2008/10/18

南沙織ベストコレクション/南沙織

沢田研二に続いて、もう1枚聴いてから現代に向かおうと思います。先日来拘っていた南沙織です。

本当はiTunesでダウンロードできればいいんですけど、ソニー系は相変わらずiTMSに対してかたくなな態度を続けています。消費者は不便しているので、寛大な心でiTMSに結集していただけないですかね(どうせ負けてんだし!)。


さて本題です。
南沙織は私が小学校の低学年の頃から唄っていたので、ものすごく昔の歌謡曲の人という印象なんですが、年齢で言うと太田裕美や竹内まりやと同学年なので、活躍時期がもう少し遅ければ、私が中学生くらいで夢中になっていてもおかしくなかった人です。デビューが早すぎたんですね。

そして、この「ベストコレクション」のラインナップ(後で紹介します)を見ると、15曲のうち12曲の作曲/編曲が筒美京平(作詞は有馬三恵子)です。そうか、南沙織を聴くことは初期の筒美京平を(アレンジ込みで)聴くことでもあったのか!なんかいろいろと繋がってきます。


先日の「青春歌年鑑('73年)」を聴いている時も突出して聴こえたのですが、この人は絶対歌うまいです、今風の意味で。最終的には彼女はレコード大賞の歌唱賞(最優秀ではない)を受賞していますが、現役時代を通じて、アイドルとしての評価はあっても「うまい」という言われ方はあまりされていなかったように思います。

その理由を考えてみると、一つには、彼女は本土復帰前の沖縄から「来日」してきたということ。これは当時の日本人の感覚では、「舶来品=プレミアム」である一方、「違和感」でもありました。いずれにせよ、「外国人枠」のアイドルだったので、そういう(うまいとかへたとかの)問題をきちんと考察する機会がなかったんだと思います。

もう一つ本質的なところでは、彼女の声がそれまでの歌謡曲にあまりいなかったタイプだからだと思います。
当時の日本の一般大衆が「いい声」と思うのは、小柳ルミ子のような声を頂点とする「音楽学校で発声を習ったソプラノ系」でした。南沙織の声はそれとは対称的な、低音成分の豊かな声で、エレキギターでいうとオーバードライブを繋いだような太さがあります。しかも低音から高音までその発声法が変わらない(すばらしい!)ので、どのくらいの音域があるのかもちょっと分かりにくい。
実際にこの15曲を聴く間、EZ-EGで音を取っていたのですが、確認できただけで下はF3、上はD5と2オクターブ近く使っています。これはポピュラー音楽としては必要十分なレンジです。一人アカペラの達人・山下達郎だって、ラジオで「どのくらい音域がありますか?」と質問されると「下はA(2)、2オクターブ上のA(4)。その上はファルセット」と答えていましたから。

そういうことを考えると、南沙織というのは、この間ずっと活動していた結果、「実力派アーティスト」として扱われている竹内まりやなどと同じグループに入れた方が良いと思います。ただし、非常に若い時にデビューして、評価が固まる前に引退したため、「実力派」としての実績が残ってないことは、傍目にはもったいないですね。
しかし、彼女は人気絶頂の時から「引退」を口にして騒ぎを起こしていましたから、あまり芸能人であり続けることに興味が無かった人なのかもしれませんね(あるいは南国娘の情熱で、恋をするとほかのことはどうでもよくなっちゃう性格だ、という妄想の余地もある)。


それでは、聴いていきましょう。忘れている曲も多かったんですが、聴けば「ああ、これだったのか」と思うものばかり。
M1.17才
「たしかめたくってえー」の2個目の「た」の音が森高千里版より2音階高い。昔NHKのドラマで昭和40年代の風景として子どもがこの歌を唄っている場面がありましたが、ここのメロディが森高版だったので「チェック甘いぞ」と画面につっこんだことがありました。この曲、エレキギターの音が入っていないんですね。

M2.潮風のメロディー
これもエレキギター無し。ビートはエレキベースで支えられています。ストリングスがカッコイイ。近田春夫がよく褒めているのはこの辺なのかしら。

M4.純潔
イントロからエレキギター全開で始まります。ブラスの音も派手で、南沙織にしてはうるさめの曲です。当時の歌謡曲の歌手としてはめずらしく、自分の声をダビングしてコーラスをつけています。後に太田裕美も多用しますし、今では常識ですが、この当時にやっていたということは、南沙織は楽譜が読める人だったのかもしれません。

M5.哀愁のページ
冒頭、英語のセリフが入っています。内容は日本人が考えたような文章ですけど。バイリンガルと声質のせいで、どうしても竹内まりやとキャラクターがかぶります。南沙織も上智大学卒業直前くらいでデビューしていたら、全然違うアーティストになっていたかもしれませんが、そうするとどっちかがいらなくなっちゃうか!

M6.早春の港
アコースティック・ギターのスリーフィンガー奏法がずっと続くこの曲は、当時のフォーク青年の心にも響いたようで、Wikipediaによると吉田拓郎の「シンシア」はこの曲へのアンサーソングなのだそうです。

M7.傷つく世代
子どもの頃はこの曲が一番好きだったなあ。アイドル歌手としての可憐さが爆発している曲。曲もそうだが、南沙織が従来の歌謡曲的テクニックを駆使して、若い女の子としての色気を思い切り使ってみた感じ。

M8.色づく街
彼女の代表曲として有名な曲。「すこしおとなすぎる」のポリリズムっぽいのせ方がアクセントになっています。これだけアイデアが入って演奏時間は2分51秒しかありません。贅沢だなあ。ときどきリズムが走り気味に聴こえるのが味になっています。
このM6〜M8の3曲は甲乙付け難く、1973年は南沙織と筒美京平コンビの絶頂期、という感じがします。

M10.バラのかげり
この辺りの曲は、このまま太田裕美が唄っても全く違和感がなさそう。この曲は「ドール」なんかに似ているので、特にそんな気がします。

M12.思い出通り
M9〜M11が重苦しかったので、ここで一息つけます。この辺までくると声の使い方がかなり多彩になっていて、それまでよりかなり軽く唄えるようになっています。彼女なりに芸の完成に近づいている感じがします。

M13.人恋しくて
筒美京平作品から「春うらら」で有名な田山雅充に作曲家が変わっています。ベースが頑張っていますね。この曲でレコード大賞の歌唱賞だったそうです。上手いだけならM7やM12の方が上手く唄っていると思いますが、こういうものは「欲しい」と言わないともらえないものですから、いろいろ事情があったんでしょうね。

M14.哀しい妖精
作曲がジャニス・イアンという、南沙織の記念碑的作品。作詞はすでに太田裕美作品等でも活躍していた松本隆です。南沙織自身はこういう方向の音楽が好きだったんでしょうね。そういえば、「夜のヒットスタジオ」でアリスと共演してとても喜んでいました。彼女が育った頃の沖縄ではどんな音楽が流行っていたのかしりませんが、もともと日本の歌謡曲よりも外国曲やシンガー・ソングライター的なものへの嗜好が強い人だったのでしょう。


M15.春の予感~I've been mellow~
作詞・作曲・編曲が尾崎亜美。
尾崎亜美の曲としても一番好きな曲です。「タイトルが現在完了形だ」と思ったのは憂鬱な中学生だった頃の僕。事実上、彼女の結婚前の最後のヒット曲でしょう。尾崎亜美はこのブログではまだ触れていませんが、山下達郎と並ぶ、自分でアレンジが出来るシンガー・ソングライターの走りで、まあ一言で言えば天才です。南沙織も唄い方がかなり影響されています。このままニューミュージック方面に突っ走るのも大いにありだったと思うんですが、彼女は主婦(篠山紀信夫人)になることを選択しました。

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