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2025/05/05

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめてしまいました。とにかく5月2日に配信されていたのが本作"Mine or Yours"です。「わたしのものまたはあなたのもの」?

曲調は最近の宇多田ヒカル作品としてはかなりわかりやすいカラオケ、というか80年代っぽいです。このままユーミンが出てきて歌い始めてもまったく違和感がないようなミドルテンポのお洒落サウンドです。キャラメルママっぽい。

なんでもコカコーラ「綾鷹」のCMソングらしい。だからあまり難しくせず、お茶のCMだからリラックスさせたいというわけなんですね。「じゃあ、流行ってるみたいだから今回はシティポップってことで(笑)」みたいな感じかもしれない。

Apple Musicで歌詞を見てみると、いつも通り一筋縄ではいかない感じの作詞がされています。唐突に「緑茶」が出てくるのはご愛嬌として、CMソングとしてはかなりギリギリな言葉を選んでます。"I love making love to you"なんて物騒な(?)英語がぶち込まれています(ホセ・フェリシアーノの曲名の引用?)し、だいたいタイトルの"Mine or Yours"も中学英語の試験範囲ですが、だったら"Yours or Mine"じゃない?とやや違和感が。

試しにGoogleで検索してみると、今は宇多田ヒカル関連がずらっと出てきてループしてしまうので「-宇多田ヒカル」とか「-Utada」とかつけて振り落としていくと、どうやら最近のイギリス英語で「私の場所、あなたの場所」という意味に使われており、それはフランス語の”Chez moi ou chez toi”という言い回しの影響らしい。今、宇多田ヒカルはたしかロンドン在住でフランスも近いから(恋人とはマルセイユで会うのが都合いいらしいし)、今の現地の雰囲気からのフィードバックなのでしょう。

つまりタイトルの意味は「私の場所(または)あなたの場所」ということなんだと。

歌詞の中でも「毎日一緒はしんどいかも」と言っているので無理に結婚とか形式にこだわらずに、たまにトラブルもあるけどいい関係でいようね、ということを歌ってるのかなと思う。若い時にいろいろあったあとで辿り着く40代のパートナーシップってことでしょうか。

ところで私もいくつかSNSをやっていますが、この曲の歌詞「令和何年になったらこの国で夫婦別姓OKされるだろう」に引っかかって、「政治的だ〜」と言っているバカが発生している一方、「ヒッキーが夫婦別姓を応援してくれてる」と喜んでいる向きもいて、いずれにしても日本人てほんと小さい穴の中で生きているのだなあと悲しい気持ちになる(だから"X"はなにか通知があった時しか見ない)。

宇多田ヒカルほどの知性がこのような問題に無関心なわけがなく、自作品に反映するのはあたりまえであるし、欧米のアーティストであればこのような問題にはもっとあからさまに政治的メッセージを発信するでしょう?だからいちいちその背後になにかあって言わされているとか考えるのは自身がそのような発想しかできない小市民的やっかみでしょう。

一方で「応援してくれてる〜」と喜ぶのも変で、そもそも有名人の発言に必要以上に依存した挙句の果てにわずかな主張の差異を見つけては手のひらを返すようにして「裏切られたー」とか言い出すのがこの国のパターンだから、変に巻き込まれない方が良いと思います。

そして、ここからは意地悪な書き方になるけれど、「ロンドン在住で10代の間に一生分稼いでしまった宇多田ヒカル」は今さら日本からの金や圧力で動くようなことはないし、極東に住む小市民がなにを言っても、彼女が今の生活を脅かされるようなことはないということです。反応するとしたらせいぜい呆れ返って日本に来なくなるくらいでしょうし、それを打ち破って手を出そうとしたら訴えられて七度生まれ変わっても報えないくらいの賠償金を請求されるでしょう。レベルが違いすぎるんだから。

SNSは利用するすべての人をつなげてくれるけれど、同じ土俵にあがるにはそれなりの教養だったり知性だったりがいることを自覚していない人がすっかり多くなり、バカな理屈で難癖つける例が過剰に目につきます。

今一度自分の足りない教養を補う作業をいたしましょう、お互いに。

 


2024/04/21

SCIENCE FICTION/宇多田ヒカル

前回の更新から2年近く経ってしまいました。その間に会社を定年退職したり引っ越ししたりで自分のことで精一杯でしたが、まあ晴れてほぼ自由の身(経済的にはどんどん不自由になるわけですが)ということで、これからは身バレしようが炎上しようが誰にも迷惑がかからないことになっています。

さて、今回は宇多田ヒカルの25周年記念・初ベストアルバム"SCIENCE FICTION"です。昔出してたシングルコレクションは年代で区切られているから、公式オールタイムベスト盤はこれが初めてってことなんですね。

新曲が1曲なので、それ以外はすでにライブラリーに読み込み済みのはずなんですが、そういえば最近物理ディスクは購入していなかったのと、たぶん無理だけど今年のツアーの優先購入枠に申し込めるということなので、初回限定版をアマゾンで注文しました。昔のLP盤ほどではないけどやたらでかい包装で届いてちょっとびっくり。とりあえず飾ってみましたが、ほこりが付きそうなのでどうしようかな?

宇多田ヒカルについては毎回タイトルを深読みしてしまいますが、今回の"SCIENCE FICTION"というのもいろいろ考えさせられますね。つまり”SF”でしょ?

一説にはすでに死んだジャンルとも、死んだのではなく普遍化したとも言われる「空想科学小説」をなぜタイトルに?

もともと帰国子女どうのこうの関係なく、同世代の一般人(というか我々おっさん世代も含め)と比べても桁違いの読書家だった宇多田ヒカルが、SFについて一家言持っていないはずがなく、ただ新曲が"Electricity"というちょっと「ぽい」タイトルだから、みたいなオチでは絶対ないはずです。何が言いたいのかなあ?

さて、中身の話です。もちろん買って損するようなものを発売するはずがない(かつてコピーガード付きCDという醜悪なメディアがありましたが、彼女は一貫してコピーガイドCDは販売しなかったので信用している)。全26曲のうち、再録音が3曲、リミックスが10曲、新曲が1曲なんで半分は持ってないトラックが入っていて通常盤4400円だから元はとれる(?)ようになっています。もはや純粋なCD再生装置を持ってないので早速iMacに取り込むとApple Musicのドルビーアトモス、ハイレゾロスレスで聴けるようになりました。

リミックスというと20世紀の終わり10年くらいからやたら流行って、当時は昔のカラオケをダンスミュージックっぽくしてみました、みたいのが多かったような印象です。録音し直ししたものでもジュディ・オングの「魅せられて」みたいに昔のオーケストラの方がカッコよかったのに腰砕けなテクノ歌謡になっちゃった例があるので心配でしたが、そのような蛮行はなくてよかった。

リミックスや再録音の対象になっているのはデビューから長期休養前に発表されていた作品です。聴いてる素人からすると古くなっているとも思っていないけれどなんだかんだ最大25年の時を経ているわけだからサウンド的に統一感がなくなりそうな部分をアルバムトータルで調整したのかな?と思っています。再録音されたものも歌い方がすごく変わっているわけではなく、その意味ではデビュー当時からめちゃくちゃ完成されていたことがわかって、逆に怖いくらいです。ただ、再生装置やApple Musicの処理またはミックスの違いかはわからないけれど、多重録音されたコーラスひとつひとつがよりはっきり聞こえてきて、味わいが増した気がします。

そんなわけで選曲にしろ曲順にしろ、このアルバムをどう聴かせるか、ということがちゃんと考えられたアルバムになっていると思うので、今まで追っかけていた人もここでひとつアルバムで購入するのはアリだと思いました。

Amazonのリンク


2022/02/12

BADモード/宇多田ヒカル

昨日書いたmiletさん、「落ち穂拾い」の人はMilletだよな、なんで"L"を1個減らしてるんだろうと思ってるんだけど、その綴りのおかげでGoogle検索でも"milet"で検索するとほぼこの人の情報にしかヒットしないんで、これはこれで大したネーミングなのかもしれない。僕も"rouseau"って名前で大真面目かつやたら自信満々にヘタウマなトラックを発表し続ける、痛いシンガーソングライターとして活動しようかな、などと妄想します。

閑話休題、宇多田ヒカルも新作アルバムが出ているので聴いています。とは言え近年でシングル曲として発表してきた曲が多いので今日は1曲1曲の話はあまりしないですが。

とにかく私のレベルだと宇多田ヒカルに振り落とされないように聴き続けるのが年々大変になってきています。本とかでもだらっと読める新刊本ばかり読んでいるとハードカバーの長編小説とか学術書(?)とかは相当頑張らないと読めなくなるじゃあないですか?読みづらい作品が悪いのではなくて読む努力を忘れてしまった読者が悪いわけです。消費するにもそれなりの研鑽やら精進やらが必要です。宇多田ヒカルは純文学ですからね。

いみじくも昨年夏の国際的スポーツ大会のオープニングなんかでも露見したとおり、食べやすい飲み込みやすいものばかり消費しているとファインアート的なものがどんどん衰退していって、ここだけは格調高く決めなきゃいけない頑張りどころでもサブカルノリの表現しかできなくて恥をかくことがあるってことは自覚してないといけないですね。

さて、今私が宇多田ヒカルのなにに振り落とされそうになっているかと言うと、彼女の曲がどんどんシンプルというかミニマルというかになっていっていて、おそらく進化の方向としては正しいのだと思うけれども、昔ながらのキーボード、ベース、ギターが和音をしっかり支えてその上にボーカルとコーラスが乗っかっているトラックじゃないと落ち着かない、というのがあるわけです。音はすごく良くて、スカスカということではなく空間はちゃんと埋まっているんだけど、要素を分解して聴いていると打楽器とキーボードのアルペジオがループしている空間に宇多田ヒカルの多重録音されたボーカルが浮遊しているだけだったりするわけです。かろうじてタイトル曲の"BADモード"はまあまあ穏当なJ-POP風ですけど。

参考までにApple Musicで手っ取り早く今の「最新ヒットのプレイリスト」なんかを流してみるとやはりかなり聴きやすい曲が並んでいるんですね。ちゃんとキーボードがコードを鳴らしてベースが輪郭を付けてくれて聴いてる方が不安になることがない。昔に比べるとどの歌手もそこそこ上手だし退屈しないように次から次へとフックが入るし。

また、最近のApple Musicは歌詞もカラオケボックスみたいに曲の流れに合わせて表示してくれる機能もついていて、聞き取れなくても歌詞カードにどう書かれているかの確認も容易にできます。それにしても最近のJ-POPの風景の無さはすごい。全部自分の頭の中のこと、自分と戦う歌ばっかりだ。今の若者、自己責任がすっかり身についています。

宇多田ヒカルの歌詞も日本語部分はかなりミニマルな感じになっていますが、実は英語のコーラス部分でかなりの情報、風景や行為についてストレートに語っていることが多く、そうすると辞書で単語の意味を調べたり、Google翻訳のお世話になったりしながらいちおう確認しておかないと意味がまったく取れないままになってしまうわけです。客だからと言って楽しちゃいかんということです。

2020/08/11

誰にも言わない/宇多田ヒカル

宇多田ヒカル、最近音はすごくいいんだけど地味な曲が多くて、ちょっと知能指数上げすぎなんじゃないのかなあと心配になっていたんですが、すみません、私が間違っていました。

宇多田ヒカルの歌い方は日本語が聞きやすいし、英語はもともと俺がわかんないし、でストリーミングがメインになってからはちょっとチェックが疎かになっていたんですが、今回の曲のタイトル「誰にも言わない」はそのタイトルがちょっと気になって、ダウンロードした後でしっかり歌詞を読んでみました。結構すごいことになっていました。

「誰にも言わない」というタイトルが気になったのは、今からかなり昔になりますが、私は東芝EMIの管理下で二十歳そこそこの彼女が投稿していたブログ(MESSAGE From HIKKI)をいい歳してしつこく読んでいました(キモっ)。

そのブログでかの大ヒット曲「Can You Keep A Secret?」発表の際、当時は彼女の英語タイトルの曲におしゃれな邦題をつける読者投稿という恒例行事があって、その時のご本人公認の邦題が「誰にも言わない?」だったのを覚えていたからです。

頭の良い宇多田ヒカルが自分の新曲のタイトルを決める際にこのことを思い出していないはずがなく、当然15年だが20年だか越しのアンサーになってるに違いないと思ったのです。

「Can You Keep A Secret?」は今思えば彼女の最初の結婚の寸前に発表されたのですが、私小説家・宇多田ヒカルはとても正直な人なので、恋をしていれば恋をしているような歌詞を書き、不幸なことがあればそのことを歌ってきました。だから「Can You Keep A Secret?」を聴いた時にオジサンは「あー、彼女は今恋をしているのだろうなあ」と思春期の娘を持った(ことないけど)父親のような気持ちで見ていたものでした。


で、2020年の新曲「誰にも言わない」です。

耳で聴くと、今回も曲調はわりとスローで地味です。ただ、通りいっぺんのバラードではなく、音のクォリティというかサウンドの計算がすごいので、聴き始めたら途中で飽きることはありません。最後まで連れて行かれるパワーはすごいです。

でも、今回は「Can You Keep A Secret?」のアンサーになっているのかのチェックもしなければいけないので、iTunesに落として「情報」タブをクリックして「歌詞」を開いてみるわけです(開業以来しばらく、歌詞についてはiTunesのストリーミングはボロボロでしたが、数年前から改善されて歌詞がかなり忠実に見られるようになっています。そういえばマップもだいぶ良くなったようですね)。そうやって歌詞を開いてみるとじつは全体の2/3が英語です(Mixでコーラスパートだと思って聴き逃せるくらいの大きさで聴こえるんですが)。その英語は大して難しくないのでGoogle翻訳などもチラチラ使って確認してみると、「Can You Keep A Secret?」の頃は(年上の?)相手に向かって「こんなことして、誰にも言わない?」って聞いてたヒカルちゃんが、このたびは「周りには心配されてるけど、誰にも言わないから」と相手に言(い寄)っているわけです。しかも「私を満足させられる?(&お金ならあるわよ、かな?)」とか言っちゃってて、めちゃくちゃエロいわけですわ。彼女の場合は、やっぱりちゃんと歌詞カードとか見ないとダメですね。

2020/05/16

Time/宇多田ヒカル

コロナ騒動が収まりきらない中ではあります。
私も月の八割は在宅勤務ということで、それまでの糸が切れた凧のような営業スタイルもやりようがなく、定期的に上がってくる注文をおとなしく見ているだけ、という毎日です。
音楽環境としては、先月からAmazonアンリミテッドのキャンペーンで3ヶ月追加料金なしとかいうのにまんまと騙されて絶賛愛聴中。iTunesとは微妙に違ったラインナップで、たとえばAppleMusicでいまいちアルバムとしてのまとめ方が変だった斉藤由貴のâgeとかゴダイゴの「西遊記」なんかがきちんとしたパッケージで提供されているのに気を良くして聴き直していました。そしたらなんということかゴダイゴのギターだった浅野さんの訃報に接してしまい、寂しい思いをしています。

さて、そんな中で「宇多田ヒカルの新曲が配信トップに!」のニュースをみかけておやおやエヴァンゲリオンだったっけ?と思ったらなんかドラマの主題歌になっているらしいですね。
もはやサブスプリクションで個別の決済もないまま聴くことができました。

このところあまり売れ線臭のしない音作りの曲が続いていましたが、ドラマ見ている人に「はい、主題歌は宇多田ヒカルですよ、ちゃんとお金使ってますよ」と言いたいプロデューサーに依頼されたのか、この曲はちょっと既視感のある曲になっています。
小田さんの「ラブ・ストーリーは突然に」を聴くと「君が、嘘を、ついた」と「Yes-No」がぼんやり聴こえてくるように、「Time」を聞いてると「Flavor of Love」とか「For You」とかがフラッシュバックするようになっています。6月予定と聞いていたシン・エヴァンゲリオン劇場版はいつの公開になるかわかりませんが(私は担当外ですが)、そこでも主題歌が出るんだと思いますけど、どういう曲を出してくれますかね?
私としてはこのへんではっちゃけた曲も出してもらいたい気がします。それこそKing GnuみたいなあまりJ-POP臭のしないロックバンドなんかと仕事してもらえないかな?

2019/02/03

Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018/宇多田ヒカル

先週の日曜日、前日になってBSスカパーで宇多田ヒカルのライブが放映されることがわかって、慌てて録画をとりながら視聴しました。あー驚いた。

昨年秋に行われた全国ツアーの最終日の実況とのこと。タイトル"Hikaru Utada Laughter in the Dark"はまたまた一筋縄ではいかない感じの矛盾した概念を表しています。ちょっとこのところこの路線の頻度高すぎませんか?と思って、元ネタを探ってみたらナボコフに同じタイトルがあるようです。「暗闇の中の笑い」、試される教養。

セットリストはやや地味というか渋い印象で、ズンドコお調子系の曲はかなり絞り込まれています。休養前のヒット曲は前半にメドレー形式でぽんぽんと放り込まれて客席を温めたあとは最新の2枚のアルバムのナンバーをじっくり聴かせる構成。相変わらず、歌以外のパフォーマンス(MCや肉体を使った表現部分)にはデビュー以来の素人臭さを感じさせつつ、ドレスから露出した肩や腕には定期的なトレーニングを欠かさないプロ意識をにじませていました。

また、前半終了後の着替えタイムには、芸人であり芥川賞作家である又吉直樹の脚本・出演によるコントビデオ(なぜか笑いの質がドリフあるいはゲバゲバ90分的)が上映されるというおまけ付きでした。

さて、新作アルバムでもそうなのですが、このライブを見ていて少し心配になったのは、ひとつはちょっと声が細くなったかな、というところ。歌声としては休養寸前の、ネット配信された横浜スタジアムのライブの頃がもっとも脂が乗っていた感じで、まだそこまで戻ってないかなと思いました。まだ三十代なので、衰えではなく出来上がってないだけだと思いますが。
もうひとつは作品のことで、復帰以来、「母親の鎮魂」というテーマが非常に大きいのはわかるのですが、自分が母親になったことがあまりストレートに作品に反映されないのがちょっと気にかかります。クマのぬいぐるみにも歌を捧げていた彼女の私小説作家的体質を思えば、そろそろ子供との関係を題材にした曲がもっと生まれてきても良いのではないかなあ、と余計な心配をしてしまいます。ことによっては童謡集作るくらいのことをしても不思議ではないんだけど(太田裕美はそうなって、昔からのファンは置き去りにされましたので、そうなってほしいわけではないんですが)。

宇多田ヒカルの家庭環境を思うと、子供を生むということについてもいろんな葛藤があったと思うし、現在はシングルマザーになっているわけですから、いろいろ苦労していると思います。なにかあったときに駆け込む実家にはおばあちゃんはいないわけですし。プロデューサー宇多田照實氏が全面協力しているんだとは思いますが、さてその実際はどうなのでしょう。
https://hikaruutadatour2018.jp




2019/01/26

Face My Fears/宇多田ヒカル

え、もう新曲出るの?海外でもトップソングに?
と一瞬思ったけど、ああ、ゲームのテーマソングなのね。と自己解決。
一応、ネットで確認。→http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/71745/2

コンピューターゲームはまったくやらないので知識は超・乏しいのですが、たしか宇多田ヒカルとゲーム音楽の関係は「光」からだったと記憶しています。「KINGDOM HEARTS」というのがどのくらいメジャーなゲームかは知りませんが、発売すぐに世界中でプレイする人がいるくらいのゲームなんでしょうね。
ヱヴァンゲリヲンのテーマもそうですが、こういったコラボレーションはどっちかがどっちかに寄生している感じのない、対等な提携関係という感じがして座りが良いと思います(ちびまる子ちゃんの大滝詠一や桑田佳祐は「大御所、サービスしすぎ!」と思ってしまいましたが)。

さて、iTunesでEP版をそっくりダウンロードすると、4曲入でM1(表題曲日本語版)、M2誓い(アルバム「初恋」から)、M3(表題曲英語版)、M4(M2の英語版)となっていました。「誓い」もゲームの中に使われてるのかしら?
タイトルの"Face My Fears"は直訳すると「私の恐れに向き合え」で良いのかな?相変わらず厳しめなタイトルで、曲調もかなり緊張感があります。音階はかなり和風な感じで、外国人にとってはかなりオリエンタルな感じがするんだろうなあと想像します。ゲームのテーマだったらもっとド派手な感じになってるのかと勝手に変な期待をしていましたが、ちょっと違ってました(「光」もそうでしたけどね)。尺も短いですし。



さて、ここからは余談。ちょっと前に書いた米津玄師のことへの追加です。米津玄師の曲についてはすごく感心したし、その後のメディアの情報でも吉田拓郎や桑田佳祐からも高い評価を受けているということで、やはり良いものである、という評価が(紅白歌合戦以降)確立した感じがします。

その一方でちょっと思ったのですが、米津玄師の音楽には洋楽成分があまり感じられない気がします。彼の音楽的生育史はまったく知りませんが、「Lemon」を書くために必要な音楽的素養はほぼほぼJ-POPを聴いていれば得られるのかな、と思いました。

基礎としてオフコース(小田和正)ひょっとしてはっぴいえんど。あと桑田佳祐、小室哲哉、ミスチル、宇多田ヒカル、椎名林檎くらい。なんだ我々とそんなに変わらないじゃん。

以前に、いきものがかりのことをこのブログか、もう一個のブログで書いたとき、使われている部品があまりに80年代ニューミュージック的だったので、若者としてどうなのよ?って論調になりましたが、いきものがかりのデビューから10年くらい?たった今、いよいよJ-POPだけをベースにしてもこれだけのクォリティが出せるのか、とちょっと進歩を感じました(米津玄師が洋楽聴いているとかいないとかは知りませんよ。勝手な解釈です)。






2018/08/12

初恋/宇多田ヒカル と、ちょっとおまけの雑談

昨日、久しぶりに記事を書いてみましたが、いやもう文章はくどいわ、点は打ち過ぎだわ、論旨はテキトーだわで本当に困ったもんだ。

こりずに今日も書く。宇多田ヒカルの新しいアルバム「初恋」です。ええ、もちろん発売週に買ってますとも!

昔のようにしゃぶりつくすように書く体力はありませんので、いたってあっさりとまとめさせていただくつもりです。ていうか、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で素人の深読みの余地がないくらい正解が提示されています。興味があったらそっちを見れば良いわけで→と思ってNHKオンデマンドのリンクを貼ろうと思ったら、すでに配信終了になっていました。いつか再放送すると思いますが。

録画してなかったので、NHKオンデマンドで1回見ただけなんですが、制作現場や本人の姿勢なんかはわりと思っていた通りでした。マックブックを相手に一人でプリプロをやって、仮歌まで作ってからミュージシャンを呼んでオケを完成させて、最後に歌詞を仕上げて歌を入れる、という手順。おそらく作曲を自分でやるアーティストは、今はみんなこんな感じなんでしょうね(なんのソフト使ってるのかは知りたいです)。
「プロフェッショナル」では、制作現場の映像はもちろんですが、結構インタビュー部分が多く収録されていて、彼女のちょっと普通じゃない生い立ちなども淡々と語られていました。デビュー当時から公開されている情報に触れているだけでも「まあ、そんな感じなんだろうな」と思っていたことが改めて検証されたところが多かったです。挙動不審な父親とエキセントリックな母に挟まれた一人っ子、という環境がちょっと自分に似ているので、勝手にシンパシーを感じていました。それにしても「小学校三年生くらいで怒りとか悲しいという感情がなくなっていた」というのはさすがに驚いた。

さて、作品としては前作から2年も経たないうちに発売された復帰第二弾ということで、宇多田ヒカルにしては量産体制と言って良いペースで出てきたこのアルバム。前回よりも一段と落ち着いた印象です。前回はなんだかんだ男声ラップとか椎名林檎とか、結構バラエティに富んでいたのですが、今回はがっぷり四つの力勝負という感じです。電子楽器系の音はほとんど鳴らず、シンプルなバンドサウンドとストリングス、たまに分厚いコーラスという感じ。聞き手に緊張を強いるようなことはありませんが、すごい完成度です。そして歌詞がどんどん深くなっていて、二十も年上の私が聴いてても苦しくなります。

なんども書きますが、今、J-POPを聴いていて歌詞でなにかを考えさせられることはほとんどありません。怒るでも泣くでもなく、周りと衝突しないで気の持ち方だけでなんとか日々をやり過ごそう、としている歌ばかり。たまに硬派なことをいっているのかと思ってもよく聞くと「そういうパターンのやつ」をコピーしているだけだし。

世間にはこんなに不条理や不公平が溢れているのにねえ。

ここからはおまけですが、数ヶ月前にテレビ朝日「ミュージックステーション」に女の子のバンドが出てきて、その態度が悪い(タモリにタメ口!)と炎上しかけて、「お、なかなかロックな佇まいじゃん!」と期待してるんですけど、その後どうなったかな?一応、アルバム1枚聴いてみました。評価保留。

それにしても昔は態度悪いフォーク、ロック系のアーティストがいっぱいいて、そこからちゃんと大物になった人もいたんですけどね。芳村真理の前でチューインガム噛みながら歌った人とか、ギターぶん投げて壊しちゃた人とか。今でも泉谷しげるがたまに再現してくれますが、あれはもう「お約束」だもんなー。


2016/10/09

Fantôme/宇多田ヒカル

おめでとうございます。
ついに宇多田ヒカルの新作が発表されました。
ありがとう、これでブログが更新できます!

"Goodbye Happiness"が収録されていたベスト盤を除外すると、オリジナルアルバムとしては2008年の"Heart Station"以来なんだとか。いや、自分で全部買ってますけど、確かにそのようです。
巷では複数バージョンや握手券やらに頼らないで売上1位はさすが、という話になっていますね。
最近は、山下達郎でさえCDの容量いっぱい15曲入りになっていますが、このアルバムは11曲入り、演奏時間49分。
古き良き時代を懐かしむような物言いになりますが、やっぱり昔のLPレコードくらいのフォーマットでまとめてもらった方が、聴きやすいです。昔のロックのアルバムなんて裏表で30分くらいだったじゃないですか。

これなら通勤の片道で通して聴けます。

さて、このアルバムを待たずとも、「花束を君に」と「真夏の通り雨」はダウンロード配信されていたので、そのタイミングで書くことも考えていたのですが、「花束を君に」の70年代風味というか、ちょっと思っていたのと違った(嫌いではないんですが)し、「真夏の通り雨」はやっぱり暗く感じてしまってブログのネタになりませんでした。
今回、アルバムとして通して聴いて、やっと体に入ってきました。

さあ、通して聴いてみると先行発売された2曲、さらに「桜流し」も含めてそれぞれの曲がきちんと配置されて、ようやく宇多田ヒカルの今回のテーマというものが見渡せるようになりました。発売前後に集中的に出演したテレビ番組では、やはり母である藤圭子の死と自身の出産の2つがあって生まれた作品(「桜流し」は時期が違うけど)であり、その影響を彼女自身が当然のこととして語っていました。個人的にはそういうことなんでしょう。
その他に、J-POPではなかなかテーマにならない同性愛のことを歌った「ともだち」なんて曲もありますが、この歌詞は別に同性愛にかぎらず思春期の思い詰めた恋の歌としても通じる普遍性がちゃんとキープされているのはさすがです。

さて、聴く側の感想としては、まずサウンドと部材(フレーズ)は"Heart Station"の延長と感じられる部分が多い。特に「道」「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」などの比較的ポップなナンバーはそう思います。そういう意味では、他の大御所の皆さんと同様、「いつも同じ」の世界にそろそろ入りつつあるようにも聞こえますが、なにせ年齢がまだ若いし、本人もまだまだ貪欲であると思うので、マンネリ化の心配はまだしなくて良いと思います(急に難しいことやられても着いていけないと思うし)。

ネットで断片的に見かけた(多分中年の)ファンのコメントを読むと、「邦楽のアルバムなんてずっと買ってなかったけど、宇多田ヒカルは買う」という人がかなりいました。まあ、宇多田ヒカルだけに限ったことでは無いんでしょうが、そういう人が他のアーティストよりもおおぜいいることの意味はなんでしょう?また、私ごとで恐縮ですが、こうして宇多田ヒカルの作品についてはなにか書きたくなるオジサンもいるわけです。

それが何故なのか?理由は何なのか?
他のJ-POPアーティストの曲は言葉が聞き取れないのに、宇多田ヒカルの歌は聴いているだけで歌詞がわかるし、その内容について考えたくなります。
おそらくそれは発声、発音、言葉の載せ方などの技術の問題だけではなくて、伝える中身がちゃんと歌詞の中にあるのか?枝葉末節ではなく、曲自体を大きく捉えたときに、そこにメッセージがあるのか?のほうが大きいんじゃないでしょうか。

亡くなった加藤和彦が生前(そして今思えば、結果として晩年)、テリー伊藤のラジオに出たときに「今の日本にはロックサウンドの音楽はあるけど、ロックは無い」ときっぱり言っていたことが忘れられません。ジャンルとしてのロックのことは私はよく分かっていませんが、加藤和彦が言っていた「ロック」って、どんなジャンルの音楽でも無くしちゃいけないものなんだと思います。



2014/12/20

宇多田ヒカルのうた13組の音楽家による13の解釈について

去る者は日々に疎し、といいますが、15ヶ月ぶりの更新です。
もともとは、「音楽が趣味」と言い続けるためには1週間に1、2度は音楽のことを考えよう、という思いで始めたこのブログですが、昨年後半からは恐ろしいほどのネタ不足に襲われてどうしても更新ができませんでした。
ここ1年は本当に新譜を買っていなくて、大滝詠一の「EACH TIME 30th Anniversary Edition」みたいな「新商品」だけど「中身は知ってるもの」しかプレイリストに追加していないのです。
1980年代を知っている身としては、ここ十数年で「実力派」といえるシンガーはずいぶん増えたと思います。若い人でも、歌い手としてのJUJUとか西野カナとかはとても上手だと思います。
でも、その人たちが購買意欲を刺激してくれる曲を歌っているかというと、あまりにも売るための苦悩が作品に滲んでいて、無邪気に聴けない。「みんな同じに聴こえる」というのは年寄りの常套句で、自分が年を取って感性が鈍くなっているのを商品に八つ当たりすることはないだろうと思って生きてきましたが、とうとう自分がそうなってしまったようです。

さて、そんな私が年末ぎりぎりになってiTunesからダウンロードしたのが表題のアルバム。まあ、これも「中身は知ってる」ものなんですが、「浜崎あゆみが歌う宇多田ヒカルナンバー」とか、聴いてみたいじゃないですか?

さて、実際に通して聴いてみると、さすがにビッグまたは一癖あるアーティストを並べただけあって、まあ中には眠たいのもありますが、お買い得な1枚になっていました。
好きなのは、岡村靖幸の「Aotomatic」、椎名林檎の「Letteres」あたりでしょうか。曲によってはずいぶんと大胆なアレンジの変更が加えられており、このまま各人がシングルカットすればいいのに、という出来映えです。
注目の浜崎あゆみは、どうせ「Wait & See~リスク~」か「Movin'on without you」のどっちかだと思ってましたが、「Movin'on~」を選択。ちょうど、今思うと天文学的な売上数字を両者で競っていた頃の思い出の曲ですね。「枕元のPHS」の歌詞は時代を感じさせます。
私は浜崎あゆみ作品にはほぼ全く興味が無いのですが、近年になって歌手としては実は大したもんなんだということには気づいていました。その彼女がかつてのライバルである宇多田ヒカルのトリビュートアルバムに参加するという侠気をリスペクトします。また、歌いっぷりが素晴らしいです(合いの手のコーラスも自分でやっているのが良い)。これをシングルカットしておけば紅白も卒業しなくてよかったのにねえ…。この曲は宇多田ヒカルとしてはもっともIQが低い感じの世界を歌っていますが、だからこそハマったのかな?

あと、加藤ミリヤの「For You」。出だしの、オリジナルCDを聴いてる様子を思わせる効果音から始まる、素直なリスペクトぶりに好感が持てます。アレンジも、今風に調整されていますが、オリジナルをかなり忠実になぞっていて、曲間のアドリブ部分も含めて歌唱は完璧コピーされています。途中で「Give me a reason」と「First Love」が引用されるのも、少女だった頃の加藤ミリヤの音楽体験がかいま見えるようです。
そして、あっと驚く井上陽水は「すきですきでどうしようもない♪」ってところを歌ってみたかっただけだと思うんですが、これはこれで楽しいです。

まあ、それにしても宇多田ヒカルの才能というのは本当にマルチで奥が深いことがよく分かりますね。井上陽水は極端な例としても、年上のシンガーがカバーしている曲のほとんどが10代半ばに書かれた曲(と歌詞)で、しかもそれが今歌っている本人たちとほとんど乖離していないこと。ゆったりと大きくうねりつつさらに細部で自在に変化するメロディライン。本人の声が特殊なので、実は過剰に切なくなってしまうのが、他の歌手に預けるととても気軽に聴けるということに気づかせてもらいました。そしてやはり今の時代と私には、宇多田ヒカルが帰ってくる場所がぽっかりと大きく残されているということも。



2012/11/23

桜流し/宇多田ヒカル

さて、いよいよOPUS本編の話を書くかなあと思っていたのですが、友人にディスクを貸してしまって「資料が参照できないわ」とグダグダしていたらとんでもない飛び込み案件が発生。宇多田ヒカル突然の新作です。

ヱヴァンゲリヲンの新作のテーマソング。過去2作は「Beautiful World」のアレンジ違い2パターンが使われましたが、3作目は宇多田ヒカルが休業中だから当然他のアーティストが起用されると思っていたところ、なんと書き下ろしの新作が採用されていました。

私は世代的にもエヴァンゲリオンはよく分からず、たま~にテレビで放映される時に斜め視聴したくらいですが、ちゃんと解釈しようと思うと結構な難物らしいことは漏れ伺っております。新作もネットで感想を見た範囲(映画館に観に行くほど熱心でないので)では予想の斜め上を行く怪作という評判(?)で一筋縄ではいかない作品になっているようです。
そんな作品(と、勝手に決めつけて進みますが)に呼応した宇多田ヒカルの新作はどうなっているかとiTunesでダウンロードして、やや緊張気味に聴き始めました。

「DEEP RIVER」とかCASSHERNの唄のような重っ苦しい立ち上がりです。「おー、このまま演奏時間6分とかか?」と思って演奏時間をちらっと見ると5分弱です。2コーラス+間奏+サビくり返しだとその時間では終わらなそうな勢いですが、実は意外な構成でした。
音数の少ないピアノの弾き語り風の前半(しかもちゃんと測ったわけではないが途中でテンポをわざわざ遅くしている部分もありそう)をじっと耐え忍んで聴いていると突然盛り上がり始め、そのままあっという間に終わってしまいます。
なんだなんだどうなった?ともう一回聴く、もう一回聴く…。またやられてしまったようです。

冷静になってよーく聴くと、この曲は
A-A-B-C-間奏-A-B-間奏-C-間奏-D-E-(Eのリピート)-エンディング
という組み立てになっているようで、もっと大雑把にすると
A-A'-B
のおっきな1コーラスが一方通行で終わっていくようになっています。

あー、きっとヱヴァンゲリヲンという作品もこんな感じなのかな?と勝手に納得しております。

YouTubeへのリンク↓
http://www.youtube.com/watch?v=MU9Srs04sFU&feature=share&list=SP26AA1CD25610650C

iTunesへのリンク↓

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2010/11/23

UTADA HIKARU SINGLE COLLECTION VOL.2 [Disc2]/宇多田ヒカル

正式な発売日は明日ですが、Amazonが休日バイトを集められなかったのか(まさかね)予定より1日早く"UTADA HIKARU SINGLE COLLECTION VOL.2"が今日のお昼前に届けられました。「休養前」だけに勤労感謝の日に届くようにしたんでしょうか?

さて、このいわゆるSC2、"DEEP RIVER"までがVOL.1でしたから、今回はその後のシングルを集めたベスト盤+別ディスクで新曲5曲のミニアルバムという作りになっています。さらに初回特典で"Goodbye Happiness"のビデオが付いています。
「衝撃のデビュー」から一気に駆け抜けた時期であるVOL.1と違い、こちらは結婚・海外進出・離婚その他諸々あった時期の作品が並んでいます。とはいえ、Disc1の方はすっかりおなじみの曲ですから後でじっくり味わうとして、とにかく気になる新曲5曲を聴いてみました。

1.嵐の女神
途中で「お母さん」と言っているので、これは自分の母親、美人で挙動不審なあの人に対する歌なんでしょう。ちょっと70年代頃の洋楽シンガー・ソングライターっぽい曲調は宇多田ヒカルには珍しい気がします。普段の宇多田ヒカルを期待すると拍子抜けするほどシンプル。

2.Show Me Love(Not A Dream)
こちらは曲はともかく歌詞がまったく宇多田ヒカルらしくないので聴いてて不安になる曲。「実際」「自力」「一歩」とキツイ音読みの熟語を並べるような乱暴な言葉の選び方をする人ではなかったように思うのですが。心情吐露的歌詞は"Fight The Blue"にも似ているようですが、あの曲のようにユーモラスな箇所も無く、きっちり受け止めるには辛い作品です。

3.Goodbye Happiness
その点、この曲は安心。宇多田ヒカルらしいアイデアがたくさん入っています。2コーラス終わった後のぶわーっと広がる展開も良いし。イントロの「あああ、あああ」のテーマが曲のほぼ全体でずーっと続いているところもおしゃれです。

4.Hymne a l'amour ~愛のアンセム~
サンプリングかと思うような2倍か4倍速のバックで歌う「愛の讃歌」。なんでこの曲?という疑問は晴れませんが、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」もありましたからね。

5.Can't Wait 'Til Christmas
「クリスマスまで待てない」ってタイトルもそうですが、この普通さはなんでしょう?どこかでなにか変なことをやってくるに違いないと期待してましたが、そのまま終わってしまいました。もちろん普通のJ-POP的には「いい曲」です。

私の要求が歪んでいるのかもしれませんが、今回の新曲5曲、特に1,2,5あたりは今まで通りの宇多田ヒカルを期待すると肩透かしを食います。従来の彼女の特長はシンガー・ソングライターとしての作品に透けて見える本人の姿(感情とか成長とか)が透けて見えつつ、実はかなりそれをソフィスティケートした形で品よく作品化しているところにあると思うのですが、今回は妙に生のままぶつけてきています。
それが「休養前」なのをいい機会に「一度シンプルな歌を作りたかった」というような創作上の欲求だったら良いのですが、いつものような才気あふれるアイデアとユーモアを込めて作品を発酵させるだけの体力が相当弱っていたのではないか?そんな、いらぬ心配をさせられました。

なにはともあれ、彼女は今の日本の大衆音楽においてダントツの才能だと思いますので、本当にボロボロになる前に休養でもなんでもして、末長く活動をして欲しいと思っています。ゆっくり休んでください、お疲れ様でした。

2010/11/09

Goodbye Happiness/宇多田ヒカル

あー、結局10月は1回もこのブログ更新しませんでした。
年を取って感性が鈍くなっているのかもしれませんが、この秋は新しい音楽が全然耳に入ってきませんでしたから。ま、本業が忙しかったのもありますが。

そういう意味では11月になって宇多田ヒカルの休止前の最後の活動が活発化してきたのはありがたい。昨日からYouTubeで新曲のPVが公開されています。→http://www.youtube.com/watch?v=cfpX8lkaSdk 埋め込みコードは公開されておりませんので、参照しながら読んでいただければと思います。

もうすでに今朝の情報番組各種でも語られている通り、過去のPVのセルフパロディ満載の楽しいビデオになっています。AUTOMATICの椅子、Travelingの帽子と旗。固定カメラ1カット長回しは「光」ですね。他にも細かいネタがあるかもしれませんが、そういうのは得意な方にやっていただくとして、今日は楽曲の第一印象だけ「ざっと」書いておきます。歌詞の内容とビデオ(なんでも本人が監督したらしい)を合わせると前夫・紀里谷和明氏へのメッセージのような気もしますが、そのへんは本人しか分からないことなのでこれも深追いしません。

「本人が買って欲しい方」のベスト盤の、楽曲リストが公開されたとき、今回の新曲として"Goodbye Happiness"というのを見たときは「真っ暗」な気持ちになりましたが、楽曲としてはポップで分かりやすい曲で、まずはほっとしました。Amazonで予約した"SINGLE COLLECTION vol.2"が届くのが楽しみになりました。
それにしても問題はこのタイトルです。私はつっかえつっかえの受験英語程度の語学力しかありませんが、直訳すると「幸せよさようなら」ですよね。何かの引用かと思ってネットを検索してみましたが、ヒットせず(ていうかGoogle検索もほとんどこの曲関連でジャックされてる)。つまり決して前向きなタイトルじゃないわけです。

しかし曲調はこんな感じで、それはちょうど桑田佳祐が"TSUNAMI"を作った時のように、「みんなこういうの待ってるんだよね、分かってるよ」という感じで出してきた、そのギャップにちょっと驚きました。サビの入り方なんかはちょっと"COLORS"に似ています。
それにしてもなんというか歌作りの地肩の強いこと。結構上がり下がりのきついメロディですが、無理にでもいっしょに歌いたくなる楽しさがあるし、しかも全然力入れてない感じは申し訳ないけど最近の他の人がかく曲とは全然違います。今の彼女がやりたい音楽なのかどうかはわかりませんが、ただ「いわゆる宇多田ヒカル風売れセン」だけで作ってるとは思えない。きっと何か仕込んであるという感じがします。この曲で言えば、ひとつはその"Goobye Happiness"という「真っ暗」なタイトルであり、歌詞の端々に見え隠れするメッセージ色の強い単語です(そしてこの曲の根っこはやはり暗いものだと思う)。楽しげなPVは懸命なカムフラージュまたは彼女のテレでしょう。

宇多田ヒカルはこの10年ちょっとの間、質の良い大衆音楽をつくり続けてくれました。その間、彼女は超メジャーでありつつJ-POPの良心でもありました。純文学的、私小説的な彼女の作風は、コンスタントに新曲を吐き出し続けることは難しいと思われ、休業もやむなしではありますが、わざわざ宣言なんかしなくても竹内まりやみたいにぼつぼつとやってくれれば良かったのに…。そこだけが残念ですね。

彼女が戻ってくるまで、私はなにを聞いていたら良いかなあ…

2010/08/14

再掲:宇多田ヒカルの話

2007年5月に「はてなダイアリー」に書いた宇多田ヒカルの話です。
8月9日の本人のブログで発表された宇多田ヒカルの休業宣言については、私もなにかひとこと書きたいところなんですが、一から書く体力(ていうか根気)が無いので、まずここまでは考えました、ということで過去の自分の記事を再掲します。以下、ほぼそのまま引用します。


(前略)多分、宇多田ヒカルも現代に生きて活動している音楽家なので、他のアーティスト同様に営業面の苦労はあると思います。特にデビュー直後の数年は、東芝EMIの営業部のマネージャーなんか前年実績に凄い数字が残っていて、会議の時に「えー、去年は"First Love"特需があったものですから…」「バカもん、今年は今年だ!」とか怒られていたのではないでしょうか?まあ会社のことはさておいて単純に彼女個人のことを考えても、事実上のデビューアルバムが 800万枚も売れちゃったら、そんな数字が二度と出るとは思えませんから、次はどれだけ売れようと「落ち目」と云われてしまうと思うでしょう。そこでやり逃げしないで現在までコンスタントに新作を発表し続けたのはたいした精神力だと云って良いと思います。なにせ当時の彼女は高校生だったんですからね。

そういう厳しいプレッシャーがかかる状況に負けずに彼女が音楽を続けてきた理由は、天性の表現者だからでしょう。音楽が好きで、音楽によって自分を表現したいという意識を強く持っている。そしてそれは彼女の心のかなり深いところから来ているのではないかと私は推測(邪推?)しています。

70~80年代の「ニューミュージックのアーティスト」は、自作の恋の歌を歌いながら「歌詞は実生活とは関係ありません」とか「あくまでもフィクションです」という言い方をする人が多かった。また、その頃の男性シンガー・ソングライターは「歌詞が書けなくて」と云う方が格好良く見えたということもあります。男性アーティストにとっては「男が詩を書くなんてはずかしい」というアマチュア的なテレがあったように思うし、逆に「俺はサウンド重視のアーティストだから」というポーズにも使っていたのでしょう。槇原敬之みたいに「僕は詞先です」なんていう男性アーティストは稀だった。

女性アーティストにしても、アイドル視しているファンが多ければ、あまり波風の立つ発言はし辛かったでしょうし。

男性アーティストにおいては、その風潮がずっと続いているから、今も歌詞が伝わらない曲ばかりできてくるのかもしれません。それでも女性を中心に実体験を素材にしている人も出てきており、そのあたりの姿勢は改善されつつあるようですが、次の欲求として、表現のレベルをもっと高くして欲しいという不満があります。お昼に茅場町の定食屋でOLがしゃべってる内容と変わらないようなのが多い。

そこで宇多田ヒカルはどうか?

例えば、「ぼくはくま」のくまちゃんは、「歩けないけど踊れるよ」「しゃべれないけど歌えるよ」と云っています。彼女にとってお気に入りのぬいぐるみの「くま」が自分の分身であるのはほぼ明らかなので、彼女は自分のことを「他のことは無力だけれど、音楽が絡めば(踊るとか歌うとかの)能力があるよ」と云っているわけです、多分。


若くしてミュージシャンとして破格の成功をし、高校を飛び級で卒業して名門大学に入った彼女の、何が無力なのか?それは多分、家族(両親)とのコミュニケーションにおいてなのではないか?両親それぞれは自分をかわいがってくれた(想像)が、3人揃うと不安定になる家族。一人っ子の彼女は両親が仲良くいっしょにいてくれることに幼少の頃から必死で心を砕いていたのではないか?と同じく一人っ子の私は思います。

こういう子どもは「アダルト・チルドレン」になるんじゃないですか?彼女が早熟の天才になったのは、自分が早く活躍して柱にならないと家庭が崩壊すると感じていたからでは?また、意外なほど早くに結婚してしまったのはその裏返しでは?

そしてつい最近の様子を見ても、父と夫がスタッフとして名を連ねているコンサートツアー中に、なんで一人ホテルの部屋で熊のぬいぐるみとお話をしてなくちゃいけなかった(昨年の夏頃からの本人の日記を読みましょう→http://www.u3music.com/message/index.php?m=1)のでしょうか?

彼女の心の傷はかなり深く、しかしだからこそ表現者であるというのが私の邪推です。彼女自身が自らを救うために曲作りという作業を必要としているのではないか、と。こういう深読みができるから彼女から目が離せないのです。

さて、表現上の話もしてみましょう。

まず歌唱。

彼女の歌は歌詞が聞き取れます。

前にも書きましたが、"Comぴゅうたあ Screenのなかー"(Automatic)など、バイリンガルの気ままさでネイティヴ風英語とカタカナ語を奔放に使い分けたりするので、歌詞カードを読まないとわかりにくいところはありますが、きっちりした日本語のところはちゃんと聞き取れます。聞き取れるように歌うと言うことは、「聞かせたい歌があ」って作品を作っているからでしょう。


また、MISIAのような圧倒的な声量と伸びやかな声というわけではありませんが、お母さん譲りのハスキーボイスと音域の広さをもっています。それと人間なのにバイオリンみたいに聞こえるビブラートも魅力です。これらの財産は彼女の曲作りに良い影響があるでしょう。やっぱりレンジの広い楽器で作った方が、メロディの展開に幅ができますから。かといって声を出さずに鍵盤だけで作ると、ちょっと前に時代の寵児となった某大プロデューサー&コンポーザーの作品のように、小難しい割に歌った後に満足感が得られない曲になってしまいます(ま、だからこそ宇都宮隆のボーカリストとしての素晴らしさが味わえたんですが)。


そして歌詞。さっき「ぼくはくま」を題材に邪推を重ねましたが、彼女は若いながらも、あるいは若さ故にその人生の節目節目で「何かあったこと」をかなり正直に歌にしているように思います。"Can You Keep A Secret"では恋をしてるのかな、と思わせるし、"travelling"ではなにか活動上の大きな展開をもくろんでいるように思いました。"Flavor Of Life"も今の状況から深読みすれば「ふんふん」と納得できるところが多々あります。彼女は基本的に私小説作家です。

私はデビュー当時のオフィシャルサイトでの日記を結構ちゃんとチェックしていましたが、彼女は今の日本の高校に通う生徒に比べて(おそらく)はるかに日本の古典を読んでいます(私もあんまり読んでないので負けている)。それも夏目漱石とかの近代の文豪のやつ。私小説的表現に対して、今の若者には珍しいほど親近感を持っているはずです。

また、ヒップホップの台頭以降、突然流行りだした韻を踏む作詞法(松本隆なども意識的に言葉遊びをやってきたが、しばらくはあまり追随者がいなかった)も、彼女は谷川俊太郎に近い、より日本的センスで取り入れています。この辺は学校で優等生だった教養を感じさせます。「ぼくはくま」に話を戻すと、「くまくまくま くるまじゃないよ」も谷川的。

コンポーザーとしてはどうでしょう?

彼女は「クイーンが好き」と云っています。両親の趣味なのか、若いのに結構古い音楽に親しんでいます。だから、曲の中に我々ニューミュージック&MTV世代にとっても、分かりやすい展開が混じっています。例えば"Automatic"の「きーみにあっうとーぜんぶーふっ」のメロディはちょっとマイケル・ジャクソン(これも本人が好きだと云っていますね)の"Human Nature"のサビのにおいがします。


そして、そこがあるからR&Bに疎い私も一発でついて来れたんです。また"Wait & See"なんかは作者の意図は知りませんが、あのサビの畳み込みとバックコーラスなんか、後期オフコース好きの私にとって、まったく抵抗なく「大好き」と云える出来でした。

つまり、ぶっちゃけて言いますと、彼女は我々小父さんと話が合うんですな。

若いのに昔のことをよく知っているし、年上の人間にも分かるように表現をすることができる。これはかわいがられるでしょう?

そして、年上の人間をころがすことにかけては、大人の集団の中でたった一人の子どもとして育つ一人っ子は、無理しなくても自然にできるのです。

「おまえ、なんでその年でそんな古いこと知ってるんだよ」とか言われながら、苦もなく話の輪に入る。ましてやそこそこ頭が良ければ完璧です。

てなわけで、中年から見て見所のたくさんある彼女は、顔はお母さんほど美人じゃないけれど可愛い娘のようでもあり、私も今しばらく彼女の作品は注意して見ていくつもりでいます。

海外進出(失敗?)以降、ここ数年、世間の評価が良く分からないところがある(というか最近の彼女に関する評論って売上推移のことしかないんで、これだけ読み込める素材に対してもったいないことこの上ないと思う)んですが、出てくる作品としては私は実質2年目の"For You"の頃の方が、先が見えてこない気がして心配でした。それに比べればこないだの"Passion"なんかは本人が実験をしたかっただけで、今の松坂の四球病ほどの深刻さもないでしょう。

それよりも、彼女の感性を同世代の若い客層がどのくらい共有しているのかの方がよっぽど心配です。若者よ本を読め、昔の曲を聴け。宇多田ヒカルの感性を共有しなさい、と訴えたい。そうすると今売れている、商品としては一見完成度の高い音楽の中に、欠落している(と私が思っている)ものも分かってもらえると思うのです。

2010/01/03

新年おめでとうございます

新年おめでとうございます。
秋以降、Twitterにかぶれてしまい、「はてなダイアリー」の方は思いっきりペースが落ちていますが、さすがに140字でこちらのようなくどい話は展開できないので、当ブログについてはそれほどの影響はありません。とはいえ音源を購入するという出費が伴なう記事を書いているので、あまりしょっちゅう更新できないのはこれからも一緒です。

年末には紅白歌合戦やレコード大賞なんていう行事もあって、私も見るようにしてたんですが、レコード大賞は途中で寝てしまいました。
こちらのリンク→http://www.tbs.co.jp/recordaward/で受賞者(作品)は確認できますが、なんか全然わからなくて…。しかもオリコンスタイルとかで見られる年間売上ともリンクしてないし。紅白歌合戦も、あれはあれで何をやっても毎年悪口を言われていますが、レコード大賞の歪み具合はそれを遥かに凌駕しているように思います。

もう、「なんとか協会」でやる表彰は数字のみで確認できるゴールドディスク大賞と有線大賞に任せて、うまいとか芸術性とかを表彰したいなら、それなりの見識をもったと思われている人がそれぞれに発表して、個人的に時計なり指輪なり買って贈ってあげた方が良いんじゃないでしょうか?
もう亡くなってしまいましたが、「宮川泰音楽大賞」なんてのがあったら、私は録画してでも見ます。

で、こっそり私も考えてみたんだけど、2009年にアップした弊ブログの記事は39本しかなくて、しかも新譜が少ないorz
だから私が選ぶとこんなふうになってしまう。

最優秀シングル ゆず/虹
最優秀アルバム 相対性理論/ハイファイ新書
最優秀歌唱賞 Utada/Come Back To Me(アルバム"This Is The One"より)
最優秀新人賞 Superfly/やさしい気持ちで(だって一昨年まで知らなかったんだもん!)
最優秀ミュージックビデオ 桑田佳祐/昭和八十三年度!ひとり紅白歌合戦
企画賞 和幸/ひっぴいえんど、倖田來未×misono/It's all Love

相変わらず歪んでおりますが、今年もよろしくお願いします。


2009/03/21

This Is The One/Utada

そんなわけで今週はずっと"This Is The One"を聴いておりました。
iTSでもダウンロードで買えるのですが、先方の技術的問題でリンクが貼れません。またアマゾンのリンクを貼っておきます。

前回も書きましたが、今回のアルバムは宇多田ヒカルとして日本で展開している音楽との乖離が小さく、アメちゃんがどう反応するかは知りませんが、私たち国内のファンには違和感が無い、英語であること以外は聴きやすいアルバムです。
一曲ずつ聴いていても、過去の作品のフレーズがいい具合に再利用されているのに気がつきます(再利用、というよりも好きで使う持ちネタですね)。

M2.Merry Chrismas Mr.Lawrence-FYI
コーラスのフレーズが"traveling"に似ている。歌メロでは"passion"の一部と共通したフレーズが聴けます。
M3.Apple And Cinnamon
サビは「はやとちり(シングル"Wait & See〜リスク〜"のカップリング曲)」の変形ですね。
M6.Automatic Part2
これはまあ、タイトルが。ゲンかつぎ?こういう自己紹介の歌って日本のアイドル歌手のアルバムにありがちだけれど、アメリカでもあるんですね。つまりまだこういうアピールが必要な段階なんですね、新人として。
M9.Come Back To Me
前回も書きましたが、どこがどう、ではなく"First Love"的作品。ベタベタのバラードかと思いきや、バックトラックを差し替えると表情が変わります。彼女の音楽はスローなナンバーでも「ロック」なノリがあるところが良いです。余談ですが以前ここで書いたスコット・マーフィーの"First Love"のパンク風カバーはすごくよくハマっていて、曲の再評価に貢献してますね。

こちらのサイトにはインタビューアーの聞き書きの形式をとって本人の弁が書かれていますが、"EXODUS"は「一所懸命やったがちょっと違った」と思っており、「今回は自然な表現ができた」というようなことを語っているようです(全部英語なんで)。

宇多田ヒカルは"EXODUS"の後、日本で活動しながら次の展開に向けて、修行に入ったのだと思います。これは野球のピッチャーに喩えるのがいちばん的確だと思いますが、松坂大輔がMLBに行くにあたってカットボールやツーシームを覚えたように、「新球の開発」をしていたと思われます。


今、アルバム"ULTRA BLUE"を聴き直すと曲作りで新しいことを試しつつ("passion"とか特に)、歌詞のテーマは重たく暗いのが多くて、私生活も含めていろいろ総括しようとしていることがうかがわれます。やっぱりタイトルのココロは「超憂鬱」だったのか。
それが次のアルバムである"HEART STATION"を聴くと、1曲目の"Fight The Blue"の歌詞でその種明かしをしてくれています。"BLUE"と戦うぞ、と。期待されてプレッシャーすごいけどやるしかない、憂鬱にまけそうになったがタフになるぞ、と。アルバム自体の音が明るいです。「ヱヴァンゲリヲン」のテーマだった"Beautiful World"では"passion"でやりかけたことに再度挑戦し、聴き手には普通の曲だと思わせることに成功しています。つまり新球が完成したのです。

"HEART STATION"にも収録されていますが、やはり先行したシングル"Flavor Of Life"が好評だったことが改めて自信回復させたのだと思います。しかも"Flavor Of Life"のジャケットを見ると、ボクサー風にパーカーの帽子をかぶった彼女は横を向いています。今になって分かるのは、彼女が向いている先にはアメリカがあったんです。"This Is The One"では同じようにパーカーを着た"Utada"が正面を向いています。そっちを見てやっていたんだぞ、と。
どこまでが最初から決まっていたのかは分かりませんが、当然その裏読みの余地があることを分かって作られたことはまず間違いありません。おにぎりの謎だけがまだ残っていますが。

2009/03/15

Come Back To Me/Utada(2)

ちょっと前に「どうも発売されるらしいよ」という話だけ書いた"Utada"名義の海外向けアルバム"This Is The One"が国内で先行発売(アメリカでは5月に発売されるらしい)され、私はアマゾンで買いました。

アルバム全体ではまだあまり聴き込んでいませんが、日本での活動を知っている私たちにとっては前作の"EXODUS"よりも親しみやすいように思いました。

前作"EXODUS"では日本で親しまれた宇多田ヒカル色をほとんど捨て、「米国風」あるいは「アメリカ人が考える日本人」を演じすぎ、ビジュアルにしろ(YMO風の?)電子音を多用したサウンドにしろ、なんか無理をしている感じがしました。「まあ、アメリカに合わせるというのはこういうことなのかねえ…」と田舎で孫の心配をするお爺さんのような気持ちになりました。

今作では、国内仕様の宇多田ファンにそんな居心地の悪さを感じさせる部分が小さく(無くはない。特に本人のキャラクターと合っているのか分からない大人ぶった歌詞等に違和感があるけど、英語で書いた歌詞の方が素の自分である可能性もあるしね)て、聴きやすい。サイトのトップやジャケットに使用されている写真も、黒髪+ナチュラルメイクの我々に見慣れた顔を使ってくれているのが良いです(あっちの人には中学生に見られそうだけど)。

マーティ・フリードマンの評論でも、「海外でももっと自分の良さを出せば…」と書かれていましたし、先日ネット上で公開されていたラジオ局でのプロモーションの動画でも「(単純計算では)日本人の二人に一人がCDを持っているビッグ・アーティスト」という紹介をさせていましたから、アメリカ人に通じるかどうかは別にして、日本ではそういう存在で、こういう音楽性なんだよ、というのを素直に展開するようにしたのかもしれません。

さて、このアルバムを象徴するナンバーである"Come Back To Me"を聴きましょう。
最初に"MySpace"のストリーミングで聴いた時は、タイトルにしろ大げさなピアノのイントロにしろ「ちょっとベタ過ぎるのでは…」と心配になりましたが、CDからきちんと聴いたら印象が変わりました。とても良い曲です。
どこが良いかというと、最近の国内作品で成功した部分("Flavor Of Life"あたり)のエッセンスをうまく取り入れて、我々日本のリスナーにとって違和感の無い曲だというところです。日本で好まれている彼女の声質や楽曲のもつ「切なさ」みたいな部分がかなり生かされているし、過去の彼女の(国内向け)作品の断片を思い出させるメロディが入っています。"First Love"が時を経て熟成したような曲と云えるかもしれない。ま、アメリカ人が喜んでくれるかどうかは(私はアメリカ人になったことがないので)知りませんけど。

それと、契約の関係で実現できるのか知りませんが、是非本人の訳詞による「Come Back To Me(日本語版)」を発売して欲しいです。日本語も載せやすそうなメロディだし。


<追記>
記事をアップしてから気がつきました。"This Is The One"のジャケット写真は、"Flavor Of Life"の正面版ですね。おにぎりの海苔部分が拡散してあのガラになっているんでしょう。やはり「宇多田ヒカル」を売るつもりなんだ、今回は。

2009/01/10

Come Back To Me/Utada

Island Recordsのメールマガジンに登録していたら、宇多田ヒカルの海外プロジェクトのニュースが届きました。

国内メディアではちょっと気がつかなかったんですが、もうすぐ2作目のアルバムが出るみたいで、先行してMySpaceに"Come Back To Me"という驚くほどベタなタイトルの曲がアップされていて、ほぼフルで試聴できるようになっています。

3回くらい聴くと耳に馴染んでいい感じになってきます。曲調としては"ULTRA BLUE"の頃の緊張感を感じさせるもの。
海外向け第1作のEXODUSとのつながりなんかも探りながら改めて感想を書きたいので、今日のところは深入りせずにニュースだけ書いて引き下がります。
あくまでもファースト・インプレッションなんですけど、普段の国内用の曲に感じるユーモアがあんまり感じられず、なんかよそ行きに聴こえるのは私が英語の曲を聴く力がないからなのかなあ…。


近日中にもうちょっと書きたいと思ってます。

2008/11/09

Distance/宇多田ヒカル

このところiTunesでミュージックショップに行くと、宇多田ヒカルの"Eternally"がトップをはっているので、何事があったのかと思ったら、ドラマの主題歌になっているんですね。
宇多田ヒカル - Eternally -Drama Mix- Single - Eternally -Drama Mix-

この曲が入ったアルバム"Distance"が発売されたのは2001年ですから、もう7年も前になります。最近はあまり言いませんが、いわゆる「リバイバル・ヒット」(CDでは発売されてないので、ヒットも何もないんですが…)ということになり、当然私のMacにも全曲取り込み済みです。

"Distance"は宇多田ヒカル名義のアルバムとしては2作目。社会現象化したデビューアルバムかつ怪物アルバムである"First Love"から2年ぶりに発売されたものです。
"First Love"はダイヤの原石が磨かれていく過程で発し始めた最初の輝きをパッケージしたような物でした。15歳のヒカルちゃん、頑張って一杯曲作ったねー、と国を挙げてその第一歩を見守った感じになっていましたが、では全貌を現した宇多田ヒカルがどれほどの物なのか、彼女はこのアルバムで世間やレコード会社に証明してみせなければならないことをいっぱい抱えていたと思います。
それは、"Automatic"や"First Love"よりも優れた曲を作れることだったり、この先本当にミュージシャンとしてやってくつもりがあるのかという覚悟の問題だったり、いろいろあったと思います。契約の内容がどのようなもので、実際に彼女や家族にどのくらいの金が還元されたのか分かりませんが、メジャーな歌手の一生分くらいの売上を1年で達成してしまったのですから、「やり逃げ」するという選択肢もあったのではないかと思うのです。

しかし、彼女は表現者であり続けることを選択し、その後もシングルを発売し、このアルバムがまとまって行くわけですが、私個人としては、実質2年目に発売したシングル、「For You/タイムリミット」あたりではちょっと息切れなのかなあと思っていました。
その後、"Can You Keep A Secret?"であっけらかんとジャネット・ジャクソン風をやってみせたあたりで視界が広がった感じがします。
斜に構えてこのアルバムを聴くと、"Can You Keep A Secret?"以外にも、「どこがどう」と厳密な指摘はできないが、過去の洋楽ヒットに似た曲が交じっています。以前にも書きましたが、「蹴っ飛ばせ!」はファーストツアーで何故か唄っていた"Take On Me"を下敷きにして百恵ちゃん風ロック歌謡をやっています。"Eternally"はBメロへの展開部分で「タイタニックのテーマ」がかなりはっきり聴こえてきます。

このアルバムで彼女は日本のR&Bを背負って立つような方向ではなく、もっと幅広い方向性があることを示しました。
それは翌年に発売された"DEEP RIVER"の充実ぶりに繋がったと思います。私は"DEEP RIVER"がとても優れたアルバムだと思っているので、しばらくしたらまたここで書こうと思います。

2008/08/15

Love,Day After Tomorrow/倉木麻衣

今回は「うまい・へた」問題から離れて、倉木麻衣を聴きます。

"Love,Day After Tomorrow"は彼女の曲の中では好きな曲です。彼女のデビュー曲であり、宇多田ヒカルとの類似がなにかと話題になった作品です。私は宇多田ファンなので、あまり近づかないようにしておりましたが、単独で聴けばよく出来ている佳曲です。
Wikipediaで確認したところ、この曲が発売されたのは1999年12月ということです。9年も経てば時効だと思うので、今一度、この作品について考えてみようと云う主旨です。


さて、とりあえずこの曲のどこがどんな風に、ということは置いておいても、"Automatic"と似た印象を持たせようとしていることは間違いの無いところです。
"Automatic"と"Love,Day After Tomorrow"をiTunesで並べて聴いていると、まず出だしの音がドラムの音から始まるところとか、テンポとか、バスドラの刻み方とか、よく似ています。Wikipediaで調べたら発売日も"Automatic"のきっかり1年後なんですね。それから、実際には声質や発声は全然似ていないのですが、宇多田ヒカルのいろんな声のうちの中高音で靄がかかったようなところと印象が似るように録音されています。あまり音楽に興味の無い人には同じものに聴こえるでしょう。

しかも仕上げは倉木麻衣の方が丁寧できれいです。
イントロを聴き比べると良く分かりますが、"Automatic"は結構音がスカスカで、それを宇多田ヒカルの声で空白を埋めるようにできていますが、"Love,Day After Tomorrow"はハイハットの音とか黒人ラッパーっぽい「イェイ、イェイ」みたいな声が入っています。その後、今聴くとこれでいいの?というほど普通のコード(M7とかの装飾音は付いてますが)をピアノが弾いて行きます。歌の根幹としてはとても普通な歌謡曲なんですね。

宇多田ヒカルの曲作りというのは、今もそうですが、骨組みをデッサンで描いて、肉付けして、色を付けてというやり方でできていると思います。聴いていてもなにかこの辺に核となるアイデアがあるんだろうなと思わされるポイントがあって、どうかすると下描きの線が透けて見えることもあります。手触りがゴツゴツしている。

一方、倉木麻衣をプロデュースした人は、宇多田ヒカルの中にマーケティング上の妨げとなる、過剰だったり変形していたりするものを見つけたんだと思います。それは消費者に嫌われるかもしれない要素だから、そこにヤスリをかけてもっと滑らかなものを作ればもっと売れると思ったんじゃないかなあ。
もうちょっと普通のJ-POPっぽくて、サウンドの仕上げが丁寧で、宇多田ヒカルよりカワイイ女の子に唄わせれば…。そしてそれは、絶対売上額ではさすがに無理(800万枚なんてのは天変地異みたいな数字でしょ)だったけれど、目標は達成したと思うんです。
倉木麻衣のプロジェクトはパソコンのように出来ていて、ケース、CPU、HDD、グラフィックボードをどう付けるか、という作り方がされています。お金があれば良い部品(作家とかスタジオとかミュージシャンとか)を使えるし、ケース(サウンド)を変えれば斬新なイメージにもなります。
歌詞は本人が書いていますが、この歌詞も部品の一つです。全体のプロジェクトを壊すような強い主張はなく、耳心地の良さを損なわないようになっています。引用はしませんが、特に歌詞の英語部分の何も言ってなさ加減はすごいです。

オリジナリティよりもクオリティ。これは20世紀の日本の産業が行き着いた一つの到達点です。
自動車なんかそうだったでしょ?「外車なんか乗ってるの?故障するでしょ、直すとお金かかるでしょ?国産車はお金かからなくていいよ」ってみんな言ってた。

自動車の世界では、そろそろそれだけじゃダメで、オリジナリティとかフィロソフィーとか社会性とかもいるらしいよということ(とりあえず製品上はね。企業としては知らないけど)も考え始めているみたいですが、音楽については21世紀の今もまだ、クオリティの追究の方が重要視されているみたいな気がします。人の命を預かってるわけでもないのにね。

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...