山崎まさよしの声の出し方は面白いです。
路線としては町田義人や、クリスタルキングのサングラスの方の人なんかの方面だと思っていますが、それらをもっと作り込んだ声って気がします。
デビュー間もない頃の宇多田ヒカルが、よくモノマネをしていました。私は彼女のファーストツアーの仙台公演に行きましたが、そこでも「うほぅちへかひぇろぅぉふぉ〜ん」ってやっていました。あまり似てなかったけど。似なくても、面白いから真似したくなるんですね。
"One more time,One more chance"は去って行った恋人への断ち切れない思いを未練たらたらで歌い上げ、しかもいるはずのない場所でも探してしまうという、少し精神状態が怪しくなりかけている男が主人公。しかもこの男、そのわがままがまた愛しいとか言って、つきあってる間もすごい弱気に彼女に接していたらしい。こういう男は別れた後もストーカーになりそうです。山崎まさよしはぱっと見モテそうなんで女性が聴いても引くことはないかもしれませんが、歌詞を読むとかなり怖いです。何について歌っているのか分からない歌に比べれば、そういうの好きですけど。
曲の方はとても普通です。
私は「心拍数」に入っているライブ音源で聴いていますが、「風街ろまん」で細野晴臣ががんばってる曲みたいで、目新しい感じはあまりしない。
そんなこの曲のキモは、サビの畳み掛けの部分です。この曲を私が最初に聴いたのは、スーパーマーケットでかかっていた有線放送だったと思うのですが、そのちょっと前に趣味で録音した自作曲のコーラスに似ているな、と思いました。どういうことかというと、1990年頃に作ったオリジナル曲を1993年に焼き直しで録音し直した時、オフコースの「たそがれ」に「インスパイア」されて、大きい音符のメロディの後ろで別の歌詞でコーラスをつけたんです。
つまり、全体の構成やコード進行は動かせないものとしといて、そこに言いたいことを嵌める、というやり方です。おそらく"One more time,One more chance"も全体の尺とコード進行を先に決めちゃった中で、もがいて作った作品なんだろうな、と想像してみました。
この人もカバー・アルバムを出していますね。
2008/09/07
2008/08/31
BEAT/河村隆一
年代というのは若い頃は意識しないものですが、社会に出て仕事で30〜40年の幅がある集団の中でもまれているうちに、自分の年代というものを意識するようになるものです。
私は1963年の早生まれですが、我々の年代というのもそれなりに特色があります。就職の時はその1年くらい前の世代から「新人類」と言われました。同世代には連続幼女殺害でこないだ死刑執行されたM君や、新潟で少女を9年間監禁していたS君や、名門小学校に侵入して大勢の学童を殺傷したT君などがいます。スポーツ選手では工藤公康や槙原寛己が1個下。「ちゃんこが不味い」といって職場放棄した横綱や、弟子を育てるよりスイーツの研究が忙しい元横綱なんかがほぼ同い年。文化人では亡くなったナンシー関がいます。芸能人ではあまりよく分かりませんが、前回取り上げたデーモン小暮閣下の「世を忍ぶ仮の年齢」が確か同じくらいだったと思います。日本に戦前から続く年功序列や精神主義の文化と、合理主義と無秩序が入り交じった現代の風潮のちょうど接点にいて、結果として何に対しても客観的でそれ故にパワーがない。その代わり批評眼だけはやたらと肥えていて、何の話題を振られてもかならず一言はコメントが出せる、という嫌味な世代です。
なんでこんな話をしているかというと、私たちより3つか4つ下の世代は"BOØWY"が大好きなんですね。あるいは派生商品のT-BOLANとか。後のビジュアル系にも影響大のバンドで、もっと詳しければここでも取り上げるんですが、私はほとんど聴いていませんでした。AMラジオで「マリオネット」とかがかかってたのは覚えているんですが、私は「バックバンドが頑張ってる西城秀樹」としか思わなかったので、ほとんど興味を持たなかったのです。後に布袋寅泰はよく聴くようになるんですが…。
さて、そこまできて今日の本題。河村隆一の"BEAT"です。

"LUNA SEA"は"X JAPAN"人脈のバンドなのでしょうが、ボーカルスタイルなどからは"BOØWY"の延長上と捉えることができます。これは"GLAY"にも言えることですが、リードボーカルの歌唱法が非常に日本的です。
"BEAT"は河村隆一がロックバンドの枠を越えて、よりJ-POPとして普遍的なものを目指したと思われる作品ですが、その歌唱スタイルは一段とドメスティックで、70年代アイドル歌謡的です。具体的には西城秀樹的であり、あるいは先日ちょっと名前を出したあいざき進也や城みちるを彷彿とさせます。
河村隆一もまた、ファルセットの使い方が特徴的です。
平井堅のように長いフレーズを裏声で唄うことはあまりなく、マーティ・フリードマンが言うところの「ワンノート・ファルセット」が主体なんですが、それ以外の、地声で出している部分の「抜き」のところで裏声を混ぜる、「泣き節」の多用が彼の持ち味です。
この部分だけを取り出すと、アイドル歌謡を通り越して、堀江淳、三善英史、三條正人にまで繋がりそうです。
私は1963年の早生まれですが、我々の年代というのもそれなりに特色があります。就職の時はその1年くらい前の世代から「新人類」と言われました。同世代には連続幼女殺害でこないだ死刑執行されたM君や、新潟で少女を9年間監禁していたS君や、名門小学校に侵入して大勢の学童を殺傷したT君などがいます。スポーツ選手では工藤公康や槙原寛己が1個下。「ちゃんこが不味い」といって職場放棄した横綱や、弟子を育てるよりスイーツの研究が忙しい元横綱なんかがほぼ同い年。文化人では亡くなったナンシー関がいます。芸能人ではあまりよく分かりませんが、前回取り上げたデーモン小暮閣下の「世を忍ぶ仮の年齢」が確か同じくらいだったと思います。日本に戦前から続く年功序列や精神主義の文化と、合理主義と無秩序が入り交じった現代の風潮のちょうど接点にいて、結果として何に対しても客観的でそれ故にパワーがない。その代わり批評眼だけはやたらと肥えていて、何の話題を振られてもかならず一言はコメントが出せる、という嫌味な世代です。
なんでこんな話をしているかというと、私たちより3つか4つ下の世代は"BOØWY"が大好きなんですね。あるいは派生商品のT-BOLANとか。後のビジュアル系にも影響大のバンドで、もっと詳しければここでも取り上げるんですが、私はほとんど聴いていませんでした。AMラジオで「マリオネット」とかがかかってたのは覚えているんですが、私は「バックバンドが頑張ってる西城秀樹」としか思わなかったので、ほとんど興味を持たなかったのです。後に布袋寅泰はよく聴くようになるんですが…。
さて、そこまできて今日の本題。河村隆一の"BEAT"です。
"LUNA SEA"は"X JAPAN"人脈のバンドなのでしょうが、ボーカルスタイルなどからは"BOØWY"の延長上と捉えることができます。これは"GLAY"にも言えることですが、リードボーカルの歌唱法が非常に日本的です。
"BEAT"は河村隆一がロックバンドの枠を越えて、よりJ-POPとして普遍的なものを目指したと思われる作品ですが、その歌唱スタイルは一段とドメスティックで、70年代アイドル歌謡的です。具体的には西城秀樹的であり、あるいは先日ちょっと名前を出したあいざき進也や城みちるを彷彿とさせます。
河村隆一もまた、ファルセットの使い方が特徴的です。
平井堅のように長いフレーズを裏声で唄うことはあまりなく、マーティ・フリードマンが言うところの「ワンノート・ファルセット」が主体なんですが、それ以外の、地声で出している部分の「抜き」のところで裏声を混ぜる、「泣き節」の多用が彼の持ち味です。
この部分だけを取り出すと、アイドル歌謡を通り越して、堀江淳、三善英史、三條正人にまで繋がりそうです。
2008/08/27
ヒーロー(Holding Out For A Hero)/デーモン小暮
週に1度は更新しようと思っているのですが、週末は週末でいろいろと用事がありまして、なかなか腰を落ち着けて書く時間が作れません。はてなの日記と違っていろいろ元手もかかるし、ネタを考えるのも結構大変です。
さて、最近カバー・アルバム市場が活性化しているみたいですね。まだ取り上げていませんが、徳永英明の"VOCALIST"シリーズの成功以来、その動きが顕著なのですが、いろんなアーティストがカバー・アルバムを出しています。
基本的にはオリジナルで売上が地味になってきたベテランが出してくることが多いようです。
もちろん、この手の企画は誰でも出来るわけではなくて、本人もしくはスタッフが「私は(うちのアーティストは)歌唱力がありますよ」と思っているからこそやる企画です。「『喉』に覚えあり」ってわけですね。
最近、TVやラジオで知っただけでも、大友康平、中村あゆみ、島谷ひとみなんかが紹介されていました。デーモン小暮(閣下はつかないんだっけ?)もまた、「喉に覚え」の一人として、主に日本では女性が唄ってヒットした曲をカバーした"Girl's Rock"および"Girl's Rock√Hakurai"というアルバムを出しています。
"Girl's Rock"は私も音源を持っていますが、今回は"Hakurai"の方に入っている「ヒーロー」をタイトルにしてみました。

デーモン小暮は(そのプロフィールにはあえて触れませんが)聖飢魔Ⅱでロックを歌ってた人ですから、ハイトーンが売りのボーカリストなんですけれど、実際にはハイトーンボイスというよりもテクニックで上も下も出せる、というタイプの声の人です。本当に得意なのは日本男子の平均であるE〜Eの1オクターブで、そこから上はターボチャージャーを使うような出し方。私も調子がいい時はそういう唄い方をします。
デーモン小暮はうまい・へたというよりも、とても器用な歌い手です。仮の姿の幼少時にいろんな音楽を聴き、マネをするのがうまかったのだと思います。この器用さは近い年代で探すと石井竜也とかに通じます。「うまい唄い方ってこうだよね」という「歌のうまい人のマネ」がうまく、それを商売に出来る才能がある。おそらくモノマネをやらせてもうまいでしょうし、「このジャンルの曲はこう唄うとカッコイイ」というポイントを押さえるのがうまいんです。耳が良い、ともいう。
こういう才能は実はオリジナルで勝負すると意外と結果が残らず、「器用貧乏」と言われて終わってしまうのですが、カバー・アルバムは作りやすいです。徳永英明はあまり器用でない故に、それが味になって成功したわけですが、デーモン小暮閣下はどうなんでしょうか?
と、うまい・へた問題もまだ続きます。
さて、最近カバー・アルバム市場が活性化しているみたいですね。まだ取り上げていませんが、徳永英明の"VOCALIST"シリーズの成功以来、その動きが顕著なのですが、いろんなアーティストがカバー・アルバムを出しています。
基本的にはオリジナルで売上が地味になってきたベテランが出してくることが多いようです。
もちろん、この手の企画は誰でも出来るわけではなくて、本人もしくはスタッフが「私は(うちのアーティストは)歌唱力がありますよ」と思っているからこそやる企画です。「『喉』に覚えあり」ってわけですね。
最近、TVやラジオで知っただけでも、大友康平、中村あゆみ、島谷ひとみなんかが紹介されていました。デーモン小暮(閣下はつかないんだっけ?)もまた、「喉に覚え」の一人として、主に日本では女性が唄ってヒットした曲をカバーした"Girl's Rock"および"Girl's Rock√Hakurai"というアルバムを出しています。
"Girl's Rock"は私も音源を持っていますが、今回は"Hakurai"の方に入っている「ヒーロー」をタイトルにしてみました。
デーモン小暮は(そのプロフィールにはあえて触れませんが)聖飢魔Ⅱでロックを歌ってた人ですから、ハイトーンが売りのボーカリストなんですけれど、実際にはハイトーンボイスというよりもテクニックで上も下も出せる、というタイプの声の人です。本当に得意なのは日本男子の平均であるE〜Eの1オクターブで、そこから上はターボチャージャーを使うような出し方。私も調子がいい時はそういう唄い方をします。
余談ですが、平井堅や森山直太朗は高音部はOD(ファルセット)にギアチェンジしてしまいます。また、ひたすら力をいれて押し切る大友康平流のやり方もあって、彼のマネをする(腹に力を入れ、大きなバイブレーションをかける)と誰でも相当高いキーで歌えますから、みんな試してみよう!余談おわり!
デーモン小暮はうまい・へたというよりも、とても器用な歌い手です。仮の姿の幼少時にいろんな音楽を聴き、マネをするのがうまかったのだと思います。この器用さは近い年代で探すと石井竜也とかに通じます。「うまい唄い方ってこうだよね」という「歌のうまい人のマネ」がうまく、それを商売に出来る才能がある。おそらくモノマネをやらせてもうまいでしょうし、「このジャンルの曲はこう唄うとカッコイイ」というポイントを押さえるのがうまいんです。耳が良い、ともいう。
こういう才能は実はオリジナルで勝負すると意外と結果が残らず、「器用貧乏」と言われて終わってしまうのですが、カバー・アルバムは作りやすいです。徳永英明はあまり器用でない故に、それが味になって成功したわけですが、デーモン小暮閣下はどうなんでしょうか?
と、うまい・へた問題もまだ続きます。
2008/08/15
Love,Day After Tomorrow/倉木麻衣
今回は「うまい・へた」問題から離れて、倉木麻衣を聴きます。
"Love,Day After Tomorrow"は彼女の曲の中では好きな曲です。彼女のデビュー曲であり、宇多田ヒカルとの類似がなにかと話題になった作品です。私は宇多田ファンなので、あまり近づかないようにしておりましたが、単独で聴けばよく出来ている佳曲です。
Wikipediaで確認したところ、この曲が発売されたのは1999年12月ということです。9年も経てば時効だと思うので、今一度、この作品について考えてみようと云う主旨です。
さて、とりあえずこの曲のどこがどんな風に、ということは置いておいても、"Automatic"と似た印象を持たせようとしていることは間違いの無いところです。
"Automatic"と"Love,Day After Tomorrow"をiTunesで並べて聴いていると、まず出だしの音がドラムの音から始まるところとか、テンポとか、バスドラの刻み方とか、よく似ています。Wikipediaで調べたら発売日も"Automatic"のきっかり1年後なんですね。それから、実際には声質や発声は全然似ていないのですが、宇多田ヒカルのいろんな声のうちの中高音で靄がかかったようなところと印象が似るように録音されています。あまり音楽に興味の無い人には同じものに聴こえるでしょう。
しかも仕上げは倉木麻衣の方が丁寧できれいです。
イントロを聴き比べると良く分かりますが、"Automatic"は結構音がスカスカで、それを宇多田ヒカルの声で空白を埋めるようにできていますが、"Love,Day After Tomorrow"はハイハットの音とか黒人ラッパーっぽい「イェイ、イェイ」みたいな声が入っています。その後、今聴くとこれでいいの?というほど普通のコード(M7とかの装飾音は付いてますが)をピアノが弾いて行きます。歌の根幹としてはとても普通な歌謡曲なんですね。
宇多田ヒカルの曲作りというのは、今もそうですが、骨組みをデッサンで描いて、肉付けして、色を付けてというやり方でできていると思います。聴いていてもなにかこの辺に核となるアイデアがあるんだろうなと思わされるポイントがあって、どうかすると下描きの線が透けて見えることもあります。手触りがゴツゴツしている。
一方、倉木麻衣をプロデュースした人は、宇多田ヒカルの中にマーケティング上の妨げとなる、過剰だったり変形していたりするものを見つけたんだと思います。それは消費者に嫌われるかもしれない要素だから、そこにヤスリをかけてもっと滑らかなものを作ればもっと売れると思ったんじゃないかなあ。
もうちょっと普通のJ-POPっぽくて、サウンドの仕上げが丁寧で、宇多田ヒカルよりカワイイ女の子に唄わせれば…。そしてそれは、絶対売上額ではさすがに無理(800万枚なんてのは天変地異みたいな数字でしょ)だったけれど、目標は達成したと思うんです。
倉木麻衣のプロジェクトはパソコンのように出来ていて、ケース、CPU、HDD、グラフィックボードをどう付けるか、という作り方がされています。お金があれば良い部品(作家とかスタジオとかミュージシャンとか)を使えるし、ケース(サウンド)を変えれば斬新なイメージにもなります。
歌詞は本人が書いていますが、この歌詞も部品の一つです。全体のプロジェクトを壊すような強い主張はなく、耳心地の良さを損なわないようになっています。引用はしませんが、特に歌詞の英語部分の何も言ってなさ加減はすごいです。
オリジナリティよりもクオリティ。これは20世紀の日本の産業が行き着いた一つの到達点です。
自動車なんかそうだったでしょ?「外車なんか乗ってるの?故障するでしょ、直すとお金かかるでしょ?国産車はお金かからなくていいよ」ってみんな言ってた。
自動車の世界では、そろそろそれだけじゃダメで、オリジナリティとかフィロソフィーとか社会性とかもいるらしいよということ(とりあえず製品上はね。企業としては知らないけど)も考え始めているみたいですが、音楽については21世紀の今もまだ、クオリティの追究の方が重要視されているみたいな気がします。人の命を預かってるわけでもないのにね。
"Love,Day After Tomorrow"は彼女の曲の中では好きな曲です。彼女のデビュー曲であり、宇多田ヒカルとの類似がなにかと話題になった作品です。私は宇多田ファンなので、あまり近づかないようにしておりましたが、単独で聴けばよく出来ている佳曲です。
Wikipediaで確認したところ、この曲が発売されたのは1999年12月ということです。9年も経てば時効だと思うので、今一度、この作品について考えてみようと云う主旨です。
さて、とりあえずこの曲のどこがどんな風に、ということは置いておいても、"Automatic"と似た印象を持たせようとしていることは間違いの無いところです。
"Automatic"と"Love,Day After Tomorrow"をiTunesで並べて聴いていると、まず出だしの音がドラムの音から始まるところとか、テンポとか、バスドラの刻み方とか、よく似ています。Wikipediaで調べたら発売日も"Automatic"のきっかり1年後なんですね。それから、実際には声質や発声は全然似ていないのですが、宇多田ヒカルのいろんな声のうちの中高音で靄がかかったようなところと印象が似るように録音されています。あまり音楽に興味の無い人には同じものに聴こえるでしょう。
しかも仕上げは倉木麻衣の方が丁寧できれいです。
イントロを聴き比べると良く分かりますが、"Automatic"は結構音がスカスカで、それを宇多田ヒカルの声で空白を埋めるようにできていますが、"Love,Day After Tomorrow"はハイハットの音とか黒人ラッパーっぽい「イェイ、イェイ」みたいな声が入っています。その後、今聴くとこれでいいの?というほど普通のコード(M7とかの装飾音は付いてますが)をピアノが弾いて行きます。歌の根幹としてはとても普通な歌謡曲なんですね。
宇多田ヒカルの曲作りというのは、今もそうですが、骨組みをデッサンで描いて、肉付けして、色を付けてというやり方でできていると思います。聴いていてもなにかこの辺に核となるアイデアがあるんだろうなと思わされるポイントがあって、どうかすると下描きの線が透けて見えることもあります。手触りがゴツゴツしている。
一方、倉木麻衣をプロデュースした人は、宇多田ヒカルの中にマーケティング上の妨げとなる、過剰だったり変形していたりするものを見つけたんだと思います。それは消費者に嫌われるかもしれない要素だから、そこにヤスリをかけてもっと滑らかなものを作ればもっと売れると思ったんじゃないかなあ。
もうちょっと普通のJ-POPっぽくて、サウンドの仕上げが丁寧で、宇多田ヒカルよりカワイイ女の子に唄わせれば…。そしてそれは、絶対売上額ではさすがに無理(800万枚なんてのは天変地異みたいな数字でしょ)だったけれど、目標は達成したと思うんです。
倉木麻衣のプロジェクトはパソコンのように出来ていて、ケース、CPU、HDD、グラフィックボードをどう付けるか、という作り方がされています。お金があれば良い部品(作家とかスタジオとかミュージシャンとか)を使えるし、ケース(サウンド)を変えれば斬新なイメージにもなります。
歌詞は本人が書いていますが、この歌詞も部品の一つです。全体のプロジェクトを壊すような強い主張はなく、耳心地の良さを損なわないようになっています。引用はしませんが、特に歌詞の英語部分の何も言ってなさ加減はすごいです。
オリジナリティよりもクオリティ。これは20世紀の日本の産業が行き着いた一つの到達点です。
自動車なんかそうだったでしょ?「外車なんか乗ってるの?故障するでしょ、直すとお金かかるでしょ?国産車はお金かからなくていいよ」ってみんな言ってた。
自動車の世界では、そろそろそれだけじゃダメで、オリジナリティとかフィロソフィーとか社会性とかもいるらしいよということ(とりあえず製品上はね。企業としては知らないけど)も考え始めているみたいですが、音楽については21世紀の今もまだ、クオリティの追究の方が重要視されているみたいな気がします。人の命を預かってるわけでもないのにね。
2008/08/03
歌バカ/平井堅
「うまい・へた」問題も回を重ね、いよいよ当代随一の人気シンガーである平井堅を聴いてみました。
このアルバムが発表された時は買うかどうかかなり迷いましたが、「平井堅を2枚聴きたいか?」と自問自答した上で見送りました。
しかし「うまい・へた」問題を書いていて、彼に触れないのも不自然な気がして、銀座の山野楽器で購入してきました。
このアルバムの良いところは、2枚組にもかかわらずCDケースがコンパクトで、私のCDラックに通常のCDと同じように挟めるところです。最近はオーバージャケットとか特殊な仕様が多くて、結果として非常に整理しづらいものが多いので、それだけでも評価です。
さて、家に帰ってiTunesに読み込むとジャンルが"R&B"と出ました。
彼の唄い方の特徴は、J-POPの男性シンガーには珍しくファルセットを積極的に使うところでしょう。マーティ・フリードマン氏も指摘していますが、今のJ-POPではファルセットはメロディラインの途中で最高音の一瞬だけ使う唄い方が多く、特に男性でこんなにファルセットを多用するのは、「悲しみのJODY」の山下達郎以来かもしれません。
ざっと聴いてみましたが、地声で唄っていると確認できるのは下がDくらいから上がオクターブ上のG#くらいと思われ、杉山清貴や玉置浩二などJ-POPの標準的な男性シンガーのキーです。その上がファルセットになってCかもうちょっと上まで使っているようです。
しかも彼の場合は地声と裏声がクロスフェード(?)する領域が広いので、地声で出せるところもファルセットで唄うことがあります。その辺りの音域は地声とも裏声とも取れる声なので、声の使い方をマネをしようとすると、相当しつこく聴き込まなければなりません。裏声だと思って聴いていたら、そこからまたひっくり返って泣き節になることもあるのです。「瞳をとじて」のサビなどは聴き分けるのがかなり難しい。
これは優れたテクニックと云えると思います。
美空ひばり伝説の中に、「音声スタッフがVUメーターでチェックしていても、地声と裏声の音量が変わらない」というのがあるようですが、平井堅もその域に迫っています。
その結果として彼の歌声はとても特徴的で、何を唄っても平井堅になってしまいます。それが「大きな古時計」でも…。
このアルバムが発表された時は買うかどうかかなり迷いましたが、「平井堅を2枚聴きたいか?」と自問自答した上で見送りました。
しかし「うまい・へた」問題を書いていて、彼に触れないのも不自然な気がして、銀座の山野楽器で購入してきました。
このアルバムの良いところは、2枚組にもかかわらずCDケースがコンパクトで、私のCDラックに通常のCDと同じように挟めるところです。最近はオーバージャケットとか特殊な仕様が多くて、結果として非常に整理しづらいものが多いので、それだけでも評価です。
さて、家に帰ってiTunesに読み込むとジャンルが"R&B"と出ました。
彼の唄い方の特徴は、J-POPの男性シンガーには珍しくファルセットを積極的に使うところでしょう。マーティ・フリードマン氏も指摘していますが、今のJ-POPではファルセットはメロディラインの途中で最高音の一瞬だけ使う唄い方が多く、特に男性でこんなにファルセットを多用するのは、「悲しみのJODY」の山下達郎以来かもしれません。
ざっと聴いてみましたが、地声で唄っていると確認できるのは下がDくらいから上がオクターブ上のG#くらいと思われ、杉山清貴や玉置浩二などJ-POPの標準的な男性シンガーのキーです。その上がファルセットになってCかもうちょっと上まで使っているようです。
しかも彼の場合は地声と裏声がクロスフェード(?)する領域が広いので、地声で出せるところもファルセットで唄うことがあります。その辺りの音域は地声とも裏声とも取れる声なので、声の使い方をマネをしようとすると、相当しつこく聴き込まなければなりません。裏声だと思って聴いていたら、そこからまたひっくり返って泣き節になることもあるのです。「瞳をとじて」のサビなどは聴き分けるのがかなり難しい。
これは優れたテクニックと云えると思います。
美空ひばり伝説の中に、「音声スタッフがVUメーターでチェックしていても、地声と裏声の音量が変わらない」というのがあるようですが、平井堅もその域に迫っています。
その結果として彼の歌声はとても特徴的で、何を唄っても平井堅になってしまいます。それが「大きな古時計」でも…。
2008/07/26
Search-Light/広瀬香美
以前、"Alpen Best"なるアルバムを聴いたときにも2回連続で書いていますが、もう一度出てきてもらいます。広瀬香美です。
このところ同じような話をしつこく繰り返していますが、日本で活躍している歌手全員を「歌のうまさ」を構成する要素である、「声質」「技術」「解釈」などの点数を付けて総合得点順にソートしたら、彼女が最上位グループに入ることは間違いありません。唯一、声についてはあまり特徴がないというかアニメの主題歌でも歌いそうな匿名性の高い声だと思います。しかし音域の広さと声を届かせる性能にはすばらしいものがあって、たとえば先日書いたMISIAと比べて何か劣っているものがあるかと考えたとき、なにも思いつきません。なによりこのテーマについて書くときに、説明がしやすいのです。

"Alpen Best"のときにも書きましたが、この人の歌でつくづく感心するのは、ビブラートのかけ方とか、リズムにどのくらい正確にのるか、ちょっと外れるか、あるいはピッチを厳密に合わせるのか、ちょっとラフに歌って表情を出すのか、など(凡人には、せいいっぱい正確に歌うこと以外、意識できないようなところ)を聴く側にはっきり意図が伝わるように歌い分けられるところです。モタっているのではなくレガートなんだ、外れたんじゃなくて外したんだ、と分かるんです。いやいや、素人にそんなことを読み取らせてはいかん、理屈抜きに感動させてこそ本物じゃよ、という境地もあるかもしれませんが、私には読み取れる方が面白いです。
男性歌手でこれに匹敵する歌い手がいるのか、私の知っている範囲ではちょっと名前が挙げられません。
もちろん、こうした表現をするにあたって彼女がシンガー・ソングライターであることは大きなアドバンテージだと思います。自分で作った歌だからこそ、「ここは音をたっぷり伸ばして」、とか「ここは音程は気にしなくて良いからパンチをきかせて」という表現のツボが押さえられるんだ、と云ってしまえば簡単です。でも、同じシンガー・ソングライターだからといって、たとえば吉田拓郎がそういう表現をしているかというと、このレベルとは全然違うと思います。
また、自作曲をあまりに芝居っ気たっぷりに歌われるとげっぷがでそうになるものですが、彼女はその辺の客観性もちゃんと持っていて、臭くなるようなこともありません。
広瀬香美は曲作りもプロであるし、ボーカリストとしてもプロです。こんなに高いレベルでバランスしている人はなかなかいません。
この"Search-Light"は2001年1月発売(Wikipediaによる)ということです。この人は曲作りと歌唱法に関して非常にプロ意識が高いと思われ、「次に出るR&B路線の女の子に曲を提供できますよ」と世間(業界?)に伝えたかったんだと思います。だから、バックのゴスペル風コーラスとか、大サビあたりで使っている無限音階かけ上がり(久保田利伸が得意にしてますね)からの超ハイトーン・ボイス(さらにその声をサンプリングして間奏のメロディを歌わせています)など、ベタと云われかねない要素もすべて品揃えとして並べて見せているんです。「商用音楽でご用のある方は、どうぞこちらまでご連絡ください」というメッセージが聴き取れます。
翌日の追記
上のぐるぐる回るリストの中に"Thousands Of Covers Disc.1"というアルバムがあります。これは広瀬香美が他人の曲をカバーしているアルバムで、シンガーとしての力試し的な1枚になっており、やはりとても巧いです。
このところ同じような話をしつこく繰り返していますが、日本で活躍している歌手全員を「歌のうまさ」を構成する要素である、「声質」「技術」「解釈」などの点数を付けて総合得点順にソートしたら、彼女が最上位グループに入ることは間違いありません。唯一、声についてはあまり特徴がないというかアニメの主題歌でも歌いそうな匿名性の高い声だと思います。しかし音域の広さと声を届かせる性能にはすばらしいものがあって、たとえば先日書いたMISIAと比べて何か劣っているものがあるかと考えたとき、なにも思いつきません。なによりこのテーマについて書くときに、説明がしやすいのです。
"Alpen Best"のときにも書きましたが、この人の歌でつくづく感心するのは、ビブラートのかけ方とか、リズムにどのくらい正確にのるか、ちょっと外れるか、あるいはピッチを厳密に合わせるのか、ちょっとラフに歌って表情を出すのか、など(凡人には、せいいっぱい正確に歌うこと以外、意識できないようなところ)を聴く側にはっきり意図が伝わるように歌い分けられるところです。モタっているのではなくレガートなんだ、外れたんじゃなくて外したんだ、と分かるんです。いやいや、素人にそんなことを読み取らせてはいかん、理屈抜きに感動させてこそ本物じゃよ、という境地もあるかもしれませんが、私には読み取れる方が面白いです。
男性歌手でこれに匹敵する歌い手がいるのか、私の知っている範囲ではちょっと名前が挙げられません。
もちろん、こうした表現をするにあたって彼女がシンガー・ソングライターであることは大きなアドバンテージだと思います。自分で作った歌だからこそ、「ここは音をたっぷり伸ばして」、とか「ここは音程は気にしなくて良いからパンチをきかせて」という表現のツボが押さえられるんだ、と云ってしまえば簡単です。でも、同じシンガー・ソングライターだからといって、たとえば吉田拓郎がそういう表現をしているかというと、このレベルとは全然違うと思います。
また、自作曲をあまりに芝居っ気たっぷりに歌われるとげっぷがでそうになるものですが、彼女はその辺の客観性もちゃんと持っていて、臭くなるようなこともありません。
広瀬香美は曲作りもプロであるし、ボーカリストとしてもプロです。こんなに高いレベルでバランスしている人はなかなかいません。
この"Search-Light"は2001年1月発売(Wikipediaによる)ということです。この人は曲作りと歌唱法に関して非常にプロ意識が高いと思われ、「次に出るR&B路線の女の子に曲を提供できますよ」と世間(業界?)に伝えたかったんだと思います。だから、バックのゴスペル風コーラスとか、大サビあたりで使っている無限音階かけ上がり(久保田利伸が得意にしてますね)からの超ハイトーン・ボイス(さらにその声をサンプリングして間奏のメロディを歌わせています)など、ベタと云われかねない要素もすべて品揃えとして並べて見せているんです。「商用音楽でご用のある方は、どうぞこちらまでご連絡ください」というメッセージが聴き取れます。
翌日の追記
上のぐるぐる回るリストの中に"Thousands Of Covers Disc.1"というアルバムがあります。これは広瀬香美が他人の曲をカバーしているアルバムで、シンガーとしての力試し的な1枚になっており、やはりとても巧いです。
2008/07/16
INTERLUDE 2
歌がうまいとはどういうことかと考え続けております。
1.肉声という楽器の音色が美しいこと
2.同じくその楽器の音域が広いこと
3.同じくダイナミックレンジが広いこと
4.その楽器を自由自在にコントロールできること(音程、強弱など)
5.楽曲を理解し、きちんと表現できること
とりあえずこの5つくらいが問題なんじゃないか、と考えが固まってきました。
例えば、もう亡くなりましたが、村田英雄という歌手がいました。
彼の声は浪曲出身ということもあって、クラシック歌手のような美しさとは違いますが、邦楽用楽器として優れた音色であったと思います。ただ、ピッチの調整が難しく、力むと音程が上に外れる楽器でした。ライバルといわれた三波春夫の方が西洋音楽的知識が豊かで、音楽性が高いように思えます。

森進一という歌手がいます。彼の声は美しい音色とは違いますが、魅力ある音色の楽器です。また、歌手にとってきれいな声が絶対の条件ではないということを日本人にきちんと教えてくれた歴史的な存在です。またその声のコントロールも巧みでありますが、「伴奏とのハーモニー」という感覚がない(または重要だと思っていない)ので、バックの和音がどう動いても関係なく、エンディングで延々と一つの音を伸ばし続けるという、暴力的な演奏をします。

あべ静江というとてもきれいな声で唄う女性がいます(最近は唄っているところを見ませんが)。鈴を転がすようなきれいな声だけれども、一つの唄い方しかできないように見えます。

薬師丸ひろ子もちょっとそんな感じがあります。声がきれいと歌がうまいはすぐ近くにあるのですが、このふたりのことを考えると、どうも同じではないようです。

次回は私が本当にうまいと思う人の話を書きたいと思います。ああ、とても大変そうだなあ…。
1.肉声という楽器の音色が美しいこと
2.同じくその楽器の音域が広いこと
3.同じくダイナミックレンジが広いこと
4.その楽器を自由自在にコントロールできること(音程、強弱など)
5.楽曲を理解し、きちんと表現できること
とりあえずこの5つくらいが問題なんじゃないか、と考えが固まってきました。
例えば、もう亡くなりましたが、村田英雄という歌手がいました。
彼の声は浪曲出身ということもあって、クラシック歌手のような美しさとは違いますが、邦楽用楽器として優れた音色であったと思います。ただ、ピッチの調整が難しく、力むと音程が上に外れる楽器でした。ライバルといわれた三波春夫の方が西洋音楽的知識が豊かで、音楽性が高いように思えます。
森進一という歌手がいます。彼の声は美しい音色とは違いますが、魅力ある音色の楽器です。また、歌手にとってきれいな声が絶対の条件ではないということを日本人にきちんと教えてくれた歴史的な存在です。またその声のコントロールも巧みでありますが、「伴奏とのハーモニー」という感覚がない(または重要だと思っていない)ので、バックの和音がどう動いても関係なく、エンディングで延々と一つの音を伸ばし続けるという、暴力的な演奏をします。
あべ静江というとてもきれいな声で唄う女性がいます(最近は唄っているところを見ませんが)。鈴を転がすようなきれいな声だけれども、一つの唄い方しかできないように見えます。
薬師丸ひろ子もちょっとそんな感じがあります。声がきれいと歌がうまいはすぐ近くにあるのですが、このふたりのことを考えると、どうも同じではないようです。
次回は私が本当にうまいと思う人の話を書きたいと思います。ああ、とても大変そうだなあ…。
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