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2019/03/31

realtime to Paradaise/杉山清貴

一時期完全に更新をサボっていたこともあり、おそらく数少ない定期購読者も去っていかれたことと思います。
一方、ブログの性格上、有名アーティストの名前が散りばめられているので、おそらく検索によって間違って訪問してくださる人も少しはいらっしゃるようです。そういう皆さんにはお気の毒に、としか言いようがないのですが、まあ犬にでも噛まれたと思って勘弁していただきたいと思います。
で、その検索ワードなんですが、最近「杉山清貴」で来てくださる人の割合が意外なほど高い。多少なりとも更新している昨年末以降に気がついたんですが、なんで今「杉山清貴」を検索している方がいらっしゃるのでしょうか?
ずっと謎でした。

で、ひょっとしたらと考えたのが、先週の金曜日(2019年3月29日)に会社に配達された新聞「日経MJ」に載っていた記事です。


日本の80年代の「シティ・ポップ」が海外(記事によると韓国や東南アジア)で話題になっている。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」がYoutubeで大人気だ、と。
話題そのものは昨年末か今年のはじめにも聞いた気がする内容ですが、天下の日経(MJだけど)が記事にしたとなればこれはもう大人の常識(笑)、本当だろう、と。
ということは、「シティ・ポップ」とはなんぞやと思った若い方が研究のためにネットを彷徨っているうちに「杉山清貴」を検索しているのではないか?と考えてみたわけですが、いかがでしょう?

本当にそんな意図で訪れた方には大変申し訳ありませんが、当ブログでは杉山清貴について過去に手抜きの投稿を一度だけしたことがありますが、彼を含めた「80年代シティ・ポップ」についてちゃんと考えたことはありませんでした。

というのも彼らの全盛期はちょうと鈴木康博脱退後、4人体制になったオフコースの活動時期と重なっていて、私はそちらに気を取られていたということが大きいです。

オフコースも当時はお洒落なサウンドという評価をされていましたが、今聞くとかなりゴツゴツした不器用な音楽をやっていて、当時の私はそのゴツゴツ&不器用さこそがロックだと思って好きでした。
一方その頃、山下達郎を頂点とするもっとシャレたポップスを作る達人たちがいたわけですが、私はシティ・ポップというのはそういう「達者な人」が作る音楽という印象をもっていました。
歌のうまいボーカルがいて、バックはジャズもロックもできるいわゆるフュージョン・バンドの音です。編成はキーボードのいるロックバンドと同じような感じですが、ギターやシンセサイザーの音の選び方、リズムは16ビートが基本なので楽器演奏の手数や力の入れどころなどが違ってより流麗に。チョッパーベースもこれみよがしという感じでなく「やれて当然」の技法としてさり気なく、しかもたくさん使われます。

フォークやニューミュージックがその拙さゆえに素人に音楽を開放し、そこにシンパシーを感じて、素人丸出しのままオリジナル楽曲など作っていた私にとって、シティ・ポップ系アーティストは大衆音楽を超絶テクニックと音楽理論をもつプロフェッショナルの世界に奪い返そうとする、仮想敵でもありました。

そうしてまああれから20年だか30年だか経って、今ではすっかり消費するだけの人間になってしまった気楽な立場で改めて杉山清貴を聞いてみました。

表題のアルバム「realtime to Paradise」はiTunesのストリーミングで提供されています。シングル曲で有名なところでいうと「最後のHolly Night」が収録されています。
買い物ついでにちょっと長く歩くことがあったので、ヘッドホンで聞きましたが、「あれ、こんなにシンプルだったっけ?」というのが最初の印象です。もっと楽器の音が多いと思い込んでいましたが、ギターやシンセが倍音たっぷりな音色を使っているのに騙されていたのかも。キーボードがやたらとコードそのままの音階をアルペジオで弾いていて、あ、これならできるわ、とか思ったり。まあでも当時の仲間とお前でやれたか?と言われたらゴメンナサイです。

さて、シティ・ポップがロックと袂を分かっているのは歌詞の世界にも感じられます。オフコースは1960年代の終わりという特殊な時代に生まれ、その中ではあえてメッセージ色を排除した歌を歌っていましたが、そこにも「あえてメッセージを抜く」という思想があったと思います。しかし、80年代のシティ・ポップには最初からそんな葛藤はなく、当時の物質文明を肯定も否定もせずにあたりまえの風景として歌います。それは我々80年代に成人を迎えた世代にとっては自然なことでもあります。まさに一億総中流だったわけですから。
リゾートホテルのラウンジで知り合ったカノジョは長く黒い髪、白い肌、細い肩。しかし翌日ビーチに誘うとまるで別人のプロポーション!
東京に戻って都心で待ち合わせるとパンプスとスーツの彼女が背伸びしながらのベーゼでお出迎え。
帰り道に青山通りを走る白いセダンのヘッドライトはハロゲンライト。黄色くないフォグランプとガラスのサンルーフが装備されています。オートエアコンの操作パネルと重なって配置されるカーステレオは残念ながらまだカセットですが。

私はその頃の若者でしたがこんなに楽しい生活ではありませんでした。

4曲目に「タイをはずして」というタイトルの曲があります。アルバムの曲名の中にこんなタイトルが並んでいる感じ、当時の創作センスを表しているようで、脳みそを内側からくすぐられているような感じになるんですが、他の世代の人にわかるかな?わかんねえだろうなぁ。







2011/12/18

THE BADDEST~Hit Parade~/久保田利伸

なんだ~、出るなら言ってくれよ~という感じで久保田利伸のオールタイムベストが新しく発売されています。
前回のPerfumeを1枚だけレジに持っていくのが初老(;´д`)男性としては恥ずかしかったので、辺りを見回したら運良く見つけ、重ねて上にしたのがこちら。 

以前にも書きましたが「THE BADDEST(今となってはBaddest"Ⅰ"と書いた方がいいのかもしれない)」は90年代前半の若者の必携CDだったので、私も持っていました。 
その後も「THE BADDEST」というベスト盤は「Ⅱ」、「Ⅲ」と発売されていますが、それぞれ第2期、第3期のベストという位置づけで、曲の重なりはなかったよう(すみません、買ってません)ですが、今回は副題に"Hit Parade"と付いているように、初のオールタイムベスト盤ということになると思います。 
ちょっと前に「Gold Skool」の時にも書いたように、和製ブラコンのパイオニアだった久保田利伸はロック畑のニューミュージック組にはなかったかっちょいい感性をJ-POPに持ち込んでくれました。たとえばこの「BADDEST」という文法的に正しくないスラングをあえて使うところなども当時は新しかったのです(一方、聖飢魔II は自らに課した設定に忠実に「Worst」というベストアルバムを出しましていますが、こういう「14歳」な感覚も嫌いじゃないです)。 久保田利伸の衝撃はおそらく玄人筋の方が大きかったようで、そのフォロワーの多さは、今現在を含めても枚挙に暇がないほどです。ドリカムだって最初の何作かはよく似たことをやってました。初期のアルバムを聴いてると「永遠の翼」によく似た曲とかありますね。 


久保田利伸が流行って良かったのはそれまでのロック畑出身ニューミュージック勢の、棒を飲んだようなメロディライン(その方がストイックに見えた)が矯正されて、歌って楽しく耳に心地よいメロディが復活したことだと思います。ただし、歌って楽しい、耳に心地よいにあまり重心がかかると、歌謡曲の悪い部分と共通したものが顔を出して、大甘、ワンパターンに陥りますので、作り手の自己管理が重要になってくるわけですが、その後のJ-POPはどうなってますでしょうか。


という話はさておいて、実際に聴いてみましょう。 
私なんかは「BADDEST(Ⅰ)」しかちゃんと聴いてないニワカファン(かどうかも怪しい)ですが、とにかく楽しい。 
特にDisc1の前から2/3くらいまでの、まさしく初期の「ヒットパレード」部分は、気をつけないと電車の中で一緒に歌ってしまいそうになるゴキゲンさ。
日本の歌手は(照れるのか?)曲中にスキャットとかあまり入れませんが、久保田利伸はそれを多用して、前後が日本語なのにちゃんとサマになってるのも良いです(オリジナル曲で久保田利伸以外にやるのは、原田真二と吉田美和と宇多田ヒカルくらいしか知らない。憂歌団とかブルース系の人はやるか!)。
そりゃまあ、シンセサイザーのきらんきらんした装飾的フレーズや、びょんびびょびびょびょん、というシンセベースには時代を感じないでもないですが、それでももちろん今聴いてかっこいいです。 


その後、「LA・LA・LA LOVE SONG」が出てくるまではちょっと地味な時間帯があります(Disc1の後半)。今聴くとちょっと自分の業界内の地位が定まりすぎてか、窮屈になりかけているところが見えます。「LA・LA・LA Love song」や「SUNShine,MOONLight」は売上的にも成功したと思いますが、音としてはそれまでの延長という感じです。それが「Cymbals」のあたりで一区切り付いて、「Sound of Carnival」から音が一気に今風になり、それ以降は、たとえば「平井堅の最近の曲だよ」と言われてもなんの違和感もない音になっていきます。 「LOVE RAIN~恋の雨~」は初期のパターンを持ちだしたファンサービス的作品か。


「THE Baddest~Hit Parade~」は、以前からがんばって買い揃えていた人が泣かないように、一部バージョン違いも収められています。 
すぐわかるのは名曲「Missing」がBaddest(1)ではフェイクバリバリの別録音だったのを、今回はオリジナル版(と思う)で収められています。ちなみに私は「BADDEST」版で覚えてしまったので、カラオケでやると(昔ね、昔)すごく陶酔して歌っているとよく勘違いされたんですが、参照したテキストが違ったんですよ、アンダスタン?



2011/08/21

どーも/小田和正

いつ聴いてもおんなじシリーズ第二弾(?)で小田さんも聴きました。
最新アルバム「どーも」です。

小田和正と山下達郎のどこが違うかっていうと、「根っからのミュージシャン度合い」でしょう。
小田さんはミュージシャン(芸人)としての自覚があまりない人です。

山下達郎は「Ray Of Hope」発売にあたって集中的にメディアのインタビューを受けています。その中では「現代のインターネットの影響下での音楽消費を考えると、ミュージシャンが楽曲販売によって収入を得るモデルは難しく、今後のミュージシャンは演奏会(ライブ)入場料を収入とする、原始的な方向に戻るのだろう(大意・確か上杉隆の番組でした)」と言っていました。
つまり現場でウケる力がある、ミュージシャンらしいミュージシャンの時代になるということでしょう。「ゆず」なんかは多分大丈夫。

さて、小田和正は山下達郎に比べると明らかに楽曲販売系アーティストであり、歌声以外のパフォーマンスについては若い頃から不問にされていました。
本来、小田さんは高学歴で運動神経も良く、なんでもできる人です。
音楽家として成功していなくても、例えばビフォーアフターで「空間構成の完璧主義者と呼ばれる匠」として登場していたかもしれないし、7時のニュースの中で自民党政調会長として民主党幹部と会談する映像が流れても全然違和感がない。
バブリーな言い回しをすれば「血中ミュージシャン濃度」がとても低いようにみえるのに成功している人(それだけ器がでかいんでしょうね)です。
もし小田和正が根っからの芸人で、そのプロ意識からくるサービス精神があれば、ハンドマイクを手にダンスしながら歌うぐらいしても良いと思いますが、彼はやりません。

ちょっと変わってきたのは、オフコース時代の完璧主義者、自分にも他人にも厳しくちょっと無愛想というキャラクター。歳を重ねてテレビにも少しは出るようになって「歌詞間違っちゃった」みたいな場面もみられるようになりました。
アルバムタイトルの「どーも」なんていうのも、最近のちょっとカジュアルな小田さん、のイメージからつけられているのでしょう。

聴いてみました。

うーん、ちょっと退屈。
少しずつフォークへ回帰しているのはここ何作か感じていましたが、ちょっと地味です。
音はシンプルになっていくのに演奏される楽器が匿名的になっているのは、オフコース時代の、顔なじみのメンバーで楽器を持ち替えながら作られていた音を知っている古いリスナーとしては、ちょっと寂しいですね。
一応、私みたいにいつまでもオフコースのイメージを追っかけてる連中向けに、「誰もどんなことも」なんていう「いかにも」な曲も混ぜてくれてはいるんですけど。
全体的に完成度はどんどん上がっていて、悪いところはなんにもないんですが、聴いていて興奮しないんです。

小田さんの万年青年な声と、おしゃれなメロディがあれば納得してくれるファンばっかりなのかなあ…。
(本当はもっと色々考えたんですが、めちゃくちゃ長文になったので、今日はここまで!)

2010/11/28

グッバイ/小田和正

宇多田ヒカルと並んで好物である小田和正の新作が出ました。なんやら獣医ものドラマのタイアップになっている「グッバイ」です。

いつかも書いたんですが、小田さんは意識としては郷ひろみと似ているのではないかと思います。郷ひろみが50代半ばになってもジャケットをぴらぴらさせながら舞い踊るのと、小田さんが60過ぎてハイトーンで熱唱するのは、「精進が年齢を超越する生き方の実践」をファンに見せたいからとしか考えられません。そしてそれは歳相応に老いて行く同年輩(の同業者やひょっとしてファン)への批判でもあります。

それにしても最近の小田さんのマンネリズムはもう確信犯を通り越してストイックさすら感じます。
裏にアクセントのあるアコースティックギターとタンバリンは「YES-YES-YES」や「BETWEEN THE WORD & THE HEART~言葉と心」などのやり直しでしょう。歌詞も相変わらず、夏は終わるし、夢はくじけそうになるし、風は強く吹いています。おまけにサビが「Goodbye Goodbye Goodbye~」って、「さよなら さよなら」が英語になっただけ、というオチまで!

小田さんの歌詞は「じつは何も言ってない」ということにかけては最近のJ-POPの嚆矢ではないかと私は思います。
具体性が非常に乏しい。
「この」「その」「そんな」「そのまま」などの指示語がなんの前触れもなく使われ、単なる字数稼ぎではないか?詩作の作業から逃げてるのではないか?と。
だから世の中に「小田和正全詞集」なんて出版物があることを知ったときは驚きました。
好意的に解釈すると、彼の場合は下世話な具体性に満ちた同年輩の「フォーク」に対するアンチという意識が強かったから、という考察も成り立つのですが、今の大多数のJ-POPの、「じつは何も言ってない歌詞」の氾濫を見るにつけ、小田和正(オフコース)の負の遺産ではないかと思ってしまいます。

2010/08/28

あー夏休み/TUBE

「TUBEが25周年」とテレビで見て、そりゃワシも年を取るわけじゃわい、と思いました。
Wikipediaで確認するとデビューが1985年で、「シーズン・イン・ザ・サン」が1986年。なるほど、サザンオールスターズが"KAMAKURA"発売後に休養していた時期に「夏バンド」として陣地を固めていった訳ですね。

突出した個性がメジャーな成功を収めたとき、その利用の仕方にはいろいろあります。
一番素直なのは、その人がシンガー・ソングライターだったときに、本人に曲を発注する。「襟裳岬」や「シクラメンのかほり」なんかがそうです。元ネタの人たちにお金が入るし、いちばん良心的です。それでも昔は「歌謡曲の歌手に曲を提供するなんて…」と非難されたりしましたので、リスクはあったんですが(みんながピュアでいい時代だったなあ)。

次にシンガー・ソングライターの作風というのはある程度パターンが決まってますので(日本のシンガー・ソングライターは勉強熱心なので、職業作家的な幅をだんだん持って行きますが)、職業作家にそれ風の曲を作らせて売る、という手もあります。ナベプロ期待の大型新人のデビュー曲が「これってアンジェリ…。でも作曲家違うよね…」と純真な高校生を動揺させたりするパターン。

また、休養が多くてインターバルの長い、天才肌のシンガー・ソングライターが静かにしているあいだに職業作家にそれ風の曲を書かせ、パフォーマーとしてそこそこ力量がある歌手に唄わせることで存在そのものの代替を作っちゃうことある。ビーイング以降はその手が主流です。「宇多田ヒカルを分かりやすくしてもうちょっとカワイイ女の子に唄わせ…」って話はもういいですね。
TUBEも基本的にはそういう存在でした。夏・海・湘南をテーマにした軽快なロックサウンド(?)…。最初のうちは織田哲郎などから提供された曲を歌っていましたが、やがて自作曲を歌うようになります。その最初の頃の曲がこれ。

この歌詞がすごいことになってます。

湘南・葦簾・防波堤…、あげるときりがない。「夏休みといえば」というお題に忠実に単語を並べ、つなぎでいかにも桑田佳祐が使いそうな「ちゃうのかい」「チョイト」などのくすぐり、なぜか渡辺美里ふうに「泣いたっていいんじゃない」なんてのを混ぜてます。できあがりは純和風。
桑田佳祐の書く湘南の歌は、生まれ育ったリアルな場所を歌っているにもかかわらず、どこか映画(加山雄三とかの日活も含む)のシーンのようですが、前田亘輝が書くと、うんと庶民的になるのが面白いっちゃあ面白い。

サザンオールスターズっていう大きい塊の中から「夏・湘南+コミックバンド的要素」だけ抽出したらそれで25年やれたってのはマーケティングの勝利ですなあ…。

とはいえ、前田亘輝の声はたいしたもんです。声が太くて高い。
この声があれば、それこそカバーアルバムでもなんでも商売に出来ます。変にアーティスティックなイメージを作らずに、「陽気な海のオニイチャン」になったところで彼らは勝負に勝ったんですね。
音域も広い。「あー夏休み」の音を鍵盤で拾ってみると、「あーなつやすみー」の「あー」はBです。もう女性歌手でも地声の限界近いです。

2010/07/18

Hits/安全地帯

ここ数年、プライベートな話題に事欠かない玉置浩二ですが、何年ぶりかで何度目かの活動再開ということで、安全地帯の新作アルバムが出ています。


"Hits"と、シンプルなタイトルが付いたこのアルバムは、安全地帯の代表作を「当時のトラックをベースに全曲新録音」しなおした(CDの帯による)もの、だそうです。年代的には「ワインレッドの心(1983年)」から「月に濡れた二人(1988年)」。その後はバンド活動休止と再開を数度繰り返していますが、安全地帯としてのヒット曲は記憶に無く(玉置浩二のソロでサバカレーのドラマの歌がありましたが)、これ1枚あれば特に思い入れのない消費者には十分なラインナップとなっています(失礼?)。

一通り聴いてみました。
カラオケは「え?」と思うほど昔のままです。「当時のトラックをベースに全曲新録音」というのはひょっとして玉置浩二がボーカル差し替えただけ?と思うほどです。確か先週の土曜日(7月9日)に放映されたミュージックフェアでは5人そろって演奏してましたから「できるだけオリジナルに忠実に」再現したのかもしれませんが、録音自体古いんじゃないかなあ、という音です。ミックスが変えてあるのは間違いないのですが、それ以上はどこが差し替わっているのか私の耳では分かりませんでした(昔の音源も持ってないし)。また、テレビでやってたアンプラグド風「ワインレッドの心」も良かったんですが、このアルバムには通常版が収録されています。

一方、健康面が心配された玉置浩二の声は健在で、オリジナルよりも生声っぽく処理されているにもかかわらず、その色気と迫力はさすが。よくできたホーンスピーカーのように朗々と歌う部分と囁くようなせつない歌い方のメリハリが見事で、しかもどちらもよく通る、素晴らしい声です。ところどころ自己陶酔っぽいフェイクが入りますが、全体的には「やっぱりうまい」と思わせます。私は以前、玉置浩二はボーカリストとしての才能がソングライターとしての才能に勝ちすぎてるんじゃないか、というような事を偉そうに書きましたが、撤回します。「恋の予感」とか、やっぱりうまくないと歌えません。

振り返ると、それぞれの時代には歌の神様に見込まれたかのように見える歌手がときどき出現します。80年代の代表はおそらく玉置浩二でしょう。90年代は吉田美和で00年代は平井堅、という見立てになるんですが。
しかし、歌の神様は見込まれたご本人たちの個人の幸福までは面倒を見てくれないようです。このジャケット写真といい、ここ1〜2年の乱行ぶりといい、最近の玉置浩二のハジけかたは異常です。前述のミュージックフェアでの本人の発言や、ワイドショーでの言動を総合すると、彼は「自分の感情のままに生きる」ということに決めているようです。その時思ったことに正直に行動するので、過去の発言との辻褄とか、世間の揶揄とかは斟酌しないのでしょう。
それはとても素敵な生き方ですが、ここは日本ですし、せっかくの才能ですから、あまり破滅的にならずに末永く活躍していただきたいと思います(あーでも50歳過ぎたら僕もそうなるかもしれないなあ。兆候あるもん)。

私はうっかりCDを買ってしまいましたが、iTunesでもダウンロード可能です。

2010/02/13

点呼する惑星/平沢進

去年出たアルバムですが、つい先日、銀座の山野楽器で見つけて買ってきました。平沢進の「点呼する惑星」。もう、タイトルだけで笑みが浮かんでしまいますね。
現代美術の作品名みたいです。

「ばーっばばーばっばっばばー」
「俺たち太陽塾。よーしみんなそろってるか点呼するぞ」
「俺が先頭!水!」「金!」「地!」「火!」「木!」「どっ」「てん」「ころりん」
「ばかやろー、なんだころりんて。お前も冥王星みたいに太陽系から外すぞ」
「俺が先頭!金!」
「地!ってこの場所暑いよ、生物住めねえよ!もう、俺が先頭!地……って、だから暑いってば!」
というコントが頭に浮かびますが、平沢進は相変わらず良い!

もともとはるか昔に「月刊Keyboard Magazine」で「SIM CITY」の特集を読んで以来のリスナーで、まあ最近の作品は結構取りこぼしていますが、気がつけば聴くようにしています。
平沢進の何が良いかというと、iTunesでは"New Age"とジャンル分けされてるバリバリの電子音楽でありつつ、完璧な「歌モノ」であること。入浴中の鼻歌としても愛唱できる曲であるというのが良いです。いつかしつこくやった「歌心」っていうのがあるんですね。

布袋寅泰も(自身の声は良くないけど)ジャンルに関係なく歌好きなメロディを書きますが、平沢進は声もイイ!
ちょっと東北のオジサンみたいな発声が良い意味で日本的で、それと電子音楽のピコピコがすごくマッチして、真似したくなる。




解説はご本人が自身のホームページでやってらっしゃるので、そちらを参照されたし。
そのうち「SIM CITY」の話も書きなおそうっと。

2008/12/21

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その1〜(青空、ひとりきり/井上陽水)

ちょっと前にスペシャル的に昔の歌謡曲の事を書いていました。その頃に副読本(?)として買ってきたのが、表題のアルバムです。

2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水

井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。

さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。

2008/09/28

よこはま・たそがれ(他3曲)/五木ひろし

ディープな歌謡曲の世界を旅しております。
その中でもラスボス級の大物である五木ひろしを聴いてみたいと思います。アルバム1枚とか聴くのはちょっと大変なので、比較的前期に属する4曲を聴きます。「よこはま・たそがれ」「夜空」、それに事務所独立後の勝負曲だった「おまえとふたり」、レコード大賞受賞曲の「長良川演歌」です。ついでに言うと、「おまえとふたり」以降の作品はみんな同じだと思っているんですよね、私は(ファンの人からは説教されるでしょうね)。

五木ひろしはヒット曲の数、受賞歴、業界での位置づけなど、どれをとっても押しも押されぬ大スタアです。しかもぽっと出で売れたんじゃなくて、今の名前になるまでに何度も芸名を変え、レコード会社を代わり、と下積みの苦労を知っているのも本物っぽいところです。
では、実際どんなものなのか、聴いてみましょう。

1.よこはま・たそがれ
作詞 山口洋子/作曲 平尾昌晃
山口洋子の歌詞は、「あの人は行ってしまった」以外はすべて単語の羅列という画期的なもの。コラージュという手法は絵画が元だと思いますが、そこから音楽、文学でも同様な表現があり、この歌詞もその一つ。曲は演歌の中ではモダンな8ビートの中に、サビでの跳躍などテクニックと音域が必要なもの。当時の歌謡曲ど真ん中の作家がかなり集中して作ったと思われる作品です。そんな作品を「うた」として社会に広く届けるというのが再デビューに賭ける若き五木ひろしへの課題だったというわけです。
実際に聴いてみると、今私たちの頭の中にある五木ひろしの唄い方よりもずっと熱唱していますね。その中でも小節をきかせる部分とロングトーンの使い分け、サビの部分でさりげなくファルセットを混ぜるところなど、高度なテクニックを駆使しています。今では完全に封印していますが、この人はモノマネがもの凄く巧く、家には一生使い切れないほどの象印電子ジャーと魔法瓶が在庫されているはずです。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の一 - EP - よこはま・たそがれ

2.夜空
作詞作曲は1と同じです。
当時小学生だった私にもとても分かりやすいいい歌でした。この間、ジェロのカバーも聴きました。声質とハリは甲乙付け難い。違うのは五木ひろしには押しと引きを感じますが、ジェロの方はバックが分厚い分、引きが使えていないので、歌唱としてのメリハリは五木ひろしに軍配か?「さみしいさみしい」の芝居っけを巧いと見るか、クドいと見るかで好き嫌いが別れるでしょうか。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - 夜空

3.おまえとふたり
作詞 たかたかし/作曲 木村好夫
木村好夫はギタリストとしてアルバムをたくさん出している有名な人で、クラシックギターを習ったことがある人にはお馴染みの名前です。このギター演歌が成功したことで以降の五木ひろしはこの手のナンバーが多くなってしまいました。唄い方も今の唄い方であり、モノマネの人が真似するいわゆる五木風の唄い方になっています。声を張りすぎない、コントロール重視の唄い方。歌のメロディに寄り添うように木村好夫のギターが絡み、これはこれで芸術性が高いとは言えますが、女声コーラスのダサさなんかはJ-POP世代には許せない感じもします。ただただおとなしく唄っているように聴こえますが、やんちゃな巻き舌を使ったり鼻濁音もわりといい加減。これは意識してそういう部分を作っているのか、大物になったがゆえの手抜きなのかは、もう素人では聞き分けられないのでした。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - おまえとふたり

4.長良川艶歌
作詞 石本美由起/作曲:岡千秋
「奥飛騨慕情」などのド艶歌復権の兆しが見られた80年代前半にロングヒットした曲です。この頃はもう、私には全く興味のない音楽になっていましたが、世間の評判はよく、レコード大賞をとったりしています。
格調高い琴の音から始まって、すぐにいつものイントロに切り替わって、そこから先はほぼ奥飛騨慕情です。岐阜県在住の女性が鵜飼の季節に出張かなんかで訪れた男性と一晩過ごしてそれっきり別れました、という話を3コーラス分の歌詞を作ってメロディをつけた、という曲です。全てが紋切り型で、この歌を聴いたからといって人生が変わったりは絶対にしないと思います。それを五木ひろしが歌唱テクニックを駆使して「なんだか分からないけどすごいもの」に仕立てています。一部の実力と人気のある歌手がこういうことをしてやるから、演歌を作るセンセイたちは楽ばっかりして、全体が下火になったんだと思うんですが、違いますかね。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の四 - EP - 長良川艶歌

五木ひろしは男性歌手のなかでも相当緻密にコントロールされた唄い方をする人だと思います。ちあきなおみと並べて聴いても、ちあきなおみの方が自由度は高いような気がしますが、奥行きの深さにおいては互角。ただ、シンガー・ソングライター系の歌唱に慣れている私のようなタイプの聴き手は、「もっと頑張って唄えよ」と思ってしまいます。実際には頑張っていないのではなくて、自分の声に溺れず、常にベストの歌唱を届けるための高度に制御された唄い方をしているのだということだけは良く分かりました。
また、男の私の耳にはこの人の声は「ごく普通のまあまあいい声」にしか聴こえないのですが、おばさまたちの熱狂を見るに、女性にとっては、下半身を揺さぶられるようなセクシーな声に聴こえているのかもしれません。

2008/08/31

BEAT/河村隆一

年代というのは若い頃は意識しないものですが、社会に出て仕事で30〜40年の幅がある集団の中でもまれているうちに、自分の年代というものを意識するようになるものです。

私は1963年の早生まれですが、我々の年代というのもそれなりに特色があります。就職の時はその1年くらい前の世代から「新人類」と言われました。同世代には連続幼女殺害でこないだ死刑執行されたM君や、新潟で少女を9年間監禁していたS君や、名門小学校に侵入して大勢の学童を殺傷したT君などがいます。スポーツ選手では工藤公康や槙原寛己が1個下。「ちゃんこが不味い」といって職場放棄した横綱や、弟子を育てるよりスイーツの研究が忙しい元横綱なんかがほぼ同い年。文化人では亡くなったナンシー関がいます。芸能人ではあまりよく分かりませんが、前回取り上げたデーモン小暮閣下の「世を忍ぶ仮の年齢」が確か同じくらいだったと思います。日本に戦前から続く年功序列や精神主義の文化と、合理主義と無秩序が入り交じった現代の風潮のちょうど接点にいて、結果として何に対しても客観的でそれ故にパワーがない。その代わり批評眼だけはやたらと肥えていて、何の話題を振られてもかならず一言はコメントが出せる、という嫌味な世代です。

なんでこんな話をしているかというと、私たちより3つか4つ下の世代は"BOØWY"が大好きなんですね。あるいは派生商品のT-BOLANとか。後のビジュアル系にも影響大のバンドで、もっと詳しければここでも取り上げるんですが、私はほとんど聴いていませんでした。AMラジオで「マリオネット」とかがかかってたのは覚えているんですが、私は「バックバンドが頑張ってる西城秀樹」としか思わなかったので、ほとんど興味を持たなかったのです。後に布袋寅泰はよく聴くようになるんですが…。

さて、そこまできて今日の本題。河村隆一の"BEAT"です。
河村隆一 - Love - BEAT
"LUNA SEA"は"X JAPAN"人脈のバンドなのでしょうが、ボーカルスタイルなどからは"BOØWY"の延長上と捉えることができます。これは"GLAY"にも言えることですが、リードボーカルの歌唱法が非常に日本的です。

"BEAT"は河村隆一がロックバンドの枠を越えて、よりJ-POPとして普遍的なものを目指したと思われる作品ですが、その歌唱スタイルは一段とドメスティックで、70年代アイドル歌謡的です。具体的には西城秀樹的であり、あるいは先日ちょっと名前を出したあいざき進也や城みちるを彷彿とさせます。

河村隆一もまた、ファルセットの使い方が特徴的です。
平井堅のように長いフレーズを裏声で唄うことはあまりなく、マーティ・フリードマンが言うところの「ワンノート・ファルセット」が主体なんですが、それ以外の、地声で出している部分の「抜き」のところで裏声を混ぜる、「泣き節」の多用が彼の持ち味です。
この部分だけを取り出すと、アイドル歌謡を通り越して、堀江淳、三善英史、三條正人にまで繋がりそうです。

2008/08/03

歌バカ/平井堅

「うまい・へた」問題も回を重ね、いよいよ当代随一の人気シンガーである平井堅を聴いてみました。

このアルバムが発表された時は買うかどうかかなり迷いましたが、「平井堅を2枚聴きたいか?」と自問自答した上で見送りました。
しかし「うまい・へた」問題を書いていて、彼に触れないのも不自然な気がして、銀座の山野楽器で購入してきました。
このアルバムの良いところは、2枚組にもかかわらずCDケースがコンパクトで、私のCDラックに通常のCDと同じように挟めるところです。最近はオーバージャケットとか特殊な仕様が多くて、結果として非常に整理しづらいものが多いので、それだけでも評価です。
さて、家に帰ってiTunesに読み込むとジャンルが"R&B"と出ました。

彼の唄い方の特徴は、J-POPの男性シンガーには珍しくファルセットを積極的に使うところでしょう。マーティ・フリードマン氏も指摘していますが、今のJ-POPではファルセットはメロディラインの途中で最高音の一瞬だけ使う唄い方が多く、特に男性でこんなにファルセットを多用するのは、「悲しみのJODY」の山下達郎以来かもしれません。

ざっと聴いてみましたが、地声で唄っていると確認できるのは下がDくらいから上がオクターブ上のG#くらいと思われ、杉山清貴や玉置浩二などJ-POPの標準的な男性シンガーのキーです。その上がファルセットになってCかもうちょっと上まで使っているようです。

しかも彼の場合は地声と裏声がクロスフェード(?)する領域が広いので、地声で出せるところもファルセットで唄うことがあります。その辺りの音域は地声とも裏声とも取れる声なので、声の使い方をマネをしようとすると、相当しつこく聴き込まなければなりません。裏声だと思って聴いていたら、そこからまたひっくり返って泣き節になることもあるのです。「瞳をとじて」のサビなどは聴き分けるのがかなり難しい。

これは優れたテクニックと云えると思います。
美空ひばり伝説の中に、「音声スタッフがVUメーターでチェックしていても、地声と裏声の音量が変わらない」というのがあるようですが、平井堅もその域に迫っています。
その結果として彼の歌声はとても特徴的で、何を唄っても平井堅になってしまいます。それが「大きな古時計」でも…。

2008/07/06

さよならのオーシャン/杉山清貴

例えば杉山清貴という人がいます。全盛期は80年代の中盤で、最近はほとんど見る機会もないのですが、この人なんかは喋る声の延長と思える声がきれいで、いかにもハイトーン・ボイスという印象です。いつ声変わりしたのか分からない、ボーイソプラノのまま大人になった声で、似ている人ではもっと昔にあいざき進也っていうアイドル歌手がいたんですが、分かる人が少ないですね。

ところが意外なことに、実際に楽器を持って音をとってみると、杉山清貴の音域は下がEくらいで上はオクターブ上のFまたはG。J-POPがロック色を強める中で、男性歌手のキーはどんどん高くなっていて、今はAあたりが常用されていますから、実際には特筆するほどのものではないように思えます。

でも、今も昔も普通の日本男児がFから上を出そうと思うと、高音専用にギアチェンジをしないと辛いです。シャウトってやつですね。杉山清貴や玉置浩二はだいたいGを上限にしていますが、シャウトすればもっと上まで出るでしょう。
しかし、杉山清貴はシャウトせずにこの音域で十分ハイトーン・ボイスの印象を与えることに成功していますし、特に声を作ることもしていないので、歌詞を伝えることもできています。何を歌っても同じ、という悪口も云えるのですが、ちょっとこの人をきちんと褒めておこうかな、と思いました。
iTMSでもアルバム何枚分か買うことができます。
杉山清貴 - beyond... - さよならのオーシャン

2008/06/15

氷雨/ジェロ

発売は今月の25日だそうですが、iTMSでは既にダウンロード可能になっているジェロの「カバーズ」です。7曲で1400円。ジェロもジャケットいらないでしょ?
ジェロ - カバーズ

ジェロは音楽の知識がなくても「うまい」と言いやすいタイプの歌手です。声がきれいで音程を外さない。日本語の発音も聴きやすく(鼻濁音も使える!)、耳障りなところがまったくありません。
オリジナルの佳山明生が当時の演歌では例外的にあっさりとリズムに乗って歌っていたのを、日野美歌が思いっきり臭く歌ってから大ヒットになった曲です。当然ジェロは佳山系のうたい方をもっと洗練させてくると予想していましたが、ちょうど足して2で割ったようなうたい方をしています。

アルバム全体が外国籍のジェロに敬意を表してか洋楽的アレンジが加えられていますが、それぞれの元ネタが笑えるほどベタで、もっとマニアックな方向にした方がステイタスが上がるような気がするんですが、どうでしょうか?

2008/03/20

海雪/ジェロ

今、最も注目の新人歌手、ピッツバーグの演歌の星・ジェロです。
iTMSでダウンロードできるので、A面だけ落として聴いてみました(ちなみにiTMSでは"JERO"では出てきません、カタカナで検索しましょう)。

ジェロ - 海雪 - Single - 海雪

ここ数十年来、聴き手をバカにした曲しか出てこない演歌界でしたが、ひょっとすると彼は救世主かもしれません。ちゃんと聴けます。

なぜかということを真面目に説明しますと、氷川きよしとジェロは「演歌歌手です、頑張ります」と言いながら、実は演歌を批評しているからですね。今、ストレートな演歌で真面目に聴けるものはめったにないのです(最後が「天城越え」くらいじゃないでしょうか?)。
氷川きよしは今の若者から見た演歌への批評です。彼は演歌のもっさりしたリズムを自分で倍に刻んで唄い、小節(こぶし)の部分もやたらはっきり音符的に唄うことで、演歌を他の音楽と交流可能なものにしています。
ジェロは外国人から見た演歌の批評をしています。若い頃の五木ひろしや角川博などに近い、地声の奇麗な演歌歌手の系譜に位置づけられる喉の持ち主。ちゃんと鼻濁音も使えるところなどはネイティヴ・ジャパニーズもまっ青です。

作曲は宇崎竜童という、キャリアの中で一応ロックを通り過ぎてきた人。作詞の秋元康は、(前にも書きましたが)「川の流れのように」を作ったから作詞家だ、ということになっていますが、実際には一から作品を生み出す才能ではなく、引用と組み合わせで何かを作る二次産業的クリエイターです。こういう人は演歌と相性が良い。「酒」「夫婦」「不倫」「貧乏」「水商売」「日本の都市名」「日本の観光地名」などを取捨選択して組み合わせれば良い演歌の歌詞を、ちょっと新味があるように見せかけるのは得意なはずです。
さて、結果として「海雪」は根っからの演歌歌手がなかなか手に入れられない新しいテイストの演歌として通用しつつ、パロディでもあるというなかなか高度な出来上がりになっています。

私の希望は、次の作品でヒップホップのアーティストにバックトラックを作ってもらい、上モノとしてド演歌が乗っているようなのをやって欲しいです。そうすると演歌のみならず日本のヒップホップ批評にもなるはずです。

2008/01/13

スタートライン〜新しい風/馬場俊英

新年あけましておめでとうございます。結果として長い冬休みを取ってしまいましたが、更新をやめたわけではありませんので、今年もよろしくお願いします。

およそ半年、はてなダイアリー「決して悪口というわけではなく」から音楽部門だけを独立させたこのブログ、私の個人的興味のみで書いておりますので、どうしても不定期になってしまいますし、データベースにしようにも非常に偏った内容になっております。ま、これからもマイペースでやっていきます。

さて、年末の紅白歌合戦は視聴率もたいしたこと無く、とりあえずマスコミ的には悪口を書いておけば安心、ということになっているようです。私は結構この手の定番ものは嫌いじゃないので、毎年熱心に視ています。
今年は中年〜壮年向け目玉としてすぎもとまさとと馬場俊英というシンガー・ソングライターが出場していました。

馬場俊英は一昨年あたりから「中年の星」みたいな扱いでマスコミに出始めて、徳光和夫あたりが結構入れあげて紹介していましたから、「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は聴いたことがありました。紅白でもそっちを唄うのかと思ったら、今売りたいらしい「スタートライン」という曲を唄っていましたね。会社の車のラジオで2回くらい聴いたことがありました。

馬場俊英

フォーマットとしてはかなり古い、というかジェームス・テイラーとかそういう感じの音楽で、いまさらオリジナリティが、とか何に似てるとかという話はいたって野暮な話になる音楽です。きっと好きなんですね、本人が。
また、本人の声質も昔ながらの、歌の上手いお兄さんの声です。田中星児ほどイノセントではなく、夜になればちゃんと性愛関係にも対応できる大人の男の声。昔のアメリカ映画に出てくる、突然ギターを弾いてカントリーを唄い出すオジサンとか、キャンプファイヤーで火の管理をしていたかと思うと、真ん中で歌詞をコールしながら伴奏してくれるアウトドアなお兄さんとか、そういうイメージの声。杉田二郎→ばんばひろふみの路線です。私は以前、渡辺美里や元m-floのLISAを「優しいお母さん声」とまとめましたが、同じように杉田二郎、ばんばひろふみ、馬場俊英を「永遠のアニキ声」と命名したいと思います。

そういえばばんばひろふみの本名は馬場だったと思いますが、この人ひょっとして親戚でしょうか?さらにこのスタートラインは明らかに"SACIHKO"に似ていますし、二つとも下敷きはビリー・ジョエルの「オネスティ」だと思われます。

だいたいここ20年くらいというもの、日本のポップ・ミュージシャンは「売れるイイうた」を作ろうとすると、「ワン・モア・ナイト(フィル・コリンズ)」か「素直になれなくて(シカゴ)」か「見つめていたい(ポリス)」か「オネスティ」のマネをすることになっていて、それは現在も続いています。

2007/10/29

最期の川/CHEMISTRY

ここ十何年か、「いい唄アレルギー」になってしまい、特に年末を控えたこの時期、若いアーティストがえらく保守的なバラードを出して来たりすると、背骨の下の方がこそばゆくなるような感じを覚えて、「やめてぇー」と云いたくなる。
できるだけそういう曲の情報は聞かないようにしているんですが…。

先日、たまたま車で移動中にかけていたラジオで、なんとかいう映画の主題歌であるCHEMISTRYの新曲、と紹介されていたのが「最期の川」でした。辛島美登里なイントロから驚くほど普通のバラードが聴こえて来て、CHEMISTRYってもうちょっと志の高い曲を歌ってたんじゃなかったっけ?とちゃんと確かめたくなりました。
GYAOでクリップが配信されていたのでアクセスしてみると、紹介文に「作詞が秋元康」と書いてあって、謎も解けたし聴かなくていいような気がしましたが、つい恐いもの見たさで聴いてしまいました。

うーん。凡庸な詩と曲を、歌い手二人の根性で無理矢理2007年にアジャストしている感じでした。内容は「千の風になって」のヒットを下敷きにマーチャンダイジングされた、過去に「人の死」について書かれた作品(歌、マンガ、ドラマなど)のフレーズをパッチワークしたようなもので、曲も平凡。これで感動するためには、聴く側も童心に帰るか、または歌い手のCHEMISTRYに匹敵するくらい根性を入れて、独自の思い入れをするしかありません。
これを陳腐というと、おそらく秋元康は「俺は『川の流れのように』の作者だぞ、『川』は俺様が本気になったときの象徴なんだ!ありがたく感動しろ!」と居直るんだと思いますが、あれだって戦後最大の歌手が自らの命を削って一人前の曲に聴こえるようにしてくれていたんだから、作家の手柄じゃないし…。
たしかにCHEMISTRYは上手いし、二人揃っていい声を聴かせてくれますが、そのメロディラインは普通に動くと昔の曲に似てしまうのを、必死になって別方向にねじ曲げているのが分かりすぎです。結果、歌い手二人のハンドル操作の巧みさだけが伝わってくるのが気の毒です。

その昔、演歌は時代と歩いていけなくなった人を、いつまでも名前だけで大センセイ扱いし続けたことで世間から見捨てられましたが、今のJ-POPの生産ライン内にもそろそろ整理しないとボトルネックになる、老朽化したセンセイが多くなって来たのではないかな?どうせ減価償却は終わってるんでしょ?

2007/06/30

君のハートはマリンブルー/杉山清貴&オメガトライブ

その昔、シティポップという言い方がありまして、今の若い人に説明するのが難しいのですが、外国で流行ったAORの感じがするニューミュージック的なもの、でしょうか。
荒っぽく云うと、林哲司や角松敏生が作る曲のことです。
当時、音楽雑誌を読んでいたら、林哲司が「歌謡曲→洋楽」のボリューム調整みたいなものがあって、杉山清貴だったら洋楽ボリュームを8くらい、菊池桃子なら4とかそういう感じで作ってる、というような話をしていて、「くっだらねー」と思ってすぐにその雑誌を捨ててしまいましたが…。

今、ネットで調べてみたらシティポップは80年代前半から流行り始めたようです。
チューブが出てくる前、夏はサザンか山下達郎か、または杉山清貴だったんですよね。

今日の「りふれいん」はその杉山清貴&オメガトライブが歌った「君のハートはマリンブルー」です。
小っ恥ずかしいタイトルだなあ!今、このタイトルを(笑)とかを付けずに発表するのは無理でしょうね。たとえばDJ OZMAあたりが、カバーして「ユーのハートはマリンブルー」とかなら通るのかもしれませんが…。
達者なバンドが、ギターソロで頑張るといったこともせずに淡々と演奏する中、杉山清貴があの声で大甘口で歌います。売れている歌手で声がきれいな人って意外と少ないんですが、杉山清貴は発声も自然ですし、その自然に出した声がきれいでしたね。
どうでしょう、日本の男性歌手で美声列伝をやってみたとき、この30年に限ると、松山千春、杉山清貴、クリスタルキングの田中さん、小田和正。玉置浩二と平井堅は美声というよりテクニックで褒めた方がいいかな…。

とくに最近は、男女ともちょっとハスキーな声じゃないと売れないしね。

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...