2009/01/19

男と女-TWO HEARTS TWO VOICES-/稲垣潤一ほか

せめて週末には更新したいのですが、風邪をひいて寝込んでしまったので1日遅れです。
しかもUtada新作問題は、書くととても大変そうなので後回しにして、今日はニューミュージックの話に戻りつつもやや寄り道、ということにします。

TVでも盛んにCMが流れている、稲垣潤一と女性歌手によるカバーアルバム「男と女-TWO HEARTS TWO VOICES-」を聴いています。会社の同僚から回してもらいました。


私がつくづく「ニューミュージックだなあ」と思うど真ん中辺りにいる人が稲垣潤一です。「ニューミュージックの真ん中」とはなんぞや?ていうか「ニューミュージックとはなんぞや?」と考えたとき、稲垣潤一はその最大公約数な感じがするのです。

これは好き嫌いの問題ではなく、私なりの客観的な考察の上で本当にそう思ったから書くのですが、「ニューミュージック」というのは「フォークソングによってすっかり素人との区別がつかなくなった大衆音楽をもう一度プロフェッショナルなもの、または品質管理可能なものへと修正して行く途中のもの」であると思います。
同じことですが、歌へた・演奏へた・曲はむっちゃくちゃ(勢いだけはあった)だったフォークソングをマスメディアで扱えるように、大人が手伝って最低限の音楽理論や普遍性を付加して、TVの歌番組に嵌められるように直していった過程が「ニューミュージック」だった、と思うのです。

それが完成して何になったか、というとJ-POPです。前にも書きましたが、80年代にアーティストと呼ばれていた人と、今のTVに出てくる(あまり出てこない人も)J-POPのアーティストを比べたら、今の人たちの方がずっとレベルが高いです。曲だって凝ってるし、歌唱も演奏も素人とは一線を画すものを持っている人が多いと思う。

誰だったか忘れてしまいましたが、今の若い人に80年代のアイドル歌手の歌を聴かせたら、「わざとヘタクソに唄っているんですか?」と言われた、という話を書いている人がいました。アイドル歌手に限らず、80年代に「アーティスト」と呼ばれていた人で「こりゃちょっと真似できねえや」と素人に思わせる人なんてほとんどいませんでした。
強いて上げれば井上陽水やクリスタルキングの人の声とか、Charのギターとか、矢野顕子の歌とピアノとかでしょうか?
曲の構成だって耳コピーは無理でも、バンド譜を入手すれば意外と単純に再現できそうなのが多かった(実際に演奏技術があるかどうかは別にしても)。そういう意味で「ニューミュージック」の時代は、売れている音楽が我々素人が手を伸ばして届く辺りをさまよっていたのだと思います。

稲垣潤一も、今の人には信じてもらえないかもしれませんが、私らの若い頃は使われる形容詞はともかく、メディアで紹介される時には「実力派」という意味を付与されて流通している名前でした。

おそらく今のポルノグラフィティとかコブクロを聴き慣れている人たちが、このアルバムを聴いて「稲垣潤一ってすげえ上手いなあ」とか言わないと思います。私はこのブログで「うまい・へた」ってなんだという話を何遍か書いてきて、いろんな人の良いところを見つけてきたつもりですから、稲垣潤一の良いところも書くことができます。
例えば声質が独特の硬質さを持っていて、しかもその堅さが嫌な感じじゃなく、年齢を超越したイノセンスが感じられるところとか。あるいは歌詞が伝わりやすいし(CDで聴く限り)音程もしっかりしているとか…。
逆に「何を唄っても同じ唄い方しか出来ない不器用な人」とか「声質が違うのに無理矢理郷ひろみの真似してる人みたい」とか、悪く書くこともできます。

結論として、稲垣潤一は個性的で商品価値はあるけれど、「実力派」とは違うと思います。

さて、このアルバムでは稲垣潤一も、参加している女性歌手も(我が愛しき太田裕美も)、主役とサポートの攻守を上手く入れ替えながら、楽しく聴けるできばえになっています。
1曲だけ質感が違うのは、「ドラマティック・レイン」を中森明菜と唄っているトラック。中森明菜も商品価値はあったけど本当の実力派ではなかった人なので、二人のデュエットはスナックのカラオケで字幕の♠と♡のマーク見ながら合わせて唄っているように聞こえます(中森明菜にボイスコントロールという概念が無い?)。
そんなことばっかり書いて、あなたは稲垣潤一や中森明菜を熱心に消費してきた世代として偉そうなことが言えるのか?と問いつめられそうですが、最初に書いたようにそれが嫌いだというわけじゃない。そして若い頃に愛しくも歯がゆい、そういうレベルの音楽に囲まれていたからこそ、なんの専門的な音楽教育を受けていないにもかかわらず「今に見ていろ俺だって」と音楽を諦めずに生きてこられたわけです。

それに引き換え、現代J-POPから音楽に入った若い人は大変だ。
素人とプロの境目にある壁が、相当高くて立派になっちゃってる(例外はあるけれど。またおいおい触れますが)から、よっぽど渇きを感じていない限り、若くても素人に徹してカラオケボックスに行っちゃうもんね。

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