2007/08/14

シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜/Mr.Children

日本語の問題、まだやっています。

現代J-POPの日本語はどうなっておるのか?という話になってきました。
ああ、難しい問題に手を出してしまったかもしれません。この話を書くために彼らのベスト"MR.CHILDREN 1992-1995"を買って来てしまいました。やれやれ…。

さっきMacのiTunesに取り込みながら頭から聴いていたのですが、デビューからシーソーゲームまでの間に相当歌い方が変わっているんですね。3曲目の「抱きしめたい」あたりから私が知っている歌い方になってきて、"CROSS ROAD"で路線が完成し、"innocent world"で完全に突き抜けた感じがします。大げさなアレンジ、意外な拍子の変化。音は洋楽っぽく、カッチョイイです。

Mr.Childrenはサザンオールスターズとも仕事をしていたプロデューサー・小林武史が制作に深く関わっていることもあり、やはり日本語ロックにおける先駆的試みを行うべく宿命づけられたバンドなんでありましょう(大げさ?)。実際、昨日から大きすぎるテーマで書いているので、あえて無視していたんですが、桑田佳祐も一カ所で停まっていたわけではなくて、デビュー以降もいろんなことをやっています。特に"KUWATA BAND"で英語で歌ったりしていたころに、日本語と英語のノリというものを改めて追究していたようです。"スキップ・ビート"の「すけべぇすけべぇすけべぇすけべぇ」などその現れでしょう。

そしてMr.Childrenは"KUWATA BAND"の実験をきっと引き継いでいる。
それを「シーソーゲーム」を題材に分析しようと思って、まず桜井和寿がどう歌っているのかを自分なりに再現しようとしているのですが、これが難物で…。

ということで本題です。
自覚的に日本語でロックを歌おうとするアーティストは、いかに曲のノリを壊さないかということを考えてきたはずです。8ビートだから1小節に8音節使えるわ、ではだめで、ずんずんちゃーつくずんずんちゃーつくというリズムを刻んでいたら、歌詞が載ってもそのリズムに載っていて欲しいわけです。そのために日本語の構造上無理なことにも果敢に挑戦して来た人たちの歴史を、何故か今、私は振り返っているわけです(しかし変なことを始めてしまったなあ)。
で、ですね、Mr.Childrenはそれをかなり真面目にやっているみたいなんですよ、一所懸命聴いて分かったんですが。まあ、聞いてください。

「シーソーゲーム」の冒頭です。私は以前この曲が流行っていた頃に聞き流している時は、こう聴いていました。
「あいしょーなーしゅのーちみがーらったー ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃりぃー」
正解は、
「あいそうなしのきみがわらった そんなたんじゅんなことでついに」です。
で、さっきから頑張って聴いてみたところ、桜井氏はこんなかんじで歌っています。
|AI,SOU,NAASH,NOU|KIMI,GAW,RAT,TAA|
|(-),SONA,TANJU,NAKO|TODE,TSUI,NII,(-)|

"|"は小節の切れ目。"-"は休符または音引き。以下同様に書きます。

かなり無理矢理ですが。
本来ローマ字で忠実に書くとこの歌詞は
「AI SOU NASHI NO KIMI GA WARATTA,SONNA TANJUN NA KOTO DE TSUINI」です。
何が云いたいかというと、ところどころ音が省かれている、と云いたいのです。
NASHI→NASH、WARATTA→WRATTA、SONNA→SONA、TANNJUNNA→TANJUNA。
実際にはここまでひどくありません。WARATTAのAは発音してると云われればそうとも取れる。でも日常会話の発音とは完全に違っています。

なぜかというと、頭打ち4拍子的なこの曲のリズムに載せるには、どん・どこ・どん・どこのリズムに言葉を丸めた方がカッコいいからです。

「あいそうなしのきみがわらった」
は、ギターを8ビートのアップダウンでじゃかじゃかじゃかじゃか(↓↑↓↑↓↑↓↑)と弾いて、普通の日本語の発音のまま、

|A,I,SO,U,NA,SHI,NO,(-)|KI,MI,GA,WA,RA,AT,TA,A|
と歌うことが出来ますが、

実際にはじゃんじゃかじゃんじゃか(↓ ↓↑↓ ↓↑)とリズムを取りながら、

|AI,SOu,NASHi,NOu|KIMi,GAWa,RAaT,TAa|
と4つに区切ったほうが、この曲のリズムに合います。

この曲は全編このリズムを壊さないように日本語が載せられています。

「ゆうじんのひょうかはいまいちでも」は、
|YOU,JIN,NOu,-HYO|UKA,WAi,MaiCH,DEMO|と歌われますし、
「じゅんばんをまってたんじゃつらい」は、
|(-),(-),JUnBAn,WOO|MAAT,TETA,AaN,JATSu|RA,-A,Aa,-I|と歌われます。

(小文字は0.5音節くらいに聞こえる音)



これ、ただ感覚でやってるんじゃないと思うんですね。デビュー当時の「君がいた夏」ではこのような日本語の載せ方は見られませんので、やって行く中で意識してそういう載せ方を(プロデューサーと打ち合わせの上で)選択しているんです。実際、私もさっきから自分で歌ってみようとしているんですが、一つ載せ方を失敗すると、譜割りがガラガラと崩壊して字余りになってしまいます。

このミスチルの手法は昨日書いた佐野元春のやり方に近いのですが、佐野元春は日本語を強引にぶち込みましたが単語は壊しませんでした。Mr.Childrenはローマ字に分解した上で母音を抜いたり、アポストロフィを付けるように単語を作り替えています。
端的に言うと、SOMEDAYはうろ覚えでも歌詞カードがあればカラオケでそれらしく歌えますが、ミスチルをカラオケで歌おうと思うと歌詞カードを見ているレベルではダメで、「この『ひょうかはいまいち』は『ひょかわい|まぃchでも』だよな」「この『野獣と化して』は、『野獣溶かして』だったよな」と譜割りのポイントを全部頭に焼き付けておかなくては、歌になりません。

昨日までに整理した6流儀にミスチル流をひとつ加えましょう。
7.ミスチルのようにビートに合うように母音を中心に一部の音を省略して日本語を載せる

Mr.Childrenの日本語の載せ方が大変高度であることは分かりましたが、さてこの歌、ラジオやCDで聞き取れますか?
カラオケで歌いたくて、今日私がやっていたように、「ここはこう」「ここはこう」と重箱の隅をつつくようにチェックして行った人が、ようやく歌詞とメロディの関係を理解できるんじゃないでしょうか?まあ、実際1995年頃にはそういう若者がたくさんいたと思いますが。

こういう日本語の載せ方を、他のJ-POPのアーティストが始めたのか、Mr.Childrenが始めたのかは私は知りませんが、その先駆者は評価され、オリジナリティを認められるべきだと思います。ただ、この「ミスチル流」を無批判に真似している「アーティスト」が実は多いんじゃないでしょうか?

もともとこの話を書き始めたのは、最近のJ-POPは歌詞が何を言っているのか分からない曲がとても多いように感じている(いつの時代も年寄りは常にそういうものなんですが、それにしても…と思う)からです。
その理由の一つに、ヒアリング不能なほどJ-POPの言葉は破壊されているのではないか?という考えがありました。
もう少しサンプルを収集する必要がありそうですね。

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