2007/08/29

Beautiful World/宇多田ヒカル

物理ディスクの発売に合わせてiTMSでも"Beautiful World"がダウンロードできるようになりました。私は、宇多田ヒカルはアルバムはアマゾンで買って、シングルはiTMSで買うようにしていますから、さっき帰ってからダウンロードしました。

宇多田ヒカル - Beautiful World / Kiss & Cry - EP

ファースト・インプレッションとしては、"Flavor Of Life"以降の好調が持続している感じですね。ちょうど去年発売されたアルバム"ULTRA BLUE"に収録された曲の時期(「Be My Last」〜「Keep Tryin'」の間)は、ちょっとタイヤが地面をしっかりかんでいなかったような気がします。海外進出の結果が厳しかったことやら、プライベートの問題やらの総括を行っていた時期として解釈するべきでしょうか?

さて、"Beautiful World"は歌詞も構成もシンプルなのに、相変わらずただ者でない感じを漂わせています。去年発表してイマイチ浸透しなかった"Passion"で試したものを、もう一度分かりやすく調整して盛り込んでいるようにも思います。C/Wの"Kiss & Cry"が非常に情報量(と仕掛け)が多い曲であるのと好対照になっていて、しかしどちらの曲も相変わらず歌詞が聴き取りやすく、(最近のJ-POPの中では例外的に)何を言っているのかがよく分かります。先日やっていた日本語問題の書き方をふまえると、宇多田ヒカルの歌詞が聴き取りやすい理由は、
1.日本語の発音が日常会話からかけ離れていないこと
2.歌詞そのものが論理的で聴き手が頭の中で歌詞を再構築できる
3.ネイティブな英語発音とカタカナ語の発音のメリハリがしっかりしている
などが考えられます。日本語の載せ方としては、「な、なかいめのべ」みたいな「はっぴいえんど」的な例は最近は減っており、聴く側にその辺で頭を使わせるよりも、より自然に通じやすい載せ方をしているように思います。

日本語問題以外にも、彼女は本当に今のJ-POPにおいて貴重な存在で、書きたいことがたくさんあるのですが、体力的に無理なので、また機会をみつけて整理していきたいと思います。

2007/08/28

Sim City/平沢進

P-MODELのメンバーとしても知られる平沢進のソロアルバム、"Sim City"です。

平沢進 - Sim City

1995年の発売当時、"Sound & Recording Magazine"等で特集が組まれた作品で、私もその雑誌記事を読んでから買って来て聴きました。

1980年前後からという長いキャリアを持つ、テクノポップと云っていいのかな?コンピューター・ミュージックをやってきた人です。しかも曲作りで使用するコンピューターはMacではなくて"ATARI"だか"Amiga"だかを使っているそうです。一事が万事そんな感じの人なので、世間の流行のど真ん中にいたことは多分ありませんが、アニメなどに使われる曲の作者として知っている人が多いかもしれません。その独特な世界には、おそらく相当コアなファンがついている、と思われます。
また、かなり以前から自らのサイトで楽曲のインターネット販売を行っている先取の人でもあるようです。

私は"P-MODEL"も平沢進のソロも、それほどたくさん聴いているわけではありませんが、この"Sim City"はコンピューターを使った「歌もの」の音楽として、とても好きです。いわゆるテクノポップに比べて、圧倒的に歌が大事にされているのです。
平沢進の声は低いところはちょっと寺尾聰のようでもあり、高音の、ファルセットと地声の境目あたりは民謡歌手の様でもあります。そして、そんな歌声にもバックのリズムにも、深いエコーがかかっていて、幻想的というのかなんというか。とにかく最初の2曲を聴いてみていただければ、好き嫌いがはっきりすると思いますので、もし気に入ったら、演奏時間的には短いアルバムですから、ぜひ一気に聴いてみて欲しいです。iTMSでもダウンロード可能です。

平沢進 - Sim City

ちなみに、タイトル曲のコーラスと、ジャケット写真のモデルをやっている美人は、タイのニューハーフなのだそうです。

2007/08/27

ドラマ/宇多田ヒカル

宇多田ヒカルが今後どのくらいの期間、音楽家として活動するのか分かりませんが、おそらく3rdアルバム"Deep River"までが「初期」と云われることになるのでしょう。
この期間は彼女が大人になる過程を発表し続けた時期だからです。

"First Love"はタイトルの通り「恋知りそめし頃(どこかで聞いたような…)」で、それが邦楽史上もっとも売れてしまったわけですが、その後"Distance"で恋愛がよりリアルなものになってきて、"Deep River"発表後には恋愛だけではなくて、本人が結婚までするわけですから、彼女の人生と作品は密接に繋がっているわけです。ここまでのシングル曲を集めた"SINGLE COLLECTION VOL.1"の歌詞カードには手書きで「思春期」と書いてあります。この時期の彼女はシンガー・ソングライターでありつつ、若き純文学の旗手でもあったのだと思います。文学界も"First Love"に芥川賞をやれば良かったのに…。

"Distance"は800万枚売れたお化けアルバム"First Love"に続く2ndアルバムとして発売されました。
"First Love"だけで引退(または夭折?)とかしていたら(個人の金銭面だけを考えたら、それもアリだったのでは?)神様になっていたかもしれませんが、彼女は歌い続ける選択をしたわけですね。まあ、周囲のこともあったでしょうし、なにより表現者としての自分を抑えることが出来なかったでしょう。

とはいえ、この時点でも10代ですから、引き続き人間的な成長期です。作品も進歩しているわけですが、お金もかけられるようになりました。この頃のPVは凄いことになっています。
さて、今落ち着いて"Distance"を聴くと、「いわゆるR&Bサウンド」との"Distance"を調整している時期なのかな、ともとれます。もともと、当時の彼女のオフィシャルサイトで読んだプロフィールでは「好きなアーティスト」にフレディ・マーキュリーとか尾崎豊の名前が並び、年齢の割にR35なヒット曲を好むようです。私は最初のツアーでの仙台公演を見に行きましたが、オリジナルだけでは曲が足りない部分を、なぜか"a-Ha"の曲を歌って保たせたりしていました。"Distance"の中に「蹴っ飛ばせ!」という曲が入っていますが、これは誰でも気づく"Take On Me"の翻案です。
そんなわけで"Distance"は前作よりも彼女のルーツとなる音楽がよく見えるアルバムになっています。前作を越えるためには自分の中にある材料を全部出さなければならなかったのかもしれませんね。

で、やっとこさ「ドラマ」の話です。

宇多田ヒカル - Distance - ドラマ

「ゴッドファーザー〜愛のテーマ〜」にちょっと似ている重苦しいメロディ、というかこれは「演歌」では?いや、ここはお母さんに敬意を表して「怨歌」と書きましょうか?この作品についての本人および周辺のコメントも読んだ覚えが無いので、本当の制作意図は分からないのですが、私はずばり「藤圭子へのオマージュ」ではないか、と思っています。
私はおっちょこちょいなので、つい宇多田親子3人(U3名義)で作った"STAR"というCDも買ってしまったのですが、両親主導で作った(なにせ、当時の光ちゃんは9歳とかなので)その作品は、後の娘の作風とは全然違う、演歌のような曲が多いのです。
この「ドラマ」という曲は、両親が"STAR"という作品の中で途半ばで力尽きたテーマを、娘が仇討ちをしてみせた、そして改めて「藤圭子の娘」もきっぱり払拭してみせた、という曲なんじゃないかと思います。

"Distance"での軌道修正を、安易な路線変更と見る人がいるかもしれませんが、"Automatic"の話でも書いたように、どんなサウンドにするか、というのは髪型や化粧や服と同じです。自身の成長や、時代の影響からスタイルが変わって行くのはあり得ることで、ましてや10代でこの道一筋なんていうのは信じられません。昔から一時代を築くようなアーティストは融通無碍なもの。スタイルを限定するのはある程度キャリアを積んで、自分が固まってからで良いでしょう。逆に今はスタイルを先に決めないと作品が作れないタイプのアーティストが多いような気がします。

2007/08/25

One More Night/Phil Collins

先日、"R35 Rock&Pops Super Hits"という80年代を中心にした恥ずかしい洋楽オムニバスのCDを購入しました(最近、同企画の邦楽版CDのCMが流れていましたが、あれはもっと恥ずかしい。とても買えない)。当時の大学生のたしなみとして、私がMTVを視ていた頃の曲がたくさん入っています。Genesisの"Invisible Touch"が入っていました。

このころのGenesisや、Phil Collinsのソロアルバム"No Jacket Required"は、当時の日本の音楽にどれだけの影響を与えたことでしょう、というかどれだけの曲の元ネタになったことでしょう?
あるかないか分からないニューミュージックとフォークの違いのひとつが、最新の洋楽スタイルに対する意識でしょう。ニューミュージックは、とにかくカッコいいものを取り入れようとした。その悪く云えば節操のなさはアイドル歌謡もニューミュージックも似たようなものでした。もちろんそれがあって発展したものもいっぱいあったんでしょう。それに、当時GenesisやTOTOに似た音が出せることは実力の証明のようなところもありましたし…。

当時の邦楽の元ネタというと、ビートルズ、ストーンズ、キャロル・キングなどの超ベテランももちろん思い浮かぶのですが、80年代でいうとPhil CollinsとThe Policeが双璧だったんじゃないでしょうか?リアルタイムではPoliceの真似(というか「見つめていたい」のパクリ)の方が多かったと思います。Phil CollinsやGenesisの真似が得意だったのは4人になってからのオフコースでしょう。"as close as possible"から解散までの曲は似てる曲が多いです。オフコースの最後のアルバムのタイトルは"Still a long way to go"ですが、"No Jacket Required"の中に"Long Long Way To Go"という曲がありますね。偶然でしょうか?

"One More Night"はJ-POPの時代になってからも使い減りしないひな形として繰り返し復活しています。近くは平井堅がそっくりな曲を歌っていました。なんか映画の主題歌だったと思いましたが…。

2007/08/23

Automatic/宇多田ヒカル

もうすぐ新曲が出るようなので、いよいよ宇多田ヒカルの話を書き始めます。
東芝EMIのオフィシャルサイトで入手したブログパーツも加えて、ここ1週間くらいで特集しようと思っています。

とりあえず、実質デビュー作と云える"Automatic"を改めて鑑賞してみます。

宇多田ヒカル - Automatic - Automatic

私はこの曲を外回りの仕事中に、ライトバンのAMラジオで初めて聴きました。
今考えても何が引っかかったのか分からないのですが、とにかくすごく気に入って、また聴きたい、と思いました。当時35歳くらいだったと思いますが…。
こういう引っかかり方をしたのは、ドリカムの「彼は友達」以来で、かつそれよりも鮮烈な印象を受けました。

何が鮮烈だったかというと、少なくとも日本の同業者の誰とも似ていない、と思えたからです。
そこそこの才能の人間が、プロデューサーなどに叩かれ叩かれて、いわゆる「売れセン」の曲作りをマスターして出てくるという、よくある大衆音楽のパターンと違って見えた。宇多田ヒカルはほとんど天然物に見えたのです。

近田春夫は週刊文春連載の「考えるヒット」で、「宇多田ヒカルが出てきたことでそれまで本格的だと思われていた(特にR&B系の)アーティストが色あせて見えるようになってしまった」というようなことを書いていました(すみません、本がどこかに行ってしまって正確に引用できません)が、本当にそんな感じでした。それまで上質な音楽だ、日本人離れした本格派だ、と思って聴いていたアーティストが、実は良くできた洋楽コピーで、所詮はマーケティングがうまくいっているだけだったんだということを、なんとなく気づかされてしまったのです。

近田春夫はその文章の中で、割を食ったアーティストの名は挙げていませんが、想像するに一義的にはSpeed、さらにはMisiaあたりのことを言っていたのではないかと思います。ちなみに、私の中ではそれがドリカムでした。宇多田ヒカルを聴き始めたら、ドリカムが聴けなくなってしまったんです。大好きだったのに…。それは単純に彼女が吉田美和よりもレベルの高い、バイリンガルなシンガーだったからではありません。

宇多田ヒカルも世に出た当初は偽Misia的R&Bの歌姫路線として認知されていました。今思うと当初の「R&Bサウンド」は、おそらく1998年のミュージックシーンというパーティに15歳の女の子が出て行くに当たって、そういう衣装を選んだだけでしょう。彼女の本質にはR&Bサウンドはあまり関係ありません(いくつかある彼女の志向の中の、ひとつではあるんでしょうが)。

では本質はなんなのかというと、15歳の女の子が自作の楽曲で、その年代をきっちりと表現して見せたことだった、と思うのです。

それまで中年や青年が書いた15歳という表現はあったけれど、現役の15歳の(少年)少女が、今の自分の分身としての15歳を歌い、それが大人の作った楽曲に混じってもレベルが高い、なんていう例はほとんど無かったのです(それに非常に近い希な例が尾崎豊で、だから彼はカリスマだったのでしょう)。
それは、「15歳で、もうこんな表現ができる(なんて早熟なんだろう)」という驚きではなくて、「(まぎれもない)15歳の少女が、こんなに高いレベルで15歳を表現している」という驚きだったんです。
これはホントにすごいことだったと思います(この話、ぼちぼち続く)。

2007/08/19

イン・ザ・スペース/スペクトラム

またちょっと古い音楽の話です。

1979年に活動を開始したスペクトラムは、既にトランペット奏者として活躍していた新田一郎を中心にしたバンドです。新田一郎は多くのアーティストの作品でホーン・アレンジや演奏でクレジットされていますから、名前はよく知られていると思います。主観的には日本初のシカゴ風ブラス・ロックバンド、と書きたいところですが、つのだ☆ひろもラッパの入ったバンドをやっていたような気がするので、その辺はむにゃむにゃ…ということにしておきます。
恐ろしいことに、YouTubeで当時の「夜のヒットスタジオ」でのパフォーマンスを見ることが出来ました。ぜひご覧ください。

今見てもとても画期的でしょう。この格好、ブラスの演奏を30年近く前にやっていた人がいた、ということは凄いと思います。曲は有名な外国曲に似ているかもしれませんが、それをブラス・ロックでやって、あのコスチュームを着て、テレビの生放送でパフォーマンスしているところがえらいと思います。「お茶の間」にこれを届けて、自分たちの何かを証明せずにいられない、という熱い動機が感じられます。

さて、外国の事情は知りませんが、少なくとも日本ではホーン・セクションのいるバンドは長続きしないといわれ、その一番の理由は「人数が多くて食べられない」ことらしいです。スペクトラムも記録を見てみると2年ほどで解散しています。
実際に、日本でブラスの入ったバンドで成功するのは、ほぼ10年後にブレイクした米米クラブ、さらに遅れて東京スカパラダイスオーケストラまでほぼ皆無ですが、米米クラブのビッグ・ホーンズ・ビーだって、細かい営業をしながら食いつないでいたはずです。

こちらの「スペクトラム伝説」で2年間の彼らの歴史の概略を振り返ることが出来ます。一部の楽曲で、作詞に桑田佳祐の名が…。

2007/08/17

SOSO/Vivian Hsu

ちょっと和みネタを。

一昨日、休みでテレビのワイドショー(「スッキリ」だったかな)を視ていたら、上海で映画撮影中のビビアン・スーが顔面麻痺になって台湾に戻って静養しているというニュースをやっていました。年間で映画3本撮って、歌もうたって、と馬車馬のように働いているようです。昭和のアイドルのような生活なんでしょう。お見舞い申し上げます。

私は単純に女性として好きなタイプなのでこっそり応援しているのですが、日本ではほとんど仕事をしないので、ときどきYouTubeで著作権上問題ありそうな台湾のTVの録画やPVをチェックしています。


韓流を中心にしたアジアのDVD/CDを販売するネットショップもあるので、好きな人はそちらで購入する手もあります。私も一つ買いましたが、CD2枚組+DVDで3000円とかで安いし、DVDはリージョンフリーなのでなんの問題もなく再生できました。"Amazon.co.jp"で買えるのは下のリンク1タイトルです。

さて、ビビアン・スーが台湾で今どんな音楽をやっているかというと、この"SOSO"のような、なんの違和感も無い日本風アイドル歌謡です。ちょっと前の洋楽ヒット曲風のメロディに母国語(中国語)と英語が混ざった歌詞。この曲では途中でおニイちゃんがラップで絡んできます。ひとことでいうと、数年前の安室奈美恵を一段階ヌルくした感じですが、80年代アイドルに親しんだ世代にはとても楽に聴ける曲です。
彼女の歌唱力は可もなく不可もなし。およそどんな曲でも破綻無く歌い、かといって聴く側を圧倒したりはしません。万人向けのアイドル歌手として非常に完成度が高い、とも云えます。欲を言えば、楽曲のレベルをもう1目盛上げてくれると、もっと良い。

西洋にルーツのある音楽を、アジア人が取り入れるには各国それなりの悩みがあると思います。中国語圏の場合、日本よりも可能性を感じさせるのは、おそらく中国語は日本語の何倍もラップとの親和性が高いと思えることです。漢字一つが一つの音符に乗っかって、それに全部意味があるので、相当高度な内容をラップに出来るんじゃないでしょうか(想像)。日本のラッパーが強引な脚韻に血道を上げている中、彼の地にはもともと漢詩という数千年の文化があって、あれは定型詩(リズムが一定)だし、韻も踏んでいて、ほとんどラップと同じものでしょう?なんかサンプル音をループさせて杜甫の漢詩を朗読すれば、アルバム1枚くらいすぐ作れるのではないでしょうか(想像)。
ということはロック系の音楽にも親和性は高いはず。昔、ジャッキー・チェンが歌ってたのはカッコ悪かったですが、作り手のセンスが良くなれば、日本語ロックより苦労が無いはず(想像)。

それにしてもビビアン、30歳過ぎてこの路線は辛かろうと思います。すぐに鮮度が落ちる日本の(韓国はもっとサイクルが速いそうですが)アイドルと違って、台湾は古典的なスターシステムがまだ生きていて、彼女は永遠の「娘役トップ」なのかもしれませんね。

2007/08/15

チャンピオーネ/ORANGE RANGE

夏休み自由研究も最終回となりました。明日から会社なんで…。

とりあえず「日本語とロック」の問題を現代J-POPまで行ってしまおうということで、またレコード屋に行って"ORANGE RANGE"と"サンボマスター"を買って来ました。おかげで今月はCDがいっぱい買えましたorz

1980年の佐野元春から2007年までの間、何をテキストにしたら良いんだろうと、インターネットの年代別ヒット曲データベースをいろいろ見ていました。今回触れなかったビッグネームとしては、尾崎豊、X JAPAN、小室哲哉あたりかなあと思うんですが、「日本語」のアプローチとしてはMr.Childrenほどの特異性は無いと思ったので、今回は通り過ぎることにします。また、雨後の筍のように存在する「作詞する女性ボーカル」についても、同様に通過させてもらいます。aiko、BONNIE PINKなんかはちょっと研究した方が良いかもしれません。宇多田ヒカルはもうすぐ新曲が出るので、その時に…。

買って来たのは、"ORANGE RANGE"というアルバム。サンボマスターはシングルの「全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ」を買って来ました。

先にサンボマスターについて一段落だけ。
このシングルだけで判断すると、評判の割にたいしたことありませんでした。今の世の中、一つくらいこういうバンドがいても良いし、言葉を大事にしていることは評価できますが…。ロックである以上、ミックスでボーカルのボリュームをやたら上げるわけにはいかないのであれば、もうちょっと滑舌よく&通る声を鍛えないと、歌詞が聞こえません。曲についてもこういうことを思いつく人って云うのはそんなに珍しくないし、私らの上の世代にこういう感じの人はいっぱいいました(よくしりませんが、三上寛ってこんな感じだったのでは?)。また、RCサクセションまたはブルーハーツ(ザ・ハイロウズ、クロマニヨンズ)に比べて特に優れたところがあると思えませんでした(あ、この二つも通り過ぎてしまいました)。C/Wの「あの鐘を鳴らすのはあなた」も「あなあたー」の譜割りがもっちゃりしててダサいです。私は和田アキ子が嫌いですが、ここは本家に習って「あなーたー」と歌わなければ(「な」で音程を上げきっておかないと)だめです。できなきゃキーを下げなさい。以上。

で、本題の"ORANGE RANGE"。仕事で会う、得意先のえらい方もカラオケのレパートリーに入れている、J-POPの代表選手です。表題の曲は散々だった去年のワールドカップ中継のテーマソングでした。

聞いてみました。サンボマスターよりはだいぶ楽しかったです。
アルバム全体が笑ってますね。ポジティブシンキングの積み重ねが結晶になってる感じです。ミスチルの時のように重箱の隅をつつく気になりません。聴く方も難しいことを考えずに気楽に消費した方が良い音楽です。叩くとほこりが出そう。
キャベツ炒めて、もやし炒めて、ウインナーも入れとく?みたいな料理で、食べたら「あ、これはこれで旨いじゃん」みたいな音楽でした。
歌詞なんか、わざと聴こえないようなミックスにしてあるところもあって、これは「一応歌詞カードには書いておくけど、要は後ろで何か喋ってるってことが大事なの」っていうことでしょう。そういう捨て駒みたいなところが多いんですよ。本人たちも「サビだけにもりあがろう」と云っていますから、今の音楽の消費のされ方に合っているんでしょう(多分、サビだからこそ一層もりあがろう、の意味で書いてるんだと思いますけどねw)。
メロディがついてるところはそんなに難しいことをやっていませんでした。主旋律の人とオクターブ下の人と上でオープンでハモる3人で歌ってて、日本語の載せ方も佐野元春までの手法に収まっていました。というか、意外なほど松本隆でした。

最近のJ-POPの言葉がなぜ聞き取れないのか、この3日間でだいぶ分かって来ました。
1.サウンド重視の中でボーカルの音が相対的に小さくなっている(洋楽的ミックス)
2.相対的に小さくなる音量の中で言葉を届かせるだけの声の出し方ができてない
3.同時に日本語の発音として滑舌が悪い
4.従来の日本語、新規なカタカナ語、英語がランダムに混ざるので聴き手の耳がアジャストできない
5.前後の関係から言葉を類推できるような起承転結のある歌詞が少ない
あたりが考えられます。
私は中年ですが現代に生きる人間ですから、表現において何がいけないなどという野暮は云うつもりはありません。だから、1、4、5については容認します。問題は2、3かな…。ただ、前提として云っておきますが、私たちが若い頃喜んで聴いていたものより、歌唱・演奏・楽曲の平均レベルは最近出て来た人たちの方が高いです(その意味では"ORANGE RANGE"は例としては良くなかったかもしれません)。でも結果として耳に入った時の説得力がなぜ無いのか?という話です。

さて、クドかったこのシリーズは一度お休みして、明日更新するとしたら通常ペースに戻ります。

次にこのシリーズをやるときは、ラップ&ヒップホップ特集をやります。副題は「秋田音頭からケツメイシまで」かな。

最後に超余談ですが、「チャンピオーネ」のBメロ(なのかな?)「かんがえたって〜ハッハ」のところ、「走れコータロー」に良く似てますね。

2007/08/14

シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜/Mr.Children

日本語の問題、まだやっています。

現代J-POPの日本語はどうなっておるのか?という話になってきました。
ああ、難しい問題に手を出してしまったかもしれません。この話を書くために彼らのベスト"MR.CHILDREN 1992-1995"を買って来てしまいました。やれやれ…。

さっきMacのiTunesに取り込みながら頭から聴いていたのですが、デビューからシーソーゲームまでの間に相当歌い方が変わっているんですね。3曲目の「抱きしめたい」あたりから私が知っている歌い方になってきて、"CROSS ROAD"で路線が完成し、"innocent world"で完全に突き抜けた感じがします。大げさなアレンジ、意外な拍子の変化。音は洋楽っぽく、カッチョイイです。

Mr.Childrenはサザンオールスターズとも仕事をしていたプロデューサー・小林武史が制作に深く関わっていることもあり、やはり日本語ロックにおける先駆的試みを行うべく宿命づけられたバンドなんでありましょう(大げさ?)。実際、昨日から大きすぎるテーマで書いているので、あえて無視していたんですが、桑田佳祐も一カ所で停まっていたわけではなくて、デビュー以降もいろんなことをやっています。特に"KUWATA BAND"で英語で歌ったりしていたころに、日本語と英語のノリというものを改めて追究していたようです。"スキップ・ビート"の「すけべぇすけべぇすけべぇすけべぇ」などその現れでしょう。

そしてMr.Childrenは"KUWATA BAND"の実験をきっと引き継いでいる。
それを「シーソーゲーム」を題材に分析しようと思って、まず桜井和寿がどう歌っているのかを自分なりに再現しようとしているのですが、これが難物で…。

ということで本題です。
自覚的に日本語でロックを歌おうとするアーティストは、いかに曲のノリを壊さないかということを考えてきたはずです。8ビートだから1小節に8音節使えるわ、ではだめで、ずんずんちゃーつくずんずんちゃーつくというリズムを刻んでいたら、歌詞が載ってもそのリズムに載っていて欲しいわけです。そのために日本語の構造上無理なことにも果敢に挑戦して来た人たちの歴史を、何故か今、私は振り返っているわけです(しかし変なことを始めてしまったなあ)。
で、ですね、Mr.Childrenはそれをかなり真面目にやっているみたいなんですよ、一所懸命聴いて分かったんですが。まあ、聞いてください。

「シーソーゲーム」の冒頭です。私は以前この曲が流行っていた頃に聞き流している時は、こう聴いていました。
「あいしょーなーしゅのーちみがーらったー ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃりぃー」
正解は、
「あいそうなしのきみがわらった そんなたんじゅんなことでついに」です。
で、さっきから頑張って聴いてみたところ、桜井氏はこんなかんじで歌っています。
|AI,SOU,NAASH,NOU|KIMI,GAW,RAT,TAA|
|(-),SONA,TANJU,NAKO|TODE,TSUI,NII,(-)|

"|"は小節の切れ目。"-"は休符または音引き。以下同様に書きます。

かなり無理矢理ですが。
本来ローマ字で忠実に書くとこの歌詞は
「AI SOU NASHI NO KIMI GA WARATTA,SONNA TANJUN NA KOTO DE TSUINI」です。
何が云いたいかというと、ところどころ音が省かれている、と云いたいのです。
NASHI→NASH、WARATTA→WRATTA、SONNA→SONA、TANNJUNNA→TANJUNA。
実際にはここまでひどくありません。WARATTAのAは発音してると云われればそうとも取れる。でも日常会話の発音とは完全に違っています。

なぜかというと、頭打ち4拍子的なこの曲のリズムに載せるには、どん・どこ・どん・どこのリズムに言葉を丸めた方がカッコいいからです。

「あいそうなしのきみがわらった」
は、ギターを8ビートのアップダウンでじゃかじゃかじゃかじゃか(↓↑↓↑↓↑↓↑)と弾いて、普通の日本語の発音のまま、

|A,I,SO,U,NA,SHI,NO,(-)|KI,MI,GA,WA,RA,AT,TA,A|
と歌うことが出来ますが、

実際にはじゃんじゃかじゃんじゃか(↓ ↓↑↓ ↓↑)とリズムを取りながら、

|AI,SOu,NASHi,NOu|KIMi,GAWa,RAaT,TAa|
と4つに区切ったほうが、この曲のリズムに合います。

この曲は全編このリズムを壊さないように日本語が載せられています。

「ゆうじんのひょうかはいまいちでも」は、
|YOU,JIN,NOu,-HYO|UKA,WAi,MaiCH,DEMO|と歌われますし、
「じゅんばんをまってたんじゃつらい」は、
|(-),(-),JUnBAn,WOO|MAAT,TETA,AaN,JATSu|RA,-A,Aa,-I|と歌われます。

(小文字は0.5音節くらいに聞こえる音)



これ、ただ感覚でやってるんじゃないと思うんですね。デビュー当時の「君がいた夏」ではこのような日本語の載せ方は見られませんので、やって行く中で意識してそういう載せ方を(プロデューサーと打ち合わせの上で)選択しているんです。実際、私もさっきから自分で歌ってみようとしているんですが、一つ載せ方を失敗すると、譜割りがガラガラと崩壊して字余りになってしまいます。

このミスチルの手法は昨日書いた佐野元春のやり方に近いのですが、佐野元春は日本語を強引にぶち込みましたが単語は壊しませんでした。Mr.Childrenはローマ字に分解した上で母音を抜いたり、アポストロフィを付けるように単語を作り替えています。
端的に言うと、SOMEDAYはうろ覚えでも歌詞カードがあればカラオケでそれらしく歌えますが、ミスチルをカラオケで歌おうと思うと歌詞カードを見ているレベルではダメで、「この『ひょうかはいまいち』は『ひょかわい|まぃchでも』だよな」「この『野獣と化して』は、『野獣溶かして』だったよな」と譜割りのポイントを全部頭に焼き付けておかなくては、歌になりません。

昨日までに整理した6流儀にミスチル流をひとつ加えましょう。
7.ミスチルのようにビートに合うように母音を中心に一部の音を省略して日本語を載せる

Mr.Childrenの日本語の載せ方が大変高度であることは分かりましたが、さてこの歌、ラジオやCDで聞き取れますか?
カラオケで歌いたくて、今日私がやっていたように、「ここはこう」「ここはこう」と重箱の隅をつつくようにチェックして行った人が、ようやく歌詞とメロディの関係を理解できるんじゃないでしょうか?まあ、実際1995年頃にはそういう若者がたくさんいたと思いますが。

こういう日本語の載せ方を、他のJ-POPのアーティストが始めたのか、Mr.Childrenが始めたのかは私は知りませんが、その先駆者は評価され、オリジナリティを認められるべきだと思います。ただ、この「ミスチル流」を無批判に真似している「アーティスト」が実は多いんじゃないでしょうか?

もともとこの話を書き始めたのは、最近のJ-POPは歌詞が何を言っているのか分からない曲がとても多いように感じている(いつの時代も年寄りは常にそういうものなんですが、それにしても…と思う)からです。
その理由の一つに、ヒアリング不能なほどJ-POPの言葉は破壊されているのではないか?という考えがありました。
もう少しサンプルを収集する必要がありそうですね。

2007/08/13

BLOWIN'/B'z

まだ日本語問題が続きます。

現代J-POPまで話を続けてしまいたいので、あと2本くらい書くのかなあ…。

さて、現代J-POPの最初のテキストは、B'zの"BLOWIN'"です。

B'z - B'z the Best "Treasure" - Blowin'

耳の古い私にとって、歌詞が聞き取れる一番新しい世代がB'zまでだからです(宇多田ヒカルは除く。詳細はいずれ…)。また、実年齢が若くても、手法的な冒険をしていない人も別(論外とも云う)です。つまり歌詞の扱いについて、オジサンはここまでは許せるぞ、という境界線です。

佐野元春のところでまとめた、日本語でロックを歌う時の歌詞の載せ方6種類
1.松本隆のように音符に載せやすい言葉を収集して作詞する
2.大滝詠一のように文章の音節を分解して曲に載せ、その違和感込みで楽しむ
3.キャロルのように適宜英単語を混ぜて調子を整え、違和感をなくすために日本語も外人風に歌う
4.桑田佳祐のようにテープの早回しみたいに歌う
5.ゴダイゴのように英語の方が載せやすければある程度は英語で歌ってしまう
6.佐野元春のように日本語の音節を無視して、1つの音符に複数の音節の言葉でも強引に載せてしまう
をB'zはとても上手にやってると思います。

BLOWIN'の中で探すと、
1.「汗まみれ」「麻痺状態」などの言葉の選び方
2.「きーっさ|てんでまいにっ|ちおなじ|よっと」の切り方
3.「シャドウボクシング」、「ハニー」の英語化
4.全編早口
5.サビの英語部分
6.「きみにしがみついた」を「(き)みに」「しがみ」「つい」「たー」と大きい音符に載せる
等でしょうか。ま、結論が先に決まって書いてるんでだいぶ恣意的ですが…。

B'zは商業ロックの権化ですから、いろいろ毀誉褒貶もあるようですが(外国曲に似ている例が非常に多い、等)、ロックサウンドへの日本語の載せ方としてはほとんど満点なんじゃないでしょうか?日本語だということを忘れてしまうほどカッコいい、と私は思います。歌詞が聞き取れるかというと部分的に厳しいのですが、歌詞カードで1度答え合わせをすれば(特に混ざっている英語の部分が確認できれば)「腑に落ちる」レベルはキープしていると思います。
実際、長年にわたって大衆に支持されているわけですし、伝わる言葉を持っているからこそ成功しているのだ、と私は思います。特にファンというわけではありませんが、売れているのは当然だと思います。

No Damage/佐野元春

日本語の問題は更に続きます。

以前のエントリを削除して、佐野元春の話を書き直さなければなりません。

サザンオールスターズから数年遅れて佐野元春が現れました。桑田佳祐とは流儀が違うが、やはり日本語の載せ方について新しいやり方を実践した人です。
「ナイアガラトライアングルVOL2」に参加していますから、大滝詠一とも接点があり、その意味では「はっぴいえんど」直系の、日本語ロックのアーティストです。

彼も狭い小節に日本語をぎゅうぎゅうに押し込める点では、桑田佳祐と同様ですが、日本語をより英語的に音符に貼付けた人だと思います。

何処が違うかというと、サザンオールスターズの曲では、歌詞の字数が多くなっても言葉の1音節ごとに対応する音符があると思うんです。「しゃいなはーとにるーじゅのいろっがーたーだうーかーぶー」を思い浮かべながら鍵盤を叩くとすると、とんととんとととんととととっとーん、とととんとんとん」と叩けると思う(「シャイ」だけは英語的に1音節で扱ってください)のですが(分かるかこれ?)、"SOMEDAY"の佐野元春の歌声を思い浮かべて、「ひとーりきりじゃいられなくなる」で鍵盤を叩くとどうでしょうか?
まず「ひ」が叩けません。叩けるのは「とー」「り」「き」「り」「じゃい」「られ」「な」「く」「な」「る」です。
「ガラスのジェネレーション」ではどうでしょう?「つまらなーいおとなにはなりたーくなあい」は「つ」「まら」「なーい」「お」「と」「な」「に」「は」「なり」「たー」「く」「な」「あい」じゃないですか?いや、倍で刻めば弾けないことは無いんですが、そうするとノリが変わりますよね?佐野元春は大きい一つの音符に複数の音節をぶち込んでいるのです。

昔の作曲家は音符と言葉の音節の関係について、今思うと笑えるほど神経質に曲を付けていました。有名な話では、服部良一が「一杯のコーヒーから」で「コーヒー」に「こお(↑)ひい(↓)」とメロディを付けたら、「そんな関西弁みたいなアクセントはおかしい」と云われたそうです。今は演歌のセンセイでもその辺は適当にやってると思いますが。
英語の場合は、原則1音節に一つの音符が対応します。しかも日本語のように子音と母音が交互に出てくるわけではありませんから、一つの音符に載せられる単語がたくさんあります。日本語は母音が邪魔をして、音節ごとにメロディをつけると間延びしてしまいます。日本語でロックを歌うことが大げさな論戦を巻き起こしたのはこのせいです。

それを解決する手段として、70年代の10年間で、
1.松本隆のように音符に載せやすい言葉を収集して作詞する
2.大滝詠一のように文章の音節を分解して曲に載せ、その違和感込みで楽しむ
3.キャロルのように適宜英語を混ぜて調子を整え、違和感をなくすために日本語も外人風に歌う
4.桑田佳祐のようにテープの早回しみたいに歌う
5.ゴダイゴのように英語の方が載せやすければある程度は英語で歌ってしまう
などが実践されて来ました。
80年に出て来た佐野元春は、"3"のキャロル流でもありますが、加えて
6.日本語の音節を無視して、1つの音符に複数の音節の言葉でも強引に載せてしまう
を実践したんだと思います。
白井貴子の"SOMEDAY"がなにかもっさりして聞こえたのは、作った本人である佐野元春が遠慮なく暴力的に音符に言葉をぶち込んでいるのに、白井貴子は他人の作品故に正確に(倍で刻んでピアノを叩くように)音符を追いかけたからではないでしょうか?

この後、日本初のラップのアルバムと云われる"VISITORS"を発表していることと合わせて、私は佐野元春が、現代のJ-POPの直接の先祖なのではないか、と考えています。

ガンダーラ/ゴダイゴ

「日本語の問題」はまだ続きます。

サザンオールスターズが早口でまくしたてている頃、もう一つの流儀が主流となってきます。それは、「歌詞の一部を大幅に英語にしてしまう」という方法です。

この話に入る前段階で、本来は「キャロル」などに触れなくてはいけないのですが、私はリアルタイムの記憶として彼らの音楽を聴いていません。こちらのリンクで「ファンキー・モンキー・ベイビー」の歌詞を参照していただければ良いと思うのですが、何が云いたいかというと、日本語の歌詞の中になんの断りも無く突然に英単語が入ってくるということです。キャロルはWikipediaによると1975年には活動をしています。この頃にはもう、こういう歌を歌っていた人(矢沢永吉)がいた、ということです。「風街ろまん」の項で紹介した萩原健太著「はっぴいえんど伝説」でもはっぴいえんど後の日本語ロックの展開例として、キャロルに触れています。日本語がはまらないところは英語で歌ってしまう、というのは大きなブレイクスルーだったと思います。

で、ゴダイゴが何をやったかというと、Aメロでは日本語で話の筋を提示しておいて、サビはほぼ全部英語にしてしまう、というやり方です。
もともとゴダイゴはメンバーが外国人や、留学経験者や外語大生であり、英語に対する抵抗が無かったのでしょう。また、外国でも一定評価されていたらしい(私は真偽および詳細は知りません)という評判もありました。リードボーカルのタケカワユキヒデも「英語で歌う方が得意」という意味の発言をテレビでしていました。

「ガンダーラ」は、有名なテレビドラマ「西遊記」のサウンドトラックから大ヒットになりましたが、それまでこんなに英語の含有量(?)が多いヒット曲は稀でした(外国曲は別ですが)。特にこの曲は「テレビで孫悟空の話を見る子ども」をターゲットにしていたわけですから画期的です。言ってることは「ガンダーラはインドにあったと言われています」ぐらいの内容ですが、とりあえず中学2年程度の英語力が必要です。キャロルは"baby"や"I love you"などほとんど単語か慣用句のレベルだったと思いますが、「ガンダーラ」の英語は歴とした英作文です。

「ガンダーラ」を日本中の子どもたちが歌ったことで、洋楽風メロディに無理に日本語を載せなくても、一番カッコいいところは英語で歌ってしまえば、子どもだってついてくることが証明されました。さらに邦楽でありながら全編英語である"モンキー・マジック"までが大ヒットしてしまうという現象が生まれました。

この後、キャロル以上ゴダイゴ未満の英語含有量で歌を作る、という手法は1980年頃までに、ポピュラーミュージックの常套手段となり、当時の多くのヒット曲がこのパターンで作られています。
「エーゲ海から風が吹いてくるわ(ロックじゃないけどね)」「セクシーな紫の君は俺をいい感じにしてくれるぜ(訳はこれで良いのか?)」「私を覚えてる?(加藤和彦作品)」など。あげくの果てに85年には1番で歌った日本語の歌詞を、2番で直訳の英語で歌うという、シーゲル梶原のネタのようだが大真面目な大ヒット「恋におちて」が生まれます。

こうなると日本語ロック論争は、ほぼ沈静化してしまい、この後この問題が深刻に論争されることがなかったように思います。

C調言葉に御用心/サザンオールスターズ

続きです。

「はっぴいえんど」の次に日本語とロックの問題で俎上に載せられることが多いのがサザンオールスターズです。桑田佳祐のバックボーンについて私は良く知らないのですが、歌謡曲も好きなようですし、邦楽にも水準以上の興味と知識を持っていると思われます。また、1978年デビューということは、既に作詞家として売れっ子だった松本隆の仕事も知っていたことと思います。

さて、桑田佳祐がやったことは、よりサウンド重視。ノリを阻害しない言葉を優先してロックの歌詞を作ることだったと思われます。意味はあえて解体し、耳につくフレーズを次々と貼り合わせ、イメージの固まりをそのまま聞き手にぶつけるような手法です。

桑田佳祐の歌詞にも、松本隆的な、当時既に死語または古語といっていい単語が出て来ます。
「C調言葉に御用心」で拾ってみると、
「アンタ」「たまにゃ」「狂おしく」「うなじ」「ちょいと」「ふらち」「なるがままに」「あろうとなかろうと」「照らう(衒うじゃないの?)」「もどかしや」など。これらは、30年前とはいえ、若者の喋り言葉で使われる言葉ではありませんでした。もっと昔の歌謡曲(芸者の格好をした人が、三味線をバックに歌うやつ)とか、もっと云えば都々逸や落語で使われる言葉です。「風街ろまん」に入っている「春らんまん」と共通した言語の世界です。
しかもこれらの言葉をものすごい早口でメロディに載せたのが桑田節の真骨頂でした。
この個性があまりに強すぎて、早口でまくしたてる系は意外とフォロワーがいません。やると「サザンの真似」と云われるからだと思います。佐野元春がサザンの2年後にデビューしていますが、彼はまた流儀が違うので改めて触れます。

語彙の部分だけ真似たのが、デビュー後数年間「にせサザン」として活動していたTUBEです。「あー夏休み」で顕著ですが、「葦簾」「誰かれ」「切れ込み」「熱冷めやらぬ」「ちゃうのかい」「チョイト」など。「はっぴいえんど」の孫引きとも云えますが、おそらく書いた本人(前田亘輝)は当時サザンだけを意識していたのでしょう。
*各曲の歌詞の仮名遣いは「うたまっぷ」を参考にしました。


この項まだ続きます。

風街ろまん/はっぴいえんど

夏休みで時間があるので、ちょっと自由研究をしてみましょう。

ポピュラーミュージック、特にロックにおける日本語と歌詞の問題です。
まず、40年にわたる日本語とロックの問題で、このアルバムの話をしないわけにはいきません。歴史上(?)何度となく繰り返された命題「日本語によるロックは可能か?」の最初の回答として、かならず引き合いに出されるはっぴいえんどの「風街ろまん」です。このアルバムも全部聴いても35分くらいの作品ですし、トータルな話をしたいので、アルバムごとテーマにしておきます。

まず、素朴な疑問。本邦初の母国語のロックという言い方をされるはっぴいえんどですが、ファーストアルバム「はっぴいえんど(通称:ゆでめん)」が出たのが1970年です。この前からエレキギターを持って日本語で歌っていた人はいたんじゃないですか?そう、グループサウンズ(GS)です。ブルー・コメッツが1966年、ザ・スパイダースが1965年。もりとー、いずみにー、さーそー、われてー、と普通に日本語で歌っていたじゃないですか!
「はっぴいえんど」を本邦初とする立場からはGSはロックじゃないという前提があるんでしょうね。じゃあ、何がロックなんでしょうか?

先日、ニッポン放送のテリー伊藤の番組に加藤和彦がゲスト出演したとき、加藤和彦がこんなことをいっていました。正確には再現できないんですが、主旨としては「今の日本にはロックサウンドのポップスはあるけど、ロックはないでしょ?ロックというのは生き方だから」ということでした。つまり、既存の歌謡曲の枠組みの中でエレキギターを持って歌うだけではロックではないらしいです。これは、今のJ-POPに対する批判ですから、いつかまた蒸し返してこの話も書きたいと思っていますが、今ははっぴいえんどに戻ります。

難しい理屈は抜きにして、はっぴいえんど以前のロッカーにとって問題だったのは、「日本語でロックを歌うとかっこわるい、ずっこける」ということだったと思います。かといって、英語で歌えばいいかというと、それでは「メッセージ」が伝わりません。東京ビートルズなど極北の例を上げなくとも、日本語でロックを歌うことは「かっこわるさをいかに回避するか」の歴史であると云ってしまいましょう!

そこで「風街ろまん」です。ものの本(萩原健太等が書いています)や松本隆のサイトを読むと、大滝詠一や細野晴臣は当初日本語で歌うことに抵抗したそうですが、松本隆が日本語で歌わなければ意味が無い、と説得したのだそうです。メンバーを納得させるべく松本隆が作って行ったのがはっぴいえんどの楽曲の歌詞です。松本隆は日本語の中からロックに乗りそうな単語を抽出したそうです。「悸く」とか「唐紅」とか「摩天楼」とか…。そういう語彙を収集した上で、オリンピック開発前の東京の風景をテーマに書き上げたのが「風街ろまん」の詩の世界です。
今聴くと「風街ろまん」は、ロックと言い張るにはカントリー&ウェスタン的な楽曲(主に細野作品)も多く、「ほんとか?」と思う部分もあると思いますが、この実験する精神がロックなんです。

また、歌詞が聞き取れるのか?という問題もあります。
内田裕也は当時、「日本語とロックの融合というが、成功したと思えない。せっかく母国語で歌うのに聞き取れない」という発言をしています(萩原健太著:はっぴいえんど伝説)。
私は、はっぴいえんどの歌詞は「聞き取れない」というよりも「意味が理解出来ない」だと思います。これは松本隆が収集した語彙がほとんど当時ですら死語のような古い単語にまで及んでいたからだと思います。だって、文字で読んでも分かりにくいですから。
一方、大滝詠一の好きな「とてもぉ、すばやくーとー、びおりるのでっ」などの単語の繋がりの分解は、このテンポであれば、一種の謎かけとして通用していると思うので、これによって意味が取れないということは無いと思います。

この項続きます。
今回のネタ元に興味のある方は、下のリンクで原典に当たってみてください。

関白宣言/さだまさし

昨日、Coccoの話の中で、J-POPは歌詞を聴かせることを諦めている、ということを書きました。昔のフォークシンガーには、歌で革命を起こそうとか本気で思っていた人もいたんですから、世の中変わるもんです。
革命はさておき、音楽で世の中に影響を与えようと思ったら、歌詞を聴かせることはとても大事です。
歌で世の中を騒がせた実績では「関白宣言」がダントツでしょう?
彼の前の世代は、啓蒙のためのメッセージを歌に込めたが、それに熱狂したのはもともとの信者だけでした。さだまさしは前時代的発想をカリカチュアにすることで国民的論争を巻き起こしました。まあ、論争の中心にいた人は、リテラシーが低くて本気で怒っちゃった女性と、それに対してムキになって反論する男性という不毛なものでしたが…。

しかし、こうした論争が起きたのも歌詞が聞こえたからです。

さだまさしの音楽について乱暴にまとめると、彼の作品は、彼の一つ前の世代の音楽性の低さ、歌詞の内容の直情径行さに対する批判でしょう。
音楽としてのレベルが高いこと(メロディだけでも通用する曲の芸術性)、古今東西の教養をふまえた上でのソフィスティケートされた歌詞。そして内容(歌詞の情報量)はメッセージフォークに負けない、ということを考えていたのではないかと思います。

今、日本の音楽で歌詞カードを見ないで何についての歌なのかが分かる曲はとても少ないです。単語は聞き取れるけれども筋も結論も無いとか、断片的に「がんばって」みたいなことが聞こえるだけだったり。
「ラップ」という音楽がありますね。特に数年前にはいわゆる「ヒップホップ」な格好をした男たちが4〜5人出て来て、輪になって内側を向いて歌うというパフォーマンスをたくさん見ましたが、あの手の音楽で何を言ってるのか聞き取れない、というのは問題だと思います。分かるのはアオリのかけ声だけなんだもん。
だって、彼らは世の中に対する不満とか、他人への批判とかを歌っているわけでしょう?攻撃の対象に歌詞を伝えなければ、歌う意味が無いじゃないですか?結局輪になって内向きに歌っているということは、歌詞カード読んでくれる仲間内での愚痴のこぼし合いというレベルなんでしょうね、彼奴らは。"DA.YO.NE"の方がきちんと世の中に向かって発信していた分、筋が通っていたと思います。

2007/08/12

甘い香り/Cocco

名前だけが大きくて、本当のことは良く分からない人っているじゃないですか?例えば、えーと、聖徳太子…違うか。えーと、稲盛和夫(!)…。どうもうまくないですね。芸能人で言うと、「季節の中で」を出す前の松山千春とか、鳥肌実とか…うまくないorz

とにかく(^_^;) 、私にとってCoccoってそういう人でした。「なんか詩がすごいらしい」「裸足で歌う女の子の元祖」「絶頂期に突然活動休止した」「沖縄で環境運動をしているらしい」等々。断片的な知識はあるんですが、顔も知らないし曲も知らない。

そしたら、ここ何週間かぼんやりテレビを視ていたら、Coccoが2回ほど出て来ました。フジの「僕らの音楽」とテレビ朝日「ミュージックステーション」です。おお、こういう人だったか!確かに裸足で歌っていました。余談ですが、Coccoと一青窈と中島美嘉が同じステージで歌う時に、一人水虫になってたらえらいことだなあ、と愚考したことがあります。余談終わり!

テレビで歌っていた「甘い香り」は、分かりやすい、そのまま聞き流せる感じでそれほど引っかかりを感じませんでしたし、歌詞が聞き取れず評価保留。どちらかというと「僕らの音楽」でのトークの方に引っかかりを感じました。云ってる内容よりも喋り方が。「なんだこいつ?」と。悪気はなさそうですが、小学生でももうちょっと人に気を遣って喋るだろう、と。実際に会ったら腹立つだろうな…と思っていたのですが、どうも彼女の出身地だとこういう喋り方が普通で、彼女だけの問題ではないんだろうと仮説を立てました。
さらに偶然なんですが、この放送を見た翌週に、沖縄出身の女性と話をする機会がありました。そしてその人の喋り方が、やっぱりこの時のCoccoと同じでした(仕事上なのでもうちょっと丁寧でしたが)。とにかくマイペースなんですね。相手に合わせて話し方を変えるとか、そういう感覚がないのです。そういうことか、と私は膝を打ちました。

そこまで分かったところで"iTMS"で「甘い香り」をダウンロードしてみました。

Cocco - きらきら - 甘い香り

でも、サビのところの歌詞が聞き取れない。「は〜い、」の後が。英語?仕方が無いので「うたまっぷ」で歌詞を検索して読みました。ほほう、なるほど。良く分かりませんが、自分と外界の境目を、正確に捉えようとしていることはなんとなく分かりました。ただ、そこそこセンスの良い人というのはこの程度の資質はあるだろう。そこで"iTMS"で一番ダウンロードの多い「強く儚い者たち」も落としてみました。おお、この曲は聴いたことあるわ。これも「うたまっぷ」で歌詞を読んでみました。おお、なんか凄いことになっています。なるほど。今の世の中ではかなり珍しい路線かも知れません。確かにこういう詩を書く人はあんな喋り方になるかもしれないなあと納得しました。これはちょっとじっくり聴いてみた方が良いかもしれません。

Coccoのセンスは1970年頃の若者に共通した匂いがします。自分を捜して捜し損ねて薬飲んで壊れて行ったり、突然エコに目覚めて放浪したりしそう。1969年の夏に新宿で庄司薫クンが出会った若者の中には、Coccoのような女の子がいたでしょう。本州で生まれ育ったら、1963年生まれの私でさえ追いつけなかったこの文化に、15年後に沖縄で生まれた女の子が一人で追いつこうとしている。地に足がついていることについては、私は彼女に負けています。

ただ、一つだけ注文が。
これだけの歌詞が書けるのに、今の歌い方では伝わらないんです。特に語尾はCDでも聞こえない。興味がある人は歌詞カードを読むだろう、では「歌」は独り立ちした表現になりません。サウンドとの親和性など他に考えなければいけないこともあるんでしょうが、サウンド重視だから歌詞は聞き取れなくても良い、と割り切ってしまえば進歩がありません。J-POPは今、そこを考えないことにしちゃってます。そこをなんとかすれば、Coccoはもっと凄いことになると思います。

2007/08/11

Return to Myself/浜田麻里

少し前にデーモン小暮閣下がカバーしていた、"Return to Myself"です。彼がこの時代のガールズ・ロックに目をつけたのはとても良く分かります。ここ20年くらいのヒット曲って、絶対女性ボーカルの曲の方が歌って楽しい曲が多いと思うのです。ただ、最近はちょっと歌える女の子はみんな「R&Bの歌姫」路線に行ってしまうので、たまにはこういう暑苦しいロックが似合う女の子が見たいです。

この曲がはやったのは1989年。浜田麻里はそのちょっと前から徐々にテレビに出始めて、ソウルオリンピック中継のテーマソング"Heart and Soul"を歌ってから、いわゆるベストテン番組でも見かけるようになりました。4オクターブだか6オクターブだかの音域と、ロックボーカリストにしてはカワイイ、舞台衣装はパンチラあり、などの前評判とともに、我々善良な一般大衆の前に現れました。

YouTubeでも結構な数のビデオが見られます。

彼女の場合はもう完全にプロフェッショナルな歌唱が身に付いていますので、歌声はライブもCDも変わりません。ロックな額面に似合わず意外と喉を使ったカワイイ声の出し方をしていますね。
私はぜひ、彼女と寺田恵子が組んで"We Built This City"みたいなド派手な曲を発表してもらいたい、と思っていたのですが、実現していません。残念!

さて、この"Return to Myself"は、CDではバックのコーラスも浜田麻里が自分の声でやっていると思うんですが、その声がすごい(加工してるかもしれないけど)ので、ぜひCDでも聴いてみてください。この曲が入っているのはこのアルバム。ああ、あのバブリーなジャケットが出てこない!

2007/08/10

リルラ リルハ/木村カエラ

とにかく好きな曲の話を好きなように書くというやり方で始めて1ヶ月半、書いていくうちになにか方向が定まってくるだろうと思っていましたが、ようやく何か見えて来た気がします。
ブログの巻頭言(?)もちょっと書き換えたんですが、つまり商品として作られ商品として消費されるポピュラーミュージックを、消費者の立場から評価していく、ということを僕はやりたいみたいです。
別に80年代の思い出話をしたいわけではないのですが、結果として若い人には古すぎる曲の話が多いのは内心忸怩たるものがあります。
それと、自分がこれほど歌手の声に拘っていたのか、と読み返して驚いています。声の好き嫌いの話が多いですよね。

さて、今日は比較的新しい曲の話。木村カエラ「リルラ リルハ」です。

木村カエラ - リルラ リルハ - EP - リルラ リルハ

木村カエラの声は明るく乾いていて、聴いているだけで楽しくなります。私は先日のサディスティック・ミカ・バンド再結成のアルバムも買いましたが、彼女の歌は期待通りでした。

今のところ自分の持っている声を、特に作ることもせずに真っ直ぐ出している感じ。他の多くの歌手がそうだったように、おそらくこの声は近い将来変わって行くのかもしれません(このままで長く続けられる発声ではないような気がする)。逆に今のうちにこの声で表現できる作品をいっぱい残しておいて欲しいです。

「リルラ リルハ」は今になって冷静に聴くと、楽曲としてのレベルは微妙というか、意外と普通な感じが(クリシェで歌に入って、その後の展開も、わりと予定調和っぽい気が…)してしまうんですが、出た当時は「こんなカワイイ子がこんな尖ったロックナンバーを!」と十分驚かされました。今後もあまり歌謡曲寄りにならないで、シンプルな曲を歌っていって欲しいです。
でも、こういう女の子に限って、すぐ結婚して第一線を退いちゃうんだよなー。

2007/08/07

薔薇と雨/布袋寅泰

「ぬのぶくろとらひろ」
「一つも合ってないぞ」
「ほていともやす」ですね。愛知県には布袋という駅がありますし、友人に禎寅(よしとも)という人がいたので、それほど驚きませんでしたが、読むの難しい名前です。多分寅年生まれなんでしょう、と書いてからWikipediaで調べたら、1962年2月1日生まれと書いてありました。ビンゴ!でも2月1日だと旧暦では丑年では?まあいいか。私より1学年お兄さんですね。

私の場合、とりあえずBOØWYのギタリストだったらしいよ、というところから認識が始まります。じゃあBOØWYのことはどう思っていたかというと、3〜4歳下の連中が好きなバンドという認識で、
「ちょっとバックが頑張ってる、小っこい西城秀樹だよね」とか「T-BOLANとどっちがエラいの?」とか言って、後輩に露骨に嫌な顔をされる、という…。だからバンド時代はほとんど知りませんでした(コーラスが「あだざむーんらーぃ」とか言ってる一部の曲は知ってたけど)。BOØWYは多分、よくも悪くも"J-POP"の扉を開いちゃったバンドです。

その後、吉川晃司とCOMPLEXを結成したあたりで顔と名前が一致するようになり、「あの、ギターのでっかい奴、なんかすごいな」とか言うようになります。
で、ある日ふとテレビに出演して、ソロで歌っているのを聴いたのが「薔薇と雨」です。

布袋寅泰 - 布袋寅泰: Greatest Hits 1990-1999 - 薔薇と雨

"ミュージックステーション"か"HEY!HEY!HEY!"の年末特番だったと思うんですが、白いスーツを着てセットに腰掛けて歌っているのを聴いて、「あ、この人はこういう抽き出しもあるんだ」とすごく意外に思いました。ゴリゴリのロック野郎だと思っていたので、こういうイタリア映画の音楽みたいな、スタンダードな感じの曲も作れるのか、とプロを相手に生意気ですが、感心したんですね。結構良い音楽を聴いて育って来たんだな、と。

それなら今井美樹の曲も書けるわけです。
ついでに言うと、こういう感性だとそりゃ山下久美子より今井美樹に曲書きたいよなあ、というのも良く分かる。うんうん…。
最近、スポーツ新聞のネタになったりしてますが(あ、去年もですね。あ、昔もありましたね)、ロックバンドは喧嘩するの当たり前です。歌舞伎役者の女性問題とロックバンドの暴力沙汰は、素人さんに迷惑かけなければそんなに騒がなくて良いと思います。なんだこの結論は?

アルバムへのリンクは"GUITARHYTHM IV"です。これは良い、捨てる曲がほとんどないです。

2007/08/06

う、ふ、ふ、ふ、/EPO

EPOが最も量的に売れていた時期の作品です。一応代表的シングルをタイトルにしておきましたが、これはぜひ当時のベストアルバム、"THE BEST STATION JOEPO 1980-1984"を聴いて欲しいです。iTMSでも落とせます。

EPO - THE BEST STATION JOEPO 1980-1984

「う、ふ、ふ、ふ、」は化粧品のCMソングでもあり、本人の歌唱でヒットしましたが、その前後には高見知佳という微妙な位置にいたアイドルに「くちびるヌード・咲かせます」を提供しています。また、このアルバムには入っていませんが、この後すぐに香坂みゆき「ニュアンスしましょ」が発売されています。この2曲は何故か中国っぽい旋律と化粧品のCM曲であるところ、さらに伸び悩んでいたアイドルを一躍売れっ子にしたという実績が共通しています。

この頃のEPOは、「ひょうきん族」のエンディングテーマで"DOWN TOWN"を歌っていたように、「女・達郎」といった趣のお洒落でかつオーソドックスな音楽性に加えて、ちょっとエッチな歌詞のマッチングが面白かったです。本人はモノセックスな外見で、思春期の男子の想像力に訴えるタイプではありませんでした(主観です)が、声がきれい。本人も自覚しているのか、カバー曲を歌っていますが、大貫妙子と声が似ています。

そして、大貫妙子がほぼ一貫してそうであるように、EPOもいつしかいわゆる「売れセン」の曲作りを捨てて、海外に居を移したり、ポエットリーリーディングみたいな感じの曲を発表しながら、いつしか地味になってしまいました。私は彼女に関する情報をあまり見聞きしていないので、その理由やきっかけについては知りません。

2007/08/05

ポールポジション/今井美樹

今井美樹です。
この人もずいぶん存在の意味が変わって来たような気がしますが、結構長もちしている人です。
音楽性でいうと、ここ十数年くらいの布袋寅泰との仕事の方が今風なんですが、デビュー間もないこの頃の方が彼女の声に寄りかかって聴けるので、好きな人には良いかもしれません。
私はこの曲はシングルカットされていると思っていたのですが、公式サイトやWikipediaで確認すると、アルバム"elfin"に収録されている中のシングル曲は「野生の風」だけだったんですね。最初からアルバム志向だったのはたいしたものですし、"elfin"は初期の今井美樹の代表作ですから、興味のある人はぜひ聴きましょう。

今井美樹 - Ivory - ポールポジション

女優の歌だからと言って、前に書いた中谷美紀とはだいぶ歌唱力が違います。かといって、歌手として表現上のテクニックをすごく勉強してます、という歌い方でもないので、耳と声が良くてそれで勝負している人なんだと思います。

しかし、ちょっと歌える歌手にありがちなのですが、2年もやるとスタッフが息切れして、昔のヒット曲のカバーとかを始めて地味になって行く例が多い(たくさんあるが、とりあえず高田みづえなど)のです。今井美樹もこの翌年には"fiesta"なんていう、カラオケで洋楽を歌ってみましたあ、みたいなアルバムを出していて、買った私は不機嫌になりました。それを思うと、布袋寅泰という才能のある作家を捕まえたことは、成功だったと思います。

余談ですが、私が今井美樹にはまったのは、ラジオかなにかでこの曲を聴き、その声が忘れられなかったからですが、正体を突き止めようとして名古屋の黎紅堂(若い人には分かりませんか?日本で最初の貸レコード屋です。今のTSUTAYAとかの元祖ですね)で、「うーん、確かこんなの!」って借りて来たら、それは設楽りさ子のアルバムで、全然違っていたという経験があります。そういう時代だったんです。

さて、"YouTube"で探したら「ポールポジション」のPVが流してありました。「眉毛、太っ」

2007/08/04

すばらしい日々/ユニコーン

仕事の疲れなのか、度重なる飲酒のせいなのか体調が悪いです。

こんな時は、脱力系の歌でも聴きましょう。おお、著作権無視のこんな動画が"YouTube"に!

奥田民生は1965年生まれだそうなので、学年でいうと私の3つ下ですが、若い頃から年寄り臭く、バンドを解散して30代になると待ちかねたように隠居風の立ち振る舞いをするようになりました。私はほとんど同級生のような感覚で見ています。ユニコーンが売れ始めた頃はいわゆるバンドブームで、雨後の筍のようにいろんなバンドが出て来ましたが、私は話が分かる友人には「残るとしたらユニコーン」と言っていたので、その程度の眼力はあるのでしょう。

「すばらしい日々」はテレビでも何度か歌っていたので、ユニコーンの曲でこれだけは知ってる、というような人も多いのではないでしょうか?私もこの曲は好きでアルバム"SPRINGMAN"を買って、会社の友人と遊びに行く時等によかれと思って車の中でかけたりしましたが、「音楽家と政治家と地球と犬」みたいな面白すぎる曲が入っているので、女の子から「なにこれ」みたいなことを言われました。残念。
ちなみにこの頃の奥田民生の声はタケカワユキヒデに似ています。

2007/08/01

素敵にシンデレラ・コンプレックス/鈴木康博

阿久悠さんが亡くなったそうですから、追悼として何か曲を紹介しましょう。

鈴木康博 - ニュー・ベスト・ナウ: 鈴木康博 - 素敵にシンデレラ・コンプレックス

この曲は、ご存知郷ひろみのヒット曲です。私は作曲が鈴木康博であるということで特別に良く覚えています。ちょうどYassさんがオフコースを脱退してソロで活動を始めてすぐの頃に発売されました。なぜ郷ひろみ?なぜ作詞が阿久悠?と不思議な気がしたものです。
また、郷ひろみ側から考えてもなぜ作曲に鈴木康博?という疑問が湧くという、不思議な3人の取り合わせです。強いてこじつければ、このちょっと前に西城秀樹が「眠れぬ夜」のカバーを歌ったので、「じゃあ俺もオフコース。だけど小田和正じゃない方で」という選択なのかな、と思ったんですけどね。

しかもこの3人、この作品に向かってそれぞれに力が入っています。
阿久悠は、当時流行っていた「シンデレラ・コンプレックス」という言葉を無理矢理はめ込んで、新機軸を打ち出そうとしています。これは「ニューミュージックの大物」を作曲者に迎えて、これで売れなかったらまずい、と思ったんじゃないでしょうか。
一方、Yassさんも頑張っています。この曲はブロックが4つもあって、サビから始まって、サビ-A-B-A-C-サビという複雑な成り立ち。オフコース時代にサビから始まるYassさんの曲って言うと、えーと"SAVE THE LOVE"くらいしか知りません。あれも構成がしつこい曲でした。彼もこの曲が独り立ちに向けた絶好のステップであるという自覚があったに違いありません。
一方、この小難しい成り立ちの曲を郷ひろみも懸命に歌い踊りました。鈴木康博の曲に振りが付いたのは始めてじゃないでしょうか?そして、ちゃんと郷ひろみ風ラテン歌謡ナンバーにしてしまいました。鈴木康博はその出来映えが小っ恥ずかしかったのか、セルフカバーの際には歌謡曲色を極力排除したストイックなアレンジにしてあり、私はこっちの方が好きです。