2008/12/29

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その3〜(ルビーの指環/寺尾聰)

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの中からピックアップして書いています。

M5.ルビーの指環/寺尾聰

さて、M1の井上陽水(氷の世界)が持っていた日本のアルバム売上記録を破ったのが1981年に寺尾聰が発表した"Reflections"です。

当時の寺尾聰は、年齢的にもアイドルではありませんでした。また、グループサウンズ時代の人気もそれほど突出していた記憶もありません。お父さんが宇野重吉というのも微妙な、石原プロ制作のドラマで脇役をやっている個性派俳優でしかなかった。
この人が何故売れたのか?その理由は当時も今もこれという解説がありません。

今、「ルビーの指環」をあらためて聴いてみても、歌がうまいわけでもなく、これと言って盛り上がりがあるメロディでもありません。
特徴はあります。
まずキーが低い。最低音の「うーしなってからー」の「ら」はG2です。オクターブ上げて女性が唄ってちょうど良いくらい。M1.井上陽水ともオクターブ違う感じ。
それから、この曲が売れている当時、宮川泰さんが「後ろに行くほど音が下がって行くメロディは珍しい」と評論を書いていました。サビに向かって高揚していくのが普通なのに、この曲は「もり下がって」行くのです。そしてこの、不景気なメロディを井上鑑がShakatak風フュージョン・サウンドに仕上げたところ、当時の日本人のツボにハマったということのようです。
それと、ボーカルの処理。噂では主旋律2本、コーラス2本で少なくとも4本は本人の声が重ねてあるだろうと云われました。この声の処理によって、地声の善し悪しやうまい・へたを越えた人工的な声が作られ、それがバックのサウンドに合わさった時の不思議な味わいは、当時とても新しく洒落たものに聴こえました。ジャンルは違うが、テクノポップを通り過ぎて、こうした加工度の高い音がカッコイイという風に、我々の耳が慣らされてきたのでしょうね。

この曲が流行った10年くらい後、私は名古屋・栄の夜の街角でフォークギター1本でこの曲を歌っている若者を見たことがあります。私はその選曲センスに驚くと同時に彼の行く末が本気で心配になりましたが、今頃どうしているでしょうか?

2008/12/27

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その2〜(真夜中のドア/松原みき)

前回に引き続き、決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの収録曲からお話を続けます。2曲目の"「いちご白書」をもう一度"は飛ばして、3曲目に移ります。

M3.真夜中のドア/松原みき
2008年末現在、巷では飯島愛の死が話題になっていますが、松原みきも44歳の若さで病死しています。イイ女だったのにもったない…と言ってみる。

彼女には「ニートな午後3時」という、化粧品会社のCMとタイアップした代表曲があります。「ニートな午後3時」といっても、仕事のない若者のやるせない午後を歌った歌ではなく、「かざらない、さっぱりした美人」という当時の化粧品会社のコンセプトです。
このCDでは、デビュー曲の「真夜中のドア」の方を収録しています。実際どちらが良い曲かと考えると、CMで使える部分に辿り着くまでにちょっともたつきを感じさせる「ニートな午後3時」よりも、コンパクトな中に変化を感じさせる「真夜中のドア」の方が出来が良く、選曲者の見識をそこはかとなく感じさせてくれます。

細かいことを言うと、フォーク・ロックにルーツを持つニューミュージック勢とは音楽の方向が少し違っており、どちらかというとジャズ畑の印象。まあ、当時は「歌謡曲」じゃなければなんでもニューミュージックだったんですけどね。
今になって松原みきを聴くと、いわゆるR&Bの歌姫路線の先祖であることが良く分かります。従来の日本的な歌謡曲とは一線を引いた洋楽風の歌唱を売りにする歌手は、それ以前に青江三奈がいました。私の父のような昭和一桁世代から、「進駐軍」とか「米軍キャンプ」なんていう単語とともに語られる本格派。さらにその後の、戦後生まれの世代では朱里エイコやしばたはつみなんていう人たちがいました。当時は「ジャズ」系と言われましたが、今ならR&Bとジャンル分けされるはずです。

「真夜中のドア」は発売が79年ということで、バックの演奏が当時流行していたフュージョン的なところが時代を感じさせます。しかし、松原みきの歌唱は、ほとんど良く似たサウンドで唄う杉山清貴よりもずっと洋楽風だと思います。例えば小柳ゆきや中島美嘉あたりの楽曲を唄わせたら、どんな風になっただろうと想像すると楽しくなってきます。つくづくもったいなかったなあ…。

2008/12/21

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その1〜(青空、ひとりきり/井上陽水)

ちょっと前にスペシャル的に昔の歌謡曲の事を書いていました。その頃に副読本(?)として買ってきたのが、表題のアルバムです。

2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水

井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。

さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。

2008/12/13

シンフォニック・コンサート 2008/小椋佳(&東京フィルハーモニー交響楽団)

私には大変珍しい事ですが、知人の誘いがあったのでコンサートに行ってきました(音楽が趣味と言っている割にコンサートには滅多に行かない。この前に行ったのは一昨年のビリー・ジョエルのナゴヤドーム公演で、その前は2000年の宇多田ヒカルのファーストツアーなんですorz)。12月10日に渋谷のBunkamuraオーチャードホールで行われた、小椋佳と東京フィルハーモニー交響楽団による「シンフォニック・コンサート 2008」です。


小椋佳は、現段階では「夢芝居」とか「愛燦燦」とか、結果としてショップの棚割り的には「演歌」とされるヒット曲を持つ作家ですが、もともとは「ニューミュージック」の最初のランナーの一人でした。世代としては「団塊」より2〜3歳上ですが、デビューは1971年ですから、団塊世代と同じか少し遅れ気味にキャリアをスタートしています。
音楽性無視の乱暴なメッセージソングとしてのフォークでなく、大先生が大量生産するいわゆる歌謡曲でもない、アマチュアの善良性と美しいメロディを併せ持つ新しいジャンルの流行歌(=ニューミュージック)。ただし、他のニューミュージック系アーティストのようなビートルズおよびそれ以降のロックからの影響は表立って見られません。戦前戦後を通じた日本の流行歌の良心のようなものを再生するような方向性が感じられます。

また、そのもっとも注目されていた時期に、彼は東大卒のエリート銀行員であり続けたというところも特異なところで、メガヒットを持ちながらも専業音楽家でなかったライフスタイルも独特でした。その全盛期に中学生だった私もその音楽にはいろいろと影響を受けました。
しばらく前に大病をして、その後は声も衰えた印象があったので、いかがなものかと思いながら会場に足を運びました。

小椋佳は、もともとどんな曲でも唄いこなすような実力派歌手ではありません。生まれ持った声質が良く、その声の説得力で通用してしまう人(松山千春も同じタイプですが、あっちは芸能人パワーが強いので「実力派」に収まってる)です。小椋佳の声は木管楽器のようで、オーボエに似ています(人の声を楽器に喩えるのもどうかと思いますが、ついでに書いちゃうと宇多田ヒカルはバイオリンに似ています)。

そんなわけで、10日のコンサートでも時々声が裏返ったり、マイペースなテンポでオーケストラを振り回したりしながらも最後まで唄いきってくれました。特に肩が暖まった(?)後半は安定して、声が良く出ていました。途中のMCで本人が言っていましたが、歌の中でテンポを変えることによって「自分なりの説得力」を付与しているつもりなのだそうで、「ポップスのバンドだと気にせずにオンタイムで演奏を続けてくれるんだけれど、オーケストラはそれに合わせようとしてくれるので、却って申し訳ない」と言っていました。この話も深めると面白いのですが、多分とても長い余談になるので、今日は止めます。
MCは饒舌で、選ぶ単語は抑制されているのに、内容はそれなりに辛辣な話をするのが良い意味でインテリ臭く、庄司薫のエッセイ等と共通する匂いがあります。

さて、久々に小椋佳を聴いて、確認できたことがいくつかありました。
これはCDで改めて拾ってみたのですが、彼の曲はほとんどC3〜D4(最大でA2〜F4くらい)で作られており、一般成人男性が一緒に唄ってストレスが無い音域で作られています。もっと高いキーのように聴こえるのですが、彼の高音部はキー以上に伸びやかな印象を受ける声になっているのです。

もう一つは曲の作り方、構成の仕方の特徴です。
初期の自身のヒット曲や、布施明・中村雅俊らに提供した曲は、ちゃんと分析すると、A-A-B-A-Bというパターンが多い(これより後の「夢芝居」はA-A'-B、「愛燦燦」はA-(B)-Cと、わりと普通)んですが、この"A"の部品が大きい。この"A"だけで展開がくるくると代わり起承転結があるので、それだけでもう1コーラスの様に聴こえる。ところがそれを2回繰り返して2コーラスが終ったのかと思うと、そこから更に派手な"B"が来て、聴いている方は「こりゃうれしい不意打ちじゃわい」という満腹感があるのです。

こうした構成は、その後のニューミュージックでA-B-A-B-C-Bみたいな「大サビ付き」という形で一般化するので、今の人にはありがたみが分からないかもしれませんが、当時の歌謡曲やフォークではあまり見られない構成でした(ひょっとしたら「無法松の一生〜度胸千両入り〜」あたりがその大元かもしれない)。
ということは、小椋佳はその頭の良さから、曲をかなり俯瞰で見ながら作っているのではないかと思われます。生まれてくるメロディがその瞬間に曲全体の構成の中でどういう位置にハマっていくのかが見えてくるような。構成を決めて、コード進行を決めて、後は現物合わせ、というニューミュージック的作曲法はしていないような気がする。昔の腕のいい大工さんが図面を引かなくても家を建てられたように、頭の中に全体像がぱーっと浮かぶんじゃなかろうか?と同時に、唄う快感にも敏感な人なので、部品単位でちゃんとおいしいメロディを紡いでいきます。

2008/12/09

時期/黒色餅乾(ビビアン・スー)

そんなわけで購入の経緯については「はてなダイアリー」の方で報告させていただきましたが、"yesasia.com"で購入したビビアン・スーのベスト盤が届きました。
「絶対収蔵/徐若瑄」CD2枚組です。

以前にも彼女の話は書いていますが、今回のベスト盤には2000年前後にブラックビスケッツで唄っていた作品の中国語版4曲(「スタミナ」「タイミング」「Romantic」「Bye Bye」)、が収録されているのがキモです。
それ以外の作品も1998年から2000年頃に発表されたもののようです(なにせ歌詞カードが中国語なので、本当のことが良く分からない)。
お好きな方は、こちらからどうぞ。納期は2週間くらい。私へのアフィリエイトはなんにもありませんけどねw

さて、2枚組のこのCDの中で、ビビアンは懐かしいフレンチ・ポップ風の曲や、フォーク、カントリー、R&B、テクノなどいろんなジャンルに影響された楽曲群を、さらりさらりと唄っています。
その時代時代の流行スタイルを節操無く、しかもマニアックにならない範囲で取り入れるところが日本のアイドル歌謡のやり方と共通していて、相変わらず、聴きやすいことこの上ありません。
おそらく、日本語も中国語も知らない人には、J-POPと区別がつかないでしょう。
いや、日本語がわかる私でも、最近のJ-POPはほとんど歌詞が聴き取れていないので、その意味では一緒かも。
そういえば、このCD、ときどき日本語が混ざってきます。ビビアン本人が作詞した曲も含めて積極的に日本語を混ぜています。「あいしてる」とか「がんばれ」とか、そういう単語が。
あと、日本語のナレーションが入っている曲(臺北下了雪)もあった。
これらは、あちらの政治情勢とか世論とかにも影響されるのでしょうが、2000年前後の台湾では、我らがJ-POPの歌詞の中に英語が入ってくるのと同様、日本語を入れることが一種のファッションまたは異化作用を狙った表現として、彼の地で通用していたのだということが分かります(また、日本で一応一旗揚げて帰って来た、という彼女個人のアピールもあったでしょう)。

最後になりましたが表題の「時期」に触れます。
この曲はご存知の通りブラックビスケッツの「タイミング」です。バラエティ番組内ユニットという意味では今の「羞恥心」等の先輩にあたります。
中国語版では、男声部分は声は似ているけれど多分現地のボーカリスト。
作曲は中西圭三・小西貴雄。中西圭三のメロディは(おそらく彼自身が唄うのが好きなので)、声さえ出れば気持ちよく唄えます。
男声パートのキーがやたら高いが、曲全体がビビアンの女性として中庸な音域に合わせられており、彼女は楽勝で唄っています。