2019/04/30

東京少年少女/角松敏生

 シティ・ポップといえば、というお題で話し始めた時に比較的すぐに出てくる名前と思われる角松敏生。残念ながらiTunesのストリーミングでは見当たらず、個別にお金を出さないと聴くことができません。

 ゴールデンウイークは頑張ってギター弾いたりブログ更新したりしようと考えて、会社帰りにまた山野楽器に行って来ました。目当ては「HOCHONO HOUSE」だったんですが、念の為1周回ってみたら角松敏生の新作と思われるアルバムが出ていました。「東京少年少女」なにそのタイトル?

 実は私自身は当時のシティ・ポップには冷淡な態度をとっていたので、角松敏生のことも名前ぐらいしか知りませんでした。杉山清貴のところでも書きましたが、私はその頃オフコースに深く肩入れしていましたので、彼らのような「知識と技術がある人が作る完成度の高い音楽」にはあまり興味を持てませんでした。この後、ブラコンていうさらに魅力的な音楽がJ-POPに影響を与えて、さらにとっつきの良い音楽が流行るようになったんですが、そういうのにハマる自分が嫌だったので、出来るだけ距離を置いていました。こういう「ロックじゃない」もの(まあ多分誤解です)に取り込まれたくない感じ。若かったんですね。山下達郎だけは唯一ロックのストーリーの中から出てきて、結果としてシティ・ポップに近いところにたどり着いた人と思い、抵抗なく聴いていたんですが。

 なので、角松敏生については、V6の「Waになっておどろう」を作った人らしいよ、くらいのことしか知らず、曲名も一つも知らない有様でした。

 そんなわけで初めて聴いてみました。
 私が買ったのは銀座の山野楽器に置いてあった6曲入りですが、限定盤9曲入りもあるようです。発売は2019年4月3日、偶然にしては良いタイミングでの入手です。
 M1は結構ファンキーな(っていうの?)ラッパがガンガンに入ったカッコいい曲で、ブラスのアレンジは新田一郎か?と思ってライナーノーツをみたら違う人でしたが、スペクトラムな感じで好きです。
 Wikipediaで調べるとこの人は今58歳ということで私より歳上なんですが、「へーよくこんな若い声が出るなあ」と感心しました。万年青年系ですね。
 「Waになっておどろう」のような南方民族系なサウンドはデビューして少し後に始めた分野のようですが、まあすべてよくできています。白いクーペでドライブに行きたくなりますね。
 Amazonのリンクは「東京少年少女」2種と友人が好きだと言っていた関連アルバムを貼っておきます。


2019/04/14

宮川泰テレビテーマ・ワールド/宮川泰

 こんな辺境のブログを書いていて良かったことといえば、歳とともに消え去りそうになる「音楽を聴こう」という情熱を無理矢理にでも維持されることで、そのことによって出会えた音楽も多いです。こないだのKing Gnuもそうだし、相対性理論とか、土岐麻子とか。
 で、なんでこんな音楽ブログを書き続けているかというと、30年以上前に潜り込んだ地方私立大学の学生時代にたまたまレベル的にちょうどいい音楽仲間に会えたことで、バンドの真似事ができたこと。それによって音楽をやることの楽しさと大変さのさわりだけでも知ることができたことが大きな理由。一方、当時の自分に与えられていた時間と才能の限界もあって、そこから先の一消費者になった自分の「よすが」としてこのブログがあるわけです。

 ところで、なぜ大学生という遅いスタートから拙い音楽活動を始めたのかというと、実はそこに宮川泰先生の存在があったわけです。
 奇しくも(?)この方は私の父と同じ年の生まれで、作家としていちばん売れていたのはザ・ピーナッツや園まりのヒット曲を書いていた頃でしょうから、おそらく30歳前後だったんでしょう。今よくテレビで見かける息子さんもその頃生まれているんだと思う。そのあと、ヒットチャートではあまり名前を見かけない時期があって(まさにこのCDの曲の多くがその間に作られてるわけですが)、そして我々が中学生の頃に「宇宙戦艦ヤマト」の大ブームが起きました。あの勇壮なオープニング曲と「真赤なスカーフ」の作曲家として再ブレークしたのがおそらく40代後半、ということになると思います。

 ちょうどその頃、宮川泰先生(珍しく敬称をつけてしまうが)はうちで取っていた新聞、確かこの頃は朝日新聞だったと思うけど(読売だったらゴメン。Wikipediaでも出てなかった)しばらくの間、毎週金曜日の夕刊に歌謡曲の評論をかなり大きなスペースで連載をしていらっしゃった。毎回、ポイントのところは譜面付きで解説がされていて、主に曲作り(メロディ、コード付け、歌詞)についての解説が詳しかったと記憶しています。現在も続く近田春夫の評論は、どちらかというと声質や歌唱テク、作品が出てきた文脈やサウンドについて詳しいのとは微妙に力点が違ってました(より教科書的使いでがあった)。
 一方、この新聞連載の期間を挟んでもっと長い期間、宮川先生は毎週土曜日午後にFMで「コーセー歌謡ベストテン」という番組のMCも勤めておられました。ですから、70年代後半の一時期、私は当時の代表的ヒット曲を、常に新聞かラジオを通じた宮川泰の解説付きで聞いていたのです。

 ご本人は音大出で、理屈を熟知しているはずですが、当時雨後の筍のように出現するニューミュージック系のシンガーソングライターたちにもやさしい評論を加えていました。今でも覚えているのは横浜銀蝿が出てきたとき、「(本人たちは)3コードのロックンロールでやれるだけやってからっぽになったらやめると言っているらしいが、馬鹿な真似はよせ、あと3つくらい覚えたら10年くらいできる」と書いていたこと。めっちゃウケる!
 それでもやっぱり音楽性が高い新人が出てくると嬉しかったようで、原田真二、渡辺真知子、八神純子、山下達郎なんかはお気に入りだったように思います。

 こうして私は歌謡曲にも作り手の巧拙や志の高低や、いろんな思惑があることを学ぶことができました。その興味が私を音楽という趣味に走らせた、ということです。

 さて、長くなりましたがCDの話です。
 最初に書いた通り、ブログ更新のため意識的に音楽に触れようとする行動の一つとして銀座の山野楽器に行ってきました。渋谷だったらタワーレコードですが、今日は銀座だったので山野楽器です。最近は一階のエスカレーター近くの、五十音順から漏れた、オムニバスというか企画ものコーナーをざっと見てくることが多いんですが、たまたまそこにジャケットを正面に向けて置いてあったのがこのCDです。
CD1枚にボーナストラックも含めて38曲!しかも内容は宮川泰がテレビ番組用に書いた曲ばかり。38全部は書きませんが、「シャボン玉ホリデー」から始まって「ゲバゲバ90分」「(あの「チコちゃんに叱られる」にも流用されている)カリキュラマシーン」「ズームイン!朝」「ふたりのビッグショー」。もちろん「宇宙戦艦ヤマト」の2曲も入ってます。作詞以外のクレジットはいちいち書いてありませんが、おそらく編曲もほとんど本人がやっているはずです。世代はかなり違いますが、大瀧詠一と並べて聞いても良いような内容で、しかも完成度はある意味こっちが高いわけです。
 職人的になんでもやれちゃう音作りと、濡れたようなメロディラインのギャップが宮川泰サウンドの特徴なのかなと漠然と捉えていますが、何れにせよそのバリエーションの豊かさとボリュームに圧倒されます。

 ちなみに隣には「浪花のモーツァルト キダ・タローのほんまにすべて」という3枚組CDも並んでいて大いに気になったんですが、今日はパス。こっちは「恋するフォーチュンクッキー」の元歌ともいうべきキャンディーズの「プロポーズ大作戦」が収録されているようです。

2019/03/31

realtime to Paradaise/杉山清貴

一時期完全に更新をサボっていたこともあり、おそらく数少ない定期購読者も去っていかれたことと思います。
一方、ブログの性格上、有名アーティストの名前が散りばめられているので、おそらく検索によって間違って訪問してくださる人も少しはいらっしゃるようです。そういう皆さんにはお気の毒に、としか言いようがないのですが、まあ犬にでも噛まれたと思って勘弁していただきたいと思います。
で、その検索ワードなんですが、最近「杉山清貴」で来てくださる人の割合が意外なほど高い。多少なりとも更新している昨年末以降に気がついたんですが、なんで今「杉山清貴」を検索している方がいらっしゃるのでしょうか?
ずっと謎でした。

で、ひょっとしたらと考えたのが、先週の金曜日(2019年3月29日)に会社に配達された新聞「日経MJ」に載っていた記事です。


日本の80年代の「シティ・ポップ」が海外(記事によると韓国や東南アジア)で話題になっている。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」がYoutubeで大人気だ、と。
話題そのものは昨年末か今年のはじめにも聞いた気がする内容ですが、天下の日経(MJだけど)が記事にしたとなればこれはもう大人の常識(笑)、本当だろう、と。
ということは、「シティ・ポップ」とはなんぞやと思った若い方が研究のためにネットを彷徨っているうちに「杉山清貴」を検索しているのではないか?と考えてみたわけですが、いかがでしょう?

本当にそんな意図で訪れた方には大変申し訳ありませんが、当ブログでは杉山清貴について過去に手抜きの投稿を一度だけしたことがありますが、彼を含めた「80年代シティ・ポップ」についてちゃんと考えたことはありませんでした。

というのも彼らの全盛期はちょうと鈴木康博脱退後、4人体制になったオフコースの活動時期と重なっていて、私はそちらに気を取られていたということが大きいです。

オフコースも当時はお洒落なサウンドという評価をされていましたが、今聞くとかなりゴツゴツした不器用な音楽をやっていて、当時の私はそのゴツゴツ&不器用さこそがロックだと思って好きでした。
一方その頃、山下達郎を頂点とするもっとシャレたポップスを作る達人たちがいたわけですが、私はシティ・ポップというのはそういう「達者な人」が作る音楽という印象をもっていました。
歌のうまいボーカルがいて、バックはジャズもロックもできるいわゆるフュージョン・バンドの音です。編成はキーボードのいるロックバンドと同じような感じですが、ギターやシンセサイザーの音の選び方、リズムは16ビートが基本なので楽器演奏の手数や力の入れどころなどが違ってより流麗に。チョッパーベースもこれみよがしという感じでなく「やれて当然」の技法としてさり気なく、しかもたくさん使われます。

フォークやニューミュージックがその拙さゆえに素人に音楽を開放し、そこにシンパシーを感じて、素人丸出しのままオリジナル楽曲など作っていた私にとって、シティ・ポップ系アーティストは大衆音楽を超絶テクニックと音楽理論をもつプロフェッショナルの世界に奪い返そうとする、仮想敵でもありました。

そうしてまああれから20年だか30年だか経って、今ではすっかり消費するだけの人間になってしまった気楽な立場で改めて杉山清貴を聞いてみました。

表題のアルバム「realtime to Paradise」はiTunesのストリーミングで提供されています。シングル曲で有名なところでいうと「最後のHolly Night」が収録されています。
買い物ついでにちょっと長く歩くことがあったので、ヘッドホンで聞きましたが、「あれ、こんなにシンプルだったっけ?」というのが最初の印象です。もっと楽器の音が多いと思い込んでいましたが、ギターやシンセが倍音たっぷりな音色を使っているのに騙されていたのかも。キーボードがやたらとコードそのままの音階をアルペジオで弾いていて、あ、これならできるわ、とか思ったり。まあでも当時の仲間とお前でやれたか?と言われたらゴメンナサイです。

さて、シティ・ポップがロックと袂を分かっているのは歌詞の世界にも感じられます。オフコースは1960年代の終わりという特殊な時代に生まれ、その中ではあえてメッセージ色を排除した歌を歌っていましたが、そこにも「あえてメッセージを抜く」という思想があったと思います。しかし、80年代のシティ・ポップには最初からそんな葛藤はなく、当時の物質文明を肯定も否定もせずにあたりまえの風景として歌います。それは我々80年代に成人を迎えた世代にとっては自然なことでもあります。まさに一億総中流だったわけですから。
リゾートホテルのラウンジで知り合ったカノジョは長く黒い髪、白い肌、細い肩。しかし翌日ビーチに誘うとまるで別人のプロポーション!
東京に戻って都心で待ち合わせるとパンプスとスーツの彼女が背伸びしながらのベーゼでお出迎え。
帰り道に青山通りを走る白いセダンのヘッドライトはハロゲンライト。黄色くないフォグランプとガラスのサンルーフが装備されています。オートエアコンの操作パネルと重なって配置されるカーステレオは残念ながらまだカセットですが。

私はその頃の若者でしたがこんなに楽しい生活ではありませんでした。

4曲目に「タイをはずして」というタイトルの曲があります。アルバムの曲名の中にこんなタイトルが並んでいる感じ、当時の創作センスを表しているようで、脳みそを内側からくすぐられているような感じになるんですが、他の世代の人にわかるかな?わかんねえだろうなぁ。







2019/02/24

Sympa/King Gnu

録画で見たんですが、2月22日のミュージックステーションはなかなか気合の入った出演陣で、久しぶりに早送りをほとんど使わず見せてもらいました。
その中で、知らないロックバンドが出てきたのですが、これがよかった!
King Gnuというバンドで`"Gnu"ってのは昔よくドキュメンタリー番組で出てきた牛みたいな生き物だったかしら、と思って辞書を引いたらやっぱりそうでした。渋い選択。

で、出てきた絵面がワルそう。
しかも演奏している曲がなにやらプログレ入ってる感じのロックで、最近あまり見なかったスタイルです。ストリングス系の音を使ってぎゅんぎゅん転調するし、ちゃんとリズムとってないけどたぶん2拍子、4拍子を切り替えながら、せっかちに次へ次へ進んでいくところも楽しい。

最近テレビに出てくるロックバンドって、前髪垂らした細っこい男の子がブツブツいってるのばっかりだったから、こういうワイルドな感じを待ってた!芝居っ気たっぷりにトラメガで歌うアンチャンの後ろにはマッドキーボーディストまでいるじゃないですか。こういうの大好きだ~。

そんなわけで「2曲続けて」で後攻めをやらされたセカイノオワリがGSに見える(やってる曲が悪かったんでしょうが)という、1980年頃「夜のヒットスタジオ」にRCサクセションが出てきたあと、みたいな場の乱れかた。
その影響はその後もしばらく続き、ケミストリーもJUJUもこの流れでは歌謡曲に聞こえてしまいました。

こりゃアルバム1枚くらい聴いてみないと、とiTunesで検索かけたところ、テレビでやっていた曲「Slumberland」が入っているアルバムがストリーミングで落とせました 。
早速、翌日の休日出勤のときにiPhoneで聴きながらでかけてみました。

まあとにかく、1曲めの短いインストからテレビでやってた2曲め、さらにそこから4曲めまで、次のインストナンバーが挟まるまでの最初のブロックがハッタリが効いてて圧倒的に良い。「Slamberland」の感想は上に書いたとおり、そのまま畳み掛ける感じで3分くらいの尺にアイデアが詰まったテンポの速い曲が続きます。
その様子は、1983年にアルフィーが勝負をかけたアルバム「ALFEE'S LAW」のA面と同じ気合を感じます。

さて、アルバム「Sympa」の後半は、今風の普通さに寄っちゃって少し眠いんで、この次は前半の勢いのまま最後まで走り切るアルバムを作って欲しいな。


2019/02/03

Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018/宇多田ヒカル

先週の日曜日、前日になってBSスカパーで宇多田ヒカルのライブが放映されることがわかって、慌てて録画をとりながら視聴しました。あー驚いた。

昨年秋に行われた全国ツアーの最終日の実況とのこと。タイトル"Hikaru Utada Laughter in the Dark"はまたまた一筋縄ではいかない感じの矛盾した概念を表しています。ちょっとこのところこの路線の頻度高すぎませんか?と思って、元ネタを探ってみたらナボコフに同じタイトルがあるようです。「暗闇の中の笑い」、試される教養。

セットリストはやや地味というか渋い印象で、ズンドコお調子系の曲はかなり絞り込まれています。休養前のヒット曲は前半にメドレー形式でぽんぽんと放り込まれて客席を温めたあとは最新の2枚のアルバムのナンバーをじっくり聴かせる構成。相変わらず、歌以外のパフォーマンス(MCや肉体を使った表現部分)にはデビュー以来の素人臭さを感じさせつつ、ドレスから露出した肩や腕には定期的なトレーニングを欠かさないプロ意識をにじませていました。

また、前半終了後の着替えタイムには、芸人であり芥川賞作家である又吉直樹の脚本・出演によるコントビデオ(なぜか笑いの質がドリフあるいはゲバゲバ90分的)が上映されるというおまけ付きでした。

さて、新作アルバムでもそうなのですが、このライブを見ていて少し心配になったのは、ひとつはちょっと声が細くなったかな、というところ。歌声としては休養寸前の、ネット配信された横浜スタジアムのライブの頃がもっとも脂が乗っていた感じで、まだそこまで戻ってないかなと思いました。まだ三十代なので、衰えではなく出来上がってないだけだと思いますが。
もうひとつは作品のことで、復帰以来、「母親の鎮魂」というテーマが非常に大きいのはわかるのですが、自分が母親になったことがあまりストレートに作品に反映されないのがちょっと気にかかります。クマのぬいぐるみにも歌を捧げていた彼女の私小説作家的体質を思えば、そろそろ子供との関係を題材にした曲がもっと生まれてきても良いのではないかなあ、と余計な心配をしてしまいます。ことによっては童謡集作るくらいのことをしても不思議ではないんだけど(太田裕美はそうなって、昔からのファンは置き去りにされましたので、そうなってほしいわけではないんですが)。

宇多田ヒカルの家庭環境を思うと、子供を生むということについてもいろんな葛藤があったと思うし、現在はシングルマザーになっているわけですから、いろいろ苦労していると思います。なにかあったときに駆け込む実家にはおばあちゃんはいないわけですし。プロデューサー宇多田照實氏が全面協力しているんだとは思いますが、さてその実際はどうなのでしょう。
https://hikaruutadatour2018.jp




2019/01/26

Face My Fears/宇多田ヒカル

え、もう新曲出るの?海外でもトップソングに?
と一瞬思ったけど、ああ、ゲームのテーマソングなのね。と自己解決。
一応、ネットで確認。→http://www.billboard-japan.com/d_news/detail/71745/2

コンピューターゲームはまったくやらないので知識は超・乏しいのですが、たしか宇多田ヒカルとゲーム音楽の関係は「光」からだったと記憶しています。「KINGDOM HEARTS」というのがどのくらいメジャーなゲームかは知りませんが、発売すぐに世界中でプレイする人がいるくらいのゲームなんでしょうね。
ヱヴァンゲリヲンのテーマもそうですが、こういったコラボレーションはどっちかがどっちかに寄生している感じのない、対等な提携関係という感じがして座りが良いと思います(ちびまる子ちゃんの大滝詠一や桑田佳祐は「大御所、サービスしすぎ!」と思ってしまいましたが)。

さて、iTunesでEP版をそっくりダウンロードすると、4曲入でM1(表題曲日本語版)、M2誓い(アルバム「初恋」から)、M3(表題曲英語版)、M4(M2の英語版)となっていました。「誓い」もゲームの中に使われてるのかしら?
タイトルの"Face My Fears"は直訳すると「私の恐れに向き合え」で良いのかな?相変わらず厳しめなタイトルで、曲調もかなり緊張感があります。音階はかなり和風な感じで、外国人にとってはかなりオリエンタルな感じがするんだろうなあと想像します。ゲームのテーマだったらもっとド派手な感じになってるのかと勝手に変な期待をしていましたが、ちょっと違ってました(「光」もそうでしたけどね)。尺も短いですし。



さて、ここからは余談。ちょっと前に書いた米津玄師のことへの追加です。米津玄師の曲についてはすごく感心したし、その後のメディアの情報でも吉田拓郎や桑田佳祐からも高い評価を受けているということで、やはり良いものである、という評価が(紅白歌合戦以降)確立した感じがします。

その一方でちょっと思ったのですが、米津玄師の音楽には洋楽成分があまり感じられない気がします。彼の音楽的生育史はまったく知りませんが、「Lemon」を書くために必要な音楽的素養はほぼほぼJ-POPを聴いていれば得られるのかな、と思いました。

基礎としてオフコース(小田和正)ひょっとしてはっぴいえんど。あと桑田佳祐、小室哲哉、ミスチル、宇多田ヒカル、椎名林檎くらい。なんだ我々とそんなに変わらないじゃん。

以前に、いきものがかりのことをこのブログか、もう一個のブログで書いたとき、使われている部品があまりに80年代ニューミュージック的だったので、若者としてどうなのよ?って論調になりましたが、いきものがかりのデビューから10年くらい?たった今、いよいよJ-POPだけをベースにしてもこれだけのクォリティが出せるのか、とちょっと進歩を感じました(米津玄師が洋楽聴いているとかいないとかは知りませんよ。勝手な解釈です)。






2019/01/06

あなたとトゥラッタッタ♪/DREAMS COME TRUE

さて、無理に若い人たちの話をしたままで正月休みを終えてしまうのも居心地が悪いので、最後に同年輩の人たちの作品について書きます。超ひさしぶりにドリカムの話です。

DREAMS COME TRUEについては最初の10年は本当に大好きで、新しいアルバムが出るたびに発売日にCDショップに行き、カーステレオで聴きながら帰ったものです。アルバムでいうと、「the Monster」までかな。そこからはおそらくアルバムは買っていません。デビューが平成元年です。私は「彼は友達」で引っかかったクチでその後遡ってファーストアルバムまで聴いていますから、まあ30年前からのつきあい(?)です。

私がドリカムを聴かなくなった直接の理由は宇多田ヒカルが出てきたからです。宇多田ヒカルは当時人気のあったアーティストの何組かを押しのけてしまいましたが、私の中で直接宇多田ヒカルによって駆逐されてしまったのがドリカムです。いや、ホント申し訳ないです。その理由は長くなり、かつ結果としてドリカムの悪口になるのでここでは省略します(過去の記事にはもう少し詳しく書きました)。

今回、「あなたとトゥラッタッタ♪」を取り上げるのは、NHKの国民的ドラマの主題歌として聴くとはなしに聴いていたのと、移動中のFMラジオで聴いたのがきっかけです。まあ、気になったというか聞き捨てならないというか。
だって、朝ドラの主題歌で、この曲調といえば40代以上の方はいやでも1992年の「晴れたらいいね」を思い出さざるを得ないと思います。当時の上り調子、直前に「決戦は金曜日」をリリースして人気絶頂、なんでもできるときの「晴れたらいいね」と、すっかりビッグネームになったとはいえ、年齢もある程度いってメンバーにもいろいろあったあとでの今のドリカムが、およそ30年後にこの曲調で出してきた意味はなんなのか気になるじゃないですか。

私はiTunesでダウンロードしてしまいましたが、円盤で買うとカップリングで「晴れたらいいね」のニューバージョンも収録されているようです。

「晴れたらいいね」はあっけらかんとした良い曲で、当時のドリカムの勢いを体現したような曲だと思うけれど、今聴くと「やっぱり『雨にぬれても』を踏襲しすぎだよなー」と思ってしまいます(それがオシャレなんじゃないか、という意見はアリです)。「晴れたらいいね」の作曲は吉田美和ひとりの名前になっていて、この頃の彼女は「曲が天から降りてくる」みたいな発言をしていた、と当時の中村正人がラジオで語っていた記憶があります。
私も1995年ころまでオリジナル曲の作曲を仲間うちでやっていましたが、私の拙い経験では「天から降りてくる曲」というのはたいてい自分でも忘れていた昔の超有名曲にそっくりだったりしたものです。
しかも中村正人がよせばいいのに、「このメロディならこれ」って元ネタそっくりのおまけまでつけてしまうものだから…。

「あなたとトゥラッタッタ♪」は曲は中村正人と吉田美和の共著ということになっています。最近の曲作りの分業体制がどうなっているのかもまったく知らないのですが、天然の吉田美和、計算の中村正人という役割はおそらく変わってないと思います。元ネタはわかりませんが、ミュージカルナンバーまたはディズニー映画のタイトル曲にありそうな、オールディーズ的であり、かつきらびやかなものになっています。ドラマのオープニングという課題も尺も計算した、上手な作り方です。
「晴れたらいいね」の出だしはハ長調でいうとCのコードからあっけらかんとベースが下降していく進行でしたが、この曲はFから始まりG7を経由してCに戻ってくる形で、30年分の経験が滲んでいます(んなわきゃないか!)。そういえば昨日の「Lemon」もいわゆるサブドミナントコードから始まっていました。この方が頭良さそう?

追記です。一晩たって気がついたんですが、「晴れたらいいね」はA-A'-B-C-C的な1コーラスだったのを「あなたとトゥラッタッタ♪」では縮めてA-CにしてCを前に持ってきたんですね。共作者・中村正人はその仕事をしたのでは?

歌詞については「晴れたらいいね」時代の細かい生活のディテイルは省略されて抽象的なものになっています。かつての「(野球観戦前に)メガホンとクリスプを買い込んで」みたいな世俗的なくすぐりはなくなっているのが、昔のファンとしてはちょっと物足りないかも。



Mine or Yours/宇多田ヒカル

ベストアルバム"SCIENCE FICTION"を買った後しばらくぼーっとしていましたが、5月になった途端にYouTubeでライブ配信的なものを見かけました。配信は途中から見たのですが、過去のMVが次々流れていて、いつから新作発表になるのかわからず、見るのやめ...