2007/08/27

ドラマ/宇多田ヒカル

宇多田ヒカルが今後どのくらいの期間、音楽家として活動するのか分かりませんが、おそらく3rdアルバム"Deep River"までが「初期」と云われることになるのでしょう。
この期間は彼女が大人になる過程を発表し続けた時期だからです。

"First Love"はタイトルの通り「恋知りそめし頃(どこかで聞いたような…)」で、それが邦楽史上もっとも売れてしまったわけですが、その後"Distance"で恋愛がよりリアルなものになってきて、"Deep River"発表後には恋愛だけではなくて、本人が結婚までするわけですから、彼女の人生と作品は密接に繋がっているわけです。ここまでのシングル曲を集めた"SINGLE COLLECTION VOL.1"の歌詞カードには手書きで「思春期」と書いてあります。この時期の彼女はシンガー・ソングライターでありつつ、若き純文学の旗手でもあったのだと思います。文学界も"First Love"に芥川賞をやれば良かったのに…。

"Distance"は800万枚売れたお化けアルバム"First Love"に続く2ndアルバムとして発売されました。
"First Love"だけで引退(または夭折?)とかしていたら(個人の金銭面だけを考えたら、それもアリだったのでは?)神様になっていたかもしれませんが、彼女は歌い続ける選択をしたわけですね。まあ、周囲のこともあったでしょうし、なにより表現者としての自分を抑えることが出来なかったでしょう。

とはいえ、この時点でも10代ですから、引き続き人間的な成長期です。作品も進歩しているわけですが、お金もかけられるようになりました。この頃のPVは凄いことになっています。
さて、今落ち着いて"Distance"を聴くと、「いわゆるR&Bサウンド」との"Distance"を調整している時期なのかな、ともとれます。もともと、当時の彼女のオフィシャルサイトで読んだプロフィールでは「好きなアーティスト」にフレディ・マーキュリーとか尾崎豊の名前が並び、年齢の割にR35なヒット曲を好むようです。私は最初のツアーでの仙台公演を見に行きましたが、オリジナルだけでは曲が足りない部分を、なぜか"a-Ha"の曲を歌って保たせたりしていました。"Distance"の中に「蹴っ飛ばせ!」という曲が入っていますが、これは誰でも気づく"Take On Me"の翻案です。
そんなわけで"Distance"は前作よりも彼女のルーツとなる音楽がよく見えるアルバムになっています。前作を越えるためには自分の中にある材料を全部出さなければならなかったのかもしれませんね。

で、やっとこさ「ドラマ」の話です。

宇多田ヒカル - Distance - ドラマ

「ゴッドファーザー〜愛のテーマ〜」にちょっと似ている重苦しいメロディ、というかこれは「演歌」では?いや、ここはお母さんに敬意を表して「怨歌」と書きましょうか?この作品についての本人および周辺のコメントも読んだ覚えが無いので、本当の制作意図は分からないのですが、私はずばり「藤圭子へのオマージュ」ではないか、と思っています。
私はおっちょこちょいなので、つい宇多田親子3人(U3名義)で作った"STAR"というCDも買ってしまったのですが、両親主導で作った(なにせ、当時の光ちゃんは9歳とかなので)その作品は、後の娘の作風とは全然違う、演歌のような曲が多いのです。
この「ドラマ」という曲は、両親が"STAR"という作品の中で途半ばで力尽きたテーマを、娘が仇討ちをしてみせた、そして改めて「藤圭子の娘」もきっぱり払拭してみせた、という曲なんじゃないかと思います。

"Distance"での軌道修正を、安易な路線変更と見る人がいるかもしれませんが、"Automatic"の話でも書いたように、どんなサウンドにするか、というのは髪型や化粧や服と同じです。自身の成長や、時代の影響からスタイルが変わって行くのはあり得ることで、ましてや10代でこの道一筋なんていうのは信じられません。昔から一時代を築くようなアーティストは融通無碍なもの。スタイルを限定するのはある程度キャリアを積んで、自分が固まってからで良いでしょう。逆に今はスタイルを先に決めないと作品が作れないタイプのアーティストが多いような気がします。

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