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2019/05/03

K.ODA/小田和正

 連休中に気が大きくなったので、iMacの画面下で鳴らすためのBluetoothスピーカーを買ってきました。BOSEのSondLink Mini Ⅱです。ビックカメラのポイントが何千円ぶんかあったので、ちょっと足してJBLあたりの8,000円くらいのを買ってくるつもりでしたが、たまたま「再販されました!」とか書いたPOPがついてたもんだから。
 おかげで予算に対して経費が倍になってしまいました。

 さて、新しいスピーカーで何を聴こうかと思うと私の場合はオフコースの「over」がどう聞こえるのかってことになっているのですが、そういえば久しぶりに昔の小田さんも聴こうかと思って、昔カセットで買った気がする「K.ODA」を改めてiTunes Storeで落としてみました。バラで1曲250円、アルバム8曲2,000円。まんまやん!

 さて、この「K.ODA」はオフコースの末期活動中だった小田和正が満を持す形で世に問うた初のソロアルバムです。発売は1986年、この後オフコースを1989年に解散、あの「ラブ・ストーリーは突然に」が1991年です。
何も知らない人に「小田和正は何を聴けば良いか?」と尋ねられたら、ソロならこのアルバム(オフコースなら「over」と「The Best Year of My Life」ね)と答えます。そのくらいこのアルバムは小田和正のど真ん中にあるアルバムだと思います。オフコース好きだけど、松尾一彦の声とかいらないんだよねー、という人、小田さんの声だけでオフコースを聴きたい人はこれを聴けば良い。そのくらいオフコースの音楽と地つづきですし、「ラブ・ストーリー〜」以降の小田サウンドへのブリッジとしてもわかりやすいです。

 1曲めのタイトルが「切ない愛のうたをきかせて」。すごいでしょ。時はニューミュージック末期、数年後にはレコード屋さんのコーナー分けも「J-POP」とか書き始める寸前のこの頃、小田さんが見つけた「ニューミュージック」の最終定理の解=「切ない愛のうた」が最初に置かれているわけです。実は玉置浩二も気づいていたようなのですが、タイトルとして残したのは小田和正でした。オフコース自体は自分たちが「ニューミュージック」であると規定していたわけではないようですが、それはL'Arc-en-CielやGLAYが「俺たちはビジュアル系じゃない」と言っていることと世間の目のギャップ、とほぼ同じことなんだと思います。

 「K.ODA」に戻りますが、小田さんが作る切なくて売れそうな曲の展示会のようなアルバムで、どれをシングルにしてCMタイアップにしても絶対嵌る、捨て曲が一つもないです。

2011/08/21

どーも/小田和正

いつ聴いてもおんなじシリーズ第二弾(?)で小田さんも聴きました。
最新アルバム「どーも」です。

小田和正と山下達郎のどこが違うかっていうと、「根っからのミュージシャン度合い」でしょう。
小田さんはミュージシャン(芸人)としての自覚があまりない人です。

山下達郎は「Ray Of Hope」発売にあたって集中的にメディアのインタビューを受けています。その中では「現代のインターネットの影響下での音楽消費を考えると、ミュージシャンが楽曲販売によって収入を得るモデルは難しく、今後のミュージシャンは演奏会(ライブ)入場料を収入とする、原始的な方向に戻るのだろう(大意・確か上杉隆の番組でした)」と言っていました。
つまり現場でウケる力がある、ミュージシャンらしいミュージシャンの時代になるということでしょう。「ゆず」なんかは多分大丈夫。

さて、小田和正は山下達郎に比べると明らかに楽曲販売系アーティストであり、歌声以外のパフォーマンスについては若い頃から不問にされていました。
本来、小田さんは高学歴で運動神経も良く、なんでもできる人です。
音楽家として成功していなくても、例えばビフォーアフターで「空間構成の完璧主義者と呼ばれる匠」として登場していたかもしれないし、7時のニュースの中で自民党政調会長として民主党幹部と会談する映像が流れても全然違和感がない。
バブリーな言い回しをすれば「血中ミュージシャン濃度」がとても低いようにみえるのに成功している人(それだけ器がでかいんでしょうね)です。
もし小田和正が根っからの芸人で、そのプロ意識からくるサービス精神があれば、ハンドマイクを手にダンスしながら歌うぐらいしても良いと思いますが、彼はやりません。

ちょっと変わってきたのは、オフコース時代の完璧主義者、自分にも他人にも厳しくちょっと無愛想というキャラクター。歳を重ねてテレビにも少しは出るようになって「歌詞間違っちゃった」みたいな場面もみられるようになりました。
アルバムタイトルの「どーも」なんていうのも、最近のちょっとカジュアルな小田さん、のイメージからつけられているのでしょう。

聴いてみました。

うーん、ちょっと退屈。
少しずつフォークへ回帰しているのはここ何作か感じていましたが、ちょっと地味です。
音はシンプルになっていくのに演奏される楽器が匿名的になっているのは、オフコース時代の、顔なじみのメンバーで楽器を持ち替えながら作られていた音を知っている古いリスナーとしては、ちょっと寂しいですね。
一応、私みたいにいつまでもオフコースのイメージを追っかけてる連中向けに、「誰もどんなことも」なんていう「いかにも」な曲も混ぜてくれてはいるんですけど。
全体的に完成度はどんどん上がっていて、悪いところはなんにもないんですが、聴いていて興奮しないんです。

小田さんの万年青年な声と、おしゃれなメロディがあれば納得してくれるファンばっかりなのかなあ…。
(本当はもっと色々考えたんですが、めちゃくちゃ長文になったので、今日はここまで!)

2010/11/28

グッバイ/小田和正

宇多田ヒカルと並んで好物である小田和正の新作が出ました。なんやら獣医ものドラマのタイアップになっている「グッバイ」です。

いつかも書いたんですが、小田さんは意識としては郷ひろみと似ているのではないかと思います。郷ひろみが50代半ばになってもジャケットをぴらぴらさせながら舞い踊るのと、小田さんが60過ぎてハイトーンで熱唱するのは、「精進が年齢を超越する生き方の実践」をファンに見せたいからとしか考えられません。そしてそれは歳相応に老いて行く同年輩(の同業者やひょっとしてファン)への批判でもあります。

それにしても最近の小田さんのマンネリズムはもう確信犯を通り越してストイックさすら感じます。
裏にアクセントのあるアコースティックギターとタンバリンは「YES-YES-YES」や「BETWEEN THE WORD & THE HEART~言葉と心」などのやり直しでしょう。歌詞も相変わらず、夏は終わるし、夢はくじけそうになるし、風は強く吹いています。おまけにサビが「Goodbye Goodbye Goodbye~」って、「さよなら さよなら」が英語になっただけ、というオチまで!

小田さんの歌詞は「じつは何も言ってない」ということにかけては最近のJ-POPの嚆矢ではないかと私は思います。
具体性が非常に乏しい。
「この」「その」「そんな」「そのまま」などの指示語がなんの前触れもなく使われ、単なる字数稼ぎではないか?詩作の作業から逃げてるのではないか?と。
だから世の中に「小田和正全詞集」なんて出版物があることを知ったときは驚きました。
好意的に解釈すると、彼の場合は下世話な具体性に満ちた同年輩の「フォーク」に対するアンチという意識が強かったから、という考察も成り立つのですが、今の大多数のJ-POPの、「じつは何も言ってない歌詞」の氾濫を見るにつけ、小田和正(オフコース)の負の遺産ではないかと思ってしまいます。

2010/03/22

クリスマスの約束2009/TBS(小田和正ほか)

年末恒例、小田和正「クリスマスの約束」の2009版です。
毎年、放送日が微妙に変わるので(明石家サンタみたいに24日深夜、と決まってればいいのですが)、つい億劫になって私も本放送は見逃してしまいました。しかし私にはHDDレコーダーのような友人が名古屋にいて、「小田和正、ゴジラ、古畑任三郎」などのタグのついて番組を見つけると「録画したけどいる?」と聞いてきてくれるのです。「いる」というとDVDに焼いて送ってくれるんですが、それがまた自宅でつん読状態になっていたのを、先日再発見してようやく見た、ということです(まことに申し訳ない)。

さて、2009年版は小田和正が「(J-POPの)リードボーカリストを集めて全員で歌いたい」と言い出し、これはと思うアーティストにメールを入れて参加を要請するところから始まります。
まず最初に現れるのがスタレビ・根本要。いきものがかり、トータルテンボススキマスイッチら。彼らがまず「小委員会」を作って、全体の骨組みを作っていきます。
小田さんの考えを聴きながら「本当にそれで面白くなりますか?」という若いミュージシャン。「もう少しイメージを具体的にしてくれないと」と言います。
それは団塊の「やればなんとかなる」しか言わない口下手上司に不満たらたらの若いサラリーマン、という会社の図式と重なります。若い人達は過去の失敗例・成功例の結果だけはたくさん知っているから、道筋が全部見えてないと走り出せないんですね。でも上司・小田さんは「結果が見えることだけやっててなにができるか?」と思いながら走ってきた高度成長期の創業社長ですから、そのギャップがあるんです。また、(やらせかもしれないけど)番組制作側からも「それ面白いですか?」みたいなことを言われてキレかける小田さん。

そして、飛び道具系の広瀬香美や藤井フミヤ、夏川りみ、中村中、若い世代のJUJU、AI、一青窈、平原綾香、クリスタル・ケイ、キマグレン、Aqua Timez、清水翔太らを相手に苦戦する中、山本潤子、財津和夫、鈴木雅之、佐藤竹善、松たか子といった小田さん人脈の安全装置も参加して形ができていきます。

そして尺そのまま「22'50"」と名付けられたメドレーソングが本番で発表されるのですが、すごいことになっています。オフコースの「愛の中へ」の歌詞じゃありませんが「心がことばを越え」た瞬間がたしかにありました。4月1日に再放送されるそうなので、犬にでも噛まれたと思って騙されたと思ってぜひご覧ください。
ちゃんとした番組情報はこちら

2009/08/29

夏の終り/オフコース

今年の秋はいつもの秋よぉり、長くなりそなそんな気がしますね。
今週は仕事で東北に行ってきましたが、夏がくるまえに秋が来てしまったような、そんな天気でした。


小田和正はあちこちのインタビューなどで「季節で好きなのは夏の終り」と答えています(ソースは明示できませんが、好きな人は調べてみてください)。そんな自分が好きな季節をまんまタイトルにしたのが「夏の終り」です。初出は1978年のアルバム"FAIRWAY"のB面1曲目。
オフコース - i (ai)~Best Of Off Course Digital Edition - 夏の終り

1978年頃のオフコースは知ってる人はすごくよく知っているが、TVで流れる音楽しか知らない人には「誰、それ?」というレベル。この曲もシングルでヒットするようなとっかかりがありません。
それでも後のキリンジそっくりな小難しさ(キリンジの方が似てるんですけどね。もちろん)はかなり抑えられ、鼻歌で歌えるようなメロディですが、それでも不思議な拘りも残っています。
イントロ無しでいきなり始まるアカペラコーラス部分では裏にアクセントがあるのに、楽器が重なってくる(すてーきにーみえるーの直後)と突然3拍目の頭にアクセントがある8ビートになる、というこの切り替わりが何を表現しているのか、私には今も分かりません。

さて、小田和正の声域は広く非常に高い、という印象があります。この曲の歌メロではE3-A4の範囲を使っています。なつはーふゆにーの「にー」が最高音。エンジン掛けたらすぐ7000回転みたいで、歌うのが大変です。また、地声かファルセットか、男なのか女なのかどちらにも取れるように声が加工されていて(コンプレッサーと、なんだろう)、あまり力強い感じはしません。メロディもちょっとユーミンから借りてきたような部分があり、"We are"以降にはっきりしてくる「小田節」は完成していない模様。
この後、バンドの音がよりハードになるに連れて、曲は一段とシンプルになり、唸るような強い声を出すようになります。音域もB4くらいまでが常用されます。

「小田節」が完成するのは「君が、嘘を、ついた」なんですが、秋の夜長に"FAIRWAY"、"Three and Two"、"We are"、"The Best Year of My Life"の一気聴きなどをやって、小田和正の変貌ぶりを研究するのも面白いですよ。

2007/12/30

自己ベスト2/小田和正

自己ベスト2を友人が買ったのを借りました。
そこそこ売れているようで、一昨日埼京線に乗っていたら、向かいに座っていた30代後半と思しき女性が歌詞カードを見ていました。

基本的にオリジナルアルバムと"LOOKING BACK"シリーズを買っておけば、あってもなくても良いはずなんですが、さすがの私もコンプリートはしていないので、こういうの1枚あれば便利ではあります。
今回の聴きどころは、オフコース中期の佳作「愛の中へ」、同後期の傑作である「たそがれ」「君住む街へ」あたりに興味があったので楽しみに聴きました。が、この辺りになるとテクノロジー的なギャップもそれほどではないだけに、オリジナルの方が好きかな、という感じもあります。最近の曲は、いかな私でも「どれがどれやら」という感じもしています。曲のバリエーション以上に声とサウンドの関係があまりに完成しすぎて、結果としてどれも同じに聴こえてしまいます。

あと、さすがに肉体的な問題があるのか、ブレスが細かく入りすぎて、「味」ではすまない何かを感じさせるところもらしくない感じです。還暦を迎えてこの声、このキーを保つのはたいしたもんだと思いつつ、昔を知ってるだけにちょっと複雑な感じですね。

2007/10/24

ほんとの気持ち/松たか子

松たか子の「ほんとの気持ち」です。iTMSにも入っています。

松 たか子 - ほんとの気持ち - EP - ほんとの気持ち

かなり前、小田和正がソロになった頃から、名古屋ローカルの某ラジオパーソナリティの人が「またいつもと同じですが…」みたいな紹介をするようになりましたが、ま、確かにそういいたくなるのは分かる。興味が無い人にはここ20年くらいの小田さんの曲は全部同じに聴こえるだろうなあ。
そして、それは他人に提供した曲でも同じで、この曲も松たか子の声なのに、明らかに小田さんの曲とバレてしまいます。こないだのKAT-TUNの曲も、街で流れているのを聴いてすぐに分かりましたね。
その理由の一つはオケのコーラスを自分の声でやっているので、声でバレちゃう、ということですが、それ以外にも、バックのコード弾きの楽器がシンコペーションしながらベース下降のパターンで進んで行ったらもう怪しいし、歌詞の中でやたら「そこ」だの「ここ」だの「そのとき」だの「夏が過ぎて」とか言ってたらほとんど決まりです。
こないだ本屋で「小田和正詩集」というのを見かけて吃驚しましたが、私、オフコース時代から小田さんの曲は大好きだけど、歌詞で感心したことはほとんどないけどなあ。よほど私生活を詮索されるのがいやなのか知らないが、抽象的で何もいってないような歌詞が多くて、読んで面白い歌詞では無いと思う。ま、持ってれば歌本の代わりにはなって便利なのだろうけど…。多分斉藤由貴の詩集の方が読んでて面白いと思う。

松たか子なら自分で作詞もしそうなものだけれど、この曲は作詞も小田さんになっています。とりあえず女言葉で作ったりしていますが、やっぱり一緒でした。この曲は2003年に発売されていますが、ちょっと後に自身で歌った「大好きな君に」が良く似ていますし、オフコース時代の「きっと同じ」の楽器を増やしただけにも聴こえます。

それがいけないかというとそんなことは全然なくて、シンガー・ソングライターって本来そういうものだと思うし、曲を聴いただけで誰か分かるって凄い境地です。
吉田拓郎、井上陽水、中島みゆき、山下達郎はそうですね。その下の世代だと小室哲哉がいて、奥田民生がいます。レベルが違うはずなんだけど、なぜかその後に続いているのが福山雅治か?

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...