2007/12/30

自己ベスト2/小田和正

自己ベスト2を友人が買ったのを借りました。
そこそこ売れているようで、一昨日埼京線に乗っていたら、向かいに座っていた30代後半と思しき女性が歌詞カードを見ていました。

基本的にオリジナルアルバムと"LOOKING BACK"シリーズを買っておけば、あってもなくても良いはずなんですが、さすがの私もコンプリートはしていないので、こういうの1枚あれば便利ではあります。
今回の聴きどころは、オフコース中期の佳作「愛の中へ」、同後期の傑作である「たそがれ」「君住む街へ」あたりに興味があったので楽しみに聴きました。が、この辺りになるとテクノロジー的なギャップもそれほどではないだけに、オリジナルの方が好きかな、という感じもあります。最近の曲は、いかな私でも「どれがどれやら」という感じもしています。曲のバリエーション以上に声とサウンドの関係があまりに完成しすぎて、結果としてどれも同じに聴こえてしまいます。

あと、さすがに肉体的な問題があるのか、ブレスが細かく入りすぎて、「味」ではすまない何かを感じさせるところもらしくない感じです。還暦を迎えてこの声、このキーを保つのはたいしたもんだと思いつつ、昔を知ってるだけにちょっと複雑な感じですね。

2007/12/12

Alpen Best-Kohmi Hirose/広瀬香美

今日は、首都圏エリアではありましたが、それなりに遠距離&長時間の移動があったので、改めて昨日の広瀬香美をエンドレスで聴いていました。広瀬香美が一番流行っている頃はリアルタイムであまりちゃんと聴いてなかったんですが、今になってじっくり聴くと良いですね、彼女。

まあとにかく、歌手として作家として、抽き出しの多いこと!
ビブラートひとつにしても自由自在なんですね。初期はほとんどノンビブラートで棒みたいに歌い、ときおり、8分音符にやたらシンクロした、のおおおおお、みたいな感じ(その辺が八神純子的だと思わされるんですが)だったのが、時代が下るにしたがって、具体的には"I Wish"あたりからはナチュラルなビブラートも使い始め、さらには渡辺真知子ばりの泣き節(一瞬裏声が交じる、やつですね)も使い始めます。それは声が出なくなってごまかしてるんじゃなくて、ポイントのところでは初期とおんなじ高音ノンビブラートも使っているんです。これだけ自由自在に歌を唄えればさぞかしレコーディングが楽しいでしょうね。

一方、曲作りの方はめちゃくちゃ論理的、なんだと思います。正確に評価できる知識は無いんですが、1曲当たり大きく4つくらいの部品を作っておいて、それをいかに上手に繋ぐか、ということをすごく計算した、プロフェッショナルな作り方をしていることが分かります。ときにはそのためにブリッジ部分をかなり強引に作ったりもしています。例としては「ゲレンデがとけるほど恋したい」の最後のサビの手前の「ま、さ、に、ぜっこ、おちょおー」の辺りなど。そしてそれは、作り込みが甘いんじゃなくて、「そういうゴツゴツしたところがあった方が曲として魅力的である」と分かってやっているのが聴いていて分かるんです。わあ恐ろしい…。
しかも、メロディの固まりを4つ作ったら、ひとつかふたつはちょっと過去の有名曲を下敷きにしたキャッチーで、あまり音楽に興味が無い人でも食いつけるようなところが必ず作ってあります。これも計算ずく。で、これだけ曲を作り込んでおいて、いざ歌を吹き込む段になると、タイミングをあまりきっちりにせずにところどころ音符を少し長めに歌って(モタるんじゃなくてタメてる)、結構下世話な感じの歌詞がちゃんと伝わるようにしています。

何処まで行ってもプロフェッショナルな上に、最終的なできあがりは現代的歌謡曲の王道。彼女が出てきたころはあまりFMのベストテン番組も聴いてなかったので、実際にはどうだったか知りませんが、故・宮川泰氏などは絶賛してたんじゃないでしょうか?そういう、宮川泰→ザ・ピーナッツの路線の現代版、という感じがものすごくします。

最後に、「月の下で逢いましょう」は割と最近の作品ですが、これハロプロ関連によく合いそう。GAMの次の曲はこれにしたら良いんじゃないでしょうか?特に藤本美貴の声に良く合うと思う。

広瀬香美 - Alpen Best - Kohmi Hirose - 月の下で逢いましょう - 07' Remastering

2007/12/11

ロマンスの神様/広瀬香美

世の中、いろんな企画があるものだなあと感心します。
広瀬香美のアルペンCM曲を集めたアルバム、という商品がこの12月5日に発売になっていました。曲目は90年代に毎冬手を替え品を替え流れていたCMソングです。
アルバムは正価2500円のようですが、実はiTMSでも販売がされていて、

広瀬香美 - Alpen Best - Kohmi Hirose

こちらは全曲一括ダウンロードで1600円。ジャケットいらないでしょ、広瀬香美の場合。私はこっちで買いました。

広瀬香美というと、だいぶ前に八神純子の話を書いた時に引き合いに出しましたが、その立ち位置が良く似ています。
オーソドックスな曲作り、高くしっかりした声。
しかもそれが洋楽的なテクニックというよりも歌謡曲的であるところが良く似ていると思います。八神純子は時代の限界だったのかもしれませんが、比較的ルーツが分かりやすい(元ネタがバレやすい)曲を作っていましたが、およそ20年の時を隔てて現れた広瀬香美は、はるかに高度で尻尾を掴みにくい存在になっています。新しい曲も聴きたいですね。

歌うの大変そうな曲ですが、なんか巨乳アイドルの人がカバーしてるのをアマゾンで発見しました!

2007/12/02

和幸:ゴールデン・ヒッツ/和幸

加藤和彦という人は、もう私の年代だと本当のことは良く分からない人なんですね。
「帰って来たヨッパライ」も「あの素晴らしい愛をもう一度」も、「サディスティック・ミカ・バンド」も幼児〜児童期のことで、その頃の僕は西郷輝彦とか小柳ルミ子とか野口五郎とかを無邪気に見ていた子どもでしたから。

そんなわけで、加藤和彦については大人になってからある程度「お勉強」の一環として触れただけです。最近もなんかのコマーシャルに出演したり、木村カエラを引き込んでの「サディスティック・ミカ・バンド」再結成などの活動をしていますが、はっきり言ってテレビで見る限り「飄々とした、歌の下手なオジサン」としか見えません。
しかし、残して来た作品を見ると、「タイムマシンにお願い」、「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー(岡崎友紀)」、「不思議なピーチパイ」をはじめとする初期の竹内まりやのシングル、飯島真理「愛・おぼえていますか」など、その時代、時代でハイカラな曲を作っており、自身のソロでも「だいじょうぶマイ・フレンド」など、印象的な作品があります(この辺はWikipediaを参考にしています)。

その一方で、以前にも書きましたが、ラジオに出て来て「今の日本にはロックはない。ロックとは形式でなく生き方だから」という発言をするなど、硬派な部分も持っています(と、同時に本人は自分がロックンローラーであると思っていると思われる)。

さて、そんな加藤和彦の直近の仕事が「和幸」のプロジェクトです。iTMSでもダウンロード可能。

和幸 - 和幸:ゴールデン・ヒッツ

THE ALFEEの坂崎幸之助と組んで、架空のグループ「和幸」のオールタイムベスト盤「和幸:ゴールデン・ヒッツ」である、という見立てで作られたアルバムです。グループ「和幸」のキャリアは加藤和彦の活動期と同じ、ということなんでしょう。相方の坂崎幸之助はアコースティックギターの名手であり、その年齢以上に日本のフォーク史に詳しい人なので、加藤和彦の苦手な部分をサポートするに最適な人選であったと思われます。

そんなわけで、このアルバムは60年〜70年代の音楽に造詣が深いほど面白いはずで、私も雰囲気は分かるんですが、笑うところまでなかなかいかない。タモリの「戦後歌謡史」に匹敵するパロディなのだと思うんですが、自分の若さが憎い!(と、手のこんだ自慢をして終わります)

2007/11/26

Urban Mermaid/伊藤由奈

伊藤由奈、もう1枚買ってきてしまいました。
今、CMでかかっている"Urban Mermaid"です。めざまし土曜日のテーマ"Colorful"も入ってやたらコストパフォーマンスのよい1枚になっています。

はっきり言って楽曲的にすごい、感動した!という作品じゃないんですけど、久々に声でやられました。強い、きれいな声です。
"I'm a beautiful mermaid"って、中身が外人じゃないと歌えないでしょ?日本人の感覚だと絶対「なんちゃって」って付けないと歌う自分を正当化できないと思うので、そういう意味では本人の個性をよく生かした作品であると思うし、それに応えるポジティブな歌唱が見事です。


自分を病人に喩えると、平原綾香はベッドの毛布のような声であり、伊藤由奈は点滴のような声です。強制的にポジティブなエネルギーを注入されてしまう。安静にするだけでは治らないほど病んだ時、拒絶反応の危険はあるが、この人の方が早く良く効くのではないかと思うとともに、この声に惹かれる今の私の精神も、かなりまずいところにあるのかも、と思うのでした。

2007/11/04

くちばしにチェリー/EGO-WRAPPIN'

休みのうちにもう1本。精力的だなあ、俺。

最近、服部良一トリビュートアルバムなんていうのも出ていて、昭和の音楽がまた見直される気配があるようですが、EGO-WRAPPIN'はそんな昭和趣味な音楽を10年くらい前から始めていたようで、奇しくもクレイジーケンバンドの活動時期と重なります。

EGO-WRAPPIN'の最近の活動は良く分からないのですが、2002年当時に歌っていた曲が、これ。

本人たちがどういうキャリアの人で何を狙っているのか、私は知らないんですが、私には単独で服部良一トリビュートをやっているように見えます。
昔の音楽の引用ということでは、ドリカムなども以前はアメリカのオールディーズな雰囲気をうまく使っていて、それはそれでシャレていたんですが、超ビッグになったことや、例の一件などの影響か、その辺のユーモアセンスをすっかり無くしてしまって残念。その点、EGO-WRAPPIN'の変な明るさ、乾き方はほっとします。

ドリカムもEGO-WRAPPIN'も、その女性ボーカルはいずれも「平成の江利チエミ」スタイルと言えますが、ここ数年、吉田美和がその不幸さまで本家に似てきてしまっている一方、EGO-WRAPPIN'の女性は江利チエミを通り越して、もっと明るくドライな笠置シヅ子まで遡っているように見えます。これ、もっと見たいなあ。

2007/11/03

R35 Sweet J-Ballads/オムニバス

もう50万枚とか売れているらしい(オリコンスタイルのニュースによる)恥ずかしい商品、"R35 Sweet J-Ballads"を買って来てしまいました。どこかのスポーツ新聞には70万枚と書いてあったような気がする。

果たして、悲しいかな中身は全部知っていて、その昔名古屋市中区錦3丁目あたりのスナックで自分や同僚がカラオケで歌っていたものばっかりです。

01.SAY YES/CHAGE and ASKA
直前にASKAのソロ名義で出した「はじまりはいつも雨」がいわゆるすっごいいい歌だったのに、本隊用にさらにこの曲を作れたのは立派。まさに脂ののった仕事ぶりでした、お見事。カラオケで歌う時は私はCHAGEのパートを担当していました(サビのコーラスは大嘘ですけど)。

02.君がいるだけで/米米クラブ
おそらくコアなファンにとってはどうでもいい曲。小田和正がドラマ主題歌用に「君が、嘘を、ついた」を作り替えて「ラブストーリーは突然に」で成功したのを参考にして「浪漫飛行」か「ひとすじになれない」を焼き直したのだと思われる。この直後に発売されたコンサートのビデオ"THE 8TH OF ACE"でも歌っていない。

03.何も言えなくて…夏/JAYWALK
言い訳できないくらいWham!の「ラストクリスマス」に似ている。この曲のカラオケでそのまま歌えるので試して欲しい。
それを過剰なロック色で必死に隠してるのが恥ずかしい。しかも冬版を作って「メリークリスマス」とか白状しちゃってるのも恥ずかしい。

04.Get Along Together〜愛を贈りたいから〜/山根康広
この歌がパロディでもなんでもない「いい歌」として作られ、「いい歌」として流通したのが信じられないが、そういう時代だったんですなー。まあ2007年現在でも多少手口を巧妙にしてEXILEあたりが同じことをやってるんですけどねー。最後のキメの「つげえざー」の発音は当時でも不可だろう。

05.TRUE LOVE/藤井フミヤ
この曲を得意にしていた同僚に、「お前の結婚式のときは俺がギターで歌ってやるからな」と約束しているんだが、先方都合で実現できていません。

06.シングルベッド/シャ乱Q
最初ラジオでイントロを聴いた時はさだまさしかと思い、その後テレビで凄い格好して歌っているのを見て、なんだこいつら?と思いました。まさかあの兄ちゃんがこんな風になるとはねえ…。今この曲を聴くと、ニューミュージックをよく分解して再構成しているな、と思いますけどね。ちょっと「きみの朝」みたいな展開があったりして。

07.離したくはない/T-BOLAN
私、当時からビーイングは全体的にダメだったので(B'zを除く)、この人たちにも全く興味がなく、専ら会社の後輩が歌うカラオケで知っていました。今回初めてオリジナルを聴いたが、君たちは何をそんなに力んでおるのか?歌もそうだし、「レ・ミ・レ・ミ・ミ・ファ・ミ・レ」だけの旋律をこんなに大げさに飾り立てられてもなあ。で、結局BOØWYとどっちが偉いの?

08.クリスマスキャロルの頃には/稲垣潤一
この頃、一流の歌手はクリスマスソングでヒット曲がないといけない、という掟があって、作り手もかなりやけくそになってた頃ですね。歌の主人公たちはクリスマスどころではない、といった内容で、サンタさんも「ちょっとこの家はやめとこう」と思うでしょう。ところで稲垣潤一の歌い方って郷ひろみのマネをしている人みたいですね、今も。

09.Woman/中西圭三
僕は"You And I"をよく歌ってたな。当時、久保田利伸・中西圭三・中西保志と「和製ブラコン」の旗手3人がいて、みんなお猿さんみたいな顔だったんですが、3人とも猿の種類が違う。ペットとして飼ってもいいかなと思うのは久保田利伸系の猿ですね。

10.夏の日の1993/class
最近なんかの拍子でリバイバルしていました。会社の同僚と「カラオケの課題」として研究して、ハモリのパートをかなり真面目に覚えたので、今でもできる。同じようなことを"BOMBER GIRL"でもやった。私は近藤房之助の役だった(基本的にデュエットではハモり担当なんもんですから)。

11.もう恋なんてしない/槇原敬之
まだ不祥事も起こさず、いろいろバレていない頃の槇原敬之のヒット曲。ナンシー関がテレビに出る顔じゃない、と書き続けていたが、このキャラクターが一般社会で生きて行くのは辛いだろうから芸能人で正解。音楽の才能は優れているのだから。

12.サボテンの花〜"ひとつ屋根の下"より〜/財津和夫
とってもたくさんある「サボテンの花」バージョン違いのひとつ。コンプリートするには何個集めればいいんでしょうか?基本的にこれはR35に入れちゃダメだろう、と思うが…。

13.接吻 kiss/オリジナル・ラヴ
これだけ突出してカッコいいな、と思うのは私に「渋谷系」コンプレックスがあるせいでしょうか?声が男らしいです。今40代以下でこういう声の歌手ってあまりいない気がする。例えばジョー山中、町田義人。山崎まさよしはちょっと喉絞め過ぎでないかい?

14.壊れかけのRadio/徳永英明
今、Vocalistシリーズで完全復活してますね。この人はやっぱりコンポーザーよりもボーカリストの人で、自作に拘らずに自分に合った曲を歌っていれば安泰ですね。イントロは薬師丸ひろ子の「時代」と区別がつきません。

15.愛が生まれた日/藤谷美和子・大内義昭
長年のハモり担当生活のおかげでこの曲は完璧にできます。出張先で初めて行った店とかで順番が回って来たらそこで一番カラオケ好きそうな女の子とこれをやる。で、ある程度の評価をいただいてから一人で歌うのです。聴いていれば分かると思いますが、これの男のパートって上行ったり下行ったりでとても大変なんですよ。

16.世界中の誰よりきっと/中山美穂&WANDS
はい、ビーイングは分かりません。長嶋さんが歌ってた野球中継のテーマと同じようなものなんでしょうね。

2007/11/02

ENDLESS STORY/伊藤由奈

名前はきっぱり日本語表示ですがハワイ出身の歌手、伊藤由奈です。Wikipediaによるとお母さんが韓国系アメリカ人とあるので、ユナというそっち由来の名前を日本風に表記しているのかもしれません。
歌はうまいと思います。というか声が良い。おおらかさと知性を感じさせる容貌も悪くありません。

日本人で上手いと言われる歌手でも、実は声そのものは弱い人が多い。日本語の発音や発声が実は音楽向きじゃないのかもしれませんね。私見ですが、一度英語圏で育ってから日本語で歌った方が良い声が出るのではないでしょうか?自分がカラオケで歌っても英語の歌の方が声そのものは良く出るような気がします。

映画の劇中歌からヒットしたこの曲は「いかにも」なバラードですが、外人さんらしくちょっとひねってあるのと、サビがあまりに印象的なのでなんとなく説得されてしまいます。全編英語にしたら外国の有名曲に似そうな気もしますが。それと「いーとしさでぇぇぇ」の「で」の音が前のめりになるのがちょっと不思議な感じ。
私はこの曲が入っているアルバム"HEART"を聴いてみたくて通販の中古CDを買いました。都内のCDショップをいくつか回っても全然在庫がないものですから…。発売元は追加プレスしてないんでしょうか?

さて、この伊藤由奈さん、最近はちょっとアップテンポのCMソングを歌っていますが、これからどうなっていくのでしょう?
どうも日本のポップス界は、声の良い歌手に見合った楽曲を提供できない傾向があるので、意外と早い時期に杏里あたりのカバーをやらされる("Dolphin Ring"
杏里 - ANRI the BEST - ドルフィン・リング
あたり)のではないかと、ちょっと心配。島谷ひとみにならなきゃいいけど。

2007/10/29

最期の川/CHEMISTRY

ここ十何年か、「いい唄アレルギー」になってしまい、特に年末を控えたこの時期、若いアーティストがえらく保守的なバラードを出して来たりすると、背骨の下の方がこそばゆくなるような感じを覚えて、「やめてぇー」と云いたくなる。
できるだけそういう曲の情報は聞かないようにしているんですが…。

先日、たまたま車で移動中にかけていたラジオで、なんとかいう映画の主題歌であるCHEMISTRYの新曲、と紹介されていたのが「最期の川」でした。辛島美登里なイントロから驚くほど普通のバラードが聴こえて来て、CHEMISTRYってもうちょっと志の高い曲を歌ってたんじゃなかったっけ?とちゃんと確かめたくなりました。
GYAOでクリップが配信されていたのでアクセスしてみると、紹介文に「作詞が秋元康」と書いてあって、謎も解けたし聴かなくていいような気がしましたが、つい恐いもの見たさで聴いてしまいました。

うーん。凡庸な詩と曲を、歌い手二人の根性で無理矢理2007年にアジャストしている感じでした。内容は「千の風になって」のヒットを下敷きにマーチャンダイジングされた、過去に「人の死」について書かれた作品(歌、マンガ、ドラマなど)のフレーズをパッチワークしたようなもので、曲も平凡。これで感動するためには、聴く側も童心に帰るか、または歌い手のCHEMISTRYに匹敵するくらい根性を入れて、独自の思い入れをするしかありません。
これを陳腐というと、おそらく秋元康は「俺は『川の流れのように』の作者だぞ、『川』は俺様が本気になったときの象徴なんだ!ありがたく感動しろ!」と居直るんだと思いますが、あれだって戦後最大の歌手が自らの命を削って一人前の曲に聴こえるようにしてくれていたんだから、作家の手柄じゃないし…。
たしかにCHEMISTRYは上手いし、二人揃っていい声を聴かせてくれますが、そのメロディラインは普通に動くと昔の曲に似てしまうのを、必死になって別方向にねじ曲げているのが分かりすぎです。結果、歌い手二人のハンドル操作の巧みさだけが伝わってくるのが気の毒です。

その昔、演歌は時代と歩いていけなくなった人を、いつまでも名前だけで大センセイ扱いし続けたことで世間から見捨てられましたが、今のJ-POPの生産ライン内にもそろそろ整理しないとボトルネックになる、老朽化したセンセイが多くなって来たのではないかな?どうせ減価償却は終わってるんでしょ?

2007/10/24

ほんとの気持ち/松たか子

松たか子の「ほんとの気持ち」です。iTMSにも入っています。

松 たか子 - ほんとの気持ち - EP - ほんとの気持ち

かなり前、小田和正がソロになった頃から、名古屋ローカルの某ラジオパーソナリティの人が「またいつもと同じですが…」みたいな紹介をするようになりましたが、ま、確かにそういいたくなるのは分かる。興味が無い人にはここ20年くらいの小田さんの曲は全部同じに聴こえるだろうなあ。
そして、それは他人に提供した曲でも同じで、この曲も松たか子の声なのに、明らかに小田さんの曲とバレてしまいます。こないだのKAT-TUNの曲も、街で流れているのを聴いてすぐに分かりましたね。
その理由の一つはオケのコーラスを自分の声でやっているので、声でバレちゃう、ということですが、それ以外にも、バックのコード弾きの楽器がシンコペーションしながらベース下降のパターンで進んで行ったらもう怪しいし、歌詞の中でやたら「そこ」だの「ここ」だの「そのとき」だの「夏が過ぎて」とか言ってたらほとんど決まりです。
こないだ本屋で「小田和正詩集」というのを見かけて吃驚しましたが、私、オフコース時代から小田さんの曲は大好きだけど、歌詞で感心したことはほとんどないけどなあ。よほど私生活を詮索されるのがいやなのか知らないが、抽象的で何もいってないような歌詞が多くて、読んで面白い歌詞では無いと思う。ま、持ってれば歌本の代わりにはなって便利なのだろうけど…。多分斉藤由貴の詩集の方が読んでて面白いと思う。

松たか子なら自分で作詞もしそうなものだけれど、この曲は作詞も小田さんになっています。とりあえず女言葉で作ったりしていますが、やっぱり一緒でした。この曲は2003年に発売されていますが、ちょっと後に自身で歌った「大好きな君に」が良く似ていますし、オフコース時代の「きっと同じ」の楽器を増やしただけにも聴こえます。

それがいけないかというとそんなことは全然なくて、シンガー・ソングライターって本来そういうものだと思うし、曲を聴いただけで誰か分かるって凄い境地です。
吉田拓郎、井上陽水、中島みゆき、山下達郎はそうですね。その下の世代だと小室哲哉がいて、奥田民生がいます。レベルが違うはずなんだけど、なぜかその後に続いているのが福山雅治か?

2007/10/22

CHU-LIP/大塚愛

はてなダイアリーの方は、思いついたことをだらだら書いていけばいいのですが、こちらは一応音楽専門という縛りがあるので、ひとたびなにを書くか考えついても、もう一回聞き直したり、最低でもWikipediaなどで裏をとったりするので、更新が滞りがちになります。こっちの方がずいぶん真面目に書いているのですが、相変わらず人気もないようで。まあこれだけ趣味的にやっていれば読む方も大変だわな。まあ長く続けているうちになにか価値のようなものが出てくるかもしれないのでゆっくりやっていきます。

さて、今日は人気のありそうな大塚愛の話でもしましょう。
この人、年齢も良く分からなかったので、早速Wikipediaで調べると1982年生まれとのこと。意外と若いんですね。曲作りがあまりにしたたかなので、もうちょっと上かと思いました。
一方、会社の新人のF君が「恋人にしたい芸能人」に挙げる程度にはアイドル的な消費のされかたも吝かでない風情を漂わせています(水着の写真集は出ないと思うけど)。F君、芸能人にはもっと奇麗な人がいるでしょ?と思うんですが、どこか脱力したような外見に癒されるのかもしれませんね。アイドル的とはいえ、昔のお人形さん的清純アイドルではなく、それなりに恋愛とかも通り抜けて来て、なおかつ明るくて蓮っ葉な(死語ですね)感じがするのが良いのでしょう。四十半ばのオジサンにもそれは理解できます。

大塚 愛 - CHU-LIP - Single - CHU-LIP

この人の良いところはドメスティックなJ-POPの世界できっちり結果を出しましょう、という潔さを感じるところですね。そういう意味では社会人としてしっかりしてると思う。芸術家肌ではなく、職人。
方向としては矢井田瞳なんかの感じなのかな?と思わせるところがありつつ、あんなに洋楽的でなく、きっちり歌謡曲しているところが素人には却ってありがたい。だから矢井田瞳は結構、大塚愛を「あんにゃろー」と思っている気がする。そういうお前だって椎名林檎の偽物じゃないか!?って喧嘩になる?近田春夫だって最初はそう書いていたし…。でも、冷静に聴いてみると、椎名林檎の巻き舌は中島みゆきとか下手すると日吉ミミのような日本的発音で(だから藤圭子の娘とも絡める?)、矢井田瞳は外人風だった、とか今となっては違うことが分かってきました。

大塚愛はその矢井田瞳をうーんと分かりやすくして、国内限定仕様に直した感じ。200km/hで何時間もぶっ飛ばすことを目的にせず、120km/hくらいまでで乗り心地が良く、戸越銀座商店街で自転車をかきわけて走っても、許してもらえそう、といった出来映えになっています。

ここまでポップな、大衆性に徹した女性シンガー・ソングライターというと、意外に思いつかない。西脇唯とかが似てるかな、とも思うがここまでは成功してなかったし…。というわけで、これからどうなるのか、しばらく静観…。

2007/10/13

恋しよう♪/リア・ディゾン

秋になって人恋しくなったのか、iTunesでアイドル歌謡をいくつかダウンロードしてみました。
今後の話題になるかもしれないので、今日全部は紹介しませんが、グラビア界の黒船(何だそれ?)「リア・ディゾン」の「恋しよう♪(この音符マークはWindowsだと文字化けするのではないか?)」を聴いてみました。

リア・ディゾン - 恋しよう♪ - EP - 恋しよう♪

残念ながら一人の女性としては、あの薄い眉毛とその下のきつい目つきが恐ろしく、あまり食指は動かないんですが…。

さて、曲はm-floの"Come Again"そっくり(細かく聴くと似てないんですが、遠くから見ると素人には同じものに見える)。リアちゃんはLisaよりもちょっと声が太く、アイドル歌謡にしては音域内で上下が激しい曲の中でさすがに最高音、最低音に近いところはよく聴くとしんどそう。それでも声質が良いのと、録音・編集時の加工が上手いのか意外なほど上手く聴こえます。しかもリア嬢はどこで日本語を覚えて来たんでしょうか?譜割りの細かい曲ですが、歌詞が良く聴き取れ、なぜか英語部分もやたらきっぱり聴き取れます。特に2コーラス目の"Because I love you"など外人なのに日本人が歌っているようです。

さて、それにしてもm-floが絡まずにこの曲で良いのか(というか、絡んでいてもこんな自己模倣みたいなことは本人もしないでしょうが)?
作曲の平田祥一郎さんは、Wikipediaによるとゲームミュージック出身で、J-POPではEXILE、上戸彩、伊藤由奈やジャニーズ系で実績があるとのこと。
ふ〜ん。つまり「何々風」の発注を大過なくこなすことが得意な人なんでしょう。つまりm-floってこういうもんだろ?今時のR&Bってこういうもんだろ?ってわりとそれがちゃんとそういう風に聴こえる、という才能なんでしょうね。帰納法的作家というか、抽象化能力が高いというか。私もどちらかというとそういう人なんで、それは良く分かる。けど、消費者としてはあまり支持できないな。自己嫌悪的感情も込みで。しかも提供する相手はカラオケ大会優勝的に上手い歌手かアイドルで、結局CD1枚に、頭から尻尾まで「商業」が詰まっている、そういうものです。

2007/10/07

honeycreeper/PUFFY

デビューして十余年、出て来た時からすぐにいなくなりそうな風情だったにもかかわらず、年齢を重ねても、メンバーが結婚しても、ずっと続いているどころか「アメリカでも大人気」なPUFFYです。オリコンアンケートでもらったミュージック・ギフト券を使って最新アルバムを買って来ました。

デビューは1996年ですから、モーニング娘。よりも活動期間は長い。なんでモーニング娘。を引き合いに出すかというと、私はPUFFYの出現によって日本のいわゆるアイドル歌手は総括され、次の段階に入ると思ったからです。だから、当初は変形したアイドルとして生まれたものの、モーニング娘。がその後に純粋なアイドルとして活躍していたり、鈴木あみとかが出てくる余地があったのは、ちょっと不思議な気がしています。まあ、人間が成長する間にはアイドル的なものを必要とする時期があり、そのための商品は永遠に再生産されて行くのかもしれません。

さて、アイドル歌手とはなんであるか、としみじみ考えると、
1.アイドル歌手は楽曲よりも本人の存在こそが商品価値である
2.その存在価値の中心は歌唱力ではなく、外見とか声などから喚起される性的興味である
ということだと思います。1は大物アーティストならみんなそうですからね。

で、"R35"のときに個別に触れましたが、80年代のアイドルはニューミュージックの力を借りながら時代の音楽になんとか追随し、常に今風であろうとしたわけですが、その中には安易な外国曲の模倣が大変多く、そのテの情報に詳しい人にはかなり恥ずかしい例も多くありました。
さて、そんな80年代産のアイドル歌手たちがある程度淘汰されて、生態系的にアイドル歌手的なもの(性的なものを内包した興味を抱かせる、若いパフォーマー)の居場所が空いたとき、PUFFYが出て来ました。本人たちは下手くそではないが、それほどパワーを感じさせない良く似た感じの女子二人組。
外国曲の模倣ではなく、超有名曲を批評的に引用する奥田民生流のカラオケはロック色が強く、PUFFYがその歌唱においてユニゾンを多用するのはこのバックに負けないためなのではないかと思います。

さて、最新アルバム"honeycreeper"(タイトルは辞書で見ると「ミツドリ」という鳥の名前らしい。ハチドリとは違うんだろうか?)はデビュー曲「アジアの純真」をセルフカリカチュアしたかのような「オリエンタル・ダイヤモンド」から始まります(表記がダイ「ヤ」モンドなのがまた良い)。作者もデビュー曲と同じく井上陽水/奥田民生です。この10年間、PUFFYの基本線がずっと変わっていないのがよく分かります。この他、作家陣としては吉井和哉、真島昌利、ピエール瀧、宮藤官九郎など一癖ありそうな人が集まっています。以前のシングル曲でも草野正宗などを起用していましたね。
もちろんPUFFY側がそういう楽曲提供者を望んだのだと思いますが、PUFFYに歌わせる曲を作るというのは、シンガー・ソングライターにとっても楽しいことなのではないでしょうか?
カッコつけて書くと、PUFFYというのはシンガー・ソングライター(特に男子)にとって魅力的な作品異化の装置だと思います。自分の曲ってどうなんだ、自分の作風ってどうなんだという検証をするのにもってこいなんではないかと。それはPUFFYのユニゾンボイスが良くも悪くも匿名性が高いからです。だったら「初音ミク」でもいいじゃん!?半分はそうです。でもそこはやっぱり生身の、そこそこカワイイ女の子がやってくれる付加価値っていうのが大きくて、もし彼女たちがアイドルであるとするなら、そこがアイドル的価値なんじゃないでしょうか。

8曲目の「妖怪PUFFY」は車で聴いて笑ってしまった。不覚!

2007/09/30

強く儚い者たち/Cocco

最近、iPod nanoで移動中に音楽を聴いているんですが、選曲が面倒くさくなると「曲をシャッフル」にして、ランダムに出てくる曲をだらだらと聴いています。
全曲がすごいお気に入り、というわけでもないので当然好きな曲、どうでもいい曲が流れて来ます。好き嫌いを越えたところでやたら存在感があってついちゃんと聴かされてしまう曲というのもあります。

前にちょっと触れましたが、Coccoの「強く儚い者たち」なんかは好き嫌いを越えて、ちょっと聴きこんでしまいます。曲は平凡なんですが、やっぱり歌詞が強いんですね。今歌っている曲(「甘い香り」)より言葉もちゃんと伝わって来ます。

Cocco - 強く儚い者たち - Single - 強く儚い者たち


この歌のストーリーは、港(夢のような南の島なんでしょう)の女が旅の若い男を捕まえて、誘惑しているというようなことで、そういう色恋沙汰は古くから演歌・歌謡曲の題材によくある話。ただ、演歌・歌謡曲では、コトの後で、その港を離れた男が遠くから女を恋しがっていたり、女が出て行った男への未練を歌うのに対して、この曲は今まさにそういうコトになろうとしている現場を歌っているのが新しい感じがします。
で、Cocco姐さんが若い男に云ってるのは、「子どもっぽい感傷を捨てて大人になりなさい」であり、「女って云うのはあなたが思っているようなものじゃないのよ」ということです。ニューミュージックな男の子はその言葉を浴びせられて女性に対する幻想を壊され、海辺で夜更けまで泣き続けた後、どうしようもなくなって、甘いお菓子をもらいに姐さんの部屋に行くことになるわけだ。

2007/09/24

Shangri-La/電気グルーヴ

電気グルーヴもヒップホップなのかと思っていたら、普通はテクノに分類されるんですね。
確かにこの曲およびこの曲が収録されているアルバム"A"にはラップはほとんど使われていません。
私がこの「日本のラップ」シリーズで電気グルーヴの話をしようと思ったのは、例えば初期のアルバム"662 BPM BY DG"などでの非常に攻撃的なラップのイメージがあるからです。
"DENKI BIRI BIRI"とか、聴いているととても痛快ですが、絶対に電波媒体では放送できないことを云っています。

日本のヒップホップの主流にいる強面系ラッパーに漂うのは体力に裏打ちされた不良の匂いであり、犯罪を犯すなら好奇心からの薬物、あるいは短絡的な欲求による恐喝、婦女暴行、喧嘩の果ての殺人あたりだと思われます。しかし、電気グルーヴからは、引きこもりの末の幼児誘拐殺人だとか親殺しといった救いようのない、根の暗い犯罪が想像されます。
あるいは強面系は躁鬱的であり、電気グルーヴは神経症的とでも云いますか。
どっちにシンパシーを感じるかというと、私は電気グルーヴの方なんですけども。

2005年に電気グルーヴはスチャダラパーと合作でアルバムを発表します。
大学のサークルで喩えると、文芸連と学研連の合同研究発表ですね。両者とも体育会とは話が合わなそうです。

さて、このシリーズも1997年まで戻って来たわけですが、ここから現在までの10年を語るためのテキストは何を選べばいいのでしょう?"Dragon Ash"?

2007/09/22

DA.YO.NE/EAST END×YURI

話の流れとして、この曲の話を書かないわけにいきません。ブックオフで250円で売っていたアルバムも買って来ました。でも、やっぱりうまく書けそうにありません。

うまく書けませんが、日本でマイナーだったラップを、商業的に成功させた功労者です。ブレイクしたのは1995年。歌っている内容は頭悪そうな日常会話ですが、ところどころに日本語とリズムに関して実験しているところもあり、ぼーっとして聴いていると気がつかないところで追究するものの存在を感じさせられます。
実際、"denim-ed soul 2"の中で彼らは「俺たちに続け」というメッセージを発信しています。

MC Hammerの"U Can't Touch This"から約5年、日本のラップ/ヒップホップはこの辺にいたんですね。

2007/09/20

今夜はブギー・バック/スチャダラパー

日本のヒップホップの夜明けは1994年のようです。
この年、「タモリのボキャブラ天国」のテーマソングとしてこの曲が採用され、また「DA.YO.NE」が発売されています。「DA.YO.NE」が実際に大ヒットし、EAST END×YURIが紅白歌合戦に出たのは1995年。この2年が重要な年ということになります。

スチャダラパーは最近のヒップホップの人たちとはかなり違う雰囲気で、強面なところがほとんど感じられません。MCボーズの声が落語的であり、アニの声はおぎやはぎ的でいずれも脱力系。早口でまくしたてるよりもリズムに乗ってゆったりと言葉が流れる感じ。本格的ヒップホップというよりも、変化球です。
ヒップホップは日本人をバッターに迎えて、初球をカーブから入ったということになります。

私が持っているのはこの曲が入っている5曲入りミニアルバム「スチャダラ外伝」です。歌詞カードを見るまでもなく、最初から最後まで何を言っているか非常に明確。特にボーズの滑舌は上手い落語家のようであり、外見が水道橋博士と紛らわしいこともあって、知らない人には芸人に見えます。

2007/09/14

VISITORS/佐野元春

はい、ラップの話の続きです。
世に言う日本で最初のラップ作品を含むアルバム(Wikipediaにもそのような書き方がされています)、佐野元春"VISITORS"です。念のため、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」とどっちが早いのか調べてみたら、佐野元春が半年くらい早かったです。

さて、改めて聴いてみました。
特に1曲目の"COMPLICATION SHAKEDOWN"に驚いた。街で流れている今のヒップホップと云われても全然分からないと思います。すごいじゃん!
あえて今の作品と何処が違うかというと、カラオケを多分、ちゃんとミュージシャンを呼んで録音していると思われること。いきおいその演奏はロックまたはファンクの延長でそれが今の流行かというと、ちょっと違うのかもしれない、というくらいのものです。今のヒップホップはサンプリングでベーストラックを作るんでしょ?作曲・演奏力ではなくて、編集センスが勝負なんでしょうね。

もともと佐野元春は歌詞の文字数が多く、メロディが付いている曲でも同じ音程を連続して歌詞を乗っける歌い方をしていましたから、ここで聴けるラップもちょっとメロディが感じられ、Dragon Ashや今流行っているケツメイシ、リップスライムなどのラップに近い耳触りになっています。

「半年後」の吉幾三(セールス的にはこっちが上じゃないか?)は民謡調演歌のトラックで、あまり音程を感じさせないラップをやりました。これは秋田音頭にも似ていますが、本人はラップ(のパロディ)のつもりのはずです。
一方、日本には八木節や河内音頭のように節があって、最初に歌い手が自己紹介して(「ちょいと出ました三角野郎」、とか「お見かけ通りの若輩で」、とか)、そこからいろんな話を始める、というラップに近いスタイルがありました。無理な解釈ですが、佐野元春や現在のリップスライムやケツメイシに近いと言い張れるかもしれませんね。

とにかく、日本における現代ラップの夜明けは、佐野元春と吉幾三だった、と決めつけたところで次へ。

2007/09/11

トレイン/ケツメイシ

最近、iPodを買い替えまして、初代"shuffle"から第2世代の"nano"に買い替えました(そしたらすぐにnano新型が発表されましたね。あとiPhoneそっくりなのとか。私は音楽が聴ければいいので、別に旧型でいいんですけどね)。これで、ピンポイントで曲を選んで聴くことが出来ます(考えてみれば不思議なプレイヤーですね、"iPod shuffle"は)。


さて、そんな私は今、"nano"を使って日本のヒップホップを研究しています。お盆に日本語ロックの話を集中して書いた時に、次は日本のラップ/ヒップホップ、「秋田音頭からケツメイシまで」などと書いていましたが、なにせ「電気グルーヴ」より新しいのを聴いてないもんですから。で、一番取っ付きやすそうなのがケツメイシだったので「ケツノポリス5」を聴いてみました。

えー、聴きやすかったです。歌詞の内容も伝統的な、別れた彼女の歯ブラシがどうの、と財津和夫か槇原敬之のような描写があったり、エビちゃんがたくさん出てくるCMの曲はちょっと"Help!"に似てたりして。

その中でも「トレイン」はメロディが中年にも分かりやすいですね。前に聴いた"ORANGE RANGE"に比べて仕上げが奇麗ですし、そこそこ年齢もいってるようなので、云ってることも相応の含羞と扇動的な部分の割合が適度(このジャンルとしてはややおとなしすぎるキライがありますが)だと思います。
MCが3人くらいいるんでしょうか?
歌の部分でリードをとる人と、佐野元春に似た声の人と、坂崎幸之助に似た声の人がいますね。

そして、昔のラップはバックの音に合わせるというより音程を感じさせない台詞で語っていましたが、ケツメイシに限らず最近流行っているラップはバックの音程に合わせて歌うようにしていますね。というようなことが分かったところで、ある程度歴史を遡りつつこのシリーズをぼちぼち続けることにします。


2007/09/03

R35 Rock&Pops Super Hits/オムニバス(Disc2)

昨日に引き続き、R35 Rock&Pops Super Hitsの話の続きをします。
今日は後半、Disc2の18曲を紹介します。

1.The Power Of Love/Huey Lewis & The News
例のゴースタバスターズの元ネタがこの曲なんだとずっと思っていたら、その2年前のアルバムの中の曲のことだったんですね。ま、いずれにせよこの人が「ガッツだぜ!!」のお祖父さんというわけか。声も歌い方も"Van Halen"のデイブ・リー・ロスに似ている、というかこれが正統派ロック・ボーカルというものなのか?このR35のDisc2は映画のテーマソングが多いんです。

2.Don't Stop Believin'/Journey
高校の同級生が、これと"Cheap Trick"が好きだった。テレビに出てくる音楽しか知らない私には何のことやら…でしたが。

3.Danger Zone/Kenny Loggins
「トップガン」は面白かったなあ。会社の先輩の家で3回くらい見たのですっかり内容を覚えてしまいました。中森明菜の"DESIRE"が聴こえてくるのは空耳が過ぎるか?

4.Eye Of The Tiger/Survivor
映画のテーマ、しかも人気シリーズの何作目、というのはその世界の中で思いっきりやれるので、作る方もピントが絞りやすいんでしょうか?もう、臆面も無い盛り上げ方です。ギターのカッティングもいいが、ピアノがカッコいいですね。シンセサイザーは奥の方でストリングス系の音を出しているだけですが…。

5.The Final Countdown/Europe
ロッキー3が"Eye Of The Tiger"で、"4"がこの曲です。こちらはもっと派手にするにはこれしかない、という倍音たっぷりのシンセから始まります。前に書いた"Every Little Thing"の"Dear My Friend"のイントロがこんな感じ。ハウンドドッグの"ff"と書こうと思ったら、あっちの方が発表が早いようです。逆輸出?というか世界中のロックバンドがシンセサイザーというものをどうかっこ良く使うかを研究していた成果なんでしょうか?

6.Mr.Roboto/Styx
「まーたーあうひまでー」は「ま」を前に出して「(ま)たーあーうひまでー」と載せた方が日本人的だと思うんですが、Styxの人は二重母音は万国共通で長音になるだろうから、と「あう」を一つの音符に載せたんでしょうか?ところが歴史的には「あう」は「あふ」だから、やっぱり2音節使ってくれないとネイティブ・ジャパニーズには違和感があるんだよなー、という屁理屈を最近買った旧仮名遣いの本を読みかじって構築してみた。

7.Owner Of A Lonely Heart/Yes
これもイントロが特徴的。イントロにそのまま使っちゃうとあんまりなので、間奏でちょっと拝借してみたのが中森明菜の「サザン・ウインド」。さっきの"DESIRE"が濡れ衣でないとすると、本家が流行った翌年に使う、というのが彼女のスタッフの常習的手口だったようです。

8.Get It On(Bang A Gong)/The Power Station
このギターのカッティングもカッコいいですね。真似したくなる。なんかすごく良く聴く気がするけど、具体例が思い浮かばない。

9.Wild Thing/X
こちらはもっと泥臭いですがギターが印象的。Disc2はそういう曲を集めたんでしょうか?「メジャーリーグ」の一番良い場面でかかる、メガネのピッチャーのテーマソングです。

10.La Bamba/Los Lobos
日本では菅原洋一も歌う、もはや古典です。解説を読むと映画用にロス・ロボスが演奏したとのこと。おそらくアレンジもオリジナルに近く、録音だけが新しいということだと思います。

11.Call Me/Blondie
"Blondie"って、ボーカルのお姐さんが金髪美人だったんですよね、確か。香坂みゆきの2つあるヒット曲のうちのひとつ「気分をかえて(1981年)」がやはり1年後に出ていますが、これも言い訳できないレベルで似ている。山崎ハコも外見に似ず大胆なことをやるなあとリアルタイムで思っていたが、今はどういう打ち合わせでそういう曲作りになったのかに興味がある。それにしてもこの頃のアイドル歌謡ってやつは…。

12.Long Train Runnin'/The Doobie Brothers
歌詞カードには1973年と書いてありますが、どうしてこんなに音がいいんでしょう?この辺になってくると似ている場合は「引用」と解釈した方が良い例が多いでしょうね。山下達郎「スパークル」のイントロなんか雰囲気ですが、押さえているコードが違いますし、こういうギターの聴かせ方という定石がここで出来た、ということなんでしょうね。

13.What A Fool Believes/Matt Bianco
オールドスタイルな感じのする曲にシンセベースが当時の「現代」を感じさせます。トランペット(だよな)の音がこんなに和む作品も珍しいのでは?

14.My Sharona/The Knack
出ました。イントロクイズが全く無意味な1曲。ずっとイントロみたいな曲だもんな。このフレーズは不滅というか、神懸かりと云って良いと思う。

15.I Was Made For Loveing You/KISS
KISSって、もっとうんと昔のバンドだと思っていたら、この曲が79年なんですね。音楽的にはちょっと他のナンバーより落ちるような気がするが、ファンは多いですから、入ってくるのは当然でしょう。これもギターの「ざっざー、ざっざざーん」という音が印象的ですが、一度頭の中でこのギターに合わせて「せくしゃる、ばいおれーっと」と歌ってしまうと、後はそうとしか聴こえなくなります。試してみよう!

16.Black Night/Deep Purple
ここからラスト3曲はR35というよりもR50の世界のような気がしますが…、まあ何度もCMなどに使われていますから、意外と幅広い年代でそれぞれに懐かしい曲なのかも知れませんね。間奏部分のギターの低音弦で弾く3連フレーズを延々と弾くとオフコース「歴史は夜つくられる」のイントロに…。

17.Born To Be Wild/Steppenwolf
これもイントロのギターが印象的。ユニコーン「与える男」のイントロはこれの「引用」ですね。奥田民生は拝借したアイデアだけで1曲を作ることはなくて、きっかけだけとかブリッジのフレーズに有名曲の一部をはめるのが得意で、初期のPuffyではそれを徹底的にやって「見せた」わけですね。

18.Stand By Me/Ben E.King
最後は1960年の曲です。うーんすごいですね。シンプルです。ベースラインが最後まではっきり聴こえて、音階を覚えて歌えそうです。これも古典であり定石でしょう。なぜか舘ひろし「泣かないで」が聴こえてくるのは、空耳が一段と酷くなっていますか?


というわけでDisc2まで聴き終わりました。
今回、このCDを買って来た理由は、お盆休みに書いていた「日本語の問題」を考えているうちに、「外国のボーカリストは英語をどう歌っているのか?」という疑問が改めて湧いたからです。ロックサウンドを優先する中で、ミスチルのように単語を変形させたり、巻き舌で歌ったりしているのかをできるだけ多くのサンプルを集中して聴いてみたかったからです。
ただ、私には英語のヒアリング力がありませんから、結局本当のところは分からないのですが、おそらく多くの英語圏のロックボーカリストは母国語を聞き取り可能な発音で歌っているのではないかと感じました。ちょっと違うんじゃないのかな、と思ったのはM.C. HammerとDavid Bowieの芝居がかった2例でした。

では日本人はどうやってロックを歌ったら良いのか?その答えはもう出ているのか、まだなのか?風に吹かれているのか?

2007/09/02

R35 Rock&Pops Super Hits/オムニバス(Disc1)

さて、ニューミュージックからJ-POPへと邦楽が発展する中で、消化すべき元ネタとなったのが、この"R35"に収録されている曲たちなんでしょう。
欧米で成立した音楽を日本人がやるにあたって、いきなりオリジナリティを要求するのは難しいのかもしれませんね。また、本家の欧米のアーティストにしたって、先人の成果の上に自分のものを積み上げて行くわけですから、日本のアーティストに対してだけこれはあれの真似だ、パクリだと指摘するのは音楽の可能性を狭めることになって、結局は日本の音楽をつまらなくしてしまうことになるのかもしれません。

ただし、短期間で売れれば良い、または経営上売らなきゃならない、という動機で安易に既存の外国曲のアイデアを拝借してヒット曲を作ったところで次に繋がるものはないわけで、やはり自分たちでそこに何か付け加えた形で新たに発信しなければ、自分は創作活動をしているとはいえないのではないでしょうか?

このR35に収録された曲は、1から10までではないかもしれないけれど、後に続く者になにかをインスパイアさせる力を持っている曲だと思います。

それでは、このオムニバスに収録されている曲を紹介しましょう。まずはDisc1から。

1.JUMP/Van Halen
7月1日のエントリでも触れているので話題が重複しますが、シンセサイザーの白鍵を2本指で適当に弾いてると生まれるシンプルだがカッコ良いイントロ、しかもその後のギターがとんでもない名演。曲自体は似ていないが、前に書いたように"Every Little Thing"の"FOREVER YOURS"の間奏はこの曲のエディのギターソロの、不完全コピーです。

2.Wake Me Up Before You Go-Go/Wham!
Wham!のアイドル歌謡っぽい可愛い曲。彼らのヒット曲である「ラスト・クリスマス」に夏の話の日本語詞をつけてカバーし、一躍有名になったのが"J-WALK"。

3.Psychic Magic/G.I.Orange
サビがむちゃくちゃ印象的ですが、実はイントロやAメロに使いやすそうなアイデアがいっぱいありますね。

4.Take On Me/a-Ha
発声練習みたいな曲。地声でかっきり2オクターブ(Aから2つ上のA)使って、ファルセットでまだ上がある(ちょうど山下達郎の音域ですね)。4オクターブ出る、とか云って威張っている人は一回テレビでこの曲を歌ってみせて欲しい。宇多田ヒカル「蹴っ飛ばせ!」はたぶんこの曲へのオマージュ。

5.Mickey/Toni Basil
最近ゴリエがカバーしてリバイバルヒットしました。渡辺美里「恋したっていいじゃない(1988年)」がそっくりですね。

6.There Must Be An Angel/Eurythmics
ちょっとJ-POPでは生まれてきそうにない、キリスト教文化を感じる格調高い曲。スティービー・ワンダーのハーモニカがカッコイイ。

7.Relax/Frankie Goes To Hollywood
イントロだけでなんの曲かすぐ分かるオリジナリティがすごい。中森明菜の"BITTER AND SWEET"というアルバム(1985年)の中に"BABYLON"というそっくりの曲がある。多分明菜が「コンサートで"Relax"を歌いたい」と言い出して、アイドルにちょっとこの歌詞の内容は…ということで似た曲を発注したんでしょう。

8.Venus/Bananarama
Bananaramaのバージョン自体がカバー曲であり、日本で孫カバーしたのが当時の中途半端なアイドル、長山洋子。この曲でやっと日の目を見た(その後の意外な展開には驚いた)。モーニング娘。もこの曲のパロディ「LOVEマシーン」で国民的アイドルグループになった。底力がある曲なんでしょうね。

9.U Can't Touch This/M.C. Hammer
「バブルへGo!!」の船上パーティーの場面でも使われた超有名曲。M.C. Hammerの発音だと「ケンタシティス」と聴こえるが、これが正規の英語の発音なのか、黒人独特の訛りなのか、彼の国でのツッパリ系発音なのか、極東の島国から1歩も出たことのない私には判断が付かない。とにかく現代日本のヒップホップの原点がここに。強面に喋るだけ喋って、疲れると「休憩~っ」てサボって、いいところになると「俺の番だぜ」って戻ってくる繰り返しが可笑しい。"Stop,Hammer time"のニュアンスをきっちり日本語に出来た奴が日本のラッパーの頂点になる、と私は思う。

10. Every Little Step/Bobby Brown
これもラップですが、M.C. Hammerと違っていたってイージーリスニングな曲です。似てる曲がいっぱいありそうだが、具体例が浮かんで来ない。いつもどこにでも流れているような気がするんですが。というか、M.C. Hammerを聴いてた連中がデブ5人くらいで輪になって歌うラッパーになって、こっちを聴いてた人がリップ・スライムとかケツメイシになったんでしょうか?また勉強しときますけど…。

11.Let's Go Crazy/Prince
この人はオリジナリティがありすぎて真似しにくいんでしょうね。岡村君?ちゃんと聴いたこと無いのでパス。

12.The Reflex/Duran Duran
この頃のイギリスもののボーカルって声がよく似てますよね。ボーイ・ジョージだといわれればそんな気がするし、ジョージ・マイケルだと言われればそんな気がする。特にカルチャー・クラブとは、全然違うものと思いきや、ギターの音とかも似てるんだな。曲はとにかく派手。理屈抜きで楽しい。ちょっと子どもっぽいけど…。

13.Let's Dance/David Bowie
それにしてもデビッド・ボウイのルックスと発声のギャップに改めて驚かされる曲。M.C. Hammerとはまったく別の流儀ですが、この発音もわざとなんでしょうね。「ふろーぅぅわ」って怖いわ。Gacktがなんでいつも声をあーゆー風に加工しているのか、という答えのヒントがこれかも。ビジュアル系の元祖がこれなんでしょうね。あと、荻野目洋子がコーヒー・ルンバの途中で叫んでいたのもこれだ。

14.Don't Stop The Dance/Bryan Ferry
"I Like Chopin"(1983年に出ているので、そっちが先)に似てない?解散直前のオフコースもこのテのサウンドが多い。例「昨日見た夢」

15.Invisible Touch/Genesis
英語は出来ないけれど、このPhil Collinsの英語はすごくよく聴き取れるような気がする。基本的に外国のロックボーカリストは発音がしっかりしてると思うんですが、どうでしょうか?
オフコースの"I'm a man"(1987年)がこのまんま。ミキサーのビル・シュネーは止めなかったのか?ビジネスに徹していたのか?

16.She Drives Me Crazy/Fine Young Cannibals
このイントロはさすがにパクれないよな。シンプル&有名すぎる。

17.Don't Get Me Wrong/The Pretenders
今でも何かの番組のテーマソングに使われてますね。ちょっと言い訳できないほど似ているのが本田美奈子の「ワンウェイ・ジェネレーション(1987年)」。

18.Silly Love Song/Wings
同じCDに入っているとこの曲だけ音圧が低くてボリューム調整してしまう。テクノロジーが一世代昔なんでしょうね。さて時は1979年。"Three and Two"のレコーディングに集まったオフコースの面々、
「仁、ベース練習してきたか」
「Wingsだったらバッチリや」
「じゃ、この曲そんなかんじで」と小田和正が持ってきたのが「愛あるところへ」
「俺のもそんなかんじで」って松尾一彦が持ってきたのが「君を待つ渚」。
「キャラかぶっとる(当時はこの言い回しはない)やん。元は一緒やから俺はどっちでもいいけど…」
「じゃ、松尾の曲は没ね。コンサートの時はやらしてやるからさ」
「せっかく作曲印税が入ると思ったのに…」
「年下なんだから口答えするなよ」
このときの不満が10年後に爆発し、オフコースの解散に繋がった…というのは嘘にしても、出だしの効果音は後に「アレンタウン」になったような気がするし、 "I〜Love〜you〜"が"Take〜 on〜 me〜"になったようにも思う。ついでにこの、"I 〜love〜 you〜"の声って小田さん?とか思うんだよなあ。やっぱり、ポールって偉大?

R35 Rock&Pops Super Hits/オムニバス(トレイにCDが入っていません)

この項では、まだ中身の話にはなりません。


"R35 Rock&Pops Super Hits"は熱心な洋楽ファンには呆れ返っておヘソで茶を沸かしたくなるような、ベタなヒット曲がまとめてあります。その分、私のように音楽的にぼんやり生きていた一般消費者でも、曲名とアーティストは答えられなくても、あ、これあの頃よくかかってたなあと思える曲ばかりです。惜しむらくはおそらく大人の事情系理由でマドンナやマイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエルが入ってないのが唯一の弱点ですが…。

もし、同じように"R50 Rock&Pops Super Hits"というのが企画され、ビートルズ、ストーンズ、キャロル・キング、PPM、S&G、CSN&Yなどが入ったら、J-POPの歴史が全部語れる素材になるかもしれませんね。


ビートルズやストーンズの出現をきっかけにして、60年代の日本では片やグループサウンズ、片や商業主義に背を向けたロックという大きく分けて二つの流れが出てきました。その前にはフォークソングのブームもあり、こちらも小奇麗なアイビールックの大学生がアメリカのフォークソングのカバーや職業作曲家の作品を歌うタイプと、小汚いカッコで自作の反体制的メッセージを歌うタイプの2種類が存在しました。

70年代の初頭にはグループサウンズは廃れ、アンダーグラウンドなフィールドから出現した「はっぴいえんど」が新たな日本語ロックの潮流を作りました。一方フォークソングも、「帰ってきたヨッパライ」や「走れコータロー」などのメガヒットが生まれ、また吉田拓郎が森進一へ楽曲を提供して成功するなど、大手による商業音楽への合流(吸収?)が進みました。また、フォークソングもある程度「サウンド」に目覚め(または、ボブ・ディランもそうやってるからという理由か?)、ギター1本で絶叫していた歌手が、いつしかエレキギターを手にロックバンドの編成で歌うようになりました。これがフォーク・ロックと言われ、直接のニューミュージックの祖先にあたります。人類で言うとクロマニヨン人のようなもので、遺伝子的にはニューミュージックとなんら違いのない存在です。

70年代中盤から後半にかけては、名称も定まって、いわゆる「ニューミュージック」が成立しました。
テレビの世界には無縁だった「シンガー・ソングライター」が、テレビの歌番組で、キンキラキンの演歌や歌謡ポップスの歌手と同じ画面で並んで映ることが珍しくなくなりました。その画面の中には、歌謡界からフォーク・ロック界への親善大使だった太田裕美がいましたし、シンガー・ソングライターでありながら歌謡曲のステージに飛び込んだ庄野真代や五輪真弓がいました。


ニューミュージック連中のサウンドへのこだわりは、最新の洋楽ヒットをチェックし、自分たちで再現するという方向で、どんどん新しい技術を吸収していきました。
折しもジャズとロックが融合した「クロスオーバー」や「フュージョン」と呼ばれる、ロックバンドの編成で超絶的テクニックを交えた格好いいインストロメンタルの演奏を聴かせる音楽も流行してきました。

ニューミュージックもそれらの影響を受けて発展していきました。演奏テクニックならチョッパー・ベース、バイオリン奏法、ライトハンド奏法…。また、音作りの技術も発展します。バスドラムやスネアドラムの音色の変化、コンピューターと同じテンポで驚異的な発展を続けるシンセサイザー類…。
1980年代になると、もはや「ニューミュージック」というジャンル名自体に手垢が付き始め、「俺たちはニューミュージックじゃない」というのが当時のミュージックシーンのトップランナーの自意識になりました(それは時代が下っても「俺(たち)は渋谷系じゃない」とか「俺たちはビジュアル系じゃない」と云うアーティストの意識と同じでしょうね)。

オフコースなんかが代表でしょう。TOTOやWingsのサウンドを取り入れ、5人のメンバーのうち4人がリードボーカルをとれる歌唱力があって、完成度の高い声のハーモニーと演奏で、半年かけて作り込んだレコードと同じ音をライブで再現できるのが当時の彼らのウリでした。本人たちの自意識はどうあれ、1980年代初頭において、彼らは「ニューミュージックの頂点」でした。

その後数年の間にニューミュージックは一段とロック色を強めたり、R&Bやテクノポップの要素を加えて、"J-POP"と呼ばれるようになり現在に至るわけです。

ここまでが前段です。

2007/09/01

九月の雨/太田裕美

9月になったので、9月の歌を。

私の太田裕美ファン歴は1977年発売の「九月の雨」から始まります。当時私は中学生でしたが、前年に大ヒットした「木綿のハンカチーフ」はあまり好きではなかった。ちょうど父の転勤で首都圏から愛知県に都落ちした頃で、田舎の女の子と都会に行った彼氏の物語が癪に障ったのかもしれません。
その後の「しあわせ未満」、「恋愛遊戯」がお洒落で、その頃から意識して聴くようになり、「九月の雨」が入ったベストアルバム"Hiromi Selection"をお小遣いで買ったところで完全にハマりました。そのLPジャケットが実物の3割増くらい美人に写っていたこと、年齢不詳の声が私から見たら8歳もおねえさんなのにもかかわらず親近感をもてたこと、の2点が大きかったですね。

さて、「九月の雨」は太田裕美のシングルの中でも例外的に歌謡曲よりの曲です。
彼女は実際には当時最大手の芸能プロダクションに所属しており、変わった声のアイドル歌手として芸能生活をしていても不思議の無い人でしたが、ピアノの弾き語りが出来たことと、はっぴいえんどでその日本語ロックの作詞をほぼ一人で担当していた松本隆が(後に小室哲哉が華原朋美に入れ込んだみたいに)プロデューサー的に関わることで、フォーク・ロック的な楽曲を歌う、独特な存在でした(まだニューミュージックという言葉は流通していなかった)。
特に前作「恋愛遊戯」が当時としてはかなりお洒落なボサノバだったので、歌謡曲ど真ん中な「九月の雨」には、子供なりにちょっと戸惑いました。彼女はこの曲で年末の賞レースにもほぼ皆勤賞で顔を出し、その意味では一回ちゃんと歌謡曲として評価をもらっておこう、というような戦略もあったのかもしれません。

なお、太田裕美本人の著書「太田裕美白書」によると、筒美京平は「九月の雨」をABBAを意識して作ったのだが、ちょっと違ってしまった、ということらしいです。2コーラスが終わってから転調して畳み込んでくる大サビが素晴らしく、しかし太田裕美がその声の性質上たたみこめない非力さが却って感動を呼ぶという、不思議な効果を生んでいます。

2007/08/29

Beautiful World/宇多田ヒカル

物理ディスクの発売に合わせてiTMSでも"Beautiful World"がダウンロードできるようになりました。私は、宇多田ヒカルはアルバムはアマゾンで買って、シングルはiTMSで買うようにしていますから、さっき帰ってからダウンロードしました。

宇多田ヒカル - Beautiful World / Kiss & Cry - EP

ファースト・インプレッションとしては、"Flavor Of Life"以降の好調が持続している感じですね。ちょうど去年発売されたアルバム"ULTRA BLUE"に収録された曲の時期(「Be My Last」〜「Keep Tryin'」の間)は、ちょっとタイヤが地面をしっかりかんでいなかったような気がします。海外進出の結果が厳しかったことやら、プライベートの問題やらの総括を行っていた時期として解釈するべきでしょうか?

さて、"Beautiful World"は歌詞も構成もシンプルなのに、相変わらずただ者でない感じを漂わせています。去年発表してイマイチ浸透しなかった"Passion"で試したものを、もう一度分かりやすく調整して盛り込んでいるようにも思います。C/Wの"Kiss & Cry"が非常に情報量(と仕掛け)が多い曲であるのと好対照になっていて、しかしどちらの曲も相変わらず歌詞が聴き取りやすく、(最近のJ-POPの中では例外的に)何を言っているのかがよく分かります。先日やっていた日本語問題の書き方をふまえると、宇多田ヒカルの歌詞が聴き取りやすい理由は、
1.日本語の発音が日常会話からかけ離れていないこと
2.歌詞そのものが論理的で聴き手が頭の中で歌詞を再構築できる
3.ネイティブな英語発音とカタカナ語の発音のメリハリがしっかりしている
などが考えられます。日本語の載せ方としては、「な、なかいめのべ」みたいな「はっぴいえんど」的な例は最近は減っており、聴く側にその辺で頭を使わせるよりも、より自然に通じやすい載せ方をしているように思います。

日本語問題以外にも、彼女は本当に今のJ-POPにおいて貴重な存在で、書きたいことがたくさんあるのですが、体力的に無理なので、また機会をみつけて整理していきたいと思います。

2007/08/28

Sim City/平沢進

P-MODELのメンバーとしても知られる平沢進のソロアルバム、"Sim City"です。

平沢進 - Sim City

1995年の発売当時、"Sound & Recording Magazine"等で特集が組まれた作品で、私もその雑誌記事を読んでから買って来て聴きました。

1980年前後からという長いキャリアを持つ、テクノポップと云っていいのかな?コンピューター・ミュージックをやってきた人です。しかも曲作りで使用するコンピューターはMacではなくて"ATARI"だか"Amiga"だかを使っているそうです。一事が万事そんな感じの人なので、世間の流行のど真ん中にいたことは多分ありませんが、アニメなどに使われる曲の作者として知っている人が多いかもしれません。その独特な世界には、おそらく相当コアなファンがついている、と思われます。
また、かなり以前から自らのサイトで楽曲のインターネット販売を行っている先取の人でもあるようです。

私は"P-MODEL"も平沢進のソロも、それほどたくさん聴いているわけではありませんが、この"Sim City"はコンピューターを使った「歌もの」の音楽として、とても好きです。いわゆるテクノポップに比べて、圧倒的に歌が大事にされているのです。
平沢進の声は低いところはちょっと寺尾聰のようでもあり、高音の、ファルセットと地声の境目あたりは民謡歌手の様でもあります。そして、そんな歌声にもバックのリズムにも、深いエコーがかかっていて、幻想的というのかなんというか。とにかく最初の2曲を聴いてみていただければ、好き嫌いがはっきりすると思いますので、もし気に入ったら、演奏時間的には短いアルバムですから、ぜひ一気に聴いてみて欲しいです。iTMSでもダウンロード可能です。

平沢進 - Sim City

ちなみに、タイトル曲のコーラスと、ジャケット写真のモデルをやっている美人は、タイのニューハーフなのだそうです。

2007/08/27

ドラマ/宇多田ヒカル

宇多田ヒカルが今後どのくらいの期間、音楽家として活動するのか分かりませんが、おそらく3rdアルバム"Deep River"までが「初期」と云われることになるのでしょう。
この期間は彼女が大人になる過程を発表し続けた時期だからです。

"First Love"はタイトルの通り「恋知りそめし頃(どこかで聞いたような…)」で、それが邦楽史上もっとも売れてしまったわけですが、その後"Distance"で恋愛がよりリアルなものになってきて、"Deep River"発表後には恋愛だけではなくて、本人が結婚までするわけですから、彼女の人生と作品は密接に繋がっているわけです。ここまでのシングル曲を集めた"SINGLE COLLECTION VOL.1"の歌詞カードには手書きで「思春期」と書いてあります。この時期の彼女はシンガー・ソングライターでありつつ、若き純文学の旗手でもあったのだと思います。文学界も"First Love"に芥川賞をやれば良かったのに…。

"Distance"は800万枚売れたお化けアルバム"First Love"に続く2ndアルバムとして発売されました。
"First Love"だけで引退(または夭折?)とかしていたら(個人の金銭面だけを考えたら、それもアリだったのでは?)神様になっていたかもしれませんが、彼女は歌い続ける選択をしたわけですね。まあ、周囲のこともあったでしょうし、なにより表現者としての自分を抑えることが出来なかったでしょう。

とはいえ、この時点でも10代ですから、引き続き人間的な成長期です。作品も進歩しているわけですが、お金もかけられるようになりました。この頃のPVは凄いことになっています。
さて、今落ち着いて"Distance"を聴くと、「いわゆるR&Bサウンド」との"Distance"を調整している時期なのかな、ともとれます。もともと、当時の彼女のオフィシャルサイトで読んだプロフィールでは「好きなアーティスト」にフレディ・マーキュリーとか尾崎豊の名前が並び、年齢の割にR35なヒット曲を好むようです。私は最初のツアーでの仙台公演を見に行きましたが、オリジナルだけでは曲が足りない部分を、なぜか"a-Ha"の曲を歌って保たせたりしていました。"Distance"の中に「蹴っ飛ばせ!」という曲が入っていますが、これは誰でも気づく"Take On Me"の翻案です。
そんなわけで"Distance"は前作よりも彼女のルーツとなる音楽がよく見えるアルバムになっています。前作を越えるためには自分の中にある材料を全部出さなければならなかったのかもしれませんね。

で、やっとこさ「ドラマ」の話です。

宇多田ヒカル - Distance - ドラマ

「ゴッドファーザー〜愛のテーマ〜」にちょっと似ている重苦しいメロディ、というかこれは「演歌」では?いや、ここはお母さんに敬意を表して「怨歌」と書きましょうか?この作品についての本人および周辺のコメントも読んだ覚えが無いので、本当の制作意図は分からないのですが、私はずばり「藤圭子へのオマージュ」ではないか、と思っています。
私はおっちょこちょいなので、つい宇多田親子3人(U3名義)で作った"STAR"というCDも買ってしまったのですが、両親主導で作った(なにせ、当時の光ちゃんは9歳とかなので)その作品は、後の娘の作風とは全然違う、演歌のような曲が多いのです。
この「ドラマ」という曲は、両親が"STAR"という作品の中で途半ばで力尽きたテーマを、娘が仇討ちをしてみせた、そして改めて「藤圭子の娘」もきっぱり払拭してみせた、という曲なんじゃないかと思います。

"Distance"での軌道修正を、安易な路線変更と見る人がいるかもしれませんが、"Automatic"の話でも書いたように、どんなサウンドにするか、というのは髪型や化粧や服と同じです。自身の成長や、時代の影響からスタイルが変わって行くのはあり得ることで、ましてや10代でこの道一筋なんていうのは信じられません。昔から一時代を築くようなアーティストは融通無碍なもの。スタイルを限定するのはある程度キャリアを積んで、自分が固まってからで良いでしょう。逆に今はスタイルを先に決めないと作品が作れないタイプのアーティストが多いような気がします。

2007/08/25

One More Night/Phil Collins

先日、"R35 Rock&Pops Super Hits"という80年代を中心にした恥ずかしい洋楽オムニバスのCDを購入しました(最近、同企画の邦楽版CDのCMが流れていましたが、あれはもっと恥ずかしい。とても買えない)。当時の大学生のたしなみとして、私がMTVを視ていた頃の曲がたくさん入っています。Genesisの"Invisible Touch"が入っていました。

このころのGenesisや、Phil Collinsのソロアルバム"No Jacket Required"は、当時の日本の音楽にどれだけの影響を与えたことでしょう、というかどれだけの曲の元ネタになったことでしょう?
あるかないか分からないニューミュージックとフォークの違いのひとつが、最新の洋楽スタイルに対する意識でしょう。ニューミュージックは、とにかくカッコいいものを取り入れようとした。その悪く云えば節操のなさはアイドル歌謡もニューミュージックも似たようなものでした。もちろんそれがあって発展したものもいっぱいあったんでしょう。それに、当時GenesisやTOTOに似た音が出せることは実力の証明のようなところもありましたし…。

当時の邦楽の元ネタというと、ビートルズ、ストーンズ、キャロル・キングなどの超ベテランももちろん思い浮かぶのですが、80年代でいうとPhil CollinsとThe Policeが双璧だったんじゃないでしょうか?リアルタイムではPoliceの真似(というか「見つめていたい」のパクリ)の方が多かったと思います。Phil CollinsやGenesisの真似が得意だったのは4人になってからのオフコースでしょう。"as close as possible"から解散までの曲は似てる曲が多いです。オフコースの最後のアルバムのタイトルは"Still a long way to go"ですが、"No Jacket Required"の中に"Long Long Way To Go"という曲がありますね。偶然でしょうか?

"One More Night"はJ-POPの時代になってからも使い減りしないひな形として繰り返し復活しています。近くは平井堅がそっくりな曲を歌っていました。なんか映画の主題歌だったと思いましたが…。

2007/08/23

Automatic/宇多田ヒカル

もうすぐ新曲が出るようなので、いよいよ宇多田ヒカルの話を書き始めます。
東芝EMIのオフィシャルサイトで入手したブログパーツも加えて、ここ1週間くらいで特集しようと思っています。

とりあえず、実質デビュー作と云える"Automatic"を改めて鑑賞してみます。

宇多田ヒカル - Automatic - Automatic

私はこの曲を外回りの仕事中に、ライトバンのAMラジオで初めて聴きました。
今考えても何が引っかかったのか分からないのですが、とにかくすごく気に入って、また聴きたい、と思いました。当時35歳くらいだったと思いますが…。
こういう引っかかり方をしたのは、ドリカムの「彼は友達」以来で、かつそれよりも鮮烈な印象を受けました。

何が鮮烈だったかというと、少なくとも日本の同業者の誰とも似ていない、と思えたからです。
そこそこの才能の人間が、プロデューサーなどに叩かれ叩かれて、いわゆる「売れセン」の曲作りをマスターして出てくるという、よくある大衆音楽のパターンと違って見えた。宇多田ヒカルはほとんど天然物に見えたのです。

近田春夫は週刊文春連載の「考えるヒット」で、「宇多田ヒカルが出てきたことでそれまで本格的だと思われていた(特にR&B系の)アーティストが色あせて見えるようになってしまった」というようなことを書いていました(すみません、本がどこかに行ってしまって正確に引用できません)が、本当にそんな感じでした。それまで上質な音楽だ、日本人離れした本格派だ、と思って聴いていたアーティストが、実は良くできた洋楽コピーで、所詮はマーケティングがうまくいっているだけだったんだということを、なんとなく気づかされてしまったのです。

近田春夫はその文章の中で、割を食ったアーティストの名は挙げていませんが、想像するに一義的にはSpeed、さらにはMisiaあたりのことを言っていたのではないかと思います。ちなみに、私の中ではそれがドリカムでした。宇多田ヒカルを聴き始めたら、ドリカムが聴けなくなってしまったんです。大好きだったのに…。それは単純に彼女が吉田美和よりもレベルの高い、バイリンガルなシンガーだったからではありません。

宇多田ヒカルも世に出た当初は偽Misia的R&Bの歌姫路線として認知されていました。今思うと当初の「R&Bサウンド」は、おそらく1998年のミュージックシーンというパーティに15歳の女の子が出て行くに当たって、そういう衣装を選んだだけでしょう。彼女の本質にはR&Bサウンドはあまり関係ありません(いくつかある彼女の志向の中の、ひとつではあるんでしょうが)。

では本質はなんなのかというと、15歳の女の子が自作の楽曲で、その年代をきっちりと表現して見せたことだった、と思うのです。

それまで中年や青年が書いた15歳という表現はあったけれど、現役の15歳の(少年)少女が、今の自分の分身としての15歳を歌い、それが大人の作った楽曲に混じってもレベルが高い、なんていう例はほとんど無かったのです(それに非常に近い希な例が尾崎豊で、だから彼はカリスマだったのでしょう)。
それは、「15歳で、もうこんな表現ができる(なんて早熟なんだろう)」という驚きではなくて、「(まぎれもない)15歳の少女が、こんなに高いレベルで15歳を表現している」という驚きだったんです。
これはホントにすごいことだったと思います(この話、ぼちぼち続く)。

2007/08/19

イン・ザ・スペース/スペクトラム

またちょっと古い音楽の話です。

1979年に活動を開始したスペクトラムは、既にトランペット奏者として活躍していた新田一郎を中心にしたバンドです。新田一郎は多くのアーティストの作品でホーン・アレンジや演奏でクレジットされていますから、名前はよく知られていると思います。主観的には日本初のシカゴ風ブラス・ロックバンド、と書きたいところですが、つのだ☆ひろもラッパの入ったバンドをやっていたような気がするので、その辺はむにゃむにゃ…ということにしておきます。
恐ろしいことに、YouTubeで当時の「夜のヒットスタジオ」でのパフォーマンスを見ることが出来ました。ぜひご覧ください。

今見てもとても画期的でしょう。この格好、ブラスの演奏を30年近く前にやっていた人がいた、ということは凄いと思います。曲は有名な外国曲に似ているかもしれませんが、それをブラス・ロックでやって、あのコスチュームを着て、テレビの生放送でパフォーマンスしているところがえらいと思います。「お茶の間」にこれを届けて、自分たちの何かを証明せずにいられない、という熱い動機が感じられます。

さて、外国の事情は知りませんが、少なくとも日本ではホーン・セクションのいるバンドは長続きしないといわれ、その一番の理由は「人数が多くて食べられない」ことらしいです。スペクトラムも記録を見てみると2年ほどで解散しています。
実際に、日本でブラスの入ったバンドで成功するのは、ほぼ10年後にブレイクした米米クラブ、さらに遅れて東京スカパラダイスオーケストラまでほぼ皆無ですが、米米クラブのビッグ・ホーンズ・ビーだって、細かい営業をしながら食いつないでいたはずです。

こちらの「スペクトラム伝説」で2年間の彼らの歴史の概略を振り返ることが出来ます。一部の楽曲で、作詞に桑田佳祐の名が…。

2007/08/17

SOSO/Vivian Hsu

ちょっと和みネタを。

一昨日、休みでテレビのワイドショー(「スッキリ」だったかな)を視ていたら、上海で映画撮影中のビビアン・スーが顔面麻痺になって台湾に戻って静養しているというニュースをやっていました。年間で映画3本撮って、歌もうたって、と馬車馬のように働いているようです。昭和のアイドルのような生活なんでしょう。お見舞い申し上げます。

私は単純に女性として好きなタイプなのでこっそり応援しているのですが、日本ではほとんど仕事をしないので、ときどきYouTubeで著作権上問題ありそうな台湾のTVの録画やPVをチェックしています。


韓流を中心にしたアジアのDVD/CDを販売するネットショップもあるので、好きな人はそちらで購入する手もあります。私も一つ買いましたが、CD2枚組+DVDで3000円とかで安いし、DVDはリージョンフリーなのでなんの問題もなく再生できました。"Amazon.co.jp"で買えるのは下のリンク1タイトルです。

さて、ビビアン・スーが台湾で今どんな音楽をやっているかというと、この"SOSO"のような、なんの違和感も無い日本風アイドル歌謡です。ちょっと前の洋楽ヒット曲風のメロディに母国語(中国語)と英語が混ざった歌詞。この曲では途中でおニイちゃんがラップで絡んできます。ひとことでいうと、数年前の安室奈美恵を一段階ヌルくした感じですが、80年代アイドルに親しんだ世代にはとても楽に聴ける曲です。
彼女の歌唱力は可もなく不可もなし。およそどんな曲でも破綻無く歌い、かといって聴く側を圧倒したりはしません。万人向けのアイドル歌手として非常に完成度が高い、とも云えます。欲を言えば、楽曲のレベルをもう1目盛上げてくれると、もっと良い。

西洋にルーツのある音楽を、アジア人が取り入れるには各国それなりの悩みがあると思います。中国語圏の場合、日本よりも可能性を感じさせるのは、おそらく中国語は日本語の何倍もラップとの親和性が高いと思えることです。漢字一つが一つの音符に乗っかって、それに全部意味があるので、相当高度な内容をラップに出来るんじゃないでしょうか(想像)。日本のラッパーが強引な脚韻に血道を上げている中、彼の地にはもともと漢詩という数千年の文化があって、あれは定型詩(リズムが一定)だし、韻も踏んでいて、ほとんどラップと同じものでしょう?なんかサンプル音をループさせて杜甫の漢詩を朗読すれば、アルバム1枚くらいすぐ作れるのではないでしょうか(想像)。
ということはロック系の音楽にも親和性は高いはず。昔、ジャッキー・チェンが歌ってたのはカッコ悪かったですが、作り手のセンスが良くなれば、日本語ロックより苦労が無いはず(想像)。

それにしてもビビアン、30歳過ぎてこの路線は辛かろうと思います。すぐに鮮度が落ちる日本の(韓国はもっとサイクルが速いそうですが)アイドルと違って、台湾は古典的なスターシステムがまだ生きていて、彼女は永遠の「娘役トップ」なのかもしれませんね。

2007/08/15

チャンピオーネ/ORANGE RANGE

夏休み自由研究も最終回となりました。明日から会社なんで…。

とりあえず「日本語とロック」の問題を現代J-POPまで行ってしまおうということで、またレコード屋に行って"ORANGE RANGE"と"サンボマスター"を買って来ました。おかげで今月はCDがいっぱい買えましたorz

1980年の佐野元春から2007年までの間、何をテキストにしたら良いんだろうと、インターネットの年代別ヒット曲データベースをいろいろ見ていました。今回触れなかったビッグネームとしては、尾崎豊、X JAPAN、小室哲哉あたりかなあと思うんですが、「日本語」のアプローチとしてはMr.Childrenほどの特異性は無いと思ったので、今回は通り過ぎることにします。また、雨後の筍のように存在する「作詞する女性ボーカル」についても、同様に通過させてもらいます。aiko、BONNIE PINKなんかはちょっと研究した方が良いかもしれません。宇多田ヒカルはもうすぐ新曲が出るので、その時に…。

買って来たのは、"ORANGE RANGE"というアルバム。サンボマスターはシングルの「全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ」を買って来ました。

先にサンボマスターについて一段落だけ。
このシングルだけで判断すると、評判の割にたいしたことありませんでした。今の世の中、一つくらいこういうバンドがいても良いし、言葉を大事にしていることは評価できますが…。ロックである以上、ミックスでボーカルのボリュームをやたら上げるわけにはいかないのであれば、もうちょっと滑舌よく&通る声を鍛えないと、歌詞が聞こえません。曲についてもこういうことを思いつく人って云うのはそんなに珍しくないし、私らの上の世代にこういう感じの人はいっぱいいました(よくしりませんが、三上寛ってこんな感じだったのでは?)。また、RCサクセションまたはブルーハーツ(ザ・ハイロウズ、クロマニヨンズ)に比べて特に優れたところがあると思えませんでした(あ、この二つも通り過ぎてしまいました)。C/Wの「あの鐘を鳴らすのはあなた」も「あなあたー」の譜割りがもっちゃりしててダサいです。私は和田アキ子が嫌いですが、ここは本家に習って「あなーたー」と歌わなければ(「な」で音程を上げきっておかないと)だめです。できなきゃキーを下げなさい。以上。

で、本題の"ORANGE RANGE"。仕事で会う、得意先のえらい方もカラオケのレパートリーに入れている、J-POPの代表選手です。表題の曲は散々だった去年のワールドカップ中継のテーマソングでした。

聞いてみました。サンボマスターよりはだいぶ楽しかったです。
アルバム全体が笑ってますね。ポジティブシンキングの積み重ねが結晶になってる感じです。ミスチルの時のように重箱の隅をつつく気になりません。聴く方も難しいことを考えずに気楽に消費した方が良い音楽です。叩くとほこりが出そう。
キャベツ炒めて、もやし炒めて、ウインナーも入れとく?みたいな料理で、食べたら「あ、これはこれで旨いじゃん」みたいな音楽でした。
歌詞なんか、わざと聴こえないようなミックスにしてあるところもあって、これは「一応歌詞カードには書いておくけど、要は後ろで何か喋ってるってことが大事なの」っていうことでしょう。そういう捨て駒みたいなところが多いんですよ。本人たちも「サビだけにもりあがろう」と云っていますから、今の音楽の消費のされ方に合っているんでしょう(多分、サビだからこそ一層もりあがろう、の意味で書いてるんだと思いますけどねw)。
メロディがついてるところはそんなに難しいことをやっていませんでした。主旋律の人とオクターブ下の人と上でオープンでハモる3人で歌ってて、日本語の載せ方も佐野元春までの手法に収まっていました。というか、意外なほど松本隆でした。

最近のJ-POPの言葉がなぜ聞き取れないのか、この3日間でだいぶ分かって来ました。
1.サウンド重視の中でボーカルの音が相対的に小さくなっている(洋楽的ミックス)
2.相対的に小さくなる音量の中で言葉を届かせるだけの声の出し方ができてない
3.同時に日本語の発音として滑舌が悪い
4.従来の日本語、新規なカタカナ語、英語がランダムに混ざるので聴き手の耳がアジャストできない
5.前後の関係から言葉を類推できるような起承転結のある歌詞が少ない
あたりが考えられます。
私は中年ですが現代に生きる人間ですから、表現において何がいけないなどという野暮は云うつもりはありません。だから、1、4、5については容認します。問題は2、3かな…。ただ、前提として云っておきますが、私たちが若い頃喜んで聴いていたものより、歌唱・演奏・楽曲の平均レベルは最近出て来た人たちの方が高いです(その意味では"ORANGE RANGE"は例としては良くなかったかもしれません)。でも結果として耳に入った時の説得力がなぜ無いのか?という話です。

さて、クドかったこのシリーズは一度お休みして、明日更新するとしたら通常ペースに戻ります。

次にこのシリーズをやるときは、ラップ&ヒップホップ特集をやります。副題は「秋田音頭からケツメイシまで」かな。

最後に超余談ですが、「チャンピオーネ」のBメロ(なのかな?)「かんがえたって〜ハッハ」のところ、「走れコータロー」に良く似てますね。

2007/08/14

シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜/Mr.Children

日本語の問題、まだやっています。

現代J-POPの日本語はどうなっておるのか?という話になってきました。
ああ、難しい問題に手を出してしまったかもしれません。この話を書くために彼らのベスト"MR.CHILDREN 1992-1995"を買って来てしまいました。やれやれ…。

さっきMacのiTunesに取り込みながら頭から聴いていたのですが、デビューからシーソーゲームまでの間に相当歌い方が変わっているんですね。3曲目の「抱きしめたい」あたりから私が知っている歌い方になってきて、"CROSS ROAD"で路線が完成し、"innocent world"で完全に突き抜けた感じがします。大げさなアレンジ、意外な拍子の変化。音は洋楽っぽく、カッチョイイです。

Mr.Childrenはサザンオールスターズとも仕事をしていたプロデューサー・小林武史が制作に深く関わっていることもあり、やはり日本語ロックにおける先駆的試みを行うべく宿命づけられたバンドなんでありましょう(大げさ?)。実際、昨日から大きすぎるテーマで書いているので、あえて無視していたんですが、桑田佳祐も一カ所で停まっていたわけではなくて、デビュー以降もいろんなことをやっています。特に"KUWATA BAND"で英語で歌ったりしていたころに、日本語と英語のノリというものを改めて追究していたようです。"スキップ・ビート"の「すけべぇすけべぇすけべぇすけべぇ」などその現れでしょう。

そしてMr.Childrenは"KUWATA BAND"の実験をきっと引き継いでいる。
それを「シーソーゲーム」を題材に分析しようと思って、まず桜井和寿がどう歌っているのかを自分なりに再現しようとしているのですが、これが難物で…。

ということで本題です。
自覚的に日本語でロックを歌おうとするアーティストは、いかに曲のノリを壊さないかということを考えてきたはずです。8ビートだから1小節に8音節使えるわ、ではだめで、ずんずんちゃーつくずんずんちゃーつくというリズムを刻んでいたら、歌詞が載ってもそのリズムに載っていて欲しいわけです。そのために日本語の構造上無理なことにも果敢に挑戦して来た人たちの歴史を、何故か今、私は振り返っているわけです(しかし変なことを始めてしまったなあ)。
で、ですね、Mr.Childrenはそれをかなり真面目にやっているみたいなんですよ、一所懸命聴いて分かったんですが。まあ、聞いてください。

「シーソーゲーム」の冒頭です。私は以前この曲が流行っていた頃に聞き流している時は、こう聴いていました。
「あいしょーなーしゅのーちみがーらったー ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃりぃー」
正解は、
「あいそうなしのきみがわらった そんなたんじゅんなことでついに」です。
で、さっきから頑張って聴いてみたところ、桜井氏はこんなかんじで歌っています。
|AI,SOU,NAASH,NOU|KIMI,GAW,RAT,TAA|
|(-),SONA,TANJU,NAKO|TODE,TSUI,NII,(-)|

"|"は小節の切れ目。"-"は休符または音引き。以下同様に書きます。

かなり無理矢理ですが。
本来ローマ字で忠実に書くとこの歌詞は
「AI SOU NASHI NO KIMI GA WARATTA,SONNA TANJUN NA KOTO DE TSUINI」です。
何が云いたいかというと、ところどころ音が省かれている、と云いたいのです。
NASHI→NASH、WARATTA→WRATTA、SONNA→SONA、TANNJUNNA→TANJUNA。
実際にはここまでひどくありません。WARATTAのAは発音してると云われればそうとも取れる。でも日常会話の発音とは完全に違っています。

なぜかというと、頭打ち4拍子的なこの曲のリズムに載せるには、どん・どこ・どん・どこのリズムに言葉を丸めた方がカッコいいからです。

「あいそうなしのきみがわらった」
は、ギターを8ビートのアップダウンでじゃかじゃかじゃかじゃか(↓↑↓↑↓↑↓↑)と弾いて、普通の日本語の発音のまま、

|A,I,SO,U,NA,SHI,NO,(-)|KI,MI,GA,WA,RA,AT,TA,A|
と歌うことが出来ますが、

実際にはじゃんじゃかじゃんじゃか(↓ ↓↑↓ ↓↑)とリズムを取りながら、

|AI,SOu,NASHi,NOu|KIMi,GAWa,RAaT,TAa|
と4つに区切ったほうが、この曲のリズムに合います。

この曲は全編このリズムを壊さないように日本語が載せられています。

「ゆうじんのひょうかはいまいちでも」は、
|YOU,JIN,NOu,-HYO|UKA,WAi,MaiCH,DEMO|と歌われますし、
「じゅんばんをまってたんじゃつらい」は、
|(-),(-),JUnBAn,WOO|MAAT,TETA,AaN,JATSu|RA,-A,Aa,-I|と歌われます。

(小文字は0.5音節くらいに聞こえる音)



これ、ただ感覚でやってるんじゃないと思うんですね。デビュー当時の「君がいた夏」ではこのような日本語の載せ方は見られませんので、やって行く中で意識してそういう載せ方を(プロデューサーと打ち合わせの上で)選択しているんです。実際、私もさっきから自分で歌ってみようとしているんですが、一つ載せ方を失敗すると、譜割りがガラガラと崩壊して字余りになってしまいます。

このミスチルの手法は昨日書いた佐野元春のやり方に近いのですが、佐野元春は日本語を強引にぶち込みましたが単語は壊しませんでした。Mr.Childrenはローマ字に分解した上で母音を抜いたり、アポストロフィを付けるように単語を作り替えています。
端的に言うと、SOMEDAYはうろ覚えでも歌詞カードがあればカラオケでそれらしく歌えますが、ミスチルをカラオケで歌おうと思うと歌詞カードを見ているレベルではダメで、「この『ひょうかはいまいち』は『ひょかわい|まぃchでも』だよな」「この『野獣と化して』は、『野獣溶かして』だったよな」と譜割りのポイントを全部頭に焼き付けておかなくては、歌になりません。

昨日までに整理した6流儀にミスチル流をひとつ加えましょう。
7.ミスチルのようにビートに合うように母音を中心に一部の音を省略して日本語を載せる

Mr.Childrenの日本語の載せ方が大変高度であることは分かりましたが、さてこの歌、ラジオやCDで聞き取れますか?
カラオケで歌いたくて、今日私がやっていたように、「ここはこう」「ここはこう」と重箱の隅をつつくようにチェックして行った人が、ようやく歌詞とメロディの関係を理解できるんじゃないでしょうか?まあ、実際1995年頃にはそういう若者がたくさんいたと思いますが。

こういう日本語の載せ方を、他のJ-POPのアーティストが始めたのか、Mr.Childrenが始めたのかは私は知りませんが、その先駆者は評価され、オリジナリティを認められるべきだと思います。ただ、この「ミスチル流」を無批判に真似している「アーティスト」が実は多いんじゃないでしょうか?

もともとこの話を書き始めたのは、最近のJ-POPは歌詞が何を言っているのか分からない曲がとても多いように感じている(いつの時代も年寄りは常にそういうものなんですが、それにしても…と思う)からです。
その理由の一つに、ヒアリング不能なほどJ-POPの言葉は破壊されているのではないか?という考えがありました。
もう少しサンプルを収集する必要がありそうですね。

2007/08/13

BLOWIN'/B'z

まだ日本語問題が続きます。

現代J-POPまで話を続けてしまいたいので、あと2本くらい書くのかなあ…。

さて、現代J-POPの最初のテキストは、B'zの"BLOWIN'"です。

B'z - B'z the Best "Treasure" - Blowin'

耳の古い私にとって、歌詞が聞き取れる一番新しい世代がB'zまでだからです(宇多田ヒカルは除く。詳細はいずれ…)。また、実年齢が若くても、手法的な冒険をしていない人も別(論外とも云う)です。つまり歌詞の扱いについて、オジサンはここまでは許せるぞ、という境界線です。

佐野元春のところでまとめた、日本語でロックを歌う時の歌詞の載せ方6種類
1.松本隆のように音符に載せやすい言葉を収集して作詞する
2.大滝詠一のように文章の音節を分解して曲に載せ、その違和感込みで楽しむ
3.キャロルのように適宜英単語を混ぜて調子を整え、違和感をなくすために日本語も外人風に歌う
4.桑田佳祐のようにテープの早回しみたいに歌う
5.ゴダイゴのように英語の方が載せやすければある程度は英語で歌ってしまう
6.佐野元春のように日本語の音節を無視して、1つの音符に複数の音節の言葉でも強引に載せてしまう
をB'zはとても上手にやってると思います。

BLOWIN'の中で探すと、
1.「汗まみれ」「麻痺状態」などの言葉の選び方
2.「きーっさ|てんでまいにっ|ちおなじ|よっと」の切り方
3.「シャドウボクシング」、「ハニー」の英語化
4.全編早口
5.サビの英語部分
6.「きみにしがみついた」を「(き)みに」「しがみ」「つい」「たー」と大きい音符に載せる
等でしょうか。ま、結論が先に決まって書いてるんでだいぶ恣意的ですが…。

B'zは商業ロックの権化ですから、いろいろ毀誉褒貶もあるようですが(外国曲に似ている例が非常に多い、等)、ロックサウンドへの日本語の載せ方としてはほとんど満点なんじゃないでしょうか?日本語だということを忘れてしまうほどカッコいい、と私は思います。歌詞が聞き取れるかというと部分的に厳しいのですが、歌詞カードで1度答え合わせをすれば(特に混ざっている英語の部分が確認できれば)「腑に落ちる」レベルはキープしていると思います。
実際、長年にわたって大衆に支持されているわけですし、伝わる言葉を持っているからこそ成功しているのだ、と私は思います。特にファンというわけではありませんが、売れているのは当然だと思います。

No Damage/佐野元春

日本語の問題は更に続きます。

以前のエントリを削除して、佐野元春の話を書き直さなければなりません。

サザンオールスターズから数年遅れて佐野元春が現れました。桑田佳祐とは流儀が違うが、やはり日本語の載せ方について新しいやり方を実践した人です。
「ナイアガラトライアングルVOL2」に参加していますから、大滝詠一とも接点があり、その意味では「はっぴいえんど」直系の、日本語ロックのアーティストです。

彼も狭い小節に日本語をぎゅうぎゅうに押し込める点では、桑田佳祐と同様ですが、日本語をより英語的に音符に貼付けた人だと思います。

何処が違うかというと、サザンオールスターズの曲では、歌詞の字数が多くなっても言葉の1音節ごとに対応する音符があると思うんです。「しゃいなはーとにるーじゅのいろっがーたーだうーかーぶー」を思い浮かべながら鍵盤を叩くとすると、とんととんとととんととととっとーん、とととんとんとん」と叩けると思う(「シャイ」だけは英語的に1音節で扱ってください)のですが(分かるかこれ?)、"SOMEDAY"の佐野元春の歌声を思い浮かべて、「ひとーりきりじゃいられなくなる」で鍵盤を叩くとどうでしょうか?
まず「ひ」が叩けません。叩けるのは「とー」「り」「き」「り」「じゃい」「られ」「な」「く」「な」「る」です。
「ガラスのジェネレーション」ではどうでしょう?「つまらなーいおとなにはなりたーくなあい」は「つ」「まら」「なーい」「お」「と」「な」「に」「は」「なり」「たー」「く」「な」「あい」じゃないですか?いや、倍で刻めば弾けないことは無いんですが、そうするとノリが変わりますよね?佐野元春は大きい一つの音符に複数の音節をぶち込んでいるのです。

昔の作曲家は音符と言葉の音節の関係について、今思うと笑えるほど神経質に曲を付けていました。有名な話では、服部良一が「一杯のコーヒーから」で「コーヒー」に「こお(↑)ひい(↓)」とメロディを付けたら、「そんな関西弁みたいなアクセントはおかしい」と云われたそうです。今は演歌のセンセイでもその辺は適当にやってると思いますが。
英語の場合は、原則1音節に一つの音符が対応します。しかも日本語のように子音と母音が交互に出てくるわけではありませんから、一つの音符に載せられる単語がたくさんあります。日本語は母音が邪魔をして、音節ごとにメロディをつけると間延びしてしまいます。日本語でロックを歌うことが大げさな論戦を巻き起こしたのはこのせいです。

それを解決する手段として、70年代の10年間で、
1.松本隆のように音符に載せやすい言葉を収集して作詞する
2.大滝詠一のように文章の音節を分解して曲に載せ、その違和感込みで楽しむ
3.キャロルのように適宜英語を混ぜて調子を整え、違和感をなくすために日本語も外人風に歌う
4.桑田佳祐のようにテープの早回しみたいに歌う
5.ゴダイゴのように英語の方が載せやすければある程度は英語で歌ってしまう
などが実践されて来ました。
80年に出て来た佐野元春は、"3"のキャロル流でもありますが、加えて
6.日本語の音節を無視して、1つの音符に複数の音節の言葉でも強引に載せてしまう
を実践したんだと思います。
白井貴子の"SOMEDAY"がなにかもっさりして聞こえたのは、作った本人である佐野元春が遠慮なく暴力的に音符に言葉をぶち込んでいるのに、白井貴子は他人の作品故に正確に(倍で刻んでピアノを叩くように)音符を追いかけたからではないでしょうか?

この後、日本初のラップのアルバムと云われる"VISITORS"を発表していることと合わせて、私は佐野元春が、現代のJ-POPの直接の先祖なのではないか、と考えています。

ガンダーラ/ゴダイゴ

「日本語の問題」はまだ続きます。

サザンオールスターズが早口でまくしたてている頃、もう一つの流儀が主流となってきます。それは、「歌詞の一部を大幅に英語にしてしまう」という方法です。

この話に入る前段階で、本来は「キャロル」などに触れなくてはいけないのですが、私はリアルタイムの記憶として彼らの音楽を聴いていません。こちらのリンクで「ファンキー・モンキー・ベイビー」の歌詞を参照していただければ良いと思うのですが、何が云いたいかというと、日本語の歌詞の中になんの断りも無く突然に英単語が入ってくるということです。キャロルはWikipediaによると1975年には活動をしています。この頃にはもう、こういう歌を歌っていた人(矢沢永吉)がいた、ということです。「風街ろまん」の項で紹介した萩原健太著「はっぴいえんど伝説」でもはっぴいえんど後の日本語ロックの展開例として、キャロルに触れています。日本語がはまらないところは英語で歌ってしまう、というのは大きなブレイクスルーだったと思います。

で、ゴダイゴが何をやったかというと、Aメロでは日本語で話の筋を提示しておいて、サビはほぼ全部英語にしてしまう、というやり方です。
もともとゴダイゴはメンバーが外国人や、留学経験者や外語大生であり、英語に対する抵抗が無かったのでしょう。また、外国でも一定評価されていたらしい(私は真偽および詳細は知りません)という評判もありました。リードボーカルのタケカワユキヒデも「英語で歌う方が得意」という意味の発言をテレビでしていました。

「ガンダーラ」は、有名なテレビドラマ「西遊記」のサウンドトラックから大ヒットになりましたが、それまでこんなに英語の含有量(?)が多いヒット曲は稀でした(外国曲は別ですが)。特にこの曲は「テレビで孫悟空の話を見る子ども」をターゲットにしていたわけですから画期的です。言ってることは「ガンダーラはインドにあったと言われています」ぐらいの内容ですが、とりあえず中学2年程度の英語力が必要です。キャロルは"baby"や"I love you"などほとんど単語か慣用句のレベルだったと思いますが、「ガンダーラ」の英語は歴とした英作文です。

「ガンダーラ」を日本中の子どもたちが歌ったことで、洋楽風メロディに無理に日本語を載せなくても、一番カッコいいところは英語で歌ってしまえば、子どもだってついてくることが証明されました。さらに邦楽でありながら全編英語である"モンキー・マジック"までが大ヒットしてしまうという現象が生まれました。

この後、キャロル以上ゴダイゴ未満の英語含有量で歌を作る、という手法は1980年頃までに、ポピュラーミュージックの常套手段となり、当時の多くのヒット曲がこのパターンで作られています。
「エーゲ海から風が吹いてくるわ(ロックじゃないけどね)」「セクシーな紫の君は俺をいい感じにしてくれるぜ(訳はこれで良いのか?)」「私を覚えてる?(加藤和彦作品)」など。あげくの果てに85年には1番で歌った日本語の歌詞を、2番で直訳の英語で歌うという、シーゲル梶原のネタのようだが大真面目な大ヒット「恋におちて」が生まれます。

こうなると日本語ロック論争は、ほぼ沈静化してしまい、この後この問題が深刻に論争されることがなかったように思います。

C調言葉に御用心/サザンオールスターズ

続きです。

「はっぴいえんど」の次に日本語とロックの問題で俎上に載せられることが多いのがサザンオールスターズです。桑田佳祐のバックボーンについて私は良く知らないのですが、歌謡曲も好きなようですし、邦楽にも水準以上の興味と知識を持っていると思われます。また、1978年デビューということは、既に作詞家として売れっ子だった松本隆の仕事も知っていたことと思います。

さて、桑田佳祐がやったことは、よりサウンド重視。ノリを阻害しない言葉を優先してロックの歌詞を作ることだったと思われます。意味はあえて解体し、耳につくフレーズを次々と貼り合わせ、イメージの固まりをそのまま聞き手にぶつけるような手法です。

桑田佳祐の歌詞にも、松本隆的な、当時既に死語または古語といっていい単語が出て来ます。
「C調言葉に御用心」で拾ってみると、
「アンタ」「たまにゃ」「狂おしく」「うなじ」「ちょいと」「ふらち」「なるがままに」「あろうとなかろうと」「照らう(衒うじゃないの?)」「もどかしや」など。これらは、30年前とはいえ、若者の喋り言葉で使われる言葉ではありませんでした。もっと昔の歌謡曲(芸者の格好をした人が、三味線をバックに歌うやつ)とか、もっと云えば都々逸や落語で使われる言葉です。「風街ろまん」に入っている「春らんまん」と共通した言語の世界です。
しかもこれらの言葉をものすごい早口でメロディに載せたのが桑田節の真骨頂でした。
この個性があまりに強すぎて、早口でまくしたてる系は意外とフォロワーがいません。やると「サザンの真似」と云われるからだと思います。佐野元春がサザンの2年後にデビューしていますが、彼はまた流儀が違うので改めて触れます。

語彙の部分だけ真似たのが、デビュー後数年間「にせサザン」として活動していたTUBEです。「あー夏休み」で顕著ですが、「葦簾」「誰かれ」「切れ込み」「熱冷めやらぬ」「ちゃうのかい」「チョイト」など。「はっぴいえんど」の孫引きとも云えますが、おそらく書いた本人(前田亘輝)は当時サザンだけを意識していたのでしょう。
*各曲の歌詞の仮名遣いは「うたまっぷ」を参考にしました。


この項まだ続きます。

風街ろまん/はっぴいえんど

夏休みで時間があるので、ちょっと自由研究をしてみましょう。

ポピュラーミュージック、特にロックにおける日本語と歌詞の問題です。
まず、40年にわたる日本語とロックの問題で、このアルバムの話をしないわけにはいきません。歴史上(?)何度となく繰り返された命題「日本語によるロックは可能か?」の最初の回答として、かならず引き合いに出されるはっぴいえんどの「風街ろまん」です。このアルバムも全部聴いても35分くらいの作品ですし、トータルな話をしたいので、アルバムごとテーマにしておきます。

まず、素朴な疑問。本邦初の母国語のロックという言い方をされるはっぴいえんどですが、ファーストアルバム「はっぴいえんど(通称:ゆでめん)」が出たのが1970年です。この前からエレキギターを持って日本語で歌っていた人はいたんじゃないですか?そう、グループサウンズ(GS)です。ブルー・コメッツが1966年、ザ・スパイダースが1965年。もりとー、いずみにー、さーそー、われてー、と普通に日本語で歌っていたじゃないですか!
「はっぴいえんど」を本邦初とする立場からはGSはロックじゃないという前提があるんでしょうね。じゃあ、何がロックなんでしょうか?

先日、ニッポン放送のテリー伊藤の番組に加藤和彦がゲスト出演したとき、加藤和彦がこんなことをいっていました。正確には再現できないんですが、主旨としては「今の日本にはロックサウンドのポップスはあるけど、ロックはないでしょ?ロックというのは生き方だから」ということでした。つまり、既存の歌謡曲の枠組みの中でエレキギターを持って歌うだけではロックではないらしいです。これは、今のJ-POPに対する批判ですから、いつかまた蒸し返してこの話も書きたいと思っていますが、今ははっぴいえんどに戻ります。

難しい理屈は抜きにして、はっぴいえんど以前のロッカーにとって問題だったのは、「日本語でロックを歌うとかっこわるい、ずっこける」ということだったと思います。かといって、英語で歌えばいいかというと、それでは「メッセージ」が伝わりません。東京ビートルズなど極北の例を上げなくとも、日本語でロックを歌うことは「かっこわるさをいかに回避するか」の歴史であると云ってしまいましょう!

そこで「風街ろまん」です。ものの本(萩原健太等が書いています)や松本隆のサイトを読むと、大滝詠一や細野晴臣は当初日本語で歌うことに抵抗したそうですが、松本隆が日本語で歌わなければ意味が無い、と説得したのだそうです。メンバーを納得させるべく松本隆が作って行ったのがはっぴいえんどの楽曲の歌詞です。松本隆は日本語の中からロックに乗りそうな単語を抽出したそうです。「悸く」とか「唐紅」とか「摩天楼」とか…。そういう語彙を収集した上で、オリンピック開発前の東京の風景をテーマに書き上げたのが「風街ろまん」の詩の世界です。
今聴くと「風街ろまん」は、ロックと言い張るにはカントリー&ウェスタン的な楽曲(主に細野作品)も多く、「ほんとか?」と思う部分もあると思いますが、この実験する精神がロックなんです。

また、歌詞が聞き取れるのか?という問題もあります。
内田裕也は当時、「日本語とロックの融合というが、成功したと思えない。せっかく母国語で歌うのに聞き取れない」という発言をしています(萩原健太著:はっぴいえんど伝説)。
私は、はっぴいえんどの歌詞は「聞き取れない」というよりも「意味が理解出来ない」だと思います。これは松本隆が収集した語彙がほとんど当時ですら死語のような古い単語にまで及んでいたからだと思います。だって、文字で読んでも分かりにくいですから。
一方、大滝詠一の好きな「とてもぉ、すばやくーとー、びおりるのでっ」などの単語の繋がりの分解は、このテンポであれば、一種の謎かけとして通用していると思うので、これによって意味が取れないということは無いと思います。

この項続きます。
今回のネタ元に興味のある方は、下のリンクで原典に当たってみてください。

関白宣言/さだまさし

昨日、Coccoの話の中で、J-POPは歌詞を聴かせることを諦めている、ということを書きました。昔のフォークシンガーには、歌で革命を起こそうとか本気で思っていた人もいたんですから、世の中変わるもんです。
革命はさておき、音楽で世の中に影響を与えようと思ったら、歌詞を聴かせることはとても大事です。
歌で世の中を騒がせた実績では「関白宣言」がダントツでしょう?
彼の前の世代は、啓蒙のためのメッセージを歌に込めたが、それに熱狂したのはもともとの信者だけでした。さだまさしは前時代的発想をカリカチュアにすることで国民的論争を巻き起こしました。まあ、論争の中心にいた人は、リテラシーが低くて本気で怒っちゃった女性と、それに対してムキになって反論する男性という不毛なものでしたが…。

しかし、こうした論争が起きたのも歌詞が聞こえたからです。

さだまさしの音楽について乱暴にまとめると、彼の作品は、彼の一つ前の世代の音楽性の低さ、歌詞の内容の直情径行さに対する批判でしょう。
音楽としてのレベルが高いこと(メロディだけでも通用する曲の芸術性)、古今東西の教養をふまえた上でのソフィスティケートされた歌詞。そして内容(歌詞の情報量)はメッセージフォークに負けない、ということを考えていたのではないかと思います。

今、日本の音楽で歌詞カードを見ないで何についての歌なのかが分かる曲はとても少ないです。単語は聞き取れるけれども筋も結論も無いとか、断片的に「がんばって」みたいなことが聞こえるだけだったり。
「ラップ」という音楽がありますね。特に数年前にはいわゆる「ヒップホップ」な格好をした男たちが4〜5人出て来て、輪になって内側を向いて歌うというパフォーマンスをたくさん見ましたが、あの手の音楽で何を言ってるのか聞き取れない、というのは問題だと思います。分かるのはアオリのかけ声だけなんだもん。
だって、彼らは世の中に対する不満とか、他人への批判とかを歌っているわけでしょう?攻撃の対象に歌詞を伝えなければ、歌う意味が無いじゃないですか?結局輪になって内向きに歌っているということは、歌詞カード読んでくれる仲間内での愚痴のこぼし合いというレベルなんでしょうね、彼奴らは。"DA.YO.NE"の方がきちんと世の中に向かって発信していた分、筋が通っていたと思います。

2007/08/12

甘い香り/Cocco

名前だけが大きくて、本当のことは良く分からない人っているじゃないですか?例えば、えーと、聖徳太子…違うか。えーと、稲盛和夫(!)…。どうもうまくないですね。芸能人で言うと、「季節の中で」を出す前の松山千春とか、鳥肌実とか…うまくないorz

とにかく(^_^;) 、私にとってCoccoってそういう人でした。「なんか詩がすごいらしい」「裸足で歌う女の子の元祖」「絶頂期に突然活動休止した」「沖縄で環境運動をしているらしい」等々。断片的な知識はあるんですが、顔も知らないし曲も知らない。

そしたら、ここ何週間かぼんやりテレビを視ていたら、Coccoが2回ほど出て来ました。フジの「僕らの音楽」とテレビ朝日「ミュージックステーション」です。おお、こういう人だったか!確かに裸足で歌っていました。余談ですが、Coccoと一青窈と中島美嘉が同じステージで歌う時に、一人水虫になってたらえらいことだなあ、と愚考したことがあります。余談終わり!

テレビで歌っていた「甘い香り」は、分かりやすい、そのまま聞き流せる感じでそれほど引っかかりを感じませんでしたし、歌詞が聞き取れず評価保留。どちらかというと「僕らの音楽」でのトークの方に引っかかりを感じました。云ってる内容よりも喋り方が。「なんだこいつ?」と。悪気はなさそうですが、小学生でももうちょっと人に気を遣って喋るだろう、と。実際に会ったら腹立つだろうな…と思っていたのですが、どうも彼女の出身地だとこういう喋り方が普通で、彼女だけの問題ではないんだろうと仮説を立てました。
さらに偶然なんですが、この放送を見た翌週に、沖縄出身の女性と話をする機会がありました。そしてその人の喋り方が、やっぱりこの時のCoccoと同じでした(仕事上なのでもうちょっと丁寧でしたが)。とにかくマイペースなんですね。相手に合わせて話し方を変えるとか、そういう感覚がないのです。そういうことか、と私は膝を打ちました。

そこまで分かったところで"iTMS"で「甘い香り」をダウンロードしてみました。

Cocco - きらきら - 甘い香り

でも、サビのところの歌詞が聞き取れない。「は〜い、」の後が。英語?仕方が無いので「うたまっぷ」で歌詞を検索して読みました。ほほう、なるほど。良く分かりませんが、自分と外界の境目を、正確に捉えようとしていることはなんとなく分かりました。ただ、そこそこセンスの良い人というのはこの程度の資質はあるだろう。そこで"iTMS"で一番ダウンロードの多い「強く儚い者たち」も落としてみました。おお、この曲は聴いたことあるわ。これも「うたまっぷ」で歌詞を読んでみました。おお、なんか凄いことになっています。なるほど。今の世の中ではかなり珍しい路線かも知れません。確かにこういう詩を書く人はあんな喋り方になるかもしれないなあと納得しました。これはちょっとじっくり聴いてみた方が良いかもしれません。

Coccoのセンスは1970年頃の若者に共通した匂いがします。自分を捜して捜し損ねて薬飲んで壊れて行ったり、突然エコに目覚めて放浪したりしそう。1969年の夏に新宿で庄司薫クンが出会った若者の中には、Coccoのような女の子がいたでしょう。本州で生まれ育ったら、1963年生まれの私でさえ追いつけなかったこの文化に、15年後に沖縄で生まれた女の子が一人で追いつこうとしている。地に足がついていることについては、私は彼女に負けています。

ただ、一つだけ注文が。
これだけの歌詞が書けるのに、今の歌い方では伝わらないんです。特に語尾はCDでも聞こえない。興味がある人は歌詞カードを読むだろう、では「歌」は独り立ちした表現になりません。サウンドとの親和性など他に考えなければいけないこともあるんでしょうが、サウンド重視だから歌詞は聞き取れなくても良い、と割り切ってしまえば進歩がありません。J-POPは今、そこを考えないことにしちゃってます。そこをなんとかすれば、Coccoはもっと凄いことになると思います。

2007/08/11

Return to Myself/浜田麻里

少し前にデーモン小暮閣下がカバーしていた、"Return to Myself"です。彼がこの時代のガールズ・ロックに目をつけたのはとても良く分かります。ここ20年くらいのヒット曲って、絶対女性ボーカルの曲の方が歌って楽しい曲が多いと思うのです。ただ、最近はちょっと歌える女の子はみんな「R&Bの歌姫」路線に行ってしまうので、たまにはこういう暑苦しいロックが似合う女の子が見たいです。

この曲がはやったのは1989年。浜田麻里はそのちょっと前から徐々にテレビに出始めて、ソウルオリンピック中継のテーマソング"Heart and Soul"を歌ってから、いわゆるベストテン番組でも見かけるようになりました。4オクターブだか6オクターブだかの音域と、ロックボーカリストにしてはカワイイ、舞台衣装はパンチラあり、などの前評判とともに、我々善良な一般大衆の前に現れました。

YouTubeでも結構な数のビデオが見られます。

彼女の場合はもう完全にプロフェッショナルな歌唱が身に付いていますので、歌声はライブもCDも変わりません。ロックな額面に似合わず意外と喉を使ったカワイイ声の出し方をしていますね。
私はぜひ、彼女と寺田恵子が組んで"We Built This City"みたいなド派手な曲を発表してもらいたい、と思っていたのですが、実現していません。残念!

さて、この"Return to Myself"は、CDではバックのコーラスも浜田麻里が自分の声でやっていると思うんですが、その声がすごい(加工してるかもしれないけど)ので、ぜひCDでも聴いてみてください。この曲が入っているのはこのアルバム。ああ、あのバブリーなジャケットが出てこない!

2007/08/10

リルラ リルハ/木村カエラ

とにかく好きな曲の話を好きなように書くというやり方で始めて1ヶ月半、書いていくうちになにか方向が定まってくるだろうと思っていましたが、ようやく何か見えて来た気がします。
ブログの巻頭言(?)もちょっと書き換えたんですが、つまり商品として作られ商品として消費されるポピュラーミュージックを、消費者の立場から評価していく、ということを僕はやりたいみたいです。
別に80年代の思い出話をしたいわけではないのですが、結果として若い人には古すぎる曲の話が多いのは内心忸怩たるものがあります。
それと、自分がこれほど歌手の声に拘っていたのか、と読み返して驚いています。声の好き嫌いの話が多いですよね。

さて、今日は比較的新しい曲の話。木村カエラ「リルラ リルハ」です。

木村カエラ - リルラ リルハ - EP - リルラ リルハ

木村カエラの声は明るく乾いていて、聴いているだけで楽しくなります。私は先日のサディスティック・ミカ・バンド再結成のアルバムも買いましたが、彼女の歌は期待通りでした。

今のところ自分の持っている声を、特に作ることもせずに真っ直ぐ出している感じ。他の多くの歌手がそうだったように、おそらくこの声は近い将来変わって行くのかもしれません(このままで長く続けられる発声ではないような気がする)。逆に今のうちにこの声で表現できる作品をいっぱい残しておいて欲しいです。

「リルラ リルハ」は今になって冷静に聴くと、楽曲としてのレベルは微妙というか、意外と普通な感じが(クリシェで歌に入って、その後の展開も、わりと予定調和っぽい気が…)してしまうんですが、出た当時は「こんなカワイイ子がこんな尖ったロックナンバーを!」と十分驚かされました。今後もあまり歌謡曲寄りにならないで、シンプルな曲を歌っていって欲しいです。
でも、こういう女の子に限って、すぐ結婚して第一線を退いちゃうんだよなー。

2007/08/07

薔薇と雨/布袋寅泰

「ぬのぶくろとらひろ」
「一つも合ってないぞ」
「ほていともやす」ですね。愛知県には布袋という駅がありますし、友人に禎寅(よしとも)という人がいたので、それほど驚きませんでしたが、読むの難しい名前です。多分寅年生まれなんでしょう、と書いてからWikipediaで調べたら、1962年2月1日生まれと書いてありました。ビンゴ!でも2月1日だと旧暦では丑年では?まあいいか。私より1学年お兄さんですね。

私の場合、とりあえずBOØWYのギタリストだったらしいよ、というところから認識が始まります。じゃあBOØWYのことはどう思っていたかというと、3〜4歳下の連中が好きなバンドという認識で、
「ちょっとバックが頑張ってる、小っこい西城秀樹だよね」とか「T-BOLANとどっちがエラいの?」とか言って、後輩に露骨に嫌な顔をされる、という…。だからバンド時代はほとんど知りませんでした(コーラスが「あだざむーんらーぃ」とか言ってる一部の曲は知ってたけど)。BOØWYは多分、よくも悪くも"J-POP"の扉を開いちゃったバンドです。

その後、吉川晃司とCOMPLEXを結成したあたりで顔と名前が一致するようになり、「あの、ギターのでっかい奴、なんかすごいな」とか言うようになります。
で、ある日ふとテレビに出演して、ソロで歌っているのを聴いたのが「薔薇と雨」です。

布袋寅泰 - 布袋寅泰: Greatest Hits 1990-1999 - 薔薇と雨

"ミュージックステーション"か"HEY!HEY!HEY!"の年末特番だったと思うんですが、白いスーツを着てセットに腰掛けて歌っているのを聴いて、「あ、この人はこういう抽き出しもあるんだ」とすごく意外に思いました。ゴリゴリのロック野郎だと思っていたので、こういうイタリア映画の音楽みたいな、スタンダードな感じの曲も作れるのか、とプロを相手に生意気ですが、感心したんですね。結構良い音楽を聴いて育って来たんだな、と。

それなら今井美樹の曲も書けるわけです。
ついでに言うと、こういう感性だとそりゃ山下久美子より今井美樹に曲書きたいよなあ、というのも良く分かる。うんうん…。
最近、スポーツ新聞のネタになったりしてますが(あ、去年もですね。あ、昔もありましたね)、ロックバンドは喧嘩するの当たり前です。歌舞伎役者の女性問題とロックバンドの暴力沙汰は、素人さんに迷惑かけなければそんなに騒がなくて良いと思います。なんだこの結論は?

アルバムへのリンクは"GUITARHYTHM IV"です。これは良い、捨てる曲がほとんどないです。

2007/08/06

う、ふ、ふ、ふ、/EPO

EPOが最も量的に売れていた時期の作品です。一応代表的シングルをタイトルにしておきましたが、これはぜひ当時のベストアルバム、"THE BEST STATION JOEPO 1980-1984"を聴いて欲しいです。iTMSでも落とせます。

EPO - THE BEST STATION JOEPO 1980-1984

「う、ふ、ふ、ふ、」は化粧品のCMソングでもあり、本人の歌唱でヒットしましたが、その前後には高見知佳という微妙な位置にいたアイドルに「くちびるヌード・咲かせます」を提供しています。また、このアルバムには入っていませんが、この後すぐに香坂みゆき「ニュアンスしましょ」が発売されています。この2曲は何故か中国っぽい旋律と化粧品のCM曲であるところ、さらに伸び悩んでいたアイドルを一躍売れっ子にしたという実績が共通しています。

この頃のEPOは、「ひょうきん族」のエンディングテーマで"DOWN TOWN"を歌っていたように、「女・達郎」といった趣のお洒落でかつオーソドックスな音楽性に加えて、ちょっとエッチな歌詞のマッチングが面白かったです。本人はモノセックスな外見で、思春期の男子の想像力に訴えるタイプではありませんでした(主観です)が、声がきれい。本人も自覚しているのか、カバー曲を歌っていますが、大貫妙子と声が似ています。

そして、大貫妙子がほぼ一貫してそうであるように、EPOもいつしかいわゆる「売れセン」の曲作りを捨てて、海外に居を移したり、ポエットリーリーディングみたいな感じの曲を発表しながら、いつしか地味になってしまいました。私は彼女に関する情報をあまり見聞きしていないので、その理由やきっかけについては知りません。

2007/08/05

ポールポジション/今井美樹

今井美樹です。
この人もずいぶん存在の意味が変わって来たような気がしますが、結構長もちしている人です。
音楽性でいうと、ここ十数年くらいの布袋寅泰との仕事の方が今風なんですが、デビュー間もないこの頃の方が彼女の声に寄りかかって聴けるので、好きな人には良いかもしれません。
私はこの曲はシングルカットされていると思っていたのですが、公式サイトやWikipediaで確認すると、アルバム"elfin"に収録されている中のシングル曲は「野生の風」だけだったんですね。最初からアルバム志向だったのはたいしたものですし、"elfin"は初期の今井美樹の代表作ですから、興味のある人はぜひ聴きましょう。

今井美樹 - Ivory - ポールポジション

女優の歌だからと言って、前に書いた中谷美紀とはだいぶ歌唱力が違います。かといって、歌手として表現上のテクニックをすごく勉強してます、という歌い方でもないので、耳と声が良くてそれで勝負している人なんだと思います。

しかし、ちょっと歌える歌手にありがちなのですが、2年もやるとスタッフが息切れして、昔のヒット曲のカバーとかを始めて地味になって行く例が多い(たくさんあるが、とりあえず高田みづえなど)のです。今井美樹もこの翌年には"fiesta"なんていう、カラオケで洋楽を歌ってみましたあ、みたいなアルバムを出していて、買った私は不機嫌になりました。それを思うと、布袋寅泰という才能のある作家を捕まえたことは、成功だったと思います。

余談ですが、私が今井美樹にはまったのは、ラジオかなにかでこの曲を聴き、その声が忘れられなかったからですが、正体を突き止めようとして名古屋の黎紅堂(若い人には分かりませんか?日本で最初の貸レコード屋です。今のTSUTAYAとかの元祖ですね)で、「うーん、確かこんなの!」って借りて来たら、それは設楽りさ子のアルバムで、全然違っていたという経験があります。そういう時代だったんです。

さて、"YouTube"で探したら「ポールポジション」のPVが流してありました。「眉毛、太っ」

2007/08/04

すばらしい日々/ユニコーン

仕事の疲れなのか、度重なる飲酒のせいなのか体調が悪いです。

こんな時は、脱力系の歌でも聴きましょう。おお、著作権無視のこんな動画が"YouTube"に!

奥田民生は1965年生まれだそうなので、学年でいうと私の3つ下ですが、若い頃から年寄り臭く、バンドを解散して30代になると待ちかねたように隠居風の立ち振る舞いをするようになりました。私はほとんど同級生のような感覚で見ています。ユニコーンが売れ始めた頃はいわゆるバンドブームで、雨後の筍のようにいろんなバンドが出て来ましたが、私は話が分かる友人には「残るとしたらユニコーン」と言っていたので、その程度の眼力はあるのでしょう。

「すばらしい日々」はテレビでも何度か歌っていたので、ユニコーンの曲でこれだけは知ってる、というような人も多いのではないでしょうか?私もこの曲は好きでアルバム"SPRINGMAN"を買って、会社の友人と遊びに行く時等によかれと思って車の中でかけたりしましたが、「音楽家と政治家と地球と犬」みたいな面白すぎる曲が入っているので、女の子から「なにこれ」みたいなことを言われました。残念。
ちなみにこの頃の奥田民生の声はタケカワユキヒデに似ています。

2007/08/01

素敵にシンデレラ・コンプレックス/鈴木康博

阿久悠さんが亡くなったそうですから、追悼として何か曲を紹介しましょう。

鈴木康博 - ニュー・ベスト・ナウ: 鈴木康博 - 素敵にシンデレラ・コンプレックス

この曲は、ご存知郷ひろみのヒット曲です。私は作曲が鈴木康博であるということで特別に良く覚えています。ちょうどYassさんがオフコースを脱退してソロで活動を始めてすぐの頃に発売されました。なぜ郷ひろみ?なぜ作詞が阿久悠?と不思議な気がしたものです。
また、郷ひろみ側から考えてもなぜ作曲に鈴木康博?という疑問が湧くという、不思議な3人の取り合わせです。強いてこじつければ、このちょっと前に西城秀樹が「眠れぬ夜」のカバーを歌ったので、「じゃあ俺もオフコース。だけど小田和正じゃない方で」という選択なのかな、と思ったんですけどね。

しかもこの3人、この作品に向かってそれぞれに力が入っています。
阿久悠は、当時流行っていた「シンデレラ・コンプレックス」という言葉を無理矢理はめ込んで、新機軸を打ち出そうとしています。これは「ニューミュージックの大物」を作曲者に迎えて、これで売れなかったらまずい、と思ったんじゃないでしょうか。
一方、Yassさんも頑張っています。この曲はブロックが4つもあって、サビから始まって、サビ-A-B-A-C-サビという複雑な成り立ち。オフコース時代にサビから始まるYassさんの曲って言うと、えーと"SAVE THE LOVE"くらいしか知りません。あれも構成がしつこい曲でした。彼もこの曲が独り立ちに向けた絶好のステップであるという自覚があったに違いありません。
一方、この小難しい成り立ちの曲を郷ひろみも懸命に歌い踊りました。鈴木康博の曲に振りが付いたのは始めてじゃないでしょうか?そして、ちゃんと郷ひろみ風ラテン歌謡ナンバーにしてしまいました。鈴木康博はその出来映えが小っ恥ずかしかったのか、セルフカバーの際には歌謡曲色を極力排除したストイックなアレンジにしてあり、私はこっちの方が好きです。

2007/07/29

裸足の季節/松田聖子

中森明菜の話を書いたので、ついでに松田聖子の話も書いておきましょう。
松田聖子のデビューはネットで調べると1980年。私が高校生の時でした。この年は山口百恵が引退した年で、次にブレイクする女性アイドルがポスト百恵になる、という気分が醸成されていた年でした。
当時純真な高校生だった私は、その一番手が岩崎宏美の妹である岩崎良美であるとふんでいました。しかし、1980年が終わる頃、女性アイドルのトップにいたのは松田聖子でした。
アイドル歌手としてはデビュー年齢が高く(高校を卒業してからデビュー)、特別な美少女というわけでもなかった松田聖子をトップアイドルに押し上げたものは、本人のキャラクターやプロ根性もあるのでしょうが、まずは声でしょう。
私が(ということは当時ぼんやりとテレビを見ていた思春期の男子が)最初に松田聖子に触れたのは、資生堂のニキビ治療薬"ekubo"のCMソングでした。そこには高校生らしい美少女が映っていましたが、CMソングを歌っているのはその子ではなく、全く別人の新人歌手・松田聖子でした。ブッポウソウか!
そして、その声の印象が強かった。ちょっとそれまでのアイドルとは違う、「かーん」と響く声でした。上手くないし、音域も狭かったが、つぼにはまった時の迫力があることだけは直感で分かる、そういう声でした。

その後いろいろあって、彼女はその声一つとっても、2年目あたりで一度喉を痛めて声質が変わっていますし、結婚・出産後は更に変わってしまっています。でもその頃には松田聖子という存在自体がモンスター化して、声がどうとか曲がどうという存在ではなくなってしまいました。
彼女を題材にすれば、本が何冊も書けるような存在になってしまったので、そのキャリアを要約することすら難しいのですが、結婚しても出産してもアイドルの延長で仕事ができることや、女性歌手でもスキャンダルがほんとうに肥やしにできることなど、様々なことを証明して見せながら、今もまだ彼女が前に進んでいるということは、尊敬に値するのではないでしょうか。

私の嗜好からも、松本隆や財津和夫、大滝詠一、細野晴臣などの人名を絡めて書きたいのはやまやまなんですが、それはまたいつか…。まず第一に松田聖子は声の人であるということを訴えて、続きはまたの機会にしたいと思います。

2007/07/26

BLONDE/中森明菜

今やなんだか分からなくなってしまった中森明菜が、絶頂期に出した地味な曲です。こういうのでもチャート1位が取れていたのだから、勢いがあったんですね。

中森明菜 - AKINA BOX - BLONDE

もともとこの前後に出した全編英語のアルバム"Cross My Palm"に入っていた外国人作家による曲です。当時から発音は"?"でしたが、曲はみんな良かったので、よく車の中でかけながら走っていました。

彼女が失速してしまったのは、私生活上の問題もあったのでしょうが、スタッフの力が彼女の存在に負けてしまっていたんでしょうね。早い時期にもっと歌やダンスを勉強させていれば、生活を管理しておけば、長もちしたと思うんですけど。
結局デビュー時に持っていた才能(自己流の表現)だけで行くところまで行って、袋小路に入り込んでしまいました。もったいないですね。

2007/07/24

ふるさと/モーニング娘。

集団で唄うアイドルには昔から興味が無くて、当然のように「LOVEマシーン」以前のモーニング娘。についてはほとんど知識がありませんでした。
ただ、アリス、オフコースまたはゴダイゴなど、ブレイクした後で以前の作品が再評価されることは珍しくなく、私も「LOVEマシーン」のヒットをきっかけにビデオクリップ集等をいい歳してチェックしてみたりしました(おかげで初期のメンバーの名前は覚えた)。

この中で一番気に入ったのが「ふるさと」です。とりあえずイントロと間奏の同じフレーズの繰り返しが好きです。安倍なつみもこの頃は儚げで可愛かったし。

モーニング娘。 - ふるさと - EP - ふるさと

今までに「ふるさと」というテーマでどれほどの流行歌が作られたのか知りませんが、'60年代生まれの私たちが知っている「ふるさとの唄」は、一度出て来たら簡単には帰れない、集団就職の青年の主張のような曲が多かった。しかし、20世紀末にしてようやく「次の休みに少し帰る」故郷が歌われたのです。
財布にお金がなくてもクレジットカードがあれば、JRや空港の自販機で切符は買えるし、後は2〜3日の休みがあれば、少なくても国内の故郷に帰るのはそんなに難しいことではありません。どちらかというと、休みは休みで約束があるしぃ、みたいなことで帰りそびれるのが今の「ふるさと」です。

皮肉にも歌っている本人たちはこの頃まだハングリーかつ超多忙だったのかもしれませんが、この曲が届く先にいる若者たちにとっての故郷はそういうカジュアルな(?)ものだったことを思うと、やっぱりつんく♂って頭イイのかもと思わされました。

2007/07/22

夏草の線路/遊佐未森

出張続きで更新できませんでした。今日から再開です。

さて、今日のお話は遊佐未森です。
「夏草の線路」はアルバム"HOPE"に入っていますが、このアルバムは遊佐未森の、初期路線の完成と思われる作品でした。この後、私の印象では楽曲がどんどん地味になってしまい、聴くのが辛かった時期になります。「アルヒハレノヒ」で突然、ご乱心のような路線変更(それは長く続かず、また元に戻って行ったようですが)をするまで、私の中では空白となっています。

初期の遊佐未森は、外間隆史という人がプロデュースをしていて、作曲もその人がやっていました。しかしアルバムの中ではこっそり太田裕美が1曲くらい提供していました。私は太田裕美が好きだったので、1990年前後という時期に太田裕美に曲を発注する歌手とはどんな人だろう?と興味を持って聴き始めました。最初に買ったのは3rdアルバムの「ハルモニオデオン」です。これを聴いて、そこから1stまで遡ってアルバムを買い、さらに次作の"HOPE"も買ったのです。

「夏草の線路」はiTMSでダウンロードできますが、バージョン違いで"HOPE"版よりもおとなしい音になってしまって残念です。

遊佐未森 - Travelogue - Sweet and Bitter Collection - 夏草の線路 (Ruby Grapefruits Version)

私は外間隆史作品の、がちゃがちゃとした音作りの方が好きだったので、できればオリジナルである"HOPE"版で聴きたいです。

さて、私にとって「平成の太田裕美」だった遊佐未森ですが、偶然なのか何かの狙いがあったのか、この曲と前後して本家(?)の太田裕美が同じ鉄道つながりということか、JRのCMで「メタモルフォーゼください」という曲を唄いました。この2曲は曲調もちょっと似ていますし、お互いが曲を交換して歌ってもほとんど違和感がないできです。ただし、この曲は高額なCDセットにしか入っていないようで、簡単に参照してもらえるリンク先が無いのが残念です。

2007/07/16

私がオバさんになっても/森高千里


変わった声ですよね。話す声がこんな感じの女性は時々いますが、プロの歌い手で彼女以前にこういう発声で出てきた人を私は知りません。小学生が先生になんか言いつけるときの声です。なのに歌の中身が結構生っぽい大人の女性の心情なので、そのギャップにみんな騙された(本人は騙したつもりではないでしょうが)、のではないでしょうか?

先日、持田香織を変形アイドルと決めつけましたが、では森高千里はどうか?

何かで読んだところでは、アイドルとして売り出すには歳がいっていたので、詩を書かせてアーティストということで売り出した、というような裏話があるようです。
ただ、本人やスタッフの思惑はどうであれ、彼女の詩は中身がちゃんと詰まっており、その内圧から、過程はどうであれ結果としてアーティストとならざるを得なかったと思います。
どっちが上、とか高級だ、ということでなく、シンガー・ソングライターと他人が作った歌を唄う歌手とでは、体質の違いがあるんじゃないでしょうか?純粋な歌手として成功するには、森高千里が持っていた内圧とは逆に、内側が真空みたいな人がいいんだと思います。

それにしても、20代の美人女性が「私がオバさんになっても」というタイトルで歌詞を書く、自分に対する冷徹さ(というか諦観というか)はすごいなあ。自分が中年になるということに対して、男は意外と自覚が無いと思います。一足飛びに「引退後」とか「老後」をぼんやり夢想することはあるけれど、「中年になる」覚悟って、僕はしたこと無かったわ。なっちゃったけど…。