継続的読者の一人から、「昔の歌謡曲についてもっと書け」との希望をいただきました。

私にとって歌謡曲というのは、生まれた頃からそこにあった空気のような物で、その1曲1曲もまた、いじり様のない完成した製品として見えてしまい、今更分析したりする対象とは思えませんでした。だから、これまでほとんど触れずに来ました。

私が生まれた1960年代前半に流行っていたのは、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家、あるいは中尾ミエ、園まりか。私はオムツをしながら電車の中で唄う子どもだったそうで、最初のレパートリーは「お座敷小唄」だったと我が家では言い伝えられています。自らの意思で唄った覚えがあるのは「星のフラメンコ」です。

また、当時はまだ美空ひばりが第一線のバリバリで、歌謡曲のど真ん中だったと思います。古賀政男とその門下生である遠藤実などが保守本流、かたや洋風の服部良一がおり、その中間あたりに吉田正など。戦前から洋風志向だった服部良一の後継として、ジャズのテイストを前面に出していた中村八大。ジャズ以外にも洋楽ポップスに明るい宮川泰。渡辺プロの全盛期であり、歌謡曲かくあるべしという形式が確立していました。

最近の分類では、古賀政男などの作品を「演歌」と呼ぶことが多いのですが、美空ひばりが自分を「演歌歌手」と称していた記憶はありません。自分が歌謡曲の真ん中なのに、あえてサブジャンルを名乗る必要を感じていたとは思えず、実際、彼女の歌の中にはマンボとかGS風のナンバーも存在しました。「演歌」という呼び方は絶滅危惧種として識別する必要が生じてから声高に叫ばれるようになったと記憶しています。

さて、そんな歌謡曲の世界にいきなり入って行くと体調を崩すかもしれませんので、体を慣らすために改めて太田裕美を聴きましょう。

太田裕美については、このブログや"はてなダイアリー「決して悪口というわけではなく」"で何度か書いていますが、ここでもう一度きちんと書いてみたいと思います。

太田裕美は、スクールメイツにも所属していましたし、事務所は当時の保守本流・渡辺プロ。「キャンディーズ」のメンバー候補でもあったそうです。最終的にスーちゃん(田中好子)と差し替えられたとか、そんな話だったと思います。アイドルグループの真ん中に置くにはルックスがちょっと弱いという(あるいは声質の問題かも?)判断があったのでしょう。
一方、彼女は音楽の学校に行っていたこともあって、ピアノが弾けたこととその声に特徴があった(実力派とは違う)ことや、デビュー年齢の問題などから、普通のアイドルとはちょっと違ったデビューの仕方をします。

それが伝説のロックバンド「はっぴいえんど」出身、新進気鋭の作詞家・松本隆の作品を弾き語りで唄うという、アーティスト志向の路線でした。前年に小坂明子が「あなた」でデビューして、TVで若い女の子がピアノを弾きながら唄うというのが新鮮なスタイルとして受けとめられていたころでした。ただ、小坂明子はルックス的にとんでもなかった(失礼!)ので、「弾き語りで唄う"カワイイ"女の子」としての太田裕美は存在意義がありました。太田裕美は早くから「作詞作曲もできる」という情報が流されていましたが、自作曲はアルバムにこっそり入っていて、TVで唄うシングルは必ず「作詞・松本隆/作曲・筒美京平」でした。自作曲のシングルはDisc1 16曲目の「ガラスの世代」が初めてです(その前に渡辺プロの後輩であるリリーズに提供した「春風の中でつかまえて」が発売されています。ヒットはしなかった、と思う)。


さて、買ってきたのは"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"という2002年に発売されたもの。Amazonで扱っている太田裕美個人名義の商品では一番売れている商品のようです。
Disc1は、デビューから休養宣言直前に発表した「恋のハーフムーン」まで。Disc2が休養宣言後のモラトリアム期に発売した「君と歩いた青春」から2001年まで。

歌謡曲へ戻って行く通り道としてはDisc1を聴くのが適当でしょう。

歌謡曲とニューミュージックには、実はほとんど音楽性の違いは無いのですが、強いて言えば歌謡曲の方が楽器の数が多い。太田裕美のカラオケも豪勢なものが多いです。つまり当時の、ビッグバンドを抱えた歌番組で再現しやすいサウンドになっているってことなんだと思います。
最近はあまり流行りませんが、ちょっと前までオッサンが5〜6人出てきて、真ん中の一人が唄い、あとの人は後ろでたまに「ワワワワー」とか「シュービルビッ」とか言ってるグループがいくつかあったでしょう?「あの人たち何やってるの?」と思いますが、あの人たちは売れてTVに出る前、キャバレーやクラブで唄っている時にはそれぞれ楽器を担当していたのです。TVに組み込まれたとたんに自分たちでは演奏できなくなったんで、あんな変なことになっちゃっていたんです。それが歌謡曲時代の歌番組のシステムだったのです。

そういう意味では太田裕美も基本的には歌謡曲のシステムから独立していたわけではありません。ただ、ビッグバンドに頼りつつもピアノに座り、自分で弾きながら唄うという姿勢は、そのピアノの音がTVから出てくる音に反映していたかどうかはさておき、小さな抵抗のひとつでありました。それは、後に歌番組でも自前のバンドで唄う(テープを回してのエアギター、エアドラムかもしれないけど)「ニューミュージックのアーティスト」たちに繋がる、蟻の一穴だったかもしれませんよ。

では、聴いていきましょう。

M1.雨だれ
全体を覆うヒスノイズに時代を感じます。
ピアノとアコースティックギターが中心ですが、イントロとサビのところで渦を巻くようなストリングスがかぶってきます。そのストリングスの渦の中で、必死なファルセットで唄う太田裕美の声を一生懸命拾って聴くうちに、「俺が守ってやらなきゃ!」とマインドコントロールされる魔性の1曲。

M2.たんぽぽ
タイトルだけ見てフォーキーな曲なのかと思うと、やはりストリングスが頑張る曲。私、この曲はちゃんと聴いたこと無かったんですが、サウンドとしては野口五郎的ですね。

M3.夕焼け
イントロの楽器はなんでしょうか?リリースのところでオクターブ下の音が加わる金属製の楽器のように聴こえるのですが、シンセサイザーはまだ使っていないと思うのです。ローズピアノの高音部をオクターブで弾いてるのかな?

M4.木綿のハンカチーフ
記録に残らず記憶に残るのが太田裕美。この曲は大ヒットでありながら、その期間はずっと「およげ!たいやきくん」が1位に居座っていたため、オリコンのベスト1になったことがないのだそうです。この曲ではもう、TVではピアノは弾いていませんでした。各コーラスの前半が都会に出て行った男の子の気持ち。後半が田舎で待っている女の子の気持ち。1975年頃は、一度東京に出て行くと、帰省もままならなかったんですね。男のセリフと女のセリフを順番に唄う、という松本隆お得意のパターンはここから始まったようです。斉藤由貴の「卒業」はこれとほぼ同じ話を、女の子の視点だけに絞って書いたものですね。

M5.赤いハイヒール
木綿のハンカチーフで田舎に残された女の子が一大決心をして東京に出てきた、というM4の続編(と思う)。今度は前半が女の子で、後半が男の子。都会に疲れた女の子に、男の子が「僕と帰ろう」と言ったことで、はっぴいえんどになりました。大ヒットを受けて、レベルを少し上げていて、私はこっちの方が曲として優れていると思う。サビの間、ずっと「とてとてとてぽよよん」と延々と引き続けるギターの人、大変そう。

M6.最後の一葉
O.ヘンリーの短編を元ネタにした難病もののストーリー。この曲はTVでもピアノを弾いて唄っていたような気がしますが、うろ覚え。2番の後のアンコ部分の後、たっぷりためて一気にフィナーレに向かうアレンジはとっても豪華。本人もだいぶ声が出るようになっていて、M1の頼りなさがかなり克服されています。この曲、録音の時はオケと同時録音したんでしょうか?カラオケだと合わせるの難しそうですね。

M7.しあわせ未満
これ大好き!ストリングスも入っているけれど、サウンドがバンドっぽくなってます。途中で転調するんだけど、無理矢理な感じが無くて、必然性があってやってる感じで趣味が良い。「もっと利口な男探せよ」っていうところでなんかじーんとする。これは全編男言葉なんだけど、太田裕美は男にならずに、登場する女の子の方になっているでしょう?後でまとめますが、これはとても不思議な表現なんですよ。

M8.恋愛遊戯
この辺から、太田裕美を年齢に即した大人にしよう、という考えが楽曲に滲んできます。アイドル歌手としてはデビューが遅かったので、比較的この大人化問題が早く出てきてしまいました。今考えると実年齢に拘りすぎたんじゃないかなあ。

M9.九月の雨
「太田裕美白書」などの文献をあさると、筒美京平は「ABBAを意識したんだけどなんか違っちゃった」ということなんですが、ABBAというより、イタリア映画の音楽みたいです。太田裕美のナンバーの中ではもっとも歌謡曲色が強い曲だと思います。オケの人数が多すぎた?スケールが大きく、3コーラスの構成ですが、3番の前半で転調&メロディも変えて一気に盛り上がります。この曲も僕の何かに引っかかっていて、毎年9月1日に車の中でラジオを聴いていると必ず耳にするのですが、その度に運転中にじわーっと来ています。「きーせつーにー」のファルセットがツボなんですよ。

M10.恋人たちの100の偽り
「九月の雨」は今となってはあまり権威が無くなった「年末の賞レース」に太田裕美なりに挑戦した曲でした。当時はTBSの(今もやってる)レコード大賞、その他の民放各社で持ち回りの「歌謡大賞」があった他、各放送局がそれぞれに音楽賞をやっていました。太田裕美はそれらに沢田研二や山口百恵らに交じって、ほぼ皆勤賞で出ていました。結局ノミネートはされても主要な賞は受賞できず、その後はその手の番組とは縁がなくなるのですが、その前後から喉の故障をおこしてファルセット部分が極端に苦しい唄い方になっていました。
この曲のサビのファルセットが自分の声でダブルにしてあるのは、その辺もあるのかな?と思います。地声部分もかなりハスキーになっていて、結局この声がその後の太田裕美の声になります。サウンド的にはまた小編成バンドよりになっていて、私はこの方が好き。

M11.失恋魔術師
あれえ?僕の知っているのとアレンジが違う?僕が知っているのは「背中あわせのランデブー」に入っている方で、イントロが「ちゃーららら、ちゃーららら、ちゃーちゃちゃっちゃちゃー、ぽわぽわぽわぽわぽわお〜ん」の方なのですが、シングルはこうだったのかしら?まだまだ知らないことがたくさんあるなあ…。この曲は例外的に作曲が吉田拓郎です。この頃、A面が吉田拓郎作曲、B面が太田裕美作曲という企画アルバムを出していて、それが前述の「背中あわせのランデブー」で、シンガー・ソングライター路線への布石を打っています。この曲もよく聴くと、メインは女の子の言葉ですが、途中で「失恋魔術師」のセリフになっています。松本隆もかなりしつこいですね。

M12.ドール
と思ったら、また歌謡曲路線のシングルになりました。このへんレコード会社がどういうつもりだったのか、知りたいですね。基本的にコアなファンが手にするアルバムはアーティスティックにして、シングルは一般大衆が手に取りやすいもの、という使い分けをしていたようです。「新譜ジャーナル」なんかも太田裕美のアルバムはちゃんとレビューを載せていましたからね。松本隆の歌詞はどんどん深くなって行くのですが、この曲でいうと、太田裕美に横浜は似合わないと思う。彼女はやはり武蔵野に置くべきでしょう。

M13.振り向けばイエスタディ
ドールまではラジオのベストテンくらいには引っかかっていたのですが、この曲あたりからは同世代でも「知らない」と言われる可能性が出てきます。アメリカで録音したアルバムからのシングルカットです。バックのコーラスとかすごい本格的ですし、ストリングスなんかも臨場感が上がっていますよね。あと、ファン的には新鮮というかショックというか、この曲ではトレードマークのファルセットを使っていません。

M14.青空の翳り
年末賞レースの代わりに(?)東京音楽祭にこの曲で参加していました。つまりアーティスト路線で行くぞ、という宣言をしたわけですね。この曲もファルセットはごくわずかで、地声を中心に歌唱力をアピールしようとしています。ニューミュージック的にいい歌なんですが、特徴が無いんだよなあ。

M15.シングルガール
そして揺り戻しの歌謡曲路線です。CBSソニーどうしということなのか、阿木燿子/宇崎竜童という百恵ちゃん用の布陣を借りて作られています。曲としては仕掛けもいっぱいあるし、良い出来だと思いますが、ちょっと本人のイメージと違う感じ。中原理恵が唄った方が似合いますね。

M16.ガラスの世代
いかにも松本隆みたいな歌詞ですが、実は作詞はちあき哲也。「木綿のハンカチーフ」の後日談的なものを…という趣向なんだと思うのですが、かなり隘路に迷い込んでいる感じがします。とはいえ、記念すべき初の本人作曲によるシングルです。

M17.南風
鳴かず飛ばずだった歌手がCMのタイアップひとつでブレイクして行く中、なぜか太田裕美はCMタイアップに縁がありませんでしたが、ようやく「キリン・オレンジ」のCMに採用されました。これで一息ついて、無事に紅白歌合戦への連続出場を5回に伸ばしました。よかったねえよかったねえ。アダルト路線もアーティスト路線もひとまず保留して、C&Wをエレキギターでやってるだけのような感じがしますが、太田裕美「中興の祖」として網倉一也の名前は一応、記憶されています。

M18.黄昏海岸
これも網倉一也作品です。こちらの方が曲としては出来が良いと思いますが…。

M19.さらばシベリア鉄道
大滝詠一が「ロング・バケイション」で大復活する直前、習作のつもりなのか太田裕美に提供したのがこの曲。ロンバケのラストにも入っていますが、「アンコール!」の後なので、おそらく太田裕美用の曲をセルフカバーしたボーナストラック、という位置づけなのだと思います。作曲が大滝詠一なので、作詞も久しぶりに松本隆で、実はこのコンビが久々に復活したのもこの曲からです。このふたりが再び手を組むときに太田裕美が接点だった、というのはちょっと誇らしい感じです。この後、1年の間で、アルバム"A LONG VACATION"の大ヒットがあって、さらに松田聖子の「風立ちぬ」が発売されているんですよ。

M20.恋のハーフムーン
「ロンバケ」ヒット御礼なのか分かりませんが、編曲も大滝詠一がやった完全なナイアガラ・サウンドでできているのがこの曲(M19の編曲は萩田光雄)です。ベースが同じ音をずーっと弾いて行くサビがカッコイイ!「いえるのぅっ」の泣き節はそれまでの太田裕美では聴いたことが無い声の使い方です。この曲、もっと評価されても良いと思うんですが、みんな忘れてるんだよなあ…。

というわけで、Disc1全曲を聴いてみました。

こないだもちょっと書いたんですが、太田裕美は、M4、M5、M7のように男言葉をしょっちゅう唄っているのですが、そのとき決して「男役」をやらないのです。坂本冬美が男の歌を歌う時は男になっているでしょう?太田裕美はあくまでもその男の子の独白の中に出てくる相手の女の子なのです。「アランドロンが好きな面食いの女の子」が太田裕美なのであって、金もないのに家事も手伝わずにうじうじしている男の子の役なんてやってないのです。この構造が嵌まるのはたぶん彼女だけで、とても不思議です。

2008/09/07

One more time,One more chance/山崎まさよし

山崎まさよしの声の出し方は面白いです。
路線としては町田義人や、クリスタルキングのサングラスの方の人なんかの方面だと思っていますが、それらをもっと作り込んだ声って気がします。
デビュー間もない頃の宇多田ヒカルが、よくモノマネをしていました。私は彼女のファーストツアーの仙台公演に行きましたが、そこでも「うほぅちへかひぇろぅぉふぉ〜ん」ってやっていました。あまり似てなかったけど。似なくても、面白いから真似したくなるんですね。

"One more time,One more chance"は去って行った恋人への断ち切れない思いを未練たらたらで歌い上げ、しかもいるはずのない場所でも探してしまうという、少し精神状態が怪しくなりかけている男が主人公。しかもこの男、そのわがままがまた愛しいとか言って、つきあってる間もすごい弱気に彼女に接していたらしい。こういう男は別れた後もストーカーになりそうです。山崎まさよしはぱっと見モテそうなんで女性が聴いても引くことはないかもしれませんが、歌詞を読むとかなり怖いです。何について歌っているのか分からない歌に比べれば、そういうの好きですけど。

曲の方はとても普通です。
私は「心拍数」に入っているライブ音源で聴いていますが、「風街ろまん」で細野晴臣ががんばってる曲みたいで、目新しい感じはあまりしない。
そんなこの曲のキモは、サビの畳み掛けの部分です。この曲を私が最初に聴いたのは、スーパーマーケットでかかっていた有線放送だったと思うのですが、そのちょっと前に趣味で録音した自作曲のコーラスに似ているな、と思いました。どういうことかというと、1990年頃に作ったオリジナル曲を1993年に焼き直しで録音し直した時、オフコースの「たそがれ」に「インスパイア」されて、大きい音符のメロディの後ろで別の歌詞でコーラスをつけたんです。
つまり、全体の構成やコード進行は動かせないものとしといて、そこに言いたいことを嵌める、というやり方です。おそらく"One more time,One more chance"も全体の尺とコード進行を先に決めちゃった中で、もがいて作った作品なんだろうな、と想像してみました。

この人もカバー・アルバムを出していますね。

2008/02/03

太田裕美 オール・ソングス・コレクション/太田裕美

「たのみこむ」のメールマガジンで恐ろしい企画が成立したことを知りました。
「太田裕美 オール・ソングス・コレクション」39,800円。

全てのオリジナルアルバムとシングル曲。おまけにレア音源集、CMソング集など全部で25枚組とのこと。
詳しくはこちら。→Sony Music Shop オーダーメイドファクトリー
現役アイドル風本人の音声によるコメントまで載せて、煽っています。

情報も刻々と更新されているようで、今見たところでは「メタモルフォーゼください」が入ってないように見えるが、Disc25のCMソング集に収録されるんでしょうか?予約期間は2月11日まで。気になるが、私のサイフは若干余裕が足りなくなっております。ちゃら〜ん!

2007/09/01

九月の雨/太田裕美

9月になったので、9月の歌を。

私の太田裕美ファン歴は1977年発売の「九月の雨」から始まります。当時私は中学生でしたが、前年に大ヒットした「木綿のハンカチーフ」はあまり好きではなかった。ちょうど父の転勤で首都圏から愛知県に都落ちした頃で、田舎の女の子と都会に行った彼氏の物語が癪に障ったのかもしれません。
その後の「しあわせ未満」、「恋愛遊戯」がお洒落で、その頃から意識して聴くようになり、「九月の雨」が入ったベストアルバム"Hiromi Selection"をお小遣いで買ったところで完全にハマりました。そのLPジャケットが実物の3割増くらい美人に写っていたこと、年齢不詳の声が私から見たら8歳もおねえさんなのにもかかわらず親近感をもてたこと、の2点が大きかったですね。

さて、「九月の雨」は太田裕美のシングルの中でも例外的に歌謡曲よりの曲です。
彼女は実際には当時最大手の芸能プロダクションに所属しており、変わった声のアイドル歌手として芸能生活をしていても不思議の無い人でしたが、ピアノの弾き語りが出来たことと、はっぴいえんどでその日本語ロックの作詞をほぼ一人で担当していた松本隆が(後に小室哲哉が華原朋美に入れ込んだみたいに)プロデューサー的に関わることで、フォーク・ロック的な楽曲を歌う、独特な存在でした(まだニューミュージックという言葉は流通していなかった)。
特に前作「恋愛遊戯」が当時としてはかなりお洒落なボサノバだったので、歌謡曲ど真ん中な「九月の雨」には、子供なりにちょっと戸惑いました。彼女はこの曲で年末の賞レースにもほぼ皆勤賞で顔を出し、その意味では一回ちゃんと歌謡曲として評価をもらっておこう、というような戦略もあったのかもしれません。

なお、太田裕美本人の著書「太田裕美白書」によると、筒美京平は「九月の雨」をABBAを意識して作ったのだが、ちょっと違ってしまった、ということらしいです。2コーラスが終わってから転調して畳み込んでくる大サビが素晴らしく、しかし太田裕美がその声の性質上たたみこめない非力さが却って感動を呼ぶという、不思議な効果を生んでいます。

2007/07/22

夏草の線路/遊佐未森

出張続きで更新できませんでした。今日から再開です。

さて、今日のお話は遊佐未森です。
「夏草の線路」はアルバム"HOPE"に入っていますが、このアルバムは遊佐未森の、初期路線の完成と思われる作品でした。この後、私の印象では楽曲がどんどん地味になってしまい、聴くのが辛かった時期になります。「アルヒハレノヒ」で突然、ご乱心のような路線変更(それは長く続かず、また元に戻って行ったようですが)をするまで、私の中では空白となっています。

初期の遊佐未森は、外間隆史という人がプロデュースをしていて、作曲もその人がやっていました。しかしアルバムの中ではこっそり太田裕美が1曲くらい提供していました。私は太田裕美が好きだったので、1990年前後という時期に太田裕美に曲を発注する歌手とはどんな人だろう?と興味を持って聴き始めました。最初に買ったのは3rdアルバムの「ハルモニオデオン」です。これを聴いて、そこから1stまで遡ってアルバムを買い、さらに次作の"HOPE"も買ったのです。

「夏草の線路」はiTMSでダウンロードできますが、バージョン違いで"HOPE"版よりもおとなしい音になってしまって残念です。

遊佐未森 - Travelogue - Sweet and Bitter Collection - 夏草の線路 (Ruby Grapefruits Version)

私は外間隆史作品の、がちゃがちゃとした音作りの方が好きだったので、できればオリジナルである"HOPE"版で聴きたいです。

さて、私にとって「平成の太田裕美」だった遊佐未森ですが、偶然なのか何かの狙いがあったのか、この曲と前後して本家(?)の太田裕美が同じ鉄道つながりということか、JRのCMで「メタモルフォーゼください」という曲を唄いました。この2曲は曲調もちょっと似ていますし、お互いが曲を交換して歌ってもほとんど違和感がないできです。ただし、この曲は高額なCDセットにしか入っていないようで、簡単に参照してもらえるリンク先が無いのが残念です。

2007/07/16

私がオバさんになっても/森高千里


変わった声ですよね。話す声がこんな感じの女性は時々いますが、プロの歌い手で彼女以前にこういう発声で出てきた人を私は知りません。小学生が先生になんか言いつけるときの声です。なのに歌の中身が結構生っぽい大人の女性の心情なので、そのギャップにみんな騙された(本人は騙したつもりではないでしょうが)、のではないでしょうか?

先日、持田香織を変形アイドルと決めつけましたが、では森高千里はどうか?

何かで読んだところでは、アイドルとして売り出すには歳がいっていたので、詩を書かせてアーティストということで売り出した、というような裏話があるようです。
ただ、本人やスタッフの思惑はどうであれ、彼女の詩は中身がちゃんと詰まっており、その内圧から、過程はどうであれ結果としてアーティストとならざるを得なかったと思います。
どっちが上、とか高級だ、ということでなく、シンガー・ソングライターと他人が作った歌を唄う歌手とでは、体質の違いがあるんじゃないでしょうか?純粋な歌手として成功するには、森高千里が持っていた内圧とは逆に、内側が真空みたいな人がいいんだと思います。

それにしても、20代の美人女性が「私がオバさんになっても」というタイトルで歌詞を書く、自分に対する冷徹さ(というか諦観というか)はすごいなあ。自分が中年になるということに対して、男は意外と自覚が無いと思います。一足飛びに「引退後」とか「老後」をぼんやり夢想することはあるけれど、「中年になる」覚悟って、僕はしたこと無かったわ。なっちゃったけど…。

2007/06/26

ピッツァ・ハウス22時/太田裕美

実体不明な「ニューミュージック」と驚異の雑食性ジャンルである「アイドル歌謡」、二つの曖昧なもののそのまた中間に位置するといわれた太田裕美の、78年発売のアルバム"ELEGANCE"に入っている1曲です。
作詞:松本隆、作曲:筒美京平。当時の黄金コンビの作品です。

業界潜入ルポみたいなタイトルですが、この曲はアカペラのコーラスから始まり、伴奏1小節で歌に入ります。当時の歌謡曲としてはとてもおしゃれでした。

「ピッツァ・ハウス22時」はお馴染みの「木綿のハンカチーフ」や「赤いハイヒール」と同様に、男女の対話形式で話が進みます。この頃の松本隆お気に入りのパターンです。「木綿〜」や「赤い〜」は、1コーラスの中の前半と後半で男女が入れ替わりますが、この曲ではじりじりと転調しながら1コーラスずつ男・女・男・女と歌詞が入れ替わっていきます。

学生時代につきあっていて、卒業前後に別れた恋人どうしが何かの機会で久しぶりに会い、二人でよく来た夜のピッツァハウスでワインを飲みながら話をしているという話です。ネクタイ姿が様になってきた彼と、大人びてきた彼女は、核心に触れるのを避けるように友人の話題などを語りながら場を繋ぎます。最後に、お互いによりを戻そうかと思うけれども、どちらからもそれを云えずにまた他人に戻ってそれぞれの生活に戻って行く(のだと思う)、という曲です。どうして21時でも23時でもないのかというと、当時の太田裕美の年齢(22歳)に掛けているからです。

当時の太田裕美は、シングルは歌謡曲的な売れ線の作品でヒットを狙い、アルバムはニューミュージックよりの、アーティスティックな方向で制作するという戦略をとっていました。このやり方は少し後に、松田聖子がアイドル歌謡からスタートして徐々に楽曲のレベルを上げ、セールスと音楽性を高いレベルで両立させたことで大きく花開くことになります。太田裕美は松田聖子のプロトタイプであった、と私は思っています。

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...