予定より1日遅れましたが、「イエローマジック歌謡曲」の第3夜です。3枚組なので今日が最終回。このシリーズは曲名書いてれば良いから楽といえば楽なんですが、ときどきすごく耳に残る曲があって、困っています。
M1.わがままな片想い/松田聖子
作詞・松本隆、作曲編曲・細野晴臣。「天国のキッス」のB面であるよ、とライナーノーツに書いてあります。松田聖子の倍音たっぷりな声にはちょっとバックがしょぼくない?B面的な制約がちょっと感じられてしまいます。この曲は「細野晴臣トリビュート・アルバム」でコシミハルがカバーしていますが、そっちの方が断然良いです。
M2.まりン/飯島真理
おお、飯島真理が出てきました。彼女が作詞作曲した作品を坂本龍一がアレンジしています。「愛・おぼえていますか」よりも早い時期の作品で、そのためか歌いかたも声優さんが歌うアニメ主題歌的です。
M3.鏡の中の十月/小池玉緒
作曲編曲YMOとなっています。DISC-2の三国志のテーマを歌っている人ですが、どういう人か分かりません。
M4.ダンスホールで待ちわびて/タンゴ・ヨーロッパ
作曲が細野晴臣。これもまったく分かりませんが、タンゴとも8ビートとも取れるリズムの曲なのに間奏では突然3拍子が入ってきたりして作品としては凝っていて面白い。背景に関係なく面白い曲です。
M5.ピンクの鞄/高橋美枝
作詞・松本隆、作曲・細野晴臣。誰だこれ?ライナーノーツには後に作詞家、コーラスとして活躍したようなことが書いてあるがちょっと信じられない歌声です。デモテープみたい。DISC-3はかなり玉石混淆です。
M6.玉姫様/戸川純
あ、やっと知ってるのが出てきました。戸川純が時代の最先端だった頃の作品。しんぴーしんぴー♪って流行ったなあ。「BSマンガ夜話」の「すすめ!!パイレーツ」の回にゲストで出てきた戸川純が、80年代をしみじみ懐かしんでいるのを見た時はちょっと寂しかったです。
M7.風の谷のナウシカ/安田成美
これも松本隆/細野晴臣コンビです。安田成美の歌唱は褒められたものではないけれど、その声があって完成している作品でもあります。
M8.ピンクのモーツァルト/松田聖子
私が松田聖子の全盛期と思うのがこの曲です。声の完成、抑制された中に高級感のあるカラオケ。作曲・細野晴臣ですが編曲は松任谷正隆との併記になっています。おそらくストリングス部分を松任谷正隆が担当したんでしょうね。
M9.ファンキーマージャン/竹中直人
作詞・高橋幸宏、作曲・加藤和彦、編曲・高橋幸宏。こんな作品があったんですね。というか、サディスティック・ミカ・バンドの曲のカバーらしいです。まだ役者としてブレイクする前で、モノマネ芸人なのか俳優なのか分からなかった頃の竹中直人が持ちネタのいくつかを使って録音しています。資料価値は高いと思います。
M10.リセエンヌ/原田知世
作曲編曲が坂本龍一。髪を切って男の子みたい、なんて歌っているからまた松本隆かと思ったら、作詞は原田知世と康珍花と書いてありました。
M11.クララ気分/原田知世
こちらは作曲が南佳孝、編曲が坂本龍一。原田知世ってもう25年もこういう、ちょっと文化の香りを纏いながらの歌手活動を続けているんですね。なんだか分からないけれど偉大だ!
M12.タキシード・ムーンで夕食を/キララとウララ
作曲が細野晴臣、編曲は細野晴臣と船山基紀。片っ方が小室哲哉の元奥さんだったということで有名な女性デュエットですが、どんな唄を歌っていたのかは知らなかった。全編ユニゾンだが、結構声質の相性が良く、聴いてる分には問題ないですね。ま、問題ないだけじゃ売れないか。
M13.銀河鉄道の夜/中原香織
誰?ちょっとDISC-3はマニアック過ぎて着いて行けません。作曲が細野晴臣、編曲は細野晴臣の他2名。
M14.生意気娘/中原理恵
同じ中原でも今度は中原理恵。作詞・RIEとあるのは多分中原本人でしょう。作曲編曲が高橋幸宏。歌メロの一部やベースラインが、まんま、じゃないんだけど、でもやっぱり"Like A Virgin"なんだろうなー、1年後だし。DISC-1、2でスーザンという人の歌でもやってたけど、この頃の高橋幸宏はVCFで変調かけたようなビブラートで声を処理するのが好きだったんですね。
M15.NEO-PLANT/如月小春
作曲編曲が坂本龍一。2000年に若くして亡くなった如月小春がこういう曲を出していたのは知りませんでした。この人も糸井重里や坂本龍一といっしょにいろんな媒体に出てました。私の中では名前の字面とか出てくるチャンネルのせいで松本小雪とちょっとごちゃごちゃになってます。
M16.SIAM PARADICE/少女隊
作曲編曲が細野晴臣。ただし書き下ろしではなく、過去の作品の「リサイクル」とライナーノーツに書かれています。それにしても80年代でこのとんがり方はちょっと意外なほど良くできています。こんなこともやっていたんだ、カッコいいぞ少女隊!
M17.天使のゆびさき/西村知美
「天使の○○/西村〜」と書いていると「まゆ子」を思い出してしまいますが、あ、同調者少ないですね。まあ良いです。これも松本隆/細野晴臣コンビ。すごいプレミアムなイメージの組み合わせなんですが、結構むちゃくちゃ量産してるんですね。
M18.時代よ変われ/つみきみほ
最後の1曲も松本隆/細野晴臣です。
はい、「イエローマジック歌謡曲」3枚聴き終わりました。とっても疲れた。戸川純とか如月小春とかつみきみほとかもう、懐かしさでオジサンはお腹いっぱいです。このCDずっと聴いてたら、仕事中も柏原よしえの「しあわせ音頭」の「そーれそれそれ」が耳元で鳴ってて、困りました。ちょっとなんか毒消しの音楽を探さないといけませんね。
また、これではまだ足りない、というキャパシティの大きな方には、関連商品として「テクノマジック歌謡曲」というのもあるようです。「芳賀ゆい」とか入ってるらしいですよ。
2009/11/17
2009/11/15
イエローマジック歌謡曲 DISC-2/様々なアーティスト
バンドに演奏をさせようと思うと、楽器の数だけ他人の目に晒されるわけですから、意識するにしろしないにしろ作り手側にも体面みたいなことが気になるんだと思うのですが、シンセサイザーは曲を評価することもしないし、いやがることもありません。電気代以外のギャラもいりませんから、前衛的な実験もできるし、どんなレベルの低い冗談も実現できます。
80年代にいわゆるテクノサウンドの歌謡曲がこんなに増殖したのは、音色の流行以上に予算やスタジオ・ミュージシャンをマネージメントする手間を大幅に省けることが最大の理由だと思います。
なんてことを考えながら、「イエローマジック歌謡曲」のDISC-2を聴きます。
M1.赤道小町ドキッ/山下久美子
作詞・松本隆、作曲が細野晴臣です。独特の存在感はありながらも大ヒットが無かった山下久美子の代表作になりましたが、本来のスタイルと違ったのがその後の悩みになったか?
M2.サマルカンド大通り/スーザン
作曲・編曲が高橋幸宏。DISC-1にも出てきた人です。声といい、メロディといい、今から始まるアニメの主題歌などにするととても良いと思います。ていうか、最近こんな曲無かったですかね?
M3.哀愁のデスマッチ・ラブ<予告編>/アゴ&キンゾー
これも作曲・編曲が高橋幸宏。なんだっけこれ?
M4.夏の雫/三田寛子
若い人には想像もつかないでしょうが、三田寛子がアイドル歌手で、ひょっとするとポスト山口百恵かもと思われていた時期があったんです。この曲はたしかデビュー曲「駆けてきた処女」の次の曲だったと思います。阿木燿子と井上陽水が作った曲を坂本龍一が編曲しています。
M5.ハートブレイク太陽族/スターボー
ある意味DISC-2の最大の聴きどころがこの曲でしょう。
松本隆と細野晴臣が組んだにも関わらず大コケにこけたプロジェクト。そのコケ方があまりに見事だったので却って歴史的存在になっています。
今聴くと「シブがき隊」を女の子にやらせてみた、以外の意図が見えませんが、「太陽系10番目の惑星からやってきた」と頭がガンガンするような設定など、相当に作り込まれた商品です。おそらく狙いは「じつは女の子なのに男のアイドルよりも女の子に騒がれる」みたいな完成図を夢見ていたのではないかと思うのですが、結局は男の子にも女の子にも受け入れられずに早々に撤退することになりました。普通にカワイイ女の子を一人混ぜておけばPerfumeになったのかもしれない。
M6.しあわせ音頭/柏原よしえ
作曲が細野晴臣です。聴けば分かりますね。はっぴいえんどとYMOの間で細野晴臣が作っていた「チャンキー・ミュージック」が形を変えてアイドル歌手の、しかもノベルティ的作品として再現されたのがこの曲。イントロは「大ちゃん数え唄」ですが、そこからは沖縄民謡風です。柏原よしえ(芳恵)と酒井法子って声とか存在感が良く似てますね。
M7.コズミック・サーフィン/コズミック・インベンション
初期YMOの作品に近田春夫が歌詞を付けて歌われています。歌ってる人がどういう人なのか、ライナーノーツを見てもよく分かりませんが、それにしてもこの、3分で書いたような歌詞はすごすぎる。
M8.ねらわれた少女/真鍋ちえみ
M9.ロマンチスト/真鍋ちえみ
この2曲は作詞・阿久悠、作曲・細野晴臣です。真鍋ちえみはパンジーというアイドル3人組の一人で、あとのメンバーは北原佐和子とえーと、忘れました。真鍋ちえみも顔を覚えていません。北原佐和子は顔がきれいだったので良く覚えているんですが…。M8の眉村卓なタイトルもなんか絡んでたのかとか全て記憶にありません。
M10.雪列車/前川清
糸井重里と坂本龍一という「若者たちの神々」が合作した曲を「大人の音楽」の本丸であるムード歌謡のエース・前川清に歌わせる、という意欲作。前川清にとってもキャリアの中でこれほどの冒険は、ずっと後の福山雅治作品を歌った「ひまわり」くらいではないかと思います。コーラス最後の「どおぞー」の「お」以外は白鍵だけで弾けるのが意外。坂本龍一はおそらく自分で歌うのは好きな人ではないけれど、理論の抽き出しが一杯あるので、「歌曲の定石」みたいな理詰めなメロディ作りをやるのでしょうね。素人が指摘できるような破綻はしない。
M11.三国志ラヴ・テーマ/小池玉緒
NHK人形劇のテーマソングだそうだが、私は全く見ていなかったので分かりません。細野晴臣が作詞作曲編曲という珍しい曲です。
M12.I Like Best/山田邦子
作詞が山田邦子、作曲が矢野顕子、編曲が坂本龍一。収録されているアルバムのタイトルが「贅沢者」。音楽番組などには出演を渋りつつ、こういう「お笑い」関連に気軽な感じで取り組んで意外性を見せるところがYMO流。
M13.哲学しよう/山田邦子
山田邦子が上昇カーブを描いていた頃ですね。ひょうきん族に出始めた頃は今で言うと青木さやかと柳原可奈子を足して2で割らないくらいの面白さがあったんですけどね。
M14.だってホルモンラブ/伊武雅刀
作曲が細野晴臣。「おちゃっぴー」って!死語だということに誰も気づかないくらいの死語ですね。
M15.ティーン・エイジ・イーグルス/イモ欽トリオ
あー、もう分からないわ。作詞・松本隆、作曲・細野晴臣の布陣は変わってないんですが。
M16.きたかチョーサン まってたドン/川上さんと長島さん
今でもときどきテレビで見かけるプリティ長嶋と、多分今は北海道でラジオを聴けば会えるドン川上(DON)が初期の「笑っていいとも!」で人気が出たことから発売された企画もの。作曲と編曲が細野晴臣です。
M17.君の名はサイコ/郷ひろみ
作詞・糸井重里、作曲編曲・坂本龍一。
M18.毎日僕を愛して/郷ひろみ
詞と曲が矢野顕子、編曲が坂本龍一。
M18.From Tokyo-Endingメロディーはリピートで/ユミ
「もしも世界にタヌキがいたら」のB面なのだそうです。懐かしいなー「なるほど!ザ・ワールド」。
歌ってる「ユミ」は名物リポーターの「ひょうきん由美」ではなく遠藤由美子です。結構可愛かったのにすぐにいなくなっちゃったんだよなー(遠い目)。「メロディー」って今は(最後の音引きを)書かないこと無いですか?時代です。
ていうかなぜA面の方を入れてないんだろう、このCD?
DISC-3では松田聖子が登場しますよ。
80年代にいわゆるテクノサウンドの歌謡曲がこんなに増殖したのは、音色の流行以上に予算やスタジオ・ミュージシャンをマネージメントする手間を大幅に省けることが最大の理由だと思います。
なんてことを考えながら、「イエローマジック歌謡曲」のDISC-2を聴きます。
M1.赤道小町ドキッ/山下久美子
作詞・松本隆、作曲が細野晴臣です。独特の存在感はありながらも大ヒットが無かった山下久美子の代表作になりましたが、本来のスタイルと違ったのがその後の悩みになったか?
M2.サマルカンド大通り/スーザン
作曲・編曲が高橋幸宏。DISC-1にも出てきた人です。声といい、メロディといい、今から始まるアニメの主題歌などにするととても良いと思います。ていうか、最近こんな曲無かったですかね?
M3.哀愁のデスマッチ・ラブ<予告編>/アゴ&キンゾー
これも作曲・編曲が高橋幸宏。なんだっけこれ?
M4.夏の雫/三田寛子
若い人には想像もつかないでしょうが、三田寛子がアイドル歌手で、ひょっとするとポスト山口百恵かもと思われていた時期があったんです。この曲はたしかデビュー曲「駆けてきた処女」の次の曲だったと思います。阿木燿子と井上陽水が作った曲を坂本龍一が編曲しています。
M5.ハートブレイク太陽族/スターボー
ある意味DISC-2の最大の聴きどころがこの曲でしょう。
松本隆と細野晴臣が組んだにも関わらず大コケにこけたプロジェクト。そのコケ方があまりに見事だったので却って歴史的存在になっています。
今聴くと「シブがき隊」を女の子にやらせてみた、以外の意図が見えませんが、「太陽系10番目の惑星からやってきた」と頭がガンガンするような設定など、相当に作り込まれた商品です。おそらく狙いは「じつは女の子なのに男のアイドルよりも女の子に騒がれる」みたいな完成図を夢見ていたのではないかと思うのですが、結局は男の子にも女の子にも受け入れられずに早々に撤退することになりました。普通にカワイイ女の子を一人混ぜておけばPerfumeになったのかもしれない。
M6.しあわせ音頭/柏原よしえ
作曲が細野晴臣です。聴けば分かりますね。はっぴいえんどとYMOの間で細野晴臣が作っていた「チャンキー・ミュージック」が形を変えてアイドル歌手の、しかもノベルティ的作品として再現されたのがこの曲。イントロは「大ちゃん数え唄」ですが、そこからは沖縄民謡風です。柏原よしえ(芳恵)と酒井法子って声とか存在感が良く似てますね。
M7.コズミック・サーフィン/コズミック・インベンション
初期YMOの作品に近田春夫が歌詞を付けて歌われています。歌ってる人がどういう人なのか、ライナーノーツを見てもよく分かりませんが、それにしてもこの、3分で書いたような歌詞はすごすぎる。
M8.ねらわれた少女/真鍋ちえみ
M9.ロマンチスト/真鍋ちえみ
この2曲は作詞・阿久悠、作曲・細野晴臣です。真鍋ちえみはパンジーというアイドル3人組の一人で、あとのメンバーは北原佐和子とえーと、忘れました。真鍋ちえみも顔を覚えていません。北原佐和子は顔がきれいだったので良く覚えているんですが…。M8の眉村卓なタイトルもなんか絡んでたのかとか全て記憶にありません。
M10.雪列車/前川清
糸井重里と坂本龍一という「若者たちの神々」が合作した曲を「大人の音楽」の本丸であるムード歌謡のエース・前川清に歌わせる、という意欲作。前川清にとってもキャリアの中でこれほどの冒険は、ずっと後の福山雅治作品を歌った「ひまわり」くらいではないかと思います。コーラス最後の「どおぞー」の「お」以外は白鍵だけで弾けるのが意外。坂本龍一はおそらく自分で歌うのは好きな人ではないけれど、理論の抽き出しが一杯あるので、「歌曲の定石」みたいな理詰めなメロディ作りをやるのでしょうね。素人が指摘できるような破綻はしない。
M11.三国志ラヴ・テーマ/小池玉緒
NHK人形劇のテーマソングだそうだが、私は全く見ていなかったので分かりません。細野晴臣が作詞作曲編曲という珍しい曲です。
M12.I Like Best/山田邦子
作詞が山田邦子、作曲が矢野顕子、編曲が坂本龍一。収録されているアルバムのタイトルが「贅沢者」。音楽番組などには出演を渋りつつ、こういう「お笑い」関連に気軽な感じで取り組んで意外性を見せるところがYMO流。
M13.哲学しよう/山田邦子
山田邦子が上昇カーブを描いていた頃ですね。ひょうきん族に出始めた頃は今で言うと青木さやかと柳原可奈子を足して2で割らないくらいの面白さがあったんですけどね。
M14.だってホルモンラブ/伊武雅刀
作曲が細野晴臣。「おちゃっぴー」って!死語だということに誰も気づかないくらいの死語ですね。
M15.ティーン・エイジ・イーグルス/イモ欽トリオ
あー、もう分からないわ。作詞・松本隆、作曲・細野晴臣の布陣は変わってないんですが。
M16.きたかチョーサン まってたドン/川上さんと長島さん
今でもときどきテレビで見かけるプリティ長嶋と、多分今は北海道でラジオを聴けば会えるドン川上(DON)が初期の「笑っていいとも!」で人気が出たことから発売された企画もの。作曲と編曲が細野晴臣です。
M17.君の名はサイコ/郷ひろみ
作詞・糸井重里、作曲編曲・坂本龍一。
M18.毎日僕を愛して/郷ひろみ
詞と曲が矢野顕子、編曲が坂本龍一。
M18.From Tokyo-Endingメロディーはリピートで/ユミ
「もしも世界にタヌキがいたら」のB面なのだそうです。懐かしいなー「なるほど!ザ・ワールド」。
歌ってる「ユミ」は名物リポーターの「ひょうきん由美」ではなく遠藤由美子です。結構可愛かったのにすぐにいなくなっちゃったんだよなー(遠い目)。「メロディー」って今は(最後の音引きを)書かないこと無いですか?時代です。
ていうかなぜA面の方を入れてないんだろう、このCD?
DISC-3では松田聖子が登場しますよ。
2009/11/14
イエローマジック歌謡曲 DISC-1/様々なアーティスト
シンセサイザー奏者出身の作曲家・音楽プロデューサーである小室哲哉の話を2回に渡って書きましたが、もちろんそういう音楽を彼一人が作り上げたわけではなく、その前のほぼ10年間、80年代全体に渡ってテクノポップとその派生商品というものがたくさんありました。歌わないキーボード奏者といえば坂本龍一なんていう大物もすでにいたわけです。
たまたまTM NETWORKのベスト盤を探しに行った山野楽器でこんなのみつけました。
「イエローマジック歌謡曲」CD3枚組で4200円。YMOの3人が何かの形で関わった「歌謡曲」のオムニバスアルバムです。こんなのあるんだなあ…。
今ではテクノのことなんかおくびにも出さないアコースティックなイメージの人が、80年代には時代に乗っかってピコピコサウンドに乗っかって歌っていたこともバレてしまいます。
3日間連続で休みをもらったので、三夜連続でご紹介しましょう。今日はDISC-1です。
M1.YELLOW MAGIC CARNIVAL/マナ
あーいたいた。マンガで描いた中村紘子みたいな容貌の、国籍不明の女の子でした。今聴くとイントロが無茶苦茶レトロなんですね。作詞作曲が細野晴臣、編曲は鈴木茂です。
M2.エレクトリック・ラブ・ストーリー/近田春夫
この柴田恭平のような水谷豊のような南佳孝のような声で、芝居っ気たっぷりに歌っているのが、「音楽界の小林秀雄」こと近田春夫御大です。ちょっとキンモクセイに似ています。編曲が細野晴臣。そして作詞がなぜかあの漫画家・楳図かずおです。おそらく近田春夫との髪型や全体の相似性にちなんだ洒落でしょう。80年代はそれが通用した良い時代でした。
M3.ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ザ・ロケット
作曲が鮎川誠と細野晴臣の共作になっています。シンプルなロックンローラーのイメージがある鮎川誠ですが、実は細野人脈から出てきた人なんですね。
M4.チャイナ ローズ/金井夕子
作曲が細野晴臣、編曲が細野+坂本龍一。伊東ゆかりっぽいこの人はスタ誕出身で、歌唱も外見も中庸な人でしたが、ヒット曲には恵まれませんでしたね。
M5.憧れのラジオ・ガール/南佳孝
リズム&ストリングスアレンジに坂本龍一の名が。この人は今「テクノってなに?」って感じでやってますけどね。ボコーダーって和音の演奏できたんだっけ?多重録音?
M6.夜の翼/南佳孝
M5と同じ布陣です。作詞は2曲とも松本隆。この曲は聴いたこと無かったな。
M7.IDOL ERA/サンディー
作曲・編曲が細野晴臣。この人も知らない。"ERA"ってなんだろ?と思ってGOO辞書で調べたら"〔Equal Rights Amendment〕男女平等の観点からアメリカ合衆国憲法の修正を求める修正条項のこと。"なんだそうです。難しいな。このメロディは違う曲名でYMOがやってるような気がするが、ちょっとすぐに分かりません。細野さんって同じ基本コンポーネンツでたくさん曲作りますからね。
M8.CARNAVAL/大貫妙子
大貫妙子が作詞・作曲。編曲が坂本龍一です。電子楽器で構成されていますが演奏形態はロック的。大貫妙子の声がシンセベースの上に乗っかってるのも今聴くと貴重な気がします。
M9.AH! SOKA/スーザン
作曲が細野晴臣、作詞と編曲が高橋幸宏。高橋幸宏で編曲するんだ、と今更ながら。高橋幸宏が鼻歌歌うのを坂本龍一が「しょーがねーなー」って形にするのがYMOだと思っていたので。それにしても耳に残る曲ですね。今をときめくおバカタレントがカバーすると良いと思う。
M10.浮かびのビーチガール/シーナ&ザ・ロケット
作曲・編曲がYMOとなっています。
M11.ラジオと二人/ラジ
作詞・糸井重里、作曲・杉真理。編曲が高橋幸宏。普通の歌謡曲を電子音楽でやってるだけのような気がしてしまう。ラジという人は声が良くて、いろんなアーティストの作品で印象的なコーラスをやってる人。大瀧詠一の「ロング・バケーション」で「ふ」う「け」い「が」とやってる人もこの人。「さんぽしない?」は別の大物歌手。
M12.アパルトマン/ラジ
こちらは作詞作曲が大貫妙子。編曲が高橋幸宏。こっちの方が大人っぽくて好き。
M13.春咲小紅/矢野顕子
作詞・糸井重里、作曲・矢野顕子。編曲がymoymoとなっていますが、もちろんYMO。売上枚数的には多分、矢野顕子史上最大のヒットでしょう。化粧品のCMソングでした。「みーにみにー」のバックのコードが教授っぽいですね。
M14.ハイスクール ララバイ/イモ欽トリオ
作曲・編曲が細野晴臣、作詞が松本隆。DISC-1最大のヒット曲がこれかな?世間の人が思うYMOの音をかなり甘口に再現したサウンド。山口良一らがバックでやってたコードの差し替えみたいな振り付けは松武秀樹の作業を表していたのでしょう。
M15.コンピューターおばあちゃん/酒井司優子
NHK「みんなのうた」の名作として知られる曲。編曲が坂本龍一。
M16.恋はルンルン/伊藤つかさ
作曲・編曲が坂本龍一です。21世紀に聴くと脳みそが痒くなりますが、この後まだ菊池桃子とかもいましたからね。すごかったな80年代。転調あり、音域はA#3〜E5くらいで意外と幅を使ってます。かなり苦しいけどね。
M17.ティアドロップ探偵団/イモ欽トリオ
M14と同じく作曲・編曲が細野晴臣、作詞が松本隆。前作が思いのほか成功したので、もう少し趣味的にしてみた感じでしょうか?シンセサイザーは使っているのでしょうが、テクノポップというよりも思い切りサーフィンミュージックになっていますが、当時は気がつきませんでした。残像効果ってやつですね。松本隆のレトロな歌詞の世界を細野晴臣が疑似60年代サウンドで受けとめた、コンビ芸なのでしょう。
M18.プリティ・ボーイ…大丈夫?/中原理恵
作詞作曲編曲が高橋幸宏。解説を見て思い出したんですが、ここで中原理恵が出てくるのはイモ欽トリオと同様に欽ちゃんファミリーとしての括りなんですね。この人、デビューした時はシンガー・ソングライターという触れ込みだったのですが、とうとうオリジナル曲を聴く機会は寡聞にしてありませんでした。歌はうまいんですけどね。
というわけで、さらに有名なネタが多いDISC-2に続きます。
たまたまTM NETWORKのベスト盤を探しに行った山野楽器でこんなのみつけました。
「イエローマジック歌謡曲」CD3枚組で4200円。YMOの3人が何かの形で関わった「歌謡曲」のオムニバスアルバムです。こんなのあるんだなあ…。
今ではテクノのことなんかおくびにも出さないアコースティックなイメージの人が、80年代には時代に乗っかってピコピコサウンドに乗っかって歌っていたこともバレてしまいます。
3日間連続で休みをもらったので、三夜連続でご紹介しましょう。今日はDISC-1です。
M1.YELLOW MAGIC CARNIVAL/マナ
あーいたいた。マンガで描いた中村紘子みたいな容貌の、国籍不明の女の子でした。今聴くとイントロが無茶苦茶レトロなんですね。作詞作曲が細野晴臣、編曲は鈴木茂です。
M2.エレクトリック・ラブ・ストーリー/近田春夫
この柴田恭平のような水谷豊のような南佳孝のような声で、芝居っ気たっぷりに歌っているのが、「音楽界の小林秀雄」こと近田春夫御大です。ちょっとキンモクセイに似ています。編曲が細野晴臣。そして作詞がなぜかあの漫画家・楳図かずおです。おそらく近田春夫との髪型や全体の相似性にちなんだ洒落でしょう。80年代はそれが通用した良い時代でした。
M3.ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ザ・ロケット
作曲が鮎川誠と細野晴臣の共作になっています。シンプルなロックンローラーのイメージがある鮎川誠ですが、実は細野人脈から出てきた人なんですね。
M4.チャイナ ローズ/金井夕子
作曲が細野晴臣、編曲が細野+坂本龍一。伊東ゆかりっぽいこの人はスタ誕出身で、歌唱も外見も中庸な人でしたが、ヒット曲には恵まれませんでしたね。
M5.憧れのラジオ・ガール/南佳孝
リズム&ストリングスアレンジに坂本龍一の名が。この人は今「テクノってなに?」って感じでやってますけどね。ボコーダーって和音の演奏できたんだっけ?多重録音?
M6.夜の翼/南佳孝
M5と同じ布陣です。作詞は2曲とも松本隆。この曲は聴いたこと無かったな。
M7.IDOL ERA/サンディー
作曲・編曲が細野晴臣。この人も知らない。"ERA"ってなんだろ?と思ってGOO辞書で調べたら"〔Equal Rights Amendment〕男女平等の観点からアメリカ合衆国憲法の修正を求める修正条項のこと。"なんだそうです。難しいな。このメロディは違う曲名でYMOがやってるような気がするが、ちょっとすぐに分かりません。細野さんって同じ基本コンポーネンツでたくさん曲作りますからね。
M8.CARNAVAL/大貫妙子
大貫妙子が作詞・作曲。編曲が坂本龍一です。電子楽器で構成されていますが演奏形態はロック的。大貫妙子の声がシンセベースの上に乗っかってるのも今聴くと貴重な気がします。
M9.AH! SOKA/スーザン
作曲が細野晴臣、作詞と編曲が高橋幸宏。高橋幸宏で編曲するんだ、と今更ながら。高橋幸宏が鼻歌歌うのを坂本龍一が「しょーがねーなー」って形にするのがYMOだと思っていたので。それにしても耳に残る曲ですね。今をときめくおバカタレントがカバーすると良いと思う。
M10.浮かびのビーチガール/シーナ&ザ・ロケット
作曲・編曲がYMOとなっています。
M11.ラジオと二人/ラジ
作詞・糸井重里、作曲・杉真理。編曲が高橋幸宏。普通の歌謡曲を電子音楽でやってるだけのような気がしてしまう。ラジという人は声が良くて、いろんなアーティストの作品で印象的なコーラスをやってる人。大瀧詠一の「ロング・バケーション」で「ふ」う「け」い「が」とやってる人もこの人。「さんぽしない?」は別の大物歌手。
M12.アパルトマン/ラジ
こちらは作詞作曲が大貫妙子。編曲が高橋幸宏。こっちの方が大人っぽくて好き。
M13.春咲小紅/矢野顕子
作詞・糸井重里、作曲・矢野顕子。編曲がymoymoとなっていますが、もちろんYMO。売上枚数的には多分、矢野顕子史上最大のヒットでしょう。化粧品のCMソングでした。「みーにみにー」のバックのコードが教授っぽいですね。
M14.ハイスクール ララバイ/イモ欽トリオ
作曲・編曲が細野晴臣、作詞が松本隆。DISC-1最大のヒット曲がこれかな?世間の人が思うYMOの音をかなり甘口に再現したサウンド。山口良一らがバックでやってたコードの差し替えみたいな振り付けは松武秀樹の作業を表していたのでしょう。
M15.コンピューターおばあちゃん/酒井司優子
NHK「みんなのうた」の名作として知られる曲。編曲が坂本龍一。
M16.恋はルンルン/伊藤つかさ
作曲・編曲が坂本龍一です。21世紀に聴くと脳みそが痒くなりますが、この後まだ菊池桃子とかもいましたからね。すごかったな80年代。転調あり、音域はA#3〜E5くらいで意外と幅を使ってます。かなり苦しいけどね。
M17.ティアドロップ探偵団/イモ欽トリオ
M14と同じく作曲・編曲が細野晴臣、作詞が松本隆。前作が思いのほか成功したので、もう少し趣味的にしてみた感じでしょうか?シンセサイザーは使っているのでしょうが、テクノポップというよりも思い切りサーフィンミュージックになっていますが、当時は気がつきませんでした。残像効果ってやつですね。松本隆のレトロな歌詞の世界を細野晴臣が疑似60年代サウンドで受けとめた、コンビ芸なのでしょう。
M18.プリティ・ボーイ…大丈夫?/中原理恵
作詞作曲編曲が高橋幸宏。解説を見て思い出したんですが、ここで中原理恵が出てくるのはイモ欽トリオと同様に欽ちゃんファミリーとしての括りなんですね。この人、デビューした時はシンガー・ソングライターという触れ込みだったのですが、とうとうオリジナル曲を聴く機会は寡聞にしてありませんでした。歌はうまいんですけどね。
というわけで、さらに有名なネタが多いDISC-2に続きます。
2009/11/08
罪と音楽/小室哲哉〜その2〜
予告からずいぶん間があいてしまいましたが小室哲哉の第2回を始めます。
作曲家小室哲哉とはどんな作家なのか?
前回、私は「小室哲哉のメロディには歌心がない」「歌い手にとって過酷なわりに歌う喜びがない」という話をしました。今日はその辺りを…。
そこでですね、いきなり小室作品の話ではなく、小室哲哉と正反対のところにいると思われる
「ミスター歌心(今勝手に名付けた)・松山千春」の曲を見てみましょう。なんでも良いんですが、例えば「人生(たび)の空から」。

1〜2小節目のメロディの塊が3〜4小節目ではほぼ1度下に降りてもう一度繰り返されます。単なる繰り返しではなく呼びかけと返事の形になっています。こうなっていると歌い手は変化を付けることができますし、楽しいことに向かって進んでいる気持ちになれます。MacのGarageBandでピアノロール表示させるとこんな感じ。

「みみをす」でとんとんとんと下がって「ま」から「せ」で1オクターブぽんと上がりちょっと下がってロングトーン。こういうのは歌って楽しいですね。そして2回目のメロディでは「き」から「て」で今度の跳躍はちょっと短くて済むようになってます。ちょっと楽ができる。この曲はこの後更に跳躍を繰り返してサビでは最高音域をたっぷり使って「たびのーおわーりにー」と見せ場たっぷりに展開して行きます。1〜2小節でエンジン掛けて、3〜4小節でちょっと力をためてからいよいよ本番、とカバーする声域さえあれば歌って楽しい曲です。
松山千春は傍目で見ている範囲でですが、曲そのものの芸術性の追求よりもまずは「松山千春の声で歌ってどうか」に重きを置いて作品を作っている気がします。一番得意なF4~G4あたりの音域をいかに多用して色気を出すかに一番興味がある。私はそう思ってます。それは一方で松山千春の音楽の範囲を狭めているのではないかと思うのですが、私はシングル曲以外はほとんど聴いていないので、断定はできません。
さて、小室作品にも歌って楽しい曲がまったく無いわけではなく、例えば渡辺美里の「My Revolution」は声が出る人にはとても楽しい曲になっています。

引用部分の1〜2小節で「ドドドドドドドレードシド」と呼びかけ「ミミミミミミミミーレレー」と答えます。この似ているけどちょっと違う繰り返しが歌い手には嬉しいんですね。それから「My~Tears」「My~Dreams」の5度の跳躍で声を裏〜表〜裏〜表と切り替えて行くのは喉に覚えのある人には楽しい見せ場になります。
My Revolutionは小室哲哉がまだいろいろなことを証明しなければならなかった若い時期の作品であり、彼なりに当時の売れる音楽を分析した結果の作品だったのだろうと思います。
My Revolutionがヒットして作曲家・小室哲哉の初日を出した後、自分のユニットであるTM NETWORKで1年後に発表した「Self Control」ではもう、その後の小室作品と共通のエゴイスティックな(?)メロディになっています。
「Self Control」の一部を譜面に起こしてみました。

出だしの2音目以降、「みをつれーさるーくる」まで同じ音。ま、ここまではフォークソングなんかにもありますが。
B メロになるとちょっとメロディが動き始めます。「しばーらーれーたあだむといぶ」のメロディはそれなりに開放感があって「歌いで」のあるメロディなんですが、「はしーりーぬーけた〜」「たいーせーつーな〜」と3回まったく同じ繰り返しは辛い!そこを通り抜けて「くもらせなーいでー」とやっと解き放たれたと思うとサビがまた、細かい音符&尻下がりのメロディなんです。

前述のピアノロールだとこう。

だいたい歌い手というのは自分の最高音からちょっと下あたりが一番気持ちよく歌えるわけですが、このメロディは最高音に行った次の瞬間、中低音域まで一気に下がるという場面がとても多いのです。速いテンポで上に行ったり下に行ったりする割に自分の気持ち良く歌える音域をほとんど使わせてもらえません。辛い!
結婚前の安室奈美恵が苦しげに歌っていた"CAN YOU CELEBRATE?"はこうです。

私はこの曲の音を拾うためにiTunesでアルバム「181920」のバージョンを落として聴いていましたが、相当ぐだぐだになってます。超多忙だった安室本人の当時の体調とかもあると思いますが、ちょっとこれは?という歌唱になっています。
この曲も"Self Control"と同様、細かい音符&高音から急降下、伸ばしもためもない、というメロディ。冒頭部分のピアノロールはこんな感じになります。

松山千春と比べてみましょう

「人生の空から」にはオクターブの跳躍も含めて、小さな波と大きな波を繰り返す自然なうねりを感じるでしょう?「Can You Celebrate?」も鍵盤楽器で弾くときれいなメロディですが、なんというかモールス信号かなにかを連想させる無機質な法則性を感じませんか?
そしてひらうた部分「なーがくー〜」以降だとこんなピアノロールになります。

ほらモールス信号だ。
つまりですね。
小室哲哉って人は人の声もシンセサイザーも同じだという感覚でメロディを作っていたんじゃないでしょうか?「このタイミングでこの音程で、この長さ。ベロシティはこう」ってシーケンサーに打つ感覚。
そこにはそれ以前の日本の音楽に対する批評もこめられていたんだと思います。
演歌の大御所みたいにバックの和音がどう変化しようが自分が伸ばしたいだけ伸ばして喝采を受けてる人がいる中で「ボーカルも音楽の一部なんだから音楽の構成要素としてもっと全体のハーモニーに忠実であるべきだ」とか。
あるいは「ボーカリストのやつらはフロントで目立って女の子にキャーキャー言われてやがって、なんで俺らはこんな機材の隙間で汗かいてなきゃいけないんだ、気持ちよくなんて歌わせねえぞ」というボーカリストに対する演奏・作曲担当の反乱だったのかもしれない。
「安室?じゃ使えるのはG3〜D5ね。宇都宮?じゃD3~G4の範囲ね」とパートとして打ち込んで行く感じ。
そこでまた、邂逅としか思えませんが、TMの宇都宮隆って人はロック系ボーカリストには珍しい自己主張の無いタイプで、天然ボーカロイドみたいな人なんですね。 小室哲哉の制約の多い、気持ちよくなれない楽曲を(たぶん)文句も言わずに一所懸命歌うんだ、彼は。松山千春のように自分の売りの声域に拘るタイプだったら絶対 すぐ解散してたでしょう。
小室哲哉はボーカリストの気持ちよさを二の次にして、サウンドを構築する一部として歌メロをもう一度配置しなおした人と考えられます。そのことによって、それまでのどうにも歌手偏重だったJ-POPにはなかった芸術性(音楽性?)を手に入れたのではないかと思います。
ただ、その一方で彼は「カラオケ」のマーケットを意識していたという話もしているので、それはちょっと不思議なところです。彼が言うには「カラオケヒットの三大要素は」「発散・社交・エクササイズ」なのだそうです。「ダンサブルな曲で発散」「一緒に声を張り上げる社交」「練習が必要な高いキーはエクササイズ」。TRFやH.Jungleはそうやってできていた、と。
その辺に「歌うの大好き」な私は疑問がある。エクササイズには達成感が必要じゃないか?と。体重が減った、とかベンチプレスが何kg上がるようになった、とか。一緒に声を張り上げるにもそれを喚起するメロディというのがあるのでは?
同じように高いキーで歌われる広瀬香美の曲などに比べて、歌った後の達成感、快感に大きな違いがありゃしませんか?
その理由は上記の通りです。
自分の一番良い声を聴いてもらえたか?出したい声が出たか?その機能にちょっと乏しいのではないか、というのが私の見立てです。
小室哲哉にその辺が分かっていたのか、実のところは分かっていなかったのか?どこまでが計算で、どこからが彼の限界なのか?これは本人にしか分からない事なんだと思います。
作曲家小室哲哉とはどんな作家なのか?
前回、私は「小室哲哉のメロディには歌心がない」「歌い手にとって過酷なわりに歌う喜びがない」という話をしました。今日はその辺りを…。
そこでですね、いきなり小室作品の話ではなく、小室哲哉と正反対のところにいると思われる
「ミスター歌心(今勝手に名付けた)・松山千春」の曲を見てみましょう。なんでも良いんですが、例えば「人生(たび)の空から」。

1〜2小節目のメロディの塊が3〜4小節目ではほぼ1度下に降りてもう一度繰り返されます。単なる繰り返しではなく呼びかけと返事の形になっています。こうなっていると歌い手は変化を付けることができますし、楽しいことに向かって進んでいる気持ちになれます。MacのGarageBandでピアノロール表示させるとこんな感じ。

「みみをす」でとんとんとんと下がって「ま」から「せ」で1オクターブぽんと上がりちょっと下がってロングトーン。こういうのは歌って楽しいですね。そして2回目のメロディでは「き」から「て」で今度の跳躍はちょっと短くて済むようになってます。ちょっと楽ができる。この曲はこの後更に跳躍を繰り返してサビでは最高音域をたっぷり使って「たびのーおわーりにー」と見せ場たっぷりに展開して行きます。1〜2小節でエンジン掛けて、3〜4小節でちょっと力をためてからいよいよ本番、とカバーする声域さえあれば歌って楽しい曲です。
松山千春は傍目で見ている範囲でですが、曲そのものの芸術性の追求よりもまずは「松山千春の声で歌ってどうか」に重きを置いて作品を作っている気がします。一番得意なF4~G4あたりの音域をいかに多用して色気を出すかに一番興味がある。私はそう思ってます。それは一方で松山千春の音楽の範囲を狭めているのではないかと思うのですが、私はシングル曲以外はほとんど聴いていないので、断定はできません。
さて、小室作品にも歌って楽しい曲がまったく無いわけではなく、例えば渡辺美里の「My Revolution」は声が出る人にはとても楽しい曲になっています。

引用部分の1〜2小節で「ドドドドドドドレードシド」と呼びかけ「ミミミミミミミミーレレー」と答えます。この似ているけどちょっと違う繰り返しが歌い手には嬉しいんですね。それから「My~Tears」「My~Dreams」の5度の跳躍で声を裏〜表〜裏〜表と切り替えて行くのは喉に覚えのある人には楽しい見せ場になります。
My Revolutionは小室哲哉がまだいろいろなことを証明しなければならなかった若い時期の作品であり、彼なりに当時の売れる音楽を分析した結果の作品だったのだろうと思います。
My Revolutionがヒットして作曲家・小室哲哉の初日を出した後、自分のユニットであるTM NETWORKで1年後に発表した「Self Control」ではもう、その後の小室作品と共通のエゴイスティックな(?)メロディになっています。
「Self Control」の一部を譜面に起こしてみました。

出だしの2音目以降、「みをつれーさるーくる」まで同じ音。ま、ここまではフォークソングなんかにもありますが。
B メロになるとちょっとメロディが動き始めます。「しばーらーれーたあだむといぶ」のメロディはそれなりに開放感があって「歌いで」のあるメロディなんですが、「はしーりーぬーけた〜」「たいーせーつーな〜」と3回まったく同じ繰り返しは辛い!そこを通り抜けて「くもらせなーいでー」とやっと解き放たれたと思うとサビがまた、細かい音符&尻下がりのメロディなんです。

前述のピアノロールだとこう。

だいたい歌い手というのは自分の最高音からちょっと下あたりが一番気持ちよく歌えるわけですが、このメロディは最高音に行った次の瞬間、中低音域まで一気に下がるという場面がとても多いのです。速いテンポで上に行ったり下に行ったりする割に自分の気持ち良く歌える音域をほとんど使わせてもらえません。辛い!
結婚前の安室奈美恵が苦しげに歌っていた"CAN YOU CELEBRATE?"はこうです。

私はこの曲の音を拾うためにiTunesでアルバム「181920」のバージョンを落として聴いていましたが、相当ぐだぐだになってます。超多忙だった安室本人の当時の体調とかもあると思いますが、ちょっとこれは?という歌唱になっています。
この曲も"Self Control"と同様、細かい音符&高音から急降下、伸ばしもためもない、というメロディ。冒頭部分のピアノロールはこんな感じになります。

松山千春と比べてみましょう

「人生の空から」にはオクターブの跳躍も含めて、小さな波と大きな波を繰り返す自然なうねりを感じるでしょう?「Can You Celebrate?」も鍵盤楽器で弾くときれいなメロディですが、なんというかモールス信号かなにかを連想させる無機質な法則性を感じませんか?
そしてひらうた部分「なーがくー〜」以降だとこんなピアノロールになります。

ほらモールス信号だ。
つまりですね。
小室哲哉って人は人の声もシンセサイザーも同じだという感覚でメロディを作っていたんじゃないでしょうか?「このタイミングでこの音程で、この長さ。ベロシティはこう」ってシーケンサーに打つ感覚。
そこにはそれ以前の日本の音楽に対する批評もこめられていたんだと思います。
演歌の大御所みたいにバックの和音がどう変化しようが自分が伸ばしたいだけ伸ばして喝采を受けてる人がいる中で「ボーカルも音楽の一部なんだから音楽の構成要素としてもっと全体のハーモニーに忠実であるべきだ」とか。
あるいは「ボーカリストのやつらはフロントで目立って女の子にキャーキャー言われてやがって、なんで俺らはこんな機材の隙間で汗かいてなきゃいけないんだ、気持ちよくなんて歌わせねえぞ」というボーカリストに対する演奏・作曲担当の反乱だったのかもしれない。
「安室?じゃ使えるのはG3〜D5ね。宇都宮?じゃD3~G4の範囲ね」とパートとして打ち込んで行く感じ。
そこでまた、邂逅としか思えませんが、TMの宇都宮隆って人はロック系ボーカリストには珍しい自己主張の無いタイプで、天然ボーカロイドみたいな人なんですね。 小室哲哉の制約の多い、気持ちよくなれない楽曲を(たぶん)文句も言わずに一所懸命歌うんだ、彼は。松山千春のように自分の売りの声域に拘るタイプだったら絶対 すぐ解散してたでしょう。
小室哲哉はボーカリストの気持ちよさを二の次にして、サウンドを構築する一部として歌メロをもう一度配置しなおした人と考えられます。そのことによって、それまでのどうにも歌手偏重だったJ-POPにはなかった芸術性(音楽性?)を手に入れたのではないかと思います。
ただ、その一方で彼は「カラオケ」のマーケットを意識していたという話もしているので、それはちょっと不思議なところです。彼が言うには「カラオケヒットの三大要素は」「発散・社交・エクササイズ」なのだそうです。「ダンサブルな曲で発散」「一緒に声を張り上げる社交」「練習が必要な高いキーはエクササイズ」。TRFやH.Jungleはそうやってできていた、と。
その辺に「歌うの大好き」な私は疑問がある。エクササイズには達成感が必要じゃないか?と。体重が減った、とかベンチプレスが何kg上がるようになった、とか。一緒に声を張り上げるにもそれを喚起するメロディというのがあるのでは?
同じように高いキーで歌われる広瀬香美の曲などに比べて、歌った後の達成感、快感に大きな違いがありゃしませんか?
その理由は上記の通りです。
自分の一番良い声を聴いてもらえたか?出したい声が出たか?その機能にちょっと乏しいのではないか、というのが私の見立てです。
小室哲哉にその辺が分かっていたのか、実のところは分かっていなかったのか?どこまでが計算で、どこからが彼の限界なのか?これは本人にしか分からない事なんだと思います。
2009/10/26
罪と音楽/小室哲哉〜その1〜
小室哲哉が執行猶予判決を受けた後に発売された「罪と音楽」を読んでみました。
Twitter上で引用されていた一部分がとても気になったからです。
「僕ら2人」とは小室哲哉自身とつんく♂のこと。
実際にはこの文章には当然前後があって、彼自身とつんく♂の才能の違い(主に「歌えるつんく♂」と「歌えない自分」の違い)にも触れた上で書かれていますが、それにしてもちょっと違うんじゃないかと思いました。
それは、
1.自分の過ちを告白する時に直接関係ない人間を引き合いに出すのは良くない
2.「みんなのうた」とJポップの「わかりやすさの追求」は同じ線上にはないだろう?
3.ましてやなんでこの流れで宇多田ヒカルの「ぼくはくま」が出てくるのか?
の3点。
宇多田ヒカルの「ぼくはくま」は「みんなのうた」の為にわかりやすく書いた作品なんかじゃありません。(その話を読んでくださる方は音楽ネタも書いていた頃の「はてなダイアリー」でこちらを読んでください。)あるいは、小室哲哉も、「だからあまりマーケティングを考えずに作品を発表できる『みんなのうた』に曲を提供するアーティストが出てきたんだ」と言いたかったのかもしれません。
でも、もしそうだとしたらあまりにも文章の流れが粗すぎる(聞き書きまたはテープ起こししたライターの才能の問題かもしれないけど)。
もちろん彼ほどの音楽頭の持ち主が書いていることなので、「罪と音楽」には「なるほど」と思えるところも多いです。
最近のJポップは聞き手のリテラシーをものすごく低く設定してあるように思えるし、小室哲哉がその片棒を担いでしまった、とここで反省してみせるのは今後なにか意味を持つかもしれません。この本は時節柄、彼の犯罪やプライベートへの言及を期待する層がターゲットとされていますが、半分くらいはかつて一世を風靡した音楽プロデューサーが何を考えて作品を作っていたかを読むことができ、私はその方に興味がありました。
それはさておき、今日の本題に入ります。
TM NETWORKの頃から、90年代後半の絶頂期に至るまで小室哲哉の作品を(積極的にも消極的にも)聴いている間、私にはずっと疑問がありました。
「小室哲哉の曲ってなんで歌って楽しくないの?気持ちよくないの?」ってことです。
私は小室哲哉の作品は好きです。特に"humansystem"の頃のTM NETWORKは好きで、アルバムも買いましたし、中山美穂の「50/50」なんかも好きでした。
「小室作品は歌いにくい」ということを言葉として明確に思ったのは、圧倒的歌唱力ではないにしろ、海外曲のカバーをさらりさらりと歌っていた安室奈美恵が、こと小室作品についてはテレビでとても歌いにくそうにしている様子を見るようになってからです。TMで宇都宮隆が歌っている頃はあまり気にならなかった(が、自分でカラオケで歌ってもあまり楽しい曲はなかった)が、安室奈美恵という定規をあてることによって小室作品の変さが改めて明らかになったというようなことです。
私はひとつの仮説を立てました。
1.小室哲哉は自分で歌う喜びを(少なくともボーカリストとしては)知らない人である
2.彼の自己表現はキーボードプレイまたはコンピュータによる作曲として行われる
3.だから彼のメロディには「歌心」がない
結論の「歌心がない」はあまりにもぼんやりしているので、もう少し正確な表現を試みると、
1.ボーカルトラックだけだと感動が少ない
2.ボーカリストにとって過酷な表現を強いられるわりに、歌いきった時の達成感が少ない
3.結果として歌っている最中、歌い終わった後に快感が得られない
と考えたのです。
さて、この本によると小室哲哉自身は1996〜1997年が絶頂期で、2001年以降下降線を辿った、と自分の人生を捉えているようです。ひょっとしたら小室哲哉も20世紀末にやってきた「爆撃機・宇多田ヒカル(C)近田春夫」に家を焼かれたひとりなのかもしれません。当時、近田春夫が書いていたのは主に本格和製R&Bと言われたアーティストが受けた影響についてです。では、なぜ私の連想が、和製R&Bとは路線の違う小室哲哉にまで及んだのかというと、この「歌心のなさ」を攻撃されたんじゃないかと思うのです。
そこで次回、小室作品の何をもって「歌心がない」と私が思うのかという説明をしたいと思います。
ただし、今のうちに私は言っておきますが、「歌心がない」ことをもって小室哲哉には才能なんか無かったんだ、とかそういうことを言いたいのではありません。
私は今回の準備のために改めてCDを買ってTM NETWORKの作品を集中的に聴きました。やはり良かったです。また、記憶の中から彼の過去の作品を一所懸命思い出そうとしていました。「My Revolution」のように「歌心」の面でも優秀な作品も思い出しました。
そんなわけで次回のテキストはこの辺りになりますのでよろしくお願いします。
Twitter上で引用されていた一部分がとても気になったからです。
僕の勝手な見解としては、僕ら2人が両輪となり、拍車をかけてしまった現象がある。Jポップの「わかりやすさの追求」だ。
「僕ら2人」とは小室哲哉自身とつんく♂のこと。
では、「わかりやすい」とは何か?
僕は、「高速伝達」「より早く伝えようとするための方法のひとつ」と捉えている。
「できる限り、直感的、反射的に伝わるように心がけること」
その結果、NHK「みんなのうた」にかぎりなく接近していくわけだ。
だから、21世紀になってから、宇多田ヒカルさんの「ぼくはくま」(06年)をはじめ多くのアーティストが「みんなのうた」に楽曲提供するようになったのは、至極当然だと思う。
実際にはこの文章には当然前後があって、彼自身とつんく♂の才能の違い(主に「歌えるつんく♂」と「歌えない自分」の違い)にも触れた上で書かれていますが、それにしてもちょっと違うんじゃないかと思いました。
それは、
1.自分の過ちを告白する時に直接関係ない人間を引き合いに出すのは良くない
2.「みんなのうた」とJポップの「わかりやすさの追求」は同じ線上にはないだろう?
3.ましてやなんでこの流れで宇多田ヒカルの「ぼくはくま」が出てくるのか?
の3点。
宇多田ヒカルの「ぼくはくま」は「みんなのうた」の為にわかりやすく書いた作品なんかじゃありません。(その話を読んでくださる方は音楽ネタも書いていた頃の「はてなダイアリー」でこちらを読んでください。)あるいは、小室哲哉も、「だからあまりマーケティングを考えずに作品を発表できる『みんなのうた』に曲を提供するアーティストが出てきたんだ」と言いたかったのかもしれません。
でも、もしそうだとしたらあまりにも文章の流れが粗すぎる(聞き書きまたはテープ起こししたライターの才能の問題かもしれないけど)。
もちろん彼ほどの音楽頭の持ち主が書いていることなので、「罪と音楽」には「なるほど」と思えるところも多いです。
最近のJポップは聞き手のリテラシーをものすごく低く設定してあるように思えるし、小室哲哉がその片棒を担いでしまった、とここで反省してみせるのは今後なにか意味を持つかもしれません。この本は時節柄、彼の犯罪やプライベートへの言及を期待する層がターゲットとされていますが、半分くらいはかつて一世を風靡した音楽プロデューサーが何を考えて作品を作っていたかを読むことができ、私はその方に興味がありました。
それはさておき、今日の本題に入ります。
TM NETWORKの頃から、90年代後半の絶頂期に至るまで小室哲哉の作品を(積極的にも消極的にも)聴いている間、私にはずっと疑問がありました。
「小室哲哉の曲ってなんで歌って楽しくないの?気持ちよくないの?」ってことです。
私は小室哲哉の作品は好きです。特に"humansystem"の頃のTM NETWORKは好きで、アルバムも買いましたし、中山美穂の「50/50」なんかも好きでした。
「小室作品は歌いにくい」ということを言葉として明確に思ったのは、圧倒的歌唱力ではないにしろ、海外曲のカバーをさらりさらりと歌っていた安室奈美恵が、こと小室作品についてはテレビでとても歌いにくそうにしている様子を見るようになってからです。TMで宇都宮隆が歌っている頃はあまり気にならなかった(が、自分でカラオケで歌ってもあまり楽しい曲はなかった)が、安室奈美恵という定規をあてることによって小室作品の変さが改めて明らかになったというようなことです。
私はひとつの仮説を立てました。
1.小室哲哉は自分で歌う喜びを(少なくともボーカリストとしては)知らない人である
2.彼の自己表現はキーボードプレイまたはコンピュータによる作曲として行われる
3.だから彼のメロディには「歌心」がない
結論の「歌心がない」はあまりにもぼんやりしているので、もう少し正確な表現を試みると、
1.ボーカルトラックだけだと感動が少ない
2.ボーカリストにとって過酷な表現を強いられるわりに、歌いきった時の達成感が少ない
3.結果として歌っている最中、歌い終わった後に快感が得られない
と考えたのです。
さて、この本によると小室哲哉自身は1996〜1997年が絶頂期で、2001年以降下降線を辿った、と自分の人生を捉えているようです。ひょっとしたら小室哲哉も20世紀末にやってきた「爆撃機・宇多田ヒカル(C)近田春夫」に家を焼かれたひとりなのかもしれません。当時、近田春夫が書いていたのは主に本格和製R&Bと言われたアーティストが受けた影響についてです。では、なぜ私の連想が、和製R&Bとは路線の違う小室哲哉にまで及んだのかというと、この「歌心のなさ」を攻撃されたんじゃないかと思うのです。
そこで次回、小室作品の何をもって「歌心がない」と私が思うのかという説明をしたいと思います。
ただし、今のうちに私は言っておきますが、「歌心がない」ことをもって小室哲哉には才能なんか無かったんだ、とかそういうことを言いたいのではありません。
私は今回の準備のために改めてCDを買ってTM NETWORKの作品を集中的に聴きました。やはり良かったです。また、記憶の中から彼の過去の作品を一所懸命思い出そうとしていました。「My Revolution」のように「歌心」の面でも優秀な作品も思い出しました。
そんなわけで次回のテキストはこの辺りになりますのでよろしくお願いします。
2009/10/11
虹(Album Version)/ゆず
今週は偶然「ゆず」をテレビで見ることが多くて、「そういえばちゃんと聴いたことなかったな」と思って、アルバム「FURUSATO」を買ってきました。本当はiTSで落としちゃいたい感じの人たちですが、iTSではシングル1曲しか落とせないんですよね。
ちゃんと聴いたことは無いけれど、「夏色」の頃から憎からず思っておりました。ギター2本の弾き語りデュオという額面から思い起こされる貧乏くささがないし、特に右側の人の声がバカバカしいほど伸びやかだったからです。貧乏くささが無いのは歌っている二人のキャラクターにもあるのだと思いますが、音楽的にも単なる一周遅れのフォークソングではなく、ちゃんと80年代以降の音楽を通り過ぎた上で考えられた構造の曲をやっているのがなんとなく読み取れました。
良く似た成り立ちのデュオで「コブクロ」という人たちがいて、彼らもただのフォークソングで終らない人たちなんですが、コブクロはあまりにも「今売って結果を出すこと」に熱心なのが伝わりすぎてあまり好きになれません。その点、ゆずは今売るために必要の無いところでも自分たちがやりたいことは盛り込んでしまおう、という良い意味での効率の悪さがあって、その点も好ましいところです。
さて、アルバム「FURUSATO」は通して聴いて、とても良いアルバムだと思いました。
インストナンバーを除くアルバム11曲のうち、北川作品が6曲、岩沢作品が3曲、共作名義が2曲となっています。ゆずのメイン・ソングライターは北川悠仁なんですね。
作詞作曲の分担比率は印税収入の格差に直結するので、この点だけ見ていると(オフコースやチャゲアスのように)今後の二人の行く末がちょっと心配になりますが、実際に音で聴いてみるとゆずの音色のすごく大きい部分を岩沢厚治の声が担っているのが分かります。リードボーカルでB4あたりを常用する岩沢の声は高さとしては小田和正レベルですが、よりゆったりとしていて、しかし小野正利ほどは人工的な匂いがしないという微妙な味があります。
北川悠仁のキーも高めですが、曲の途中から岩沢に引き継ぐことでよりスケールの大きな表現ができるのですから、ソングライター北川は岩沢の声を手放そうと思わないでしょう。
今日は全曲解説をする元気がないので、シングルにもなっている「虹」を聴いてみます。
ストリングスの音がかっこいいイントロから同じコード進行の上にAメロが乗っかってきて曲が始まります。A-B-A-B-サビと展開して2番が終わるとDメロを挟んで、もう一度サビが繰り返され大団円。かと思うと最後に今まで出て来なかったEのメロディが出て本当のエンディング、という凝った展開です。
ゆずの音楽的ルーツがどこにあるのか私は知りませんが、私はこの曲を聴いてJourneyの"Don't Stop Believin'"を思い出しました。あっちはA-Bの2つの部品をいろいろな聴かせかたでドラマティックに見せている曲で構造は全然違うんですが、この「手を替え品を替え」的なサービス精神は共通しているように思うのです。
じゃあどうしてゆずは部品を5つも使うのか?
彼らの基本はやはりギター2本での演奏で、その編成で「手を替え品を替え」をやるためには曲の構造そのものをサービス満点にしておく、というやり方がデフォルトになっているんじゃないかと思うのです。路上で歌って人を引きつけるには1曲の中で常に変化を加えて「え、なに?」という細かい驚きを与え続ける必要があり、大成してストリングスをバックにするようになった今でもそれを続けているのではないか、と私は想像します。
ちゃんと聴いたことは無いけれど、「夏色」の頃から憎からず思っておりました。ギター2本の弾き語りデュオという額面から思い起こされる貧乏くささがないし、特に右側の人の声がバカバカしいほど伸びやかだったからです。貧乏くささが無いのは歌っている二人のキャラクターにもあるのだと思いますが、音楽的にも単なる一周遅れのフォークソングではなく、ちゃんと80年代以降の音楽を通り過ぎた上で考えられた構造の曲をやっているのがなんとなく読み取れました。
良く似た成り立ちのデュオで「コブクロ」という人たちがいて、彼らもただのフォークソングで終らない人たちなんですが、コブクロはあまりにも「今売って結果を出すこと」に熱心なのが伝わりすぎてあまり好きになれません。その点、ゆずは今売るために必要の無いところでも自分たちがやりたいことは盛り込んでしまおう、という良い意味での効率の悪さがあって、その点も好ましいところです。
さて、アルバム「FURUSATO」は通して聴いて、とても良いアルバムだと思いました。
インストナンバーを除くアルバム11曲のうち、北川作品が6曲、岩沢作品が3曲、共作名義が2曲となっています。ゆずのメイン・ソングライターは北川悠仁なんですね。
作詞作曲の分担比率は印税収入の格差に直結するので、この点だけ見ていると(オフコースやチャゲアスのように)今後の二人の行く末がちょっと心配になりますが、実際に音で聴いてみるとゆずの音色のすごく大きい部分を岩沢厚治の声が担っているのが分かります。リードボーカルでB4あたりを常用する岩沢の声は高さとしては小田和正レベルですが、よりゆったりとしていて、しかし小野正利ほどは人工的な匂いがしないという微妙な味があります。
北川悠仁のキーも高めですが、曲の途中から岩沢に引き継ぐことでよりスケールの大きな表現ができるのですから、ソングライター北川は岩沢の声を手放そうと思わないでしょう。
今日は全曲解説をする元気がないので、シングルにもなっている「虹」を聴いてみます。
ストリングスの音がかっこいいイントロから同じコード進行の上にAメロが乗っかってきて曲が始まります。A-B-A-B-サビと展開して2番が終わるとDメロを挟んで、もう一度サビが繰り返され大団円。かと思うと最後に今まで出て来なかったEのメロディが出て本当のエンディング、という凝った展開です。
ゆずの音楽的ルーツがどこにあるのか私は知りませんが、私はこの曲を聴いてJourneyの"Don't Stop Believin'"を思い出しました。あっちはA-Bの2つの部品をいろいろな聴かせかたでドラマティックに見せている曲で構造は全然違うんですが、この「手を替え品を替え」的なサービス精神は共通しているように思うのです。
じゃあどうしてゆずは部品を5つも使うのか?
彼らの基本はやはりギター2本での演奏で、その編成で「手を替え品を替え」をやるためには曲の構造そのものをサービス満点にしておく、というやり方がデフォルトになっているんじゃないかと思うのです。路上で歌って人を引きつけるには1曲の中で常に変化を加えて「え、なに?」という細かい驚きを与え続ける必要があり、大成してストリングスをバックにするようになった今でもそれを続けているのではないか、と私は想像します。
2009/10/04
TOKYO JUKEBOX/Marty Friedman
親日家のヘビメタギタリスト、マーティ・フリードマンがJ-POPをカバーしたアルバム。曲目はマキシマム ザ ホルモン(誰?)の「爪爪爪」から「ポリリズム」、果ては「天城越え」まで、ロックに限らず大甘ポップスまで、ジャンルに拘らず好きな曲を自分なりに演奏した、というものです。iTSでも落とせるので、自分の好きな曲だけ選んで聴いてもOK。

私はこの人をJ-POP評論家として認識しています。洋楽オンチでMEGADETHのことも知らないし、アメリカでどのくらい有名な人なのかも知りません。日本で言うと誰くらいの格の人なんだろう?
とにかく私から見てもどうかと思うことも多いJ-POPを、とてもポジティブに捉えて評価してくれる、ありがたいガイジンさん。1作目の本を読んだ時に影響を受けた音楽の時代が似通っているなと思っていましたが、どうも私と同学年らしいです。
この人がJ-POPの何を評価しているかというと、ジャンルにとらわれずにいろんな音楽の要素がクロスオーバーしていて楽しい(アメリカの音楽はジャンル分けがガチガチで他ジャンルの影響を反映した曲作りがやりにくいらしい)、女の子のヘタウマ(本当は下手じゃない)な歌がカワイイ、とよく書いています。レゲエは嫌いだけどJ-POPのレゲエ風ナンバーは聴ける、という話も何度もしています。
彼自身がエイベックスと契約しているミュージシャンということで、彼の評論は基本的に批判はしません。注意深く読めば「ほめ殺し」の時もあると思うのですが、まだそれは読み解けません。一度聴いた曲はギターで弾けるという音感の持ち主なので、コード付けのチェックなどはさすがプロ。
最近の著作のあとがきでは「日本のポップスは80年代はバブルの財力でアメリカでレコーディングして当時の洋楽そっくりな演奏をさせ、シカゴやビリー・ジョエルのコピーを作っていたが、90年代以降の不況で自前でサウンドを作るようになってJ-POPはオリジナリティを手に入れた」という意味のことも書いています。おそらくアメリカのミュージックシーンもJ-POPも熟知している彼から見れば、日米の音楽制作のレベルにはそんなに差がなくて、日本には日本の良さがあるのかもしれない。
私は今のJ-POPを彼ほど肯定的に捉えていないので、彼の評論を読んで頷くところも多いけれど、「いやそれは違うだろ」と思うこともあります。J-POPは今、確かに高い完成度を手に入れたんだろうとは思うけれど、もっと高い志を持った、夢中にさせてくれるような音楽の出現を待っています。
あ、アルバムの中身に全然触れていませんね。私のお気に入りは「ギターで完全コピー」を目指した「ポリリズム」です。カッコイイ。
私はこの人をJ-POP評論家として認識しています。洋楽オンチでMEGADETHのことも知らないし、アメリカでどのくらい有名な人なのかも知りません。日本で言うと誰くらいの格の人なんだろう?
とにかく私から見てもどうかと思うことも多いJ-POPを、とてもポジティブに捉えて評価してくれる、ありがたいガイジンさん。1作目の本を読んだ時に影響を受けた音楽の時代が似通っているなと思っていましたが、どうも私と同学年らしいです。
この人がJ-POPの何を評価しているかというと、ジャンルにとらわれずにいろんな音楽の要素がクロスオーバーしていて楽しい(アメリカの音楽はジャンル分けがガチガチで他ジャンルの影響を反映した曲作りがやりにくいらしい)、女の子のヘタウマ(本当は下手じゃない)な歌がカワイイ、とよく書いています。レゲエは嫌いだけどJ-POPのレゲエ風ナンバーは聴ける、という話も何度もしています。
彼自身がエイベックスと契約しているミュージシャンということで、彼の評論は基本的に批判はしません。注意深く読めば「ほめ殺し」の時もあると思うのですが、まだそれは読み解けません。一度聴いた曲はギターで弾けるという音感の持ち主なので、コード付けのチェックなどはさすがプロ。
最近の著作のあとがきでは「日本のポップスは80年代はバブルの財力でアメリカでレコーディングして当時の洋楽そっくりな演奏をさせ、シカゴやビリー・ジョエルのコピーを作っていたが、90年代以降の不況で自前でサウンドを作るようになってJ-POPはオリジナリティを手に入れた」という意味のことも書いています。おそらくアメリカのミュージックシーンもJ-POPも熟知している彼から見れば、日米の音楽制作のレベルにはそんなに差がなくて、日本には日本の良さがあるのかもしれない。
私は今のJ-POPを彼ほど肯定的に捉えていないので、彼の評論を読んで頷くところも多いけれど、「いやそれは違うだろ」と思うこともあります。J-POPは今、確かに高い完成度を手に入れたんだろうとは思うけれど、もっと高い志を持った、夢中にさせてくれるような音楽の出現を待っています。
あ、アルバムの中身に全然触れていませんね。私のお気に入りは「ギターで完全コピー」を目指した「ポリリズム」です。カッコイイ。
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