2008/09/28

よこはま・たそがれ(他3曲)/五木ひろし

ディープな歌謡曲の世界を旅しております。
その中でもラスボス級の大物である五木ひろしを聴いてみたいと思います。アルバム1枚とか聴くのはちょっと大変なので、比較的前期に属する4曲を聴きます。「よこはま・たそがれ」「夜空」、それに事務所独立後の勝負曲だった「おまえとふたり」、レコード大賞受賞曲の「長良川演歌」です。ついでに言うと、「おまえとふたり」以降の作品はみんな同じだと思っているんですよね、私は(ファンの人からは説教されるでしょうね)。

五木ひろしはヒット曲の数、受賞歴、業界での位置づけなど、どれをとっても押しも押されぬ大スタアです。しかもぽっと出で売れたんじゃなくて、今の名前になるまでに何度も芸名を変え、レコード会社を代わり、と下積みの苦労を知っているのも本物っぽいところです。
では、実際どんなものなのか、聴いてみましょう。

1.よこはま・たそがれ
作詞 山口洋子/作曲 平尾昌晃
山口洋子の歌詞は、「あの人は行ってしまった」以外はすべて単語の羅列という画期的なもの。コラージュという手法は絵画が元だと思いますが、そこから音楽、文学でも同様な表現があり、この歌詞もその一つ。曲は演歌の中ではモダンな8ビートの中に、サビでの跳躍などテクニックと音域が必要なもの。当時の歌謡曲ど真ん中の作家がかなり集中して作ったと思われる作品です。そんな作品を「うた」として社会に広く届けるというのが再デビューに賭ける若き五木ひろしへの課題だったというわけです。
実際に聴いてみると、今私たちの頭の中にある五木ひろしの唄い方よりもずっと熱唱していますね。その中でも小節をきかせる部分とロングトーンの使い分け、サビの部分でさりげなくファルセットを混ぜるところなど、高度なテクニックを駆使しています。今では完全に封印していますが、この人はモノマネがもの凄く巧く、家には一生使い切れないほどの象印電子ジャーと魔法瓶が在庫されているはずです。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の一 - EP - よこはま・たそがれ

2.夜空
作詞作曲は1と同じです。
当時小学生だった私にもとても分かりやすいいい歌でした。この間、ジェロのカバーも聴きました。声質とハリは甲乙付け難い。違うのは五木ひろしには押しと引きを感じますが、ジェロの方はバックが分厚い分、引きが使えていないので、歌唱としてのメリハリは五木ひろしに軍配か?「さみしいさみしい」の芝居っけを巧いと見るか、クドいと見るかで好き嫌いが別れるでしょうか。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - 夜空

3.おまえとふたり
作詞 たかたかし/作曲 木村好夫
木村好夫はギタリストとしてアルバムをたくさん出している有名な人で、クラシックギターを習ったことがある人にはお馴染みの名前です。このギター演歌が成功したことで以降の五木ひろしはこの手のナンバーが多くなってしまいました。唄い方も今の唄い方であり、モノマネの人が真似するいわゆる五木風の唄い方になっています。声を張りすぎない、コントロール重視の唄い方。歌のメロディに寄り添うように木村好夫のギターが絡み、これはこれで芸術性が高いとは言えますが、女声コーラスのダサさなんかはJ-POP世代には許せない感じもします。ただただおとなしく唄っているように聴こえますが、やんちゃな巻き舌を使ったり鼻濁音もわりといい加減。これは意識してそういう部分を作っているのか、大物になったがゆえの手抜きなのかは、もう素人では聞き分けられないのでした。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - おまえとふたり

4.長良川艶歌
作詞 石本美由起/作曲:岡千秋
「奥飛騨慕情」などのド艶歌復権の兆しが見られた80年代前半にロングヒットした曲です。この頃はもう、私には全く興味のない音楽になっていましたが、世間の評判はよく、レコード大賞をとったりしています。
格調高い琴の音から始まって、すぐにいつものイントロに切り替わって、そこから先はほぼ奥飛騨慕情です。岐阜県在住の女性が鵜飼の季節に出張かなんかで訪れた男性と一晩過ごしてそれっきり別れました、という話を3コーラス分の歌詞を作ってメロディをつけた、という曲です。全てが紋切り型で、この歌を聴いたからといって人生が変わったりは絶対にしないと思います。それを五木ひろしが歌唱テクニックを駆使して「なんだか分からないけどすごいもの」に仕立てています。一部の実力と人気のある歌手がこういうことをしてやるから、演歌を作るセンセイたちは楽ばっかりして、全体が下火になったんだと思うんですが、違いますかね。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の四 - EP - 長良川艶歌

五木ひろしは男性歌手のなかでも相当緻密にコントロールされた唄い方をする人だと思います。ちあきなおみと並べて聴いても、ちあきなおみの方が自由度は高いような気がしますが、奥行きの深さにおいては互角。ただ、シンガー・ソングライター系の歌唱に慣れている私のようなタイプの聴き手は、「もっと頑張って唄えよ」と思ってしまいます。実際には頑張っていないのではなくて、自分の声に溺れず、常にベストの歌唱を届けるための高度に制御された唄い方をしているのだということだけは良く分かりました。
また、男の私の耳にはこの人の声は「ごく普通のまあまあいい声」にしか聴こえないのですが、おばさまたちの熱狂を見るに、女性にとっては、下半身を揺さぶられるようなセクシーな声に聴こえているのかもしれません。

2008/09/21

しんぐるこれくしょん/ちあきなおみ

さて、太田裕美で免疫力を回復したところで、いよいよディープな歌謡曲の世界に入りましょう。
テキストはちあきなおみです。

ダンナさんが亡くなって以来、芸能活動を止めてしまったので、今はもうNHKの懐メロ番組にも出てきてくれません。
キャリアの後半では「紅とんぼ」など船村徹作品での印象が強いので、「演歌歌手」と思っている人がいるかもしれませんが、本人はそんなつもりは無いと思います。余談ですが、この「しんぐるこれくしょん(何で平仮名なんだ?)」は、コロムビアレコード在籍時のものなので、「紅とんぼ」は入っていません。テイチク版も探してこないといけませんね。
ちあきなおみは昭和40年代の歌謡曲の良心と言ってよく、今の若い人が彼女やザ・ピーナッツを聴く機会がないことを残念に思います。

ちあきなおみは歌謡曲時代の歌手に要求されるほとんど全てを持っています。
歌謡曲における歌手の役割は、「作曲家の先生」が作った歌を、いかに丁寧に録音し、ステージやTVで再現するかです。
当時の歌手は、まず、これはと思う作曲家に「弟子入り」し、子どものお守や雑巾掛けから始め、レッスンを受けてデビュー。新曲ができたらその作家の家に通って、どう歌えば良いか、という綿密な打ち合わせとレッスンをしてレコーディングしていたようです。

最近はあまり見かけませんが、ちょっと前までは素人に歌を唄わせて、プロの作曲家がそれにダメだしするTV番組が結構ありました。そこで作曲家の大先生はこんなことを言います。
「こんやもきてきが、きてきが、きてきが」と3回ありますが、その3回には違った意味合いがあるのでそれを表現しないといけません」とか、
「なみだ、なみだ、なみだ、なみだ、なみだかれても、の5回のなみだは全部違うんですよ。歌は3分間のドラマです」
まるで禅問答です。今だったら、「じゃあ、3回目のなみだの時にアホになります」とか言い返しちゃいそうです。

ちあきなおみは「3分間のドラマ」を忠実に、しかもとても上手にやっています。彼女は後にちょっとコメディエンヌ風な女優の仕事をたくさんやりますが、彼女に取ってはドラマの台本も曲の譜面も同じようなものだったのではないかと思います。

歌手としてのちあきなおみは声質、声量、音域とも非常にすぐれた楽器であり、それは当時のポピュラーミュージックの範疇にある曲であれば、自在に唄いこなせるレンジの広さがありました。そしてハスキーまでいかないが、ちょっとホワイトノイズが乗っかったような深い声を持っています。
また、その演奏能力もすこぶる高度です。広瀬香美のときにしつこく書きましたが、ビブラートをどうかけるか?音程をどこできっちり合わせて、どこに破調を作るか?ということをきっちり計算しています。

ルックスは美人とはいえませんが、デビューが遅かったこともあって、出てきた時にはもうお色気系での勝負もいける、というキャラクターでした。

では、聴いてみましょう。

Disc1

M1.雨にぬれた慕情
デビュー曲です。作曲は彼女の師匠である鈴木淳。バックはジャズコンボ風で、特にピアノがジャズっぽいですね。この半年前にいしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットしています(作曲は筒美京平)。多分意識していると思うのですが、徹底してノン・ビブラートで唄っていて、気持ち鼻にかけていますが、これはいしだあゆみの唄い方(いしだあゆみはこの唄い方しかできない)です。

M2.朝がくるまえに
これもM1とほぼ同じものです。前年に大ヒットしたピンキラの「恋の季節」に似せてあります(もう、断定しちゃう!)。

M4.四つのお願い
彼女の最初のヒット曲です。いしだあゆみより色気があるんだから、それを使おうということか、ビブラートを使うようになりました(できるのに封印していた)。サビの「ひみつにしてねー」のロングトーンはビブラートはかけず、抜きのところでわざとダウングリッサンド(1オクターブ下に向かって声を下げる)しています。

M5.X+Y=Love
前作のヒットをどうつなげて行くかを、作家側が一所懸命考えて作られたと思われ、タイトルからして凝りに凝っています。細かいことですが、英語部分の譜割りが日本語的なのを、彼女なりにせいいっぱい抵抗して、"I love you"を英語風に3音節で唄おうと頑張っています。

M7.無駄な抵抗やめましょう
後に演歌も唄うようになる萌芽が見られます。このころはまだ「お座敷ソング」といって、芸者の格好をした年齢不詳のおばちゃん(実は戦前から唄ってたりする)が、ちょっと色っぽい歌を舞い踊るという歌謡曲のジャンルがありました。ちあきなおみの水商売っぽい雰囲気を使ってみたのでしょう。

M8.私という女
五木ひろしの「待っている女」によく似てるなあ、と思いましたが。こっちが1年先でした。こういうフォービートっぽいのがこのころ流行っていたんでしょうね。元ネタはなんだろう?この曲で年季が明けたのか、鈴木淳作曲作品としては最後のシングル曲です。

M9.しのび逢う恋
これはヨーロピアンな雰囲気でカッコいいですね。ちょっと変えれば竹内まりやが唄ってもおかしくないです。作曲は「バラが咲いた」で有名な浜口庫之助。

M10.今日で終って
これも70年代後半にニューミュージック系で似たようなことをやっている人がいました。具体的には「水鏡」とかに近いですね。

M13.喝采
レコード大賞受賞の名曲。作曲は中村泰士。エレキギターのトレモロは最近流行らないけれど、アコースティックギターのカッティングとかは今聴いてもカッコいいと思います。「ほそいかゲなガくおとして」の鼻濁音、ロングトーンでの声量のコントロールなど、他の曲もそうなんですが、もの凄く丁寧に唄っています。

Disc2

M1.夜間飛行
途中でフランス語の機内アナウンスが入るのは初めて気がつきました。バックの楽器の音を差し替えたら、今でも通用すると思います。このスケールの曲が実は3分29秒しかない。昔は良かったなあ!

M3.円舞曲
「円舞曲」と書いて平仮名で「わるつ」とルビが振ってあります。作詞は阿久悠。曲は川口真です。前半は演歌調でサビはやや洋楽風になります。ちあきなおみのナンバーを、マトリクスを作って説明する時には、この曲が真ん中あたりに来るのかなあ。

M4.かなしみ模様
打って変わってこちらは外国の有名曲によく似ています。思い出せませんが、絶対こんな曲がありました。川口真って人のことはあまり良く知りませんが、面白いことするなあ。

M5.花吹雪
都倉俊一が作曲しています。「里の秋」に似た文部省唱歌っぽい爽やかなメロディを堂々と唄っています。ところが歌詞をみるとストーリーが「?」。十歳くらい年下の大学生に入れあげて、物心ともに支えていた地方都市の飲み屋のママが、その大学生の卒業を期に店じまいする、という解釈で良いんでしょうか?大人の歌の世界は難しいなあ、四十過ぎても読み取れない。

M6.恋慕夜曲
一転して作曲家に浜圭介を起用しています。これはもう完全に演歌です。もちろん、ちあきなおみは完璧に唄いこなしています。それまでの曲で使っていない、裏声になってから細く消えて行くようなビブラート。森昌子なんかが得意にしている唄い方ですが、そういうのも自由自在にやります。

M7.さだめ川
出た。ついに船村徹作品です。
ちあきなおみは演歌歌手に収まりきる人ではないのですが、船村徹の曲を歌わせると本当にうまいです。ここで、「さーだめがーわー」の唄い回しをじっくり聴いてください。「さーだめーがぁぁぁわーぁぁあーあ」と、ビブラートを細かくして抜いて行くのかと思わせておいて、もう一度力を入れ直してビブラートをやめてから、また抜く、という複雑なことをやっています。1番から3番まで全部やっているので、これはわざとです。そのことによって何を表そうとしているのか?音符の指定まできっちり伸ばしたい、とかいうことなのか?美空ひばりあたりになにか似た例があるのかもしれませんが、ちょっと私の知識では分かりません。でも、なにかを表現しようとしているのです。

M8.恋挽歌
こちらは浜圭介作品。浜圭介は演歌を得意にする作曲家の中では、チャレンジ精神というか実験精神みたいなものが旺盛で、佳い曲をたくさん書いている人ですが、ことちあきなおみ用の作品については、彼女の能力を使い切るほどの曲は提供できてないように思います。

M10.酒場川
これはもう、船村徹による古賀メロディでしょうね。「悲しい酒」をちあきなおみでやってみた、ということだと思います。

M11.ルージュ
ここで中島みゆき作品が出てきます。ちあきなおみはコロムビアから移籍した後、シャンソンやファド、ニューミュージック系のカバーなどをやっていますが、そのとっかかりに中島みゆきがいるというのは分かりやすいです。中島みゆきの歌を唄うと、どの歌手も中島みゆきに唄い方が影響されます(研ナオコ、桜田淳子、TOKIO)が、この曲でのちあきなおみの脱力した唄い方(特にAメロ部分)もそのひとつかと思います。これほど完成された歌手に影響を与える中島みゆき恐るべし、なのか?または、ポプコン出身のシンガー・ソングライターからも歌唱法を取り入れる、ちあきなおみの芸への執着を読み取るべきなのか?

M12.夜へ急ぐ人
出たァ!有名な「おいでおいで」の歌です。大ヒットはしなかったと思うのですが、唄っているところをTVで見た人はその晩から3日連続で悪夢を見、一生その映像が忘れられなくなる、という恐ろしい曲。CDだと割と平気ですが、ヘッドホンで聴くのは止めた方がいいかも。この頃、ちあきなおみはこんな感じの恐ろしげなナンバーばかりが並ぶ物騒なアルバムを出していたと思います。彼女はこの辺で、レコードセールスに関する競争から卒業し、アーティストとしての高みを目指す方向に踏み出したのだと思います。

M14.矢切の渡し
細川たかしが唄ってレコード大賞を取った曲ですが、元はM10のB面に入っていた曲。これも船村徹の作曲です。「つれてにげてよ」が女のセリフで「ついておいでよ」が男のセリフ。ちあきなおみはちゃんと女役と男役で声の出し方を変え、「歌を演じて」います。昨日の太田裕美「木綿のハンカチーフ」との違いが分かりますか?男のセリフはちょっと歌舞伎か新劇風のセリフ回し「ついて…おいで…よ」とためています。「これは、長谷川一夫先生のセリフ回しを参考にしたんですよ」なんて芸談が残っていそうです(ウソですよー)。

曲はこの後も続きますが、ちあきなおみのエッセンスはある程度書けたと思うので、以下省略して総論です。

結局、歌謡曲の神髄は「歌は3分間のドラマ」という、手垢の付いた言葉をどれだけ本気で表現しようか、ということだったのだと思います。「歌を演ずるから演歌」というのは多分誰かが言っていると思いますが、ちあきなおみがデビューした頃は、どんなジャンルに影響されていても、そいういう意味で歌謡曲=演歌だったのだと思います。
そして、ちあきなおみは歌を演ずる技術において、ちょっと突出した才能だと思います。当時、その流儀の頂点には美空ひばりという歌の怪獣がいましたが、彼女もそれに匹敵する芸の幅があります。

ちあきなおみが40年遅く生まれて、今二十歳くらいの歌手だったら、彼女はどんな歌を唄っているでしょうかね?

2008/09/20

GOLDEN☆BEST[Disc 1]/太田裕美

世界で多分数人しかいない、このブログの継続的読者の一人から、「昔の歌謡曲についてもっと書け」との希望をいただきました。

私にとって歌謡曲というのは、生まれた頃からそこにあった空気のような物で、その1曲1曲もまた、いじり様のない完成した製品として見えてしまい、今更分析したりする対象とは思えませんでした。だから、これまでほとんど触れずに来ました。

私が生まれた1960年代前半に流行っていたのは、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家、あるいは中尾ミエ、園まりか。私はオムツをしながら電車の中で唄う子どもだったそうで、最初のレパートリーは「お座敷小唄」だったと我が家では言い伝えられています。自らの意思で唄った覚えがあるのは「星のフラメンコ」です。

また、当時はまだ美空ひばりが第一線のバリバリで、歌謡曲のど真ん中だったと思います。古賀政男とその門下生である遠藤実などが保守本流、かたや洋風の服部良一がおり、その中間あたりに吉田正など。戦前から洋風志向だった服部良一の後継として、ジャズのテイストを前面に出していた中村八大。ジャズ以外にも洋楽ポップスに明るい宮川泰。渡辺プロの全盛期であり、歌謡曲かくあるべしという形式が確立していました。

最近の分類では、古賀政男などの作品を「演歌」と呼ぶことが多いのですが、美空ひばりが自分を「演歌歌手」と称していた記憶はありません。自分が歌謡曲の真ん中なのに、あえてサブジャンルを名乗る必要を感じていたとは思えず、実際、彼女の歌の中にはマンボとかGS風のナンバーも存在しました。「演歌」という呼び方は絶滅危惧種として識別する必要が生じてから声高に叫ばれるようになったと記憶しています。

さて、そんな歌謡曲の世界にいきなり入って行くと体調を崩すかもしれませんので、体を慣らすために改めて太田裕美を聴きましょう。

太田裕美については、このブログや"はてなダイアリー「決して悪口というわけではなく」"で何度か書いていますが、ここでもう一度きちんと書いてみたいと思います。

太田裕美は、スクールメイツにも所属していましたし、事務所は当時の保守本流・渡辺プロ。「キャンディーズ」のメンバー候補でもあったそうです。最終的にスーちゃん(田中好子)と差し替えられたとか、そんな話だったと思います。アイドルグループの真ん中に置くにはルックスがちょっと弱いという(あるいは声質の問題かも?)判断があったのでしょう。
一方、彼女は音楽の学校に行っていたこともあって、ピアノが弾けたこととその声に特徴があった(実力派とは違う)ことや、デビュー年齢の問題などから、普通のアイドルとはちょっと違ったデビューの仕方をします。

それが伝説のロックバンド「はっぴいえんど」出身、新進気鋭の作詞家・松本隆の作品を弾き語りで唄うという、アーティスト志向の路線でした。前年に小坂明子が「あなた」でデビューして、TVで若い女の子がピアノを弾きながら唄うというのが新鮮なスタイルとして受けとめられていたころでした。ただ、小坂明子はルックス的にとんでもなかった(失礼!)ので、「弾き語りで唄う"カワイイ"女の子」としての太田裕美は存在意義がありました。太田裕美は早くから「作詞作曲もできる」という情報が流されていましたが、自作曲はアルバムにこっそり入っていて、TVで唄うシングルは必ず「作詞・松本隆/作曲・筒美京平」でした。自作曲のシングルはDisc1 16曲目の「ガラスの世代」が初めてです(その前に渡辺プロの後輩であるリリーズに提供した「春風の中でつかまえて」が発売されています。ヒットはしなかった、と思う)。


さて、買ってきたのは"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"という2002年に発売されたもの。Amazonで扱っている太田裕美個人名義の商品では一番売れている商品のようです。
Disc1は、デビューから休養宣言直前に発表した「恋のハーフムーン」まで。Disc2が休養宣言後のモラトリアム期に発売した「君と歩いた青春」から2001年まで。

歌謡曲へ戻って行く通り道としてはDisc1を聴くのが適当でしょう。

歌謡曲とニューミュージックには、実はほとんど音楽性の違いは無いのですが、強いて言えば歌謡曲の方が楽器の数が多い。太田裕美のカラオケも豪勢なものが多いです。つまり当時の、ビッグバンドを抱えた歌番組で再現しやすいサウンドになっているってことなんだと思います。
最近はあまり流行りませんが、ちょっと前までオッサンが5〜6人出てきて、真ん中の一人が唄い、あとの人は後ろでたまに「ワワワワー」とか「シュービルビッ」とか言ってるグループがいくつかあったでしょう?「あの人たち何やってるの?」と思いますが、あの人たちは売れてTVに出る前、キャバレーやクラブで唄っている時にはそれぞれ楽器を担当していたのです。TVに組み込まれたとたんに自分たちでは演奏できなくなったんで、あんな変なことになっちゃっていたんです。それが歌謡曲時代の歌番組のシステムだったのです。

そういう意味では太田裕美も基本的には歌謡曲のシステムから独立していたわけではありません。ただ、ビッグバンドに頼りつつもピアノに座り、自分で弾きながら唄うという姿勢は、そのピアノの音がTVから出てくる音に反映していたかどうかはさておき、小さな抵抗のひとつでありました。それは、後に歌番組でも自前のバンドで唄う(テープを回してのエアギター、エアドラムかもしれないけど)「ニューミュージックのアーティスト」たちに繋がる、蟻の一穴だったかもしれませんよ。

では、聴いていきましょう。

M1.雨だれ
全体を覆うヒスノイズに時代を感じます。
ピアノとアコースティックギターが中心ですが、イントロとサビのところで渦を巻くようなストリングスがかぶってきます。そのストリングスの渦の中で、必死なファルセットで唄う太田裕美の声を一生懸命拾って聴くうちに、「俺が守ってやらなきゃ!」とマインドコントロールされる魔性の1曲。

M2.たんぽぽ
タイトルだけ見てフォーキーな曲なのかと思うと、やはりストリングスが頑張る曲。私、この曲はちゃんと聴いたこと無かったんですが、サウンドとしては野口五郎的ですね。

M3.夕焼け
イントロの楽器はなんでしょうか?リリースのところでオクターブ下の音が加わる金属製の楽器のように聴こえるのですが、シンセサイザーはまだ使っていないと思うのです。ローズピアノの高音部をオクターブで弾いてるのかな?

M4.木綿のハンカチーフ
記録に残らず記憶に残るのが太田裕美。この曲は大ヒットでありながら、その期間はずっと「およげ!たいやきくん」が1位に居座っていたため、オリコンのベスト1になったことがないのだそうです。この曲ではもう、TVではピアノは弾いていませんでした。各コーラスの前半が都会に出て行った男の子の気持ち。後半が田舎で待っている女の子の気持ち。1975年頃は、一度東京に出て行くと、帰省もままならなかったんですね。男のセリフと女のセリフを順番に唄う、という松本隆お得意のパターンはここから始まったようです。斉藤由貴の「卒業」はこれとほぼ同じ話を、女の子の視点だけに絞って書いたものですね。

M5.赤いハイヒール
木綿のハンカチーフで田舎に残された女の子が一大決心をして東京に出てきた、というM4の続編(と思う)。今度は前半が女の子で、後半が男の子。都会に疲れた女の子に、男の子が「僕と帰ろう」と言ったことで、はっぴいえんどになりました。大ヒットを受けて、レベルを少し上げていて、私はこっちの方が曲として優れていると思う。サビの間、ずっと「とてとてとてぽよよん」と延々と引き続けるギターの人、大変そう。

M6.最後の一葉
O.ヘンリーの短編を元ネタにした難病もののストーリー。この曲はTVでもピアノを弾いて唄っていたような気がしますが、うろ覚え。2番の後のアンコ部分の後、たっぷりためて一気にフィナーレに向かうアレンジはとっても豪華。本人もだいぶ声が出るようになっていて、M1の頼りなさがかなり克服されています。この曲、録音の時はオケと同時録音したんでしょうか?カラオケだと合わせるの難しそうですね。

M7.しあわせ未満
これ大好き!ストリングスも入っているけれど、サウンドがバンドっぽくなってます。途中で転調するんだけど、無理矢理な感じが無くて、必然性があってやってる感じで趣味が良い。「もっと利口な男探せよ」っていうところでなんかじーんとする。これは全編男言葉なんだけど、太田裕美は男にならずに、登場する女の子の方になっているでしょう?後でまとめますが、これはとても不思議な表現なんですよ。

M8.恋愛遊戯
この辺から、太田裕美を年齢に即した大人にしよう、という考えが楽曲に滲んできます。アイドル歌手としてはデビューが遅かったので、比較的この大人化問題が早く出てきてしまいました。今考えると実年齢に拘りすぎたんじゃないかなあ。

M9.九月の雨
「太田裕美白書」などの文献をあさると、筒美京平は「ABBAを意識したんだけどなんか違っちゃった」ということなんですが、ABBAというより、イタリア映画の音楽みたいです。太田裕美のナンバーの中ではもっとも歌謡曲色が強い曲だと思います。オケの人数が多すぎた?スケールが大きく、3コーラスの構成ですが、3番の前半で転調&メロディも変えて一気に盛り上がります。この曲も僕の何かに引っかかっていて、毎年9月1日に車の中でラジオを聴いていると必ず耳にするのですが、その度に運転中にじわーっと来ています。「きーせつーにー」のファルセットがツボなんですよ。

M10.恋人たちの100の偽り
「九月の雨」は今となってはあまり権威が無くなった「年末の賞レース」に太田裕美なりに挑戦した曲でした。当時はTBSの(今もやってる)レコード大賞、その他の民放各社で持ち回りの「歌謡大賞」があった他、各放送局がそれぞれに音楽賞をやっていました。太田裕美はそれらに沢田研二や山口百恵らに交じって、ほぼ皆勤賞で出ていました。結局ノミネートはされても主要な賞は受賞できず、その後はその手の番組とは縁がなくなるのですが、その前後から喉の故障をおこしてファルセット部分が極端に苦しい唄い方になっていました。
この曲のサビのファルセットが自分の声でダブルにしてあるのは、その辺もあるのかな?と思います。地声部分もかなりハスキーになっていて、結局この声がその後の太田裕美の声になります。サウンド的にはまた小編成バンドよりになっていて、私はこの方が好き。

M11.失恋魔術師
あれえ?僕の知っているのとアレンジが違う?僕が知っているのは「背中あわせのランデブー」に入っている方で、イントロが「ちゃーららら、ちゃーららら、ちゃーちゃちゃっちゃちゃー、ぽわぽわぽわぽわぽわお〜ん」の方なのですが、シングルはこうだったのかしら?まだまだ知らないことがたくさんあるなあ…。この曲は例外的に作曲が吉田拓郎です。この頃、A面が吉田拓郎作曲、B面が太田裕美作曲という企画アルバムを出していて、それが前述の「背中あわせのランデブー」で、シンガー・ソングライター路線への布石を打っています。この曲もよく聴くと、メインは女の子の言葉ですが、途中で「失恋魔術師」のセリフになっています。松本隆もかなりしつこいですね。

M12.ドール
と思ったら、また歌謡曲路線のシングルになりました。このへんレコード会社がどういうつもりだったのか、知りたいですね。基本的にコアなファンが手にするアルバムはアーティスティックにして、シングルは一般大衆が手に取りやすいもの、という使い分けをしていたようです。「新譜ジャーナル」なんかも太田裕美のアルバムはちゃんとレビューを載せていましたからね。松本隆の歌詞はどんどん深くなって行くのですが、この曲でいうと、太田裕美に横浜は似合わないと思う。彼女はやはり武蔵野に置くべきでしょう。

M13.振り向けばイエスタディ
ドールまではラジオのベストテンくらいには引っかかっていたのですが、この曲あたりからは同世代でも「知らない」と言われる可能性が出てきます。アメリカで録音したアルバムからのシングルカットです。バックのコーラスとかすごい本格的ですし、ストリングスなんかも臨場感が上がっていますよね。あと、ファン的には新鮮というかショックというか、この曲ではトレードマークのファルセットを使っていません。

M14.青空の翳り
年末賞レースの代わりに(?)東京音楽祭にこの曲で参加していました。つまりアーティスト路線で行くぞ、という宣言をしたわけですね。この曲もファルセットはごくわずかで、地声を中心に歌唱力をアピールしようとしています。ニューミュージック的にいい歌なんですが、特徴が無いんだよなあ。

M15.シングルガール
そして揺り戻しの歌謡曲路線です。CBSソニーどうしということなのか、阿木燿子/宇崎竜童という百恵ちゃん用の布陣を借りて作られています。曲としては仕掛けもいっぱいあるし、良い出来だと思いますが、ちょっと本人のイメージと違う感じ。中原理恵が唄った方が似合いますね。

M16.ガラスの世代
いかにも松本隆みたいな歌詞ですが、実は作詞はちあき哲也。「木綿のハンカチーフ」の後日談的なものを…という趣向なんだと思うのですが、かなり隘路に迷い込んでいる感じがします。とはいえ、記念すべき初の本人作曲によるシングルです。

M17.南風
鳴かず飛ばずだった歌手がCMのタイアップひとつでブレイクして行く中、なぜか太田裕美はCMタイアップに縁がありませんでしたが、ようやく「キリン・オレンジ」のCMに採用されました。これで一息ついて、無事に紅白歌合戦への連続出場を5回に伸ばしました。よかったねえよかったねえ。アダルト路線もアーティスト路線もひとまず保留して、C&Wをエレキギターでやってるだけのような感じがしますが、太田裕美「中興の祖」として網倉一也の名前は一応、記憶されています。

M18.黄昏海岸
これも網倉一也作品です。こちらの方が曲としては出来が良いと思いますが…。

M19.さらばシベリア鉄道
大滝詠一が「ロング・バケイション」で大復活する直前、習作のつもりなのか太田裕美に提供したのがこの曲。ロンバケのラストにも入っていますが、「アンコール!」の後なので、おそらく太田裕美用の曲をセルフカバーしたボーナストラック、という位置づけなのだと思います。作曲が大滝詠一なので、作詞も久しぶりに松本隆で、実はこのコンビが久々に復活したのもこの曲からです。このふたりが再び手を組むときに太田裕美が接点だった、というのはちょっと誇らしい感じです。この後、1年の間で、アルバム"A LONG VACATION"の大ヒットがあって、さらに松田聖子の「風立ちぬ」が発売されているんですよ。

M20.恋のハーフムーン
「ロンバケ」ヒット御礼なのか分かりませんが、編曲も大滝詠一がやった完全なナイアガラ・サウンドでできているのがこの曲(M19の編曲は萩田光雄)です。ベースが同じ音をずーっと弾いて行くサビがカッコイイ!「いえるのぅっ」の泣き節はそれまでの太田裕美では聴いたことが無い声の使い方です。この曲、もっと評価されても良いと思うんですが、みんな忘れてるんだよなあ…。

というわけで、Disc1全曲を聴いてみました。

こないだもちょっと書いたんですが、太田裕美は、M4、M5、M7のように男言葉をしょっちゅう唄っているのですが、そのとき決して「男役」をやらないのです。坂本冬美が男の歌を歌う時は男になっているでしょう?太田裕美はあくまでもその男の子の独白の中に出てくる相手の女の子なのです。「アランドロンが好きな面食いの女の子」が太田裕美なのであって、金もないのに家事も手伝わずにうじうじしている男の子の役なんてやってないのです。この構造が嵌まるのはたぶん彼女だけで、とても不思議です。

2008/09/07

One more time,One more chance/山崎まさよし

山崎まさよしの声の出し方は面白いです。
路線としては町田義人や、クリスタルキングのサングラスの方の人なんかの方面だと思っていますが、それらをもっと作り込んだ声って気がします。
デビュー間もない頃の宇多田ヒカルが、よくモノマネをしていました。私は彼女のファーストツアーの仙台公演に行きましたが、そこでも「うほぅちへかひぇろぅぉふぉ〜ん」ってやっていました。あまり似てなかったけど。似なくても、面白いから真似したくなるんですね。

"One more time,One more chance"は去って行った恋人への断ち切れない思いを未練たらたらで歌い上げ、しかもいるはずのない場所でも探してしまうという、少し精神状態が怪しくなりかけている男が主人公。しかもこの男、そのわがままがまた愛しいとか言って、つきあってる間もすごい弱気に彼女に接していたらしい。こういう男は別れた後もストーカーになりそうです。山崎まさよしはぱっと見モテそうなんで女性が聴いても引くことはないかもしれませんが、歌詞を読むとかなり怖いです。何について歌っているのか分からない歌に比べれば、そういうの好きですけど。

曲の方はとても普通です。
私は「心拍数」に入っているライブ音源で聴いていますが、「風街ろまん」で細野晴臣ががんばってる曲みたいで、目新しい感じはあまりしない。
そんなこの曲のキモは、サビの畳み掛けの部分です。この曲を私が最初に聴いたのは、スーパーマーケットでかかっていた有線放送だったと思うのですが、そのちょっと前に趣味で録音した自作曲のコーラスに似ているな、と思いました。どういうことかというと、1990年頃に作ったオリジナル曲を1993年に焼き直しで録音し直した時、オフコースの「たそがれ」に「インスパイア」されて、大きい音符のメロディの後ろで別の歌詞でコーラスをつけたんです。
つまり、全体の構成やコード進行は動かせないものとしといて、そこに言いたいことを嵌める、というやり方です。おそらく"One more time,One more chance"も全体の尺とコード進行を先に決めちゃった中で、もがいて作った作品なんだろうな、と想像してみました。

この人もカバー・アルバムを出していますね。