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2013/07/07

DREAM-Self Cover Best-/華原朋美

きゃりーぱみゅぱみゅと並んで、もう一つ先週発売されていたのが華原朋美のセルフカバー・アルバムです。

このブログでも何度か取り上げているように、小室哲哉の音楽は好きなんですが、当時(1995年頃・華原朋美の全盛期)はあまりに粗製濫造的に彼の音楽が巷にあふれていたものですから、「ちょっとパス」という感じで華原朋美の歌はあまり熱心に聴いたことがありませんでした。
一般教養程度の意識でテレビで見た中では「I'm proud」と「Save Your Dream」がちょっと好きでしたが、基本、いつも苦しそうに歌ってて、特にピークの後半には歌メロもよく伝わらないようなことになっていて、あまり興味が持てませんでした。
「マライア・キャリーばりのハイトーン」みたいな惹句を何かで見たような気がしますが、こんな不安定なマライアは無いだろう、小室哲哉もいい年して変な娘に入れ込んでいるんだなあ、みたいなちょっと冷ややかな目でみていました。

そんなこんなでいろいろあったらしいのですが、最近になって久しぶりにテレビに出てきて、オーケストラをバックに小室作品何曲かと「夢やぶれて」を歌っているのをみたら、ずいぶんと印象が違う。だから、今回のセルフカバー・アルバムは要チェックと思っていました。

CDで買っても良かったんですが、iTunesでチェックしたら買えるようになっていたので、お手軽さからダウンロードで購入しました。
↓iTunesへのリンク
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ジャケットも美人に写っていますが、どこかで見たような感じがします。
「カワイイ」イメージで売ってた女性がイメチェンで久しぶりに出てくると、なんかみんな「君島十和子さん」みたいなビジュアルになっちゃうなぁ(倉木麻衣とか)…。まあいいや、歌を聴きましょう。

全編オーケストラのバックだとちょっと通して聴くのは辛いかな、と覚悟していたんですが、曲によってはドラムもエレキギターも入るので、地味なだけではありません。正座しなくても普通に聴けます。
当時は粗製濫造かと思っていた小室作品ですが、少なくとも華原朋美に提供していた曲については、メロディや展開に洒落たアイデアがたくさん入っています。全体のアレンジもオリジナルの要素をわりとそのまま手弾きの楽器に置き換わっただけなんですが、意外とロックな感じになっています。このアルバムで「作曲家・小室哲哉」を再評価する人も多いのではないでしょうか?

一方、華原朋美のボーカルは耳障りな感じが無くなって、本人らしさを残しつつも大らかで聴きやすくなっています。「こんなに上手かったっけ?」というのが最初の印象。
とはいえ、岩崎宏美クラスの大物と比べるにはやや線が細く、歌のテクニックで感心させるよりも「素材としての声の魅力」を買ってもらう、アイドルポップの延長戦的商品かなあと思います。本田美奈子が亡くなってから、あの椅子は空いているような気がするので、今後はミュージカルとかで活躍していくのでしょうか?

さて、このアルバムの聴きやすさの理由は高音に余裕があることが大きいと思うのですが、実際に手元の鍵盤楽器で音をとってみると(楽曲によると思いますが、)全体にオリジナルよりも1音半くらいキーを下げてあるようです。地声の最高音がC#かDあたり(それでも高いですね)でした。



2009/11/08

罪と音楽/小室哲哉〜その2〜

予告からずいぶん間があいてしまいましたが小室哲哉の第2回を始めます。
作曲家小室哲哉とはどんな作家なのか?

前回、私は「小室哲哉のメロディには歌心がない」「歌い手にとって過酷なわりに歌う喜びがない」という話をしました。今日はその辺りを…。


そこでですね、いきなり小室作品の話ではなく、小室哲哉と正反対のところにいると思われる
「ミスター歌心(今勝手に名付けた)・松山千春」の曲を見てみましょう。なんでも良いんですが、例えば「人生(たび)の空から」。


1〜2小節目のメロディの塊が3〜4小節目ではほぼ1度下に降りてもう一度繰り返されます。単なる繰り返しではなく呼びかけと返事の形になっています。こうなっていると歌い手は変化を付けることができますし、楽しいことに向かって進んでいる気持ちになれます。MacのGarageBandでピアノロール表示させるとこんな感じ。

「みみをす」でとんとんとんと下がって「ま」から「せ」で1オクターブぽんと上がりちょっと下がってロングトーン。こういうのは歌って楽しいですね。そして2回目のメロディでは「き」から「て」で今度の跳躍はちょっと短くて済むようになってます。ちょっと楽ができる。この曲はこの後更に跳躍を繰り返してサビでは最高音域をたっぷり使って「たびのーおわーりにー」と見せ場たっぷりに展開して行きます。1〜2小節でエンジン掛けて、3〜4小節でちょっと力をためてからいよいよ本番、とカバーする声域さえあれば歌って楽しい曲です。

松山千春は傍目で見ている範囲でですが、曲そのものの芸術性の追求よりもまずは「松山千春の声で歌ってどうか」に重きを置いて作品を作っている気がします。一番得意なF4~G4あたりの音域をいかに多用して色気を出すかに一番興味がある。私はそう思ってます。それは一方で松山千春の音楽の範囲を狭めているのではないかと思うのですが、私はシングル曲以外はほとんど聴いていないので、断定はできません。


さて、小室作品にも歌って楽しい曲がまったく無いわけではなく、例えば渡辺美里の「My Revolution」は声が出る人にはとても楽しい曲になっています。

引用部分の1〜2小節で「ドドドドドドドレードシド」と呼びかけ「ミミミミミミミミーレレー」と答えます。この似ているけどちょっと違う繰り返しが歌い手には嬉しいんですね。それから「My~Tears」「My~Dreams」の5度の跳躍で声を裏〜表〜裏〜表と切り替えて行くのは喉に覚えのある人には楽しい見せ場になります。
My Revolutionは小室哲哉がまだいろいろなことを証明しなければならなかった若い時期の作品であり、彼なりに当時の売れる音楽を分析した結果の作品だったのだろうと思います。


My Revolutionがヒットして作曲家・小室哲哉の初日を出した後、自分のユニットであるTM NETWORKで1年後に発表した「Self Control」ではもう、その後の小室作品と共通のエゴイスティックな(?)メロディになっています。

「Self Control」の一部を譜面に起こしてみました。


出だしの2音目以降、「みをつれーさるーくる」まで同じ音。ま、ここまではフォークソングなんかにもありますが。
B メロになるとちょっとメロディが動き始めます。「しばーらーれーたあだむといぶ」のメロディはそれなりに開放感があって「歌いで」のあるメロディなんですが、「はしーりーぬーけた〜」「たいーせーつーな〜」と3回まったく同じ繰り返しは辛い!そこを通り抜けて「くもらせなーいでー」とやっと解き放たれたと思うとサビがまた、細かい音符&尻下がりのメロディなんです。

前述のピアノロールだとこう。

だいたい歌い手というのは自分の最高音からちょっと下あたりが一番気持ちよく歌えるわけですが、このメロディは最高音に行った次の瞬間、中低音域まで一気に下がるという場面がとても多いのです。速いテンポで上に行ったり下に行ったりする割に自分の気持ち良く歌える音域をほとんど使わせてもらえません。辛い!

結婚前の安室奈美恵が苦しげに歌っていた"CAN YOU CELEBRATE?"はこうです。

私はこの曲の音を拾うためにiTunesでアルバム「181920」のバージョンを落として聴いていましたが、相当ぐだぐだになってます。超多忙だった安室本人の当時の体調とかもあると思いますが、ちょっとこれは?という歌唱になっています。

この曲も"Self Control"と同様、細かい音符&高音から急降下、伸ばしもためもない、というメロディ。冒頭部分のピアノロールはこんな感じになります。


松山千春と比べてみましょう


「人生の空から」にはオクターブの跳躍も含めて、小さな波と大きな波を繰り返す自然なうねりを感じるでしょう?「Can You Celebrate?」も鍵盤楽器で弾くときれいなメロディですが、なんというかモールス信号かなにかを連想させる無機質な法則性を感じませんか?

そしてひらうた部分「なーがくー〜」以降だとこんなピアノロールになります。


ほらモールス信号だ。

つまりですね。
小室哲哉って人は人の声もシンセサイザーも同じだという感覚でメロディを作っていたんじゃないでしょうか?「このタイミングでこの音程で、この長さ。ベロシティはこう」ってシーケンサーに打つ感覚。

そこにはそれ以前の日本の音楽に対する批評もこめられていたんだと思います。
演歌の大御所みたいにバックの和音がどう変化しようが自分が伸ばしたいだけ伸ばして喝采を受けてる人がいる中で「ボーカルも音楽の一部なんだから音楽の構成要素としてもっと全体のハーモニーに忠実であるべきだ」とか。
あるいは「ボーカリストのやつらはフロントで目立って女の子にキャーキャー言われてやがって、なんで俺らはこんな機材の隙間で汗かいてなきゃいけないんだ、気持ちよくなんて歌わせねえぞ」というボーカリストに対する演奏・作曲担当の反乱だったのかもしれない。

「安室?じゃ使えるのはG3〜D5ね。宇都宮?じゃD3~G4の範囲ね」とパートとして打ち込んで行く感じ。

そこでまた、邂逅としか思えませんが、TMの宇都宮隆って人はロック系ボーカリストには珍しい自己主張の無いタイプで、天然ボーカロイドみたいな人なんですね。 小室哲哉の制約の多い、気持ちよくなれない楽曲を(たぶん)文句も言わずに一所懸命歌うんだ、彼は。松山千春のように自分の売りの声域に拘るタイプだったら絶対 すぐ解散してたでしょう。

小室哲哉はボーカリストの気持ちよさを二の次にして、サウンドを構築する一部として歌メロをもう一度配置しなおした人と考えられます。そのことによって、それまでのどうにも歌手偏重だったJ-POPにはなかった芸術性(音楽性?)を手に入れたのではないかと思います。

ただ、その一方で彼は「カラオケ」のマーケットを意識していたという話もしているので、それはちょっと不思議なところです。彼が言うには「カラオケヒットの三大要素は」「発散・社交・エクササイズ」なのだそうです。「ダンサブルな曲で発散」「一緒に声を張り上げる社交」「練習が必要な高いキーはエクササイズ」。TRFやH.Jungleはそうやってできていた、と。
その辺に「歌うの大好き」な私は疑問がある。エクササイズには達成感が必要じゃないか?と。体重が減った、とかベンチプレスが何kg上がるようになった、とか。一緒に声を張り上げるにもそれを喚起するメロディというのがあるのでは?
同じように高いキーで歌われる広瀬香美の曲などに比べて、歌った後の達成感、快感に大きな違いがありゃしませんか?

その理由は上記の通りです。
自分の一番良い声を聴いてもらえたか?出したい声が出たか?その機能にちょっと乏しいのではないか、というのが私の見立てです。

小室哲哉にその辺が分かっていたのか、実のところは分かっていなかったのか?どこまでが計算で、どこからが彼の限界なのか?これは本人にしか分からない事なんだと思います。

2009/10/26

罪と音楽/小室哲哉〜その1〜

小室哲哉が執行猶予判決を受けた後に発売された「罪と音楽」を読んでみました。
Twitter上で引用されていた一部分がとても気になったからです。
僕の勝手な見解としては、僕ら2人が両輪となり、拍車をかけてしまった現象がある。Jポップの「わかりやすさの追求」だ。

「僕ら2人」とは小室哲哉自身とつんく♂のこと。
では、「わかりやすい」とは何か?
僕は、「高速伝達」「より早く伝えようとするための方法のひとつ」と捉えている。
「できる限り、直感的、反射的に伝わるように心がけること」

その結果、NHK「みんなのうた」にかぎりなく接近していくわけだ。
 だから、21世紀になってから、宇多田ヒカルさんの「ぼくはくま」(06年)をはじめ多くのアーティストが「みんなのうた」に楽曲提供するようになったのは、至極当然だと思う。

実際にはこの文章には当然前後があって、彼自身とつんく♂の才能の違い(主に「歌えるつんく♂」と「歌えない自分」の違い)にも触れた上で書かれていますが、それにしてもちょっと違うんじゃないかと思いました。
それは、
1.自分の過ちを告白する時に直接関係ない人間を引き合いに出すのは良くない
2.「みんなのうた」とJポップの「わかりやすさの追求」は同じ線上にはないだろう?
3.ましてやなんでこの流れで宇多田ヒカルの「ぼくはくま」が出てくるのか?
の3点。

宇多田ヒカルの「ぼくはくま」は「みんなのうた」の為にわかりやすく書いた作品なんかじゃありません。(その話を読んでくださる方は音楽ネタも書いていた頃の「はてなダイアリー」でこちらを読んでください。)あるいは、小室哲哉も、「だからあまりマーケティングを考えずに作品を発表できる『みんなのうた』に曲を提供するアーティストが出てきたんだ」と言いたかったのかもしれません。
でも、もしそうだとしたらあまりにも文章の流れが粗すぎる(聞き書きまたはテープ起こししたライターの才能の問題かもしれないけど)。

もちろん彼ほどの音楽頭の持ち主が書いていることなので、「罪と音楽」には「なるほど」と思えるところも多いです。
最近のJポップは聞き手のリテラシーをものすごく低く設定してあるように思えるし、小室哲哉がその片棒を担いでしまった、とここで反省してみせるのは今後なにか意味を持つかもしれません。この本は時節柄、彼の犯罪やプライベートへの言及を期待する層がターゲットとされていますが、半分くらいはかつて一世を風靡した音楽プロデューサーが何を考えて作品を作っていたかを読むことができ、私はその方に興味がありました。


それはさておき、今日の本題に入ります。

TM NETWORKの頃から、90年代後半の絶頂期に至るまで小室哲哉の作品を(積極的にも消極的にも)聴いている間、私にはずっと疑問がありました。
「小室哲哉の曲ってなんで歌って楽しくないの?気持ちよくないの?」ってことです。
私は小室哲哉の作品は好きです。特に"humansystem"の頃のTM NETWORKは好きで、アルバムも買いましたし、中山美穂の「50/50」なんかも好きでした。

「小室作品は歌いにくい」ということを言葉として明確に思ったのは、圧倒的歌唱力ではないにしろ、海外曲のカバーをさらりさらりと歌っていた安室奈美恵が、こと小室作品についてはテレビでとても歌いにくそうにしている様子を見るようになってからです。TMで宇都宮隆が歌っている頃はあまり気にならなかった(が、自分でカラオケで歌ってもあまり楽しい曲はなかった)が、安室奈美恵という定規をあてることによって小室作品の変さが改めて明らかになったというようなことです。

私はひとつの仮説を立てました。
1.小室哲哉は自分で歌う喜びを(少なくともボーカリストとしては)知らない人である
2.彼の自己表現はキーボードプレイまたはコンピュータによる作曲として行われる
3.だから彼のメロディには「歌心」がない

結論の「歌心がない」はあまりにもぼんやりしているので、もう少し正確な表現を試みると、
1.ボーカルトラックだけだと感動が少ない
2.ボーカリストにとって過酷な表現を強いられるわりに、歌いきった時の達成感が少ない
3.結果として歌っている最中、歌い終わった後に快感が得られない
と考えたのです。

さて、この本によると小室哲哉自身は1996〜1997年が絶頂期で、2001年以降下降線を辿った、と自分の人生を捉えているようです。ひょっとしたら小室哲哉も20世紀末にやってきた「爆撃機・宇多田ヒカル(C)近田春夫」に家を焼かれたひとりなのかもしれません。当時、近田春夫が書いていたのは主に本格和製R&Bと言われたアーティストが受けた影響についてです。では、なぜ私の連想が、和製R&Bとは路線の違う小室哲哉にまで及んだのかというと、この「歌心のなさ」を攻撃されたんじゃないかと思うのです。
そこで次回、小室作品の何をもって「歌心がない」と私が思うのかという説明をしたいと思います。

ただし、今のうちに私は言っておきますが、「歌心がない」ことをもって小室哲哉には才能なんか無かったんだ、とかそういうことを言いたいのではありません。
私は今回の準備のために改めてCDを買ってTM NETWORKの作品を集中的に聴きました。やはり良かったです。また、記憶の中から彼の過去の作品を一所懸命思い出そうとしていました。「My Revolution」のように「歌心」の面でも優秀な作品も思い出しました。

そんなわけで次回のテキストはこの辺りになりますのでよろしくお願いします。


2008/11/16

I'm Proud/華原朋美

小室哲哉の逮捕は、まあ、びっくりしましたね。少し前から週刊誌などでは話題になっていましたし、その前にも大分トリニータへのスポンサー料の支払いが滞っているなど、「金に困っているのではないか」という話がありましたが、全部本当だったとは…。

私のiPhoneの中で小室作品を探すと、TMNのベスト、それに華原朋美が2曲入っていました。
"I'm Proud"と"save your dream"です。
華原朋美 - Best Selection: 華原朋美 - I'm Proud (Radio Edit )
華原朋美 - Best Selection: 華原朋美 - Save Your Dream

この2曲はともに1996年の作品です。華原朋美の絶頂期と言って良い時期のもので、作品も歌唱も一番美味しい頃。そこだけつまみ食いしているわけです。

華原朋美は良くも悪くも個性的な歌手でした(と過去形にしちゃいけないのかしら)。うまい・へた問題でいうと、うまくはないです。キーがやや高めで、地声でE5くらいまで使えるのが特徴で、そこからファルセットでもっと上にいくこともある。一般男性がオクターブ下で唄うのにちょうど良いくらいの音域。
それがうまさという印象に繋がらないのは、いつ声がひっくり返るか安心して聴いていられない不安定さにあります。
最高音の手前あたりで本人が一番気持ちよく出せる高さがあって、そこにハマると綺麗な声が響くんですが、曲の盛り上がりがそこに当たらないとただうるさい声で唄っている人になってしまいます。
"I'm Proud"はその辺のちぐはぐさがなくて、全編を通じて安心して聴いていられます。最後の転調からはちょっと怪しいですが。

曲としては、豪華なオーケストラと打ち込みリズムが共存する不思議なサウンドがカッコイイ上に、テンポが少し頑張って歩く時のリズムにちょうど合って、通勤の時の伴奏にすると気持ちが良いです。

Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...