2008/10/11

青春歌年鑑 BEST30 '73(DISC 2)/コンピレーション

さて、前のエントリの続き。「青春歌年鑑」の1973年を聴いています。

そういえば、先週の週刊アスキーを見ていたら、こんなサイトが紹介してあって、過去の紅白出場歌手の動画をYouTubeで見るためのまとめサイト、なんていうのがあるのです。リンク先の著作権問題についてはモニャモニャなんですが、これを使えばちあきなおみの「おいでおいで」や、「宇多田ママの全盛期」なんてのも簡単に見ることができますので、「自己責任」でご覧ください。

さて、前にも書きましたが、この頃の歌謡曲の本来の唄い方は作曲家のセンセイやレコーディング・スタッフなどの指示や、自分の解釈によって歌の中で芝居をする、というのが基本です。芝居が言い過ぎだとしても、言葉のニュアンスを過剰に伝えようとするところがあります。ただ音程があってる、声が出るだけでなく、そういった演技力があって初めて「うまい歌手」と言われる。
それに対して、技術的にそれができないアイドル歌手が出てきており、またそのファンたちも、「いわゆる実力派歌手」の演技過剰のクサい唄い方は「NOWじゃない」と思いはじめていて、両者がせめぎあってる様子がこの30曲からも読み取れます。

M1.傷つく世代/南沙織(F#3-C#5)
南沙織は基本的に淡々と今風な唄い方をしていたと思うのですが、この曲では歌謡曲的技法を意識して使っています。「とてもなぞなの〜ん」の「ん」はJ-POPでは流行らない臭みですが、当時の高校生や真面目な大学生は、コロンコロン転がされていたでしょうねえ。リズムの乗り方がちょっとつんのめり気味なのが若々しく、その一方で低い方のレンジが広く、男が甘えたくなるようなところもある。私は香坂みゆき、竹内まりや、早見優などが出てくる度に「あ、南沙織みたい」と思っていました。現代まで繋がる売れ筋の声です。

M2.あべ静江(B3-C#5)
子どもの頃は、こういう唄い方がうまいと思っていましたが、改めて聴くと「こんなものだったのか?」とギャップを感じます。天地真理もちょっとそういうところがありますが、つまり幼稚園の先生の唄い方なんですね。

M3.情熱の嵐/西城秀樹( E3-F4)
まだ、無邪気に声を張り上げていた頃の西城秀樹の唄い方です。この後、喉を痛めやすいという理由で、今の唄い方に変えたんだと思います。「もええるよー」と小節が回っちゃうところに時代を感じます。歌詞の内容は濃密ですが、歌の中で芝居をしているというより、いかにカッコいいところを伝えるか、という点を重視して唄っていますね。それにしてもイントロの「うっ」「うっ」はいかがなものか?

M4.同棲時代/大信田礼子(F3-A#4)
どういう消費のしかたをされたのかしりませんがBEST30に入ってるんですから、売れたんでしょうね。
大信田礼子は、今で言うと井上和香みたいな感じの人だったという記憶があります。作曲は後にこの人と結婚して離婚した、都倉俊一です。ずーっとベタベタなマイナーで展開しておいて、各コーラスの最後だけメジャーコードを付ける、というのが隠し味。真面目な大学生がそのまま年を取ったみたいな容貌の彼ですが、女性の好みは意外とこってり系なんだ。
それにしてもこの、スネークマンショーの「ホテルニュー越谷」みたいなのを大真面目に作っていたんだから、すごいものです。ナレーションは誰なんだろう?井上瑤じゃないよな。西城秀樹にしても、この曲にしても、70年代って猥褻な時代だったんだなあ。

M5.君が美しすぎて/野口五郎(D3-A4)
12ビートで、更に倍に刻む部分がある凝ったリズムの曲です。「ぼくの|こころ|をー」ではなく、「ぼーっくの|こーっころ|をー」とリズムに忠実に唄っているところが生真面目な感じですが、これが流行っている頃に聴いてた人は、作家の考えよりもずっと単純にこの曲を受けとめていたと思います。
歌謡曲って、作る人が結構本格的に音楽の勉強した人たちなので、よーく聴くとすごく難しく作ってあって、スタジオミュージシャンも強者が多いから、結果としてすごく高度なことやってるんですけど、なんか重たくなっちゃうんですよね。逆に素人に毛の生えたようなバンドサウンドの方がかっこ良く聴こえるのは何故なんでしょう?
野口五郎は声域は広いんだと思うんだけど、ビブラートの種類が一個しか使えなくて、この時点ではすごく巧い歌手ではないと思います。

M6.恋の十字路/欧陽菲菲( F3-A#4)
後の「ラヴ・イズ・オーヴァー」にも通じるロッカバラードで、M5の野口五郎よりもカッコいいです。アレンジをもっとシンプルにして、黒人コーラスを入れると、今でも商品になると思います。

M7.おきざりにした悲しみは/よしだたくろう(C3-E4)
今回はジャンル違いということで、素通りします。

M8.紙風船/赤い鳥(D3-D4)
これもジャンル違いなんですが、ちょっと書きます。「赤い鳥」は後の「ハイ・ファイ・セット」と「紙ふうせん」が一緒にやっていたバンドで、コンテストでオフコースにも勝った実力派。この曲も最初は普通のフォークソングかと思って聴いているとどんどんスケールが大きくなって行きます。ギターコードも装飾音符がいっぱい入ったお洒落なものが使われています。音域は男性の主旋律を拾いましたが、まったく意味がありません。

M9.絹の靴下/夏木マリ(G#3-A4)
今ではちょっとお洒落なおばちゃんという感じになっている夏木マリですが、この時点での唄い方はとても古典的です。声質が変わっていて、それが魅力ですが、演出過剰で今聴くとちょっと恥ずかしい。「わたしをだめにする」のセリフっぽさとか、「ああん、だいてぇ〜ん」とか絶対やりすぎです。最後の「こころをゆさぶる」でも「ゆーっさぶる」とわざと付点を入れて「ゆさぶられ感」を表現しています。作曲家の指定なのか、ディレクターの指示かしりませんが、この辺が歌謡曲の真骨頂でもあり、また辟易とさせられる部分でもあります。

M10.甘い十字架/布施明(D3-F#4)
この曲のことを忘れていて、「西城秀樹ってこんなにいい声だったかな?」と思いながら途中まで聴いていました。サビまで行って布施明だということが分かりました。なんでそう思ったのか理由を考えてみたら、編曲が馬飼野康二。この人は西城秀樹作品の作曲や編曲をたくさんやっている人なので、私の頭の中では馬飼野サウンド=西城秀樹になってたんだと思います。
もっとも、布施明も若い頃は派手な衣装を着て、女の子にきゃーきゃー言われながら唄ってた人(その頃はまだ短足だということもバレていなかった)。思えば布施明のアップテンポな曲の部分を西城秀樹が、バラード系を野口五郎が引き継いでいるという見立てもできないことはありません。布施明自身はこの後、小椋佳や大塚博堂など、シンガー・ソングライターの作品を唄って結果を出しましたが、本来はど真ん中の歌謡ポップスや、外国曲のカバーがよく似合います。

M11.狙いうち/山本リンダ(G3-A4)
出たな妖怪!
昔から、歌手は覚えてもらうまでは同じ格好でTVに出続けるというやり方があって、舟木一夫の学生服とかもそうだったと思うんですが、山本リンダはまず「どうにもとまらない」でものすごいイメージチェンジ(車で言うとプリウスがアルファードになったみたいな)が成功した後、新曲の度にそれにリンクした衣装を用意して、ずっとその衣装で唄う、というやり方を戦略的に続けました。
そのやり方でおよそ2年間突っ走ってフェードアウトしていきましたが、その後のピンクレディーや沢田研二もほぼ同じ戦略で一時代を築いたわけですから、先駆者と呼ばれて良いと思います。
このブログでは、便宜的にコスプレ歌謡(そんな言葉は無いと思いますが)と呼んでおきます。
それにしても、この曲、歌詞と曲はどちらが先なんでしょう?「ソレレ、ソレレ、ソファソファレ〜」と都倉俊一が書いたのか、阿久悠が「ウララウララウラウラで」と書いたのか?どっちが先でもバカみたいなんですけど、ピンクレディー作品では阿久悠が歌詞を上げてから都倉俊一が作曲するという手順で作っているのを、昔TVで見ましたから、たぶん阿久悠の歌詞が先なんでしょうけど…。
おそらく正解は、まず阿久悠が、結果として今の2ブロック目から始まる歌詞を作り、都倉俊一に渡したら、
「あっさりし過ぎだから、この前にパンチのある歌詞を8小節付けてくれませんか?」みたいなことを言われたんでしょうね。
「そんなこと言ったって、これでまとまるように書いちゃったから、言葉なんか付け足せないよ。なんか適当に唄わせたら?ヤッホー、ヤッホー、ヤッホッホー、とか」
「ヤッホーはどうも…」
「じゃ、ラララ、ラララ、ラララララ、だな。(サラサラ)はいよっと」
「あ、これ全部"ラ"なんですか?阿久先生、乱暴に書くからウララに読めましたよ」
「そう読めるなら、ウララでもいいよ。あー、っていうか、そっちの方がいいわ」
「わはは。じゃあそういうことで」みたいなことなんでしょうね。

M12.青い果実/山口百恵(A4-A#5)
出た!山口百恵です。
いきなりデビュー曲が当たって新人賞総なめの桜田淳子に比べて、山口百恵のデビュー曲「としごろ」は地味でした。桜田淳子と同じ「スター誕生」の出身であり、制服姿で横に並ぶとショートカットの外見も紛らわしくて、そのままでは裏桜田淳子で終りそうになっていた山口百恵は、2作目で急ハンドルを切ります。
「わたしなにをされてもいいわ」と中学生に唄わせる、掟破りの「青い性」路線は翌年の「ひと夏の経験」で完成しますが、その最初の曲です。
もし山口百恵が従来の歌謡曲のように、例えば夏木マリが「だいてぇ〜ん」と唄ったようにこの曲を歌ったら、きっと放送禁止です。山口百恵は技術的にも性格的にも、この曲に感情を込めずにセリフ棒読み風に唄ったから、この曲は放送禁止にもならなかったし、山口百恵本人のイノセンスが保たれたわけです。
この頃からポップスに過剰な演技は不要、ということが徐々に国民的合意になっていきます。「分かって唄ってるのか?」から「分かんないまま唄ったって、可愛けりゃいいじゃないか」あるいは「分かんない子が唄ってるからかわいいんじゃないか」という世論の変化が起きるわけですね。

M13.街の灯り/堺正章(C3-F4)
浜圭介は演歌を作っても、どこかに洋風なお洒落さを込めるセンスの良い作曲家。堺正章はGS出身ですが、もともと2世芸能人でなんでも達者に出来る人。この時点でも歌にドラマにバラエティに活躍する人気者でした。最近もスマッシュヒットを飛ばしていましたが、歌手としても息の長い人です。今よりも声に艶があり、ロングトーンの終わりでは意外なほど泣き節を多用しています。ロックを通り過ぎてきているせいもあってか、歌詞に合わせて芝居をする、というよりも楽器として音程や音量をどうコントロールするかの方に意識が高い唄い方だと思います。曲全体が「君といつまでも」に似すぎているような気もしますが、まあいいか。

M14.たどりついたらいつも雨ふり/モップス(E3-F#4-A4)
先日亡くなった鈴木ヒロミツがリードボーカルを務めるGSバンド。後に小椋佳などニューミュージック系の編曲をする星勝がギターを弾いています。サディスティック・ミカ・バンドなんかを思い出させるサウンドはカッコイイのですが、結構パートごとのレベルがバラバラで巧いバンドとは言い難い。でも、こういう音を聴くと楽器の演奏とはどうやるべきか、というのが分かって勉強になりますね。それと、どんなに頑張っても出てくる和風な部分(ボーカルの声質とか)が、この曲をしてもなお、歌謡曲の枠から逃れられていないことが面白いですね。

M15.小さな体験/郷ひろみ( D#3-F#4)
郷ひろみのデビュー2曲目です。作曲はやはり筒美京平。
1曲目の子どもっぽさからはゴロンと路線を変えています。A-B-A-B-C-C'という凝った構成で、特にA-Bの落差が大きい。つまりこの曲は、「変な声で唄うオトコオンナ」だった郷ひろみに、どれほどの可能性があるかを一気にディスプレイしてみせたんじゃないでしょうか?低音の男の魅力(古い表現だ)、アップテンポ部分での若々しい躍動感、意外と使える声域が広いことなど…。

さて、そんなわけで大急ぎで30曲を聴きました。

ディープな歌謡曲の世界に潜っているとCDショップのレシートが貯まるばかりなので、この辺で息継ぎのために浅瀬に戻ろうかと思います。どこを通って帰ろうかな?

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