2008/12/29

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その3〜(ルビーの指環/寺尾聰)

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの中からピックアップして書いています。

M5.ルビーの指環/寺尾聰

さて、M1の井上陽水(氷の世界)が持っていた日本のアルバム売上記録を破ったのが1981年に寺尾聰が発表した"Reflections"です。

当時の寺尾聰は、年齢的にもアイドルではありませんでした。また、グループサウンズ時代の人気もそれほど突出していた記憶もありません。お父さんが宇野重吉というのも微妙な、石原プロ制作のドラマで脇役をやっている個性派俳優でしかなかった。
この人が何故売れたのか?その理由は当時も今もこれという解説がありません。

今、「ルビーの指環」をあらためて聴いてみても、歌がうまいわけでもなく、これと言って盛り上がりがあるメロディでもありません。
特徴はあります。
まずキーが低い。最低音の「うーしなってからー」の「ら」はG2です。オクターブ上げて女性が唄ってちょうど良いくらい。M1.井上陽水ともオクターブ違う感じ。
それから、この曲が売れている当時、宮川泰さんが「後ろに行くほど音が下がって行くメロディは珍しい」と評論を書いていました。サビに向かって高揚していくのが普通なのに、この曲は「もり下がって」行くのです。そしてこの、不景気なメロディを井上鑑がShakatak風フュージョン・サウンドに仕上げたところ、当時の日本人のツボにハマったということのようです。
それと、ボーカルの処理。噂では主旋律2本、コーラス2本で少なくとも4本は本人の声が重ねてあるだろうと云われました。この声の処理によって、地声の善し悪しやうまい・へたを越えた人工的な声が作られ、それがバックのサウンドに合わさった時の不思議な味わいは、当時とても新しく洒落たものに聴こえました。ジャンルは違うが、テクノポップを通り過ぎて、こうした加工度の高い音がカッコイイという風に、我々の耳が慣らされてきたのでしょうね。

この曲が流行った10年くらい後、私は名古屋・栄の夜の街角でフォークギター1本でこの曲を歌っている若者を見たことがあります。私はその選曲センスに驚くと同時に彼の行く末が本気で心配になりましたが、今頃どうしているでしょうか?

2008/12/27

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その2〜(真夜中のドア/松原みき)

前回に引き続き、決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベストの収録曲からお話を続けます。2曲目の"「いちご白書」をもう一度"は飛ばして、3曲目に移ります。

M3.真夜中のドア/松原みき
2008年末現在、巷では飯島愛の死が話題になっていますが、松原みきも44歳の若さで病死しています。イイ女だったのにもったない…と言ってみる。

彼女には「ニートな午後3時」という、化粧品会社のCMとタイアップした代表曲があります。「ニートな午後3時」といっても、仕事のない若者のやるせない午後を歌った歌ではなく、「かざらない、さっぱりした美人」という当時の化粧品会社のコンセプトです。
このCDでは、デビュー曲の「真夜中のドア」の方を収録しています。実際どちらが良い曲かと考えると、CMで使える部分に辿り着くまでにちょっともたつきを感じさせる「ニートな午後3時」よりも、コンパクトな中に変化を感じさせる「真夜中のドア」の方が出来が良く、選曲者の見識をそこはかとなく感じさせてくれます。

細かいことを言うと、フォーク・ロックにルーツを持つニューミュージック勢とは音楽の方向が少し違っており、どちらかというとジャズ畑の印象。まあ、当時は「歌謡曲」じゃなければなんでもニューミュージックだったんですけどね。
今になって松原みきを聴くと、いわゆるR&Bの歌姫路線の先祖であることが良く分かります。従来の日本的な歌謡曲とは一線を引いた洋楽風の歌唱を売りにする歌手は、それ以前に青江三奈がいました。私の父のような昭和一桁世代から、「進駐軍」とか「米軍キャンプ」なんていう単語とともに語られる本格派。さらにその後の、戦後生まれの世代では朱里エイコやしばたはつみなんていう人たちがいました。当時は「ジャズ」系と言われましたが、今ならR&Bとジャンル分けされるはずです。

「真夜中のドア」は発売が79年ということで、バックの演奏が当時流行していたフュージョン的なところが時代を感じさせます。しかし、松原みきの歌唱は、ほとんど良く似たサウンドで唄う杉山清貴よりもずっと洋楽風だと思います。例えば小柳ゆきや中島美嘉あたりの楽曲を唄わせたら、どんな風になっただろうと想像すると楽しくなってきます。つくづくもったいなかったなあ…。

2008/12/21

決定盤!!「ニュー・ミュージックの時代」ベスト〜その1〜(青空、ひとりきり/井上陽水)

ちょっと前にスペシャル的に昔の歌謡曲の事を書いていました。その頃に副読本(?)として買ってきたのが、表題のアルバムです。

2枚組で全32曲。発売元がポニーキャニオンということで、それなりにバイアスがかかった選曲がされているのだと思うのですが、それなりに味のあるラインナップになっており、小椋佳の次の話題として、また、J-POPの直接の先祖である「ニューミュージック」について語るにも良いテキストだと思いますので、この年末はこのCDを聴いていきたいと思います。
Disc1の1曲目はこの曲。
M1.青空、ひとりきり/井上陽水

井上陽水は時代的にはニューミュージックという言葉が使われる前にデビューした人です。しかし、その音楽性は同時代のフォークシンガーたちに比べると、ずっとメロディアスでシャレた音楽に聴こえ、ニューミュージックのはしり、または前兆、という感じ。1973年のアルバム「氷の世界」は本邦LPレコード史上初のミリオンセラーであり、TVに出ない歌手の代表でありながら、売上的には超メジャーでした。当然、彼のバックバンド出身の安全地帯=玉置浩二はものすごく影響を受けています(この曲に似た感じの歌をたくさん唄っていますね)。

さて、このCDに収録されている「青空、ひとりきり」は1975年の作品です。
メロディの種類で数えると、A-A'-A-A'-B-B'-B''-C(オチ)というシンプルなもので、構造だけ見れば同時期のフォークシンガーの作品と似たようなもののはずなんですが、井上陽水の高い声で唄われると一筋縄ではいかない曲のように聴こえるのが不思議です。
ちなみにこの曲ではBb4まで使ってるようですが、当時の男性歌手としては珍しいキーの高さだと思います。また、蛇足ですがこの録音では2番の「ぽっかーりー」のところで音が割れそうになります。ダイナミックレンジが広い唄い方なんですね。

2008/12/13

シンフォニック・コンサート 2008/小椋佳(&東京フィルハーモニー交響楽団)

私には大変珍しい事ですが、知人の誘いがあったのでコンサートに行ってきました(音楽が趣味と言っている割にコンサートには滅多に行かない。この前に行ったのは一昨年のビリー・ジョエルのナゴヤドーム公演で、その前は2000年の宇多田ヒカルのファーストツアーなんですorz)。12月10日に渋谷のBunkamuraオーチャードホールで行われた、小椋佳と東京フィルハーモニー交響楽団による「シンフォニック・コンサート 2008」です。


小椋佳は、現段階では「夢芝居」とか「愛燦燦」とか、結果としてショップの棚割り的には「演歌」とされるヒット曲を持つ作家ですが、もともとは「ニューミュージック」の最初のランナーの一人でした。世代としては「団塊」より2〜3歳上ですが、デビューは1971年ですから、団塊世代と同じか少し遅れ気味にキャリアをスタートしています。
音楽性無視の乱暴なメッセージソングとしてのフォークでなく、大先生が大量生産するいわゆる歌謡曲でもない、アマチュアの善良性と美しいメロディを併せ持つ新しいジャンルの流行歌(=ニューミュージック)。ただし、他のニューミュージック系アーティストのようなビートルズおよびそれ以降のロックからの影響は表立って見られません。戦前戦後を通じた日本の流行歌の良心のようなものを再生するような方向性が感じられます。

また、そのもっとも注目されていた時期に、彼は東大卒のエリート銀行員であり続けたというところも特異なところで、メガヒットを持ちながらも専業音楽家でなかったライフスタイルも独特でした。その全盛期に中学生だった私もその音楽にはいろいろと影響を受けました。
しばらく前に大病をして、その後は声も衰えた印象があったので、いかがなものかと思いながら会場に足を運びました。

小椋佳は、もともとどんな曲でも唄いこなすような実力派歌手ではありません。生まれ持った声質が良く、その声の説得力で通用してしまう人(松山千春も同じタイプですが、あっちは芸能人パワーが強いので「実力派」に収まってる)です。小椋佳の声は木管楽器のようで、オーボエに似ています(人の声を楽器に喩えるのもどうかと思いますが、ついでに書いちゃうと宇多田ヒカルはバイオリンに似ています)。

そんなわけで、10日のコンサートでも時々声が裏返ったり、マイペースなテンポでオーケストラを振り回したりしながらも最後まで唄いきってくれました。特に肩が暖まった(?)後半は安定して、声が良く出ていました。途中のMCで本人が言っていましたが、歌の中でテンポを変えることによって「自分なりの説得力」を付与しているつもりなのだそうで、「ポップスのバンドだと気にせずにオンタイムで演奏を続けてくれるんだけれど、オーケストラはそれに合わせようとしてくれるので、却って申し訳ない」と言っていました。この話も深めると面白いのですが、多分とても長い余談になるので、今日は止めます。
MCは饒舌で、選ぶ単語は抑制されているのに、内容はそれなりに辛辣な話をするのが良い意味でインテリ臭く、庄司薫のエッセイ等と共通する匂いがあります。

さて、久々に小椋佳を聴いて、確認できたことがいくつかありました。
これはCDで改めて拾ってみたのですが、彼の曲はほとんどC3〜D4(最大でA2〜F4くらい)で作られており、一般成人男性が一緒に唄ってストレスが無い音域で作られています。もっと高いキーのように聴こえるのですが、彼の高音部はキー以上に伸びやかな印象を受ける声になっているのです。

もう一つは曲の作り方、構成の仕方の特徴です。
初期の自身のヒット曲や、布施明・中村雅俊らに提供した曲は、ちゃんと分析すると、A-A-B-A-Bというパターンが多い(これより後の「夢芝居」はA-A'-B、「愛燦燦」はA-(B)-Cと、わりと普通)んですが、この"A"の部品が大きい。この"A"だけで展開がくるくると代わり起承転結があるので、それだけでもう1コーラスの様に聴こえる。ところがそれを2回繰り返して2コーラスが終ったのかと思うと、そこから更に派手な"B"が来て、聴いている方は「こりゃうれしい不意打ちじゃわい」という満腹感があるのです。

こうした構成は、その後のニューミュージックでA-B-A-B-C-Bみたいな「大サビ付き」という形で一般化するので、今の人にはありがたみが分からないかもしれませんが、当時の歌謡曲やフォークではあまり見られない構成でした(ひょっとしたら「無法松の一生〜度胸千両入り〜」あたりがその大元かもしれない)。
ということは、小椋佳はその頭の良さから、曲をかなり俯瞰で見ながら作っているのではないかと思われます。生まれてくるメロディがその瞬間に曲全体の構成の中でどういう位置にハマっていくのかが見えてくるような。構成を決めて、コード進行を決めて、後は現物合わせ、というニューミュージック的作曲法はしていないような気がする。昔の腕のいい大工さんが図面を引かなくても家を建てられたように、頭の中に全体像がぱーっと浮かぶんじゃなかろうか?と同時に、唄う快感にも敏感な人なので、部品単位でちゃんとおいしいメロディを紡いでいきます。

2008/12/09

時期/黒色餅乾(ビビアン・スー)

そんなわけで購入の経緯については「はてなダイアリー」の方で報告させていただきましたが、"yesasia.com"で購入したビビアン・スーのベスト盤が届きました。
「絶対収蔵/徐若瑄」CD2枚組です。

以前にも彼女の話は書いていますが、今回のベスト盤には2000年前後にブラックビスケッツで唄っていた作品の中国語版4曲(「スタミナ」「タイミング」「Romantic」「Bye Bye」)、が収録されているのがキモです。
それ以外の作品も1998年から2000年頃に発表されたもののようです(なにせ歌詞カードが中国語なので、本当のことが良く分からない)。
お好きな方は、こちらからどうぞ。納期は2週間くらい。私へのアフィリエイトはなんにもありませんけどねw

さて、2枚組のこのCDの中で、ビビアンは懐かしいフレンチ・ポップ風の曲や、フォーク、カントリー、R&B、テクノなどいろんなジャンルに影響された楽曲群を、さらりさらりと唄っています。
その時代時代の流行スタイルを節操無く、しかもマニアックにならない範囲で取り入れるところが日本のアイドル歌謡のやり方と共通していて、相変わらず、聴きやすいことこの上ありません。
おそらく、日本語も中国語も知らない人には、J-POPと区別がつかないでしょう。
いや、日本語がわかる私でも、最近のJ-POPはほとんど歌詞が聴き取れていないので、その意味では一緒かも。
そういえば、このCD、ときどき日本語が混ざってきます。ビビアン本人が作詞した曲も含めて積極的に日本語を混ぜています。「あいしてる」とか「がんばれ」とか、そういう単語が。
あと、日本語のナレーションが入っている曲(臺北下了雪)もあった。
これらは、あちらの政治情勢とか世論とかにも影響されるのでしょうが、2000年前後の台湾では、我らがJ-POPの歌詞の中に英語が入ってくるのと同様、日本語を入れることが一種のファッションまたは異化作用を狙った表現として、彼の地で通用していたのだということが分かります(また、日本で一応一旗揚げて帰って来た、という彼女個人のアピールもあったでしょう)。

最後になりましたが表題の「時期」に触れます。
この曲はご存知の通りブラックビスケッツの「タイミング」です。バラエティ番組内ユニットという意味では今の「羞恥心」等の先輩にあたります。
中国語版では、男声部分は声は似ているけれど多分現地のボーカリスト。
作曲は中西圭三・小西貴雄。中西圭三のメロディは(おそらく彼自身が唄うのが好きなので)、声さえ出れば気持ちよく唄えます。
男声パートのキーがやたら高いが、曲全体がビビアンの女性として中庸な音域に合わせられており、彼女は楽勝で唄っています。

2008/11/29

ガラスのジェネレーション/佐野元春

昨夜は久々に洒落の分かるメンバーでの飲み会があって、二次会でカラオケボックスに行きました。久しぶりにこの曲を歌いましたが気持ちよかったあ!

今日までラベルを設定するのを忘れていましたが、佐野元春については主に「日本語の問題」シリーズで触れていました。この中で私は「佐野元春は、子音+母音の繰り返しである日本語の構造に抵抗し、一つの音符に複数の音節を持つ言葉を強引にぶち込んだ存在」であり、その手法は「現代J-POPの直接の祖先である」と考えてきました。

今回は、細かい分析ではなく、佐野元春の味わいについてライトなお話をさせていただきます。

さて、普通に考えるとロックンローラーというのは、体力自慢、不良自慢の人がやっているイメージですが、佐野元春には文化系の狂気を感じます。
インドア派。体弱い。神経質。そして狂気。
佐野元春は「新人類」の先駆者でもありました。

私の数年下の年代には尾崎豊という伝説的存在がいます。
私と同年代のオッサンでもカラオケで"I LOVE YOU"とか唄う人がいますが、私はカラオケで尾崎豊を唄ったことはありません。尾崎豊を唄う権利というのは彼と同年齢か、それ以下の世代が持っていると思うからです(年下がリスペクトする分にはアリだと思う)。
そして同時に、「僕らには佐野元春がいるじゃない?」と思うのです。

「ガラスのジェネレーション」の最後で、佐野元春は「つまらない大人にはなりたくない」と叫びます。この曲を歌っていたとき、彼は24歳。年齢的にはもう「大人」であるのにそう唄うことは、とてもリスキーなことです。
口にしたとたんに「もうなってるぞ、お前は」というツッコミが入るかもしれない…。
そう言われないためには安住を捨てて「転がり続け」るしかなく、細かいことは知りませんがその後の活動をみるにつけ、彼はその言葉に忠実に生きようとしているように思います。

実社会において大人になるということは、自らの位置を確認してその場で頑張ることであることが多いのですが、その位置が「つまらない」と思ったら人生負けになってしまいます。「つまらない大人」にならずに生きて行くことは非常に難しく、「転がる石」であり続けられるかというのは、ロックに触れてから大人になった、我々に対してつきつけられた課題でもありますね。

2008/11/19

真夜中は純潔/椎名林檎

最近、TVでその情報を見ることが少ない椎名林檎です。
私はさらっと通り過ぎているので、あまり難しい考察は無いのですが、それでも彼女がただ者でないことはよっく分かります。

彼女のプロフィールを見ると、1978年生まれということですが、なんでこんなに昔の曲に詳しいかな、と不思議になります。
「真夜中は純潔」は東京スカパラダイスオーケストラとの競演です。
椎名林檎 - 真夜中は純潔 - EP
ぱっと聴くと昭和の匂いがぷんぷんする、歌謡曲のパロディにも見えますが、それは何時の時代のなんていう曲なのかと思うと出てこない、不思議な曲。というか結婚前の第一次(?)椎名林檎の曲はそういうのが多いです。
「自称・新宿系」といいますが、新宿系の祖先を探しても、その前は一気に藤圭子まで遡ってしまうので、その間はミッシングリンクになっています。

この曲はPVがすごくて、全編昭和時代のセル枚数の少ないアニメーションで作られています(ただし、ところどころですごく贅沢をしているようです)。

このアニメも、私は「スカイヤーズ5」とかをちょっと思い出しますが、中に出てくるメカの変形などは今の表現だし、楽器の演奏と人物の動きのシンクロ、途中の歌詞と口の動きのシンクロなど、「昔見たような、でもこんなものは無かった」という、アニメになっています。
歌詞の仮名遣いもそうで、ちょっとみるといわゆる歴史的仮名遣いかと思いきや(この曲ではかなり忠実にやっているようですが)、そうでなかったり。

音楽にまつわる過去の表現(歌唱法、歌詞、メロディ、サウンド、装丁、PV)が一度、椎名林檎の体内を通って違ったものになって表現されています。
そこから出てくる物は、懐かしいけれど虚構の過去。パラレルワールドの昭和歌謡といったもの(しかも本当の過去の作品よりエッジが効いた、楽しいものになってる)で、その虚構世界を作り上げるパワーは、突出しています。

2008/11/16

I'm Proud/華原朋美

小室哲哉の逮捕は、まあ、びっくりしましたね。少し前から週刊誌などでは話題になっていましたし、その前にも大分トリニータへのスポンサー料の支払いが滞っているなど、「金に困っているのではないか」という話がありましたが、全部本当だったとは…。

私のiPhoneの中で小室作品を探すと、TMNのベスト、それに華原朋美が2曲入っていました。
"I'm Proud"と"save your dream"です。
華原朋美 - Best Selection: 華原朋美 - I'm Proud (Radio Edit )
華原朋美 - Best Selection: 華原朋美 - Save Your Dream

この2曲はともに1996年の作品です。華原朋美の絶頂期と言って良い時期のもので、作品も歌唱も一番美味しい頃。そこだけつまみ食いしているわけです。

華原朋美は良くも悪くも個性的な歌手でした(と過去形にしちゃいけないのかしら)。うまい・へた問題でいうと、うまくはないです。キーがやや高めで、地声でE5くらいまで使えるのが特徴で、そこからファルセットでもっと上にいくこともある。一般男性がオクターブ下で唄うのにちょうど良いくらいの音域。
それがうまさという印象に繋がらないのは、いつ声がひっくり返るか安心して聴いていられない不安定さにあります。
最高音の手前あたりで本人が一番気持ちよく出せる高さがあって、そこにハマると綺麗な声が響くんですが、曲の盛り上がりがそこに当たらないとただうるさい声で唄っている人になってしまいます。
"I'm Proud"はその辺のちぐはぐさがなくて、全編を通じて安心して聴いていられます。最後の転調からはちょっと怪しいですが。

曲としては、豪華なオーケストラと打ち込みリズムが共存する不思議なサウンドがカッコイイ上に、テンポが少し頑張って歩く時のリズムにちょうど合って、通勤の時の伴奏にすると気持ちが良いです。

2008/11/09

Distance/宇多田ヒカル

このところiTunesでミュージックショップに行くと、宇多田ヒカルの"Eternally"がトップをはっているので、何事があったのかと思ったら、ドラマの主題歌になっているんですね。
宇多田ヒカル - Eternally -Drama Mix- Single - Eternally -Drama Mix-

この曲が入ったアルバム"Distance"が発売されたのは2001年ですから、もう7年も前になります。最近はあまり言いませんが、いわゆる「リバイバル・ヒット」(CDでは発売されてないので、ヒットも何もないんですが…)ということになり、当然私のMacにも全曲取り込み済みです。

"Distance"は宇多田ヒカル名義のアルバムとしては2作目。社会現象化したデビューアルバムかつ怪物アルバムである"First Love"から2年ぶりに発売されたものです。
"First Love"はダイヤの原石が磨かれていく過程で発し始めた最初の輝きをパッケージしたような物でした。15歳のヒカルちゃん、頑張って一杯曲作ったねー、と国を挙げてその第一歩を見守った感じになっていましたが、では全貌を現した宇多田ヒカルがどれほどの物なのか、彼女はこのアルバムで世間やレコード会社に証明してみせなければならないことをいっぱい抱えていたと思います。
それは、"Automatic"や"First Love"よりも優れた曲を作れることだったり、この先本当にミュージシャンとしてやってくつもりがあるのかという覚悟の問題だったり、いろいろあったと思います。契約の内容がどのようなもので、実際に彼女や家族にどのくらいの金が還元されたのか分かりませんが、メジャーな歌手の一生分くらいの売上を1年で達成してしまったのですから、「やり逃げ」するという選択肢もあったのではないかと思うのです。

しかし、彼女は表現者であり続けることを選択し、その後もシングルを発売し、このアルバムがまとまって行くわけですが、私個人としては、実質2年目に発売したシングル、「For You/タイムリミット」あたりではちょっと息切れなのかなあと思っていました。
その後、"Can You Keep A Secret?"であっけらかんとジャネット・ジャクソン風をやってみせたあたりで視界が広がった感じがします。
斜に構えてこのアルバムを聴くと、"Can You Keep A Secret?"以外にも、「どこがどう」と厳密な指摘はできないが、過去の洋楽ヒットに似た曲が交じっています。以前にも書きましたが、「蹴っ飛ばせ!」はファーストツアーで何故か唄っていた"Take On Me"を下敷きにして百恵ちゃん風ロック歌謡をやっています。"Eternally"はBメロへの展開部分で「タイタニックのテーマ」がかなりはっきり聴こえてきます。

このアルバムで彼女は日本のR&Bを背負って立つような方向ではなく、もっと幅広い方向性があることを示しました。
それは翌年に発売された"DEEP RIVER"の充実ぶりに繋がったと思います。私は"DEEP RIVER"がとても優れたアルバムだと思っているので、しばらくしたらまたここで書こうと思います。

2008/10/28

綺麗ア・ラ・モード/中川翔子

この1ヶ月、結果として筒美京平作品をたくさん聴いてきました。Wikipediaによると1967年から専業作曲家として活動しているということですから、40年に渡って流行歌を作り続けているといることになります。作曲家別シングル売上枚数日本一、だそうで、恐ろしいことです。

そして、まったくの偶然だったのですが、数週間前に"HEY! HEY! HEY!"を見ていたら中川翔子が出てきて、新曲は松本隆/筒美京平コンビだと言って唄っていました。また、松田聖子を「神」とあがめているということも語っていました。ちょっと待て、プロフィールによると彼女は松田聖子が結婚した1985年生まれで、松田聖子が神がかっている頃(結婚直前の2年間くらい)のことは生では見ていないはず。若い彼女がどうしてそこまで影響されたのかは良く分かりません。亡くなった父親の影響、ということらしいのですが…。

なんにせよ、この曲は中川翔子がする「松田聖子ごっこ」のために松本隆と筒美京平が一肌脱いだ、ということなのでしょう。
実際には、松田聖子の代表的シングル曲は筒美京平よりも80年代ニューミュージックのアーティストが関わっているわけで、忠実にやるならユーミンか財津和夫を起用するのがスジですが、ちょっとそこまでのキャスティング(?)は無理だったか。ただし、筒美京平もアルバムには曲を提供しており、無縁ではありません。そしてこのコンビは前回までしつこく書いていた南沙織、太田裕美の曲を作っていた二人ですから、話はちゃんと繋がっています。

では聴いてみましょう。ソニー系のためiTSでは落とすことができませんので(とっとと白旗上げてiTSの軍門に下って欲しい。ソニー系にはよい邦楽のコンテンツが揃っていますからね)、アマゾンで注文してしまいました。



いきなりピアノのお稽古風イントロから、分かりやすいベースラインで進行していきます。この辺は80年代のニューミュージック系作家が好んだ(というか、それしかできなかったりもする)コード進行で、ストリングスが美しいアレンジと相まって、「野ばらのエチュード」から「ガラスの林檎」の頃の松田聖子のイメージを忠実に再現しています。筒美京平はフォークソング系アーティストの曲作りのマネも上手で、私はずっと「赤い風船」は吉田拓郎の曲だと勘違いしていましたし、「しあわせ未満」の転調する前にもそんな雰囲気があります。おそらく松田聖子ファンなら、アルバムの中の「xx」に似ている、と指摘できると思うのですが、残念ながら私はそれほど熱心な聖子ファンではなく、細かい元ネタの照合ができないのが残念です。ちゃんと勉強しておけば良かった!

TVで聴いていた時は「ずいぶんキーが高いなあ」と思っていましたが、これは私が絶対音感を持っていないせいで、楽器で拾ってみたらC#5くらいまででした。中川翔子の声質と、半音刻みで上がっていくメロディに騙されました。実際には1オクターブそこそこの範囲で歌メロができています。さすがアイドル歌謡を作り続けて数十年のテクニックは素晴らしいです。
大雑把にいうとA-B-Cと展開するメロディもAよりB、BよりCと尺が長くなっていくので、サビに行くまでが早い早い。この辺、今のJ-POPに望まれる構成というのをしっかり意識していて、前半の状況説明的メロディは極端に短く作ってあります。

一方、作詞の松本隆も松田聖子的単語(「矢」とか「次元」とか「硝子」とか)を散りばめながら、あいかわらず女の子の視点(今風に言うと目線か)からの描写がうまい。「薬指の長い手が好き」は、実際私の乏しい経験に照らしても、女の子ってのは男の「手」の形状を良く観察してますからね。竹内久美子的にも合ってる。ここの描写は「タバコの匂いのシャツ」に対応している部分だと思います。

中川翔子の歌唱は80年代当時のアイドル(松田聖子じゃないよ)のような破綻はなく、うまいと言えばうまい。
ただし、声がアニメソング的で匿名性が高く、名前を言われないと誰が唄っているのか分からない感じがします。松田聖子よりも森口博子に近い感じ。
やはり数週間前のことですが、週刊朝日で連載されている林真理子の突っ込みの甘い対談(あれは何故ホステスが林真理子なんだろう?そのレベルは文春の阿川佐和子と比べるまでも無い)に松本隆が出ていて、その中で(うろ覚えですが)「中川翔子はまだアイドルのコスプレをやっている状態だから、もっと自分をしっかり出せば大成できる」というような発言をしていました。多分、その辺のことを言っているのだと思います。今のままではカラオケボックスのスターで終ってしまう。声は出るので、そこに自分の肉体をのせるような表現をすれば、匿名性は克服されるんじゃないでしょうか?
しかし、彼女の実年齢は23歳。化ける時間が残っているのか?かなり微妙です。渡辺プロ(今はワタナベエンターテインメントだっけ)は昔からアイドルのデビューが遅くて、売れる頃には実年齢が大人になっていることが多いのです。今、彼女が16歳だったらすごい事になると思うけど。


ちなみにC/Wの2曲も良かったです。「カミツレ」は松田聖子でいうと"Rock'n Rouge"の頃のイメージ。こっちが「A面」でも良い。
3曲目の「約束」は斉藤由貴の「卒業」をなぞったような、ギターの3フィンガー奏法がハマるフォーク調。歌詞の道具立ても「レコード」とか「ウイスキー・ソーダ」とか昔のアイテムを並べて、何がしたかったのかというと、携帯電話が無い頃の若者の恋はロマンティックだろう?とお父さん(お爺さん?)世代から今を生きる中川翔子へのメッセージになっています。

2008/10/19

GOLDEN☆BEST[Disc 2]/太田裕美

いよいよ息が続かなくなったので、太田裕美の後半を通って現代に戻りましょう。
"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"のDisc2を聴いていきます。

ここ何回分かやってきたように、楽器を持って太田裕美の声域を拾ってみると、デビュー後しばらくはG#3〜B4あたりを地声で出し、C5〜E5あたりをファルセットで出す、というのが一定の範囲になっているようです。その後、低音方面にレンジが拡大してE3くらいまでが使われるようになります。印象よりもキーが低いんですね。
さて、こちらDisc2は、アメリカ留学(?)による休業宣言時に発売された、1981年の「君と歩いた青春」から始まって、帰国後の(どっちかというとファンの方が)ぶっ飛んだニューウェイヴ路線の曲、さらに結婚後の開店休業時代を通り抜けて(2002年)現在に繋がっています。ちなみに太田裕美は今も、伊勢正三や大野真澄(ガロの人)と組んで精力的にコンサートをし、ぽつりぽつりと新作を発表し続けています。

太田裕美は、ヒット曲を連発しているときでもミュージックシーンの真ん中にいる感じではなかったので、彼女の流れを追ってもこの25年間の日本のポップスを振り返れるわけではありませんが、これもまた歴史の側面であるということで、ひとつおつきあい願います。


M1.君と歩いた青春
渡米前の、ファンへのけじめのような形で発売された曲。実は1976年発売のアルバム「12ページの詩集」の中に入っている、ファンにはお馴染みの曲です(たぶん録音はしなおしている)。タイトルがあまりにそのままだったのが、熱心なファンの涙を誘いました。
作詞・作曲は元・かぐや姫で元・風の伊勢正三。この人は「地方出身の大学生が卒業間際に恋人と別れる場面」というネタで詩を書かせると日本一で、他にも「なごり雪」「海岸通り」などがほぼ同じテーマです。「君と歩いた青春」の二人は同郷の幼なじみで、子どもの頃は近所の仲間と男も女も無く自然の中を駆け回っていたが、二人だけが(進学か就職で)上京したようです。同郷の二人が都会で暮らす内に異性としての関係に発展したものの、上手くいかなくなって女の子は故郷に帰る、という話です。
これは、個々のシチュエーションの違いはあれ、二十歳前後の若者にとっては恋愛の黄金パターンです。
「グループ交際」内での(精神的なものも含め)ぬけがけ、三角関係、乗り換え、などを経験するうちに、お互いに深く傷ついたり、「最初に声をかけたのは僕だったよねー」とヤクタイの無い自問自答を繰り返す。そうして若者は大人になったり、なりきらなかったりして生きていくわけです。
同名のアルバムジャケットの、内巻きカールで微妙な表情をしたポートレートには、これまでは皆様の夢(幻想)におつき合いしましたが、この先は分かりませんよ、というメッセージが込められていたように思います。


M2.ロンリー・ピーポーⅡ
太田裕美は半年の予定を延長し、結局渡米による空白期は1年を越えました。アルバム「君と歩いた青春」からおよそ1年半経って、アルバム"Far East"で復帰を果たします。
このアルバムは(買ったので良く覚えていますが)、A面はアメリカ人作家による「ニューヨーク・サイド」、B面はその後展開するニューウェイヴ風「トーキョー・サイド」という成り立ち。A面ではAORな風味満載で、なぜか日野皓正のラッパまで入っています。これもなかなか良いものでしたが、彼女はそちらの路線にはいかずにB面のニューウェイヴ路線を過激に発展させていきます。その勢いは、なにかの反動か、とも思えるものでした。
太田裕美は(私の記憶が確かならば)たった一度「ザ・ベストテン」に出演したときにこの曲を歌いましたが、それはランクインしたのではなく、ニューヨーク生活を小説風に書いた「八番街51丁目より」が一部で注目されたことによる「スポットライト」コーナーでの出演でした。


M3.満月の夜 君んちへ行ったよ
いよいよニューウェイヴ路線が本格化し、作詞には山元みき子(=銀色夏生)の起用が増え、アレンジャーには大村雅朗や板倉文(小川美潮とチャクラをやってた人)、バナナ(=川島裕二?)といった名前が出てくるようになります。
この曲は、まるで「新・怪物くん」のテーマみたいですが、子どもっぽいフォーマットの中に辛辣な男女関係も読み取れる、不思議な世界が展開されます。ここまで過去のイメージを捨てて、やっと太田裕美は年齢を超越するとともに、舌足らずの発音のまま成人としてやることやってる男女の歌を唄うようになれた、とも言えます。
私は、同じく太田裕美好きの友人とこの頃の太田裕美のコンサートに行きましたが、「木綿のハンカチーフ」までもぐじゃぐじゃのニューウェイヴ調で唄う太田裕美をみて、「こんなの太田裕美じゃない」と怒って帰っていきました。"Far East"で予習が済んでいた私には想定内のことでしたが、そういう反応はこのころ全国いたるところで見られたんだと思います。

M4.青い実の瞳
太田裕美流ニューウェイヴ路線の頂点がこの辺り。この頃はジャケット写真もつんつんの刈り上げです(アルバム「君と歩いた青春」とのギャップを見よ)。すでに戸川純がメジャーになりつつある80年代の気分を積極的に吸い込んでいった結果がこれ。



M5.雨の音が聞こえる
1984年に結婚による休業が発表され、ニューウェイヴ路線での活動は2年弱で中断することになります。この曲は太田裕美にとっての「微笑がえし」であり「さよならの向う側」です。作詞は当時のお気に入り山元みき子、作曲は筒美京平。編曲は板倉文とバナナの連名になっていて、当時の路線のサウンドに筒美京平メロディが乗っかっているという作り。確か唯一の12インチシングルとして発売されたと思いますが、私は買ってません。なぜ松本隆が絡んでこなかったのかは良く分かりませんでした。

M6.はじめてのラブレター
1992年に童謡を唄ったアルバム「どんじゃらほい」を発売し、1993年になってオリジナルを発表するようになります。もっとも88年の遊佐未森のアルバムには曲を提供しているので、空白期間中も「内職」はやっていたようですが。「ママドル」を目指していたのかは(その時代にそういう言い方があったのかも)分かりません。

M8.ファーストレディーになろう
これは確か、化粧品販売会社のCMに使われていたと思います(○○レディになろう、ということで)。作曲と演奏にゴンチチが加わっています。太田裕美っていう人は、この辺のカルチャーっぽい人を呼び寄せる力が強い人ですね。
聴いていると、ゴンチチの演奏はカッコいいですし、喉を酷使していないせいか、音域も広がっているようです。
とはいえ、実生活に(たぶん)即した主婦・母親ものは、本人にとってはいちばん素直な表現なのだと思いますが、私ら昔の男の子たちはどこで絡んでいいか良く分からないです。

M9.魂のピリオド
その点、松本隆はツボを心得ていて、久しぶりの松本隆/筒美京平コンビの作品は、ちゃんと恋愛ものになっています。淡い不倫ものと思われる歌詞の内容ですが、おそらく松本隆と太田裕美の、この25年にわたる関係の隠喩であろうと思われます。女性の方が飛行機の切符を隠し持っているからね。

M10.僕は君の涙
太田裕美はソングライターとしてはそれほど鋭さを持った作家ではない、と私は思っています。彼女が書いた曲で印象に残っているのは3曲くらいしかないんですが、これはその1つ。女性がこぼした涙が循環してワインになって彼女の元にもどってきましたよ、という童話っぽい話。たしか「みんなのうた」かなんかで放送されていたと思います。「きーみーの、ひーとみから」の跳躍は筒美京平から払い下げてもらったようなメロディですが、強いて言えばこれが太田裕美節なんでしょう。

M16.風信子(ルビは「ヒヤシンス」)
M13、M14と原田真二、はっぴいえんどのカバーが続きます(そういうミニアルバムを1999年頃出していた)。この曲は私は知らなかったけれど、鈴木茂のカバーだと思います。明るい曲ではないけれど、単純なマイナーコードの曲ではなく、かなり凝った作り。初出がなんなのか分からず、オフィシャルサイトで探したら、2000年に出たベスト盤の特典として入っていたようです。

M17.First Quarter〜上弦の月〜
こちらは1999年に出た11,000円する「25周年メモリアルBOX」に収録された曲。25年間皆勤賞でつき合ってくれたファン向けとして、分かりやすい曲です。アコースティックな中にポップさがあって、たしかにファンは気に入るだろうな、という良くまとまった曲になっています。きちんと照合した上での感想では無いけれど、たぶんポリスの「みつめていたい」を参考にしていると思われます。「みつめていたい」を下敷きにした曲は、いったい日本に何曲あるのだろう?

2008/10/18

南沙織ベストコレクション/南沙織

沢田研二に続いて、もう1枚聴いてから現代に向かおうと思います。先日来拘っていた南沙織です。

本当はiTunesでダウンロードできればいいんですけど、ソニー系は相変わらずiTMSに対してかたくなな態度を続けています。消費者は不便しているので、寛大な心でiTMSに結集していただけないですかね(どうせ負けてんだし!)。


さて本題です。
南沙織は私が小学校の低学年の頃から唄っていたので、ものすごく昔の歌謡曲の人という印象なんですが、年齢で言うと太田裕美や竹内まりやと同学年なので、活躍時期がもう少し遅ければ、私が中学生くらいで夢中になっていてもおかしくなかった人です。デビューが早すぎたんですね。

そして、この「ベストコレクション」のラインナップ(後で紹介します)を見ると、15曲のうち12曲の作曲/編曲が筒美京平(作詞は有馬三恵子)です。そうか、南沙織を聴くことは初期の筒美京平を(アレンジ込みで)聴くことでもあったのか!なんかいろいろと繋がってきます。


先日の「青春歌年鑑('73年)」を聴いている時も突出して聴こえたのですが、この人は絶対歌うまいです、今風の意味で。最終的には彼女はレコード大賞の歌唱賞(最優秀ではない)を受賞していますが、現役時代を通じて、アイドルとしての評価はあっても「うまい」という言われ方はあまりされていなかったように思います。

その理由を考えてみると、一つには、彼女は本土復帰前の沖縄から「来日」してきたということ。これは当時の日本人の感覚では、「舶来品=プレミアム」である一方、「違和感」でもありました。いずれにせよ、「外国人枠」のアイドルだったので、そういう(うまいとかへたとかの)問題をきちんと考察する機会がなかったんだと思います。

もう一つ本質的なところでは、彼女の声がそれまでの歌謡曲にあまりいなかったタイプだからだと思います。
当時の日本の一般大衆が「いい声」と思うのは、小柳ルミ子のような声を頂点とする「音楽学校で発声を習ったソプラノ系」でした。南沙織の声はそれとは対称的な、低音成分の豊かな声で、エレキギターでいうとオーバードライブを繋いだような太さがあります。しかも低音から高音までその発声法が変わらない(すばらしい!)ので、どのくらいの音域があるのかもちょっと分かりにくい。
実際にこの15曲を聴く間、EZ-EGで音を取っていたのですが、確認できただけで下はF3、上はD5と2オクターブ近く使っています。これはポピュラー音楽としては必要十分なレンジです。一人アカペラの達人・山下達郎だって、ラジオで「どのくらい音域がありますか?」と質問されると「下はA(2)、2オクターブ上のA(4)。その上はファルセット」と答えていましたから。

そういうことを考えると、南沙織というのは、この間ずっと活動していた結果、「実力派アーティスト」として扱われている竹内まりやなどと同じグループに入れた方が良いと思います。ただし、非常に若い時にデビューして、評価が固まる前に引退したため、「実力派」としての実績が残ってないことは、傍目にはもったいないですね。
しかし、彼女は人気絶頂の時から「引退」を口にして騒ぎを起こしていましたから、あまり芸能人であり続けることに興味が無かった人なのかもしれませんね(あるいは南国娘の情熱で、恋をするとほかのことはどうでもよくなっちゃう性格だ、という妄想の余地もある)。


それでは、聴いていきましょう。忘れている曲も多かったんですが、聴けば「ああ、これだったのか」と思うものばかり。
M1.17才
「たしかめたくってえー」の2個目の「た」の音が森高千里版より2音階高い。昔NHKのドラマで昭和40年代の風景として子どもがこの歌を唄っている場面がありましたが、ここのメロディが森高版だったので「チェック甘いぞ」と画面につっこんだことがありました。この曲、エレキギターの音が入っていないんですね。

M2.潮風のメロディー
これもエレキギター無し。ビートはエレキベースで支えられています。ストリングスがカッコイイ。近田春夫がよく褒めているのはこの辺なのかしら。

M4.純潔
イントロからエレキギター全開で始まります。ブラスの音も派手で、南沙織にしてはうるさめの曲です。当時の歌謡曲の歌手としてはめずらしく、自分の声をダビングしてコーラスをつけています。後に太田裕美も多用しますし、今では常識ですが、この当時にやっていたということは、南沙織は楽譜が読める人だったのかもしれません。

M5.哀愁のページ
冒頭、英語のセリフが入っています。内容は日本人が考えたような文章ですけど。バイリンガルと声質のせいで、どうしても竹内まりやとキャラクターがかぶります。南沙織も上智大学卒業直前くらいでデビューしていたら、全然違うアーティストになっていたかもしれませんが、そうするとどっちかがいらなくなっちゃうか!

M6.早春の港
アコースティック・ギターのスリーフィンガー奏法がずっと続くこの曲は、当時のフォーク青年の心にも響いたようで、Wikipediaによると吉田拓郎の「シンシア」はこの曲へのアンサーソングなのだそうです。

M7.傷つく世代
子どもの頃はこの曲が一番好きだったなあ。アイドル歌手としての可憐さが爆発している曲。曲もそうだが、南沙織が従来の歌謡曲的テクニックを駆使して、若い女の子としての色気を思い切り使ってみた感じ。

M8.色づく街
彼女の代表曲として有名な曲。「すこしおとなすぎる」のポリリズムっぽいのせ方がアクセントになっています。これだけアイデアが入って演奏時間は2分51秒しかありません。贅沢だなあ。ときどきリズムが走り気味に聴こえるのが味になっています。
このM6〜M8の3曲は甲乙付け難く、1973年は南沙織と筒美京平コンビの絶頂期、という感じがします。

M10.バラのかげり
この辺りの曲は、このまま太田裕美が唄っても全く違和感がなさそう。この曲は「ドール」なんかに似ているので、特にそんな気がします。

M12.思い出通り
M9〜M11が重苦しかったので、ここで一息つけます。この辺までくると声の使い方がかなり多彩になっていて、それまでよりかなり軽く唄えるようになっています。彼女なりに芸の完成に近づいている感じがします。

M13.人恋しくて
筒美京平作品から「春うらら」で有名な田山雅充に作曲家が変わっています。ベースが頑張っていますね。この曲でレコード大賞の歌唱賞だったそうです。上手いだけならM7やM12の方が上手く唄っていると思いますが、こういうものは「欲しい」と言わないともらえないものですから、いろいろ事情があったんでしょうね。

M14.哀しい妖精
作曲がジャニス・イアンという、南沙織の記念碑的作品。作詞はすでに太田裕美作品等でも活躍していた松本隆です。南沙織自身はこういう方向の音楽が好きだったんでしょうね。そういえば、「夜のヒットスタジオ」でアリスと共演してとても喜んでいました。彼女が育った頃の沖縄ではどんな音楽が流行っていたのかしりませんが、もともと日本の歌謡曲よりも外国曲やシンガー・ソングライター的なものへの嗜好が強い人だったのでしょう。


M15.春の予感~I've been mellow~
作詞・作曲・編曲が尾崎亜美。
尾崎亜美の曲としても一番好きな曲です。「タイトルが現在完了形だ」と思ったのは憂鬱な中学生だった頃の僕。事実上、彼女の結婚前の最後のヒット曲でしょう。尾崎亜美はこのブログではまだ触れていませんが、山下達郎と並ぶ、自分でアレンジが出来るシンガー・ソングライターの走りで、まあ一言で言えば天才です。南沙織も唄い方がかなり影響されています。このままニューミュージック方面に突っ走るのも大いにありだったと思うんですが、彼女は主婦(篠山紀信夫人)になることを選択しました。

2008/10/12

ROYAL STRAIGHT FLUSH/沢田研二

ディープな歌謡曲の世界から、浅瀬に向かって浮上を開始しています。浮上のついでに、なぜか「青春歌年鑑」に入っていなかった大物、沢田研二を聴きながら行きましょう。
iTunesでも買うことができる、彼の全盛期のベストアルバムである"ROYAL STRAIGHT FLUSH"をダウンロードしてみました。
沢田研二 - ROYAL STRAIGHT FLUSH


沢田研二のことを今更私なんかが紹介することもないと思いますが、ポイントはGS出身で、しかもそのトップにいた存在だったということ。
その後、ちょっとした空白期間の後でソロ歌手として大ヒットを飛ばす一方で、ザ・ピーナッツの片っぽうと結婚したりとか、一般人とのトラブルがあったりして、一瞬もたつきもしたのですが、1977年に「勝手にしやがれ」でレコード大賞を取りました。
その後、当時の子どもがみんな見ていた「ザ・ベストテン」の常連、「一等賞男」として一時代を築きます。
この時期、もうヒットチャートの何割かは「ニューミュージック」に浸食され、歌謡曲の歌い手も時代に乗り遅れまいとニューミュージックのアーティストに楽曲を発注するようになっていました。GSという、日本独自仕様のロックを唄っていた沢田研二が、ニューミュージック勢に対してどんな感情を持っていたかは分かりません。ただ、すでにピンクレディーが消えつつあったこともあり、本人の意識はどうであれ、結果として「歌謡曲側」の最後の牙城のような立場にいました。

この、"ROYAL STRAIGHT FLUSH"は、ソロになった1972年から1979年までに出した多くのシングル曲の中から、大ヒットと言われる曲だけを並べたもの。タイトルは当然、ポーカーでAと絵札を同じマークで全部揃えた最強の手のこと、でしょう。これさえ買っておけば、あとはiTunesで"TOKIO"と「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」を200円ずつ出して補えば、だいたい満足なんじゃないでしょうか?私の好みでは「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」も加えたいところです。

前回、山本リンダのところで書きましたが、「勝手にしやがれ」以降しばらくの間、沢田研二も曲ごとに衣装を決めて、それを常に着て唄っていました。西城秀樹もその少し前に似たようなことをやっていましたが、沢田研二の方が長い期間徹底してやっていたように記憶しています。前回これを「コスプレ歌謡」と便宜上呼ぶことにしたのですが、その裏方に常に阿久悠がいたのはなにか意味があるのだと思います。

これも前回、1973年の歌謡曲を聴く中で、そろそろこの時期から芝居っ気たっぷりの歌謡曲は、聴く側に取って過剰なものと感じられるようになったと思う、という話をしました。
それから5年経って、ソロ・シンガー沢田研二が活躍した70年代の後半以降になると、かたや音程もおぼつかないアイドル歌手が、こなた自作の曲に生の思いをぶつけるように唄うフォーク(ニューミュージック)がすっかりその陣地を広げていました。そんな中でプロの作詞家である阿久悠は、歌手に架空のキャラクターを割り当て、シリーズ化するというやり方で対抗していました。
その最初の成功例が山本リンダ(=セクシーな女王様というキャラ)であり、さらに大成功を収めたのがピンクレディーです。
ピンクレディーは、最初はパンチラお色気路線だったのを、子どもたちがすぐに飛びついたので「お色気」は捨て、SF、オカルト、おとぎ話の方向に展開していきました。

一方その頃、沢田研二は「当代一のいい男」でした。今で言うと木村拓哉みたいなものです。系統も同じ「雨に濡れた子犬系」。そんな彼に阿久悠はどんなキャラクターを設定したでしょうか?そんな興味を持ちつつ、中身を聴いてみたいと思います。
ベスト盤というと、年代順に並んでいることが多いのですが、このアルバムでは制作側の意図で曲順が変えられています。

M1.カサブランカ・ダンディ
イントロで、ジーンズに挟んだ携帯用ボトルのバーボン(たぶん)を口に含み、霧を吹きながら歌った曲。ドラムス、パーカッション、ギター、ピアノ、ベースというシンプルなバンドサウンド。そういえば、沢田研二は70年代の前半から、歌謡番組でも自分専用のバンド(井上堯之バンド)をバックに唄っていました。そのスタイルは一部で「(いい意味も悪い意味も無く)歌謡ロック」といわれました。それを参考にして「今の一般的な日本人が受け入れられる限界はこれだ」と戦略を練った上で派手な楽曲を唄い始めたのがアン・ルイスです。沢田研二のサウンドの基本はこのバンド形態にあり、あとは曲の要請によってブラスやストリングスが重ねられています。

M2.ダーリング
セーラー服(本来の、水兵さんの格好)で唄った曲。
M1のバンドにサックスが加わって、後のチェッカーズの音(「ジュリアに傷心」あたりの)になっています。沢田研二の歌唱法の特徴がいろいろと確認できる曲です。「むけてくれえ〜」の低音部の喉を絞めたような発声、キメの「ダーリーン」のロングトーンでの音程が狂いそうで踏みとどまるところの危うさ。細かいことは分かりませんが、特にこの曲ではピッチのアジャストがいい加減です。しかし、それがちゃんと味になっているし、下手とは言えない、絶妙な粗さになっています。

M3.サムライ
青緑っぽいぴたぴたしたシースルーの、後のビジュアル系の人が着ていたような衣装にちっちゃい刀を持って唄っていました。死んだ父は「見るのも嫌だ」と言って、本気で怒っていました(西城秀樹が「ジャガー」を唄っていた時も大変だった)。それだけインパクトがあったんですな。演奏時間が5分を越える、当時の歌謡曲としては例外的に尺が長い曲。

M4.憎みきれないろくでなし
洋ピン(外国人モデルのセクシーなピンナップ写真)のモデルが警官のコスプレをしているような格好で唄っていました。アメリカ警察の制帽にノースリーブの白いシャツと黒いレザーパンツだったんじゃないかな?化粧もちょっと女装風だったと思う。こちらはM1のバンドにブラスセクションが加わっていますね。

M5.勝手にしやがれ
曲の基本はいつものバンドサウンドですが、いつになく厚めのストリングスとブラスが重なっています。
私は元ネタを知らないのですが、伝聞&Wikipediaの記事等で勉強したことを総合すると、直接のタイトルはフランス映画からの拝借。その映画の内容も合わせ、全体がハンフリー・ボガードへのオマージュになっているようです。「いったきりなら」のところで客席に投げる帽子もボギー風。
実は、阿久悠が沢田研二に設定したキャラクターは「ハンフリー・ボガードを気取る二枚目」なのです。後でまとめます。

M6.ヤマトより愛をこめて
僕は見ていませんが、同級生が夏休みに見に行って、みんな泣いて帰って来た「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」のエンディングテーマ。
記憶が曖昧ですが、この曲にもデスラー総統風のマント付き専用衣装があったような気がします。タイトルはボギーから離れて、より大衆的な「007シリーズ」になりましたが、深追いはしません。
バンドサウンドにストリングスが厚く被っています。イントロのピアノとエレキギターのユニゾンのあたりに、「僕の基本はロックサウンド」という拘りを感じます。

M7.時の過ぎゆくままに
これはコスプレシリーズになる前、1975年の作品です。たしか沢田研二が三億円事件の犯人で、時効まであとわずかという、現実とリンクした設定の連続ドラマの主題歌でした。このドラマは(子どもだったので)見ませんでしたが、この曲は本当に流行ってたなあという記憶があります。
タイトルは「カサブランカ」のテーマ曲"As Time Goes By"からか。実は、この「カサブランカ」がその後大きな意味を持って行きました。

M8.危険なふたり
ソロになって最初の大ヒットです。これも年上の女性が相手ですが、不倫ではないかも。いずれにせよ若い頃の沢田研二はこういう、年上の女性に愛されるタイプの色気で勝負していたということです。イントロのブラス、伴奏でのオルガンがかっきり裏拍でコードを弾いているのを拾って聴いていると面白いですよ。
「わかーれーるつもーりー じゃじゃっじゃーん」で片足を上げるところを、後に石野真子が「ジュリーがライバル」でパロディにしていました。この頃の大ヒット曲っていうのは本当に浸透力があって、そういうネタに誰でも反応できたから素晴らしい。娯楽が少ない時代でしたからね。

M9.追憶
M8とM7の間の時期に発売された曲です。いつになくオーケストラが分厚く、このアルバムの中でもサウンド的にはちょっと異質です。
この曲については、とくに雰囲気重視な唄い方で、ピッチとかかなり怪しいです。
沢田研二にはなぜかフランスのイメージがあって、相手の名前がカタカナでもあまり滑稽な感じにならないのが強みです。ニーナってのはなに人でしょうか?彼女も人妻でしょうか?

M10.許されない愛
このアルバムの中では、もっとも古い曲になります(1972年)。
印象的なブラスが入っているのはシカゴの影響?オルガンもアタックが強めで、当時思いつくロックサウンドを追究したんでしょうか?
沢田研二は声をあまり作らずに唄うタイプの歌手で、この唄い方でよく声が保つなあと感心します。喉が強いんでしょうね。最後に出てくる最高音のGはかなりしんどく、ショーケンみたいになっていますが、ギリギリ踏みとどまって味にしています。この曲も人妻との恋愛を唄っています。

M11.あなたに今夜はワインをふりかけ
M3「サムライ」のB面の曲。おそらくコンサート等で人気が高い曲だったのでしょうね。あと、CMにも使われていたような気がします。出だしがキャッチーで、CMでもここが使われましたが、アイデアがそこにしかなくて全体を聴くとちょっと平凡。この曲が入っている代わりに「コバルトの季節の中で」という佳曲が入ってないのがちょっと不思議です。

M12.LOVE(抱きしめたい)
前年のレコード大賞に続き、狙いを最優秀歌唱賞と紅白のトリに絞って出して、それを実現した曲。
沢田研二が最優秀歌唱賞的歌手であるかというと、疑問なところもあります。もともとレコード大賞などが成立した頃の歌謡曲で推奨される唄い方(大先生の指導のもと修行を積み、作曲家の指定に忠実に歌い続けること)とは違います。沢田研二の場合、まずは自分の外見や声によるセックスアピールがあってこその歌手であり、それを曲げてまで楽曲に殉ずることはしません。また、ファンもそれを望んでいます。やっぱり大衆音楽とは、歌い手のキャラクターが重要ということが改めて認識され、その認識の中での歌唱賞ってことなのでしょうか?
さて、この「LOVE(抱きしめたい)」の歌詞の内容は、M10やM7と同様、年上の人妻との恋愛ですが、ジュリーも大人になって、ただ「辛抱たまらん!」と破滅型の恋愛をするだけでなく、相手の立場とか収拾のつけかたにも思いを馳せるようになっています。

さて、こうして全曲を聴いてみました。
この中で沢田研二が演じている男は何人いたでしょうか?
1.年上の人妻と恋に落ち、思い悩みつつ関係を続けてしまう若いイケメン=本来のキャラクターに近い
(M7,M8,M10,M12)
2.ハードボイルドを気取り、去って行く女に背を向ける男(後に落ちぶれる?)=阿久悠が仕掛けたキャラ
(M1,M3,M5,M12は1と2の統合でしょう)
3.外国人女性と恋愛する、グローバルな(?)二枚目=虚像としてのジュリーのイメージ
(M9,ひょっとしてM3も。相手がジェニーだから。全部源氏名だったらちょっとイヤだが)
4.無邪気なスケベ
(M2,M11,M4は女性の視点だが相手の男はこれ)
※M6は映画主題歌なので、別モノと考えます。

そのうち、M8、M9、M10は阿久悠の作詞ではありません。つまり阿久悠が担当する以前の作詞家は、若くてセクシーな沢田研二本人のキャラクターをそのまま膨らましていったのに対して、阿久悠には「ジュリーを大人の男、沢田研二にしよう」という意思があったものと思います。そのつもりで俺に発注したんだろ、と。
そこでまず、M7でそれ以前の作品でつき合ってきた女性との退廃的な恋愛を総括します。相手も不倫で疲れ果てているし、もうこの若いジュリーは心中でもして死んでもらおう、ということでしょう(ま、ドラマの内容に沿ってるだけなんでしょうが)。ただ、そのタイトルをハンフリー・ボガードに由来する"As Time Goes By"から拝借したことが、その後の展開に効いてきます。

そして、いよいよ本格的にジュリー大人化計画を進めるに当たって、"As Time Goes By"がヒントになり、「よし、ここからのジュリーはハンフリー・ボガードの路線で行くぞ」ということになったのだと思います。
そして「勝手にしやがれ」「サムライ」とハードボイルドな二枚目路線を演じさせ、「LOVE(抱きしめたい)」では、人妻と恋愛しつつも、相手の幸せを優先して別れを告げる、分別ある一人前の男として描きます。

ところが、最後にどんでん返しがありました。

「カサブランカ・ダンディ」では、それまでの度重なるやせ我慢に疲れた主人公が、その役目を果たせなくなってしまいます。
上のボタンをはずしたジーンズの、胴のところにポケット瓶の酒を持ち歩くだらしない男。帽子もシャツもくたびれています。そして、飲んだくれては「ボギー、アンタの時代はよかったよ」とぼやく中年(たぶん絡み酒で泣き上戸)になりました、というオチです。
だからM1の霧吹きは、M5で彼が恋人を見送った窓辺で抱いていたボトルと同様、バーボンなのだと思います。

阿久悠と沢田研二のコラボレーションによるフィクショナルな作品群はこれにて事実上終了し、この後、沢田研二は他の作詞家の曲を唄うようになります。

2008/10/11

青春歌年鑑 BEST30 '73(DISC 2)/コンピレーション

さて、前のエントリの続き。「青春歌年鑑」の1973年を聴いています。

そういえば、先週の週刊アスキーを見ていたら、こんなサイトが紹介してあって、過去の紅白出場歌手の動画をYouTubeで見るためのまとめサイト、なんていうのがあるのです。リンク先の著作権問題についてはモニャモニャなんですが、これを使えばちあきなおみの「おいでおいで」や、「宇多田ママの全盛期」なんてのも簡単に見ることができますので、「自己責任」でご覧ください。

さて、前にも書きましたが、この頃の歌謡曲の本来の唄い方は作曲家のセンセイやレコーディング・スタッフなどの指示や、自分の解釈によって歌の中で芝居をする、というのが基本です。芝居が言い過ぎだとしても、言葉のニュアンスを過剰に伝えようとするところがあります。ただ音程があってる、声が出るだけでなく、そういった演技力があって初めて「うまい歌手」と言われる。
それに対して、技術的にそれができないアイドル歌手が出てきており、またそのファンたちも、「いわゆる実力派歌手」の演技過剰のクサい唄い方は「NOWじゃない」と思いはじめていて、両者がせめぎあってる様子がこの30曲からも読み取れます。

M1.傷つく世代/南沙織(F#3-C#5)
南沙織は基本的に淡々と今風な唄い方をしていたと思うのですが、この曲では歌謡曲的技法を意識して使っています。「とてもなぞなの〜ん」の「ん」はJ-POPでは流行らない臭みですが、当時の高校生や真面目な大学生は、コロンコロン転がされていたでしょうねえ。リズムの乗り方がちょっとつんのめり気味なのが若々しく、その一方で低い方のレンジが広く、男が甘えたくなるようなところもある。私は香坂みゆき、竹内まりや、早見優などが出てくる度に「あ、南沙織みたい」と思っていました。現代まで繋がる売れ筋の声です。

M2.あべ静江(B3-C#5)
子どもの頃は、こういう唄い方がうまいと思っていましたが、改めて聴くと「こんなものだったのか?」とギャップを感じます。天地真理もちょっとそういうところがありますが、つまり幼稚園の先生の唄い方なんですね。

M3.情熱の嵐/西城秀樹( E3-F4)
まだ、無邪気に声を張り上げていた頃の西城秀樹の唄い方です。この後、喉を痛めやすいという理由で、今の唄い方に変えたんだと思います。「もええるよー」と小節が回っちゃうところに時代を感じます。歌詞の内容は濃密ですが、歌の中で芝居をしているというより、いかにカッコいいところを伝えるか、という点を重視して唄っていますね。それにしてもイントロの「うっ」「うっ」はいかがなものか?

M4.同棲時代/大信田礼子(F3-A#4)
どういう消費のしかたをされたのかしりませんがBEST30に入ってるんですから、売れたんでしょうね。
大信田礼子は、今で言うと井上和香みたいな感じの人だったという記憶があります。作曲は後にこの人と結婚して離婚した、都倉俊一です。ずーっとベタベタなマイナーで展開しておいて、各コーラスの最後だけメジャーコードを付ける、というのが隠し味。真面目な大学生がそのまま年を取ったみたいな容貌の彼ですが、女性の好みは意外とこってり系なんだ。
それにしてもこの、スネークマンショーの「ホテルニュー越谷」みたいなのを大真面目に作っていたんだから、すごいものです。ナレーションは誰なんだろう?井上瑤じゃないよな。西城秀樹にしても、この曲にしても、70年代って猥褻な時代だったんだなあ。

M5.君が美しすぎて/野口五郎(D3-A4)
12ビートで、更に倍に刻む部分がある凝ったリズムの曲です。「ぼくの|こころ|をー」ではなく、「ぼーっくの|こーっころ|をー」とリズムに忠実に唄っているところが生真面目な感じですが、これが流行っている頃に聴いてた人は、作家の考えよりもずっと単純にこの曲を受けとめていたと思います。
歌謡曲って、作る人が結構本格的に音楽の勉強した人たちなので、よーく聴くとすごく難しく作ってあって、スタジオミュージシャンも強者が多いから、結果としてすごく高度なことやってるんですけど、なんか重たくなっちゃうんですよね。逆に素人に毛の生えたようなバンドサウンドの方がかっこ良く聴こえるのは何故なんでしょう?
野口五郎は声域は広いんだと思うんだけど、ビブラートの種類が一個しか使えなくて、この時点ではすごく巧い歌手ではないと思います。

M6.恋の十字路/欧陽菲菲( F3-A#4)
後の「ラヴ・イズ・オーヴァー」にも通じるロッカバラードで、M5の野口五郎よりもカッコいいです。アレンジをもっとシンプルにして、黒人コーラスを入れると、今でも商品になると思います。

M7.おきざりにした悲しみは/よしだたくろう(C3-E4)
今回はジャンル違いということで、素通りします。

M8.紙風船/赤い鳥(D3-D4)
これもジャンル違いなんですが、ちょっと書きます。「赤い鳥」は後の「ハイ・ファイ・セット」と「紙ふうせん」が一緒にやっていたバンドで、コンテストでオフコースにも勝った実力派。この曲も最初は普通のフォークソングかと思って聴いているとどんどんスケールが大きくなって行きます。ギターコードも装飾音符がいっぱい入ったお洒落なものが使われています。音域は男性の主旋律を拾いましたが、まったく意味がありません。

M9.絹の靴下/夏木マリ(G#3-A4)
今ではちょっとお洒落なおばちゃんという感じになっている夏木マリですが、この時点での唄い方はとても古典的です。声質が変わっていて、それが魅力ですが、演出過剰で今聴くとちょっと恥ずかしい。「わたしをだめにする」のセリフっぽさとか、「ああん、だいてぇ〜ん」とか絶対やりすぎです。最後の「こころをゆさぶる」でも「ゆーっさぶる」とわざと付点を入れて「ゆさぶられ感」を表現しています。作曲家の指定なのか、ディレクターの指示かしりませんが、この辺が歌謡曲の真骨頂でもあり、また辟易とさせられる部分でもあります。

M10.甘い十字架/布施明(D3-F#4)
この曲のことを忘れていて、「西城秀樹ってこんなにいい声だったかな?」と思いながら途中まで聴いていました。サビまで行って布施明だということが分かりました。なんでそう思ったのか理由を考えてみたら、編曲が馬飼野康二。この人は西城秀樹作品の作曲や編曲をたくさんやっている人なので、私の頭の中では馬飼野サウンド=西城秀樹になってたんだと思います。
もっとも、布施明も若い頃は派手な衣装を着て、女の子にきゃーきゃー言われながら唄ってた人(その頃はまだ短足だということもバレていなかった)。思えば布施明のアップテンポな曲の部分を西城秀樹が、バラード系を野口五郎が引き継いでいるという見立てもできないことはありません。布施明自身はこの後、小椋佳や大塚博堂など、シンガー・ソングライターの作品を唄って結果を出しましたが、本来はど真ん中の歌謡ポップスや、外国曲のカバーがよく似合います。

M11.狙いうち/山本リンダ(G3-A4)
出たな妖怪!
昔から、歌手は覚えてもらうまでは同じ格好でTVに出続けるというやり方があって、舟木一夫の学生服とかもそうだったと思うんですが、山本リンダはまず「どうにもとまらない」でものすごいイメージチェンジ(車で言うとプリウスがアルファードになったみたいな)が成功した後、新曲の度にそれにリンクした衣装を用意して、ずっとその衣装で唄う、というやり方を戦略的に続けました。
そのやり方でおよそ2年間突っ走ってフェードアウトしていきましたが、その後のピンクレディーや沢田研二もほぼ同じ戦略で一時代を築いたわけですから、先駆者と呼ばれて良いと思います。
このブログでは、便宜的にコスプレ歌謡(そんな言葉は無いと思いますが)と呼んでおきます。
それにしても、この曲、歌詞と曲はどちらが先なんでしょう?「ソレレ、ソレレ、ソファソファレ〜」と都倉俊一が書いたのか、阿久悠が「ウララウララウラウラで」と書いたのか?どっちが先でもバカみたいなんですけど、ピンクレディー作品では阿久悠が歌詞を上げてから都倉俊一が作曲するという手順で作っているのを、昔TVで見ましたから、たぶん阿久悠の歌詞が先なんでしょうけど…。
おそらく正解は、まず阿久悠が、結果として今の2ブロック目から始まる歌詞を作り、都倉俊一に渡したら、
「あっさりし過ぎだから、この前にパンチのある歌詞を8小節付けてくれませんか?」みたいなことを言われたんでしょうね。
「そんなこと言ったって、これでまとまるように書いちゃったから、言葉なんか付け足せないよ。なんか適当に唄わせたら?ヤッホー、ヤッホー、ヤッホッホー、とか」
「ヤッホーはどうも…」
「じゃ、ラララ、ラララ、ラララララ、だな。(サラサラ)はいよっと」
「あ、これ全部"ラ"なんですか?阿久先生、乱暴に書くからウララに読めましたよ」
「そう読めるなら、ウララでもいいよ。あー、っていうか、そっちの方がいいわ」
「わはは。じゃあそういうことで」みたいなことなんでしょうね。

M12.青い果実/山口百恵(A4-A#5)
出た!山口百恵です。
いきなりデビュー曲が当たって新人賞総なめの桜田淳子に比べて、山口百恵のデビュー曲「としごろ」は地味でした。桜田淳子と同じ「スター誕生」の出身であり、制服姿で横に並ぶとショートカットの外見も紛らわしくて、そのままでは裏桜田淳子で終りそうになっていた山口百恵は、2作目で急ハンドルを切ります。
「わたしなにをされてもいいわ」と中学生に唄わせる、掟破りの「青い性」路線は翌年の「ひと夏の経験」で完成しますが、その最初の曲です。
もし山口百恵が従来の歌謡曲のように、例えば夏木マリが「だいてぇ〜ん」と唄ったようにこの曲を歌ったら、きっと放送禁止です。山口百恵は技術的にも性格的にも、この曲に感情を込めずにセリフ棒読み風に唄ったから、この曲は放送禁止にもならなかったし、山口百恵本人のイノセンスが保たれたわけです。
この頃からポップスに過剰な演技は不要、ということが徐々に国民的合意になっていきます。「分かって唄ってるのか?」から「分かんないまま唄ったって、可愛けりゃいいじゃないか」あるいは「分かんない子が唄ってるからかわいいんじゃないか」という世論の変化が起きるわけですね。

M13.街の灯り/堺正章(C3-F4)
浜圭介は演歌を作っても、どこかに洋風なお洒落さを込めるセンスの良い作曲家。堺正章はGS出身ですが、もともと2世芸能人でなんでも達者に出来る人。この時点でも歌にドラマにバラエティに活躍する人気者でした。最近もスマッシュヒットを飛ばしていましたが、歌手としても息の長い人です。今よりも声に艶があり、ロングトーンの終わりでは意外なほど泣き節を多用しています。ロックを通り過ぎてきているせいもあってか、歌詞に合わせて芝居をする、というよりも楽器として音程や音量をどうコントロールするかの方に意識が高い唄い方だと思います。曲全体が「君といつまでも」に似すぎているような気もしますが、まあいいか。

M14.たどりついたらいつも雨ふり/モップス(E3-F#4-A4)
先日亡くなった鈴木ヒロミツがリードボーカルを務めるGSバンド。後に小椋佳などニューミュージック系の編曲をする星勝がギターを弾いています。サディスティック・ミカ・バンドなんかを思い出させるサウンドはカッコイイのですが、結構パートごとのレベルがバラバラで巧いバンドとは言い難い。でも、こういう音を聴くと楽器の演奏とはどうやるべきか、というのが分かって勉強になりますね。それと、どんなに頑張っても出てくる和風な部分(ボーカルの声質とか)が、この曲をしてもなお、歌謡曲の枠から逃れられていないことが面白いですね。

M15.小さな体験/郷ひろみ( D#3-F#4)
郷ひろみのデビュー2曲目です。作曲はやはり筒美京平。
1曲目の子どもっぽさからはゴロンと路線を変えています。A-B-A-B-C-C'という凝った構成で、特にA-Bの落差が大きい。つまりこの曲は、「変な声で唄うオトコオンナ」だった郷ひろみに、どれほどの可能性があるかを一気にディスプレイしてみせたんじゃないでしょうか?低音の男の魅力(古い表現だ)、アップテンポ部分での若々しい躍動感、意外と使える声域が広いことなど…。

さて、そんなわけで大急ぎで30曲を聴きました。

ディープな歌謡曲の世界に潜っているとCDショップのレシートが貯まるばかりなので、この辺で息継ぎのために浅瀬に戻ろうかと思います。どこを通って帰ろうかな?

青春歌年鑑 BEST30 '73(DISC 1)/コンピレーション

前回予告した通り、歌謡ポップス、アイドル歌謡を聴いてましょう。CDショップに行くと団塊世代をターゲットにしたようなこの手の商品がたくさん並んでいて、どれを選ぶか迷いますが、今回の話を進めるのに都合の良い1973年のベスト30を買ってきました。

この中には、ヒロミ・ヒデキ・ゴローの新御三家、3人娘と言われそうで言われなかった天地真理・小柳ルミ子・南沙織の曲、また、いよいよマーケットの中心に進出しつつあったフォーク、ロックに分類されるものも混ざっています。
ただし、フォーク、ロック系は話が広がり過ぎるので、今回は素通りして歌謡曲中心に書きます。またの機会をお楽しみに!

では、聴いていきましょうか。
M1.学生街の喫茶店/ガロ(D3-G4-A4)
微妙なところですが、一応フォーク・ロックとして素通りします。意外と歌、上手かったんですね。

M2.早春の港/南沙織(F#3-B4)
M3.色づく街/南沙織(A3-C5)
南沙織が2曲続きます。子ども心にも気になる存在でしたが、ちゃんと聴くとすごくイイ!南沙織だけで1本書きたくなりました。このまま現代のJ-POP界に連れて来ても違和感がないモダンさがあります。作曲は両方とも筒美京平。この湿り気のないカラッとした、でも色気がある声は貴重です。「早春の港」の歌詞を現代のリアルさで書き直すと「強く儚い者たち」にならないか?ならないか。
南沙織についてはDISC 2にも入ってますから、また書きます。

M4.心の旅/チューリップ(D3-F4)
これも今日は素通りします。他の曲と質感が全く違うところだけ覚えておきましょう。

M5.恋する夏の日/天地真理(C4-C5)
出た!80年代まで続いた、日本ならではのいわゆる「アイドル歌手」直接の元祖です。近所にいるような女の子を連れてきて、素人に毛が生えたレベルの歌を唄わせて、それが商品として成り立つということを皆に認識させた人。地声を使わない発声は、一応音楽学校で訓練された名残なのでしょうが、後で出てくる宝塚の優等生、小柳ルミ子とのレベルの違いはすごいものです。

M6.赤い風船/浅田美代子(A3-D5)
天地真理が切り開いた地平は、浅田美代子によって更に広がりをみせます。つまり、レコードとは音が出るブロマイドであり、歌がうまいとかへたとかは関係なく、とにかく浅田美代子の顔が付いている商品であればちゃんと流通することが分かったのです。
浅田美代子自身は素人時代はそこそこ歌がうまいと言われていたそうです。覚えた歌はある程度再現できる音感はありますが、声が弱いのですね。幸いなことに弱いけれども耳障りなところがないので、世間にも許容されました。この後、風吹ジュンや能瀬慶子など、唄うと不協和音が発生するような人もレコードを出すようになり、アイドル歌謡はさらにアナーキーになっていきます。
「赤い風船」では、サビの前半は自分の声のダブルで録音していますが、自分の声どうしなのに結構ばらつきがあるのが愛嬌。サビ後半は歌のうまいコーラスの女性にハモってもらい保たせています。あ、これも筒美京平作品です。

M7.若葉のささやき/天地真理(A#3-C#5)
天地真理のこの頃の作品は森田公一作曲が多かったのですね。M5が1オクターブかっきり、この曲は下に1音、上に半音広げていますが、この辺が天地真理の使えるギリギリなんでしょうか?申し遅れましたが、今回、歌手名の横に入っている(A#4-C#5)というのは、手元のEZ-EGで音をとった各曲の音域です。たまに3段階になっているのは上を地声の上限とファルセットの上限に分けました。ま、なにかの参考になるかと思って…。

M8.裸のビーナス/郷ひろみ(D3-F4)
初期の郷ひろみの中では抜群にいいと思います。半音階を多用したメロディ自体が楽しい。しかも無伴奏でも唄える親しみやすさをきちんと残しています。郷ひろみの声は、それまでの男性歌手にはあまり例のない中性的なものでした。だからデビュー曲が「男の子(?)女の子(?)」だったわけですが、声は不思議ですが音感は悪くない。大人が描くアイドル歌手の、悪い見本みたいに思われていましたが、それは本人の記号性(っていうのかな)が高かっただけで、レベルが低かったわけではないと思います。実際息の長い芸能人としてずっと残っていますからね。

M9.草原の輝き/アグネス・チャン(D#4-D#5)
いきさつはよく知りませんが香港からやってきたアイドルがアグネス・チャン。向こうではシンガー・ソングライターだった、というふれこみでしたが、日本では平尾昌晃の曲を歌っています。突然売れる外国人歌手というのがときどきいますが、おそらくアグネス・チャンが狙っていたのはベッツィ&クリス的なフォークソングのイメージだと思います。この人のすごいところは、来日してすぐのこの時点から現在まで、唄い方も日本語のたどたどしさも全く変わらないことです。ちりめんビブラートは歌謡曲的には気になるが、洋物のフォーク系シンガーにはあるように思いますし、癒し効果の高い声であることも否定しません。

M10.個人授業/フィンガー5(C4-F5)
沖縄出身の兄弟5人組。中心的スターは日本のマイケル・ジャクソンこと晃です。メジャーな歌謡曲の中で「イェーイェイェイェー」とフェイク部分をレコードに入れていた例は多分とても少ないと思います。フレーズは単純ですが、彼がそれなりに早熟の天才だったことは間違いないのだと思います。変声期前の子どもが、こまっしゃくれたサングラスをかけ、グラマーな学校の先生に恋をしたと唄う姿は、当時の中年以上の人たちには宇宙人のように見えたことでしょう。私の父なんかは、見ていたTVに彼らが出てくるとトイレに逃げたり、別の番組に変えようとしました。
作詞作曲は阿久悠と都倉俊一。彼らはフィンガー5と山本リンダでこの手のコスプレ歌謡(このブログでは便宜上この言葉を使います)のノウハウを蓄積してピンクレディーにつなげて行きました。

M11.君の誕生日/ガロ(B2-F4)
歌のうまいフォーリーブスという感じ。ハモリの難易度が高いなあ。詳細略。

M12.赤とんぼの唄/あのねのね(E3-E4)
これもジャンル違いで詳細略です。数年前のNHKTVで、本人たちが字幕付きで唄っているのを見ました。いい時代になったなあ。

M13.春のおとずれ/小柳ルミ子(A4-C#5)
音楽学校で鍛えた後で歌謡曲を唄うとこうなります、という見本。演歌のセンセイのところで育った人たちほど歌の中で芝居をしていませんが、とりあえず「あたしの声を聴けー」という唄い方。
歌詞とメロディが
「きこえて、きたのよ、とても、あかるく
しあわせなくせに、なぜなけてくるの」
と作られているところを
「きこえて、きたのよ、とても、あかるくーうしあわせな、」
とつなげて余裕を見せたりしています。
前年に「瀬戸の花嫁」という国民的大ヒット曲を生んでおり、それをもう一回やってみた、という曲でしょう。

M14.他人の関係/金井克子(A4-A#5)
金井克子は由美かおる等と同じ西野バレエ団出身。歌はうまくないですが、男性コーラスを従えて不思議な振り付けで唄うパフォーマンスが受け、人気になりました。歌謡曲というジャンルは突然変な曲が生まれて、そのまま大ヒットしてしまうことがあります。作曲はちあきなおみのところでも出てきた川口真。バックの伴奏が都会的なジャズっぽい演奏なのに、コーラスは単純なので、当時の忘年会等ではネタとして重宝されただろうと想像されます。
全編本人の声をダブらせて、エコーをかけていて、細かいニュアンスを伝えるような表現をする気は毛頭ないですよ、というプロデュース。その点についてはPerfumeの先輩と言っていいかも。

M15.そして、神戸/内山田洋とクールファイブ(B2-G4)
うまい・へた問題で蒸し返すと、前川清という人をどう評価したら良いのか、私は分かりません。声は間違いなく良い。音域も広い。しかもこの曲をしつこく聴くと、いろんな声の出し方をしています。出だしや「みじめになるだけえええー」での「いかにも前川清」な大きなビブラートはもちろん、「ないてどうなるのか」では杉良太郎風の鼻にかけた不良っぽい声、「あいてーさがすのーよー」では泣き節というかヨーデル寸前の声の変化を見せていて、つまり七色の声を使い分ける器用な歌手と言えないことは無い。でもトータルの印象は「なんでこの人はこんなに武骨に唄うんだろう?」と思わされるんです。
全てが計算なのか天然なのか?TV画面で見られるそのキャラクターも含め、正体が分からない人です。

DISC 2に続く。

2008/10/03

逢いたくて逢いたくて/園まり

ディープな歌謡曲のさらに最深部を目指して進んでいます。

Wikipediaによると、この曲は1966年発売。私が3歳の頃の歌です。私の記憶に残っている歌謡曲の中では最も古いもののうちの一つです。園まりは渡辺プロ所属の「三人娘」の一人。
アメリカン・ポップスが得意な中尾ミエや、竹内まりやに似た(ゆえにカレン・カーペンターにも似ている)モダンさを持つ伊東ゆかりに対して、「ムード歌謡」の真ん真ん中を行ったのが園まりです。

歌謡曲自体がジャンルとして特定し難いのに、サブジャンルの「ムード歌謡」と言われると、なにがなんだか分からなくなりますが、乱暴に要約すると、外国曲風のカラオケ(ジャズまたはラテン系)にのせて唄う演歌のようなものです。

園まりはiTMSでもダウンロードすることができます。代表曲の「逢いたくて逢いたくて」を聴いてみましょう。
園まり - 歌が唄いたい!! ベストヒット&カラオケ 園まり - 逢いたくて逢いたくて

なんとまあ、とため息が出るような声です。20歳そこそこの女の子が、こんな声で唄ったら、そりゃオジサンは堪りませんわ。クラシックに行きかけて途中でやめた感じの声です。男だと布施明に相当するのでしょうか?
この発声の後継者は、現代のJ-POPにはちょっと見当たりません。強いて似ている人を探すと、演歌の大月みやこ?
園まりは渡辺プロお得意の「丸顔女子大生風」アイドルの始祖でもあります(この後、あべ静江→田中好子→太田裕美→石川ひとみ→河合その子→中川翔子と続く)。

ちあきなおみの時にしつこくやりましたが、園まりももの凄く丁寧にこの曲を吹き込んで(レコーディングで唄うことの昭和的表現)いるのが分かります。
「ふたりはこいびと」の箇所では、
「ふーたりぃはこいびぃぃっとーぉぉぉ」と唄っています。
この「っとーぉぉぉ」の微妙なタメがこの曲における園まりの芸です。この曲ははねた4ビートで、1拍が3分割されていますが、普通の作曲法だと「こいびと」の「と」は小節の1拍目頭に置かれているはずですが、園まりは3連音符2つ分ためてから「と」と唄います。
(普通)
[ふーた|りーは|こーい|びーい][とーー|ーーー|ーーー|ーーv]
(園まり)
[ふーた|りぃは|こーい|びぃぃ][×っと|ーーー|ーーぉ|おおv]
この3連音符何個分かタメるというのは、この曲の中で何カ所か意識的に行われています。松尾和子などに先例があると思われますが、園まりは元々の声質がノーブルなので、下世話にならないという美点があります。

また、ぱっと聴くと、ちりめんビブラート(ロングトーンの最初から最後まで細かいビブラートが一面にかかる。悪口)かと思いますが、ビブラートをかける音符、まっすぐ伸ばす音符がしっかり区別されているのが分かります。1〜3番まで、キメ方にぶれが無いですから。

作曲は私も尊敬する宮川泰。もともとはザ・ピーナッツ用の曲だったとのこと。あの方の芸風(?)を思うと、「とにかく色っぽくやってよ、まりちゃん!」みたいな指導だったのではないかという気も半分はするのですが、音符はしっかり書き込んでいたんだろうなと思わせます。この、作者による細かい指定を忠実に何度も再現する、というのが演歌を含めた「歌謡曲」の芸です。この点ではクラシック音楽にも共通していますし、日本の伝統芸とも矛盾がありません。
「まずはセンセイのやった通りに再現することを目指す」
「少なくても形式上はセンセイの完全コピーができることが前提で、そこから熟成して自分の色を出す」
歌謡曲は、そんな日本の伝統芸能や、ファインアートとしてのクラシックに憬れつつも、産業として開発スピードが要求されますし、若年層への販売を考えると商品としての歌手も、若くてカワイイことが重要なフックになってきます。

そして、学生運動などの流れを通り過ぎ、「個性重視」とか「形式主義への軽蔑」などの気分が国民に共有されたところで、曲の解釈よりも歌い手のパーソナリティや声質などのアピールが優先された「歌謡ポップス」、「アイドル歌謡」が普及します。次回はその辺の話をしたいと思います。

2008/09/28

よこはま・たそがれ(他3曲)/五木ひろし

ディープな歌謡曲の世界を旅しております。
その中でもラスボス級の大物である五木ひろしを聴いてみたいと思います。アルバム1枚とか聴くのはちょっと大変なので、比較的前期に属する4曲を聴きます。「よこはま・たそがれ」「夜空」、それに事務所独立後の勝負曲だった「おまえとふたり」、レコード大賞受賞曲の「長良川演歌」です。ついでに言うと、「おまえとふたり」以降の作品はみんな同じだと思っているんですよね、私は(ファンの人からは説教されるでしょうね)。

五木ひろしはヒット曲の数、受賞歴、業界での位置づけなど、どれをとっても押しも押されぬ大スタアです。しかもぽっと出で売れたんじゃなくて、今の名前になるまでに何度も芸名を変え、レコード会社を代わり、と下積みの苦労を知っているのも本物っぽいところです。
では、実際どんなものなのか、聴いてみましょう。

1.よこはま・たそがれ
作詞 山口洋子/作曲 平尾昌晃
山口洋子の歌詞は、「あの人は行ってしまった」以外はすべて単語の羅列という画期的なもの。コラージュという手法は絵画が元だと思いますが、そこから音楽、文学でも同様な表現があり、この歌詞もその一つ。曲は演歌の中ではモダンな8ビートの中に、サビでの跳躍などテクニックと音域が必要なもの。当時の歌謡曲ど真ん中の作家がかなり集中して作ったと思われる作品です。そんな作品を「うた」として社会に広く届けるというのが再デビューに賭ける若き五木ひろしへの課題だったというわけです。
実際に聴いてみると、今私たちの頭の中にある五木ひろしの唄い方よりもずっと熱唱していますね。その中でも小節をきかせる部分とロングトーンの使い分け、サビの部分でさりげなくファルセットを混ぜるところなど、高度なテクニックを駆使しています。今では完全に封印していますが、この人はモノマネがもの凄く巧く、家には一生使い切れないほどの象印電子ジャーと魔法瓶が在庫されているはずです。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の一 - EP - よこはま・たそがれ

2.夜空
作詞作曲は1と同じです。
当時小学生だった私にもとても分かりやすいいい歌でした。この間、ジェロのカバーも聴きました。声質とハリは甲乙付け難い。違うのは五木ひろしには押しと引きを感じますが、ジェロの方はバックが分厚い分、引きが使えていないので、歌唱としてのメリハリは五木ひろしに軍配か?「さみしいさみしい」の芝居っけを巧いと見るか、クドいと見るかで好き嫌いが別れるでしょうか。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - 夜空

3.おまえとふたり
作詞 たかたかし/作曲 木村好夫
木村好夫はギタリストとしてアルバムをたくさん出している有名な人で、クラシックギターを習ったことがある人にはお馴染みの名前です。このギター演歌が成功したことで以降の五木ひろしはこの手のナンバーが多くなってしまいました。唄い方も今の唄い方であり、モノマネの人が真似するいわゆる五木風の唄い方になっています。声を張りすぎない、コントロール重視の唄い方。歌のメロディに寄り添うように木村好夫のギターが絡み、これはこれで芸術性が高いとは言えますが、女声コーラスのダサさなんかはJ-POP世代には許せない感じもします。ただただおとなしく唄っているように聴こえますが、やんちゃな巻き舌を使ったり鼻濁音もわりといい加減。これは意識してそういう部分を作っているのか、大物になったがゆえの手抜きなのかは、もう素人では聞き分けられないのでした。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の三 - EP - おまえとふたり

4.長良川艶歌
作詞 石本美由起/作曲:岡千秋
「奥飛騨慕情」などのド艶歌復権の兆しが見られた80年代前半にロングヒットした曲です。この頃はもう、私には全く興味のない音楽になっていましたが、世間の評判はよく、レコード大賞をとったりしています。
格調高い琴の音から始まって、すぐにいつものイントロに切り替わって、そこから先はほぼ奥飛騨慕情です。岐阜県在住の女性が鵜飼の季節に出張かなんかで訪れた男性と一晩過ごしてそれっきり別れました、という話を3コーラス分の歌詞を作ってメロディをつけた、という曲です。全てが紋切り型で、この歌を聴いたからといって人生が変わったりは絶対にしないと思います。それを五木ひろしが歌唱テクニックを駆使して「なんだか分からないけどすごいもの」に仕立てています。一部の実力と人気のある歌手がこういうことをしてやるから、演歌を作るセンセイたちは楽ばっかりして、全体が下火になったんだと思うんですが、違いますかね。
五木ひろし - 五木ひろし 配信限定ベスト 其の四 - EP - 長良川艶歌

五木ひろしは男性歌手のなかでも相当緻密にコントロールされた唄い方をする人だと思います。ちあきなおみと並べて聴いても、ちあきなおみの方が自由度は高いような気がしますが、奥行きの深さにおいては互角。ただ、シンガー・ソングライター系の歌唱に慣れている私のようなタイプの聴き手は、「もっと頑張って唄えよ」と思ってしまいます。実際には頑張っていないのではなくて、自分の声に溺れず、常にベストの歌唱を届けるための高度に制御された唄い方をしているのだということだけは良く分かりました。
また、男の私の耳にはこの人の声は「ごく普通のまあまあいい声」にしか聴こえないのですが、おばさまたちの熱狂を見るに、女性にとっては、下半身を揺さぶられるようなセクシーな声に聴こえているのかもしれません。

2008/09/21

しんぐるこれくしょん/ちあきなおみ

さて、太田裕美で免疫力を回復したところで、いよいよディープな歌謡曲の世界に入りましょう。
テキストはちあきなおみです。

ダンナさんが亡くなって以来、芸能活動を止めてしまったので、今はもうNHKの懐メロ番組にも出てきてくれません。
キャリアの後半では「紅とんぼ」など船村徹作品での印象が強いので、「演歌歌手」と思っている人がいるかもしれませんが、本人はそんなつもりは無いと思います。余談ですが、この「しんぐるこれくしょん(何で平仮名なんだ?)」は、コロムビアレコード在籍時のものなので、「紅とんぼ」は入っていません。テイチク版も探してこないといけませんね。
ちあきなおみは昭和40年代の歌謡曲の良心と言ってよく、今の若い人が彼女やザ・ピーナッツを聴く機会がないことを残念に思います。

ちあきなおみは歌謡曲時代の歌手に要求されるほとんど全てを持っています。
歌謡曲における歌手の役割は、「作曲家の先生」が作った歌を、いかに丁寧に録音し、ステージやTVで再現するかです。
当時の歌手は、まず、これはと思う作曲家に「弟子入り」し、子どものお守や雑巾掛けから始め、レッスンを受けてデビュー。新曲ができたらその作家の家に通って、どう歌えば良いか、という綿密な打ち合わせとレッスンをしてレコーディングしていたようです。

最近はあまり見かけませんが、ちょっと前までは素人に歌を唄わせて、プロの作曲家がそれにダメだしするTV番組が結構ありました。そこで作曲家の大先生はこんなことを言います。
「こんやもきてきが、きてきが、きてきが」と3回ありますが、その3回には違った意味合いがあるのでそれを表現しないといけません」とか、
「なみだ、なみだ、なみだ、なみだ、なみだかれても、の5回のなみだは全部違うんですよ。歌は3分間のドラマです」
まるで禅問答です。今だったら、「じゃあ、3回目のなみだの時にアホになります」とか言い返しちゃいそうです。

ちあきなおみは「3分間のドラマ」を忠実に、しかもとても上手にやっています。彼女は後にちょっとコメディエンヌ風な女優の仕事をたくさんやりますが、彼女に取ってはドラマの台本も曲の譜面も同じようなものだったのではないかと思います。

歌手としてのちあきなおみは声質、声量、音域とも非常にすぐれた楽器であり、それは当時のポピュラーミュージックの範疇にある曲であれば、自在に唄いこなせるレンジの広さがありました。そしてハスキーまでいかないが、ちょっとホワイトノイズが乗っかったような深い声を持っています。
また、その演奏能力もすこぶる高度です。広瀬香美のときにしつこく書きましたが、ビブラートをどうかけるか?音程をどこできっちり合わせて、どこに破調を作るか?ということをきっちり計算しています。

ルックスは美人とはいえませんが、デビューが遅かったこともあって、出てきた時にはもうお色気系での勝負もいける、というキャラクターでした。

では、聴いてみましょう。

Disc1

M1.雨にぬれた慕情
デビュー曲です。作曲は彼女の師匠である鈴木淳。バックはジャズコンボ風で、特にピアノがジャズっぽいですね。この半年前にいしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒットしています(作曲は筒美京平)。多分意識していると思うのですが、徹底してノン・ビブラートで唄っていて、気持ち鼻にかけていますが、これはいしだあゆみの唄い方(いしだあゆみはこの唄い方しかできない)です。

M2.朝がくるまえに
これもM1とほぼ同じものです。前年に大ヒットしたピンキラの「恋の季節」に似せてあります(もう、断定しちゃう!)。

M4.四つのお願い
彼女の最初のヒット曲です。いしだあゆみより色気があるんだから、それを使おうということか、ビブラートを使うようになりました(できるのに封印していた)。サビの「ひみつにしてねー」のロングトーンはビブラートはかけず、抜きのところでわざとダウングリッサンド(1オクターブ下に向かって声を下げる)しています。

M5.X+Y=Love
前作のヒットをどうつなげて行くかを、作家側が一所懸命考えて作られたと思われ、タイトルからして凝りに凝っています。細かいことですが、英語部分の譜割りが日本語的なのを、彼女なりにせいいっぱい抵抗して、"I love you"を英語風に3音節で唄おうと頑張っています。

M7.無駄な抵抗やめましょう
後に演歌も唄うようになる萌芽が見られます。このころはまだ「お座敷ソング」といって、芸者の格好をした年齢不詳のおばちゃん(実は戦前から唄ってたりする)が、ちょっと色っぽい歌を舞い踊るという歌謡曲のジャンルがありました。ちあきなおみの水商売っぽい雰囲気を使ってみたのでしょう。

M8.私という女
五木ひろしの「待っている女」によく似てるなあ、と思いましたが。こっちが1年先でした。こういうフォービートっぽいのがこのころ流行っていたんでしょうね。元ネタはなんだろう?この曲で年季が明けたのか、鈴木淳作曲作品としては最後のシングル曲です。

M9.しのび逢う恋
これはヨーロピアンな雰囲気でカッコいいですね。ちょっと変えれば竹内まりやが唄ってもおかしくないです。作曲は「バラが咲いた」で有名な浜口庫之助。

M10.今日で終って
これも70年代後半にニューミュージック系で似たようなことをやっている人がいました。具体的には「水鏡」とかに近いですね。

M13.喝采
レコード大賞受賞の名曲。作曲は中村泰士。エレキギターのトレモロは最近流行らないけれど、アコースティックギターのカッティングとかは今聴いてもカッコいいと思います。「ほそいかゲなガくおとして」の鼻濁音、ロングトーンでの声量のコントロールなど、他の曲もそうなんですが、もの凄く丁寧に唄っています。

Disc2

M1.夜間飛行
途中でフランス語の機内アナウンスが入るのは初めて気がつきました。バックの楽器の音を差し替えたら、今でも通用すると思います。このスケールの曲が実は3分29秒しかない。昔は良かったなあ!

M3.円舞曲
「円舞曲」と書いて平仮名で「わるつ」とルビが振ってあります。作詞は阿久悠。曲は川口真です。前半は演歌調でサビはやや洋楽風になります。ちあきなおみのナンバーを、マトリクスを作って説明する時には、この曲が真ん中あたりに来るのかなあ。

M4.かなしみ模様
打って変わってこちらは外国の有名曲によく似ています。思い出せませんが、絶対こんな曲がありました。川口真って人のことはあまり良く知りませんが、面白いことするなあ。

M5.花吹雪
都倉俊一が作曲しています。「里の秋」に似た文部省唱歌っぽい爽やかなメロディを堂々と唄っています。ところが歌詞をみるとストーリーが「?」。十歳くらい年下の大学生に入れあげて、物心ともに支えていた地方都市の飲み屋のママが、その大学生の卒業を期に店じまいする、という解釈で良いんでしょうか?大人の歌の世界は難しいなあ、四十過ぎても読み取れない。

M6.恋慕夜曲
一転して作曲家に浜圭介を起用しています。これはもう完全に演歌です。もちろん、ちあきなおみは完璧に唄いこなしています。それまでの曲で使っていない、裏声になってから細く消えて行くようなビブラート。森昌子なんかが得意にしている唄い方ですが、そういうのも自由自在にやります。

M7.さだめ川
出た。ついに船村徹作品です。
ちあきなおみは演歌歌手に収まりきる人ではないのですが、船村徹の曲を歌わせると本当にうまいです。ここで、「さーだめがーわー」の唄い回しをじっくり聴いてください。「さーだめーがぁぁぁわーぁぁあーあ」と、ビブラートを細かくして抜いて行くのかと思わせておいて、もう一度力を入れ直してビブラートをやめてから、また抜く、という複雑なことをやっています。1番から3番まで全部やっているので、これはわざとです。そのことによって何を表そうとしているのか?音符の指定まできっちり伸ばしたい、とかいうことなのか?美空ひばりあたりになにか似た例があるのかもしれませんが、ちょっと私の知識では分かりません。でも、なにかを表現しようとしているのです。

M8.恋挽歌
こちらは浜圭介作品。浜圭介は演歌を得意にする作曲家の中では、チャレンジ精神というか実験精神みたいなものが旺盛で、佳い曲をたくさん書いている人ですが、ことちあきなおみ用の作品については、彼女の能力を使い切るほどの曲は提供できてないように思います。

M10.酒場川
これはもう、船村徹による古賀メロディでしょうね。「悲しい酒」をちあきなおみでやってみた、ということだと思います。

M11.ルージュ
ここで中島みゆき作品が出てきます。ちあきなおみはコロムビアから移籍した後、シャンソンやファド、ニューミュージック系のカバーなどをやっていますが、そのとっかかりに中島みゆきがいるというのは分かりやすいです。中島みゆきの歌を唄うと、どの歌手も中島みゆきに唄い方が影響されます(研ナオコ、桜田淳子、TOKIO)が、この曲でのちあきなおみの脱力した唄い方(特にAメロ部分)もそのひとつかと思います。これほど完成された歌手に影響を与える中島みゆき恐るべし、なのか?または、ポプコン出身のシンガー・ソングライターからも歌唱法を取り入れる、ちあきなおみの芸への執着を読み取るべきなのか?

M12.夜へ急ぐ人
出たァ!有名な「おいでおいで」の歌です。大ヒットはしなかったと思うのですが、唄っているところをTVで見た人はその晩から3日連続で悪夢を見、一生その映像が忘れられなくなる、という恐ろしい曲。CDだと割と平気ですが、ヘッドホンで聴くのは止めた方がいいかも。この頃、ちあきなおみはこんな感じの恐ろしげなナンバーばかりが並ぶ物騒なアルバムを出していたと思います。彼女はこの辺で、レコードセールスに関する競争から卒業し、アーティストとしての高みを目指す方向に踏み出したのだと思います。

M14.矢切の渡し
細川たかしが唄ってレコード大賞を取った曲ですが、元はM10のB面に入っていた曲。これも船村徹の作曲です。「つれてにげてよ」が女のセリフで「ついておいでよ」が男のセリフ。ちあきなおみはちゃんと女役と男役で声の出し方を変え、「歌を演じて」います。昨日の太田裕美「木綿のハンカチーフ」との違いが分かりますか?男のセリフはちょっと歌舞伎か新劇風のセリフ回し「ついて…おいで…よ」とためています。「これは、長谷川一夫先生のセリフ回しを参考にしたんですよ」なんて芸談が残っていそうです(ウソですよー)。

曲はこの後も続きますが、ちあきなおみのエッセンスはある程度書けたと思うので、以下省略して総論です。

結局、歌謡曲の神髄は「歌は3分間のドラマ」という、手垢の付いた言葉をどれだけ本気で表現しようか、ということだったのだと思います。「歌を演ずるから演歌」というのは多分誰かが言っていると思いますが、ちあきなおみがデビューした頃は、どんなジャンルに影響されていても、そいういう意味で歌謡曲=演歌だったのだと思います。
そして、ちあきなおみは歌を演ずる技術において、ちょっと突出した才能だと思います。当時、その流儀の頂点には美空ひばりという歌の怪獣がいましたが、彼女もそれに匹敵する芸の幅があります。

ちあきなおみが40年遅く生まれて、今二十歳くらいの歌手だったら、彼女はどんな歌を唄っているでしょうかね?

2008/09/20

GOLDEN☆BEST[Disc 1]/太田裕美

世界で多分数人しかいない、このブログの継続的読者の一人から、「昔の歌謡曲についてもっと書け」との希望をいただきました。

私にとって歌謡曲というのは、生まれた頃からそこにあった空気のような物で、その1曲1曲もまた、いじり様のない完成した製品として見えてしまい、今更分析したりする対象とは思えませんでした。だから、これまでほとんど触れずに来ました。

私が生まれた1960年代前半に流行っていたのは、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の御三家、あるいは中尾ミエ、園まりか。私はオムツをしながら電車の中で唄う子どもだったそうで、最初のレパートリーは「お座敷小唄」だったと我が家では言い伝えられています。自らの意思で唄った覚えがあるのは「星のフラメンコ」です。

また、当時はまだ美空ひばりが第一線のバリバリで、歌謡曲のど真ん中だったと思います。古賀政男とその門下生である遠藤実などが保守本流、かたや洋風の服部良一がおり、その中間あたりに吉田正など。戦前から洋風志向だった服部良一の後継として、ジャズのテイストを前面に出していた中村八大。ジャズ以外にも洋楽ポップスに明るい宮川泰。渡辺プロの全盛期であり、歌謡曲かくあるべしという形式が確立していました。

最近の分類では、古賀政男などの作品を「演歌」と呼ぶことが多いのですが、美空ひばりが自分を「演歌歌手」と称していた記憶はありません。自分が歌謡曲の真ん中なのに、あえてサブジャンルを名乗る必要を感じていたとは思えず、実際、彼女の歌の中にはマンボとかGS風のナンバーも存在しました。「演歌」という呼び方は絶滅危惧種として識別する必要が生じてから声高に叫ばれるようになったと記憶しています。

さて、そんな歌謡曲の世界にいきなり入って行くと体調を崩すかもしれませんので、体を慣らすために改めて太田裕美を聴きましょう。

太田裕美については、このブログや"はてなダイアリー「決して悪口というわけではなく」"で何度か書いていますが、ここでもう一度きちんと書いてみたいと思います。

太田裕美は、スクールメイツにも所属していましたし、事務所は当時の保守本流・渡辺プロ。「キャンディーズ」のメンバー候補でもあったそうです。最終的にスーちゃん(田中好子)と差し替えられたとか、そんな話だったと思います。アイドルグループの真ん中に置くにはルックスがちょっと弱いという(あるいは声質の問題かも?)判断があったのでしょう。
一方、彼女は音楽の学校に行っていたこともあって、ピアノが弾けたこととその声に特徴があった(実力派とは違う)ことや、デビュー年齢の問題などから、普通のアイドルとはちょっと違ったデビューの仕方をします。

それが伝説のロックバンド「はっぴいえんど」出身、新進気鋭の作詞家・松本隆の作品を弾き語りで唄うという、アーティスト志向の路線でした。前年に小坂明子が「あなた」でデビューして、TVで若い女の子がピアノを弾きながら唄うというのが新鮮なスタイルとして受けとめられていたころでした。ただ、小坂明子はルックス的にとんでもなかった(失礼!)ので、「弾き語りで唄う"カワイイ"女の子」としての太田裕美は存在意義がありました。太田裕美は早くから「作詞作曲もできる」という情報が流されていましたが、自作曲はアルバムにこっそり入っていて、TVで唄うシングルは必ず「作詞・松本隆/作曲・筒美京平」でした。自作曲のシングルはDisc1 16曲目の「ガラスの世代」が初めてです(その前に渡辺プロの後輩であるリリーズに提供した「春風の中でつかまえて」が発売されています。ヒットはしなかった、と思う)。


さて、買ってきたのは"Hiromi Ohta GOLDEN☆BEST Complete Singles Collection"という2002年に発売されたもの。Amazonで扱っている太田裕美個人名義の商品では一番売れている商品のようです。
Disc1は、デビューから休養宣言直前に発表した「恋のハーフムーン」まで。Disc2が休養宣言後のモラトリアム期に発売した「君と歩いた青春」から2001年まで。

歌謡曲へ戻って行く通り道としてはDisc1を聴くのが適当でしょう。

歌謡曲とニューミュージックには、実はほとんど音楽性の違いは無いのですが、強いて言えば歌謡曲の方が楽器の数が多い。太田裕美のカラオケも豪勢なものが多いです。つまり当時の、ビッグバンドを抱えた歌番組で再現しやすいサウンドになっているってことなんだと思います。
最近はあまり流行りませんが、ちょっと前までオッサンが5〜6人出てきて、真ん中の一人が唄い、あとの人は後ろでたまに「ワワワワー」とか「シュービルビッ」とか言ってるグループがいくつかあったでしょう?「あの人たち何やってるの?」と思いますが、あの人たちは売れてTVに出る前、キャバレーやクラブで唄っている時にはそれぞれ楽器を担当していたのです。TVに組み込まれたとたんに自分たちでは演奏できなくなったんで、あんな変なことになっちゃっていたんです。それが歌謡曲時代の歌番組のシステムだったのです。

そういう意味では太田裕美も基本的には歌謡曲のシステムから独立していたわけではありません。ただ、ビッグバンドに頼りつつもピアノに座り、自分で弾きながら唄うという姿勢は、そのピアノの音がTVから出てくる音に反映していたかどうかはさておき、小さな抵抗のひとつでありました。それは、後に歌番組でも自前のバンドで唄う(テープを回してのエアギター、エアドラムかもしれないけど)「ニューミュージックのアーティスト」たちに繋がる、蟻の一穴だったかもしれませんよ。

では、聴いていきましょう。

M1.雨だれ
全体を覆うヒスノイズに時代を感じます。
ピアノとアコースティックギターが中心ですが、イントロとサビのところで渦を巻くようなストリングスがかぶってきます。そのストリングスの渦の中で、必死なファルセットで唄う太田裕美の声を一生懸命拾って聴くうちに、「俺が守ってやらなきゃ!」とマインドコントロールされる魔性の1曲。

M2.たんぽぽ
タイトルだけ見てフォーキーな曲なのかと思うと、やはりストリングスが頑張る曲。私、この曲はちゃんと聴いたこと無かったんですが、サウンドとしては野口五郎的ですね。

M3.夕焼け
イントロの楽器はなんでしょうか?リリースのところでオクターブ下の音が加わる金属製の楽器のように聴こえるのですが、シンセサイザーはまだ使っていないと思うのです。ローズピアノの高音部をオクターブで弾いてるのかな?

M4.木綿のハンカチーフ
記録に残らず記憶に残るのが太田裕美。この曲は大ヒットでありながら、その期間はずっと「およげ!たいやきくん」が1位に居座っていたため、オリコンのベスト1になったことがないのだそうです。この曲ではもう、TVではピアノは弾いていませんでした。各コーラスの前半が都会に出て行った男の子の気持ち。後半が田舎で待っている女の子の気持ち。1975年頃は、一度東京に出て行くと、帰省もままならなかったんですね。男のセリフと女のセリフを順番に唄う、という松本隆お得意のパターンはここから始まったようです。斉藤由貴の「卒業」はこれとほぼ同じ話を、女の子の視点だけに絞って書いたものですね。

M5.赤いハイヒール
木綿のハンカチーフで田舎に残された女の子が一大決心をして東京に出てきた、というM4の続編(と思う)。今度は前半が女の子で、後半が男の子。都会に疲れた女の子に、男の子が「僕と帰ろう」と言ったことで、はっぴいえんどになりました。大ヒットを受けて、レベルを少し上げていて、私はこっちの方が曲として優れていると思う。サビの間、ずっと「とてとてとてぽよよん」と延々と引き続けるギターの人、大変そう。

M6.最後の一葉
O.ヘンリーの短編を元ネタにした難病もののストーリー。この曲はTVでもピアノを弾いて唄っていたような気がしますが、うろ覚え。2番の後のアンコ部分の後、たっぷりためて一気にフィナーレに向かうアレンジはとっても豪華。本人もだいぶ声が出るようになっていて、M1の頼りなさがかなり克服されています。この曲、録音の時はオケと同時録音したんでしょうか?カラオケだと合わせるの難しそうですね。

M7.しあわせ未満
これ大好き!ストリングスも入っているけれど、サウンドがバンドっぽくなってます。途中で転調するんだけど、無理矢理な感じが無くて、必然性があってやってる感じで趣味が良い。「もっと利口な男探せよ」っていうところでなんかじーんとする。これは全編男言葉なんだけど、太田裕美は男にならずに、登場する女の子の方になっているでしょう?後でまとめますが、これはとても不思議な表現なんですよ。

M8.恋愛遊戯
この辺から、太田裕美を年齢に即した大人にしよう、という考えが楽曲に滲んできます。アイドル歌手としてはデビューが遅かったので、比較的この大人化問題が早く出てきてしまいました。今考えると実年齢に拘りすぎたんじゃないかなあ。

M9.九月の雨
「太田裕美白書」などの文献をあさると、筒美京平は「ABBAを意識したんだけどなんか違っちゃった」ということなんですが、ABBAというより、イタリア映画の音楽みたいです。太田裕美のナンバーの中ではもっとも歌謡曲色が強い曲だと思います。オケの人数が多すぎた?スケールが大きく、3コーラスの構成ですが、3番の前半で転調&メロディも変えて一気に盛り上がります。この曲も僕の何かに引っかかっていて、毎年9月1日に車の中でラジオを聴いていると必ず耳にするのですが、その度に運転中にじわーっと来ています。「きーせつーにー」のファルセットがツボなんですよ。

M10.恋人たちの100の偽り
「九月の雨」は今となってはあまり権威が無くなった「年末の賞レース」に太田裕美なりに挑戦した曲でした。当時はTBSの(今もやってる)レコード大賞、その他の民放各社で持ち回りの「歌謡大賞」があった他、各放送局がそれぞれに音楽賞をやっていました。太田裕美はそれらに沢田研二や山口百恵らに交じって、ほぼ皆勤賞で出ていました。結局ノミネートはされても主要な賞は受賞できず、その後はその手の番組とは縁がなくなるのですが、その前後から喉の故障をおこしてファルセット部分が極端に苦しい唄い方になっていました。
この曲のサビのファルセットが自分の声でダブルにしてあるのは、その辺もあるのかな?と思います。地声部分もかなりハスキーになっていて、結局この声がその後の太田裕美の声になります。サウンド的にはまた小編成バンドよりになっていて、私はこの方が好き。

M11.失恋魔術師
あれえ?僕の知っているのとアレンジが違う?僕が知っているのは「背中あわせのランデブー」に入っている方で、イントロが「ちゃーららら、ちゃーららら、ちゃーちゃちゃっちゃちゃー、ぽわぽわぽわぽわぽわお〜ん」の方なのですが、シングルはこうだったのかしら?まだまだ知らないことがたくさんあるなあ…。この曲は例外的に作曲が吉田拓郎です。この頃、A面が吉田拓郎作曲、B面が太田裕美作曲という企画アルバムを出していて、それが前述の「背中あわせのランデブー」で、シンガー・ソングライター路線への布石を打っています。この曲もよく聴くと、メインは女の子の言葉ですが、途中で「失恋魔術師」のセリフになっています。松本隆もかなりしつこいですね。

M12.ドール
と思ったら、また歌謡曲路線のシングルになりました。このへんレコード会社がどういうつもりだったのか、知りたいですね。基本的にコアなファンが手にするアルバムはアーティスティックにして、シングルは一般大衆が手に取りやすいもの、という使い分けをしていたようです。「新譜ジャーナル」なんかも太田裕美のアルバムはちゃんとレビューを載せていましたからね。松本隆の歌詞はどんどん深くなって行くのですが、この曲でいうと、太田裕美に横浜は似合わないと思う。彼女はやはり武蔵野に置くべきでしょう。

M13.振り向けばイエスタディ
ドールまではラジオのベストテンくらいには引っかかっていたのですが、この曲あたりからは同世代でも「知らない」と言われる可能性が出てきます。アメリカで録音したアルバムからのシングルカットです。バックのコーラスとかすごい本格的ですし、ストリングスなんかも臨場感が上がっていますよね。あと、ファン的には新鮮というかショックというか、この曲ではトレードマークのファルセットを使っていません。

M14.青空の翳り
年末賞レースの代わりに(?)東京音楽祭にこの曲で参加していました。つまりアーティスト路線で行くぞ、という宣言をしたわけですね。この曲もファルセットはごくわずかで、地声を中心に歌唱力をアピールしようとしています。ニューミュージック的にいい歌なんですが、特徴が無いんだよなあ。

M15.シングルガール
そして揺り戻しの歌謡曲路線です。CBSソニーどうしということなのか、阿木燿子/宇崎竜童という百恵ちゃん用の布陣を借りて作られています。曲としては仕掛けもいっぱいあるし、良い出来だと思いますが、ちょっと本人のイメージと違う感じ。中原理恵が唄った方が似合いますね。

M16.ガラスの世代
いかにも松本隆みたいな歌詞ですが、実は作詞はちあき哲也。「木綿のハンカチーフ」の後日談的なものを…という趣向なんだと思うのですが、かなり隘路に迷い込んでいる感じがします。とはいえ、記念すべき初の本人作曲によるシングルです。

M17.南風
鳴かず飛ばずだった歌手がCMのタイアップひとつでブレイクして行く中、なぜか太田裕美はCMタイアップに縁がありませんでしたが、ようやく「キリン・オレンジ」のCMに採用されました。これで一息ついて、無事に紅白歌合戦への連続出場を5回に伸ばしました。よかったねえよかったねえ。アダルト路線もアーティスト路線もひとまず保留して、C&Wをエレキギターでやってるだけのような感じがしますが、太田裕美「中興の祖」として網倉一也の名前は一応、記憶されています。

M18.黄昏海岸
これも網倉一也作品です。こちらの方が曲としては出来が良いと思いますが…。

M19.さらばシベリア鉄道
大滝詠一が「ロング・バケイション」で大復活する直前、習作のつもりなのか太田裕美に提供したのがこの曲。ロンバケのラストにも入っていますが、「アンコール!」の後なので、おそらく太田裕美用の曲をセルフカバーしたボーナストラック、という位置づけなのだと思います。作曲が大滝詠一なので、作詞も久しぶりに松本隆で、実はこのコンビが久々に復活したのもこの曲からです。このふたりが再び手を組むときに太田裕美が接点だった、というのはちょっと誇らしい感じです。この後、1年の間で、アルバム"A LONG VACATION"の大ヒットがあって、さらに松田聖子の「風立ちぬ」が発売されているんですよ。

M20.恋のハーフムーン
「ロンバケ」ヒット御礼なのか分かりませんが、編曲も大滝詠一がやった完全なナイアガラ・サウンドでできているのがこの曲(M19の編曲は萩田光雄)です。ベースが同じ音をずーっと弾いて行くサビがカッコイイ!「いえるのぅっ」の泣き節はそれまでの太田裕美では聴いたことが無い声の使い方です。この曲、もっと評価されても良いと思うんですが、みんな忘れてるんだよなあ…。

というわけで、Disc1全曲を聴いてみました。

こないだもちょっと書いたんですが、太田裕美は、M4、M5、M7のように男言葉をしょっちゅう唄っているのですが、そのとき決して「男役」をやらないのです。坂本冬美が男の歌を歌う時は男になっているでしょう?太田裕美はあくまでもその男の子の独白の中に出てくる相手の女の子なのです。「アランドロンが好きな面食いの女の子」が太田裕美なのであって、金もないのに家事も手伝わずにうじうじしている男の子の役なんてやってないのです。この構造が嵌まるのはたぶん彼女だけで、とても不思議です。

2008/09/07

One more time,One more chance/山崎まさよし

山崎まさよしの声の出し方は面白いです。
路線としては町田義人や、クリスタルキングのサングラスの方の人なんかの方面だと思っていますが、それらをもっと作り込んだ声って気がします。
デビュー間もない頃の宇多田ヒカルが、よくモノマネをしていました。私は彼女のファーストツアーの仙台公演に行きましたが、そこでも「うほぅちへかひぇろぅぉふぉ〜ん」ってやっていました。あまり似てなかったけど。似なくても、面白いから真似したくなるんですね。

"One more time,One more chance"は去って行った恋人への断ち切れない思いを未練たらたらで歌い上げ、しかもいるはずのない場所でも探してしまうという、少し精神状態が怪しくなりかけている男が主人公。しかもこの男、そのわがままがまた愛しいとか言って、つきあってる間もすごい弱気に彼女に接していたらしい。こういう男は別れた後もストーカーになりそうです。山崎まさよしはぱっと見モテそうなんで女性が聴いても引くことはないかもしれませんが、歌詞を読むとかなり怖いです。何について歌っているのか分からない歌に比べれば、そういうの好きですけど。

曲の方はとても普通です。
私は「心拍数」に入っているライブ音源で聴いていますが、「風街ろまん」で細野晴臣ががんばってる曲みたいで、目新しい感じはあまりしない。
そんなこの曲のキモは、サビの畳み掛けの部分です。この曲を私が最初に聴いたのは、スーパーマーケットでかかっていた有線放送だったと思うのですが、そのちょっと前に趣味で録音した自作曲のコーラスに似ているな、と思いました。どういうことかというと、1990年頃に作ったオリジナル曲を1993年に焼き直しで録音し直した時、オフコースの「たそがれ」に「インスパイア」されて、大きい音符のメロディの後ろで別の歌詞でコーラスをつけたんです。
つまり、全体の構成やコード進行は動かせないものとしといて、そこに言いたいことを嵌める、というやり方です。おそらく"One more time,One more chance"も全体の尺とコード進行を先に決めちゃった中で、もがいて作った作品なんだろうな、と想像してみました。

この人もカバー・アルバムを出していますね。

2008/08/31

BEAT/河村隆一

年代というのは若い頃は意識しないものですが、社会に出て仕事で30〜40年の幅がある集団の中でもまれているうちに、自分の年代というものを意識するようになるものです。

私は1963年の早生まれですが、我々の年代というのもそれなりに特色があります。就職の時はその1年くらい前の世代から「新人類」と言われました。同世代には連続幼女殺害でこないだ死刑執行されたM君や、新潟で少女を9年間監禁していたS君や、名門小学校に侵入して大勢の学童を殺傷したT君などがいます。スポーツ選手では工藤公康や槙原寛己が1個下。「ちゃんこが不味い」といって職場放棄した横綱や、弟子を育てるよりスイーツの研究が忙しい元横綱なんかがほぼ同い年。文化人では亡くなったナンシー関がいます。芸能人ではあまりよく分かりませんが、前回取り上げたデーモン小暮閣下の「世を忍ぶ仮の年齢」が確か同じくらいだったと思います。日本に戦前から続く年功序列や精神主義の文化と、合理主義と無秩序が入り交じった現代の風潮のちょうど接点にいて、結果として何に対しても客観的でそれ故にパワーがない。その代わり批評眼だけはやたらと肥えていて、何の話題を振られてもかならず一言はコメントが出せる、という嫌味な世代です。

なんでこんな話をしているかというと、私たちより3つか4つ下の世代は"BOØWY"が大好きなんですね。あるいは派生商品のT-BOLANとか。後のビジュアル系にも影響大のバンドで、もっと詳しければここでも取り上げるんですが、私はほとんど聴いていませんでした。AMラジオで「マリオネット」とかがかかってたのは覚えているんですが、私は「バックバンドが頑張ってる西城秀樹」としか思わなかったので、ほとんど興味を持たなかったのです。後に布袋寅泰はよく聴くようになるんですが…。

さて、そこまできて今日の本題。河村隆一の"BEAT"です。
河村隆一 - Love - BEAT
"LUNA SEA"は"X JAPAN"人脈のバンドなのでしょうが、ボーカルスタイルなどからは"BOØWY"の延長上と捉えることができます。これは"GLAY"にも言えることですが、リードボーカルの歌唱法が非常に日本的です。

"BEAT"は河村隆一がロックバンドの枠を越えて、よりJ-POPとして普遍的なものを目指したと思われる作品ですが、その歌唱スタイルは一段とドメスティックで、70年代アイドル歌謡的です。具体的には西城秀樹的であり、あるいは先日ちょっと名前を出したあいざき進也や城みちるを彷彿とさせます。

河村隆一もまた、ファルセットの使い方が特徴的です。
平井堅のように長いフレーズを裏声で唄うことはあまりなく、マーティ・フリードマンが言うところの「ワンノート・ファルセット」が主体なんですが、それ以外の、地声で出している部分の「抜き」のところで裏声を混ぜる、「泣き節」の多用が彼の持ち味です。
この部分だけを取り出すと、アイドル歌謡を通り越して、堀江淳、三善英史、三條正人にまで繋がりそうです。

2008/08/27

ヒーロー(Holding Out For A Hero)/デーモン小暮

週に1度は更新しようと思っているのですが、週末は週末でいろいろと用事がありまして、なかなか腰を落ち着けて書く時間が作れません。はてなの日記と違っていろいろ元手もかかるし、ネタを考えるのも結構大変です。

さて、最近カバー・アルバム市場が活性化しているみたいですね。まだ取り上げていませんが、徳永英明の"VOCALIST"シリーズの成功以来、その動きが顕著なのですが、いろんなアーティストがカバー・アルバムを出しています。
基本的にはオリジナルで売上が地味になってきたベテランが出してくることが多いようです。
もちろん、この手の企画は誰でも出来るわけではなくて、本人もしくはスタッフが「私は(うちのアーティストは)歌唱力がありますよ」と思っているからこそやる企画です。「『喉』に覚えあり」ってわけですね。

最近、TVやラジオで知っただけでも、大友康平、中村あゆみ、島谷ひとみなんかが紹介されていました。デーモン小暮(閣下はつかないんだっけ?)もまた、「喉に覚え」の一人として、主に日本では女性が唄ってヒットした曲をカバーした"Girl's Rock"および"Girl's Rock√Hakurai"というアルバムを出しています。
"Girl's Rock"は私も音源を持っていますが、今回は"Hakurai"の方に入っている「ヒーロー」をタイトルにしてみました。
ヒーロー(Holding Out For A Hero)

デーモン小暮は(そのプロフィールにはあえて触れませんが)聖飢魔Ⅱでロックを歌ってた人ですから、ハイトーンが売りのボーカリストなんですけれど、実際にはハイトーンボイスというよりもテクニックで上も下も出せる、というタイプの声の人です。本当に得意なのは日本男子の平均であるE〜Eの1オクターブで、そこから上はターボチャージャーを使うような出し方。私も調子がいい時はそういう唄い方をします。
余談ですが、平井堅や森山直太朗は高音部はOD(ファルセット)にギアチェンジしてしまいます。また、ひたすら力をいれて押し切る大友康平流のやり方もあって、彼のマネをする(腹に力を入れ、大きなバイブレーションをかける)と誰でも相当高いキーで歌えますから、みんな試してみよう!余談おわり!


デーモン小暮はうまい・へたというよりも、とても器用な歌い手です。仮の姿の幼少時にいろんな音楽を聴き、マネをするのがうまかったのだと思います。この器用さは近い年代で探すと石井竜也とかに通じます。「うまい唄い方ってこうだよね」という「歌のうまい人のマネ」がうまく、それを商売に出来る才能がある。おそらくモノマネをやらせてもうまいでしょうし、「このジャンルの曲はこう唄うとカッコイイ」というポイントを押さえるのがうまいんです。耳が良い、ともいう。

こういう才能は実はオリジナルで勝負すると意外と結果が残らず、「器用貧乏」と言われて終わってしまうのですが、カバー・アルバムは作りやすいです。徳永英明はあまり器用でない故に、それが味になって成功したわけですが、デーモン小暮閣下はどうなんでしょうか?
と、うまい・へた問題もまだ続きます。

2008/08/15

Love,Day After Tomorrow/倉木麻衣

今回は「うまい・へた」問題から離れて、倉木麻衣を聴きます。

"Love,Day After Tomorrow"は彼女の曲の中では好きな曲です。彼女のデビュー曲であり、宇多田ヒカルとの類似がなにかと話題になった作品です。私は宇多田ファンなので、あまり近づかないようにしておりましたが、単独で聴けばよく出来ている佳曲です。
Wikipediaで確認したところ、この曲が発売されたのは1999年12月ということです。9年も経てば時効だと思うので、今一度、この作品について考えてみようと云う主旨です。


さて、とりあえずこの曲のどこがどんな風に、ということは置いておいても、"Automatic"と似た印象を持たせようとしていることは間違いの無いところです。
"Automatic"と"Love,Day After Tomorrow"をiTunesで並べて聴いていると、まず出だしの音がドラムの音から始まるところとか、テンポとか、バスドラの刻み方とか、よく似ています。Wikipediaで調べたら発売日も"Automatic"のきっかり1年後なんですね。それから、実際には声質や発声は全然似ていないのですが、宇多田ヒカルのいろんな声のうちの中高音で靄がかかったようなところと印象が似るように録音されています。あまり音楽に興味の無い人には同じものに聴こえるでしょう。

しかも仕上げは倉木麻衣の方が丁寧できれいです。
イントロを聴き比べると良く分かりますが、"Automatic"は結構音がスカスカで、それを宇多田ヒカルの声で空白を埋めるようにできていますが、"Love,Day After Tomorrow"はハイハットの音とか黒人ラッパーっぽい「イェイ、イェイ」みたいな声が入っています。その後、今聴くとこれでいいの?というほど普通のコード(M7とかの装飾音は付いてますが)をピアノが弾いて行きます。歌の根幹としてはとても普通な歌謡曲なんですね。

宇多田ヒカルの曲作りというのは、今もそうですが、骨組みをデッサンで描いて、肉付けして、色を付けてというやり方でできていると思います。聴いていてもなにかこの辺に核となるアイデアがあるんだろうなと思わされるポイントがあって、どうかすると下描きの線が透けて見えることもあります。手触りがゴツゴツしている。

一方、倉木麻衣をプロデュースした人は、宇多田ヒカルの中にマーケティング上の妨げとなる、過剰だったり変形していたりするものを見つけたんだと思います。それは消費者に嫌われるかもしれない要素だから、そこにヤスリをかけてもっと滑らかなものを作ればもっと売れると思ったんじゃないかなあ。
もうちょっと普通のJ-POPっぽくて、サウンドの仕上げが丁寧で、宇多田ヒカルよりカワイイ女の子に唄わせれば…。そしてそれは、絶対売上額ではさすがに無理(800万枚なんてのは天変地異みたいな数字でしょ)だったけれど、目標は達成したと思うんです。
倉木麻衣のプロジェクトはパソコンのように出来ていて、ケース、CPU、HDD、グラフィックボードをどう付けるか、という作り方がされています。お金があれば良い部品(作家とかスタジオとかミュージシャンとか)を使えるし、ケース(サウンド)を変えれば斬新なイメージにもなります。
歌詞は本人が書いていますが、この歌詞も部品の一つです。全体のプロジェクトを壊すような強い主張はなく、耳心地の良さを損なわないようになっています。引用はしませんが、特に歌詞の英語部分の何も言ってなさ加減はすごいです。

オリジナリティよりもクオリティ。これは20世紀の日本の産業が行き着いた一つの到達点です。
自動車なんかそうだったでしょ?「外車なんか乗ってるの?故障するでしょ、直すとお金かかるでしょ?国産車はお金かからなくていいよ」ってみんな言ってた。

自動車の世界では、そろそろそれだけじゃダメで、オリジナリティとかフィロソフィーとか社会性とかもいるらしいよということ(とりあえず製品上はね。企業としては知らないけど)も考え始めているみたいですが、音楽については21世紀の今もまだ、クオリティの追究の方が重要視されているみたいな気がします。人の命を預かってるわけでもないのにね。

2008/08/03

歌バカ/平井堅

「うまい・へた」問題も回を重ね、いよいよ当代随一の人気シンガーである平井堅を聴いてみました。

このアルバムが発表された時は買うかどうかかなり迷いましたが、「平井堅を2枚聴きたいか?」と自問自答した上で見送りました。
しかし「うまい・へた」問題を書いていて、彼に触れないのも不自然な気がして、銀座の山野楽器で購入してきました。
このアルバムの良いところは、2枚組にもかかわらずCDケースがコンパクトで、私のCDラックに通常のCDと同じように挟めるところです。最近はオーバージャケットとか特殊な仕様が多くて、結果として非常に整理しづらいものが多いので、それだけでも評価です。
さて、家に帰ってiTunesに読み込むとジャンルが"R&B"と出ました。

彼の唄い方の特徴は、J-POPの男性シンガーには珍しくファルセットを積極的に使うところでしょう。マーティ・フリードマン氏も指摘していますが、今のJ-POPではファルセットはメロディラインの途中で最高音の一瞬だけ使う唄い方が多く、特に男性でこんなにファルセットを多用するのは、「悲しみのJODY」の山下達郎以来かもしれません。

ざっと聴いてみましたが、地声で唄っていると確認できるのは下がDくらいから上がオクターブ上のG#くらいと思われ、杉山清貴や玉置浩二などJ-POPの標準的な男性シンガーのキーです。その上がファルセットになってCかもうちょっと上まで使っているようです。

しかも彼の場合は地声と裏声がクロスフェード(?)する領域が広いので、地声で出せるところもファルセットで唄うことがあります。その辺りの音域は地声とも裏声とも取れる声なので、声の使い方をマネをしようとすると、相当しつこく聴き込まなければなりません。裏声だと思って聴いていたら、そこからまたひっくり返って泣き節になることもあるのです。「瞳をとじて」のサビなどは聴き分けるのがかなり難しい。

これは優れたテクニックと云えると思います。
美空ひばり伝説の中に、「音声スタッフがVUメーターでチェックしていても、地声と裏声の音量が変わらない」というのがあるようですが、平井堅もその域に迫っています。
その結果として彼の歌声はとても特徴的で、何を唄っても平井堅になってしまいます。それが「大きな古時計」でも…。

2008/07/26

Search-Light/広瀬香美

以前、"Alpen Best"なるアルバムを聴いたときにも2回連続で書いていますが、もう一度出てきてもらいます。広瀬香美です。

このところ同じような話をしつこく繰り返していますが、日本で活躍している歌手全員を「歌のうまさ」を構成する要素である、「声質」「技術」「解釈」などの点数を付けて総合得点順にソートしたら、彼女が最上位グループに入ることは間違いありません。唯一、声についてはあまり特徴がないというかアニメの主題歌でも歌いそうな匿名性の高い声だと思います。しかし音域の広さと声を届かせる性能にはすばらしいものがあって、たとえば先日書いたMISIAと比べて何か劣っているものがあるかと考えたとき、なにも思いつきません。なによりこのテーマについて書くときに、説明がしやすいのです。
広瀬香美 - Alpen Best - Kohmi Hirose - Search-Light - 07' Remastering

"Alpen Best"のときにも書きましたが、この人の歌でつくづく感心するのは、ビブラートのかけ方とか、リズムにどのくらい正確にのるか、ちょっと外れるか、あるいはピッチを厳密に合わせるのか、ちょっとラフに歌って表情を出すのか、など(凡人には、せいいっぱい正確に歌うこと以外、意識できないようなところ)を聴く側にはっきり意図が伝わるように歌い分けられるところです。モタっているのではなくレガートなんだ、外れたんじゃなくて外したんだ、と分かるんです。いやいや、素人にそんなことを読み取らせてはいかん、理屈抜きに感動させてこそ本物じゃよ、という境地もあるかもしれませんが、私には読み取れる方が面白いです。
男性歌手でこれに匹敵する歌い手がいるのか、私の知っている範囲ではちょっと名前が挙げられません。

もちろん、こうした表現をするにあたって彼女がシンガー・ソングライターであることは大きなアドバンテージだと思います。自分で作った歌だからこそ、「ここは音をたっぷり伸ばして」、とか「ここは音程は気にしなくて良いからパンチをきかせて」という表現のツボが押さえられるんだ、と云ってしまえば簡単です。でも、同じシンガー・ソングライターだからといって、たとえば吉田拓郎がそういう表現をしているかというと、このレベルとは全然違うと思います。
また、自作曲をあまりに芝居っ気たっぷりに歌われるとげっぷがでそうになるものですが、彼女はその辺の客観性もちゃんと持っていて、臭くなるようなこともありません。

広瀬香美は曲作りもプロであるし、ボーカリストとしてもプロです。こんなに高いレベルでバランスしている人はなかなかいません。
この"Search-Light"は2001年1月発売(Wikipediaによる)ということです。この人は曲作りと歌唱法に関して非常にプロ意識が高いと思われ、「次に出るR&B路線の女の子に曲を提供できますよ」と世間(業界?)に伝えたかったんだと思います。だから、バックのゴスペル風コーラスとか、大サビあたりで使っている無限音階かけ上がり(久保田利伸が得意にしてますね)からの超ハイトーン・ボイス(さらにその声をサンプリングして間奏のメロディを歌わせています)など、ベタと云われかねない要素もすべて品揃えとして並べて見せているんです。「商用音楽でご用のある方は、どうぞこちらまでご連絡ください」というメッセージが聴き取れます。

翌日の追記
上のぐるぐる回るリストの中に"Thousands Of Covers Disc.1"というアルバムがあります。これは広瀬香美が他人の曲をカバーしているアルバムで、シンガーとしての力試し的な1枚になっており、やはりとても巧いです。

2008/07/16

INTERLUDE 2

歌がうまいとはどういうことかと考え続けております。
1.肉声という楽器の音色が美しいこと
2.同じくその楽器の音域が広いこと
3.同じくダイナミックレンジが広いこと
4.その楽器を自由自在にコントロールできること(音程、強弱など)
5.楽曲を理解し、きちんと表現できること
とりあえずこの5つくらいが問題なんじゃないか、と考えが固まってきました。

例えば、もう亡くなりましたが、村田英雄という歌手がいました。
彼の声は浪曲出身ということもあって、クラシック歌手のような美しさとは違いますが、邦楽用楽器として優れた音色であったと思います。ただ、ピッチの調整が難しく、力むと音程が上に外れる楽器でした。ライバルといわれた三波春夫の方が西洋音楽的知識が豊かで、音楽性が高いように思えます。
村田英雄

森進一という歌手がいます。彼の声は美しい音色とは違いますが、魅力ある音色の楽器です。また、歌手にとってきれいな声が絶対の条件ではないということを日本人にきちんと教えてくれた歴史的な存在です。またその声のコントロールも巧みでありますが、「伴奏とのハーモニー」という感覚がない(または重要だと思っていない)ので、バックの和音がどう動いても関係なく、エンディングで延々と一つの音を伸ばし続けるという、暴力的な演奏をします。
森進一

あべ静江というとてもきれいな声で唄う女性がいます(最近は唄っているところを見ませんが)。鈴を転がすようなきれいな声だけれども、一つの唄い方しかできないように見えます。
あべ静江
薬師丸ひろ子もちょっとそんな感じがあります。声がきれいと歌がうまいはすぐ近くにあるのですが、このふたりのことを考えると、どうも同じではないようです。
薬師丸ひろ子
次回は私が本当にうまいと思う人の話を書きたいと思います。ああ、とても大変そうだなあ…。

2008/07/13

LOVIN' YOU/MISIA

要は我々素人が歌の「うまい・へた」に言及するとき、「楽器としての声が優れているかどうか」、「楽器である自分の声をいかに思い通りにコントロールするかという技術論」、さらに「楽曲を解釈できるかどうかという知識とセンス」という3つの要素がごちゃごちゃになっていると思います。その際、どうしても声がきれいということに善くも悪くも騙される場合が多い、と思うんです。

また、「楽器として優れている」の中にも「音色が美しい」と「音域とダイナミックレンジが広い」という二通りがあると思います。
前項の杉山清貴は「音色が美しい」楽器であり、その演奏能力にも「問題が無い」、という人です。こういう人はうまいと言いやすいですね。

今日はMISIAを聴いています。
この人は「音色が美しい」上に「音域が広い」楽器であり、その演奏能力も「優れている」人です。
あえて、有名曲のカヴァーである、"LOVIN' YOU"をダウンロードしてみました。
MISIA - LOVE IS THE MESSAGE - LOVIN' YOU(MISIA 1999 LIVE VERSION)
この三十数年前の名曲は、いろんな人がカヴァーしたりTVで唄ったりしますが、たいていは今井美樹ヴァージョンのように、最後の「ああああああー」をオクターブ落とした常識的な範囲で唄うのですが、さすがMISIAはオリジナルのミニー・リパートンと同じキーで、例の箇所も歌メロの1オクターブ上を使って鳥のような声を出しています。

彼女の音色と音域については全く不満がなく、あとは年齢を重ねつつ楽典の勉強を進めて高みをきわめていただくしかないかと思います。"Everything"が代表曲、じゃもったいない。もっと斬新な曲で天下を取ってみせて欲しいですね。