2007/08/13

No Damage/佐野元春

日本語の問題は更に続きます。

以前のエントリを削除して、佐野元春の話を書き直さなければなりません。

サザンオールスターズから数年遅れて佐野元春が現れました。桑田佳祐とは流儀が違うが、やはり日本語の載せ方について新しいやり方を実践した人です。
「ナイアガラトライアングルVOL2」に参加していますから、大滝詠一とも接点があり、その意味では「はっぴいえんど」直系の、日本語ロックのアーティストです。

彼も狭い小節に日本語をぎゅうぎゅうに押し込める点では、桑田佳祐と同様ですが、日本語をより英語的に音符に貼付けた人だと思います。

何処が違うかというと、サザンオールスターズの曲では、歌詞の字数が多くなっても言葉の1音節ごとに対応する音符があると思うんです。「しゃいなはーとにるーじゅのいろっがーたーだうーかーぶー」を思い浮かべながら鍵盤を叩くとすると、とんととんとととんととととっとーん、とととんとんとん」と叩けると思う(「シャイ」だけは英語的に1音節で扱ってください)のですが(分かるかこれ?)、"SOMEDAY"の佐野元春の歌声を思い浮かべて、「ひとーりきりじゃいられなくなる」で鍵盤を叩くとどうでしょうか?
まず「ひ」が叩けません。叩けるのは「とー」「り」「き」「り」「じゃい」「られ」「な」「く」「な」「る」です。
「ガラスのジェネレーション」ではどうでしょう?「つまらなーいおとなにはなりたーくなあい」は「つ」「まら」「なーい」「お」「と」「な」「に」「は」「なり」「たー」「く」「な」「あい」じゃないですか?いや、倍で刻めば弾けないことは無いんですが、そうするとノリが変わりますよね?佐野元春は大きい一つの音符に複数の音節をぶち込んでいるのです。

昔の作曲家は音符と言葉の音節の関係について、今思うと笑えるほど神経質に曲を付けていました。有名な話では、服部良一が「一杯のコーヒーから」で「コーヒー」に「こお(↑)ひい(↓)」とメロディを付けたら、「そんな関西弁みたいなアクセントはおかしい」と云われたそうです。今は演歌のセンセイでもその辺は適当にやってると思いますが。
英語の場合は、原則1音節に一つの音符が対応します。しかも日本語のように子音と母音が交互に出てくるわけではありませんから、一つの音符に載せられる単語がたくさんあります。日本語は母音が邪魔をして、音節ごとにメロディをつけると間延びしてしまいます。日本語でロックを歌うことが大げさな論戦を巻き起こしたのはこのせいです。

それを解決する手段として、70年代の10年間で、
1.松本隆のように音符に載せやすい言葉を収集して作詞する
2.大滝詠一のように文章の音節を分解して曲に載せ、その違和感込みで楽しむ
3.キャロルのように適宜英語を混ぜて調子を整え、違和感をなくすために日本語も外人風に歌う
4.桑田佳祐のようにテープの早回しみたいに歌う
5.ゴダイゴのように英語の方が載せやすければある程度は英語で歌ってしまう
などが実践されて来ました。
80年に出て来た佐野元春は、"3"のキャロル流でもありますが、加えて
6.日本語の音節を無視して、1つの音符に複数の音節の言葉でも強引に載せてしまう
を実践したんだと思います。
白井貴子の"SOMEDAY"がなにかもっさりして聞こえたのは、作った本人である佐野元春が遠慮なく暴力的に音符に言葉をぶち込んでいるのに、白井貴子は他人の作品故に正確に(倍で刻んでピアノを叩くように)音符を追いかけたからではないでしょうか?

この後、日本初のラップのアルバムと云われる"VISITORS"を発表していることと合わせて、私は佐野元春が、現代のJ-POPの直接の先祖なのではないか、と考えています。

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