2011/10/09

Gold Skool/久保田利伸

久保田利伸の新作が出ていたので、半分懐かしい気持ちで買って来ました。

今やJ-POPの半分はイエロー・ブラックミュージックと言いたいような状況ですが、その最初のところに久保田利伸がいます。もっと前にRATS & STAR(シャネルズ)がいたよ、という人もいるかもしれませんが、あれはもっとオールディーズな感じで大滝詠一などの息もずいぶんかかっていたので、またちょっと別の話になると思うのです。

久保田利伸は80年代に「いわゆるブラック・コンテンポラリー」を日本でやり始めた人です。

当時はニューミュージックからの流れを汲むフォーク・ロックをベースにした大御所たちやバンドブームから生まれたロックバンドが幅をきかせており、ブラコンはそれほどメジャーな存在ではありませんでした。 久保田利伸が一般に注目されたのも田原俊彦の"It's BAD"という日本語ラップを大胆に取り入れた新曲の作曲者としてです。

「夜のヒットスタジオ」のマンスリーゲストとして"It's BAD"やオリジナルを披露したのが何時の事なのか覚えていませんが、あの一ヶ月で、おそらく彼の認知はものすごく広がったんだと思います。1989年に発売されたベストアルバム"the BADDEST"は我々当時の若者の必携CDとなり、ようやく普及し始め、やたら音飛びしてた車のCDプレーヤーで再生しながら眉毛を太く描いたおねいさまたちを送り迎えしたものです。

今さら演歌やベタベタの歌謡曲には行けず、かと言って根っからロックンローラーにもなりづらかった日本の若者を、昔から歌謡曲とも親和性が高かったブラックミュージックが受け皿になって、しかもその鉱脈はすごく太かった、ということです。

彼がメジャーになった後には、1990年にはドリームズ・カム・トゥルーがブレークしていますし、1993年にCHAGE and ASKAが「ブラコン作った」と"You are free"を出した頃には、J-POPにおけるブラックミュージックの影響は明白になりました。そして、1998年にMISIAがブレイクして以降の「R&Bの歌姫」乱立は今も続いています。

そういう意味で久保田利伸は日本のR&Bの元祖または本家であり、このジャンルの大御所として君臨してもいいはず。しかし、90年代の後半以降、アメリカに活動拠点を移してしまったためか、その功績や音楽性のわりに扱いが小さいように見えてしまうのは同年輩として不満なところです。

 さて、8月に出た最新アルバムである"Gold Skool"は"the BADDEST"や"LA・LA・LA LOVE SONG"以来目を離してしまったヌルいファンも優しく迎えてくれる 親しみやすいアルバムになっています。声はまったく衰えていませんし、あいかわらず歌詞が聞き取りやすい。あの頃好きだった久保田利伸が今もそこにいてくれますから、オジサンも安心して聴きましょう。

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